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「…おめえ、スヴェーリエが好きなんけ?」

俺にしてみれば大して意味など無い退屈な社交場。
数分前に会話が一段落してから沈黙が続いていたっていうのに、不意にそんな声をかけられた。
かなり距離がある先に立っているスヴェーリエの背から視線を外し、隣を見た。

「…何言っとん」
「いやほれ。ずーっと目で追ってっからよー。好きなんかなー?って」

壁に寄りかかって組んでいた両腕のうち片手を軽く振って丁抹が愚かなことを言う。
いつから俺の視線を追っていたのか知らないが、俺が止めてもまだスヴェーリエの姿を眺めているらしい横顔を一瞥してから両肩を竦めた。
…こいつらの仲が最悪なのは誰でも知ってる。
と言うか、スヴェーリエがこの邸宅から出たがって怒鳴り合い殴り合いの喧嘩をしているのは日常茶飯事。
別に好きな訳じゃない。
好きな訳じゃないが、尊敬はそれなりにしている。
自分の主張を全力で示す姿勢は単純に誇り高いと思う。
…が、相手が本人ではないとしても、口に出して言うようなことじゃない。
それに仲悪い以上、正直に言えばこいつの機嫌は悪くなるだろう。
恐らく連日の喧嘩で苛々してるんだろうが、ここの所情緒不安定になってるらしいのは見て取れる。
しかも時折矛先がこっちにも来るんで面倒臭い。
軽く流す為に小さく鼻で笑ってやった。

「…阿呆。んなわけねえべ」
「そっか?」
「そう」
「ふーん…」
「……………………何」

じーっと横から視線で刺され、いい加減鬱陶しくなってこっちも両腕を組むと睨み返した。
今度は阿呆の方が両肩を竦め、小さく笑う。

「まあ、えーけどな。…ところで、おめえもう疲れたっぺ。部屋戻ってええぞ」
「…何、急に」
「送ってやっから」
「ちょ、お…」

唐突に二の腕を取られ、歩き出されれば転けるか着いていくしかない。
溢れる人混みを悠にかぎ分けながら歩き出した阿呆に引き摺られるようにして会場を出た。
確かに場に飽きてきていたが、出て行けと言われると逆らいたくなる。
一応この阿呆にもメンツがあるだろうから、人気が無くなったら一発腹に拳を入れてやろうと決意していた。
が、人影が無くなり角を曲がってすぐ。
こちらが拳を作って構える前に喉を掴まれキスされたんで、窒息でそれどころじゃなかった。



翌朝。
ちょっくら出かけて来っかんなと言い残し、阿呆は何処かへ出て行った。
重い身体を起こした所で不意に咳き込み、昨日のことを思い出しながら鏡の前に立つと喉に酷い痣が残っていて鬱になる。

「…」

半眼で深々とため息を吐いた。
子供じゃあるまいし…。
と言うか、それ以前に俺はスヴェーリエ程万能じゃない。
現実的に出て行けないのはどっかの阿呆が一番よく分かってるだろうに、何を焦ってるんだか。
痣に指先を添えて吐き捨ててから顔を洗い、髪を梳いてソファに座ると読みかけの本を読んだ。
奴が10日かそこら家を空けるのは珍しくないし、何処へ行くのかも興味ない。
家主の留守中って言ったって、何てことはない。
部屋から出ることもなく、日にちは過ぎていった。
ちょっと外が賑やかだとは思っていたが…。
カーテンを開ける程、興味はなかった。









何もない日が何日も続いて…。
丁抹が帰ってきた。
ベッドに腰掛けて足を組んでいた俺の片手を取りぶんぶんと乱暴に上下に振るう熱烈なただいまは毎回毎回鬱陶しいが、機嫌は良いらしい。
相変わらずのへらへら顔にいつものように浅くため息を吐く。

「ほれノル。土産やっから」
「…いらん」
「そう言うなって。綺麗だぞ~」
「んだから、装飾品はいんねえっつ…」

ってるのに何度言えば、と続けようとしていたが…。
指に通された指輪の紋章を一瞥した瞬間、言葉など吹き飛んだ。
思考が止まる。

「綺麗だべ?」
「…」
「趣味だけは一丁前にえーかんなー」

血が凍り、全身の筋肉が萎縮する。
急激に指先が冷たくなり、指輪を通した人差し指は一際凍り付いた。
2つの王冠。
盾を掲げる二尾の獅子二匹。
見覚えのある国章が、繊細に輝いていた。
…。
……。

「けどよ、ちっとばかし懲りすぎてるよなあ? もっとラフでえーべなっつー話だわ。こーれ彫るの面倒だぞ~」

そんな脳天気な声が降ちてくる。
指輪を凝視したまま動けない俺を見て、小さく笑う音が聞こえた気がした。
邪魔なマントを片腕で翻した丁抹がその場に片膝を着く。
指輪の通った俺の片手を両手で包むように握られたが、奴の指が触れた瞬間びくりと自分でも驚く程身体が震えた。
…顔を上げる勇気は無かった。

「…な? 俺のが強ぇんだって」
「…」

俯いた俺の額にキスが触れる。

「覚えとけな」

内緒話の様に柔らかく小声で囁いてから、両手が離れる。
立ち上がると、そのまま背を向けて部屋を出て行った。
扉が閉まって足音が完全に消えて聞こえなくなるまで、俯いたまま動けなかった。
…心音だけが異様に脈打ち、時間を置いて身体が動くようになってからゆっくり膝を引き寄せベッドの端に踵をかけると、縮こまって膝頭に額を添えた。

Massakren i Stockholm



もうかなり寒かった冬の日。
ストックホルムでの虐殺を俺は見てないが…。
翌日、スヴェーリエが一時的に酷く衰弱して動けなくなり、使い物にならない使用人は邪魔過ぎると声高々に笑いながら何処かへとまた出かけていく、暴君の声に耳を塞いだ。



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若い頃の丁さんは恐い。
でもその監禁がやがて愛に変わるんですよ。
丁諾は大人の恋愛と愛憎を目指してます。
2011.11.22

余談:ストックホルムの血浴

カルマル同盟という名の下、丁抹王を同盟君としていた丁抹・諾威・瑞典。
丁抹が北欧を牛耳っていて瑞典との関係が険悪だった頃、丁抹は度々独立したがっていた瑞典を力づくで押さえにかかっていた。
それでもカルマル同盟からの脱却を夢見てちくちく丁抹に刃向かっていた最中、ある時に丁抹王が瑞典勢力を黙らせようと力を上げて瑞典を攻撃。
反乱軍のリーダーが殺され、右往左往している瑞典の人々を尻目に丁抹王が瑞典の首都ストックホルムにやってくる。
「降伏するのなら反逆罪は許そう」という言葉を信じ、瑞典の独立派や貴族や地位ある人々が王様の晩餐会に招かれるも、そこで城門を閉じてやってきた瑞典人を全て拘束し独立派を押さえると同時に同じくちまちま反発を見せていた諾威への見せしめの為、捕らえた彼らを次々と広場で虐殺。
見せしめとして行った行為だったが、これが瑞典人に火を付け、いよいよ本格的な独立戦争が始まる。






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