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目の前に勢いよく落ちるボール。
…とはいえ、ネット手前から打たれているからスパイクよりは勢いが無い。
そんなこと見れば分かるし頭でも分かっているけど…。
何故かいつも届かない指先数㎝。
最初こそアンダーで構えてはいたけど、あっちこっちランダムに飛ばされるボールをひとまず"あげる"ではなく"取る"ことを目的にしている今日は、何とか触ってやろうといつの間にか片腕を伸ばしていることが多くなった。
――が!
やっぱり何故か届かない数㎝!

「――っぐぬぅ!」
「遅いッ!!」

ズザー…!と野球のヘッドスライディングみたいにコートのサイドラインに滑り込んだ俺の背中に、ピシャリと鞭のような声が飛ぶ。
その声に叩かれて、両手を床に着いて四つ足になると斜め後ろを振り返る。
短い眉を釣り上げて、その下のまあるくて大きな目も釣り上がり気味な夜久さんが、スパルタモードでボール片手に俺を見下ろしていた。

「反応が遅ェんだっつってんだろ!今の届いただろうが!!ダレてんじゃねえぞ!」
「うえええ…。届かないっス!今のとか絶対無理じゃないっスかあっ!」
「ぁあ!?」

思いっ切り顔を顰めた夜久さんが、持っていたボールを突然アンダーサーブっぽく打った。
緩いボールだ。勢いはない。
けど、今俺四つん這いだから、すぐに動き出せるものでもない。
それでもボールが飛んでくれば反射的に取ってみせようと、咄嗟に片腕伸ばす。

「っわ、おあっ…!」

伸ばした片手は無意識に拳にしていたみたいで、今度は何とか届いた。
ボッ…!とバレーボール独特の音と感触で、低くボールに触れる。
届いた…!
嬉しくなって、ぱあっとまた四つ足で夜久さんを振り返る。

「夜久さんっ!届――…」
「届くだろうが。…それで? んな低いボールが使いものになるとでも思ってんのか? お前の次にそのボールに触る奴はどーやって今の上げりゃいいんだ?」
「…」
「他の奴のこと考えろ。今のが戦力になるのか? チームに貢献できたと思うか?」

ところがところが、氷の眼差しで夜久さんが一蹴。
ちみっちゃくて柔らかくて抱き心地最高で思わず高い高いしたくなるような体が、今は巨人にすら見える。
ガーン、とショックを受けている俺に、夜久さんがまた声を張る。

「聞いてんだろ!」
「…っ、ハイぃ!」

慌てて立ち上がって、ビシッと直立不動になった。
立ち上がった俺に、夜久さんが両手を腰に添えてまた同じように声を張る。

「貢献できてんのか?」
「いえ!」
「お前が取らなきゃチームが負ける。緊張感持ってやれ!」
「さァッせんッ!!」

夜久さんが次のボールを持ったのを見て、俺も急いで腰を落としてレシーブの構えを取った。
"ギリギリ取れるかどーかのボール"が来る瞬間を待ってぴりぴり神経を研ぎ澄ませてはみたけど…。
…ホント言うと「もーやだ!」とか叫んで逃げ出したい心境だ。

褒めて伸ばして




合宿初日。
合同練習は終わって自由時間。
けど、その実自主練に充てる奴が殆どっぽい。
各校でそれぞれ自主練すんのかと思ったら、想像以上にごっちゃの自主練で、どっちかっていうとポジションごとに分かれて特化練習って感じだ。
同じポジションだと解り合えるとこもあるんだろう。
この合宿が始まる前に「お前は合宿中レシーブ強化だから」って黒尾さんに言われてし、夜久さんとマンツーマンって聞いた時はめっちゃ嬉しかったけど…。

「はあ~…。夜久さんめっちゃスパルタ~……」

割り当てられた宿泊部屋。
並んでる布団の自分のとこに寝転がりながら、思わず弱音も出る。
先輩たちは今何人か連れて風呂に行ったみたいだから、愚痴るのも弱音も今が吐くタイミングだ。
隣の布団に座っていた犬岡が、興味を持ったみたいに聞いてくる。
枕合わせになってる正面の芝山も、洗濯畳みながら会話に入ってきた。

「夜久さん、スパルタなんだ?」
「まあ、確かにいつも部員の緩みを叱るのは主将じゃなくて夜久さんかもね」
「あー、もー。マジでしんどいよ~。マンツーだとキッツイ~。もっと手取り足取り教えてくれるのかと思ったあ~」
「最初は夜久さんと練習できるー!って喜んでたのに」
「そう。俺、夜久さん大好きだから。…けど違う。イメージと違うぅ…」
「そんな?」
「とんだ小鬼でした。むしろフツーに鬼。夜久さん可愛いのに中身可愛くない!黒尾さんとかの方が可愛い!」

ダンッ…!と片手で枕の横の敷き布団を叩く。
うううっ。
俺の当初の予定の手取り足取りマンツーマンいちゃいちゃラブラブ練習が水の泡。
こんなにスパルタだとは正直思わなかった。

「んー。でもさ~」

洗濯物を畳みながら、芝山が首を傾げる。

「僕、夜久さんがよくリエーフ褒めてるの、結構聞くけどなぁ」
「えー…。ウソだぁ」

褒められた記憶なんて殆どない。
「いいね」って言ってくれる印象が強いのは大体海さんと山本さんだ。
黒尾さんとか研磨さんは、自分でも"今のよかった!"っていうホントそこピンポイントのところで「今のよくやった」的なことを言ってくれる。
けど…考えたら夜久さんには褒めてもらったことないな…。
できたら「次!」って次を求めるタイプだから。

「俺、夜久さんに褒めてもらったことなんて一回とか二回だけど?」
「本当だよ。…あ、じゃああんまり本人を前にして褒めないタイプなのかも」
「黒尾さんとかは、褒めるっていうよりミスった時何が悪かったかさらっと言ってくれるよね。"何々してんじゃねえぞ!何々しろ!"的な」

横から犬岡が言うので、こくこく頷く。
分かるわー。
そこは同意。

「夜久さん、俺のこと何て褒めてた?」
「え? …何だったっかなあ。けど、本当よく褒めてるよ。ぽつって呟くくらいだけど、リエーフのことよく見てるんじゃない?」
「…!?」
「夜久さん、お前のこと一番気にしてるもんな」
「マジで!?」
「「だってレシーブ一番下手だから!」」
「ちょっい待て!何かソレ俺の求めてる答えと違うっ!」

悪気ゼロの顔で犬岡と芝山が同時に言った言葉に反射的に吠える。
続け様、ばっしばっし布団を叩いた。

「違うー!夜久さんはきっと俺が好きだから目で追ってるんだ!俺のことが気になって仕方がないはず!!」
「えー。レシーブ下手だから気になってるんだと思うけどな~」
「直すところたくさんあるから、チェックしてるんじゃない?」
「腰浮いてんな、とか、腕伸びきってねえな、とか、取る前から諦めてんな、とか」
「ボール取る時まだでかい音してんな、とか」
「違う!絶対違うっ!!」

じたばた布団の上で主張する。
…けど、もし本当に芝山の言っている通り俺のこと褒めてくれてるんだとしたら、どうしてわざわざ陰で言うんだ?
陰口なら分かるけど、褒めるんだったら俺を前にして褒めた方が絶対いいじゃん。謎。
風呂から帰ってきたところを掴まえてもいいけど、夜久さんマジで照れ屋だからたぶん他の人いると言わない気がする。
…よし。
明日聞いてみよう!

 

 

 

 

 

 

――で、翌日。
案の定フリーの練習で潰されている俺。
今日の合同練習終わってまたマンツーマンで体育館一つ使って、散々いたぶられた後何とか休憩をもらい、ぜーはーぜーはーしながら俯せに寝っ転がって暫く死んで、ある程度回復してきた頃…。

「…夜久さぁん」
「何だよ」
「夜久さんって、俺のこと褒めててくれてんスか?」
「――は?」

むくっと顔だけ起こして近くに立ってオーバーしていた夜久さんに尋ねると、その手を止めて露骨に不愉快そうな顔で聞き返された。
聞こえなかったのかと思って、もう一度聞いてみる。

「いや、陰で俺のこと褒めててくれてるって聞いたから、何で直接褒めてくんないんだろーと思って」
「褒めてねえよ」
「え、マジで? でも言ったの芝山っすよ。あんまウソ吐くタイプじゃないと思うんすけど」

言うと、何故か夜久さんがぐっと黙った。
何故か睨まれるという不思議。
…?
よく分かんないけど、否定が収まったから本気で褒めてくれたのかもしんない。
むくりと上半身を起こし、俺も床に座る。

「俺のいいトコ見付けてくれてんなら、言ってくださいよー。裏で言われても知れないから元気もやる気も出ないっす」
「長所短所は誰だって持ってるだろ。お前にだって多少の長所があって当然で、あんまり言うもんでもないだろ」
「えー。言うもんスよ。言わなきゃ伝わらないじゃないっすか。…大体、レシーブ練習にしたって、今んとこやってるのってサーブとかスパイク取るレシーブじゃないじゃないっすか。チャンスとかワンチとか…夜久さんギリギリ届かないトコにばっかボール落とすんですもん。あんなの取れませんよー。黒尾さんだってやりたけりゃこっち来てもいいっつってたし、もー明日からはブロック強化行っていいっすかー?」
「…」

座ったまま後ろに手を着いてここのところの感想を言ってみると、ダンッ…とボールを着いたのを最後に夜久さんがそれを脇に抱えた。
さっきまで不機嫌だった目が妙に真剣に俺を見ていて、それに気付いた瞬間ぎくりとする。
怒ってる時よりもこの目の時の夜久さんの方が何故か背筋が伸びる。

「…リエーフ。立て」
「え、あ…。ハイ」

急に声のトーンが変わった夜久さんにヤベっと思いながら、言われたとおりすぐに立ち上がる。
立つと、当然だけど夜久さんのことは見下ろす形になるんだけど、威圧感とか存在感ってのはやっぱり年齢重ねて備わるもんなのか、俺なんかよりよっぽど貫禄ある。
…何だろ。怒った?
え、でも何か怒ってるって感じじゃない。
それを言うならさっき睨まれた時の方がよっぽど怒ってた気がする。
そっちの方が絡みやすい空気だったのに。
数秒の沈黙の後、言葉を選ぶようにして夜久さんが語り出す。

「いつも言ってるように、お前のレシーブは使えなさすぎて話にならない。…けど、お前の場合、今最も話にならないのは弾かれるサーブとかスパイクとかじゃなくて、チャンスボールとかワンチの話だ」
「…? えっと…??」
「受けて上げきれないのは仕方ないからそれはいい。当たるんなら今後必然的に上達していくからだ。要は、ぎりぎり届くか届かないかのボールが来た時、諦め半分で腕伸ばしてるから、まずその気持ちをどーにかしろって話なんだよ」
「はあ!? んなことないっす!俺いつも上げようと――」
「今日の練習試合、研磨が」

俺の言葉をぴしゃりと遮り、夜久さんが右腕を軽くあげて肩から肘までを示す。

「お前が弾かれたボールカバーしただろ。ギリのボールを追って頭から飛び込んで、こっからここまで摩擦で擦り傷と内出血つくってた。お前も見ただろ。その後もお前がミスって苛ついてた山本がブチ切れて怒鳴ってただろうが」
「…!」
「幸い、大したことなかったけどな。そんなのは言う程のことじゃないくらいに日常だ。…で? お前は摩擦で切れたとか擦ったとか火傷っぽいのしたとか、あるか?」
「…」
「山本が言ってた"テメェ取りやがれ!"ってのは、取れなくて怒ってんじゃなくて、"取りに行け"って話だ。…まあ、あれじゃ聞いてても分かんねーとは思うけどな」

夜久さんの言葉に愕然とする。
摩擦で内出血…。
…。
…ない。
そういや、ないかも。
確かに先輩達とか、たまにイスに突っ込んでったりギリギリのボール上げるのに滑り込んだりして腕とか膝とか掌の側面とか、赤くしてて冷やすの手伝ったこととかガーゼ貼ったりとかしたことある。
特に夜久さんとかは多い気がしているけど…それを自分が負傷したことは確かに無い。
ショックだ。
だって俺、本当に頑張ってるつもりだった。
間違ってもサボってはいないってゆーか…。
ボーゼンとしてしまう。
自然と視線が下がってた。

「……すみません、俺……全然…」
「"飛び込む"って感覚が体に馴染むまでは確かに難しいと思う。始めたばっかりの奴だと無意識に恐怖心もあるし、慣れるのに時間かかるのも分かる。けどお前は、それを突破する必要があると俺は思ってる。…お前は」

夜久さんが脇に抱えていたボールをワンバンして、反対側の手に持ち替えながら続ける。

「お前は、いいモン持ってんだから…本当にウチのエースになれるかもしんねーだろ。タッパあるし、手足も長いし、ブロックなんか卑怯だろってレベルの高さだ。ってことは、スパイクもその高さから打てるんだし…。波があるから今の所使いものになんねーけど、集中してりゃ反応も早い。…それを、"レシーブ下手"とか"集中してねえと反応遅い"とか、くだらねえ理由で埋めるの、勿体ないだろうが」
「夜久さん…」
「黒尾は、まだ一年だし急に結果求めてもモノになんねーとか、もう少しゆっくりでもいいんじゃないかとか言うけど、俺は――」

そこでそれまで言いかけたことを一瞬止めてしまって、急に腕組みして別の切り口できた。
叱る時みたいに睨み気味の瞳がこっちを見上げる。

「…あのな。口は軽いし落ち着きねーし軽く見られがちだけど、実際好きな練習は自主的にやってるみたいだし、ガッツあるし。……。まあ……そこそこ、頑張ってんじゃねーの?とか、思ってんだよ、一応。これでも。…何か、後輩のそーゆーの見ると」

夜久さんのぽつぽつなフォローに十分感動しかけているところ、さっ…と微妙にそっぽを向いての付け足しの一言。

「力になってやりてーなとか…、思うだろ。普通に」
「――!」

ピシャン、と雷が落ちる。
感動っ!
あとアレだ、めっちゃ可愛くてずっきゅんキタ。
何スかその可愛さ!
抱き上げてぐるぐる回ってお姫様抱っこしてからキスしたいっ!
ぐわっとした衝撃が腹から来る。
思わず両腕を中途半端に上げ、じり…とまだそっぽ向いて目を閉じ、あれこれ言ってる夜久さんとの距離を測ってしまう。

「ん、でもまあ…。確かに、ちょっと気合い入りすぎたかもな…。お前がブロックも中途半端なのは事実だし、黒尾の方行きたければ止めねえよ。お前が今伸ばしたいものを自分で選択し…」
「夜久さんっ!!」
「は? な…お、ぅおあ!?」

思わず衝動的に正面にある夜久さんの体を抱き上げる。
軽っ!
両脇に手を差し込んで抱き上げた状態で、勢い任せにぐるりんと堪らず一周回った。
ぶらりと夜久さんの足が遠心力で宙に振れる。

「て、テメェぇえ!下ろせ馬鹿野郎!!先輩抱き上げていいと思ってん――うわっ!?」

一周したところで、一瞬ぽいと両手から放って小さい体を引き寄せてお姫様抱っこに切り替える。
ぼすっと両腕に落ちてきたところで、額に青筋浮かべた夜久さんが噛み付かんばかりに俺を睨み上げた。
言葉よりも先に掌が飛んできて、俺の顎下をメチャクチャに押し退けてくる。
人見知りの猫が暴れるみたいに無茶苦茶に。

「リエーフー!!お前ッ、しまいにゃキレん…っ」
「夜久さん、聞いて」
「…!」

顎のとことか頬とか引っかかれながらもきっぱり言うと、真剣さが伝わったのか夜久さんの手が引いてくれた。

「第三体育館でやってる黒尾さんのとこって、梟谷のあのエーススパイカーとか翔陽とか、あと何か同じチームのエノキダケみたいなひょろ長い眼鏡とかいるんスけど」
「…眼鏡君もお前だけにゃ言われたくないだろうけどな」
「あっ、でも俺の方がタッパあるしカッコイイんで負けるつもりは全然ねーんスけど!」
「じゃなくて?」
「え? …あ、ハイ。えっと」

半眼の速攻路線修正が入り、眼鏡君<俺の主張からすぐに話を戻す。

「えっと、最初は、夜久さんとのマンツーがキツくて逃げたい気持ちで黒尾さんのとこ行ったんスけど…。やってる途中で、他校のエースとかMBとかとガチで練習できんのって、この合宿中だけだなって気付いたんです。ウチ、そっこまでタッパに特化してないし、背の高い奴と…といっても全員俺下っスけど…ここまで練習できんのって、あんまないなと思って」
「…」
「たぶん、今だけできる練習なんだと思うんス。だから…」

腕の中に収まってる、尊敬する先輩見下ろして真面目に告げる。

「今は、あっち行かせてください。…そんで、学校戻ったら、夜久さんのマンツーお願いします。それが一番力上がる気がする。学校戻っても、やってくれるんスよね?」
「…お前がやりたけりゃな」

何か気が抜けたのか、急に脱力した夜久さんは両腕を組んで溜息を吐いた。
学校に戻っても俺が頼めばマンツーやってくれるって返事に、ほっとする。
ぶっちゃけここんとこ俺のレシーブやる気が折れてたから、教える側の夜久さんももうイヤになったかと思った。
けど、そこは面倒見のいい先輩だ。
厳しいけど甘い。
いつもがクールだから、たまに甘さを見せられるとグッと来るから堪んない。
そこが好き!

「はーあ…。そんじゃ、今はブロック強化な。…分かった。そうしろ。俺もそれがいいと思う。俺との練習は、いつでもできる」
「スンマセン。…けど、真剣に俺のこと考えててくれて、めっちゃ嬉しいっス。今日この話できてよかった。昨日とか、ちょっと鬼畜なんじゃね?とか思ってたんスけど…」
「ほぅ…?」
「やっ、でも違った!夜久さんマジで大好きです!!」
「…! ちょっ…」

抱き上げていた体に顔を寄せ、衝動任せにキスをする。
いつもよりずっと顔の位置が近くて楽。
…といっても挨拶程度で舌なんか欠片も入れてないのに、ちょっとキスして顔を離した途端、頭の左側をがしっと力任せに掴まれた。
ぎりぎりと指の力で締め上げられる。

「い、いだいっ!痛い痛い痛い…っ」
「…っ、そーゆーのは!」

痛みに反射的に閉じていた目を辛うじて開けると、真っ赤になってる夜久さんがいた。
かなり怒ってる…が、そこも可愛い!
もう堪んない。
顔がにやけまくる。うずうずする。

「俺が"いい"って言ってからだっつってんだろ!!いい加減覚えろ!」
「むぎゃっ!」
「…! おわっ、わっ…!」

バッシ…!と勢い任せに払われ、思わずよろける……が、それはイコール俺に抱き上げられている夜久さんの危機でもあるわけで。
一瞬転びそうになった俺の腕の上で焦った夜久さんが、上げた片腕でそのまま俺の首に抱きつくみたいにくっついてきてくれた。
…ま、たぶん俺が倒れると自分もぶっ倒れるからなんだろうけれど、とはいえナイスシチュエーション!
夜久さん可愛い夜久さん!
ちっちゃっ!!
ぴっとりくっついてくんの激カワ!めっちゃいい匂い!!

「馬鹿お前っ、いい加減下ろ…」
「うわーっ、いつになく積極的っスね!何ならもーこのままトイレにでも行ってヤ――」

口走った途端、ガッ…!と夜久さんの指が顎の下にかかった。
指っつーか…爪?
顎を取るとかそういう仕草とは全然違う殺意のこもった右手の爪が、俺の顎下の皮膚に食い込む…。
一瞬にして血の気が引いた。
直前までのキュートさはどこへやら、夜久さんがものすげえ剣幕で俺のこと睨み上げている。
…こっわ。

「…聞こえなかったか? ――お・ろ・せ」
「………ウッス」

恐怖に固まったまま、ぎくしゃくと夜久さんを下ろす。
下ろした後に顎の下をそれとなく撫でてみると、しっかりと食い込んでたっぽい夜久さんの爪痕が残っていてデコボコしていた。
俺的にはお互いキモチ言い合ったわけだし二人きりだし、明日から第三体育館の方が行くからここはデレていいとこだと思うんスけど…。
当の夜久さんは清々したとばかりにツンとした顔で両腕をぐるりと回して、あろうことか俺が触った場所を手でぱんぱんと払うように叩いている。
…ひでえ。

「…夜久さん」
「何だよ」
「もっかいキスしていっスか?」
「ふざけろ」
「ほらあっ!夜久さん"いい"って言ってくれること滅多ないじゃないっすか!」
「合宿中に誰がお前とじゃれるか。俺が好きなら俺に従え。当然だろ」
「ヒドイっす!」
「んじゃ合わねーってことで」
「ヒドイっす!!夜久さぁん!」

軽く片手を上げて一蹴され、コート端に置いていた荷物を拾うと夜久さんはさっさとボールを拾ってざっくり片付け、電気の方へ向かいだす。
帰る気なんだと気付いて、わっと慌てて俺も後を追った。
人気のない渡り廊下を大人しく歩いていくと、自然と一歩踏み込んだ会話ができたりする。
歩幅ちっちゃ!
めっちゃ進まない。カワイイ!

「俺、ホント好きなんですって~。夜久さんのこと」
「分かった分かった」
「今日でますます好きになりました!鬼だけど鬼じゃないっつーか、飴鞭の使い手っすねっ。そーゆーのグッと来ます!」
「いや…。褒める気ねえだろ」
「えー? 褒めてますって!」
「…! こらっ、押すな…!」

歩く夜久さんの肩に、後ろから両手を添える。
最初は払われるかと思ったけど、これくらいだったら平気らしい。
段々夜久さんのアウトラインが分かってきたぞ。
ぐいぐい小さな体を歩きやすいように押しながら廊下を進んでいると、ふいと夜久さんが俺のことを一度振り返った。
目があったけど、またすぐ正面を向いてしまう。
…?
疑問に思って首を傾げ、何か言いたいことがあるのかと思って聞こうとした矢先。

「…合宿終わったらな」
「ん? 何がっすか?」
「終わったらどっか遊び付き合わせてやるよ」
「…!? それってデー…」
「…トじゃねえけど、荷物持ちだけど。…だから、終わるまでにはせめてブロック使えるようになってろよ。いいな?」

ぱしっと俺の手を払いながら素っ気なく言う夜久さんが可愛くて、ウィッス!なんて大声で受け応えてしまった。
研磨さん、黒尾さん、芝山、翔陽、烏野リベロ、セッター、マネちゃん×2、etc.etc.…。
世の中色んな人がいるけど、魅力的で可愛い人なんてホントごまんといるけどさ。
ビッ…!と親指を二つ上の先輩に立てる。

「マジ今ンとこダントツッスからね!夜久さん!!」
「…はあ? 何が?」

意味分からんという顔の夜久さんに、にまにましながら着いていく。
合宿が終わった時にこの人に褒められたい…っていう理由は、明日からの俺の力になるはずだ。
ウチのチームの道は塞がせない。
俺の尊敬しまくる大好きな人達が歩く道だ。
塞いだ奴は片っ端から俺が喰らってやる。

夜空を見上げる。
今夜も雄叫びをあげたくなるような、ホントに綺麗な星空だ。



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手に余る猛獣と猛獣使いさん。
夜久さん可愛いです。
抱っこしてぐるぐる回してぽーんて高い高いして一発叱られたい。
2016.5.19





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