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ガキの頃、親父と大喧嘩したことがある。
理由は忘れたが、その時はお袋が珍しくフォローを入れなかったから、たぶん本気で俺が悪かったような理由だったんだと思う。
けどま、今となっては「何だったっけ?」レベル。
ただ、後にも先にも、ガキなりに本気で勘当を考え、家出を決意したのはその一回だった。
こんな家もう知るか。
親もどーでもいい。
出て行ってやる。
ぶっ叩かれた頬の痛みのせいで妙なテンションで、そんなガキの思考で荷造りをした。
食料を入れてゲームとアダプタ入れて読みかけの本入れて金持ってバレーボール持って…。

 

「…クロ、どしたの?」

最後に隣の家の塀を跳び越えて研磨を攫った。


黒猫の餌は屋根の下




ひゅ…と自分が深く息を吸ったのが分かった。
身勝手な呼吸に遅れて、うっすら閉じていた目を開く。
ぽかぽか日陽の屋上。
ウチの学校は珍しく屋上開放型で、メシ時にはそこそこ賑わうもんだが、その屋上に今は人影が一切無い。
当たり前だ。
まだ、メシには早い。
見慣れた屋上でも、生徒がいないだけでだいぶ違う。
世界から切り取られたような、違和感ある空間。
この感じが気に入っていて、二ヶ月に一回くらいの頻度で授業を一コマサボることが習慣になっている。
…やべえ。
寝てた…。
しかも夢見てた。
家出ん時の夢だ。
ナチュラルに起きあがろうとして、自分の体に重みがのし掛かっていることに気付く。

「…あ?」

遅れて、自分の腕の中に気付く。
俺に背中を預けるように、研磨が同じく爆睡していた。
しかも、その研磨の腹に俺の両腕がちゃっかりのって、丁度後ろから俺が研磨を抱いてる状態でお互い寝ていたらしい。
…寝る前は特に気にしなかったが、よく考えればちょっとアブネーか?
割と家なんかでは手持ちぶさたに抱いてたりすっから、普通の感覚分かんねー。
夜久なんかがいると騒ぎだすから、いいストッパーなんだけどな。
…ま、流石に万人向けてカミングアウトする気は今の所ないが、バレたらバレたで女子関係の諸々が減って、メンドイ手間が省けそうでいいかもしんねえ。
ぼんやりそんなことを思いながら、目の前にある研磨の頭に顎を乗せる。
ぐりぐりと少しつむじを押してみても、反応する気配はない。
マジで寝ているらしい。
すぅすぅ…と無防備な寝息が聞こえる。

「…」

スゲー静かだ。
…なんかいいな、これ。現状。
誰もいない屋上。
フェンスの向こうの空とちらほらな建物の影。
で、研磨と俺。
…。

「…いつまでも、ずーっとこんなならいいのになァ?」

ぽつりと呟いてみる。
…が、爆睡中の幼馴染みから返事は来ない。
研磨程じゃねえが、俺だって静かで時間がありゃと色々考える。
例えば、バレーのこととか。
進路だとか、今年が最後だとか、昼飯のこととか、研磨のこととか、この間の試験が微妙に良すぎていっこ上げられちまった志望大学の合格判定とか、どんな形であれ、バレーが終わった後の俺らの関係とか。
…。
あー…大学か…。
また研磨と離れる一年が来る。
…いや、一年だけ終わらねーかもしれねえ。
高校はうまいこと追って来てくれたが、次はどうなるか分からない。
大学でまたカブったとしても、その後は?
後、後、後…で、更にその後――。
死ぬまでずっと続く単語にうんざりしてくる。
ああ、めんどくせー…。
しみじみ思う。
受験ノイローゼとか言えば殴られるくらい勉強には打ち込んでねーし、かといってバレーに一生を捧げられる程の器量も才能も無ェことが分かっている上に全国に行けもしねェんじゃ何を甘ったれてるんだと我ながら思うが、それでも俺も俺で色々負われてはいる。
こーして思春期なココロが疲れててヤバイ時が、最近ちょくちょくあるから困る。
バレーはマジで面白いんだけど、それとはまた別次元の話だ。
溜息を吐いて、目を伏せて、研磨を背中から抱き直した。
甘い匂いにくらくらする。
コイツと、どっかに消えたい。
例えば、そのフェンスの向こうとか?
…が。

「…お前は、屋根のある所がいいんだもんなー?」

棒読みで呟く。
ガキの頃、家出を決意し、研磨を攫って飛びだして、夜になって星が見えだした頃に研磨が"帰りたい"と言った。
暗くて怖いから外は嫌だと。
俺がいるじゃんと伝えても、その俺の顔が見えないから怖いんだと泣きそうな声で言われれば、折れてやるのが年上だ。
結局、家出は失敗。
とぼとぼ帰り、再度怒られ殴られで大騒ぎだった。
警察来てたしな。
研磨には温かく寝る場所とメシとゲーム機が必要だ。
それらは大体屋根の下にあるもので、例えば俺一人だったら、反抗するのも家出すんのも、何もかもめんどーになって死ぬのも比較的軽いんだが…研磨を残して動けない。
最重量級の足枷は重すぎて、とても遠くへは動けない。

「…」

縋るように抱き締めて、深く呼吸した。
空気に研磨の匂いがのってきて、そのまま肺を充たす。
日差しが気持ち良過ぎて、またうとうとしてきた。
…もうすぐチャイムが鳴る。
それまでは、この無人の世界にコイツと逃避していたい。

 

 

 

 

間もなくチャイムが鳴った。
理想郷を壊す破壊音。
寝ていた研磨が、腕の中でぴくり…と反応し、そのままもぞもぞ身動ぎすると、俺の左腕に額を添えるようにこてんと横向きになる。

「起きたか?」
「…ん~…。おきたぁ…」
「夢見た?」
「…?」

急に妙なことを言い出した俺を、研磨が不思議そうに寝惚け眼で見上げる。

「なに…。夢?」
「そ。今俺見たぜ。昔、俺が家出しよーとしたやつ」
「ふーん…」

研磨は覚えているのかいないのか、曖昧に相槌を打つ。
その頭を片手で雑に撫でて、最後に手の甲でちょんと頬を下から上へ撫でる。
目を閉じて、少しウザそうに研磨が首を反対側に寄せた。
俺の手を軽く払って、そのくせ真っ直ぐ俺を見上げる。

「…チャイム鳴った?」
「鳴った」
「じゃ、離れる」
「えー」

間延びした声を発してみても、さっさと研磨が膝から俺の両足の間から逃げていく。
タイミングよく、タタタ…と階段を上ってくる複数の足音と女子特有の甲高い声を耳が捉え、一気に現実感が戻ってくる。
研磨とじゃれるのは、家まで持ち越しだ。
…ま、持ち越したとしても、じゃれつけるかは研磨の気分次第だが。

「…家出とか、懐かしーな」

フェンスの向こうを見ながら、涼しくなった膝を感じながら呟いてみる。
隣に座り直した研磨が、間を置いて携帯を取りだしながら言う。

「…家出するなら、早めに言ってね」
「あ?」
「今度はちゃんと準備しとくし」

不意打ちの一撃に、呆けた顔で研磨を見る。
俺の視線に気付いて、研磨がちらりと俺を一瞥した。
研磨は研磨で俺の反応が意外だったのか、ぱちぱちと瞬いて、少し考えて、念を押す。

「…え、何で。準備しとくけど」
「…」

邪気も裏も全くない、さらりとした発言に息が持ってかれる。
…その首傾げて人の顔覗き込みながら言う癖止めろ。
ココハ学校デス。…と分かっちゃいるが、天秤の反対側にかけた欲情がガクンと傾き、片腕一本伸ばして細い肩を掴まえ、距離を縮める。
キスしたと同時に、屋上のドアが開いて笑い声が響いた…が。
ドアの反対側…真後ろであるこの場所が連中の目に入るまでは、もう少し余裕があるから構やしねえだろ。

 

 

俺が次に家を出る時。
それは自暴自棄になっての家出かもしんねーし、普通に遠方の大学とかかもしんねーし、まあ近場だとしても一人暮らしをするかもしれない。
ともあれ、万全の体制でいきたいもんだ。
屋根があってメシがあって寝る場所があってゲーム機も適当に用意して…。
そうして忘れずしっかりと、コイツを攫っていくだろう。



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小さい頃から「俺の」の意識が強いクロさん。
強い人だけどヤンデレの才能があると思います。
研磨君いないと困るのはクロさんかもね。
2014.11.25





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