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「あ。雪止んだみたいだね~」
「…」

間延びした声が部屋に響く。
ちょっとしたことで起きる方だから、そんな呟いた一言でも眠りの中から引っ張り上げられた。
けど、寝起きにそんなの耳障り以外の何ものでもないから、枕の上に乗ってた頭の上まで両手ですっぽり布団を被り直した。
カーテンを開ける音がする。
がんがん暖房着けてるから実際そんなことないんだけど、何となく寒くなった気がして、布団の中手探りで寝惚けたパフィンを探して胸に引き寄せ、更に丸くなった。
またうとうとしてきたところを、不意にぶすっ!と人差し指が布団の上から的確に片頬を突いてきて、ぴきっとこめかみが引きつる。

「氷島君。朝だよ~。ほら見て、今日もとってもいい曇り空」
「…」
「早く起きて帰ってほしいなあ~。そこ本当はお客さん用のベッドなんだけどな~」
「……」
「あーいっす君。あ さ だ…」
「っるっさい!」

布団を叩き落としながら半身を飛び起こし、同時に声を張って怒鳴った。
寝惚けながら、パフィンがぱたたと逃げていく。
寝起きの最悪な顔で、ぎっとベッドの端っこに座って片手を伸ばしていた露西亜を睨んだ。

「あんた馬鹿じゃないの!寝てるの見て分かんない!?」
「ううん、分かるよ。だって僕起こしに来たんだもん」
「いらないから!全っ然いらないから! 勝手に入ってこないでよ!!髪ぼさぼさなんだから!」

掌半分まで袖の中に引っ込めた両手で、頭を抑えるようにぼさぼさの髪を押さえる。
苛々しながら声を張ったせいで少し息切れした僕へ、露西亜がころころ笑った。

「あはは。本当だ、ぼさぼさ」
「…っ、出てけ!」
「わぶ…っ!」

かっと顔が熱くなって、枕を顔面に投げつける。
不意打ちってワケじゃなかったと思うけど、珍しく的中した。
完全に起きたパフィンが、ばたばた羽を広げて露西亜の手を突く。

「オラオラ!アイスが嫌がってんだろ!出て行きやがれ飲んだくれ!!」
「いてて…。あは。もう、君は朝から元気だねえ」
「ぐえ!」
「…! ちょっと!」

ぐわしっとパフィンの首を掴んでシーツに押し潰した後で、露西亜がベッドから立ち上がる。

「今日の朝ご飯はスィルニキだよ。おいしいよ」
「早く行ってよ!」
「あははは♪」

二つめのクッションは、残念ながらひょいとかわされた。
わざとゆっくり歩いてロシアがドアから出て行く。
長すぎるマフラーの裾が、最後に尻尾みたいに揺れて消えた。
…場が静になってから、両手を添えていた髪を、俯いてそのまま撫で押さえる。
咳き込んでいたパフィンが、ぺたぺた僕の膝に乗った。

「もうやだ…。朝から最悪なんだけど」
「寝坊すると逐一起こしにくっからなァ、あの野郎」
「寝癖見られた…」
「ボタンも外れてるしなあ」
「…!?」

嘴で腹部あたりのシャツを引っ張られ、ぎょっとして見下ろす。
寝ている間に外れたらしいボタンがいくつかあって、一部だけど肌が見えていた。
慌てて合わせ目を両手で重ねる。
伸ばしたままだった両足を布団の中で少し引き寄せて丸まった。

「…最悪」
「もう止めっちまおうぜアイス。あんなトーヘンボクのコンチキチ!言わせてもらうが趣味悪過ぎて話にならねェぜ。眉毛の方がなんぼかマシだ!」
「僕だって好きであいつと付き合ってるんじゃないよ」

まるで自主的に傍にいるみたいなパフィンの言い方にむっとして、僕は俯いたまま目を伏せて言い返した。
間違っても好きで一緒にいるんじゃない。
ただ、上司から言われたから一見仲良くしなくちゃいけなくて、一緒にいる時間が多くなったってだけで。
勿論、僕に好きな人がいるのなら拒否していいのよって言われたけど、別に僕の方は好きな誰かがいるわけじゃないし、仕事の一環だからそのへん割り切ってるけど…。

「でも、基本的にうざいんだよね…」

鏡の前で髪に櫛を通しながら、小さく息を吐いた。
露西亜の家は僕の家と比べると温かいから、寒い今の季節は逃げるように避難している。
生活費とかも浮くし、本も沢山あるし、ちょっと窓から庭の向こうを覗くと、色々な人が歩いていて面白い。
やっぱり大陸って、近所が近くて色々僕の家とは違う。
丁度空いてる離れみたいなのがあって、遊びに来るならそこ使ってって露西亜が最初言ったけど、敷地内とはいえ遠い場所にあるから、面倒臭くていつも本館にある客間を勝手に借りて寝ている。
ちょっとくらい怒るかと思ったが、基本的に勝手に本借りても食事してても寝てても露西亜はあまり僕に興味ないらしい。
親しくしなさいと言われても何をどうしていいか分からないし、実際何もない。
取り敢えず"仲いいです"の肩書きがあれば、僕と露西亜の上司はそれで十分なのだろう。
露西亜も僕を野放し状態だ。
忙しいのかもしれない。
ただ、朝は起こしに来る。
すごく鬱陶しい。

「あの野郎毎晩帰ってくんの遅ェじゃねえか。時間あんの朝くらいなんじゃねえのか?」
「わざわざ自由時間使ってからかいに来るとか、暇人過ぎる。そろそろ飽きればいいのに」

自分の身支度を整えてから膝の上にパフィンを乗せ、ブラッシングしてあげる。
毛並みが艶を持った頃にブラシを下ろし、首元に彼のお気に入りの赤いリボンを結んでパフィンの身支度は完了だ。
ばたばたと翼を羽ばたかせ、でも飛ばずにジャンプする要領で彼が僕の左肩に飛び乗る。

「うっし!メシだメシだ。ダイニングに行こうぜ~」
「あ…。ちょっと待って。僕まだ香水着けてないから」

部屋の端にある飾り棚に向かって、引き出しから香水を取り出す。
今日の気分で選んで吹きかけたところで、目の前にあった壁掛けの鏡に自分が映った。
別に乱れてないけど、ついでだからもう一度髪を梳いて胸のリボンを整える。
いつもより身支度を気にする僕に、パフィンが退屈そうに言った。

「さっき梳いたじゃねえか」
「だって一応いい関係でいなきゃいけないらしいから。気を払うものなんじゃないの」
「寝癖見られたけどなー」
「だからすごく嫌なんだよ、起こされるの」

ぼさぼさ髪とか寝起きの顔とか、見られるのすごく嫌。
ある程度きちんとした格好じゃないと、目の前に出たくもない。
少しムキになって応えると、パフィンがふう…とため息ついた。
やれやれと首を振る。

「誰だか知らねえが、オメェの恋人になる奴は幸せだよなあ~」
「…何それ」
「可愛いってこった」

馬鹿にされてるとしか思えないんだけど…。
半眼でパフィンを一瞥すると、小さな嘴でかりかりと首の所を甘噛みした。
よしよし、とばかりの行動に、またむっとする。

「全然褒め言葉じゃないし。格好いいって言ってくれない?」
「そいつァ無理な相談だな」
「意味分かんないんだけど」

そんな会話をしながら、髪の毛から爪先の革靴まで確認した後で部屋を出た。
ダイニングに出ると露西亜がもう食べ終わっていて、紅茶を飲んでいる。
僕の分のスィルニキだけが、彩り鮮やかにテーブルに置いてあった。
丁抹のオムレツ程じゃないけど、結構美味しい。

「おはよう、お寝坊さん」
「…おはよ」
「僕もう出るけど、外出するなら誰かに言ってから出てね」

用意された席に片手を添えた僕へ、カップを置いて露西亜が言った。
入れ違いに彼がテーブルから立ち上がる。
…何で出かける時に露西亜の部下に言っていかなくちゃならないのか、意味が分からない。
ここは僕の家じゃないし、いつ家に帰るか買い物行くかとかは完全に僕の自由なはずだ。
出かけるとしても言わずに出るに決まってるじゃん…と心の中で返して、席に着いた。
立ち上がった露西亜がドアへ向かう。
その途中、横を通り過ぎる時、むすっとした顔で食器に手を伸ばした僕の髪を指先で引っ掻いた。

「…!」
「寝癖直ったね♪」
「勝手に触らないでよ…!」

ばっと片手で髪を押さえる僕に、にぱっと露西亜が笑う。
その胸を突き飛ばした。
尻餅でも着けばいい気味だけど、全然そんな威力はない。
くすくす笑いながら、彼は部屋を出て行った。
触られた場所を片手で押さえて撫で梳き、ドアの方を睨みつける。

「最っ低」
「セクハラしやがってあんにゃろう。あとでノーレに言い付けたらァ!」

パフィンと一緒に舌打ちして場が収まったところで、食事を始める。
お兄ちゃんや丁抹に作ってもらうことが多かったから舌は肥えてる方だけど、存外露西亜の食事も不味くはないのが妙に腹立つ。
もくもくと朝食を済ませてから、お気に入りの本を持って部屋を出た。
今日はごろごろする予定だったけど、さっきの会話で外出を決めた。
勿論、露西亜の部下には誰にも言わずに遊びに出た。


Fallegt sem skín til himins.


「で…。アポもなく俺ん家に来たってワケか…」

薔薇の庭。
…は、残念ながら時期的に無理だったけど。
室内に用意されたアンティークなテーブルセットと凝った食器の向こうで、英国が両腕と足を組んで身体をイスの背もたれに預ける。

「お前なあ…。俺だって暇じゃないんだからな。たまたま予定がキャンセルになったからいいようなものの…」
「キャンセルになる予定なんてどうせ大した予定じゃないでしょ。何でキャンセルになったの」
「…。…………に、日本が…。予定が…できたって…」
「何に負けたの」

カップ片手に突っ込むと、案の定、亜細亜の子が出てきた。
両肘から先をテーブルに着け、英国ががくりと俯く。
更に突っ込むとそのまま俯せた。

「…バレンタイン商戦が…忙しいとかで……」
「イベントに負けるとか何してんの」
「ぐ…」

負け犬が呻く。
穏やかなのがいいんだとかよく言ってるけど、それで体よくあしらわれてるんじゃ話にならないと思うんだけど。
口元に運んだカップから立っている湯気を、小さく吹いた。

「英国って趣味悪いよね」
「お前程じゃねえよ!!」
「僕恋人なんて面倒臭いのいないし」

ばん…!と英国がテーブルを叩いて勢いよく顔を上げる。
いたとしても、少なくとも英国よりいい趣味してる自信はある。
顔を背けて言い切ると、彼は尚も声を張って僕に指を突き付けてきた。

「いるじゃねえかよ!今露西亜と付き合ってんだろ?」
「止めてよ。付き合ってるの意味違う。普通に一緒にいるってだけ。それだって仕事だし」
「…はあ?」

妙な勘違いしている英国に呆れて返すと、何でだか彼の方が眉を寄せた。
呆れたようなその態度に疑問を持って、飲んでいたカップを唇から離す。

「何、その顔」
「いや、だってお前、どー見たってあれ…」
「あれ…?」
「…」

それまで煩く叫いていた英国が、口元に片手を添えて黙り込んだ。
数秒間、足を組み替えて何か思案していたかと思ったら、ふっと顔を上げる。
こほん…と咳をしてから、妙に澄ました顔で改めて僕を見た。

「…何?」
「…あー。何だ、その…。…お前とは近所だしだな、自覚ないなら良き隣人として忠告しといてやるが」
「だから何」
「お前最近…」

そこまで英国が言った直後、ビー!! と、音が響き渡った。
このタイミングで押されたベルに嫌な予感がして、僕も英国も半眼で沈黙した。

 

「あ~。いたいた、氷島君!」
「…」

英国に片腕引っ張られて嫌々玄関に行くと、予想した通りそこに露西亜がのんびりと立って僕に手を振った。
ふわふわ揺れるマフラー以外に、オプションとして背後に冬将軍が控えていて、玄関と、彼の通ってきたらしい門から玄関まで至る歩道には浅く雪が積もっていた。
現に今も、ひらひらと周囲に粉雪が舞っていて、玄関の絨毯を白く染めていく。
すごく嫌そうな顔をして、英国はそれを見下ろすと僕を肘で突いた。
こそっと耳打ちする。

「…素直に持って帰れよな、あれ」
「速攻人を売らないで居留守くらい使ってよ。良き隣人なんでしょ」
「馬鹿。あの手の奴は無視したら玄関壊されるんだよ!」
「何の内緒話??」

背を屈めて、にこーっと露西亜が英国に笑いかけた。
何でもねえよ、と短く返し、彼は何故か一歩横にスライドして僕と距離を開けた。
米国に何度か壊されているらしい彼の玄関は、確かにこの辺一帯だけ真新しかったりする。
度々壊されてはいられないのだろう。
分かってはいるけど、もう少し守ってくれてもいいのに。
…って言うか。

「仕事どうしたの」
「午後お休みもらっちゃった! でも帰ってきたら君家にいないんだもん。誰かに言ってねって言ったのに~」
「ああ…。ごめん。忘れた」
「頭悪いもんね☆」
「…」

短く息を吐いて、軽く流す。
もう慣れた。
小首を傾げて露西亜が僕を見下ろす。

「英国君とまだお話があるの??」
「…」

英国の方を一瞥すると、しっしと手で追い払われたので、べっと舌を出しておいた。
役に立たない隣人だ。
思いっきり話の途中だったけど、仕方がない。
また次の機会にしよう。
どうせ夕食の時間までこの家にいるつもりはなかったし。
食事に誘われなんかしたらお腹壊す。

「もう帰るとこだけど…。僕今日は家に帰るから。あと冬将軍の傍は寒いからあんたとは別々に帰る」
「えー? 折角時間ができたから、遊ぼうと思ってたのに」
「寒いから嫌」
「そう? じゃあ、将軍には帰ってもらうよ」
「うわ…!」

露西亜がぶわっと片腕を横に振るう。
彼を中心に巻き起こった風から、英国が片腕で顔を防いだ。
別に防ぐほどの風じゃないのに。
髪と襟元のリボンが少し流れて、ジャケットの裾が広がる程度の風だ。
その風に吹き飛ばされるようにして、露西亜にくっついていた冬将軍が霧散する。
帰ってもらうというよりは蹴散らしたという感じだが、それでももうずっと友情が続いているんだから、彼らの間はそれでいいのだろう。
…淡泊な友情。
僕は肩に乗っていたパフィンを撫でて頬を寄せた。
僕らとは大違いだ。
永い間みんなに放っておかれて、お互いしかなかった僕らとは。
…ゆっくり瞬きをして、風が収まった頃に双眸を開く。
マフラーの裾を翼のように背後に広げながら、両肩を少し上げて、にっこり露西亜が笑う。

「ね? これでいいよね??」
「…」
「…おい。帰っとけよな」

英国が青い顔で迷惑な客人を見据えたまま一歩後退した。
…はいはい。
深々とため息を吐いて、露西亜の横を通って外に出る。

「…紅茶ご馳走様」
「あ、待ってよ~」

屋敷を出た僕の後ろから露西亜が着いてくる。
振り返らずにそのまま門を引いて、雪景色になってる庭を出た。

 

 

白い林道。
冬将軍が着いてこなくったって、僕の家に近くなれば成る程それなりに冷えてくる。
広大な敷地を持つ露西亜の家には温かい場所も寒い場所もあるけれど、平均気温で言えば僕の家の方が寒いから。

「…あんたさっきの所右折でしょ」
「だって遊ぶでしょ?? 将軍は帰ってくれたし」
「そんなこと言った覚えないんだけど」
「何しようかな~。時間あるし、ボードゲームでもする?それとも、ボルシチでも作ろうか??」
「…」

会話は諦めて、歩くことに専念することにした。
隣を歩かれたら突き飛ばすけど、以前、真横歩かないでと告げたのを覚えているのかどうなのか、数歩後を着いてくるような縦列で人気のない道を歩いていく。
道中、パフィンが僕の肩で背後を振り返った。

「あの野郎、本当に家まで着いてくる気か?」
「…」

パフィンの言葉に、僕は足を止めて振り返った。
距離を開けて着いていて来ていた露西亜も、僕が振り返ったことでぴたりと足を止める。

「…あんたさ」
「ん??」

言いかけて、何となく言い辛くて。
でも言い辛いとか、そんなことあるわけないし。
そこで一度浅くため息を吐いてから、また顔を上げた。

「…あのさ。無理して僕のこと構わなくていいんだけど」
「無理?」
「肩書きあれば十分でしょ。あとは上司たちで勝手にやるだろうし」
「え? だって僕たち恋人でしょ??」
「ちょっと…。止めてよ。鳥肌立ったんだけど」

"恋人"というフレーズにぞわっと悪寒がして、僕は自分の腕を抱いた。
パフィンも肩で総毛立って膨れあがっている。
確実に拒否反応を示す僕たちを無視して、露西亜が人差し指を頬に添えてにこにこ笑う。

「できるだけ一緒にいようよ~。その方が君も愉しいし寂しくないでしょ?」
「は? 誰が寂しいって?」
「君が」
「頭おかしいんじゃないの」
「え~? だって、ほら」

不意に、露西亜が人差し指で空を示して見上げた。
釣られて、僕も上を見上げる。
まだ時間的には午後の早い時間だけど、早速日が落ちかけた空は夕空をつくっていた。
でも、別に変わったものは何もない。
変わった形の雲もないし、鳥も飛んでないし。

「…?」
「最近み~んな言ってるよ。今年はすごく綺麗だね~って。この間は珍しい色も出てたし」
「…何が?」
「君のオーロラ」
「………」

顎を上げたまま、固まった。
…言われて、数秒後。
徐々に心音が慌て出す傍ら、急激に熱が顔に集まってきて、弾かれたように僕は顔を下ろした。
ひくっと喉が攣る。

「……え?」
「機嫌いいんだよね。今年は僕がいるから」
「…………」
「僕もね、今年は結構きれ…」
「うおちょ…っ!アイ…!!」

次の瞬間。
完全無意識のうちに、僕は肩に乗ってたパフィンを掴むと勢いよく振りかぶっていた。
ぶおん…!!と片腕が風を切る。

「ギャーーーー!!」
「わ…っ」

悲鳴を上げて投げたパフィンを、ボールのように露西亜がぱしっと両手で受け取る。
ぜーはー言いながら涙目になっているパフィンの頭を撫でて、彼が顔を上げた。

「ああ、可哀想。氷島君、友達は投げちゃ…」
「偶然!!!」
「…え?」

彼の話を聞かず、僕は声を張って断言した。
両足を肩幅に開き、肩を上げて全力で断言した。

「馬っ鹿じゃないの!? そんなことで僕のこと分かった気でいるんだとしたら浅すぎて笑えるんだけど!」
「え、でもオーロラってすごく感情が出ない? 僕もよく」
「出ない!!」

必死に叫ぶと、僕の声が林道に響いて近くの木々から雪が落ちた。
叫びすぎて息が上がる。
露西亜が笑いながら一歩歩みだし、何でだかそれがすごく怖くてびくりと身が攣った。

「あはは。まあまあ、落ち着いて氷島く…」
「さ、わらないでよ…!!」

伸ばされた片腕を、一歩後退しながら音を立てて力一杯叩き落とす。
やっぱり喉が攣ってスムーズに声が出なかった。
…顔が熱い。
やばい。勘違いされる。
これ以上されたら死んだ方がマシなんだけど。
向かい合ってられなくて、僕はくるりと背中を向けた。

「帰る!!絶対着いてこないで!」
「遊ばないの??」
「僕があんたと遊ぶわけない!」
「それじゃあ送…」
「いらない!!」
「ま、まちやがれェ~、アイスぅ~…」

がっがとブーツを踏みしめて大股に歩く僕の背後から、へろへろになって目を回したパフィンが露西亜の手を振り払って着いてきた。
ぺちゃんと潰れるように僕の頭の上にしがみつく。
投げたのは僕が悪かった。
あとで謝るけど、今はちょっと無理。
とにかく早く家に帰りたい。
あんなに寒かった林道は、火照る顔のせいで全然寒くなくなっていた。
オーロラとか、何言ってんの…!
意味分かんない!
確かに最近気にしたことなかったけど。確かにある程度反映されるのかもしれないけど。
…て言うか、もし機嫌が反映されているとして最近綺麗だったとしても、その理由は確実にあの飲んだくれじゃないから!

__いや、だってお前、どー見たってあれ…。

「…!」

大股で歩いている途中、不意に英国の言葉を思い出して青くなった。
……ちょっと。待ってよ。
まさか集団で勘違いとかしてないよね。
やけにお兄ちゃんや丁抹が突っ込んでこないなとは思っていて、ちょっといじけてたけど…。

「…………」

…冗談じゃないんだけど。
本当に冗談じゃない。
そんなことしたら本当に付き合ってるみたいじゃん…!
僕は足を止めて、ぎっと勢いよく背後を振り返った。
おそらくまだ見えるであろう露西亜の後ろ姿を睨み付けるために。
でも、一方的に睨み付けようと思って振り返った先で、まだこっちを向いていた彼と目があって、ぎくりと身が震えた。
緊張感なく、遠くでひらひらと手を振る。

「~♪」
「…っ!」

ぐっと言葉を呑み込み、僕はすぐに正面を向いてまた歩き出した。大股で。
もう絶対振り返らない。

「信じらんない…!あいつ馬鹿じゃないの!?」
「…アイス」
「何へらへらしてんの、露西亜のくせに!1%の可能性すら有り得ないじゃん、何考えての!すごい迷惑なんだけど!!」
「アイス…。顔から湯気出てるぞ」
「怒ってるから当たり前!!」
「…んまあ、温けェからいいんだけどよ」

翼を広げてぺったり僕の頭上にパフィンが張り付く。
確かに最近退屈はしなかったよなぁ…という呟きは聞こえない振りして、僕は尚もずかずかと道を歩いていた。
家に帰ったら熱い紅茶を飲もう。一人で!
誰にも邪魔されずに、静かな部屋で一人で飲もう。
そして今日はオーロラを絶対出さないように……したいけど、具体的にどうやるのかはよく分からない。
お兄ちゃんとかにあとで聞いておこう。

 

 

ちょっと久し振りに帰った家はひどく静かで、リビングのテーブルに飛び降りたパフィンが小さく身震いした。

「うう…。寒ィぜ~!」
「…いつものことでしょ」

暖房を入れて、暖炉に火を付ける。
湯気立つ紅茶を淹れて一息ついたところで、パフィンが翼を動かして僕を見上げた。

「さて。何する、アイス?」
「…」

最近は、何かしようとする前に横から邪魔が入っていた。
誰かがいるだけで"会話"してた。
お陰で、自分がいつも何をしていたのか、思い出すのに少し時間がかかった。



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露氷大好き!
マイナーなんて信じない。推して参ります。

2011.9.5





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