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唐突に、我に返る時がある。
突然身体がびくっと筋や肉が引きつり、本当に、は…と自分に気付く。
気付くまで自分が何をしていたのか覚えてないし、次に自分が何をしようとしていたのかも分からない。
その瞬間から、"僕"は僕をやり直す。
何度も。
何度も。

 

 

ガシャーン…!――と。
ガラスの割れる音が聞こえて、また僕は、"僕"を始める。


Fuglinn í fugla búr




気付いたら、走っていた。
確実に街中ではない。
森林と呼ぶには木々が足りず、野原と呼ぶには多すぎる。
名前の知らない花やコケが地面を覆う中を、どうやら僕は走っていた。
我に返って、自分が疲れていることに気付いて、足を止める。
…息が切れていた。

「はあ…はぁ……。…?」

肩で息をして、辺りを見回す。
…うん。全然分かんない。
何で僕走ってたんだろう…。
結構全力疾走だった感じがするが、もしかして何かから逃げていたのだろうか。
今走ってきた方を、爪先ごと振り返る。
どうしていいか分からずぽつんと数秒立っていると、さくさく…とのんびりとした足音が聞こえてきた。
…敵?
もしかして、本当に追われていたのだろうか。
けど、それにしては完全に歩いてる足音だし…。

「こ~ら~!いい加減に出てこないと、僕だって怒っちゃうからね~!」
「…」

取り敢えず待ってみると、遠くから間延びをした声が聞こえた。
聞き覚えがある。
…というか、僕はこの声を知ってる。
知っている声を見つけて、そっちへ向けて声を張った。

「…。ロッサ」

僕の声が聞こえたのか、足音が早く、正確になる。
やがて、木々の向こうから、案の定な相手の顔が出てきた。
僕もそっちに歩み寄る。
長身に丸みのある高い鼻筋にふわふわの髪。
マフラーがトレードマークで、いつもレオンの尻尾みたいに背中で揺れている。
彼が、僕の義兄であるロッサだ。
…何故か、片手にライフル銃を提げていた。
歩み寄る僕を見つけると、ぱっと無邪気に笑う。

「あ、アイスみーっけ♪」
「…何。どうしたの?」
「ん?」
「ライフルなんか持って」

ロッサが持っている銃を見下ろす。
僕が尋ねると、彼は今まで手に持っていたそれを肩にかけた。

「うん、ちょっとね。小鳥さんが逃げ出しちゃって」
「…小鳥?」
「そう。…でも、もういいかな~」
「何か、前もそんなこと言ってなかった?」
「うーん…。よく脱走しちゃうからね~…。でも、ちゃんと帰ってくるくらいには賢いよ」

ロッサはよくペットらしい小鳥の話をするが、僕は見たことがない。
話の感じからして相当入れ込んでいるらしいけど、その鳥は何度も鳥籠を逃げ出しては彼を困らせているようだ。
…ああ。それでライフルなのか。
でも、これで撃ったら死んじゃうんじゃないだろうか。

「…ライフルで撃つの?」
「ん? …ああ、これ。違う違う。本当には撃たないけどね、脅しで使うの」

彼が、肩に提げたライフルを片手でひょいと持ち上げる。

「威嚇に撃つんだよ。空砲。誘導にね。行って欲しい場所と反対側に撃てば、恐いから、びっくりして逃げるでしょ? どこにいるか、すぐに分かるんだ~」
「…ふーん」

狩猟はやったことが無い。
大陸では趣味の一つとして成立しているらしいけど、僕はそういうの好きじゃない。
別に動物愛護を気取る気は無いが、一道徳心はある。
正直を言えば、ペットというのも好きじゃない。
話を聞いているだけで、少しその小鳥が可哀想に思えてきた。

「…でも、帰って来るんでしょ?」

尋ねると、ロッサがふんわり微笑む。

「そうだよ」
「じゃあ、いいじゃん」

素っ気なく主張する。
可哀想だから、できれば撃たないであげてほしい。
内心縋るように意見すると、ロッサは同意してくれた。

 

 

ふわふわ揺れる、レオンの尻尾を追って歩く。
森の奥にある屋敷は小振りだけど綺麗だ。
…ああ、そうだ思い出した。
一週間前くらいから、僕たちここに休暇に来ていたんだった。
反対側の玄関へ向かおうとすると、途中、東に面した部屋のガラス戸が、泥棒でも侵入したみたいに割れていた。
尤も、ガラスの破片は内側から外側へ落ちていたが。

「…何これ。どうしたの?」

驚いて、前を歩く兄に尋ねる。

「そこから小鳥が逃げちゃったの」
「…。小鳥何したの?」

半眼で呆れる。
まさか、小鳥がガラスに体当たりでもしたんだろうか。
それとも、大理石の灰皿を持ってそれを投げつけたとか。
…いやいや。
ないから、そんなの。
どんな鳥だ。
そんなのもはや怪鳥レベルだし。

「たまには自由になりたいんじゃない? 好きにさせてあげれば」
「勿論、僕だってその方がいいと思ってるんだけどね? でも…」

ロッサが僕を振り返る。
東西を跨ぐ、大陸の帝国。
小さい僕の大きな義兄。
レオンの尻尾がふわりと揺れる。

「心配だから。…ね?」
「…」

ただ振り返って僕だけを見ている。
それが、たぶん堪らなく嬉しいのだと思う。
…が、何故かそのタイミングで頭痛もした。
呼吸が少し震える。
何故だか無性に不安になり、目の前にちらついているマフラーに片指を引っかける。
時々やる行動で、だからロッサは気にせずに小さく笑うだけだ。

「…」

手を繋ぐように、マフラーを握る。
布にできた幾重もの皺を、ひたと見据えた。



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ちょっと病み中。
堕とし抜いてその先で溺愛できて幸せにできるのならそれもひとつの愛だと思う…な。
束縛監禁大好きや。
2014.6.9






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