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小鳥の囀りが窓の向こうから聞こえる。
小さく呻きながらごろりとベッドの上で寝返り、朝陽の差し込む窓に背を向ける。
律儀に起こしてくれるのはいいが、もう少し眠っていたい。
ああでも、今日はそれなりに大事な内部会議があるんだよな…。
ち…。当初は今日も休日のはずだったってのに、何でこの俺が上司やら部下やらの都合で休日まで返上しなきゃなんねーんだ、腹立つな。
本当なら今日だって公園とか乗馬とか、一緒に何処かに出かけて思いっきり楽しもうと思ってたのに…。

「んむ~…」

枕に顔を埋めながら、横向きの状態で隣に両腕を伸ばす。
抱き締める気満々だったが、何故か両手は空を切ってシーツに落ちた。
……。

「…あん?」

数秒後、ぱかっと寝惚け眼を開けると、ベッドには俺以外誰もいなかった。
皺寄ってはいるものの、きちんと揃えられた枕だけがある。
虚を突かれて、寝惚け眼を擦りながらシーツに片肘を着き、少しだけ半身を起こす。
擦った目で見てもやっぱり隣は空で、がくりと俺は頭を垂れた。
夜中うっかり目が覚めたりするときはいるくせに、朝起きると絶対いない。
…何でこーいつもいつも朝早いんだ。
キスくらい待ってりゃいいだろ。
若しくは起こしてくれ、頼むから…。
毎度のことだが、欠伸をしながら一人寂しくベッドから降りて、シャツを変える。
ざっと鏡をチェックしてから、ベストと上着を片腕に引っかけてベッドルームを出た。

You are a person of my fate



「おはようございます、英国さん」
「あ、ああ…。おはよ…」

ドアを開けてダイニングに入ると、キッチンからひょっこりと日本が顔を出した。
洋装のベスト着に付けてる俺の黒いエプロンが妙に可愛い。
しかも俺のじゃ微妙に長いし。

「お仕事でしたよね。時間的にあまり余裕はありませんから、どうぞ先に召しあがってください」
「日本はもう食ったのか?」
「私は後でいただきます。…すみません。冷蔵庫の中のものを勝手に使ってしまいまして」
「ああ、いいってそんなの」

うっかり緩みそうになる顔を何とか制御して、皿を置いて再びキッチンへ戻る姿に軽く笑いかけながら歩を進め、既に食事が用意されているテーブルのイスに片手を置いた。
トーストにジャムにスクランブルエッグにサラダ。
ケチャップやらバターやら…と、この黒いのはショーユか。
…スクランブルにもショーユかけんのか?
まさかな。
これはたぶん他の料理に使うんだろう。
元々俺ん家にある調味料の中見慣れない小瓶を見つけて、片手で掴むと目の高さへ持ち上げ、軽く振ってみた。
華やかではないが、整理された食卓だ。
どれも美味そうで、仕事のある日は殆ど行きに軽食買って職場で食べる日常を考えるとかなりありがたい。
…て言うか、日本の食事だ。
美味いに決まってる。

「馬鹿だな、メシなんか作らなくていいんだぞ。俺が仕事って言ったって、お前はもっと昼とかまで寝ててもいいんだからな」
「泊めていただいた身ですから」
「あ、あとな…。早いんだよお前、起きるのが。料理なんていいから、俺が起きるまで隣で寝てりゃいいだろ」
「え、えーっと…。日が昇ると…目が覚めてしまうんですよー」
「…」

全力で顔を反らした棒読みの言い訳に、思わず半眼で見え隠れする背中を睨む。
…絶対嘘だろそれ。
いやホントなのかもしんないけど、言い訳だろ。
最初からそうだが、未だに日本は翌朝一番で顔を合わせるのが苦手らしい。
何事もなかった風を装いたいらしいが、俺としてはその態度は結構傷つくんでできれば止めて欲しい。
朝一でキスして、昨晩は良かったくらい言ってやりたいってのに、そんな普通のことも拒否られちゃ何だかまるで仲悪いセフレみてーじゃねえか。
今日は仕事があって駄目だとしても、昼過ぎ辺りまでだらだらベッドで丸まっていたいってのに…。
まあ、今更言っても仕方ない。
時間が解決してくれることを祈って、ため息一つついてからイスに座った。
フォークで皿を突いていると、トレイの上にティセットを持って日本が寄ってくる。

「英国さんほど上手くは淹れられませんが…。紅茶を此方に置いておきますね」
「悪いな。サンキュ」
「恐れ入ります。…お時間は大丈夫ですか? 先程から、門の前に車が停まっておりますが」
「ああ…。迎えが来てるのかもな」

腕時計を見下ろすと、確かにそろそろ時間だ。
良くないことは分かってるんだが、元々生活の中に朝食の時間を入れて予定立ててないから、家で食べてから出ようと思うと結構忙しい。
味わって食べたいところだが、時間に圧されて忙しなく胃袋に押し込んだ。
確かにちょっと物足りないような紅茶を一気に飲み干して席を立ち、ベストを着込んでタイを結ぶ。
イスの背にかけていた上着を腕にかけて、キッチンを覗いた。

「んじゃな、日本。俺行くけど、ゆっくりしていけよな」
「はい。ありがとうございます」
「…ゆ、夕食までいても別に」
「あ、そうそう。英国さん」

晩までいてもいいんだぞ、とそれとなく付け足したつもりが、小声過ぎて聞こえてなかったらしい。
俺の言葉を無視して、日本キッチンの奥からカラフルな布にくるまれた荷物を持って俺の方へ寄ってきた。
持っていた包みを俺へと手渡す。

「これ、ついでですがお弁当を作っておきました。宜しければ」
「…弁当?」

ちょこんと手渡された布の包みが弁当らしくなくて、俺は思わず見下ろした。
弁当と言うよりは、そのカラフルな包みはプレゼントに近い印象だ。

「ああ。ありがとう。助かる。食わせてもらうさ」
「お口に合うといいのですが」
「…」

日本が微笑した途端、胸の中がふわっとなって一瞬思考が止まった。
駄目だ、やっぱ可愛いな、こいつ。
…と思った瞬間には、片手で肩を掴んでキスしてた。
やべ、と思ってすぐ離れたが、断りなかったからか、案の定日本は硬直していた。
相変わらず突発的な流れが苦手らしい……が、もういい。
気にしてられない。
これでも結構相手に合わせてやって、慣れない進捗速度に苛々してんだ。
遅れて顔を赤くしつつある日本の頬を一度軽く掌で小突いて、懐から取りだしたサクラのキーチェーン付いた鍵を近くの棚に放るように指先で置く。
特注品だぞ!…と言ったところで、こいつに分かるかどうか…。
に、鈍いからな…こいつ…。
せめて、"お前のために作った"ことが分かってくれればいい。
ただそれだけの――本当に、いつもと比べりゃ冗談のような小さすぎる願いを乗せて、もう一度指先で鍵を突いた。

「鍵。やる」
「…」
「こ、ここに置くぞ。…じゃあな!」

言うだけ言って、カバンと包みを掴むと振り返らず家を出た。

 

 

 

昼休み。
いつも食事に出る俺が弁当なんか持ってくるし、しかも奇妙な袋だしってんで、倫敦が随分興味を持ったようだった。
応接室空いてるんでそこを陣取り、日本からもらった弁当箱を置く。

「…!?」
「う、うわぁー!」

当然、パックを予想してたんで包みを開けての弁当箱自体が綺麗なことにも感動したが、何より蓋を開けてのカラフル具合に仰天して、倫敦も俺も絶句した。
シンプルなサンドイッチを予想してたが、とんでもない。
弁当端にあるウインナーやレタスやトマト。
あと卵焼きは分かるが、何だこの弁当箱の大半を埋めているユニオンジャック…!
…。
これは何か?
弁当か? 弁当なのか!?
マジで??
テーブルの端に両手を付いて、目をきらっきらさせ倫敦が身を乗り出す。

「何ですかそれ、何ですかそれ!すげー!すげー!!」
「…あ。うわ…。これ下がライスなのか…。すげぇ…」

一緒に入っていたフォークでユニオンジャックを弄ってみると、赤い線はハムで薄青い部分はキャベツ?…か何かの野菜っぽかった。
端の方をフォークで引っ掻いてみると、下には白いライスが埋まっている。
…料理上手だとは思っちゃいたが…。
まさか、こんなレベルとは思わなかった。
弁当と言えばサンドイッチで、しかもこんな、普通箱まで絶対ぇ拘らないぞ。
まだ食ってはいないが、当然これも日本の作った料理だ。
絶対に不味くないぞ、これ。
…うあ。でも食いたくねえな…。
殆ど硬直してる俺の横で、倫敦が乗り出していた身を引いて、感嘆の息を零しながら首を軽く振る。

「アートですね…。信じられない。ボックスランチが国旗なんて」
「あ、ああ…。そうだな……」
「アーサーさん、それ何処に頼んだんですか? 俺も注文したいですそれ。美味しい国旗ランチ作ってもらいた…」
「駄目だ!!」
「わ…っ」

そこだけは聞き逃せず、ぐわっと思わずマジで即反論してしまった。
それまで半ば呆けていた俺が突然我に返って怒鳴ったんで、倫敦が驚いて後退する。
だが何処へも行かず、よっぽど日本の弁当書きになるのか、奴も奴で買ってあったらしいその辺のサンドイッチをテーブルの向かいに置いて、始終観察している風だった。

「絶対やらねーからな」
「…食べないんですか?」
「…」

弁当端のおかずにはフォークを入れていたが、肝心の国旗がなかなか壊せない。
携帯で散々写真も撮った。
暫く迷ったが、仕方ない。
どんなにすごくてもこれは弁当で、あいつが俺のために作ってくれたんだもんな…。
…とか考えると、思わず顔がにやけそうになる。
誤魔化すために、ぐっと唇を噛んで眉間に皺を寄せた。

「教えてくださいよ。誰が作ったんですか?」
「うるせえな…。どうでもいいだろ」
「とか言っといて何ですが、予想は付いてるんですけどね。…運命だな~」
「…あ?」

ソファに座ったまま膝に肘を着いて、頬杖する倫敦がどこかうっとりと呟いた。

「だってアーサーさん、料理苦手じゃないですか。苦手なことを補ってくれるような人見つけると、"パートナー"って気がしません? "あ、こいつ俺の半分持ってんだなー"みたいな」
「…」
「僕も誰かいないかなー。諾威治とかは安くて美味い店たくさん知ってるけど、作ってはくれなさそーだしなぁ~」

横でぶつぶつ言ってるようだが、聞こえてない。
…キザったらしいが悪くない考えに、微妙に顔が熱くなる。
ため息を吐く倫敦を尻目に、俺は傍らの紅茶を一気に飲み干した。
午後の時間が経過するにつれ、倫敦の言葉が反芻し、早く仕事が終わらねーかなと半端なく苛々していた。

 

 

その日の帰り。
仕事をちゃっちゃか片付け(多少強引に切り上げた。倫敦が泣いていた気がするが気のせいだろう)、駅の傍で薔薇の花束を買う。
買った花束が崩れない程度にそれなりに小走りで帰ったが、当然家には鍵が掛かっており、花束渡す相手は既に帰宅した後だった。
…クソ!
やっぱいねーか。
明かりを付けてもどことなく昨晩と比べると暗く感じる家の中で、一人ぜーはー肩で息をしながら、未練たらしく周囲をぐるりと見渡し、やっぱりいないことを確認してリビングにカバンをぶん投げ、上着も脱がずに懐から携帯を取りだしてかける。
心音が早いのは駆けてきたからなのか、胸の高鳴りなのか分からない。
数回呼び出しが続き、ひょっとして今は出られないのか?と感じ始めた頃に、通話が繋がった。

『はい、申し申し。日本で…』
「好きだ…!!」

開口一番声を張る。
出だしの名乗りを途中で中断された日本は、通話の向こうでそのまま二の句が無かった。
硬直してるのかどうかは分からないが、気遣っている余裕はその時は無かった。
自分でも何言ってるかよく分からないが、兎に角感情が先走って告らなきゃ居ても立ってもいられない。
かーっと迸る体内の熱がガンガン口から出ていく。

「やっぱ俺お前が好きだ!つか、絶対お前が俺のパートナーだ!!」
『…………は? え? …い、英国さん? 急にどうなさ…』
「今から行くから!」
『へ!? え、いやちょっと、待ってください!今からですか…!?』
「会うだけでいい!キスしたら帰るから…!!」
『な、何ですかそれ!? えぇええぇ!?』

悲鳴のような日本の声を携帯越しに聞きながら、忙しなくカバンの中から財布を取り出す。
それを胸ポケットに突っ込み、それから一応ざっと洗っておいた弁当箱と花束を手に、障害物競走の勢いで今さっき入ってきた玄関のドアノブを掴み、開けて駆け出した。


ビル街の夜景を一人飛び出す。
俺とあいつの所に一緒には出てくれない月も、太陽と対になっていると思えば、少しは好きになれそうだ。



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久し振りの英日です。
タイトルは本当は『最初から決めていたけどやっぱり駄目だ君に決めた!』でした。
外国人男性が日本人女性にときめく理由の一つらしいですよ(友人談)
ごめん、私自分で作っても焼き肉弁当とかだよw
2012.11.4

余談:弁当

容器に入れて携え、外出先で食べる食べ物のこと。
box lunch。
見栄え良く美しく、彩りを考えて…という構え方は、欧米にはあまり浸透していない。
英国では、作るのではなく、出来ているものを詰めるものと考えられている。
一般的にはサンドイッチをラップで包んだり、食パンを包んでピーナッツバターを持っていくとか。
弁当箱も柄物は少なく、タッパーが多い。
キャラ弁なんて作ったら、たぶん魔法の域。






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