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ごろごろ部屋のベッドで俯せになってアプリを弄っていると、不意に足を掴まれることがある。
首を伸ばして背後を振り返ると、大概クロが俺の靴下を下げていたりする。

「…。何?」
「んー。何か…。痕つけてー気分」
「ふーん…」

別に嫌じゃないから、放っておく。
時々あることだし。
アプリに視線を戻して暫くして、がぶっとクロが脛あたりを噛む。
強くはないから、痛くはない。
ちょっと"ぱくっ"てする感じだ。
あとは舐めたり。
噛んだり、キスしたり。
…。

「…足が好きなの?」
「あ?」
「おれ、別にいいけど。見られたって」

告げると、クロがくつくつと喉で笑って片手を伸ばした。
わしゃわしゃと髪を撫でられ、雑だけど、気持ちよくて目を伏せる。


All are difficult




「上半分に残せねーだろー」

床に座って背後のベッドによりかかって片腕乗せて、投げやりにクロが吐き捨てる。
ベッドから引きずり下ろされたおれは、そのまま下ろされた場所である胡座をかいてるクロの片足の上に乗って、クロがベッドにそうしているようにクロに背中を寄りかからせた。
斜め後ろ上を見上げるように、首を回す。

「キスの痕?」
「着替えるしな。部室で」
「何でそんなに残したいの?」
「独占欲」

片手でしつこくおれの髪をわさわさ悪戯げに撫でながら、肩を竦めるクロ。
…へー。
少し窓の外とかを見て、またクロを振り返る。

「…足が好きなのかと思ってた」
「嫌いじゃねーけど。単に、上半身ダメだろって話」
「ホントはどこがいいの?」
「全身」
「…。大変だね」

他人事のように頷く。
おれはされる方だしあんまり気にしないからいいけど、きっとする方で色々気にするタイプのクロは、毎日大変だろうと思う。
おれはクロが誰と喋っていてもあまり気にならないけど、おれが喋った相手でクロが知らない奴だと、あいつは誰だとか、絶対聞くし。
翔陽の時とか、実はちょっと面倒だった。
…でも、そうか。
本当は足じゃなくて、全身に痕つけたいんだ。
別にいいと思うけど…その辺も、おれよりもクロの方が自分的にアウトらしい。
大変だな、クロ…。

「じゃあ、部活終わったらすれば?」
「あのな…。何か忘れがちっぽいが、お前より俺のが一年先に終わんだからな?」
「え…。クロがやめたら、おれもやめるけど。部活」
「…。……は?」

一瞬置いて聞き返したクロに、ビックリしてぴくっと耳を立てる。
何が気に触ったのか、突然不機嫌だ。
今、クロの低声に背中がぞわっとした。
…。
少し顎を引いて足下を見下ろしてから、もう一度クロを上目に見る。
やっぱりさっきとちょっと違くて、クロは顎を上げて上からおれを睨んでいた。
もう一度目線を下げて、両手の指先を合わせたり離したりしてから、もう一度見上げても睨んでた。
…。
何か怒ってるし…。

「何で止めんだよ?」
「え、てか…。逆にやめちゃダメなの?」
「お前がいねーと始まんねーだろ、ウチのチームは」
「でもおれ…。あんまりバレー自体は、好きでも嫌いでも無いし…」
「…。お前な…。あんだけやれててまだ好きになれねーのか…」

片手で顔半分を押さえ、はあ…と呆れるようにクロが溜息を吐く。
キレたかなと思ったけど、その溜息で空気が緩んだのが分かった。
怒りにはいかなくて、呆れる方に進んだらしい。
よかった。
ほっとする。
クロ、怒ると恐くて、ちょっと面倒だから。
クロはバレーが、スポーツとして好きだ。
ロマンを感じる愉しいゲームらしい。
ぞくぞくして、猛禽類の鳥の気持ちになるらしい。
空を跳べるんだってさ。
確かに、下から見上げるクロのアタックの位置は高い。飛んでるみたい。
だから好きなんだって。
…けど、おれはちょっと、その感覚が、よく分からない。
クロがやってるからやってるだけ。
勝てるとチームのみんなが嬉しそうだから、負けるより勝てた方がいいなと思うだけ。
おれは、バレーが好きなわけじゃない。
一緒に遊んでくれるみんなが、ちょっと、他の人よりも好きなだけだ。

「…何か、お前が夢中になれる切っ掛けでもありゃいーがな」
「うーん…。どーだろーね」
「あったらあったで、俺が軽くキレそーだけどな」
「ああ…うん。そんな気がする」

もう怒ってないかな…と、そろそろ様子を窺うおれの頭に、ぽんとクロが手を置いた。
撫でられて目を伏せる。

「でも、おれがやめちゃダメだと、当分痕は残せないんじゃないの? クロのあとも一年あるから、おれ部室で着替えとかするし」
「そーなんだよ…。ヤってる途中もギリギリでそこ保ってる俺がすげーよ」
「すごいね」
「だろ」
「うん。…代わりに、よく舐めてるけど」
「噛んだり痕つけねーだけ褒めとけよ。…ま、暫くは口と足で凌ぐしかねーな。俺が受験終わってお前がフリーになったら歯形つけまくっから、覚悟しとけよ」

クロが素っ気なく言って、ベッドの上に投げ捨ててあった自分の携帯を後ろ手に掴む。
メールでも入っていたのか、ガラケーをカチカチ弄り出すその膝に乗ったまま、何となくまた窓の外へ視線を移した。
晴れてる。
もう少し日が落ちて涼しくなったら、きっと土手行こうとか言い出すんだろうな。
…。
うーん…。
でも、やりたいのにやれないのは、可哀想だな。
クロがやりたいならやればいいなと思うけど、それに自分ルールがくっついてるんじゃ、おれにはどうすることもできないし…。
ちょっと考える。

「…。じゃ、口にもしとけば?」
「あ?」

不意に思い立って、またまたクロを振り返る。
携帯弄っていたクロは、ちらりと視線だけでおれを見た。
明るい色したおれと違って、色の深い、濃い虹彩。
夜みたいで好き。
見てると落ち着く。

「やっていいところ。口は痕残んないから。もう一回、足でもいいけど。…靴下、脱ぐ?」
「…」

自分の右足首に手を添えて、何となく聞いてみる。
下げられた靴下はその後元に戻されて、ぱっと見今は普通だ。
クロがもっかいやりたいなら脱ごうかなと思っていると、不意に後ろから腹部に片手を回された。

「――!」

ぐっ、と回された腕に力が入り、体が一瞬持ち上がる。
ベッドが軋み、はたと気が付くと、下ろされた時みたいに片腕一本でベッドに引っ張り上げられていた。
横たわってぱちぱち瞬いているおれの頬に、ぴたっと広くて熱い手が添えられる。
遅れて目線を上げる、床に膝立ちしてるクロが、少し怖いくらいの真顔で上半身を傾けて顔を近づけていた。
ちょっと本気になられると、何でか分からないけど、見えないナイフを喉に突き付けられている気がする。

「…」

…あ、キスだ。
腕を上げて、顔を詰めてくるクロの肩に手を置く。
あ、と口を少し開けておくと、間もなく唇が重なる…というか、口が合わさる、って感じの方が正しい気がする…。

ぱく、と隙間なく塞がれる感じと、舌引っ張られる感じが好き。
…引っ張られすぎると喉痛くなるけど。

 

 

 

「……あ」
「あ?」

はたと思い立って、声が出た。
隣で頬杖つきながら、またおれの髪弄ってるクロを見る。

「クロ」
「何だよ」
「ここもバレないと思う」

片手で、自分の後ろ髪を下から上へ上げてみる。

「首の後ろ」
「はは…。いや、どーだろーな。危ねーとこだろ。練習中とか、結構見えんぞ、そこ」
「そう?」
「この間、夜久がそこ虫に刺されてんの、お前見つけてたろーが」
「あー…。そういえば、そうかも…」
「お前の方が断然髪長ぇけどな。どのみち止めとくわ」
「…」

いい案だと思ったのに…。
僅かに目を伏せたおれを、クロが鼻で笑う。
それから、おれが今持ち上げたうなじ辺りの髪を手櫛で撫でる。

「やっぱ暫くは、口と足な」
「うーん…。なんか…むずかしいね」

撫でた後に首の後ろをこしょこしょされて、気持ち良くて重ねた自分の腕の中に頭を埋めて目を伏せた。



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クロさんはブチって来なければTPO弁えてると思います。
分かってて飼い殺されてる愛猫な感じの研磨君が可愛い。
2014.6.27





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