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――ずっと昔。
立陶宛と会うよりも更に昔、吹き荒れる吹雪の向こうに、白くて小さな影を見た。
ビュウビュウと音を立てて通過する雪の中、見間違いでなければ、僕よりもずっと小さなその子はただ一人でぽつんと立っていて、とっても寒そうに見えた。
ばたばたと長い衣が花弁のように広がって、てるてる坊主みたい。
僕だって両手両足が悴んで霜焼けで真っ赤だったもの。
僕より小さなあの子は死んじゃうんじゃないかな…って、ちょっと慌てて駆け寄ろうとしたけど、突風が吹いて、一瞬目を瞑って、次に開けた時は、その子の姿は何処にも無かった。
飛ばされちゃったのかなと思って少し探したけど、でも全然見つからなくて…。
でも、例え見つかっても、今の僕じゃあの子を温められるものなんて何も持ってないことに気付いて、足を止めると悴んだ両手を見下ろした。
霜が降りている真っ赤な両手は、寒さで小さく震えていた。
…ああ。
僕がもっと強くて大きくて立派な国だったらな。
大きな暖炉があって、薪もたくさんあって、風の入ってこないお家があって。
何か温かいスープでもあげられたらいいのに。
…そうだ。温かい日に、あの子が遊ぶような広い庭もあったらいいな。
庭にはたくさんの動物と、お花があったら喜んでくれるかも。
まるで夢の中の話みたいなことを想像するだけで、無意識に小さく笑えた気がした。
こんな指じゃ、剣なんて重い物はまだ持てないけど…。
今日から木の棒で練習しよう。
いつかまた会えた時にそうしてあげられるように、とっても強い国になろう。

そう思ったことも忘れた頃に、また会えた。
…っていうか、ずっと会ってたんだけどね。最近は。
顔も知っていたし、たまーーーにお話もしてたし。
だから、吹雪が強い日に彼がぼーっと佇んでて、胸元の白いリボンが風に靡かれてなかったら、たぶん一生気付かなかっただろうな。


ただ仲良くしたいだけなのにな。
こんなに邪魔されちゃうのなら、彼があの時の子だって、もっとずっと、秩序なんて無い頃に気付ければ良かった。


Первая любовь империи



「やっほー。ア~イ~ス~ラ~ン~…」
「気安く呼ばないでよ」

言い終わらないうちに、降り始めた階段で足を止めた彼は、肩越しに僕を振り返って冷ややかに僕の声を遮った。
子供とか、成長しきらない小さい子がそうであるように、彼の声は小さい声なのにとってもよく通る。
…それとも、この屋敷の空気のせいかな?
幽霊が出るって噂があるんだよね、ここ。
そんなの見えませんって顔してるけど、得体の知れないふわふわした光とか半透明な動物とかと時々一緒にいるの、僕知ってるんだ。
でも、幽霊さんが出てきてくれた方がいいかも。
少人数で行われている会議は静かすぎて、何だか耳が痛くなっちゃう気もする。
二階の奥で現在も行われている会議は、今の所特別な進行もなく継続中。
長いから疲れちゃって、僕だけ出てきちゃった。
そろそろ休憩が必要だよね。
まだ本番じゃないけど、窓の外はすっかり冬の気色。
一歩外に出れば寒いかもしれないけど、家の中にいる分には十分温かいから、問題ないけどね。
ただちょっと、移動の時は面倒かなぁ。

「…会議、参加してなくていいの?」

手摺りに左手を添えながら、退屈そうな顔で氷島君が僕を見上げる。
にっこり笑顔を返しながら、僕も二階廊下の手摺りに両手を載せて、階段途中にいる彼を見下ろした。

「うん。上司達がいれば会議は続くし。…そもそも、僕米国君とお話なんかしたくないんだ。顔見るのもやだな~。彼いつも変顔なんだもん。笑っちゃうよ」
「…今日って講和会議の一つなんでしょ」
「米国君が折れればね♪」

確かに講和のための会議だけど、本当にそうなるかどうかは米国君次第だもの。
上司としては取り敢えず会って互いの立場ははっきりさせておきたいんだろうけど、僕自信は別にまだ喧嘩していてもいいしね。
喧嘩はできればしたくないし辛いこともいっぱいあるけど、負けるのは絶対嫌だもの。
氷島君の肩に乗っかっている黒い鳥が、凄く濁った低い声で鳴いて、こっち向いてぱたぱた翼を広げていた。
まるでしっしって追い返しているみたいだけど、まさかそんな訳ないよね。
いつも思うけど、丸くて美味しそうな鳥だな。
食べられるのかな?
…そんなことを考えていると、氷島君がちらりと僕が今出てきた、会議が行われている奥のドアを一瞥した。
その後で、これ見よがしに両肩を竦めてからまた階段を降り始める。

「あ、待ってよ~」
「着いてこないでよ」
「何処に行くの?」
「下でお茶淹れるの。あんたらに付き合ってられないから」
「じゃ、ぼ~くも♪」
「…」

とんとんと随分ゆったりとしたリズムで階段を降りていく彼を追って、僕も足をかけた。

 

 

 

今日の会議は氷島君家のお家。
だから建物自体は狭いし小さいけど、白い屋敷で海が近くて、なかなか可愛いんだ。
僕は好きだな~。
海も空も近くて、とっても綺麗。
でも今日は曇ってるけどね。
残念。
…キッチンは一階の奥の部屋にあって、ここもシンプルだけどまるで絵本の中に出てくるような細かな器機が色々あって可愛かった。
キッチンへ入ると同時に、氷島君は右手を左肩に乗っているペットの鳥の前に差し出した。
ぴょこんと鳥が彼の手首に飛び乗る。
ドアからコンロの方へ向かう途中、手首に乗っていた鳥を中央のテーブルへ下ろし、そのまま水道で両手を洗ってからポットに随分たくさんの水を入れて火に掛ける。
開きっぱなしになっていたドアからひょっこり顔を覗かせて、中の様子を確認してから僕も室内へと踏み込んだ。

「ねえ。何か手伝うよ?」
「そう思うんだったらさっさと会議終わらせて帰ってくれない?」
「ん~…。だって、米国君の家に行くのも嫌だし、彼に僕の庭踏ませるのも嫌だし」
「…だからって何で僕ん家?」
「だって丁度真ん中なんだもん」
「迷惑」

ポットの下に着けた火を睨みながら、再度氷島君がため息を吐く。
それから、くるりと背を向けると、食器棚からティセットを取りだしてテーブルの上へ並べていく。
てっきり、自分の分だけかなと思ったけど、そんなことはないみたい。
次々と並べられていく純白のティカップからして、どうやら上にいるみんなの分も淹れてあげるようだ。
一応迎える側だからなのかもしれないけどね。
何だかんだ言ってて優しいなと思うけど、それはいらない優しさだよね。
テーブルの上に並べるのは、できれば二つきりが良かったな。
…僕だってため息くらい吐きたいけど、氷島君みたいに深々と今吐いちゃったら、絶対勘違いされちゃうもの。
ずっと前、何かそれで怒っちゃったこともあった気がするし…。
ぐっと我慢して、カップが並べ終わり、彼が棚の方へ並んでいる茶葉を取るため背を向けたタイミングで、改めて目の前のテーブルに視線を合わせる。
シンプルな柄のテーブルクロスの上に、ちょんと乗っている鳥と目が合い、少し双眸を細めて微笑してみると、ぶわっと鳥が羽毛を膨らませて身体を低くし、何でか睨まれて短い翼を左右に開いた。
君もカップも、ちょっと邪魔なんだけどなぁ…。
思い切り引っ張ってみたら両方いっぺんに駄目にできるかもしれないから、テーブルクロスの端を指先で握ってみたけど、小さくつんつんってちょっと引っ張るくらいで止めておいてあげた。
本当は、"がちゃーん!"ってやってみたいけどね。
手近なイスを引いて座り、両手で頬杖を着く。
テーブルの向こうでぱたぱたと短い距離を行き来してる氷島君を見るのが、何だかとっても嬉しいな。
まるで一緒に住んでるみたい。
本当にそうだったらいいのに。

「あのね、近いってだけじゃないよ? 僕、君に会いたかったし。…ほら、最近全然会ってなかったでしょ? 会議を口実に久し振りにお家に入れたよ~」
「別にずっと会わなくてもいいんだけど」
「それにお家使っていいよって許可してくれたってことは、実は君も僕に会いたかったのかも♪」
「…先に言っておくけど」

漸く選び抜いた茶葉の缶を、指先でコトン…とテーブルに置いて、氷島君が冷めた目で僕を睨んだ。
たったそれだけなのに、何だかとっても胸が痛い。

「僕に手を出したら、英国と米国が黙ってないからね」
「うん。そうだよね~。諾威君と丁抹君もね」
「…」

でもくすくす笑いながら付け足しておく。
…て言うか、たぶんこの辺一体がそうなんだろう。
例えNATOに加盟しない子でも、この小さくて非力な、何てことのない彼をある日突然僕が連れ去ることが、彼らの現実的に最も危険視していることの一つなんだもんね。
分からなくもないけど、でも、僕的には政治と無関係だって仲良くしたいのに。
その辺を勝手に混同されて、気付いた頃にはすっかりバリケードができあがっていたりする。
本当に欲しいものを本気で邪魔するような連中と、仲良くなんて絶対できないよ。
少し前までは、本当に僕たちはお友達になれそうだったのに。
ちょっと笑うようになっててくれたのに、今ではすっかり昔みたいな鉄仮面なんて悲しすぎるよ。
今では僕の家も随分広くなったし、温かいし庭もあるし、スープだって何種類も作れるのに…。

「お家寒くない?」
「別に」
「また薪とか石炭とかあげようか?」
「いらない。米国がくれるから」

…頬杖を解いて、イスの背もたれに身体を預けた。
小さなどきどきを胸に、勇気を出してこっそり尋ねてみる。

「君は英国君が好きなの?」
「別に」
「米国君と一緒に暮らしてて楽しい?」
「ドMだったらね」

振り返りもせず、氷島君が一蹴する。
このタイミングならいいかな…と、漸く小さな息を吐いた。

「君の周りはたくさんのガーディアンがいて嫌になっちゃうよ…。君が僕のお家へ来てくれればいいのに。君ともっと仲良くなりたいなあ」
「仲良く? …嘘ばっかり。奴隷にする気なんでしょ」
「あはは。え~? 本気でそう思ってるの? だって君、お手伝いさんになっても何もできないでしょ? その辺の期待なんて、僕欠片もしてないのに。…誰に聞いたのかは知らないけどさ、可哀想だね。日頃見向きもされないのに、こういう時だけああしろこうしろって言われちゃうの」
「…」
「僕、英国君大嫌いだよ。一番君の番犬ぶって、キャンキャン僕の邪魔ばっかりするんだ。…あ!そうだ。思い出した」

話している途中で唐突に思い出し、ぽんと両手を叩く。
その音で、それまで僕を睨んでいた氷島君の双眸も、一旦元に戻った。
光の強いリラ色の瞳が瞬いているうちに、右手でぽんぽんと胸ポケットを探ってみる。
でも、目的の物がない。

「…え? あれ??」
「…何?」
「おかしいな。ちょっと待って。…あ、そうだ。ポーチだ!」

上着の懐を探っても無くて一瞬焦ったけど、思い出してベルトの横に下げているポーチのボタンを外す。
パチン、という音と共に、革のケースの中から親指の先くらいの茶色い小さな布袋を取りだした。
無造作に腕を伸ばし、差し出してみる。

「はい。あげる」
「…?」

突然のことで警戒心も一瞬薄らいでいたのか、違和感なく氷島くんが両手で掬うようにして袋を受け取る。
袋の口を縛っている紐を開いて、左手の上に口を下にして数回振るう。
やがてころりと、白い水晶が転がり落ちた。
…本当に小粒だけど、カットの綺麗なクリスタル。
別に緻密に計算された訳ではないだろうに、室内で特別ライトを当てている訳でも無いのに、きらきらと細かく綺麗に輝いている。
細い指で宝石を抓むと、氷島君は天井の明かりに透かして見た。

「…クリスタル?」
「うん。お守り」
「何であんたが。…一応、僕は政敵側なんだけど」
「だってそんなの、今だけだよ」
「…!」

テーブルを挟んだ彼が油断している間に、ぐっと手を伸ばす。
氷島君が気付いて後退しようとしたみたいだけど、その前に袋を持っている方の、折れそうに細い手首を取る。
うっかり折らないように緩く意識しながら、片手をテーブルに着いてイスから立ち上がった。
カタ…とイスの脚が床を削る乾いた音が部屋に響く。
その音が消えると、お湯が沸くくつくつという音だけが残った。
険しい顔をしてるけど、さっきみたいに目がきつくない。
…睨み合うというよりは、見つめ合うって表現の方が的確な気がするから、折角掴んだ手は離さない。
相変わらず不機嫌顔の彼へできるだけふんわり、彼を取り囲むガーディアンたちへのどろどろしたマグマみたいな敵意が一ミリだって出ないように気を付けながら、柔らかく微笑みかけた。

「…英国君が好きなの?」
「…」

もう一度、さっきよりちょっと低い声で聞いてみる。
半眼でため息を吐く氷島君はとっても冷ややかで、守護者を気取って強引に丸め込み、元々凍えている彼を更にこうして冷ややかにさせた連中が許せなかった。
みんな嫌い。
折角僕が溶かし始めた氷すら、瞬く間に氷柱にして戻しちゃうから。
僕は温かい場所にいる子たちとは違う。
"他人"という温度がどれほど生活において大切なのか、僕が一番よく知ってる。
だから大切にできるのも、きっと僕なのに。

「…離してくれない? 手ぇ出すなって言ったばっかりなんだけど」
「僕ね、君にあたたかいものをたくさんあげるよ」
「聞いてない。気安く触らないで。手垢が付くし」
「今日は、米国君が君からの撤退を仄めかしたら、講和会議になるんだよ」
「…」
「すぐ追い出してあげる」

そのまま手首取った手を軽く持ち上げ、投げやりな中指の背にキスをする。
ずっと昔に憧れた、絵本の中の兵隊さんみたいな。
すぐに払われるかなと思ったけど、そうでもなかった。
だから細い手を持ち直して、上を向いた僕の掌の上にちょこんと乗せる。
…思った以上に掌が白くて細くて小さくて、何だか姉さんの手みたいだった。
乗せているだけだったその手をぎゅっと握り、顔を上げて彼を見る。
その頃には、氷島君は脱力したような顔をしていた。
丁度、こんなことになる前の、ちょっぴり仲良くできた短い時間の時のような。

「僕、もっと強くてもっと大きくて、立派な国になるよ。君の上司が泣き付いてくるくらいに」

喧嘩なんかできない彼の隣は、強い子じゃなくちゃ。
邪魔な子たちを蹴散らせるような。
…たまに誰かが気紛れ程度で、保身の為にその細い腕を引く。
そうしてまたすぐに離すから、他人に何の期待もしていないのが見ていてよく分かる。
頼っていいんだよって言っても嫌がられちゃう。
好きだよって言っても信じてくれない。
それを形成してきた周囲全てが憎らしくて仕方なかった。
…ああ。過去に戻って、全部一掃できたら、きっと素敵に笑ってくれたんだろうな。
そんな“if”を考えれば考えるだけ、彼を雁字搦めにしているみんなが嫌いになっていく。
間を置いて、盛大なため息がその場に響いた。

「…僕の何がそんなにいい訳? 正直うざいんだけど」
「えっとね、全部!」
「は…。絶っっっ対、嘘」

遅れて、パン…!と弾くように僕の手を払って、すっかり沸騰しているポットの火を止めた。
自分よりずっと小さなその背中に、声をかける。

「もし次があったら、英国君よりも先に僕が君を捕まえてあげるね」
「それはどーも…。っていうか本当しつこい。…何。捕まえて首輪でも着ける気?」
「あれ? そういう趣味があるの? 意外だね~。いいよ。じゃ、可愛い首輪作ってあげる。銃とか首輪とか、そういうのあった方が素直になれるよね」
「…どこまで馬鹿なの」

鼻で笑われちゃったから、本当だよ?って言ってみたけど…。
何だか信じてなさそうだったなあ。
…まあいいけどね。
本当になった時に謝ってくれれば、勿論許してあげるつもりだよ。
そもそも、僕が絵本の兵隊さんだったとしたら、兵隊さんが守る幼い王様はもう決めてあるんだから。
確かに兵隊はたくさんいた方がいいかもしれないけど、あちこち遊びに出かけちゃうたくさんの兵隊よりも、とっても強い一人がいれば十分だってこと、ちゃんと分かってもらわなきゃ。

 

 

 

会議はやっぱり平行線。
でも、誠意を見せてよって条件の中に、さっさと氷島君家から出てってね☆ってものは示唆できたと思う。
名残惜しいけど、帰り支度を済ませて可愛いお家を出ると、少し離れた場所に停めてある車の傍に、氷島君が佇んでいた。

「あ…」

ばたばたと胸の白いリボンとジャケットの裾が、彼の髪と一緒に強い風に靡いて後ろに流れる。
ぼー…と灰色の海と空を眺めている姿が泣いちゃいそうで、帰る前にもうちょっとお話したいなと思ったけど…。

「イヴァン。帰るぞ」

後から出てきた上司が、僕の横を通りながら低く短く呟いた。
厚いコートと帽子を深く被り直すその背中を一瞥して、両肩を竦めて眉を寄せる。

「はぁーい…」
「おーい!!氷島ーっ!」

僕が数段ある階段を降り切った頃、更にその背後から、米国君が出てきた。
振り返ると、今出てきたばかりの階段上の玄関口で、口元に手を添えて距離のある氷島君を呼んでからぶんぶんと右手を大きく振る。

「そんな所にいたのか。会議終わったぞ!お茶にしよう!コーヒー淹れてくれー!!」
「…」
「…お? 露西亜、君まだそんなところにいたのかい? 今日は楽しかったぞ!また来月の会議でな!!…なあ、氷島!英国の奴もこの後来るらしいんだ。彼、君が露西亜と喋ってなかったかすごく気にして…っと。しまった。これは内緒だったんだぞ」
「あれ、そうなの? ばっちり聞いちゃった♪」

そもそも隠す気がないくらいの声量での相手事情に、背後の米国君を振り返りながら苦笑する。
でも、彼はあんまり気にした様子はなく、改めて距離のある氷島君へ手を振った。

「まあいいだろう!…そんなことよりもおやつはこの間のクレーヌルにして欲しいんだ!英国が来ないうちにパーフェクトに焼き終わってないと、彼また口出して来るから早――」
「ねえねえ。米国君米国君」
「ん?」

階段を駆け下りて僕を通り過ぎ、庭の端に佇んでいる氷島君の方へ向かおうとしていた米国君を笑顔で呼び止める。
外は息が白くなるくらい寒いけど、右手のグローブを取って、親指と人差し指だけを立て、素手の人差し指を真っ直ぐ振り返った彼へ向けた。

「…"ばんっ☆"」

言葉と同時に彼に向けた指の銃口を少し上げる。
…ああ。
僕の指先から、R弾が出ればいいのにな。
彼の庭を汚しちゃうのは可哀想だから此処ではそんなことしないけど、いつチャンスがあるか分からないから、これから短銃は常に持っておこうっと。

 

 

 

車に乗る直前、米国君と家の中に入ろうとする氷島君と目が合ったから、ひらひら手を振った後にウインクしておいた。
ぽこんと飛び出た雪だるまが直線上に彼の方へ飛んでいくけど、呆れ顔した彼が右手の人差し指と中指の指先を唇に添えてすぐ離すと、綺麗な氷の花が空気中に咲いて、それが突っ込んでいった雪だるまと衝突して霧散する。
…何だ~。
やっぱり氷島君もああいうの作れるんじゃない。
そうじゃないかと思ってたんだ。
人前じゃ全然そんな素振り見せないけどね。
ちょっとした共通点が嬉しくてくすくす笑いながら手を振ってみたけど、振り返してはくれなくて、雪だるまと花の衝突でキラキラ光るダイヤモンドダストの向こうで、勢いよくドアが閉まった。
…でも、今のってモーションはキスだよね。
投げキスもらっちゃった。

「うふふ♪」
「…どうした?」
「何でもないよ~」

だから帰りの車内は気分が良かったよ。
上司は訝しんでたみたいだけど、どうせ人間なんてすぐ死ぬし、教えてあげることもないよね。
…車が綺麗な雪道を、家に向かって走っていく。
その走る距離の分だけ、邪魔な場所でもある。
一緒に暮らすのがダメなら、お隣さんがいいなぁ。
お隣さんになるには、やっぱり邪魔な人が数人いるから、何とかしないと。
潰すとしたら、まずは何処からかな?
僕のお家、もっと広く大きくしたいな。

そんなことを考えながら、細やかな雪を踏みつぶして帰路に着いた。



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カウント3333番取得者様へ。
リクエスト「露氷、シリアス」、ありがとうございました。
シリアスということでやっぱり冷戦かなぁと思いまして、ろさまの初恋片想い。
寡少な露氷リクエスト、気合い入れて書かせていただきました。
これからも一緒に普及頑張りましょう!(*^・^)CHU~☆
2012.9.20

余談:冷戦

別名、冷たい戦争、cold war。
直接的に武力を用いず、経済・外交・情報などを手段として行う国際的な対立抗争のこと。
武力衝突の一歩手前の状態に対して使われる。
特に、第二次大戦後の米国を中心とする資本主義陣営と、当時のソ連を中心とする社会主義陣営との激しい対立のことを示す。
米国のトルーマン大統領がマーシャルプランを発表してから、急速に世界情勢が東西両軍勢に分かれ、対立を始めた。
やがて、東欧羅巴が民主化し、ベルリンの壁が壊されてソ連が崩壊するなど、情勢の変化からマルタ会談が行われ、終結宣言がされた。

終戦の数年前から和解への会議が何回も、途中危なくなりそうになりながらもじわじわ続けられていたが、終結三年前に、氷島の首都にある迎賓館でレイキャビク講和会議が行われた。
氷島は、地理的に英国のほぼ真上である北部に位置し、更に米国のニューヨークと露西亜のモスクワ、それぞれの首都の丁度ど真ん中という、相当なキーポジションにある。
その為、主なこの三国はそれぞれが氷島へアプローチをし距離を測っており、特に露西亜が貿易で融通を利かせたりと親露者も多かったが、最終的にはこの土地が敵側に渡ることを恐れた英国が、氷島へ侵入、占領した。
ただ、氷島が非武装、軍事力皆無なために、強行であるものの一般的な占領と比べるとかなり平和的占領となったが、氷島は「英国が一方的に来て迷惑している!」と声を大にして世界に告げている。
英国が同盟を組もう、共闘しよう、守ってやると正式に誘いを掛けても「無理」の一点張り。
結果、“占領”という形を取った。
その後、情勢が収束段階へと進むと、英国軍は氷島から撤退したが、それでも心配だからと米国へその後の駐屯を依頼し、米国がこれを引き受ける。
戦後暫く、氷島に米国軍が駐屯していた。

因みに、“冷戦”という単語は、当時、国連原子力委員会の米国代表であったバルークが「cold war」という単語を用い、外交評論家のリップマンが評論のタイトルに用いて一般的にそう呼ばれることになった。






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