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「お待たせしましたー。特盛りステーキ丼と真鯛の冷やし茶漬け和膳でーす」
「おーっ!」

ファミレス店員にしてははっきりとしたよく通る明るい声色で、女性店員がテーブルへ膳を置いていく。
フォークやナイフなどの先に来ていた食器を既に持って構えていた木兎さんは、これ見よがしに歓迎すると嬉しそうに顔を綻ばせた。
ここのファミレスは部活上がりで土日等によく使うが、よくもまあこれを片手でここまで持って来られるものだと常々感心する。
去っていく女性店員の後ろ姿を見ながら、あの細腕にどんな腕力があるのだろうと考えてしまう。
因みに、今日は日曜日だが部活帰りでも何でもない。
時間帯は昼時少し前くらいだ。
昨日は一日、数校集まっての練習試合だったが、本大会並に心身ともに疲労しただろうと監督が休養日としてくれた。
確かに疲労はしていたが、それでも白熱した前日…惜しくも敗れた数試合を思えば、流石に何もせず家で過ごすということは辛く、木兎さんに誘われて近くのスポーツジムへ行ってきた。
まず普通の土日は殆ど部活なので、こうして休日にプライベートで二人出かけることは実はそこそこ珍しい。
これをデートと呼びたいところだが、そう呼びきれないのは同性であるという話よりも、日頃顔を合わせすぎているからなのだろう。
出かけてもどうしても先輩と後輩という関係性を無視できないので、部活の延長線上という感じだ。
それでも、俺的にはこの人のプライベートタイムを一部共有できるだけで満足している。
…ということで、目の前で早速箸でステーキを一切れ頬張っている木兎さんは本日"休日仕様"。
髪をセットしておらず、元々のどこかふわふわした髪質は自然に流れている。
いい意味での癖っ毛過ぎない癖っ毛は少し羨ましい。
体の大きささえなければ、言動と相まって本当に年下の少年を相手にしているような気分になりかける。
一応、自分にも恋人フィルターなるものがかかっているということを考慮した上で客観的に考えても、髪を下ろしている時の木兎さんは意外だが極々普通に"かっこいい"で、更にその性格を知っていると偶に体育館に覗きに来る女子たち曰くの"かわかっこいい"というやつになるのだろう。
箸を取ろうとして、まだ未使用で袋に入った状態のお絞りが一つあることに気付く。
既に一口食べていた気がするが、まあいいだろう。

「木兎さん。どうぞ」
「ん? …あ、手ね。ハイハイ」

それとなく木兎さんに差し出すと、箸を口に咥えて思い出したようにそれで手を拭く。

「あふぁーひのほれ、ふめたいはふけ?」
「…」

言っていることは分かるが、聞こえない振りをして片手を伸ばして木兎さんの口から箸を抜く。
ぷは、と自由になった口を開け、木兎さんはもう一度繰り返す。

「赤葦のそれ、冷たい茶漬け?」
「はい」
「冷たい茶漬けってどーよ?うまいの? 茶漬けあったかくねーとじゃね?」
「冷たくても美味しいですよ。ダシが利いていれば」
「へー。後で一口頂戴!」
「いいですよ」

木兎さんから取り上げた箸を、ステーキ丼の器の隣に箸置きを添えて置く。
両手を拭き終わった木兎さんはすぐにその箸を再び取ろうとして、はた…とその動きを止めた。
食欲を前にしてこの人が止まることはあまりないので少々驚いていると、突然ポケットの中から携帯を取り出してきた。
あ…と思い、思わず顔を顰める。
木兎さんは携帯をカメラモードにすると、今から食べようとするステーキ丼に標準を合わせた。
パシャ…!と如何にも機械的な音が耳を突く。

「今日の昼メシ~♪」
「…木兎さん」

はあ…と小さく息を吐きながら名前を呼ぶと、木兎さんは首を傾げながら視線を上げる。

「ナニ?」
「毎回毎回、食事の写真を撮るのはどうかと思うんですが」
「ん?」
「食事前にいつも写真を撮ってますけど、それ撮ってどうするんですか」

指摘する。
部活中や学校生活中は勿論そんなことはないのだが、こういう時に外で食べたり…あとは、どちらかの家で作ったりする時は、毎回こうして写真を撮っている気がする。
自分があまりそういったことに興味がないせいもあるだろうが、今から食事を取ろうとする時にカメラを構えられて撮影に入られると、何となく興を削がれるものがある。
俺の質問に、木兎さんは悪気無く携帯を構えてみせる。

「どうって…見直す?」
「本当に見直してます?」
「あんまし」
「撮らなくてよくないですか?」

箸を茶碗に添えて両手で持ち、椀を傾けて一口ダシを口に含む。
…濃い。
味があまり好みではなくて残念に思いながらも、椀を置いて改めて箸を持つと、木兎さんが半眼で俺を見ていたことに気付けた。
口をへの字に曲げているその表情は、怒っているという程強いものではないが、不満があるときの顔だ。
先輩の行動にダメ出しとか、踏み込みすぎなのかもしれない。
…が、この食事前に写真というものがどうにも好きになれない俺としては、先々のことを考えれば考える分だけなるべく止めて欲しいと思っている。
木兎さんという先輩への尊敬を極力失いたくないということと、パートナーとしてのこの人に、少しばかり俺の感性にも妥協して欲しいという願いと両方ある。
何というか…この人との食事を邪魔をされた気になるのだ。携帯に。
自分でもよくは分からないが。
…不機嫌顔の木兎さんを見て、言い過ぎたなと早々と折れる。
できれば止めて欲しいが、できないのなら構わない。
折角の休日を、こんなことで棒に振る気はこちらも無い。

「すみません、何でもありません。気にしないでください」
「気にするっ!」
「…」

流そうと軽く続けた俺の言葉を、木兎さんが三倍くらいの勢いで返してくる。
面倒なことになった。
今言うことじゃなかった…。
自分の言葉を後悔しても遅く、微妙にムキになった木兎さんは俺に問いかける。

「俺の勝手だろ!」
「いや…勝手ですけど」
「別にいーじゃんっ。理由はナニ!理由は!?」
「何というかまあ、行儀的に」
「今時な、ンなこと言ってんのは日本中であかーしだけっ!」
「そうかもしれません。いらないことを言いました。…ところで、よかったら一口どうぞ」

自分の前にある膳を木兎さんの方へ差し出すと、まだまだ納得できない顔のまま、ぷんすか絵に描いたようにご機嫌斜め状態で、それでも引き寄せて俺の注文した和膳を食べる。
不一致なその言動が子どものようで面白くて、声に出さないようにはしたが、思わず曖昧に苦笑してしまった。
…本当は止めて欲しいのだが、まあいいか。
そもそも、止めて欲しい理由も俺の謎の感性なわけだし。
LINEはやるが、イベントでもない限り写真は滅多に撮らない。
おれ自身が余り携帯に依存していないということも、妙に木兎さんの行動が引っかかる原因の一つなのだろう。
本来、機械に邪魔された気分になるという考えの方が、妙なのだ。

「…」

どうせ、すぐに機嫌は直るだろう。
そう高をくくっていたのだが、店内での会話はそれ以降抑え気味になってしまい、いくらか回復はしたものの、店を出た時も多少違和感を生じるくらいにはまだ引きずっているようだった。

 

 

このままでは良くないな…。
駅までの道を歩きながら、そう判断する。
不機嫌はどうやら形をひそめてくれたようだが、木兎さんはどこかぼんやりとしている。
"気分が乗らない"状態だ。
若しくは、"気持ちがここにない"。
察するに、何か考えているらしい。
言葉数が極端に少なくなるのも、行動が突然大人しくなるのも大方そういった時だ。
「食事の写真をあまり撮らない方がいい」という俺の発言が、木兎さんの方で妙に引っかかっているらしい。
予想だにしなかった。
そんなに勘に障る発言だったのだろうか。
別に撮りたければいくらでも撮っていい。
そこまで強く主張したつもりはないのだが。
…。

「木兎さん」
「んー…?」

ぼや…と木兎さんが返事をする。
何処かへ行ってしまっている彼の興味をここに引き戻す為に、敢えて核心を突く。
この人相手に回り道していても伝わらないし、罠をしかけてみたところで持ち前の突進力で意外と引っかかってくれないのだから、真正面からぶつかっていくのが最も近道らしいということが俺の中でのこの人に対する攻略法だ。

「先程はすみませんでした。余計なことを言って」

言うと、木兎さんがひょいと俺を振り返って俺の目を見た。
興味はここへ帰って来てくれたらしい。
…が。

「ああ…。うん」
「…」

その後は突然しゅんとした状態で眉を寄せられ肩を落としたので、逆に俺の方が驚いてしまった。
…え、何だ?
そんなに悄気ることだとは思えないのだが。
予想の範囲外のことが起こり、空かさず対応を考える。
木兎さんが何故そんなに引きずっているのか分からないが、この問題は早いところケリを付けないと後々確執になる。
裏表の無い、感情がストレートに出てくるタイプのこの人との間に確執なんて、そんなの致命的に他ならない。
ここは含みをいつまでも手持ちにしておくものではないなと判断し、内心少し焦りながら俺は口を開いた。
…本当は、あまり言いたくないのだが、仕方がない。

「カメラの話ですよね。引っかかってるの」
「…。んー…」
「すみませんでした。そんなに気にされるとは思いませんでした。発言に至った俺の方の理由を言います」
「…理由? マナー的にねーわって話だろ?」
「いえ、それもあるんですが…。ああして携帯取り出して写真を撮られると、何か、邪魔された気分になるんです」
「邪魔? …何を?メシを?」
「まあ…。直接的に食事をというよりは、木兎さんとの食事の時間を、というか…」
「んー?」

俺の言葉が予想外だったのか、木兎さんが足を止めてきょとんと俺を見る。
つられて俺も足を止めた。
刺さる視線が痛く、今度は俺が気落ちする番だ。
…ああ。
改めて口に出すと改めて馬鹿らしい。
世の中にカメラ相手に嫉妬する奴とか、いるんだろうか。
俺だけかもしれないと思うと、余計に馬鹿らしくなってくる。
木兎さんの反応的に見ても、そんなことは考えも着かなかったという感じだ。

「行儀云々は二の次で…幼稚な感情でした。ですので本当、気にしないでください」
「邪魔って……あー。よく分かんねーんだけど、携帯にってこと?俺の携帯なのに?」

首を捻って木兎さんが不思議そうな顔をする。
…そりゃそうだ。
普通は気にしないのだろう。

「個人的な指摘でした」
「ふーん…。俺が携帯に夢中になってっと、それが嫌って話?」
「そーなるんですかね」
「でもLINEとかはお前何も言わねーじゃん」
「まあ…。自分でもその辺はちょっと分からないんですけれど」
「…嫉妬ねえ」

信じて無さそうな顔で、木兎さんが目を伏せる。
暫く何か考えることにしたらしい。

「んー。そっかそっか。嫉妬かー。……う~ん」

何やら悩ましげに眉間に皺を寄せたかと思うと、木兎さんは片手を腰に添え、もう片方で俺の肩をぽんと叩いた。

「んじゃーまー、もういいよ。許す!ちょっと残念だけど!」
「…どういうことですか?」

木兎さんの言っている意味がよく分からない。
ちょっと残念ということは、俺の出した理由がこの人の希望にそぐわなかったということだ。
単純にマナー的な意味で言われてカチンと来たのなら、その裏にあった俺の嫉妬という理由はまだマナー的な意味よりは受け容れやすいような気がするのだが、それもこの人が望むものではないらしい。
望むものではない…ということは、言い換えれば木兎さんの中で"模範的な回答"があるということだ。
本来、俺はそれに乗らなければならなかったのだろう。
だが、全くピンと来ない。
俺が疑問を投げると、木兎さんは歩き出しながら軽い調子で告げる。

「ずーっと前に、赤葦がさー」
「はい」
「俺の食事が偏りすぎてるって言ったじゃん。覚えてる?」
「…」

言われて思い出した。
自分の選んだポジションがセッターで、必然的にエーススパイカーである木兎さんの観察を初めて一緒にいることが多くなり、この人の生活をあれこれ目にする機会が増えた。
兎角、木兎さんは肉食だ。
学校生活の昼休みも、部活の打ち合わせや話し合いを含めて学食で一緒に取るようになったら目の当たりにする偏りまくった食事が気になってしまい、うっかりやってみてしまった栄養管理で出来上がったグラフを見て無視できなくなった。
我ながら、厄介なことをしてしまったと遠い目をしたものだ。
それとなく監督に言ったら、監督も同じように考えていたようで更に話はリアリティを含んできた。
体を動かしているので肥満になる心配などは全く無いのだが、今以上に効率が良い栄養の取り方も、その当時では足りなかった栄養もある。
バランスの悪さを無視できなくて、サラダを付けさせたり野菜スープを付けさせたり口を挟ませてもらい平日の食事はある程度把握はできるようになったが、土日祝日や夜食、間食などが心配で…。
露骨に面倒臭そうに渋い顔をしている木兎さんに、口を酸っぱくして何度も――。

――いいですか、木兎さん。
面倒でも、食べるものは写真撮っておいてください。
撮るだけでいいです。
後で俺が…。

自分の声が記憶の中で響く。
…そうだ。
何か、前にそんなことを言ったような…。

「お前がさ、何か変なグラフみたいなの見せてきてさー。最初はあれやれこれやれ言ってたけど、全部メンドイからやんない!って言ったら、"じゃー俺がやるから写真だけ撮っとけ"って言ってたやつ」
「…思い出しました」

確かに一時期やっていた。
無理矢理にでも一時期やったことで木兎さんの方もある程度の指針というものが漠然と分かってくれたようで、それ以降は必要最低限の野菜など取るようになってくれた。
漠然とでいいから理解してくれればそれだけで随分食生活というものは変わってくる。
それに、丁度マネージャーが手空きになったこともあり、以降はわざわざ計算することはなくなったが。

「もうアレ全然やってねーけど、ちょっとだけ癖ついたっぽいんだよな。いつもじゃねーけど、お前といるととっとこーかな、的な」
「…」
「赤葦きーてる!?」
「ああ…。はい」

今度は俺の方が呆けてしまった。
予想の範囲外だ。
理由を述べたせいか、今は不機嫌さは全くなくなったが、いつもの調子でそれでもどこか残念そうに木兎さんは肩を落とす。

「最初はさー、オギョーギどうこう言われたんだと思ってムッとしちゃったわけだけど、そのうちそれ思い出したわけ。けど、お前はそこじゃねーじゃん? 後からじわじわ"赤葦アレ全っ然覚えてねーし"ってのが地味にショックっぽかった。俺ばっかかよ!みたいな」

慣れもしない猫背に敢えてなり、如何にもがっかりしてますみたいなモーションと声で溜息を吐かれる。
…衝撃だ。
本当に、今思い出した。
随分前だが、そんなことがあった。
それを木兎さんが覚えていてああいう行動になるのか。
食べ物の写真ばかりいつも撮っているように見えたのも、俺といるとそれを思い出すからというのであれば、確かに他の人といる時よりも、俺が撮影現場を目的する機会が大いに決まっている。道理だ。
すっかり忘れていて申し訳ないという気持ちが生じる。
…が、同時に、俺の取った言動がこの人の中で蒔いた種のように根付いているというのが、ちょっとした衝撃の如く嬉しかった。
ふ…と気が緩む。
緩む口を隠した方が良かろうと、左の手の甲を口元に軽く添えたが思わず吹き出した。

「…すみませんでした」
「ムッ。絶対思ってないっ!笑ってるじゃん!!」
「思ってます」
「思ってないし!」
「思ってます。そんなこともありましたね。…けどじゃあ、俺との時は構いませんけど、目上の人といる時や正式な集まりの時は止めた方がいいと思いますよ」
「むー…。それが、他の連中といる時は忘れたりしてるから、あんま思い出さねーんだよな。考えたら、やっぱそこが始まりだったから赤葦といるとカメラ撮ってたかも。見る?」

言いながら、木兎さんが携帯を操作して渡してくる。
開いてあるアルバム一覧は極端で、合宿中にちらちら撮ったようなものやちょっとした景色、あとは殆どが食べ物の写真で、確かに、俺にとっては更に見覚えがあるものばかりだ。

「これ、こないだ作ってくれたやつ」
「ああ…はい。写真撮ってたんですね。…あー。合宿中のメニューも撮ってあるんですか」
「そ。去年とかはー…ホラ!この辺はそのグラフがどーとか言いだした時だからめっちゃ撮ってる!」
「初期のはちみつレモンまで…。消してくれませんか、それ。輪切りできてないやつですよね」
「そー!斜めになってるやつ!薄くて食いやすかったけど?」
「今はマネージャーたちが綺麗に作ってくれますから、有難いです」
「でもアイツらの味微妙におしくね? 女子味覚の味してる。もーちょいがっつりでもいいよな? お前の作ってたやつのがうまかった。また作って!」
「お二人に喧嘩は売りたくないので部活には持って行けませんが、それでよければ」
「え~…? 部活中の休憩に食うからいいのに」

ただの食べ物の写真だが、不思議なものでこうして見るといつどこで食べたものかを、何となく思い出せる。
…つまり、この食べ物の写真の大半が、俺といる時の写真なわけだ。
アルバムを閉じて、木兎さんに返す。
その頃には、気持ちは驚くほどすっとしていた。
いっそ誇らしくもあるくらいだ。

「ありがとうございます」
「おー。…でもま、お前の言う通りかも。バーベキューとかみんなでわいわいする時は別としてさ、あんまメシ時に写真撮るってのも何かアレだよな。女子っぽいっつーか…。もー止めるか」

携帯を口元に添え、半眼で木兎さんが呻く。
きりっとそれに返した。

「いえ、止めなくていいと思います」
「ン?」
「いっそ続けましょう」
「言ってるコト違う!!」
「有りだと思っただけです」

喚く木兎さんの声で、通行人の何人かが不思議そうにこっちを振り返った。
…俺自身写真に写るのは好きじゃない。
だからカメラを向けられるとまず避ける。
だが、こうして食べ物の写真という形で木兎さんの携帯に残っていくのも、興有りで面白い気がしてきた。



あの日何食べた?




午後もぶらぶらしたかったが、実は試験が近い。
まだ試験準備期間ではないのだが、部活が休みならば勉強しておくか…くらいには近いので、木兎さんちにお邪魔して簡単な勉強会の予定だったが、当然この人は早々と飽きてテレビゲームで時間を使うこととなった。
ちょうどそろそろ帰ろうかと思っていた夕方頃、木兎さんの母親から連絡があり、帰りが遅くなるということを聞いた途端、木兎さんが渋り始めて結局他人様のキッチンで簡単な夕食を作ることになった。
木兎さんが「これ焼いてくれればいい!」というので、冷凍庫にあった牛肉を解凍して焼いてしまったが、この人は昼も肉類だったので野菜を少し頂いてスティックにして冷やす。
サラダはあまり自主的に食べないくせに、野菜スティックだと食べやすいのか抵抗無く齧るのは実証済だ。
あと今日は豆類も摂っていないだろうと予想し、食べるか食べないかは分からないが、納豆などもそっと端に置いて、薬味も数種類揃えてみる。
薬味を小鉢に揃えるだけで、随分違っていたりするものだ。
薬味は少量でも意外と馬鹿にできない。

「うまそーっ!」
「焼いただけですけどね」

借りていたエプロンを外しながら俺も食卓の方へ行く。
俺は家に帰ってから食事の仕度があるだろうから食べないが、代わりに野菜ジュースを一杯頂いた。
雑な本日の夕食を見てにまにましている木兎さんに、悪戯めいて言ってみる。

「写真、撮りますか?」
「おお…!撮る撮る!」

はっと思い出したらしく、木兎さんが携帯のカメラをテーブルの上の皿に向ける。
家なら、何一つ遠慮することも周囲を気遣うこともない。
好きなだけやってもらおう…と、見守る側のくせに妙に晴れ晴れとした気分でイスを引き、木兎さんの正面に腰掛けさせてもらう。
構えていた木兎さんは、すぐ撮影するかと思いきや、ぱっと顔を上げた。

「そうだ!赤葦、手貸して!」
「…手ですか?」

言われたまま差し出した片手を、木兎さんがぎゅっと握る。
一瞬ぎくっとしたが、そのまま、下にある皿と一緒に写真を撮った。
パシャ…!と軽い撮影音。
けれど、自分に好意的な理由を聞けばこうも耳障りでなくなるのだから、人間は単純だ。

「握手ですか」
「そう!メシだけより、いつ撮ったかすぐ分かるだろ?」
「手で食事が隠れませんでした?」
「ん~…。…いや、平気!ホラ、撮れてる!!」
「ああ…はい。よかったですね」

嬉しそうに、顔の横に掲げて携帯で今撮った写真を見せてくる木兎さんに苦笑しながら、充実感を感じつつグラスを傾けた。

この人は、いつも俺の予想斜め上を斬り込んでくる。
笑えるくらい防ぎようが無いのが、本当に面白いなと思うのだ。



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前から木兎さんの世話は赤葦さんのお仕事。
ちょっと価値観はずれてるけどトータルらぶらぶなのが兎赤の醍醐味ですよね。
しかしウチの赤葦さんは本当に木兎さん好きだな…。
2016.6.25






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