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本日の日付:2月10日
唯今の時刻:23時52分17秒。

「…よし。ま…まあ、こんなもんだろ」

呟くと同時に左手で掴んでいた鏡を閉じてからきっと顔をあげる。
目の前には太い木を使った木造の門構えがでーんっとそびえ立っていて、前に教えて貰ったファミリーネーム「本田」とかって漢字の書いてあるやはり木のプレートが墨字で書
かれていた。
門は目の前だが、家までにはまだ距離がある。
何か無駄に鬱蒼と覆い繁ってる山を背に、門を潜った先、丘を登った天辺に一階建ての横に長い家がぽつんと建っていて、オレンジ色の明かりが灯っていた。
何度目かの咳払いしてから改めて自分の姿を見下ろす。
スーツだろ、タイだろ、靴だってなかなかの上物だ。
香水臭いの嫌いっつってたから控えめにしてやったし(俺優し過ぎだろ)手土産に俺ん家の国花の薔薇だって持ってきてやったし…。
抜かりない。
抜かりないぞ俺。
…。

「あー…。…いやちょっと待て。爪先が汚れてる気がす」
「そんな所で屈まないでくださいアーサーさん!靴磨きそれで何度目ですか。もう門前に来てから15分経ちますよ」
「うっせえなッ!分かってんだよ!!」

ここまで運んでくれた英国外交官に怒鳴りながら、屈みかけていた背筋を伸ばして靴磨きを諦める。
実際汚れてないことなんてとうにお見通しらしい。
振り返ったついでに勢いに任せて官の襟首掴んで殆ど八つ当たり気味で声を張った。

「俺が汚れた靴なんかで人様ん家上がるか!!っつーか明らかに時間潰しだろ!察しろよ!嫌なんだよ!!何で俺が飛行機で足運んでまで日本に会いに来なきゃなんねぇんだよアイツが来いって話だろ!?大体誕生日なら誕生日って先に言っておけっつーんだ何なんだよあの野郎三日前にさらっと話題が出たからって思い出したように言いやがってお陰でロクなの贈れねぇじゃねえかどうしてくれるんだ馬鹿野郎!時間さえありゃ俺だって記念碑の一つや二つ…!!」
「ギャーッ!! パワハラ反対パワハラ反対!!」
「お、オイ押せ押せ!そこのベル押しとけ!さっさと日本さん呼んで中に放り込んどけ!!」
「うああああッ!止めろ馬鹿テメェ!まだ心の準備が…!!」

ぴーんぽーん。

Happy birthday


暫くして。
からころと遠くから小さな足音が段々大きくなってきた。
大きな門の中央で待っていたが、実際開いたのは門の横にあった屈まないと入れないくらい小さな窓っぽいドア(これも木造)でフェイントを喰らった。
存在すら気付かなかったが、こんな場所が開くのか…。
小さな出入り口から出てきた日本にお前はアリスかと突っ込みたくなったが、取り敢えず心の内に留めておく。
いつも着てる着物を肩にかけているが、実際に着ているのは白い…着物?だった。
…パジャマか、これ。
アメリカが日本はやたら厚着して寝てるって言ってたけど、寒国でもないのにまさかこの状態で寝てるのか?と思わず疑問が湧いた。
出てきた日本に遅れて、白い犬も出てきてキュワンと妙に甲高い声で鳴く。

「こんな夜分に何方かと思いましたら…。イギリスさんでしたか」
「よ、よう…!」
「今晩は。…どうなされたのですか、こんな時間に。何か急用でも?」
「い、いや別に…だな。その…」

意図せずしどろもどろになっちまう。
これがフランスとかだったらこんなこともないんだろうが…。
…って、いやいや。
意識するってのも馬鹿らしい。
俺はただあれだ、同盟国としてだな、誕生日を祝いに来ただけなんだから別に変な事じゃないはずだ。
普通にやりゃいいんだ、普通に。
普通にハグしてキスすりゃ言い訳で…。
えーっと…。

「…イギリスさん?何ですかその妙なポーズは」

何となく実行しづらくて曖昧に両腕を広げた状態で突っ立っていた俺を見て、日本が疑問符を浮かべながら首を傾げた。

「何かの所作ですか?」
「え…と、だな…」
「それから、先程から気になっているのですが…。お連れの方々が地面に伏せておいでですが、宜しいのですか」
「ん?」

日本が袖を抑えて俺の肩越しに背後を指先で示したので振り返ると、ついさっきボコった連中が白目をむいて地面に仰向けだったり俯せだったりして伏せていた。
者によっては泡を吹いていたりしてるが、まあ平気だろ。

「ああ…。あれはいい。放っとけ」
「…そうですか」

とは言うものの気になるらしく、ちらちらそっちに視線を投げる。
俺の許可があれば介抱でもしたそうだ。
義理人情っての?
まあ、優しい所が長所って言や長所なんだが、何となく背後でくたばってる雑魚共に注意が向いているのが気に食わなくてちょっとムッとする。

「どーでもいいだろ、あんな連中。…そ、それより、だな。あー…。…と、取り敢えず、Look at me!」
「ああ、はい」

片手で持っていた薔薇の花束のリボンを指先で軽く直してから、余所見をしていた日本の前で両手を腰に添え、目を伏せて胸を張る。
素直と言うか何と言うか、呼ばれたことであっさり日本が真正面から俺を見上げ、ぴんと背筋を正した。
横目でちらりと腕時計へ視線を投げる。
…よし、あと1分。

「あー。…えっと、だな」
「ええ」
「あー…」

…周りが無駄に静かだから余計に緊張するな。
腕時計の秒針が日付変更の20秒前になった所でごほん、と一際大きい咳払いをしてから、ある種の諦めに似た決意で顔を上げた。

「…いいか。俺は今日わざわざお前の為に海を渡って来てやったんだぞ」
「はあ…。それはどうもご足労頂きまして…?」
「冗談とかじゃないんだからな。真面目に聞けよ」
「はい。何でしょう」

カチ、と小さな音を立てて秒針が日付が変わった事を俺の耳に知らせた。

「いいか!良く聞け!」

意を決して発音の為に息を吸う。

「Happy birth……!」
「あ」

day the person whom I love!! と続けたはいいものの、キキィイイーッッッ!!!という凄まじい音を立てて突っ込んできた一台の自動車ブレーキ音にかき消された。
直後、どっかん!とでかい音を立ててフロントを大きい岩に激突させて停車する。
田舎道のため、タイヤによって舞い上げられた砂埃がもうもうと茶色いスモークとなって一帯を埋め尽くした。
…。

「な、何事ですか…!」

袖で口元を抑えて咳き込む日本。
…俺だって口元くらい覆いたいが、何つーかもう色々とショックで固まったまま呆然と粉色の空気の中で硬直し続けた。
顔を熱くしていた緊張はいつしか羞恥に色を変えて未だに発熱する。
ああ、目に砂が入ってちょっと涙が…。
拭うことも忘れてぼーっとしていると、突っ込んできた車から数匹の猫をと一緒にぬっと人影が降りた。
刺繍のびっしり入った落ち着いた深紅の緩やかな服と、大粒の装飾品。
落ち着いた行動と整った顔立ちに一瞬誰だ?と思ったが、口を開けばそのぼーっとした喋り方から誰だか分かった。

「Χρόνια πολλά!」
「え、あ…。ギリシャさん…ですか?」
「ん」
「余りにいつもと違うので一瞬誰かと」
「これはうちの正装。…それよりも、おめでとう日本。日本に母さんの祝福を」

漸く砂埃が風に運ばれた所で、ばっと手に持っていた小さなバスケットから何かを日本に振りかける。
ひらひらと足下の地面に落ちたそれは白い花弁だった。
全部かけ終わってからバスケットを置く。
随分花まみれになった状態で、ぐったりしながら日本がギリシャに向いた。

「あの…。何ですか、これ」
「日本の誕生日だから…。これ、俺の国花アカンサス。これで日本も母さんの祝福もらえる」
「…。わざわざ私の誕生日の為にいらっしゃったのですか」
「ん。日本に一番におめでとう言おうと思って来たけど…」

そこでギリシャが立ち尽くしていた俺を一瞥した。

「先にイギリスが居たから慌てて速度上げたら突っ込んだ」
「って、ギリシャさん普通でも100㎞近くで走るんですからスピード上げたって…」
「…150㎞くらいだった」
「危な過ぎですよ!」
「大丈夫。日本の家の道広いから、楽」
「…」

会話を続ける二人に背を向け、俺はふらつくと傍に停めてあった車のボンネットに両手を添えてがっくりと項垂れた。
…ぴ、ピンポイントで潰された。
やばい。
ガチで沈む…。

「イギリスさん、大丈夫でしたか。お怪我は」
「あ、ああ…。まあ、特にないけど…」

心に疵が…。
どよんと肩を落としていると、日本が背後から心配そうな声をかけてくれたので、振り返って弱々しく片手を上げ否定する。
視線を日本に移したんで自然と視界に、ギリシャも入った。
澄まし顔で肩に乗っていた猫を撫でていたが、目が合った瞬間ふっと一瞬笑ったよーな気がするのは気のせいだろうか。
疑心暗鬼か?
幻覚か?
例え疑心暗鬼で幻覚であっても対抗馬が出た事で俺の方も喧嘩腰になり、舌打ちしてからさっきから延々片手で持っていた薔薇の花束を、ギリシャの方を睨みながら日本の鼻先に叩き付けた。

「わ…っ。うわ、とっ」

べちんと顔に当たった後落ちそうになった花束を慌てて日本が腕に抱える。
鼻先と前髪に花弁を付けたまま、素っ頓狂な顔で花束を見下ろした。

「薔薇…ですか?」
「誕生日なんだろ。くれてやるよ」
「…あの。もしかしてイギリスさんもその為にわざわ」
「ハ…ッ!俺が?そんなことの為にわざわざ!? ンな訳ねぇだろ!どれだけ暇人だつーの。いいか!俺は今ギリシャに聞いて初めて知ったんだ!まあ今持ってるモンっつったらこれくらいだからな。花くらいだったらウチに一杯あるしくれてやってもいいかなあとか思っただけだ!!」
「…。そうですか」
「…」

びしりっと日本に人差し指突き付けて言った後に、はっと我に返って背を向けその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
完全無意識に出てくる悪態はもう癖みたいなもんだ。
く、くそ…っ。
何だってこういつもいつも…。
頭を抱えたまま目を瞑り一人で後悔しているとすぐ隣で砂利が鳴り、目を開けると、いつの間にか日本が俺と同じように屈んで、穏やかに笑っていた。

「ありがとうございますイギリスさん。嬉しいです」
「…」

日本が連れ出た白い犬も、隣で主人に肯定するかのように二回鳴いた。
てっきり俺の物言いに怒るかと思ったが、全くそういう素振りは見せずに犬の頭を一撫でしてから顎を上げた。

「イギリスさんもギリシャさんも、今日は遅いので泊まっていって下さい。余りで良ければ夕食もお出しできますので」
「ん。泊まる」
「っ!?」

かなり間近でギリシャの声がして驚いて振り返ると、日本と同じようにして反対側にギリシャも一緒になって屈み込んでいた。
奴があっさり泊まり発言をしたので、俺も慌てて日本の方へと向き直る。

「日本、俺も泊まるぞ!」
「ええ。ではお二人共どうぞ」

無造作に門前に停めてある外車を無視して、白い花びらを服のあちこちにひっかけ腕には俺がやった花束を抱えながら日本がまたあのちっこい出入り口から門の内側に戻る。
鍵がでかいのか、ごとごとと重そうな音が響いた。
よくあんな小さなドアから通れるなと何気なく口の開いたドアを見ていると、ギリシャが俺をじっと見詰めているのに気付いた。
腕組みし、喧嘩腰で口を開いてみる。

「…何だよ」
「別に。…俺が先に言えて良かったと思って」

ぼーっとした顔で呟かれた言葉にイラッとする。
この野郎…っ。
やがて重い音を立てて門が開いた。

「お待たせしました、どうぞ」

日本の言葉に改めて門の内側を見る。
ウチも人の事言えないが、何だってこう門から家まで距離を取るのか。
角度の付いた一本道の先にもう一つ小さな門があり、その内側に日本の家がある。
また重そうに門を閉めてからアリスの小ドアにも鍵をかけた日本が数歩先で足を止めた。

「ちょっと遠いですけれど、あそこが母家です」
「…」
「…」

ちらっとギリシャと視線を合わせた後、俺は革靴の爪先で地面を叩きながらタイとシャツの袖を緩め、スーツのボタンを外した後で身体を解すために腕を回した。
ギリシャもギリシャで肩に乗っていた猫を下ろし、首に片手を添えてぐるりと回している。
…上等だこの野郎。
ぱたぱたと尻尾を振りながら、日本の飼ってる白い犬が少し先に道を行き、何かを測るように振り返った。

「辺鄙な所にありますが、静かで落ち着きます。どうかごゆっくり…」

何か言ってる日本の向こうでキュワン!と白い犬が大きく鳴く。
それを合図に一瞬だけ身体を沈め体重を前にかけると、ヒュ…ッと浅く息を吐きながら革靴の先で思いっ切り地面を蹴った。
陸上はあんま得意じゃないが…。
この距離なら寧ろ問題は瞬発力。
速い風に乗れるかどうかでなくて、早く風に乗れた者勝ちだ。
隣でギリシャも駆け出す音が聞こえた、二歩目に着いた爪先にぐっと力を込めて更にスタートダッシュに加速をつけ、そのまま突っ切る。

「負・け・る・くぁああああーー!!」
「…む」

斜面を一気に駆け上がる俺とギリシャの背後から「突然何なんですかー!」と狼狽した日本の声がした。



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かなり初期に書いた英日です。
彼はちょっと不憫で涙目になってるくらいが可愛いw
2011.10.12





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