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奴にその気があるのは知っていた。
距離だってあるのに、何でそんなに親しいのかよく分からないが、どういう訳かやたら気に入ってたみたいだったし。
日本の方で断りゃいいのに、あいつら揃ってトロいから妙に仲間意識あるみたいだったし。
…くれてやろうかと思って持ってきた茶葉。
帰り道にさしかかった川で、橋の上から全て開けて流した。
心が冷えてるのが分かる。
久しぶりだな、この感覚…。
最近は結構丸くなってたのに。
中身の無くなった紅茶の袋を片手で握り潰し、ポケットに押し込んだ。
まださっき聞いた低い息づかいが耳に残ってる。
つい数分前。
訪れた日本の軒先で、うっかり日本と希臘がキスしてるのを見かけてきた。

「…」

…ところで、俺の家にはこんな諺がある。

All's fair in love and war.
恋と戦で手段は選ぶな。

Superiority complex


実行に先だって用意する物がいくつかあった。
どれもこれも案外手に入りやすいものだが、日本に似合うものをと考え出すと凝り性で結局特注になったりする。
一番難解なのは本人をどう連れ入れるかだが、新しい薔薇を見せてやると言うと、素直に手土産を持って、微笑みを携えてやってきた。
ちょっと前までは、約束があると窓際に立って外を眺めてて、日本の姿が見えたら門に飛んで行き俺自ら門を開けてやってたけど、今回はあんまり気乗りしなくてメイドが門を開けて日本を通すまでの間、たっぷり時間をかけてたらたらと階段を下っていった。
何の疑問も持たず、招いてやったことに礼を言ってから近状を報告し、揃って庭を歩いた。

「相も変わらずお美しいお庭ですね」
「ああ…」
「…どうかなさったんですか」

数歩先を歩いていた日本が振り返り、俺も顔を上げる。

「何が?」
「随分とお疲れのようにお見受けしますが…」
「…」

俺のことを心配してくれてるのか。
そっと右手の指が伸びて俺の左頬に添えられた。
…やっぱりどこか違和感がある。
日本の優しい所、綺麗な笑みを見れば見るほど、裏切られた気分は膨らんでいく。
冷静に考えると裏切りっつーか、完全に一方的な思いこみだけどな。
分かっていて頭の中で天使が計画中止を主張するが。

「…いや。平気だ」

日本の手首を取って、頬からやんわり降ろさせる。

「テラスにお茶の用意をしてやったから、休憩しようぜ」
「あ、はい…。お気遣い、痛み入ります」

踵を返して歩き出す俺の背後から、不安げな日本の声が聞こえた。
さすがにいつもとテンションが違う俺を訝しんでいたが、差し出した紅茶に何か入れてるとか、そういう具体的なことまで疑ってはくれなかった。
ひょっとしたら俺は、こいつに気づいて逃げ出して欲しかったのかもしれない。
…。


「…なんかもう、駄目だな、俺」

数十分後。
テーブルを挟んだ向こうで伏せている日本の顔すら見られず、両手で顔を覆って深々と諦めの息を吐いた。
格好悪…。
つーか、このご時世に最悪っつーか何つーか…米国でもしねえぞこんなの。
紳士とは程遠い自分の我が儘に疲労を覚えつつ、もう一度息を吐く。
あー…。
間をおいて、のろのろ目元から両手をはずし、顔を上げた。
伏せてる日本の顔は見られないが、日差しを受けて白く反射する黒髪を眺める。
…目線を外さないまま、テーブルから肘を浮かせて背もたれによりかかった。
足を組む。
片手だけをテーブルに置き、指先でコツコツと二度叩く。
どうしようもない後悔とどう表現していいか分からない嬉しさが両立していて、何かもうぐちゃぐちゃだ。
どうでもよくなってくる。
取り敢えずはっきり胸にあるのは優越感。

「…。…ざ ま あ み ろ」

この場にいない相手に向かって独り静かに勝利宣言しとく。
ざまあみろ。
悔しがれ。
俺に楯突くお前は前から目障りだった。
お前がいない場所でなら、俺はもっと優しくなれる。
せいぜい這い蹲って探せばいい。

もうお前には逢わせない。




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嫉妬する紳士さんは大好きです。
泣いている紳士さんはもっと好きです。可愛い。
2011.10.16





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