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研磨が高校に入ってすぐ。
初の試験である中間一週間前から、部活が休みに入る。
その時期に、研磨を学校の図書館で見かけた。
奥まった場所にある本棚の高い位置を、じっと見つめていた。
違和感のある組み合わせだが、ただそれだけで何となく予想が付いて、カウンターに向かおうとしていた爪先の向きを変えた。
学校の図書館なんて殆ど来ない。
くっついてる所もあるらしいが、ウチのは図書館が孤立した建物だし、渡り廊下渡るのが既にめんどい。
それでも希に読みたい本がある時もあるし、バレーで気になる技があった時とか、やり方載ってねーかなとか調べに貸りていくこともある。
目的の一冊を見つけてカウンターに行く途中、見知った黒髪と猫背を見つけ、足音を殺して近寄っていく。
研磨は、奥の本棚の前に立ち、じ…と上の方を見つめていた。
周りに人がいないのを確認してから片腕を伸ばし、後ろから柔らかく、熱を測るような感じでその額に手を添える。

「…!」

指先が触れた瞬間、ビクッ…!と研磨の肩が震えた。
一瞬の緊張。
指先から伝わる、万人に向けた露骨な警戒。

「よっ」
「ぁ…クロ…」
「お前こんなとこふらついてると幽霊に間違われんぞー?」

弾かれたように背後を振り返り、驚いている双眸に敢えて気楽に笑ってみせる。
触ってきたのが俺だと分かると一気にその体から緊張感が抜けた。
額に添えた手をそのままに軽く腕を引き寄せると、軽い研磨の体がふらついて俺の胸に落ちてくる。
それしながら、今研磨が見ていた棚の上を俺も見上げた。
人気の無い奥の方の本棚なんて、取りやすさ無視した高さのものが並んでいる。
踏み台使えって話なんだろうけど、じゃあその踏み台どんだけ遠い場所にあんだよって話だ。
今目の前にあるのもそんな感じで、その棚の一番上にある何かの歴史シリーズっぽい分厚い本の上に、見覚えのあるシューズケースがあった。
スポーツメーカーの赤いケース。
研磨のだ。
半眼でそれを眺め、肩を竦める。

「おいおい…どーしたァー? 高校生ですよ、ボクたち。…つーかイタイわー」
「…」
「どうして図書館にあるって分かったんだ?」
「リュックの中に、誰かの貸出レシートが入ってた。たぶんこれ自体は無関係のゴミっぽいけど、ヒントかなと思って来たらあった」
「ほほぅ。まだ良心的だな。…そーいえば、中学ん時もあったな、こんなの」

研磨を懐に入れたまま、反対の手を真上に伸ばす。
そこそこ自慢の身長のおかげで、研磨が台を必要とする高さだろうと、ちょっと背伸びをすれば何とか持ち手のベルトを掴めた。
何でもない風に、本棚の一番上に置かれていたシューズケースを取る。
流石に本棚の上にあっただけあって埃に塗れていて、ぱっぱと叩いて埃を払うのを、俺の腕の中に収まったまま研磨は無言で見つめていた。
ネジの切れた人形のように始終大人しい研磨の右手を取って持ち上げ、シューズのベルトを持たせる。

「ほれ」
「…」
「ま、気にすんな。暇だったんだろ。…んー。資料レシートじゃ特定できねーもんなァ。お前の方でそれっぽい相手分かってんなら、取り敢えず名前聞いとくけど?」

ぽんぽんと前髪んとこを叩きながら、軽く聞いてみる。
研磨は、落ち所が普通の奴より広い。
そして深い。
だがその広くて深い落ち所に落ちるのは一瞬で、いきなり悟りを開き出す。
イジメっぽいのが辛いとか哀しいとかそーゆーのとはちょっと違うみたいだが、意味の無い周りの連中の行動が"理解不能"から始まって、結果歩み寄り一切を諦める。
中途半端に他人にちょっかいかけてこられんのが一番厄介なんだろう。
俺の質問に、研磨は一度弱々しく首を振った。

「いい。別に」
「そうか」
「うん」
「…落ちてる?」
「別に。…別に、誰に嫌われてても関係ないし。おれにはクロがいるし」

両手に持ち直したシューズを伏せ目がちに見下ろし、何となく弄りながらそんなことを言う。
ずっと前髪んところに添えていた手を改めて頭の上に乗せ、撫でておく。
擽ったそうに研磨は首を引いた。
頭から腕を離そうとすると、それを追うように俺を見上げたんで、俺も俺で肩を竦め、にっと笑ってみせた。

「取ってくれてありがと」
「どーいたしましてェー」
「…!」

雰囲気に耐えられなくて、肩を抱き寄せてそのままキスをする。
人いないとはいえ、博打は博打だが。
このまま押し倒してぐちゃぐちゃにしたい衝動を耐え、深いキスで息上がらせるだけで我慢しておく。
ま、学校だしな…。
耳が勝手に拾う呼吸の感じとか、相当ヤバイが。
そろそろ昼休みが終わる時間で余裕が無いのが返って有難い。

「…」
「…ぷは」

キスが終わって顔を離す。
その片頬に、手の甲を添えて軽く押す。

「次、サボる?」
「さぼらない」
「つれねー」
「…」

ほんのり上気して乱れた呼吸で一度疲れたような溜息を吐くと、研磨は俺の胸に一度額を擦り寄せてから、そろりとすり抜けるように一歩離れた。
離れる体温が惜しい…が。
コイツは、戻る場所をちゃんと知ってる。
そのことに満足して、敢えて両手をポケットに入れたまま、たらたらと研磨を追って歩いて図書室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ちょい悪い。中、研磨いる? 孤爪研磨」

翌日の昼休み。
ざわついてる一年の廊下にいる奴をランダムに一人掴まえて、聞いてみる。
夜久は兎も角として、俺と海の身長はそれなりに一年坊主には威圧だろう。
掴まえた一年は、一瞬びくりとして慌てて受け答えし、緊張のまま教室に入って行く。
突然一年の廊下に二年が三人出没だ。
周囲の視線が何となく集まっているのを自覚しながら、夜久が腕を組んでぽつりと言う。

「…まあ、孤爪はなー。確かに勘違いされやすそうだから、予防線張るのは賛成。…つか、持ち物隠すとか有り得ねーから。小学生か」
「まあまあ。一年生はこの間まで中学だったんだし、そういうことしちゃう時期もあるよ」
「いや俺とか無理なんだけど。つか中学でもやらんからなフツー。犯人ぶん殴りてー」
「…ま、大体はこれで落ち着くだろ。一コ上の俺らと仲いいの見せとけば。中学ん時もそんな感じだったしな」
「ちゃんと兄貴してんね~、クロ。ちょっと意外」
「意外って何だ、意外って。俺ほど面倒見のいい男はなかなかいないぜ?」
「海ー。クロが何か言ってるぞー」
「あはは。まあ、確かに何だかんだで面倒見はいい方だと思うけど、特別面倒見てる幼馴染み君がいるのはやっぱり意外だったよ」
「そうか?」

「…あれ? 黒尾先輩らじゃないっすか。ウィーッス!」
「…」
「お。よう、お前ら」

タイミングよく、廊下を通りかかった山本が来て、更に福永も気付いたのか近くの教室から出てきた。
わらわらと集まる長身組に、思ってた以上の威圧感が出てくる。

「どうしたんスか?」
「メシ。研磨誘ってやろーと思ってよ。まだ学食とか行ったことねーだろ」
「うおお、いいなー!俺もねーっす!一緒に行っていいですか?」
「おう。いいぜ、来い来い。…つーか、俺らは先輩とかいーって言ってんだろ。"クロ"でいーって」
「あー…ソレめっちゃ嬉しーんスけど…。すんません、流石に急には無理っす…」
「何でだよ。…て、福永。お前も来るか?」

山本の後ろで黙っている福永に尋ねると、こくりと会釈に似た感じで頷く。
一気に騒がしくなる身内に、夜久と海がが吹き出した。

「機会逃すと行きにくくなるもんなー」
「けど、スタートダッシュ遅いから、今日は軽いものしか食べられないかもよ? お弁当があるなら持っていって向こうで食べれば?」
「あ、そーゆーのもいいんですか。…つーか孤爪の奴、先輩ら待たせて何やってんだよ、鈍ェな。…オイ!孤爪ェ!!」

山本が、研磨の名前を呼びながら、他クラスにかかわらずズカズカ目の前の教室に入っていく。
かなり好戦的で積極的な性格なのは分かってるつもりだったが、予想外で俺らは少し瞬いた。
…こいつ、あんまり研磨のこと苦手じゃねーのか。
絶対ェ合わねーと思ってたが…。
そんなことを思っていると、俺らにぺこりと会釈して福永も山本の後を追う。
…。
へえ…。

「…何か、一年案外仲いーじゃん?」
「みたいだね」
「ふむ…。良い意味で予想外だなー」

顎に片手を添えて考えていると、俺が呼んできてと頼んだ一年ではなく、山本が研磨の腕を掴んで引っ張ってきた。
山本に触られて死ぬほど嫌そうな顔の研磨だが、廊下で俺たちが待っていたと分かるとぎょっとした顔をする。
ビッ…と一瞬毛を逆立てたように固まり、山本の腕を奴なりに慌てて払うと、取り囲むように半円状になってた連中の中心でびくびくしながら俺の傍へ来る。
いつにも増して俯き気味で、視線のやり場に困ってか俺の足下辺りを無意味に見ながら両手を胸の前で組んだり離したりして弄り始める。

「エ…。なにこれ…。クロ…」
「メシ行くぞ、メシ。学食」
「…。約束とかしてない…けど」
「してねーけど行くの。…あ、夜久と海も一緒な。名前は覚えてんだろ?」
「よ、孤爪」
「俺たちもご一緒させてね」
「ついでに、今さっき山本と福永も参加が決定した」
「あざーっす!!…てお前、先輩らが誘ってくれてんだから逃げんじゃねーぞ!」
「…」
「つーわけで…。よーし、行くぞー!」

福永が最後に後ろ手に今研磨が出てきた教室のドアを閉め、それを合図にぞろぞろと学食に向けて歩き出す。
その場の流れがそーなってしまったからには流石に研磨も逃げ出せないらしく、かなりの挙動不審のまま俺の横にぴたりと張り付いて始終俯きまくっていた。
それぞれ話題で盛り上がる間、青い顔をしている研磨に内緒話のように囁く。

「何。イヤ?」
「…。別に、いいけど……急すぎる」
「心配すんな。こいつらは"ヘーキ"な奴。俺の保障付き」
「…」
「あ。信用してねーのー」
「…してるけど」
「研磨が俺のこと信用してくれなーい。泣ける~」
「してるし」

しくしく片腕を目元に添えて泣き真似すると流石にウザかったか、借りてきた猫のように大人しくしつつもむっとした様子で研磨が返す。
…が、少し前を歩いていた夜久と海がしっかりそれを見てにこにこしていたいたのに気づき、また急いで黙り込むと隠れるようにぴたりと俺の斜め後ろに引っ込む。
…慣れるまで時間はかかるんだろうが、悪い"入り"じゃあない。
階段を降りるために角を曲がる直前、ちらりと背後を振り返ると、意外そうな顔をしている一年坊主共が見送ってくれた。

 

 

階段を下って歩いて、学食に着く。
連中がわらわらとメニュー板の方へ集まっていく頃、研磨が俺のシャツを引っ張った。

「…。別にここまでしなくても、おれ平気なのに」
「ん? 何が?」
「…」

素知らぬ振りして聞き返すと、研磨は俺を一瞥してからふいと視線を反らした。
間を置いて、またくい…とシャツを引く。
何だよ、と聞く前に…。

「…クロありがと」

ぽつ…と呟いて手が離れ、山本たちがあーだこーだ言ってるメニューの方へ一人で歩いていく。
…どうやら、少しだけ連中に懐いてみる気になったらしい。
俺が平気だと言ったのが多少は利いたんだろう。
満足して少し肩を竦めると、俺も研磨に少し遅れ、そっちへ向かうために足を踏み出した。


ハンドメイドゲヱジ




「…あ、そーだクロさん。この間のアレ、結局誰のでした?」
「ん?」

トレイ持って一番に戻ってきた山本が、座りながら言う。

「ほら、部室にあった忘れもんですよ。俺、まだみんなが使ってるケースとか覚え切れてなくて」
「ああ…。研磨のだった。昔から使ってるやつ」
「あー。孤爪かー」
「返しといた。…あいつ忘れもん多いから、悪ィけどちょくちょく気にしてやって」

弄っていた携帯に視線を戻しながら、何でもない風に言う。
胸は今更痛まない。
自分が最悪なのはもうかなり前から解っている話で、罪悪感を持ち出すよりも今後のメリットがでかいんだから、天秤が傾くのは仕方ない。
研磨が可愛い。
可愛くて仕方ない。
余計な虫はつけたくない。
だが、寂しい思いもさせたくない。

「…」

…それでも、バレない程度に溜息は吐いた。

 

 

自負している。俺のカゴは、研磨にとっていつだって居心地がいい。
頼りになる俺と、周りが怖いお前と、俺の通した信用できる気のいい奴が数名。
いつだってそんな感じ。
多少裏技的ではあるが…。

存外悪くない――だろ?



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柔らかい束縛です。
痛くも辛くもないから、その分強固。
そういうの得意そうですよねクロさん。
2014.11.15





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