一覧へ戻る


休日。
せっかくの休日だとか言っても、残念なことに大して平日と変わらない。
結局は登校時間と変わらない時間に学校に行く。
午前部活やって、帰り道にメシ食って、午後空いてる連中で適当に自主練して、更にそっから帰り道、研磨連れて土手でもう一度軽くダウン半分の自主練して…。
そんでようやく、家に帰って部屋に至る。
もう夕方だ。

「研磨。メシ食ってくか?」
「あー…。うん」

三十分くらいで終わんだろと思って、研磨を部屋に放置してテーブルで宿題していたが、不意に思い出してベッド上で寛いでいる研磨を振り向き聞いてみる。
相変わらず大して興味もないアプリで時間を潰している以外は何もしていないかと思ったが、今日は珍しく俺の枕元にぶんながってるバレーの雑誌を開いていた。
黒い布団の上に俯せに寝っ転がって、興味無さそうに細い指でページを捲ってる。
そこにいるのを確認してから、ノートに向き直りシャーペンの芯を親指でカチカチと押し出した。

「つーか今日、お袋遅ェらしいんだよな」
「じゃあ、クロが作るの? ごはん」
「お前作るか?」
「無理」

だろーな。
いつだったかみたいに、古典的に包丁で指切ったりするしな。
…ま、冷蔵庫ん中に魚解凍したやつあるとか言ってったし、焼けばいいだろ、焼けば。
研磨がいるんじゃ肉とかの方がいいかもしれねーけど、今日の気分は魚だ。
つーか、俺もこいつも魚派だし。
数式解きながら、棒読みで口を開く。

「これ、区切りいいトコまで終わったら下行くぞ。も少し待ってろよ」
「うん」

研磨程じゃねーが、頭は悪くない方なんだろう、たぶん。
そこまでガムシャラにならんでも、大体いい順位にいられるし、平均も悪くない。
いつもそこまで時間は取られない宿題を流れ任せで解いていく。
残り二問になったところで――。

――どん。

「あ…?」

不意に背中に重みを感じた。
肩越しに振り返ると、いつの間にか音もなく研磨がベッドから背後に移動していた。
真後ろにちょこんと横向きで座り、何故か俺の背中に頭の横をくっつけて、寄り添うようにじっとしている。
それでも目線は膝の上に垂れ下げている自分の手元で、両手の指先を合わせて互いの爪を弾いていた。

「…」

唐突な行動に呆ける。
じんわりと背中が熱くなり、微妙にくすぐったくて痒くなる。
半眼で上から研磨を見下ろした。
視線に気付いて、研磨の明るい猫目が上目に俺を見上げる。

「…どうした?」
「…? 何が?」
「いや、俺が聞いてんだろ。どうした。飽きたか?」
「んー…別に、そーゆーんじゃないけど…。…なんか、クロの背中だと思って」
「はァ?」

意味分かんねえ。
…と思いつつ、嫌な感じに熱が沸く。
妙に強張った俺の状況など察するワケもなく、研磨がぐりぐりとそれこそ猫が甘えるように俺の背に身を寄せてくる。
まるで自分の痒い所を俺の背中で擦ってるような、そんな感じだ。
自分のお気に入りの場所でも、俺の狭い背中で探す気らしい。

「――。お前…」

つい一秒前まで可愛いなと思っていたはずだが、何故か途端に胸中が黒く染まった。
あまりにも容易くこんな調子でかますから、危機感が生じる。

「誰にでもこんなことしてんじゃねーだろーな」
「こんなことって?」
「ぴったりくっついて来て、今みたいにどっかにぐりぐりする時あんだろ。暇で死にそうな時」
「…」

添えていた頭を少し浮かせ、一度目を泳がせて何かを思い出す仕草をする。
それをクールに、ただ見守る。
返答によってはシメる必要が出てくるが、俺の胸中が現在何色なのか知る由もない研磨は、素直に俺を見て応えた。

「…そういえば、クロ以外はしないかも」
「ほー」
「あ…。でもリエーフは時々俺の背中にぐりぐりする時ある。アップダウンの柔軟とかの時」
「…へえ」

なるべく平坦な声で応えながら、ガチッと片手に持っていたペンの頭を親指で奥まで潰し、先をテーブルに押しつけて芯を乱暴に収納する。
…あの野郎。
マジもう研磨とは柔軟組ませねえ。
微かに流れる俺の雰囲気の変化に気付いたのか、研磨は密着させていた体を少し離した。
少し身を前へ傾け、伺うように横から俺を見る。

「…重い?」
「重くねーけど。急にどうしたと思ってよ。…楽しいか?」
「あったかい」
「そうか。良かったな」
「…ん」

俺が迷惑がってないと分かった研磨は、再び背中にくっつこうとする。
横目でそれを一瞥してから、俺は宿題へ向き直った。
力任せに収納したシャーペンを指先でくるりと一回転させ、気を取り直して再度ペンの頭をノックする。
途中だった数式にいざ戻ろうというところで、研磨の体重が背中にかかった。
本当、ぴたり…と、背中にくっつく存在の体温と重さ。
――。

「…。研磨」
「…? な――」

キスの気分だ。
ぱっと掌開いてペンを捨て、ざ…っと左手を後ろに伸ばして背後の研磨の片腕を掴む。
自分の体を捻りつつ、研磨の体を前に持ってこようと力を入れ、顔が見えたところで顎に手を添え、驚いている表情へ顔を近づける。
…だが、一瞬前まで呆けていたその顔の、眉が寄った。

「っ…。や だ…!」
「…!」

不意に掴んでいた研磨の片腕が上がり、俺の片腕もそれに引っ張り上げられる。
近づけていた顔はそれで拒まれ、一度互いに身を引いた。

「…」
「…」

繋いだ手だけが間に残る。
その他に残るものといったら、微妙な沈黙だけだ。
…だが、それが案外、嫌いじゃない。
面倒臭そうな顔をしている研磨を前に、にやりと笑う。

「…拒否ったな?」
「だってしたくない」

研磨は俺に嘘を吐かない。
こいつの生意気な態度に最初は苛立ってた連中が、付き合うにつれて特別視していく要因はそこだ。
学校なんていう狭い檻に閉じ込められ、当然のように既に嘘偽りが蔓延る人間関係。
大人もそうなんだろうが、存外、俺らの年代もなかなか複雑で厄介だ。
だが、そんな中で良くも悪くも、研磨は嘘を吐かない。
相手が年上だろうと年下だろうと、偉かろうと惨めだろうと。
常に誠実だ。
裏表無く、偏見無く、悪意無く…誠実に人を視る。
それに気付いた瞬間から、こいつは突然極上で、手放せない存在になる。
そして散々誠実に人を視るくせに、一部を除いて平等に興味が薄い。
だからこそ、キモイとか暗いとかほざいていた連中が、いつの間にか躍起になってこいつの関心を得ようとするのを、もう何人も見てきている。
…今も、誘ってるんじゃなく、本気で嫌なんだろう。
直前のくっついてくるやつが誘ってるでも何でも無く、素でやるから恐ろしい。
嫌がられると何故か燃える。
微妙な顔をしている研磨の腕を掴み直し、体を詰める。
俺が詰めた分だけ、研磨が嫌そうに身を引いていくが、逃がす気は勿論無い。
俺は今、キスの気分だ。

「一回やらせろ」
「やだ」
「キスだけだって」
「やだ」
「メシ代」
「遊んでないで宿題終わらせてればいいじゃん。待ってんだけど」
「したらすぐやる」
「おれ、キスきらい」
「知ってる。熱いからだろ? …つーかあんま嫌がってっとセックスまですんぞ。すげー汗だくにして痛くして剥くからな」
「…」

死ぬほど嫌そうな顔が返ってくる。
会話しながらも追いつめて、片手で研磨の後ろ腰を掴まえる。
それと元々掴んでいる片腕で、嫌が応でも腕の中だ。
俺の手が後ろに回った段階で半ば諦めたのか、研磨が一瞬自分を支える俺の手を振り返ってから、睨んだ。
本気で拒否ってはいないが、本気で嫌がっている姿を可愛いなと思う。
そこまで痛いことしてやる気はねーが、こういうとこ基本がSかもな、俺。
ふて腐れている年下の幼馴染みに、逃がさないままずいと詰め寄り、額を合わせる。
陰った世界で睨み合う。

「一回」
「…クロめんどい」
「馬鹿言え。理解ある方だ」

数秒間そのままむすっとしていたが、諦めたらしい。
心底鬱陶しそうに溜息を吐いてから、目を閉じ、"あー"とやる気無く口を開いてキスを待つ。
奥のある赤い口内にぞくぞくする。
…最初っからディープで通して来たんで、研磨の待ちは基本がこれだ。
腰に添えてた手を添え直して整え、腕を掴んでいた手を離して遊ぶように指を絡めて、細い指のうち人差し指を選んで爪を親指で確かめるように撫でる。
実際キスは嫌なんだろうが、それでも信頼しきって投げ出される体は素直に嬉しい。
勲章もんだ。
声に出ないよう気を付けながら小さく笑って、開いた柔らかい唇にキスして舌を絡めた。
回数自体は多くはないが、毎回本気のキスをするから、尚のこと研磨はキス嫌いになっていく。
熱くて疲れて微妙に酸欠になって、力が抜ける面倒臭いキス。
その嫌いな行動を、俺の為にする。
目に見えて分かり易いそんな物差しに満足する。
やたらめったら"好き"だとか何だとか口にしねーし、したとしても場の流れで死ぬほど軽く告げるから、行動で確かめる回数だけが増えていく。

「…おい研磨」
「なに」
「俺のこと好きか?」
「今日はちょっときらい」

メシ食ってリビングでごろごろしてる途中に聞いてみても、この調子だ。
くつくつ笑って、隣に座ってクッションを膝に置き、さしたる興味もないテレビを見ている研磨へ片腕だけ伸ばし、頬を痛くない程度にむにっと抓る。

「テメーコノヤロー。誰がメシ作ってやったと思ってんだ」
「ひゃへへほ…」

抓まれたまま、止めてとまた鬱陶しそうに俺を見る。
抓んでいた指を離して、少し赤くなった頬をゆるりと撫でた。
首の横を擽ると、擽りやすいように反対側に首を傾けて眠そうにする。
…研磨は俺が好きだ。
間違いなく。
俺もこいつが好きだ。

――で、そこに何か、問題あるか?


Good holiday




今日もなかなかにいい休日だった。
もう少ししたら、冷蔵庫の中のプリンでも恵んでやろうかと思う。



一覧へ戻る


休日平日もべったり×約10年。
もう寧ろ一緒にいないと違和感レベルかなと思います。
クロさんは基本が溺愛。
2014.7.22





inserted by FC2 system