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アイスから聞いた話。
それまで傍にあったものがある日突然なくなると生活リズムが狂うという。
その個体が好きだったかとか嫌いだったかそういうレベルじゃなく、そもそもそういうものらしい。
…だから別に。

「vi ses,Norge.…Jeg elsker dig」
「…」

明日から自分を抱く邪魔な腕が消えて、暫くの間多少俺が動く気がしなくなったり、眠る気もしなくなったとしても。
部屋やベッドが広く感じたり、時折呼吸を忘れ呆けたとしても。
それは一切の不思議も特異な感情もないものなのだと、随分安心した。

Jeg ikke avhengig av deg



唐突に壁の飾り時計が聞こえた。
いつもは寝ている間定期的に鳴っているんであろうそれに不意に意識が浮いたのは、連日の会議でここ最近なかなか深く眠れていなかったからだろうと思う。
目を伏せたまま仰向けになっていた身体を横にし、枕に顔を埋めて何気なく片腕をぱたりと真横に伸ばして落とし…。
その手が何にも触れなくて、ゆっくりと目を開けた。
…。
少しぼんやりしてから、軽く顔を上げる。
カーテンをきちんと閉めなかったらしい。
窓から数センチ程度の細い月明かりの線が一縷だけ差し込んでおり、ベッドの輪郭を形取るように屈折してシーツの上を横断していた。
僅かなその明かりに照らされ、紺色に染まった自分の片手だけが視界に写る。

「…」

俯せになりシーツに肘を突き、のそりと身を起こした。
邪魔な横髪を一度片手で掻き上げ、目を擦ってから両足をベッドから降ろす。
時計を見ると深夜と呼ぶには遅く、早朝と呼ぶには早過ぎる時間だった。
…。
…眠い。
そこでまた少し呆けてからサイドテーブルに折り畳んであった衣類を見つけ、取り敢えず下とシャツだけ着ておく。
ボタンを全てかけるのは億劫になり、上半分留めてから立ち上がった。
広い一室。
繊細な家具。
磨き抜かれた床は素足で歩くとひたひたと軽い音がした。
ドアノブに手を掛けて廊下に一歩出た所で。

 __がんっ!

「ふごっ!?」
「…」

開け放ったドアの向こうで豚が鳴くような声がした。
…が、別にだからどうしたという訳ではないので、そのままぱたりとドアを閉めてから横を向くと、片手で赤く染まり始めた鼻頭を押さえて顔を顰めた阿呆が立っていた。

「いぃってえ~…っ!」

一歩よろけながら後退する姿を寝ぼけ眼で見据える。
低い鼻を撫でながら一歩引いた足を戻して俺の目を見返しては、ちょっと驚いた顔を作る。

「おお。何だノル、起きちったんけ。寝ちろって。まだ朝じゃねえぞ」
「…」
「ん?どした~?? …ははぁ~ん。さては起きて俺がいなくて吃驚したな。ばーか、ちょっと喉が渇いて水飲みに出ただけだって!お、そうだ。おめも何か飲むか? 持ってきてや……おい?」

寝起きの頭に馬鹿でかい声はがんがん響き、一瞥くれた後に顔を背け、ずっと握っていたドアノブを再び引いた。
今さっき閉めたばかりのドアが小さく鳴いてまた口を開け、ベッドルームに戻ってすぐ後ろ手にドアを閉めた。
…ひたひた歩いて、まだ温かさが消えていないベッドへ戻る。
膝を乗り上げ、枕の位置を直して布団をばさりと広げた頃に、丁抹が遅れて部屋に入ってきた。
気にせず布団に潜り、背を向けて目を伏せる。
足音が徐々に近づき、ベッドサイドでそれが止まる。

「…なーに。本当に驚いたんけ」
「…」
「何かや~な夢でも見ちったか~?」

髪を撫でる手に苛つける程眠くなかった訳じゃなく、相手にするのも面倒で大した反応もしなかった。
再び眠りの淵に沈んでいこうとした矢先、ベッドが軋み、圧がかかる。
一瞬風が通ったのは毛布を返したからだろう。
…間を置いて、背中から腕が伸びた。
肩を抱かれ、重いとかどうとかよりも単純に寝間着の布地が寒い…が、廊下に出て冷えた腕も数秒経てばそうでもなくなるらしい。

「もー出歩かねぇから、ゆっくり休めな。…な?」
「…」

鬱陶しさに、僅かに一度目を開けた。
項にキスされた時は肘鉄でも入れようか迷ったが、結局睡魔に勝てず瞬きをしてそのまま再度目を伏せる。
明け方までまだ時間はある。

俺より先に寝息が聞こえだした頃、そっと肩を抱く手の甲へ頬を擦り寄せた。



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ツンデレ。
諾さんは恋人にするとめちゃくちゃ可愛いはずだ。
2011.11.22






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