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数人しかいないのに何故かやたら賑やかな夕食を取り、遅い時間に風呂に入る。
それぞれ自主練はしているはずだが、大体は俺たちが一番遅いし、他のメンツは風呂に入っている時間自体はかなり早い方で長湯の奴は殆どいないから、少し意識的に遅く入ってゆっくり使わせてもらって、使い終わった後掃除をしようとして待つ気満々の烏野の日向とかに「いつもじゃ悪いから今日は俺がやる」とか言っておけば、キラッキラした目で見上げられて相当嬉しそうにお礼を言われ、上手く最後になれる。
月島はそれらしい言動は薄いが、自分が風呂からあがって着替えが終わっても、脱衣室の端に座って無言でスマホを弄っているところかして、彼もやっぱり掃除をしようとしてくれているらしい。
もっとも、俺が日向に断りを入れると彼はそれを聞いて無言で立ち去っていくから、直接月島から何か言われたり感謝されたりしたことは無いのだが。

「木兎も戻んねーの?」
「イタイイタイ!黒尾さんイタイです!!」

上下関係が緩いらしい音駒はまた違うらしく、「烏野見習え」と隣のリエーフの耳を指先で引っ張りながら、湯上がりの黒尾さんが振り返る。
それに、木兎さんがぴしっと片手を軽く挙げて応えた。

「おう。赤葦待ってる!」
「手伝いはしねーくせに」
「こーゆーのは後輩の仕事なのっ」
「ふーん…」

ちら…と黒尾さんがいつもの人相悪い笑みで俺を見たが、気付かないふりしてバスタブの湯を抜き、掃除用のデッキブラシやスポンジなどの掃除用品を脱衣室の端にあるロッカーから取り出した。

「…ま、いいわ。んじゃな。また明日な」
「おー!やすみー!」
「行くぞ、リエーフ」
「オヤスミナサイ!また明日お願いしあーっす!!」
「おう!じゃあなーっ!」
「おつかれさまでーす」

最後に間延びした挨拶を足しておき、ガラ…とドアが閉まる。
デッキブラシ片手に浴室に戻るついでに、今さっきみんなが使っていたカゴをざっと見回し、各々の忘れものがないかをチェックする。
途中で戻って来られたら困る。
確認した後で、三つ並んでいる洗面台の前のイスに逆向きで座っている木兎さんを見た。

「…じゃ、そこで少し待っていてください」
「早くね!」

いかにもなわくわく顔で、ホント情け容赦ない。
言われなくても急ぐところを、益々手早く行動しなきゃいけなくなる。
黒尾さんの言うとおり手伝う気のない木兎さんを脱衣室に置いて、水抜きが終わっている浴室へ一人戻り、掃除セットの中にあるゴム手袋を装着した。
掃除は割と嫌いじゃない。

 

 

 

掃除が終わり、人気の無くなった脱衣室の端に二人して座り込む。
座り込むといっても、実際のところ座っているのは柱に寄りかかっている木兎さんだけで、その両脚の間で俺は膝立ちになり上半身を伏せていた。
左手は木兎さんの開いた右腿へ置かせてもらって、右手で木兎さんのものへ手を添えて支え、それを口の中で扱いて勃たせる。
フェラチオというやつだ。
始めは舐めて全体を濡らし、滑りがよくなってきたら口に含む。
先端を吸いながら片手で扱いて勃たせ、角度が着いてきたらあとは軽く吸いながら唾液で包むようにして動かす。

「ふ…、ンっ…」
「はあ…。うあー…やばい、チョーあったけー…っ」

多少は仕方がないにしても、音は抑え気味になるよう気を付けつつ出入りさせ、奥へ進ませて舌で裏筋を撫でた。
同じ男なので分かるが、温かく粘膜がありちょっときついくらいに狭く、且つ出入りができければ、性感においてメンタルがフィジカルに直結しているタイプの人間でない限りは普通に生理現象として勃てる。
男に咥えられて勃つか勃たないかで分別されるだろうが、木兎さんの場合はメンタル=フィジカルではないらしいので、俺でも十分らしい。助かる。
あとは何をおかずにするかだろうけれど、この人は感じると目を瞑ってしまうらしいので大体目を閉じていることが多い。
若しくは意図的に俺を見ないようにしているのかもしれないし……まあ、普通そうだよなと思う。
けれど、携帯で動画を見ながらとか、そういうこともあまり無い。
モノを包む口の温度があれば十分なんだろう。

「う~っ。んんん…っ、あ~…そこイイっ。きもちーっ」
「…」

ちら…と視線を上げれば、首の角度は俺を見下ろしている形にはなるが、やはり今日も瞼を伏せていた。
左手で自分の口を軽く抑えて、気持ちよさそうに開いた口から譫言のような声がちょいちょい溢れてくる。
何が気持ち良くてどの辺が好きで、何をもう一度やって欲しいかとかの細かい要求は無いが、俺の頭の上に置いている木兎さんの右手が事ある毎にぴくりと動いたり反応するので、それで何となく察せる。
時々、俺の髪を指に絡めていたりもする。
痛くはないが、前にその部分だけ妙にカールしてる状態になっていたらしく、余程熱心に鏡を見ないと俺自身では気付けない位置だったので、友人に謎の寝癖扱いされたことがあった。
できればその手癖は止めてほしい……が、その後木兎さんに付き合った後は髪を鏡で見るようにしているので、直せているといえば直せているのだが。
湯上がりによく似たほんのり赤い頬と汗の匂い。
実際湯上がりだし、ここで汗をもう一度かかせてしまうのは風邪をひきそうで正直心配なのだが、まさか他の人達がいる間にこんなことはできないし、風呂前という汗だくの状態ではさすがにキツいものがある。
こっちはよくても、汗臭い俺に近寄られるのもどうかと思うし、どうせ近寄るなら汗臭くない方がいいに決まっている。
現に湯上がりの今では木兎さんの匂いとボディソープの匂いが重なって、益々奥へと呑み込めるし、気持ち良くなってもらいたいという思いも出てくる。
寧ろフェラを拒否る要素が俺には何一つ無いので、先輩の言うことでもあるし、さらりと付き合えてしまう。
木兎さんのものを咥えて勃たせるくらいには感じてもらえて、この人が感じている顔を見られるだけで、俺も勃ってくる。
熱を持った下半身はずきずき疼くが、自分のを弄りながら木兎さんのフェラをするのは流石にガチっぽい気がするし、そんな光景を見て木兎さんが萎えてしまったら本末転倒なので自分の処理は後回しにする……が、空いている左手が勝手にそこにいかないように、ぐっと木兎さんのハーフパンツを指で抓んで握らせてもらう。
意識が自分の下半身にいかないようにする為にも、口の中のものに集中する。
勃ち切るとそれはそれで俺の口では苦しくなるので、一定以上になればさっさと出してもらおうと刺激を強める。
喉の奥へ呑み込ませ、ごりごりと先端を奥で擦る。
ビクッ…!と木兎さんが伸ばしていた膝を浮かせ、足を微妙に引いた。
腿の筋がびくびくと動くのが触っていて分かる。
布を抓んでいた指を離し、左手で木兎さんのパンツの中へ少しだけ指を入れ、腿の筋を撫でる。

「~っっ!」
「っ…、ン、ぐ…」
「ぅっぁ…、ヤバ…っ。赤葦っ…。イきそ…っ!」

いつもしっかりした、声の大きな木兎さんのふにゃふにゃした小声は、逆に鼓膜を振るわせて脳の奥にガツンと来る。
かわいい。
鼻に抜ける口の中の匂いも悪くないし、独特だけど何なら味すら嫌いじゃない。
こっちもイかせる為にフェラをしているわけだし、どうぞ、と更に吸い上げながら頭を動かし出し入れする。
歯を立てないように、けれど狭く。
ちゅ、ちゅぷ…と数回強めに刺激しながら動かしていると、不意に頭の上に置かれている木兎さんの指が俺の頭をぐっと掴んだ。
力任せに頭を押し下げられ、ぐっと喉の奥へ先端が入り込み、呼吸ができなくなる。
苦しさに目を瞑った。
異物に、自然と喉が拒んで狭まる。
どうやらそれが気持ちいいらしい。
分からなくはない。

「っ…」
「ン、ッ――!!」

生理的に滲みきっていた涙が顔を顰めたと同時に流れ、どろりと、熱い液体が喉を通る。
生々しい液体の感覚が胃に落ちるが、熱を持っているので割と飲む方も気持ちいい。
AVで見るだけだった時は、好きな相手とはいえこんなものを飲まされて女子は大変だなと思っていたが、自分がやってみると存外メンタル的には苦痛じゃなかった。
顎は意識し続けないと外れそうになる時があるが。
…まるでダッシュした後のように息を切らせ、ついでに何度も瞬きして目に溜まった涙が視力の邪魔にならぬよう、試合中汗を拭くようにティシャツの袖で軽く拭った。

「っ…、……はぁ」

射精が終わった後の木兎さんのものを口から抜き、添えていた手も離す。
唾液の糸を指先で軽く払った。
一気に顎が楽になる。
ごほっ…と一度咳をして、顎に片手を添えて開きっぱなしだった口と歯を何度か噛み合わせ、唾液を呑み込んでから一息吐いた。
…賢者タイムを設ける程、慣れていないわけじゃない。
極々普通に、木兎さんの両脚の間で伏せていた背を起こして流れで正座し、首にかけていたタオルの端で唾液に多少濡れた口元を拭った。
目の前の木兎さんは脱力して、柱に後ろ頭をつけて天を仰いでいる。

「っぷはー…!」
「…もーいーですか。すっきりしました?」

木兎さんのものもタオルで軽く拭う。
下着の中に収めて少し下げていたハーフパンツを元の位置まであげながら、くたりと柱に寄りかかっている姿に尋ねた。
口の中に広げればまた別なんだろうけど、喉の奥で飲んでしまえば味も濃さもあまり分からない。
溜まっているんだかそうじゃないんだかも曖昧だ。
俺もやたらめったら木兎さんの夜に"付き合う"わけじゃない。
…まあ、合宿中だし、いつもより溜まっているんだとは思うけど。

「んー。気持ちヨカッタ~。赤葦、サンキュー」
「…」

眠い時に出すようなどこかぽやっとした声で、木兎さんが目の前に座ってる俺を抱き締める。
抱き締めるというか…どちらかといえばハグか。
まるで小さな子供とかぬいぐるみでも相手にしているみたいに、ぎゅっとして、ぽんぽんと背中を叩く。
単純に木兎さんに触れられるのは好きだけど、それとは別に、よくできました、褒めてあげます――みたいなこのハグ欲しさみたいなところもあって、俺は大人しく木兎さんの両腕の中に収まっておく。

「…いえ」

一瞬の抱き合いだけど、やっぱり嬉しいものがあるのは片想いの性質上仕方がない。
…が、その一瞬のハグが今日は妙に長かった。
数秒経っても木兎さんが俺から離れず、流石に違和感を持つ。
…もしや眠くなったか。
だとしたら、眠い歩けないとぐずられる前に部屋に戻るよう促さないと面倒なことになる。
俺に木兎さんは運べない。
最悪バスタオル下に敷いて足首とそれ掴んで引きずるだけだが、なるべくそれは避けたい。

「そろそろ戻りますか」
「ん~…」
「あまり遅いのもどうかと思いますし」
「…。なあなあ、赤葦ぃ」
「はい」
「俺もキスしてい?」
「は? …――え、…は? …うわっ!」
「ぶっ…!」

近づいて、確実にキスのモーションに入ってた木兎さんに驚いて、思わずがしっと彼の顔面を押さえた。
抑えられた木兎さんの眉が、ぴくっと不満そうに動く。
…。
びっくりした…。
驚いた顔そのままに、けど、手が無意識に止めに入ってしまった。
それに、実際止めといた方がいいと思う。
ちょっとよく分からない展開だ。
困惑気味で尋ねる。

「……突然どうしたんですか?」
「イイでしょ、別に!」
「今は止めた方がいいと思いますけど」
「何でヨ!!」

俺の片手で顔面を押さえられながら、木兎さんが露骨にむっとした顔をした。
…かと思ったら、片手でバシバシ横の床を叩いて叫き出す。

「キスすんのーっ!キスー!!チューくらいいいだろっ、フェラしてんだから楽勝だろ!? フツーここで"ダメ"とかなんの!? 赤葦優先順位おかしくね!?」
「いや…。するのは構いませんけど、ちょっと待ってください」

構わないとかじゃない。嬉しい。
木兎さんからキスしたいとか有り得ない。何だそれ夢か。
けど、嬉しさが滲み出たとしても体内で収まってしまって外側に表現される程出てこない。
口から出るのはそんな言葉だった。
しまった、と思う。
ここで"嬉しいです"の一言でも言えればまた違うのに、いつもこんなんで嫌になる。
…とまあ、そんな俺の内心のそんな細かいところは木兎さんにとっては引っかかるところでも何でもないようだが、その代わりキスを拒否ったこと自体に酷く憤慨している。
俺の手首を左手で握り、ばたばたと右手で床を叩いて主張する。

「だから何でッ!?」
「いや…。木兎さんの飲んだんで……臭うんじゃないかと」
「は? ニオイ??」

左手の甲で口元を抑えてぼそぼそと白状すると、木兎さんがきょとんとした。
一応奥で飲んだからそこまで味はしなかったが、どうしても臭いが残る。
勿論俺は気にならないし寧ろ感じてくれて嬉しいが、今木兎さんとキスしたら彼自身の精液の味や臭いが口に移るかもしれない。
それはきっと、木兎さんが嫌なんじゃないだろうか。
折角こんなシチュエーションが成り立つ上下関係にはなったのだから、そんなことで我に返られても困る。
フェラした後の口の中なんて青臭いし、漱がないことには…。
俺の言いたいことは伝わったと思うので、顔面掴んでいた右手をそっと浮かせる。

「そういう訳なんで…。漱いでいいですか? その後でしたら。その方が何かと」
「……ッダメ!!」
「え。…っ!?」

言うが早く、がしっと両肩を掴まれた。
は?…と思う間もなく、唇が塞がる。
柔らかくて温かい。

「――!」

塞がれたところで、ようやく驚けた。
視界いっぱいに目を伏せている木兎さんがいる。
近距離すぎる。現実味がない。
…。
うわ…。
でもこれリアルだ。
本気で無意識に、唇を薄く開けていた。
流石にいきなりディープにはいかないが……駄目だ、もう少し角度が欲しい。
がっつかない方がいいのは分かっているけど、何かもう半分早速トンでる。
俺も目を伏せて、少し顔を横へ傾け、隙間無く唇を合わせ直した。
…柔らかい。

「…」

たっぷり数秒そのままでいてから、ふ…と顔を離して瞼を開けた。
どんな顔をしているんだろうと思ったけど、木兎さんはあまり動じてないらしい。
…まあ、木兎さんからしてきた訳だし。
俺が今すべき反応は、拒否感を一切出さないことだろう。
一応どこまででもOKですけど、と暗に示しておけば意外と突っ走ってくれるかもしれない。
木兎さんの背に俺も両手をそれとなく添えた。
心音はうるさいが、表に出さないようにして淡々と聞いてみる。
…というか、出したくてもなかなか出てはくれないらしいし。

「……駄目なんですか?」
「あ? あー…ウン。何かダメ。今、赤葦離したくないキブン。…あとあんま気になんないっぽい。臭いとか。赤葦っぽい味しかしないし、全然ヘーキだから途中退出禁止!」
「はあ…。…。分かりました。そうします」
「…つーかさ」
「はい」
「黒尾はサ、結局何なの。何、お前らとかそーゆーのだったの?」

ぎゅっと木兎さんが腕を締める。
…やっぱり持ち出されてきたか。
でも意外だ。
通常よりも敢えて穏やかっぽくゆっくり語る語り方は、不機嫌を彼なりに隠して喋ろうとする時の癖で、返ってすぐに気付ける。
木兎さん、怒ってるのか。
俺と黒尾さんがキスしてたと思って?

「…」

少し眉を寄せた。
…やばい。
何だこれ。現実だろうか。
いや、理想的解釈が過ぎるんじゃないか?
自信なくなってくる。
顔がじわじわ熱くなってきて、そろそろ冷静じゃなくなりそうで怖い。
木兎さんの腕の中で、背を丸めて小さくなる。
この人の腕の中だと、俺くらいの長身でも"小さく"なった気になれる。
目の前の肩が顎置きに丁度良いというね…。
…木兎さんの匂いに益々動悸が速まる。
軽く眠気が出てくるくらいの安心感、とか…凄いな。
静かに目を伏せた。

「……あー…。えーっと…」
「ン?」
「今の質問に対する答えだと、黒尾さんとは何でもありません。あの人はあっちのセッターの孤爪とできていて、さっきのはそのことで俺がからかわれていたんです」
「ウソおっしゃいッ!チューしてたじゃん!!」

再び、がばっ…!と突然俺の両肩を掴み、引き剥がされる。
正面から顔を見て俺を尋問しようという気持ちは分かるが、折角腕の中にいられたのに離されて一気にさっきまでの温度が逃げてしまった。
…まあ、別にいいですけれども。
むすっとしている木兎さんを見詰め返す。

「嘘じゃありません。なんなら、黒尾さんに正面から聞いてもらっても構いませんけど」
「…ホントに?」
「本当です」
「あかーしウソついてない?」
「ついていません。キスというか、されたのはこの辺です」

言いながら、木兎さんの左頬正面辺り…鼻の横辺りに軽く唇を当てる。
俺の行動が予想外だったのか一瞬びくっと木兎さんの筋肉が強張ったのが、これだけ近いとすぐに分かった。
普通に頬にするよりも内側だから、この角度だと確かに後ろから見れば口にキスしてるように見えるだろう。
これで納得してくれるだろう…と思ってすぐに離れると、カッ!と木兎さんが喚き出す。

「してんじゃんッ!?」
「は? …いや、してませんて。ここですって」
「ホッペチューでしょ!?」
「……ああ。そこもアウトなんですね」

あ、頬キスも木兎さん的にはアウトなのか。
なるほど。
"キス"と言われれば自分は口キスをイメージしてきたので、木兎さんとズレがあるようだ。
片手を顎に添えて、少し考える。

「頬もとか言われると…まあ、キスされたことにはなりますかね」
「ウソつかれた!?」
「すみません」

不本意だが、そういう話であれば確かに木兎さん的には嘘をつかれたことになるだろう。
素直に謝っておく。
というか、俺的論点はそこじゃない。

「ところで木兎さん」
「…ナニヨ?」

すっかりふて腐れた顔で木兎さんが俺を睨んでいる。
ご機嫌斜めですか…。
年上には失礼かもしれないけれど、こういうところが可愛いなと思う。
けど、あなたの機嫌が悪いと俺が困ります。
落ち着かない。

「俺が黒尾さんとキスしたと思って、苛ついてるんですか?」
「だから実際してたでショ!? そーだよ。だって俺とはしてなかったじゃん!ソコ何で黒尾が先なワケ!? フツー俺じゃね!? おかしいだろ!!」
「木兎さんに先にキスしておいが方が良かったですかね」
「そ――……ン?」

間違っていないはずなのに、そう聞かれたことによって初めて違和感を持ったらしい。
ぱち…と瞬いてから、急に難しい顔で眉間に皺を寄せた。
畳み掛ける。

「そういうことですよね」
「んんー…。まあ、そう…だな??」
「…ですよね」

王手。
ぶわ…っと、何とも言えない感覚が体中を奔る。
試合で、流れを変える一発のトスを上げる時に感覚が似ていた。
"今だ"――と、瞬間が目に見える。
直感はタイミングを訴えているが、理性が片隅で有り得ないだろうと喚き立てている。
…が、今は直感を信じておこう。
この人と違って、あんまり得意じゃないんだが。

「…木兎さん」

たぶん耳とか真っ赤になってるんだろうけど、顔にはあまり出ないタイプだから、大丈夫だろう。
顎を上げて、敬愛する先輩を真正面から見据えた。
どっかの少女漫画か、と自分で思う。
毎日毎日振り回されて疲れるけど、それが何故か嫌じゃなくて、振り回されにまた俺から寄って行ってしまう。
恵まれた体格の割に愛嬌のある顔立ちで、性格も憎めないし甘え上手だから大体のことは許されてしまう得で気分屋の"末っ子気質"。
そんな貴方が――…。


「好きです」


口から言葉が飛んでいく。
…。
言ってしまった…。
今しかないと思っても、飛びだした後は微妙な後悔が残った。
けどそればかりでなく、爽快感もかなりある。
…いや、でももうどんな答えが来てもいい。
今のタイミングで駄目だったら、もう何をしたって駄目だ。
そして、例えどんなにプライベートが揺れ動こうとも、コートの中には絶対に持ち込まない。
振られたら振られたで、その分コート内で木兎さんの理想的なボールを上げ続けてやる。
後ろ向きな決意を胸に、返事を待つ。

「…」
「…」

じっと見上げる俺の視線を避けもせず、木兎さんはきょとんとした顔のまま俺を見詰めている。
じわじわ、俺の顔や耳だけが熱くなっていく。
…間を空けて、木兎さんが首を傾げる。

「……ン??」
「…」
「…悪い、もっかい言って。何か変なの聞こえた」
「…。ちゃんと聞いといてもらえますか」

聞き間違えにされた。
軽くショックだ。
だがもう後にも引けないし、もう一度言っておこう。

「俺、木兎さんが好きです」
「…」
「…」
「……ぅ、ええぇえええええっ!? エッ、な――エ!? マ ジ でッ!?」

うるさいうるさい。
隠れていることも忘れ、木兎さんは驚いた顔で大声をあげる。
両腕の中に収まっている俺を慌てた様子で見たので、無言のまま人差し指を立てて口元に添え、静かにした方がいいと示すと、すぐに口を抑えて小声になった。
大きな背中を丸めて、それでもぼそぼそと叫ぶ。

「今のタイミングってアレだろ? LOVEの好きだよな!? 先輩後輩とかじゃなくて!告った!?」
「ええ、まあ…。告りました」
「え、ていうか何ソレっ。赤葦俺が好きだったの!?」
「過去形じゃなくて現在進行形です。一応」
「俺モテモテだった!?」
「さあ…。他は知らないのでモテモテかどうかは」

実際はモテていると思う。
木兎さんは集中してしまうと周りを気にしなくなるからだろうけれど、時々体育館の外から見ている女子も見かけるし、大会や練習試合の時は嫌が応でも目を惹く。
背も高いし、中身を知らなければただただ"スポーツが出来る背の高い格好いい先輩"なのだろう。
だが、部内で持ち上げられ慣れしている木兎さんにとっては「カッコイイ」「スゴーイ」などという言葉はあくまで極々一般的にもらえる言葉なので、たまに体育館外で女子からもらえるそんな言葉はこの人の機嫌を良くはするものの、特別意識されることもない。
…そんな木兎さんへ、しかし、告白できてしまった。
返事はこの際、後でいい。
冗談めいてしまったところが多少拍子抜けだが、逆に木兎さんらしくて安心する。
あと、同性からの告白だというのに、そこに引っかからない様子も驚く。
本当に色々と細かいことは気にしな――…いや、器の大きな人なんだろう。そういうことにしておく。そういうところも好きだ。
どのみちそれは俺にとっての利点なのだから、問題にすることじゃない。

「まあ、返事は後でで構いませんから。落ち着いてからで。流していただければそれはそれで受け止めますし」

そして先に視線負けは俺の方だ。
さっと交わっていた視線を落とし、ゆっくり瞬きして両肩から力を抜く。
立ち上がろうかと、膝を着き直して木兎さんの背から両手を離す。

「そろそろ戻りますか?」
「………。ああ…」
「じゃあ…。…?」

立ち上がろうとして、ぐいっと背中のティシャツを引っ張られる感じがした。
木兎さんが立つ気配無く俺だけが中腰になったので、俺の背中に残ったままの木兎さんの手によってそう感じたようだ。
虚を突かれたように呆けていた木兎さんが、そのままぽかんとした調子で自分の首の横へ片手を添えた。
移動しよう、という話への同意の声かと思ったが、そうじゃなかった。
続けざま、ぽや…と自己納得のような感じで木兎さんが呟く。
片腕に立ち上がりかけの俺の腰を抱えたまま、もう片方の手で自分の顔を覆って俯いていた。

「ああ~…。でも…うあーっ、そっかー。それでかー!」
「何ですか」
「や、キスシーン目撃しちゃってビックリだったけどさ、何かスゲートラレタ感があったワケ、俺としてはっ。赤葦俺の後輩だし、しかも何で黒尾だし!…みたいな。それってさ」

ひょいっと木兎さんが顔を上げて、目が合う。

「俺も赤葦が好きだったのかも!」
「――!」

ビリッ…!と足から痺れが奔る。
一瞬、精神が何処かへ出かけた。
…。
…いや、嘘だ。
夢だ。
こんなことあるはずがない。
そう思っている頭よりも先に、口が勝手にぼんやり淡々と開く。

「…木兎さん、俺が好きなんですか?」

自分でも驚くくらい冷静な声だった。
どうしてこんなに興味なさげな声しか出ないんだと俺自身不思議に思う。死活問題だというのに。
逆に、そうでもなかったはずの木兎さんの方が感情的に俺を見上げて主張しまくる。

「たぶん!少なくとも黒尾にはやんない!!黒尾と付き合うならソコ俺にしといて!」
「それ対抗心ですよね。…俺が黒尾さん以外の誰かと付き合うとかなったら、やっぱりトラレタ感あるんですか?」
「えええ~!? …あー、でもあるかもしんない?」
「俺が木葉さんとキスしてたら?」
「ヤダ!ソコ俺先デショ!? 木葉<俺!」
「猿杙さん」
「え、アリなの? …ってか、黒尾とか木葉とか、他の連中よりは俺が一番……っは! ちょっと待って!今気付いちゃったけど、俺とか実はかなりイイ男寄りなんじゃねっ!?」
「…」

そうきたか…。
どんどん話がずれていってる気がする。
やっぱり、ただの対抗心のようだ。
ふう…と小さく息を吐いた。

「…要するに、木兎さんは他の人に負けたく無いってことですね」
「ウン。黒尾とお前が付き合ってたら、割り込んで行くかも」
「そして木兎さんと付き合った後なら、黒尾さんと付き合ってもいいんですね」
「はあ!? 何でだよ!赤葦の浮気者っ!」
「だってそういう順位の話じゃないですか」

俺がぴしゃりと言うと、木兎さんが目に見えてムッとした顔をした。
俺も何か冷めてきた。
言い切ったので満足感を得たということもある。
ムッとした木兎さんを、じっと見る。

「木兎さんとキスしたから、もう仮に黒尾さんとしてもいいということですよね」
「何でそーなんの!絶対ダメだろソレ!! 俺が好きなら俺以外とは禁止デショ、禁止!」
「…禁止される覚えがないのですが」
「てゆーかサ、そーゆー仮の話とか今よくね? 今は赤葦俺が好きなんだろ? 俺もそうならコレ両想いじゃん。んじゃ、次は付き合うかどーかって話なんじゃねーの? 男同士だけど!何でイキナリ浮気に走んの!?」
「…え?」
「エ?」

溜息我慢しつつ、どう収集つけようかなと試算していた状況でぽんと出された言葉に、思わず固まる。
俺が咄嗟に出た声に、木兎さんが首を傾げた。

「…」
「…? エ、何で? 付き合うだろ? だって俺が一番イイオトコだし」

事も無げに…というか、寧ろ自慢げに言う。
…"付き合う?"って言ったのか、今。この人。
…。

「………いいんですか?」
「何が?」
「俺で。木兎さんが」
「は? だって今そういう話じゃなかった?」
「同性なんっスけど」
「んだから、お前がソレ平気なんだろ? 俺も今お前が好きかもしんないっつってんだから、そりゃ同愛になんだろ。…あ、俺男ハジメテだからヨロシクネ!エッチとかケツの穴使うんだろ? あかーしガンバ!痔になったら俺がお薬塗ってあげるっ!」
「……」

ぽむっと木兎さんが俺の肩を叩く。
…と思ったら、肩に腕を回されて引き寄せられた。

「付き合うだろ?」

事も無げ。
…。
…いやいやいや。
ないない。
夢だろ、夢。
いい加減長いな。覚めろ、自分。
そう思うのに、一気に顔が熱くなる。
今までさらさら流れていた口に、ようやく緊張が追いついてくれたらしい。
途端にマヒしたみたいに回らなくなる。

「え…。ああ…そう、ですね…。でも……じゃなくて」
「…!?」
「…ぁ…その……。…。そうしてくれると、嬉しい、よう……なっ?」

急に、木兎さんが背中を丸めて接近してきて、驚いて反射的に俺が背を反った。
さっきまでの不機嫌顔は一変。
有無を言わさぬきらきらした瞳に気圧されし、ますます顔が熱くなっていく。

「何――」
「あかーし、カワイイなっ!!」
「え…っ。イヤ、ちょ、っと…」

にんまりご満悦な笑顔で、木兎さんがぐちゃぐちゃに頭を撫でながら俺の額やら瞼やらに度々啄むようなキスをしてくる。
慌てて雨霰と降ってくるそれらのうち、いくつかは片手で遮った。
浮遊感が半端ない。
自分の体重がかなり軽くなったようなイメージで、真っ赤になって手の甲で口を塞いで俯いた。
…。
え、いいのかコレ…?
本気か。
…ていうか、黒尾さんに接近された時とのこの格差はどうだ。
我ながら極端だな。
されるがままに縮こまってぎくしゃくするしかできなかった。
猛烈に恥ずかしい。
逃げ出したい衝動にかられる一方で、いつまでもこうしていたくもある。
結果、肩をあげて縮こまる。
自分の長身で何ができるって話だが…。

「イヤ、あの…。からかわないでもらえますか…」
「だって顔真っ赤!鏡見る? 鏡!見た方がいいって絶対!!」
「や…。勘弁してください…」
「スゲェカワイイ!!顔射したい! していいっ!?」
「すみません今は止めてください」

人差し指でぶすっと頬を突かれ、流石にこれはすぐに手首を取り上げて止めてもらった。
繋いだ…というか、俺が木兎さんの手首持ってるだけだが…その手の向こうで、木兎さんがぱちりとした瞳で真っ直ぐ俺を見ている。

「んじゃ、もっかいキスしていい?」
「…」
「そうすりゃ、俺のが黒尾より多い!」
「多い、というか…」

そこ比べられても困るんですが。
黒尾さんは相手にしていない。
…とはいえ、終わってみれば何だか全部が全部彼の描いた道筋のような気もしてくる。
気を利かせたつもりなんだろうか。
それは屈辱でもある。
俺よりも自分の方が木兎さんを知っているんだと見せつけられた気になり、辛い。
足下に視線を落とし、あの人のにやにや顔を思い出しては鬱になる。

「…」
「…赤葦、今何考えてる?」
「あー…。いえ、ちょっと思うことが あっ……!?」

あんまり上手くいきすぎて、どんな顔をしていいか分からず木兎さんと視線を合わせづらいということもある。
微妙に視線を反らしていると、ガッ…と下から顎を掴まれた。
突然で驚き、体が強張る。

「俺といる時は――」

無理矢理向かされた正面で、木兎さんの鋭い双眸と目が合い、ぞく…っと体の中の芯が立った。

「"俺のことだけ"」
「――!」

力強い双眸。
吸い込まれるみたいに視線が動けなくなる。
瞳は円らで大きいのに、まるで身を切り刻まれるみたいな鋭い視線。
俺の"おうさま"の厳命に、どくんと心臓が鳴った。
…でも次の瞬間には鋭い視線がぱっと緩み、いじける少年の目になり、わっと告げる。

「デショーよ!フツーわっ!!」
「ぁ……ハイ。すみま――」

咄嗟に謝ろうと思って開けた口が、またキスで塞がる。
また驚いて、今度こそ固まる。
…木兎さんから、とか。
それだけで劇的に何かが違う。
気持ち良すぎて全身から気が抜けていく。
これと頬に触れる程度のキスが同じ"キス"って、無いだろう。
全然違う。
どちらかが名称を変えるべきだと思う。
あと黒尾さんにされた時とも全然違う。
気持ち一つでこんなか…。
――というか、雑というか強いというか……まあ、同性相手に初めてされる側だからそう思うのかもしれないが、流石に女子とは違う。
舌が喰われる。
股間がずきずき痛み出して無意識にその場所に行きそうになる右手を止めるのに苦労する。
苦しくなってきた頃、ようやく離してもらえた。
キスの余韻というよりは単純に酸欠じみてしまい、くらくらする。

「っ…、は…」
「おー。ふにゃふにゃ~」

酸素を取り込むことに必死でぜーはーしてる俺の頬を、ぶにっとにまにま笑っている木兎さんが軽く抓んでくる。
淡々とその手を外させてもらった。

「止めてください…」
「てゆーか、赤葦甘いな!」
「…」

ずびし!と擬音をつけたくなるくらいの真顔で言われ、じわ…と妙な安心感のようなものが体中に染み渡る。
何だったか。
体の相性がいい相手だと、体臭や唾液や精液が甘く感じることがあるらしい。
因みに、デマだと思っている。
…いや、デマではないかもしれない。逆に本当っぽいが、かといってそうそうあるような現象ではなかろうと思う。
俺は元々木兎さんの匂いが嫌いではないが、だからといって逆もそうとは限らない。
けど、木兎さんの口からそれが聞けただけで、うっかりすると泣けそうな気がするくらい嬉しく思う。

「…。甘いですか?」
「甘い!ちょっとだけだけどっ」
「…辛いよりはいいですかね」
「苦いよりもいいよな、甘い方が。俺キス好きなの。これから隙見てたくさんしよーな!」
「……。あー…。……ハイ」

俯いて首の後ろに片手を添えながら、ぼんやりした頭で何とか答える。
…面倒臭い人だけど、ハズレクジを引いた感じはしない。
体が熱で溶けそうだ。
些細でも触られる場所がくすぐったくて気持ちいい。
体を預けて眠りたい。
ああ…。本当に。

俺が好きなのは、この人なんだ――。

 

 

 

 

腰が抜けそうな降って湧いた好転に微睡みたくもなった。
――が。

「…とはいえ、そろそろ戻りましょう」
「ナンデヨ!?」

夜の廊下を割り当てられた部屋に戻りながら、木兎さんが半泣きでもしそうな勢いで喚きながら付いてくる。
そのまま雰囲気に任せて突き進めそうではあったが、流石に現実はそうはいかない。
あまり部屋を空けておいて捜しに来られても困るし、俺も木兎さんもあまり事前知識が無い。
時間も無いし準備も無い現状ではリスクが高い。
掻き合いくらいならできそうな気もするけど、その点で考えても時間の問題が残る。
残念だけれど諦めてもらわないと。
"今度は俺がやる!"と抱きついてくる木兎さんを払い除け、風呂場のトイレで手早く俺の方も処理してしまい脱衣所を出た。
木兎さんに触られたら本気で腰が抜けて立てなくなる自信があった。
それに何だかこの人のフェラは恐い気がする。喰われそうだ。
トイレで処理しても、元々張り詰めていたし状況が状況だしで、自慰処理は過去最短だった。
逆に終わってからドアを開けて出るのが怖かった。
…とにかく俺が歩き出さないと全然戻る気無いようなので、仕方なく俺が木兎さんを"置いていきますよ"みたいなかたちで前を歩いている。
後ろからわあわあ喚いて、もっとキスがしたいだの、あとちょっと二人でいようとか言ってくる姿を見るとついつい絆されそうになるけど、駄目だろう。
戻りますよ。
木兎さんの為にもならない。
夏の合宿なんて本当にハードで負担も大きい。
寝て休んでもらわないと。

「時間がオーバーしすぎです。誰か捜しに来ますよ」
「これからじゃん!あかーしのバカ!!俺のことホントは嫌いなんデショ!?」
「何子供みたいなこと言ってるんですか…。時計見てください、時計。明日もあるんですから」
「もっとチューしたいし抱いてたいーっ!あと一回ヌこうぜ!? 一回だけっ!」
「…」
「俺のちんこもっと食べたくないっ? 食べたいでしょ!? 今とか絶対旬だと思う!!」
「廊下ですよ」

一瞬グッと来てしまう自分馬鹿かと心の中で突っ込みを入れてみる。
完全に子供だ。
もう図体ばかり大きくて中身が子供っぽいっていうこのギャップが放っておけないところではあるんだけど…。
少し歩いて振り返ると、随分木兎さんと距離が開いていた。
どうやらあまり歩かない気らしい。
そんなことで俺が戻るとでも思っているのだろうか。
…とか思いつつ、戻りはしないが進む足は止まってしまうという謎の現象。

「はあ…」

溜息を吐いて、振り返る。
…困った人だ。

「木兎さん。付き合うなら、俺はもう木兎さんのものですから。焦らなくてもいつだって付き合います」
「じゃ、今!」
「今以外でお願いします」
「さっそくウソだしッ!」
「今以外でお願いします」
「え~…。んじゃー、明日?」
「…」

首を傾げて尋ねられ、半眼にもなる。
…駄目だ、拒否れない。
最後までは用意がないのでとてもできませんけど、また二人で抜けるくらいはいいですよ…と言うしかなかった。
第一、俺だってそれが嫌なわけじゃない……じゃなくて、嬉しい。確実に。
途端、がばっと木兎さんが両腕を広げて俺の背中にくっついてくる。
…重い。
しかもこれだけで勃ちそうとか、どうなんだ。
また赤くなり、熱を持った耳を気にして片手でそこを一度だけ軽くいじりながら、隣で俺の肩に腕を回しながらビシッと部屋がある方を指差し、木兎さんが言う。

「そんじゃ、早く寝て明日にするか!」
「あー…。そーですね…」
「…? 赤葦、耳かゆいの?」
「…っ、す…みません。ちょっと、今は…触らないでもらっていいですか」

最早突っ込む気力も何も無い。
耳をほんのちょっと触れるだけでぞくっとする。
片掌を見せてやんわり制止をかけ、抑えてもらう。
一刻も早く誰かがいる所まで戻らないと。
…人気の少ない夜の廊下を、明かりを求めて木兎さんを半分背負うような状態で歩いていく。
それでも疲れは感じない。
足下がふわふわしている。
人間、本当に気持ち一つなんだな。
案外簡単なつくりだ。呆れてしまう。
明日の約束をしてしまった。
背中にのし掛かってくる体温。
呆れはしたけど木兎さんの言うことはまあ正しくて、早く明日にする為に、俺も部屋へ急ぎ足で戻る。
けれど今日は寝られるかどうか…。

「…」
「なあ、あかーし」
「何ですか…」
「おやすみのチューならエロくないからベツワクじゃね? それは今日してもいいヤツ??」
「…っ」

危うく転びそうになる足を何とか支えながら顔を顰める。
…駄目だ。また勃つ。
部屋に戻ったらまたすぐトイレに行かないと。
廊下でキスとか有り得ないとか言っておいて、いざ当事者になると止まれないことが十分に分かった。
黒尾さんと孤爪のことをもう何も言えない。
あの人達はあの人達なりに、本気で恋人なのかもしれない。
もらう瞬間、思いっ切り目を瞑り顎を引いて、いつ触れるのかとびくびくしてしまい笑われた。
次のキスまでには、齧りじゃなくて、本気で男同士のセックスの方法を予習しておかないといけない。
どうやら本気で俺と付き合ってくれる気らしい。
木兎さんが俺に欲情してくれるのなら、俺はこの人の求めることに応える義務がある。

 

木兎さんのお願いに負けて、部屋に戻る前に片手を握らせてもらって、少し背伸びをして、おやすみなさいのキスをした。
合宿が終われば当然それぞれ家に帰るわけで、お休みのキスなんてする機会はあまりないだろう。
宿泊する間の特権と言えなくもない。
…まあ、これくらいであれば、合宿中はしていきたい…気がする。
黒尾さんたちと違って、バレない程度に。

「何かいい夢見れそう!」
「…」

けど、擽ったそうににぱにぱしてる木兎さんの笑顔を見て、あっさり"これくらいならいつでも"とも思ってしまう。
誰かに見られるリスクが二の次になる。
黒尾さんを馬鹿にできない。
ホント危ないな、これ。
けど――…好きの感情はどうにも止まれそうにない。
こんなもんなのかもしれない。
今までなあなあで恋愛してた自分に気付ける。
本気の恋は余裕が無い。
何度再確認する気だって話だが…。

「…俺もです」



Kiss me




やっぱり、俺はこの人がとても好きだ。



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しまらない加減が兎赤かな、と。
赤葦さんが木兎さんラブです。
可愛い後輩さんですよね。
2016.2.22





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