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昔から、イベントが嫌いだった。
"普段と違う日"というのは、なんだかとっても億劫で、けれど子供のイベントを決めるのは本人じゃなくていつも親だから、強制的に参加させられる。
ハロウィンもそんな億劫なイベントの一つで、勝手に用意された衣装を着せられ、勝手に集団の中に放り出される。
オバケとか魔女とかゾンビとか。
そんなのはまだいい方で、テレビでやってるアニメの衣装とか日本の妖怪の衣装とか、趣旨がわかんない。
…ばかみたいだなって、いつも思っていた。
何のためにこんなことするんだろう。
テレビの朝のニュースで、ハロウィンは遠いイギリスのアイルランドの習慣が始まりっていってた。
なら、当初の趣旨から大幅にずれているのだから、たぶん日本のハロウィンの目的は単に"楽しく騒ぐ"なわけで、もちろんその気がある人ならいいけどやりたくない人まで強制的に参加させないでほしい。

「…」

さわさわと、同じ小学校の子供達が夜の公園に集まる。
目立たないように端の方にぽつんと立って、母さんにお願いして後から追加してもらった大きな魔女っぽい黒の帽子を、そっと目深に被り直した。
…早く終わってかえりたい。
お菓子とかいらない。
秋の夜に外出るの、すきじゃない。
寒い。

「おーい、研磨!」
「…」

さわさわしている集団の向こうから、クロが手を振ったのに気付いた。
こっち来いって言われてるのは分かるけど、もう帰りたさMAXで軽くいじけていた。
動くのも億劫でじっとしていると、クロがずかずか人混みを分けて近寄ってきた。
ちょっと怒ってる。
見慣れないドラキュラの衣装が妙に似合う。
クロはずかずか歩くから、その度にマントが広がって本物みたいに見える。

「おい。呼んでんだから来いよ。ウチの登校班あっち」
「…」
「…? 何だ。どうした?」
「…かえりたい」

もう一度、目深にかぶった帽子を更に深く被りながらぽつりという。
何度被り直しても足りないし、何度言っても言い足りない。
そんなにつらくない、時間が過ぎるのを待てばいいだけだと思っていたけど、その実少し泣きに入っていた。
他の人がたくさんいるところは嫌いだ。
誰が何を考えて何をしているか、全然分からない。
頭の中がくらくらしてくる。
帽子に手を添えてじっとしているおれを見て、クロは溜息を吐いた。

「…あのさー、研磨。前々から言おうと思ってたんだけどな」
「…。なに」
「お前、たぶん周り見過ぎなんだよ」

クロが言う。
お説教かと思ったけどそうじゃなかった。
…けど、言ってる意味が分からない。

黙ってクロを見上げていると、クロは持っているランプを軽く振った。

「お前、今誰といんの?」
「…みんな」
「じゃなくて。もっと限定しろ。ソコだろ、ソコ」
「…?」
「お前の目の前にいるのは誰ですかー?」
「…。クロ」

ぽつりと呟く頃には、何となくクロの言いたいことが分かり始めた。

「確かに最初はうちのおかんが言いだしたけど、けっきょく一緒に行こうぜって約束したの、誰だった?」
「…クロ」
「ここまで誰と着たよ、お前」
「クロ」
「夜に外とか、楽しくね? お前、今夜誰と遊ぶんだ?」
「クロと遊ぶ…」
「他の連中なんか、どーだっていいんだよ。そんな嫌なら、見なくていいし」

言いながら、クロがマントを脱ぐ。
ばさっと一度広げると、それを俺の肩に掛けて襟元のボタンとリボンをキュッと結んだ。
裏地のしっかりしているやつで、だから他の子のみたいに安っぽくなくて妙に重い。
しかも、ドラキュラ仕様で襟が大きいから、おれのかぶってる帽子の大きさもあって、周りの殆どが見えなくなる。

「他の奴もいるかもしんねーけど、一時間くらいじゃん。家帰って、お菓子の確認とかするだろ。どうせ夕飯食ってけって話になって、どっちの家かはしんねーけどそこまで着たら泊まってけって俺んちもお前んちも言うだろ。風呂とか寝んのとか、明日まで一緒に遊べんだろーが」
「…。うん…」
「俺と遊ぶのはヤじゃねーだろ?」

ぐいっとクロがマントにすっぽり覆われた俺の腕を引く。

「なら、俺とだけいりゃいーじゃん。…ほら、来い。人数数えてんだっつーの」

そのままぐいぐい引っ張られ、人混みの間を縫って渡る。
…けど、クロのマントのお陰か腕を引いてくれてるおかげか、さっきまであったさわさわに対する圧迫感みたいなものはかなり薄らいでいた。
クロと二人で知らない人達の間を冒険していると思えば、そこまでいやじゃない。

「…」

いつまでも引っ張られていると袖が伸びそうだから、途中、掴まれている腕とは反対側の手でそっとクロの手を触ってみる。
そんな小さなアクションで引っ張られるのが嫌なことに気付いてくれたのか、そのまま今度はおれの手を握ると、それまで以上にぐいぐいと人混みをかき分けて本来集まるべき場所へ連れて行ってくれた。
おれは、周りの人たちが、大人も子供も…みんないる感じが、すごく苦手だったけど…。
…なんだか、うまくそれらをかわす、コツのようなものを教えてもらった気がした。

 

昔から、イベントが嫌いだった。
今もそんなに好きじゃない。
…けど、そんな時はクロとだけ遊んでると思えば、そこまで苦じゃなくなった。
クロがいてくれれば、それでいい。
クロと遊んでるってこと。
他の人とか、関係なくなる。

何事も、ちょっとしたコツに気付くか否かなんだな…て、そう思った。


Happy Halloween




時間が流れて、お菓子もらい歩くなんて下らないイベントは無くなった。
成長してくと、イベント色が悉く薄くなる。
ハロウィンとか、あちこちオレンジ色になるにはなるけど、ぶっちゃけ普通に平日。

「研磨」
「なに?」
「Trick or Treat!」

部活が終わった後の帰り道。
家が近くなった頃、唐突に、ビシッとおれを指差してクロが言った。
ちょっと得意気な顔。
…でも、残念でした。
今年は持ってます。

「…はい」
「あ?」

ポケットからのど飴を一つ取りだして、クロの掌に渡す。
手渡すと、クロは何だよって顔をして飴の袋をぽんと宙へ投げた。

「何だよー。持ってやがったか」
「去年痛い目みたから」
「…油性マジック用意してたんだがな」
「ほんと止めてほしいそれ」

俺がポケットから飴玉出したように、クロが自分のポケットから油性のマジックの頭をのぞかせた。
…去年、やっぱり突然びしりと指を差されて「Trick or Treat」と言われ、何も持ってなかったら油性マジックで鎖骨のところに"黒尾参上"と書かれた。
油性といったって勿論今は消えたけど、一週間弱消えなくてほんとヤだった。
主に体育の時とか部活の時とか。
虎とか大爆笑してた。
マジックをポケットに収め直し、クロが飴の袋を開けて口の中に放り込む。
カラカラと飴が歯に当たる音を時折させながら、つまらなそうにぼやく。

「今年は腹に書いてやろうと思ったのに」
「なんて?」
「"黒尾専用"?」
「イタイよ」
「そうか?」
「うん」

並んでぽてぽて歩く。
おれは携帯を取り出して操作して、クロは眠そうに隣で欠伸をした。
…。
ふと思い立って、携帯から顔を上げる。

「…。クロ」
「んー?」
「Trick or Treat」

人差し指をクロに向けて、何となく言ってみる。
一瞬の、間。
…の後、クロが目線を反らしながら首のところに片手を添えてぐったり俯く。

「やべえ…。しまった。その反撃は考えてなかった…」
「…ん」

ぺっと掌上にして、クロに差し出す。

「マジック」
「うーわ…。マジかー」

嫌そうにクロがのろのろとさっきしまった油性マジックを取り出す。
俺は携帯をポケットにしまって、それを受け取った。
足を止め、キュポ…と蓋を開ける。

「あーもー…。絶対ェ研磨からは来ねえと思ってた…」
「…かがんで」
「鎖骨チョイス?」
「そう。…結構恥ずかしかった」

クロが、少し背を屈ませる。
自分で緩めてでいたタイを指先で更に緩め、開いてある襟の片方を少し横に引っ張ると、注射をいやがる子供みたいに顔を背けて目を伏せた。
おれよりもずっとくっきりと浮き出ているクロの鎖骨に、キュキュ…と文字を書いていく。
なるべく外側に書いてあげたのは、経験者からの優しさ。

「つめてえ。…つか、てか何て書いてんの?」
「んー。内緒」
「あー…」
「…はい、終わり」
「お前…何かすげー長く書いてねえ?」
「うん」
「…」

書き終わって、近づけていた顔の距離を戻そうと後ろに下がりかけたところで、クロが目を伏せて一度俺の額に額を添えて、一瞬だけ軽くコツン…とした。
それに気付いて、お返しに少し顎を上げて鼻の頭をちょんと合わせる。
ふっと小さく吹き出すように笑って、クロが顔を離した。
…お互い屈んでいた背筋を伸ばして、普通の距離に戻ってまた歩き出す。
クロはしきりに鎖骨を気にしてるけど、自分じゃ見られないと思う。
ちょっと満足。

「クソ…。見えねえ」
「鎖骨だから難しいかもね」
「家帰ってから鏡か…」

ぐったり、クロが言う。
…別にクロほど変なこと書いてないし。

「…あ、そだ。ウチ今日お袋がパンプキンパイ作ってっかも。朝パイシート入ってたわ、冷蔵庫」
「え…。食べたい」
「来るか?」
「行く」
「んじゃ、おばさんにメールしとけよ」
「いいよ、別に。一旦家に帰って荷物置いてから行く」
「あー。そうだな、その方がいいか」

言いながら、クロが緩めていた襟を直す。
ちらりと今書いた文字の最初の部分が見えて、思わず口元が少し緩んだ。

――"Happy Halloween Kuro"

クロの、参上とか専用とかよりは相当マシ。
感謝してほしい。
"明けおめ"とか"ハピハロ"とか"メリクリ"とか。
殆ど意味分かってない挨拶だけど…。

「…クロと言うと、何かの合い言葉みたい」
「あ?」

小さく呟いた言葉は、聞こえなかったらしい。
…少し考えて、でも言う程のことじゃないから、何でもない…って、また携帯を取り出した。

 

家までもう少し。
顔を上げると、空にぽっかり月が浮かんでいた。



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昔から一緒。
クロさんは時々可愛いことすると思う。
普段の大人の顔と親しい人にしか見せない子供っぽい顔の差し替えこそが男性的魅力ですよね。
2014.11.01





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