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大変不本意な話だが――。
俺と木兎さんとの関係が、いつの間にか黒尾さんに露呈していた。
半眼で溜息混じりに木兎さんへ聞けば、

「はあ!? 待って待ってッ俺言ってない!言ってないかんな!? あかーしがダメっつったからスッゲ我慢してるし!絶対俺じゃない!つーかむしろ赤葦じゃねーの!?」

――などと仕舞いにはびしりと人を指差して言ってくる。
…そーですか。
…。
まあ…。
たぶん、この人なりに頑張って頷かなかったのであろうが、相手が黒尾さんで手持ちのカードが木兎さんじゃ初めから負けゲームではあったのだ。

「別に隠さなくていんじゃね? 今更同愛で引く奴とかいんの? なあ?」
「フツーにいんだろ。…んー。まあ、赤葦の気持ちも分からなくはない。そこ醍醐味だよな。迷うトコね。そこら辺ちょい羨ましーわー、俺としちゃ」
「…」

前を歩く木兎さんと黒尾さんの聞こえよがしの会話にげんなりする。
極力表にならないようにすべきだと考える俺と違って、木兎さんは元々バレたら仕方なくね?という考えの持ち主だし、黒尾さんには前々から言いたそうであったので、黒尾さんが察してからというものはこの四人でちらちらと遊びに出るような機会が増えた。
夜道。
周囲はざわざわと賑やかだ。
初夏のこの時期、夏のメインイベントになるような大きなものではないが、下町ではちらちらと祭が始まってくる。
そんな夜祭りの一つに黒尾さんから誘いが入り、こうして神社まで歩いているわけだが、前を行く二名は無駄に体格がいいので悪目立ちする。
身長でいうなら俺も似たようなものだが、スパイカーとセッターじゃ肩幅が意外と違うものだ。
更に、浴衣だ。
夏祭りの話を聞いてうちの母親が嬉々として男物の多少今風の浴衣を買ってきた時は、着るわけがないだろうと冷静に拒否させてもらった。
自身でもいくらか着物を持っている母としては、男物の浴衣を選んで買えるという、単にショッピングの理由ができたので買ってきたのだろうが、申し訳ないが袖を通す気など更々無かったのだ。
たぶん、黒尾さんたちもそうだったのだろう。
私服で来る予定だったはずだ。
木兎さんが「え? 浴衣で行くよな?」とか、さらっと言いだすまでは。
そして、黒尾さんがそれに悪ノリする気になるまでは。

「しかし黒尾、お前浴衣も黒なんだな。ヤーサンみてー。人相悪いから!」
「ウルセエな。たまたま親父のやつがこの色だったんだよ」

…しかし本当に目立つな。
日頃うろついているエリアとは少し離れているが、同校の奴らに見られたらからかわれそうだ。
周りからの視線にまったく気付いていない木兎さんと、気付いているが歯牙にかけない黒尾さんの二人組がずかずかと歩いていく後ろを、一定の距離をあけて着いていく。
何となく男四人浴衣というのは気まずいものがある。
私服でくればよかった…。
早々と後悔していると、不意にぐっと左袖に重みを感じた。

「…ん?」

見れば、俺の隣を歩いていた孤爪が、左手で携帯弄りながら、右手で俺の浴衣の裾を握っていた。
孤爪は若緑とか裏葉色っぽい淡い緑の浴衣を着ていて、左の親指を何だかよく分からないが目にも止まらぬというレベルで動かしてアプリをしている。
視線は自分の足下も進行方向も見ていない。

「…。さっきは、携帯ゲーム機の方持ってなかった?」
「…持ってた。けど、両手辛くなった」
「人、増えてきたしね」

ちらりと周囲を見る。
皆同じ方向へ行くのだから当然だが、人波があるので本当なら歩きゲームやら歩きスマホをするような環境じゃない。
「歩きスマホ止めれば?」と普通に続けようとして孤爪へ視線を戻す。
接近していたので殆ど斜め下を向くような角度になった。
…が、俺が一言言い出す前に、ひょいと孤爪が不意にこっちを見上げる。

「…ここ、持ってていい?」

挑むような釣り目と見合う。
一瞬たりとも反らしはしない。
…。

「…いいよ」

冷静に返せば、ありがとと聞こえるか聞こえないかの声でぼそぼそ言ってから、再び手元に視線を戻した。
本来なら、歩きスマホは危ないので止めるべきだとは思うのだが…。
ぽり…と首の横を掻く。
…黒尾さんにバレたせいで四人で遊ぶ機会が増え、気付いたことがちらちら出てくる。

孤爪は…なるほど、放っておけない可愛さがある。
それが少し羨ましい。



coolでなんていられない




「やる」
「いらない」
「いれ」

人が多い縁日の露店の間。
そんな短い会話で、黒尾さんが射的で取った三毛猫のお面を孤爪の頭に横向きに着ける。
あまり耳を立てるつもりはないのだが、ざわめきの中その会話がたまたま聞こえて、ふいとそっちを振り返って見ていた。
孤爪は相変わらず携帯を弄っており、黒尾さんが一方的に彼をからかったりものを押しつけたりしていき、結果的に今を見れば孤爪は頭にお面をかけ、左の中指にヨーヨーをぶらつかせ、飾り気のない男帯の後ろにはうちわが差されている。
孤爪が相当なレベルで黒尾さんを相手にしていないのでたまに俺の方がひやっとすることがあるが、それに対して黒尾さんが気を悪くする様子もない。
淡泊そうに見えるが、どうやら二人はあれで本当にいいらしい。

「…」
「…赤葦ぃ。お面ほしかった?」
「は?」

突然予期せぬ声をかけられ、振り返ると木兎さんがぶらりと腕を下げてしょぼくれて立っていた。
…お面?
…。
ああ…。孤爪を見ていたから、勘違いされたのか。
意気揚々と射的勝負を挑み、景品を取れた黒尾さんと違って何も取れなかったみたいだからな。
逆にお面とか取られてもらっても困る。
今の感じからして取ったら俺にくれる気だろう。
勿論、気持ちは嬉しい。
だが、例えそれが高校男子の手に余る猫のお面であろうと梟のお面であろうと、捨てるという選択肢が取れない以上、あまり木兎さんからあれこれもらうのは正直困るのだ。
すっと否定の意味で片手を上げる。

「いいえ。結構です、木兎さん。俺はお面はいりません。寧ろよく取らないでくれましたありがとうございます」
「ホント? ……ン? でも何でソコありがとうになんの??」
「ところで小腹が空きませんか。何が食べたいですか?」
「焼きそば!!」
「いいですね。行きましょう」
「おーい、黒尾ー!焼きそば食いたい!!」

一気に食欲が最優先になったらしい木兎さんが、両腕を振り上げながら黒尾さんたちの方へ行く。
ほっと一息吐いて、俺もカラカラ下駄を鳴らしながら後を追った。
…しかし、歩きにくいな。
足下を見下ろす。
当然、下駄だ。
これでサンダルとかスニーカーという選択肢は勿論無いのだが、何だか親指と人差し指の間が痛んできた気がした。
出かけに絆創膏持ってきておいてよかった。
次にどこかで休むとき、少し情けないが予防として貼っておこう。

 

 

会場について一番に参拝は済ませてきた。
あとはぶらぶらと目的もなく歩いていた。
付かず離れずで各々ぶらついていたわけだが、一時間程経った頃だろうか。
孤爪の後ろ襟捕まえて、黒尾さんが俺たちの方へやってきた。

「おーい。ちょっと向こうの水道行ってくんわ」
「ふ? ふぉふぃふぁふぉ?」
「どうかしたんですか?」

紙コップいっぱいのからあげを頬張っていた木兎さんの言葉じゃ伝わらなかっただろうと思って、横から改めて尋ね直す。
黒尾さんは顎の先で捕まえている孤爪を示した。

「靴擦れ。血が出てるっぽいんで洗ってくる」

ああ…。
靴擦れか。
そうだよな。やっぱそうなるよな。
下駄なんてもう履く機会もそうそうないだろうと思っていたし、たまに履くとそうなるよな。
水道がある方へ連れて行こうとする黒尾さんだが、孤爪はどうやら疎ましく思っているようだ。

「平気っていってるじゃん」
「洗うだけ洗えっつってんだろ。負ぶられて帰りてーか?」
「やだ」
「んじゃ来い」
「大丈夫なのか? 痛ェの?」
「…よかったら絆創膏ありますけど」

直接水道へ行くのが面倒なのは分かる。
ちょっと歩くしな。
絆創膏だけ貼ればいいのではないかと、ひとまず表から反れて屋台と屋台の間の小道に入って奥へ移動した。
玉砂利が敷き詰められた小道のようになっている参拝帰りの道という感じだが、そこに石の段差を見付けて黒尾さんがそこに孤爪を座らせると足下に屈んだ。
ひょいと孤爪の右の脹ら脛を持ち上げ、下駄を脱がす。
俺と木兎さんも黒尾さんの後ろから見下ろしていたが、親指と人差し指の間が赤くなり、皮が剥けて血が少し出ていた。
木兎さんがまるで自分のことのように痛そうに顔を顰める。

「うわ、剥けてんじゃん!」
「…鼻緒に血が滲んでますね」
「お前何で言わねーんだよ」

黒尾さんの声が微妙に低くて、俺の方が内心ぎくりとした。
どうやら、もっとずっと軽いものだと思っていたらしい。
意外に思う程、一気に不機嫌になったことが見て取れる。
だが、孤爪の反応は再びノーダメージで軽いものだ。

「え…何で。だって、ただの靴擦れじゃん」
「痛かっただろーが」
「別に。歩けない程じゃないし。我慢できなかったら普通に言うよ」
「…」

孤爪の反応に、黒尾さんが深々と息を吐いた。
気持ちは分かる。
俺も連れが…例えば木兎さんが、怪我をしていて我慢していたとしたらショックだ。
その怪我の大きさ云々とかじゃなく、我慢するようなことを自分に言い出せないくらいに自分たちの間に隔たりがあるのかとか考え出す。
…が、逆に孤爪の気持ちも分かる。
自分が負傷する側であれば、余計な心配はかけたくないし、黙っているだろう。
なので、そういう双方の気持ちがあればこそ、恐らく今こういう状況になることは特別なイベントのように見えて、至って普通のことなのだろう。
浴衣の袖を肩まで捲り上げている黒尾さんは、呆れた様子で目を伏せ、首の後ろを少し掻いた。
それから、持っていた孤爪の足を更に持ち上げる。

「ま、いーけどな。…やーれやれ。そんじゃーまー、消毒でもす――」
「よかったら使ってください」
「…!」

ピッ…と孤爪の足に顔を寄せていた黒尾さんの鼻先を塞ぐようにして絆創膏を一枚差し出しておく。
表の通りから外れているとはいえ、往来だ。
こんなところで足フェラなど見せつけられても困る。
孤爪だって嫌だろう。
黒尾さんが沈黙したまま俺を一瞥し、やがて孤爪の足を下ろして、爪先を屈んでいる自分の膝に乗せる。
にやりと笑って、鼻先に突き付けられた絆創膏を手に取り、開けてくれた。

「おやまあ。ご準備宜しいことで」
「ふはははは!だろー!?」

お褒めに与った俺の代わりに、何故か木兎さんが自慢げに胸を張る。
勝手にやってる俺たちの様子に一切口を挟まず、孤爪は片膝を抱えるようにしてぼんやり自分の傷ついた患部を見下ろしていた。
片足を抱えているものだから、開きそうになっている合わせ目を黒尾さんが引っぱって直す。
丁度そこで買ったカップのウーロン茶を傷に流し、軽く拭いて絆創膏を貼った。
それから下駄を履かせる。
献身的な黒尾さんの態度に一切の感謝らしい感謝も見せない孤爪。
…考えたら、黒尾さんをこんなに普通に跪かせられるのだから凄いよな。

「平気か?」
「うん」
「背負ってやろーか」
「いらない」
「あー。だよな。お姫様抱っこのがいいよな」
「もっといらない」

片手を差し出し、黒尾さんのその手を孤爪が当然のように握って立ち上がる。
その時、不意に孤爪の"放っておけない可愛さ"の理由に気付いた。
…ああ。
なるほど。
相手は十分選んでいるんだろうけれど……その選んだ相手には、壁とか遠慮とか、ないからか。
漠然と思い至る。
――"遠慮"。
これを無くすのは、その実非常に難しいことだと思う。
そう思ってちらりと木兎さんを見れば、たまたま目が合って一瞬「?」という感じで首を傾げたが、その後すぐににっと微笑みかけられる。

「ン? ナニナニナニ?」
「…いえ、別に」
「何か今俺のこと見てなかった?」
「見てましたけど、気にしないでください」
「何かついてる?」
「ついてません」
「はっ、分かった!見惚れてたんだろっ」
「ないです」
「何で!ソコあってもよくない!?」

まあ、こうしてそれが素でできる人もいるわけだが…。
孤爪の浴衣と頭のお面の位置を直し終わった黒尾さんが、間延びした声を発しながらこちらを向いた。

「つーわけで、そろそろ帰りまーす」
「そーだな!結構回ったし食ったし」
「…頃合いですかね」

腕時計を見ながら言ってみる。
明日は普通の練習とはいえ、遅くなればそれだけきつくなる。
帰路につく人並みに紛れて歩けば、また自然と孤爪が俺の隣に来る。
何てことはない。
前を歩く二人の歩幅が広いだけだ。
木兎さんも黒尾さんもずかずか歩くタイプなので、結構着いていくのが疲れることもある。
木兎さんはその辺一切察せないし、こちらも期待していないのでそれで構わないのだが、黒尾さんに関して言えば最初はゆっくり歩いているのだけれど、隣にいるのが木兎さんだと話に夢中になってしまい、気付けば歩幅が広がっているという調子だ。
直前までは孤爪のことを気にしていたが、話題が近隣のバレーの強豪校の話になった途端白熱してきたようで、振り返る回数が減ってきている。
あまり離れたくないなあ…と思う俺と違い、マイペースな孤爪は来たときと同じように、再び俺の裾を握った。

「ここ、持ってていい?」
「いいよ。…足は? もう少しゆっくり歩く?」
「別に。普通でいい」

来たときと似たような会話をして、孤爪の手が袖にかかる。
…やっぱりいいな、と思う。
別に自分がこれをやりたいわけじゃないのだが、俺には無い甘さみたいなものが羨ましい。
逆立ちしたって手に入らない、独特の立ち位置というかキャラ性というか雰囲気というか…。
彼を見かけた最初の頃は、欠片も思わなかったことだが…。

「…孤爪って、人から可愛いとか言われる?」

普段ならそんなことを口にすることはないのだが、何気なく聞いてしまう。
どうして聞いたのかと問われれば困るが、何となく聞きたくて、そうして俺がどんな愚かな質問をしようとも、孤爪はあまり嗤うようなことはないような気がした。
案の定彼が嗤うことはなく、またあまり興味を引くようなことでもなかったらしい。
携帯から視線を上げず、ただただ答える。

「…たまに言われる。よくわかんないけど」
「あー…。だよね」
「なんで?」
「いや、俺もたまに思うから。実際にこうして話すようになってからだけど。男の可愛さってのもあるなと思って」
「…? 可愛いって言われたいってこと?」
「いや…。それはないんだけど」

ストレートな孤爪の質問に苦い顔になる。
自分が彼と同じことをしたとしたら、自分でドン引く。
それはない。
だからこそ、甘めの行動を普通に取れる孤爪が羨ましく感じるのかもしれない。
…今更だが、木兎さんは果たして俺の何がいいのだろうか。
一応関係としては付き合ってはいるのだろうが、あの人が何を求めているのかいまいち分からない。
俺はあの人が好きだが、何だか俺の好きとは微妙に違う感じもするしな…。
前を行く木兎さんの背中を、まるで他人事のように妙に冷静に眺めてしまう。

「何て言うか…。俺は、可愛げはないから。背丈もあの人とほぼほぼ同じだし、そういう要素があった方がいいのかと思う時もある。…同性と付き合っているわけだし、多かれ少なかれそういうの求められるんじゃないかなと思っているけど、それを求められた時に俺じゃ対応できない。そうなると、どうしても相手の方で他との"比較"が生じてくると思う」
「ああ…。女子の可愛いとの比較ってこと? まあ、そうかもね」
「せめて欠片でもあればなって話。とはいえ、今日一日見てて改めて思ったけど、孤爪の真似は無理だし。…そういうところ難しいんだろうな、やっぱり」
「考え過ぎなんじゃない?」

さらりと、孤爪が言う。
俺は思わず彼の横顔を見た。
考えすぎ…だろうか。
割と現実的な話だと思うのだが。
俺にちょっとパートナー的ミスがあれば、事ある毎に"やっぱ女子とは違うな"と木兎さんは思うはずだ。
木兎さんがどうこうじゃなくて、たぶん普通にそういう比較の話になるだろう。
そして、普通の人がそう思うということは、あの人の場合、×3倍くらいでそう思うのだ。
なかなかでかい穴だと思う。
落ちたくはない。
…また前を見る。
前方二人は、何故か白熱が過ぎて微妙に口論になっていた。

「…そうかな」
「赤葦は赤葦の感性でしか見られないから、そう思うんじゃないの。可愛いよりも生意気って言われる方がおれは多いし。みんなそれぞれ好き勝手に色々言うから、あんまり気にしなくていいと思う」
「そんなもん?」
「誰にどう思われたいかが気まってるなら、その人の感性に合わせればいいと思うけど…。それってたぶん付き合う前に考える話で、赤葦はもうそこ終わってるじゃん」
「…」

果たしてそうだろうか。
付き合ってから気付く不一致もあるだろう。
寧ろそこだと思う。
男女間と違って、友達に戻るというのは非常に難しいんじゃないか?
近くに黒尾さんと孤爪がいたからだろうが、木兎さんは今の所俺との関係について特に不満はないように見受けられる。
だが、いつ我に返られるか分からない。
そこを考えると、俺は少しでもあの人の想うような路線に乗らなきゃいけないような気がしてくる。
…あれこれ考えて黒尾さんとぎゃあぎゃあ騒いでいる木兎さんの背中を見ていると、くん…と袖を引かれた。

「…あの人さ」
「何?」
「嘘つけるタイプでも駆け引きができるタイプでも、我慢できるタイプでもないから…こっちが何考えてたって何想ってたって、終わる時は速攻で終わるよ」

ぐさっと言葉のナイフが胸に刺さる。
思わず僅かに顔を顰めた。

「…まあね」

その通りだと思う。
だから事ある毎に、どうしても終わりを考えてしまう。
遅かれ早かれ来る木兎さんが部活が終わったらのタイミングを始め、卒業、大学…。
その先…なんて思うけれども、恐ろしいことに本気でその辺イメージができない。
たぶん、孤爪の言うとおり、終わる時、木兎さんの興味は一瞬で終わるだろう。
…前を歩く背中を見据える。
見慣れた光景だ。
木兎さんはいつも俺の前を歩いていってしまう。
俺はこの人が好きだ。
こんなに特定の人に対して離れがたく思ったのは初めてで、戸惑いが多い。
離れがたく思っている俺の方は、終わられぬように全力を尽くさなければいけない気がする。

「俺も、終わる時はすぐだと思う。裏表無い人だから」
「ってことはさ――」

孤爪が、じっと俺を見上げて一言告げる。

「今は今の赤葦のこと、何の不満も心配もなく、大好きってことなんじゃないの」
「――」

虚を突かれる。
それはあまりに理想的解釈が過ぎるんじゃないかと思ったけれど…。
反論する理由が、俺には一つも見付けられなかった。
孤爪は言う。

「もう少し踏み込んでみれば?」

 

 

 

 

 

 

黒尾さんたちと分かれて、下車した駅の隣駅まで歩く。
駅前に向かう人混みが多すぎて、木兎さんが嫌気が差してしまったようだ。
隣駅まで歩こうという提案に反論する理由もないので、祭からも駅からも離れ、静かな夜の住宅地を揃って歩いていく。
当然だが、殆ど祭の面影はなくなっている。
黒尾さんと何を白熱していたかと思ったら、自分が監督でプロの最強のチームを作るとしたら誰を配置するかという話で盛り上がっていたらしい。
もうそのテーマからして白熱するに決まっているだろうと思うのに、更にどちらか一方に取られた選手はもう一方に入れてはいけないというルールにしたらしいので、名だたるプロプレイヤーの取り合いになっていたらしい。
釣り上げたヨーヨーをぼんぼん片手で叩きながら、木兎さんがその結果作り上げた自前のチーム配置を披露してくれた。
偏りまくった超攻撃型のその人選と配置は面白く、また爽快だったが、手にしているヨーヨーがいつ割れるであろうと心配で、その実半分聞いていなかった。

「そういや、お前今日ズイブン黒尾の金髪チビちゃんと話してなかった?」
「ああ…ハイ。孤爪とはタメなので。前々から興味はありました」
「アイツ暗くね?」

ドストレートな木兎さんの感想に気が緩む。
明るいか暗いかで言ったら後者だろう。
俺自身もそっちだと思うが。
だが、話してみると…というか、あちらが気を許してくれると、途端に別の側面が見えてくる。
あれが所謂ツンデレというやつなのだろう。
魅力的なのは否めない。

「静かですけど、結構面白い奴でしたよ。言葉飾らないんで、たまに不意打ち喰らいますけど。…けどまあ、外から見てるだけじゃ気付かないような可愛いところもありますし」
「えええ~っ? お前までそーゆーコト言っちゃう?」

ところが、帰ってきたのは信じられないというような顔だった。
思わず首を傾げる。

「お前まで…というのは?」
「だって黒尾も年がら年中言ってんじゃん。あの金髪チビちゃんカワイイって。でもさー、俺アイツのカワイイ分っかんねーんだよな。いっつも携帯弄って下向いてんじゃん。こーぉんな顔でさ」

孤爪の真似をして、木兎さんが肩を狭めて真下を向く。
この人はいつだって大きく両肩と両手を広げている人だから、つくづくそういう姿勢が似合わない人だなと半眼で見詰める。
狭めていた肩と姿勢を戻し、木兎さんが片手を腰に添えて俺を見る。

「アイツより、あかーしのが全然イイと思う」
「そうですか」
「そう!」
「ありがとうございます」

かっと熱くなるくらい嬉しい言葉だったが、淡々と流すみたいになってしまった。
それに違和感無く、木兎さんもあっさり頷く。
その後で、急に一人でフォローを始める。

「はっ…!でも待って!今の黒尾には言うなよ!? ボコられるから!!」
「はあ…。まあ、言いませんけど」
「ま、アイツ趣味悪ィからな~。いーんじゃね? 本人がアレでいーなら。けど俺無理ー!」
「そーですか」

声高々に、木兎さんは笑いながら夜空に主張する。
…難しいな。
黒尾さんから見れば、俺と孤爪を比べた場合当然孤爪が可愛く見えるだろうし、俺が俺と孤爪を比べたって孤爪の方が可愛いだろうと思う。
だが、木兎さんは違うらしい。
人間、好みなんて千差万別だよな。
改めて、この人の好みに俺が欠片でもハマったことが奇跡のような気がしてくる。
カラカラと帰路を歩いていく。
…いつもこんな反応じゃ、普通に考えて木兎さんが詰まらないだろうな。
無理する必要はない的なことを言えるのは、孤爪に余裕があるからだ。
"幼馴染み"というジョブは流石に強い。
元々の繋がりが薄い俺と木兎さんとは、そもそも違うのだろう。
…。

――みんなそれぞれ好き勝手に色々言うから…。
――嘘つけるタイプでも駆け引きができるタイプでも、我慢できるタイプでも…。

頭の中に、孤爪の言葉が響く。
確かに、木兎さんは好き嫌いがはっきりしている上に、分かり易くまた振りができない。
孤爪の言っていることも、分からなくはない。
理が通っているというか、単なる慰めでないことは確かだ。
…。
…ちょっと言ってみるか。
引かれたらそれはそれで仕方がない。
歩きながら、それなりに意を決してぼそりと口を開く。

「…結構暗いっすね」
「ん~? あー。そーだな。時間だしな。この辺、街灯もあんまねーのな」
「今とか、言ったらキスしてもらえたりするんですか」
「……ン!?」

片手を額に添えて今歩いている道の先を眺めていた木兎さんに尋ねてみる。
勢いよくこっちを振り向いた木兎さんは、それはそれは驚き、またそれを隠しもしない。

「あかーし!今珍しいこと言った!!」
「言ってみました」
「おおおおおっ。どーした!? いつもメッチャ嫌がんのに!まさかの!?」
「…あー…いえ、すみません。やっぱり何でも…。馬鹿なこと言いました。無しの方向で」
「え?何で? やろーぜ」

直前まで驚愕全開という顔だったのに、ころっと満面の笑みになる。
この人の上機嫌の笑顔はやばい。
にぱにぱでふにゃふにゃで…的確な表現が見つからないが、何故か見てる方が嬉しくなってくる……というのが、付き合ってる俺だけじゃなくて他の先輩方とか女子とかに対しても共通効果なのが、この人の凄いところだろう。
言ってはみたものの、今更少し照れ出していると、木兎さんがいきなり片腕で俺の肩をがしりと抱いた。
キスのモーションとしてはそれらしくないので、逆にいいかもしれない。
ずしっと体重がかかってくる体半分が重く、少し反対側へ蹌踉けた。

「キスして欲しい? なっ」
「まあ…」
「んじゃー、してあげる!」
「っ…」

ちゅっ、と連続で耳と頬にされた後、毎回のことだが多少力業で顎を取られる。
長くはない。
近距離で肩を抱かれたまま、ほんの数秒だが往来でキスをする。
木兎さんの舌はいつだって温度が高い。
人気がないのは確認したとはいえ、緊張感がある手前充たされた。
――が、現実は甘いキスというわけにはいかないものだ。

「…。何か、色々な味がするんですけど…」

片手で口を抑え、何とも言えない味に顔を顰めて呻く。
熱いような冷たいような、甘いかと思えば後からしょっぱくなったような…。

「そう? うまかった??」
「いえ、微妙です」

木兎さんが笑いながら尋ねる。
こちらも可笑しくなってしまい、思わず俺も口元を手の甲で隠すようにして小さく吹き出した。
全くおいしくない。
俺が笑ったせいかどうかは分からないが、木兎さんの機嫌が更に良くなる。

「色々食べてましたね、そういえば」
「そうか? そんな食ったっけ?」
「ひとまずは、からあげですかね。味が一番残ってますよ」
「あっ、食ったかも!」
「あとは、かき氷と焼きそばとトウモロコシと…」
「食べた食べたっ」
「あと…」
「…♪」

今日の記憶と舌に残る味を思い出しながら妙なゲームの回答をしていると、肩から腕を外した木兎さんが今度は俺の垂れ下がっていた手を握り、一度ぐと横から体をくっつけてきた。
背だって肩幅だってある方なのに、それに不釣り合いな行動。
猫が足下に擦り寄るような、ヒナが暖を取るような。
そんなアンバランスな仕草に不意打ちを食らう。

――『今は今の赤葦のこと、何の不満も心配もなく、大好きってことなんじゃないの』

自分では理想的解釈が過ぎて得られない、孤爪の視点。
体重を預けられ過ぎて、またよろりと反対側へ蹌踉ける。
驚いたが、逆に何とも言えない痺れみたいなのが四肢に奔った。

「…重いです」
「俺は楽!」
「でしょうね」
「なーなー。やっぱ泊まってかね? 浴衣プレイしたい」
「ダメです。明日は練習あるので」
「またそれ!? 黒尾は今日するって言ってたのに!」

黒尾さん…。
まあ、そーなんだろーなと思わなくもなかったが…勝手にやるのはいいが、木兎さんに変なことを吹き込まないで欲しい。
言ってしまえば張り合おうとするのくらい絶対分かっているだろうから、敢えて吹き込んでいるんだろうけど…。

「…。黒尾さん、そんなこと言ってったんですか…」
「るんるんだった」
「他所は他所、ウチはウチです」
「じゃー、次の休み前は浴衣持ってきて!」
「別にわざわざ持ってくることなくないですか。正直荷物になるので避けたいんですが」
「ダメ!絶対持って来て!!じゃなかったら今日やる!」
「…」
「そんな顔したって先輩命令だからッ!」
「………分かりました。持って行きます」

横から抱きついてくる木兎さんの顔面を、溜息を吐きながらうちわで塞ぐ。
遠くから見れば、たぶん酔っぱらいだ。
男二人で何やってんだと思いもするが、よろよろしながら歩く隣駅までの距離は面白いくらいに近く感じた。

『今は今の赤葦のこと、何の不満も心配もなく』――。

木兎さんが本当にそうだとしたら、不安も心配も持ちまくっているのは俺の方ということになる。
そして残念だが否定できない。
何だか、それはとても失礼な気がするので…。
目下、俺のすべきことは、たぶんこの人に情け容赦なく甘える術を身に着けることなのだろう。
様々な不安を払拭し、この人みたいにストレートに愛情を表現……できるのか?
夢のまた夢な気がする。
だが、それで言うなら孤爪もそういうタイプではないような気がするが、何故か黒尾さんとの間には固い絆的なのが見える気がする。
ああいう風になるには、何かコツがあるのだろうか。
押し潰し気味に背中から抱きついてくる木兎さんが、ぼーっと正面見ながら歩いている俺に首を傾げる。

「赤葦、何で黙ってんの?」
「ちょっと考え事しているんです」
「俺のこと?」
「半分は」
「ちょっと待って!残り半分とかナニっ!? 俺100パーで考えて!」
「それだと前進しないので」

喚くこの人くらい、ストレートに愛情を返せないとな。せめて。
あれこれ考えてしまうのは、俺の悪いところだろう。
…孤爪と、もっと親しくなろう。
何となくそれが一番の近道のように思ってスマホに彼のIDが入っているのを再確認していたら、ぱっと横からそれを取り上げられた。
反射的に上げた顔に、再びキスを喰らう。
思考がまた霧散する。

うっかりなるようになってしまった今の幸福が、また未来の不安を招く。
そうして、また自分とは違うこの人を"凄い人だな"と考える。
…どうやら俺は孤爪程、クールになれそうにないらしい。



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黒研程悟ってない感じが兎赤は可愛い。
うちは本当に赤葦さんが木兎さんに陥落しているので甘くなります。
悩むのは大体赤葦さん。
2016.6.8





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