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合宿中は楽しい。
梟谷始めいつものメンツでやるのも十分楽しいんだが、今回は急遽烏野が来てくれて一緒にできるし。
宮城に行った練習試合もかなり楽しかった。
烏野、東京来てくれてよかった。
旅費かかるし、遠いからアウトかもしんねーとか誰か言ってたけど、合宿に新参者が入るだけで、何て言うか…会場の空気が全体的に、微妙~にわくわくしてるのが分かる。
研磨も人見知りしない友達見つけてるし。
それにクロとか、早速からかうお気に入り見つけてたしね。
あの烏野の背ぇ高い眼鏡くん…可愛そうに。
クロの奴、性格悪くないけど基本がジャイアンだからな…。
あんまりからかいすぎてないといいけど。

「…んー」

体育館から部屋への帰り道。
夜に包まれた渡り廊下のところで、一度ぴたりと足を止め、第二体育館を振り返った。
あっちは、ブロック練習してるはずだ。
クロとか梟谷の木兎とか、今さっきいった烏野の眼鏡くんとか。
俺らの方のレシーブ強化の奴は一足先にお開き。
特にウチで一番レシーブ受け強化しないといけないリエーフが、トイレ行くとか言って帰って来ねえし。
あの野郎…。
あとで締める。
一緒の体育館でやってたスパイカー強化はまだ続けてたみたいだけど…。
…クロの奴、眼鏡くんのこといじり倒してないだろうな。
あいつもーホント気に入った奴に対して良い意味でも悪い意味でもこれでもかってくらい過保護&溺愛になるから、場合によっちゃ口うるさいんだよな。
こうすりゃもっとそいつの為になるだろうからいい方にひっぱってってやろうっていう…まあ、本人の為を思っての言動なんだろうけど、ウザイ時はウザイだろうからなー。
ちょっと様子見に行こうかな。
…なんて、チカチカ古い蛍光灯が揺らぐ廊下ど真ん中でぼーっとしていると、俺らが練習していた第一体育館の方から、人影が一つ歩いてきた。

「…あれ?」
「あ、やっほー夜久くーん。おつかれ~」

ひらひら片手を振りながら、練習あがりっぽいスガくんが歩いてきた。
にっと笑う笑顔が相変わらずほっとするけど、そういえば彼どこで練習してたんだろう。
セッターはスパイカーとワンセットだったから、大体のセッターとは体育館同じだったと思うけど、そういえばスガくんの姿は見かけてなかった。

「おつかれ、スガくん。今から戻るとこ?」
「そーだよ。一緒していい?」

少し小首を傾げて律儀に聞いてくる。
ウチには持ってる奴いない丁寧さにじーんとする。
ほんと、いい奴だなー。
様子を見に行こうか行くまいか迷っていたが、スガくんがそう言ってくれるなら俺帰る。
もちろんって答えて、二人並んで合宿寮まで歩き出すことにした。

「夜久くんの所ももう終わり?」
「そう。リベロ組…てかレシーブ強化組はね。…てか、烏野リベロのツンツン君、スゲー巧いよな。一応合同自主練は終わりなんだけど、彼はもうちょっとやってたみたい。若いっていいなー」
「ああ、西ノ谷な。結構いいべ~? 自慢のリベロだから」
「羨ましいよ。…はあ。それに比べて、ウチの一年ときたら…」
「西谷、二年だけど」
「え…!マジ!? 背とかそんな高くないからてっきり」
「あはは。まあ、無邪気な奴だしねー。落ち着きはないから」

にこにこ笑いながら言うスガくん。
…笑い方いいなぁ。
隣にいると、なんか落ち着く。
こういうタイプの奴が一人くらいウチにもいればな…。
微妙な顔でじっと見過ぎたらしい。
スガくんが俺の視線に気付いて、不思議そうに首を傾げた。

「どうかした?」
「あ、ゴメン。凝視して。…なんか、スガくんって余裕あるよなーって思って」
「余裕ぅ?」

意外そうな顔をされるけど、俺はそう思う。
何て言うんだろうな。包容力?
母性愛…じゃ女子か。
父性愛?
…いや、でも母性愛の方が正しい気がする。

「試合中もそうだったけどさ、なんか…みんなのこと見てるって感じじゃん。視野広いよね。メンタルフォローも上手いって聞いてるけど」
「えええ~? 誰だ、そんなこと言ったの」

因みに、ウチの主将&副将、それから研磨の意見だ。
妙な嗅覚みたいなもので人を判断する直感型のクロは、最初の練習試合の時からスガくんのことそう言ってたし、研磨はプレイ終わった時にクロと同じ意見だった。
海はそれからちょっと遅かったけど、今の合宿途中にスガくんと接するようになって俺にそう告げてきた。
言われて注意して見てみれば、確かにスガくんは全体把握がうまいんだと思う。
控えにいる機会も多いみたいだけど、外からコートのこと見てるから、誰かが交代してベンチに入ってくると、空かさずそれとなく客観視点みたいなものを話しているみたいで、お陰で次にそいつがコートに入ってきた時かなり冷静になってたりして、相当やりにくかったりする。
プライベート…ていうか、合宿中も率先してみんなの面倒見てるし。
スガくんみたいな包容力、俺にもあったらいいのにって思うけど…まあ無理だな。
思わず溜息を吐いた俺にすぐ気付いて、スガくんが覗き込むように横から俺を見る。

「溜息なんかついて、どしたの?」
「いや、なんか…。俺、年下にナメられてるから、スガくんみたいに手綱持てたらなーって」
「なに、手綱って」

半笑いされるけど、本気で思う。
いやぁ…と曖昧に応えて、俺は指先で頬をかいた。

「ウチとか、結構先輩後輩の壁薄いからさ…。しかも俺、その…ホラ…無いじゃん? 身長?とか」
「あ、気にしてるの?」
「決まってんじゃんもー!」

会話を続けながら、一歩前に出て合宿所のドアを開ける。
ガゴ…っと開いたドアに先に入って押さえていると、スガくんが「ありがと」と言いながら苦笑して入ってきた。
スガくんはいいよな。背も決して低くない。
あと泣き黒子が大人っぽい。

「笑ってるけど、結構大きいんだからな。いくら怒って注意しても、現実問題こっちが見上げるわけよ。分かる?」
「分かる分かる。仕方ないよな~。…けど、ナメられてるって具体的には?」
「…」

悪意無くスガくんは聞いてくるけど、それについて応えるのは躊躇われた。
ぐ…と押し黙った俺に、ちょっと意地悪い顔でスガくんが聞き直す。

「あ、黙ったー。いいじゃん。聞かせて聞かせて」
「えー…」

無造作に伸ばされた指先が、横からぶすっと俺の頬を突く。
そのまま、むにむにスガくんが俺の頬を突っついた。
…何だろう、この頬突っつかれるとかガキっぽいことされて嫌じゃない感。
これが例えばクロとかだったら速攻腕払うけど。
人のこと崩すの上手いな、スガくん…。

「ねえねえ、何。そんなナメられてる感、夜久くんに無いけど。たまのタメ口とかだったら、ウチも普通にあるよ?」
「そんな可愛いもんじゃないよ。腹立つんだけど…"カワイイ"とか言われるわけ」
「へえ…。面と向かって?」
「面と向かって。笑顔全開。悪気無し」

スガくんの指をやんわり退かせながら正直に言うと、彼もあっさり手を引いてくれた。
…ま、"カワイイ"言われんのは一人だけなんだけどな。
意外そうな顔をしているスガくんに、もういいやと思って説明してしまう。

「ほら、ウチの一年ででけー奴いるだろ。190オーバーの銀髪」
「ああ、はいはい。彼ね」
「あいつが何つーかもう人懐っこくてっつーか…生意気なワケよ。悪気ないんだろうけどさ、小柄な奴に懐くの好きらしくて、俺とか絡まれるの。…あーもー思い出したらムカついてきた。リエーフの奴」
「ふーん…」

思わず、両手を開いてわなわなさせる。
階段に差し掛かり、数段先を行く俺の背後で、不意にくす…と含み笑いするような声が聞こえた。
何気なく振り返ると、スガくんが口元に右手を添えてくすくす笑っている。
…え、笑うとこ?
笑うとこ違うけど。
思わず、足を止めて拗ね気味で口を尖らせた。

「ちょっと…。ひどいな。結構ショックなんだけど」
「あ、ごめん…!夜久くんのこと笑ったわけじゃなくて!」

他意は無かったのか、スガくんがはっとして慌てて片手を上げる。
俺のことを笑ったと思ったが、どうやら違うらしい。
じゃあ何で笑ったんだか…。

「そうじゃなくて…。俺もそーゆーのあったから、何だか懐かしいなって」
「へ? …スガくんが?」
「うん。そう」
「…。言う方でしょ?」
「違うよ。言われる方」
「ええー?」

思わず眉を寄せてしまう。
信用できない。
だってスガくん身長あるし、男前じゃん。
絶対モテると思うけど、どっちかっつーと"格好いい"で"カワイイ"ではないと思う。

「カッコイイじゃなくて?」
「うん。カワイイって言われた」
「へえ…。スガくんがねえ?」

まじまじとまた凝視してしまう。
…とはいえ、やっぱり身長はほどほどにあるし、上から下まで清潔感あるし、言動も落ち着いて見えるし。
どっちかっていうと心身共にスマートなタイプなんじゃないかな。
俺からすればカワイイ要素がないように見える。
…まあ、女子の"カワイイ"は使用用途変な時あるからな。
絶対可愛くないブサのゆるキャラとか見ててもカワイーとか言うし。
男の俺たちにとは違う感性。

「カワイイって言われて、嫌じゃない?」
「最初は嫌だったかな。俺が可愛いわけないだろって思ってた。…でも、落ち着いて受け取ると、何かちょっと新鮮で嬉しかったかな。…ま、言うほど言われてないけど」
「ええー?」
「どこが?って聞いたら、予想外のこと言われたりしてさ。よく見てくれてんなー…って、ちょっと感心した」
「…。ねえ、聞いていい?」
「ん?」
「それ、誰に言われたの?」

半眼で尋ねると、スガくんがにっと笑って少し肩を上げ、「恋人みたいなの?」と答える。
はいはい…。
ですよねーそれ。
…彼女持ちか。
スガくん……いや、まあ当然っぽいんだけど、何かショック。
むー…と態とらしく顔を顰めて、また階段を上り始める。

「のろけですか、そーですか。はいはいごちそーさまでーす」
「いじけないいじけない」

スガくんが笑いながら後を追ってくる。
勿論、本気でいじけてはいない。
何だかそうしても許される空気みたいなものがスガくんにはあって、ついつい子供っぽいことをしてしまう。

「…にしてもその後輩、夜久くんのことすごく好きなんだね」
「はあ? 何でそこに飛ぶの?」
「カワイイってさ、相手のことよく見てて、それでそれが好意的な行動とか尊敬できる行動でさ。もっと見たいなーとか思わないと出てこない単語じゃない?」
「…そう?」
「そうだよ。悪く取ると損だよ。少なくとも、見守られちゃってるんだよ、それ」
「ヤだろそれ、普通に。ストーカーですか?」
「あはは。あとは…まあ、やっぱり身長かな? 一要因ではあるよね、きっと」

くすくす笑いながら言いたすスガくん。
もお…!って片手で彼の肩を叩いた。
…見守られてなんかいませんけど。
完全趣味だから、あいつの場合。
相変わらず拗ねた心境で、俺は階段を登り切った。

 

 

 

「ウィーッス。風呂俺であがりで……んぎゃあッ!?」

最後に風呂から戻ってきたリエーフの姿を見つけ、襖の傍にいたこともあって速攻で足を払う。
襖開けて入ってくるなり俺の片足に引っかかり、すこーん!と見事にリエーフが顔面から布団へ転倒した。
それぞれ寛いでいたメンバーが、転ぶリエーフからさっと身を引いて批難する。
持っていた風呂セットが腕からすっぽ抜けて、全然別の奴の布団の方へ転がっていった。
突然のことに驚きつつも、すぐにリエーフが両手を布団に着いてこっち振り返りざま起きあがろうとする。

「ちょ、夜久さん…!いきなり足払いって何――ぐえっ!」

ぐしょ…と足の裏でリエーフの広い背中を踏みつける。
腕を組みながら、そのまま肩胛骨に指先捻り混むようにぐりぐりと踏んだ。

「お前な…何が"いきなり"だ。あ? なーんでレシーブ練習戻ってこなかったんだよ」
「い、いでで…っ。あ、サボってないっスよ俺!クロさんたちの方に呼ばれて、そのままブロック練習してただけですってー!」
「お前はまず拾えるようになれって何度言え……あ!」
「…?」

踏んでいる途中で気付き、思わず声を上げる。
ぐりぐりを不意に止めた俺を振り返るリエーフ。
その髪がめちゃくちゃ濡れている。
…つーか、つまりそれは今コイツが寝てる布団も濡れちゃうわけで。

「ばっ…!おま、ちゃんと髪拭いて来い!」
「へ?」
「マナーだろこの馬鹿!」
「ぶっ…!」

丁度俺が首にタオルをひっかけてたので、それを取ってリエーフの横に膝を着くと、俯せで倒れている馬鹿の頭をわしゃわしゃと拭いてやる。
少し拭いてから片手で今さっきリエーフの頭があった所を触ると、やっぱり少し湿っていた。
気になる奴は気になるだろう。
念のために顔を上げ、少し声を張る。

「あーもー…。ここ誰のだー?」
「あ、ハイ!僕です!」

離れた場所で犬岡と話していた芝山が、ピッと右腕を上げる。

「この馬鹿が布団少し濡らしたんだけど、大丈夫か? もし何なら、責任とってリエーフと交換させるぞ」

俺の声に芝山がすぐにやってきて、ぺたぺた布団を触って確認する。

「これくらいなら全然大丈夫ですよ」
「そうか?」
「はい!」
「そうか、よかった」

ほっと安心する。
…ん。芝山はこういうの気にならないタイプか。
良かった。
だが。

「…!」

頭にタオルをかぶったままぼんやり布団と布団の間に座っているリエーフに、きっと向き直る。
両手を腰に添えて、仁王立ちした。

「こぉんの…馬鹿っ!そんなびしょびしょの髪して部屋来んな!迷惑過ぎるわっ。こっち来い!」
「いだだだだっ…!ちょ、痛いっス夜久さん!抓ってる抓ってる!」

片腕上げてリエーフの腕…というか、腕の皮膚を指先で抓りつつ引っ張る。
何人かの布団を跨ぎ、リエーフに割り当てられた布団まで辿り着くと、無言でぴっと人差し指を下にして見せた。
リエーフはおずおずとその場に正座する。
丁度良い高さになった目の前の大型後輩の髪を、タオル越しにべしっと叩いた。

「…ったく。ガキかお前は」
「わわっ」

そのままわしゃわしゃと拭いてやる。
リエーフくらい長ければドライヤーもあった方がいいんだろうけど…。
そこでちらっと横目をやる。
部屋の隅にある研磨の布団のところでドライヤーを陣取り、クロが当然の顔してスマホ弄ってる研磨の髪をそれはもう丁寧に乾かしていた。
自分の湿っている髪はそっちのけで、肩にタオル広げてかけてあるだけなのに。
…ああもう、他校の奴らに見せたいわその研磨弄る時のフツー過ぎる顔。
何なのお前のその"トーゼン"みたいな空気。
もう見慣れたが、痛すぎるって。
何で揃って先輩の俺らが後輩の髪を乾かしてやらにゃならんのだ。
手間がかかる奴ばっかり…。
はあ…とため息を吐く。
吐き終わったところで、随分リエーフが大人しいことに気付いて手元を見下ろした。
今まで余所見していて気付かなかったが、釣り目がじ…と俺を見上げていたりする。
その瞳が熱っぽい。
期待に満ちたきらきら光線を、半眼で睨み返す。

「…。何だよ」
「夜久さんって、何でそんなに面倒見いいんですか?」
「は?」
「もしかして、俺のこと好きなんっスか?」


――ゴッ。


耐えられなくて、肘鉄をタオル越しに脳天に打つ。
阿呆か。

「ひ、ひでぇ…」
「んなワケねーだろ。こっち見んな。向こう向け」
「…!」

嬉しそうに言ってから、いそいそと俺に背中を向けて正座し直す。
わくわくという感じで両手を膝の上に添えて、ぴしっと背筋を伸ばされるが、そんな反応されるとドン引きもいいところだ。
とはいえ、ここで投げ出せばたぶん駄々をこねられる気がする。
何ならもう一度芝山か誰かの布団へ、これ見よがしにダイブしそうだ。
もう一度溜息を吐いて、イヤイヤ頭を拭いてやる。
わっしゃわっしゃ少し強めにやっているつもりが、リエーフは痛がりもせず、目を瞑って擽ったそうに少し両肩を上げる程度。
こいつのことは未だ掴めず仕舞いだけど、そんな目に見えてリラックスされると雑にできない。
次第に指先に込めていた力も弱まり、普通に濡れた髪を拭いてやる。
…あーもー。
くそ。俺とか、ほんとチョロいな…。

「ったく…。今日だけだからな。明日からはちゃんと自分で乾かせよ?」
「ウィッス!」
「ドライヤー、クロが陣取ってっから。次貸してもらえ」

水気を帯びてる髪を、上から下に拭いてから、タオルを丸めて白いうなじのとこに水が滴ってるのに気付いて拭ってやる。
…首、太いな。
白いけど、しっかりしてる。
いいな。骨格太くて。
まだまだ荒削りだけど、スポーツに適した体格は羨ましい。
筋力とか俊敏では補えない、生まれもっての身長のあるなしはでかい。
俺は俺でできる仕事があるけど、みんなみたいに高くは跳べない。
いずれコイツは、ウチのチームで一番高く跳ぶ奴になるだろう。
たぶんそれはそんなに遠い話ではなくて、ムカツクけど、期待してるところもあるわけで…。
…。
リベロの仕事に誇りは持ってるけど…やっぱり、バレー始めた頃とか、俺だって空に憧れないわけではなかった。
今だって、諦めたつもりでいて、ちょっとしたことで"もう少し高ければ…"なんて思うし。

「…」
「…?」

変に深く考えてしまった。
いつの間にか手を止めてぼんやり目の前のうなじを見ていた俺に気付いて、リエーフが振り返った。
視線の先にあったうなじが動いた瞬間、はっと我に返る。

「夜久さん?」
「あ?」
「どーしたんスか?」
「べっつに。ただ、お前ホント背ェ高ェよなーって思ってさ。…俺、クロに最初会った時も結構衝撃だったからな。あいつ以上に背ェ高い奴とか、周りにいねーだろうなって思ってたから、お前が見学に来たときビビったの思い出してさ」
「運命の出会いっスね!」
「は? どの辺が?」

ワザと冷たくあしらうも、全然めげない。
また前を向かれてスタンバイされ、もういいだろうよと思うも、また髪の襟足から水が滴っていたので、少し慌てて今度は下から上へ拭きあげてやる。

「…なあ。スパイク打つ時、お前どんくらいの高さ出せんの?」

ちょっとした好奇心で聞いてみる。
試合中はあんま近距離で見ることは無いが、練習中とか、ネット下にたまたまいる時に傍でスパイク打たれると、俺くらいの身長じゃ本気で真上を見る形になる。
俺の質問に、リエーフは少し顔を上げて思い出すような仕草をした。

「んー…どーなんスかね。体育館の端に垂直跳びで測るヤツあるじゃないっスか? あれで犬山たちと遊んだ時あるんスけど、助走つけたらまた違うだろうし」
「ほーん…」
「俺が一番跳べてるといいなー」

さらり、とリエーフが言う。
奥も何も無く、本当にさらっと。
その真っ直ぐさが少し微笑ましく思えて、小さく笑ってしまった。
声には出さなかったから、バレてねーと思うけど。

「いいじゃん。跳べ跳べ。そんでクロたち楽させてやって」
「任せてください!…あ、でも、俺がいくら頑張っても夜久さんは楽させてやれないっスよねー」
「ん?」
「だって一番取れんの夜久さんだし。代わりいねーっス。相手の大砲みたいなスパイク、普通に上げてんのとか、超カッコイーっスよね。ブロックに跳んだはいいものの、たまにその速度にぞっとしたりする時とかありますけど…。でも着地しつつ振り返ったりすると、夜久さんが全然フツーに上げてんの見ると、うおおおー!ってなります」
「…あーっそ」
「自分で今上げたボールの軌道見上げてる時の夜久さん、超カッコイーっスよ」
「…」
「世界止まって見えるし。…あ、でも個人的には、滑り込みギリギリに上がって軌道ブレッブレで、チッ…!って顔してる時が好きっス!」
「…なんだそれ」

さっぱりと煽てられて、思わず沈黙して少し顎を引く。
…急に何言うか。
基本的にあんま褒められ慣れしてないし注目慣れしてないから、反応に困る。
空気読まないリエーフが勿論俺の心境など察せられるわけもない。
そのままつらつら続ける。

「俺とか、まだポジション定まってなかったりする時もあるし、だから他のスパイカーな先輩とかみんなちょっとライバルっスけど、夜久さんと研磨さんだけは何か別なんスよね。仲間! …ん? 違うかな。仲間意識はちゃんと全員にあるから…。仲間っていうか…何だろう、戦友? みたいな。俺の!みたいな!」
「…おい、ちょっと待て。誰がお前のだ」
「夜久さんと研磨さん?」
「違う!聞き直してんじゃなくて拒否してんの!」
「え、何で拒否なんスか?」
「何でってな…」
「夜久さんには頑張ってもらうしかないっスけど…。その代わり、上げてくれたら俺、絶対勝ち取れるようなスパイク打ちますからね!」
「…。つーかお前うるさい」
「ぶっ…!」

言ってる途中で微妙に白熱してきたのか、段々リエーフの声が大きくなる。
うるさい口を塞ぐ意味で、銀髪の上に乗っていたタオルの両端を持って、ぐいっと下に押した。
リエーフが苦しそうに首を引っ込める。
…もういいだろ。
いい加減水気も薄らいできたのを見計らって、最後にタオルかぶってる天辺当たりを、そっと一撫でする。
周りに他のやつらがわいわいいるならともかく、イチイチで「ありがと」とか「頑張れよ」が言えないんで、まあ…察しろってことで。

「終わり。…明日は自分で拭いて来いよ。同じ調子で戻ってきたらぶっ飛ばすかんな」

ふい…とすぐにリエーフの背中から離れて、奴が振り返るより早く背を向ける。
赤い顔は見られたくなかった。
アザーッス!…なんて、元気な声が背中からかかる。
アザーッスじゃねーよ…などと思いながら、つかつか自分の布団に戻ることにした。

可愛くない後輩




「夜久サーン、顔赤いよー。熱ですかー?」
「…」

いつから観察してたのか、自分の布団に戻る途中、研磨の布団の方からクロがからかうように言う。
通り際、クロの布団から枕を掴み上げ、振りかぶって近距離を無言でぶん投げた。
そのまま当たれば良かったのに、本人は笑いながら跳んできた枕に肘打ちするように片腕を前に出して顔に当たるのを防ぎ、そのせいでクロの前に寝そべってた研磨の頭の上にぼふりと落ちた。



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可愛い先輩夜久さん。
夜久さんは勢いで押し倒せばいくらでも喰える気がする。
クロさんはドライヤーする方が好きだけどリエーフはしてもらう方が好きそう。
2015.1.5





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