一覧へ戻る


「諾威、好きだ。俺と付き合ってくれ…!」
「…」

特別棟の空き教室。
そう言って、隣の隣のクラスの生徒が下げた頭を見下ろし、音にしないよう気を付けながらひっそりとため息を吐く。
…久し振りに感じるこの気怠さは、入学してから何回目だろうと、なんとなーく数え始めてみた。


En forfriskende vinden blåser fra deg




ぶっちゃけていえば、俺はモテる。
何がそうさせるのか知らんが、弟のアイスもどうやら中等部の方で随分と人気があるらしい。
別に俺ら兄弟に何があるという訳ではないのだろうが、中等部の時はやたら先輩から告られてたような気がするし、高等部に上がった現在は何故かタメから呼び出しを喰らう。
それでも、最近は随分減ったが。
今回の相手は初めて見る顔だった。
事前のお触れっぽいのは全く無く、いきなり呼び出されいきなり告られた。
外堀から埋めてって成功度をちまちま根暗っぽく上げてから来ないあたり、恐らく単体の性格はいい方なのだろう。
今時珍しい。
…が、当然、俺的に無い。

「…。悪ぃけど」

さも申し訳なさそうな声を自分の中で選んで、ぽそぽそと口にする。
自分の中で選んではいるが、実際は大して変わってねえのかもしれんが。

「俺、付き合っとる奴おっから」
「丁抹だろ?」
「…」

改めて聞かれると素直に頷きたくないが、まあ一応そーゆー流れになっている。
幼馴染みで家は近所、何の呪いか中等部からぶっ通しで同クラの奴は恰好の飾りだった。
…しかしまあ、中にはこうやって分かってても突っ込んでくる奴もいる。

「別れる可能性とかは全然無いのか?」

食い下がるタメ相手に、一瞬と言葉が詰まる。
…ああ。ここで俺ぁ"無い"と、応えなきゃなんねんけ。
俺が。
俺から。
うぜ…。
反射的に"そんなん有り余る"と返してえところを、何とか頑張って耐える。

「…ねえよ」
「本当かよ。…あいつで本当にいいのかよ。お前には釣り合わないと前から思ってたんだ。みんな言ってる。タイプが違いすぎて、実際は辛いんじゃないのか?」
「…」
「それに、いつも絡まれてうざそうにしてるだろ。幼馴染みだか何だか知らないが、何となく一緒にいて気が楽っていうのと恋人として付き合うのじゃ、違うと思うんだ、俺。あいつ以外を知らなくて判別できるのか? 何と比べて彼奴がいいのか、お前言えるのかよ?」
「まー…、確かにうぜえ時ゃあっけど…」
「だろ?」
「…!」

急に…というか、俺が気付かなかっただけだろうか…近距離で詰め寄られ、ぐっと垂れ下げていた両手の手首を掴まれた。
思っても見なかった距離に、驚いて顔を上げる。
当然、想定以上に近い距離に相手がいた。
馴染みのない相手の目の色に僅かな嫌悪感が生じる。
顔見知りでも何でもない奴が突然プライベートエリアに入って来られて警戒心抱かない人間はいないはずだ。
当然、俺も一気に警戒心が出てくる。
初対面だぞ、初対面。
見知らぬ相手に馴れ馴れしく両手なんか掴まれて、ぞわっと悪寒が走る。
一歩後退すると、相手がその分詰め寄った。

「ちょ…っ、なん…!」
「試しに俺にしてみろよ」
「はあ? おめ頭おかし……っ!」

離せだの何だの言っている間に、いつの間にか背後が壁になっていることに気付く。
どん…!と俺の背中が壁に当たった音を切っ掛けに、何かの糸がピンとその場に張った気がした。
俺がぎ…っと相手を睨み付けるのと、一瞬黒く揺らいだのが相手の双眸が鉢会う。
やべえ…と思ってちょっと本気で手首を掴む手を解こうと力を込めたが、掴まれた両腕を下げようとする俺と、上げて左右に開いて壁に押しつけようとしているらしい相手の力が拮抗し、暫くの間両腕が力押しで震えていたが、終いには負けて、両腕も開いて左右の壁に押しつけられる。
その時の衝撃で、ヘアピンで留めてる側の髪が一筋、ぱさりと視界に流れた。

「…」

冗談無しで、少し乱れたその前髪の間から相手を睨む。
勝ち誇ったような嫌な獣の目が苛っとした。
背中に悪寒が走る。
…馴れ馴れしい。
日頃あんまし動かねぇけど、俺が弱いとでも思ってんだったらお笑いぐさだ。
戦闘力は悪くねえ方だと自負してる。
一時は喧嘩なんてスッパリ止めてて病弱だったが、元々はやんちゃ坊主の性分だ。
喧嘩したとして、流石にスウェーリエに勝てる自信はまだねえけど、ウチの北欧クラスでも腕っ節は立つ方で、悪いがこれっくらいで拘束したと思っとる時点で相手負けだべ。

「…気易く、」

身動ぎしつつ、床に踏ん張っていた両足のうち、右足の踵を軽く浮かせた。
掴まれている手首から、逆に相手の上半身をぐっと手前に引き込み――。

「触んね!!」
「…――ッ!?」

ガッ…!と膝を上げる。
近距離で俺の行く手を塞ぐように立っていた相手の股間を、容赦なく打ち付けてやった。
玉金打ち上げ、布越しに皮の内側にある骨の感覚が膝に当たる。
声にならない悲鳴を上げ、顔を笑える程歪ませてから、相手が俺から汚ねえ手を離す。
よろよろと前屈みで近くの机に逃げていくその背中で、ぱっぱと制服を片手で払い、少し垂れた前髪からヘアピンを一度取って、髪を撫で整えつつもう一度しっかりいつものように留める。
…疲れた。
短く溜息を吐いて、ドアの元へ歩み寄ると取っ手に指先を掛け、振り返る。

「男いるっつってんべ。…見苦しぃ真似すんね。めんどくせぇ」

俺じゃねえけど、こいつにはこいつの相手がどっかにおるべ。
俺で足止めてる暇はねえだろっつー話だ。
…吐き捨ててから、まだ悶え苦しんでいる相手を残して、空き教室を出た。
少し陰っている階段を下りて、日差しが差し込む廊下に出たところで、漸く鳥肌が消えてくれた。

 

 

 

 

教室に戻って鞄を取り、足早に校舎を出る。
うちの学校は結構でかくて、今通ってる高等部の他に中等部大学部まであるんで、購買部がある場所は、中央にある花壇と時計を中心にちょっとした広場になっていた。
本屋だの雑貨屋だの軽食だのコーヒーショップだの、ジャンル分けされた店がてんてんと並ぶ中、ガラス張りの本屋の壁に、店の軒下にでかい図体が寄っかかっている。
何読んでっか知んねえが、不機嫌そのままにずかずか大股にそれに近づく。

「…」
「ん? …おっ」

一直線に向かってくる気配にはいかに鈍感な阿呆でも気付くものなのか、丁抹は読んでいた小説からふいと顔を上げて俺を見た。
真面目くさって読書してたその顔から一気に力が抜け、いつものへらへらした気の抜けた間抜け面全開で。

「よお、ノルー!なんだおめ、早かったんじゃねーけ? 用事ってのぁもう終わっぶぉはっ!?」

腕が届く範囲になると、肩に提げていた鞄を両手で持ち直し、ぶん…っと振りかぶって無言のまま一発その横面をはっ倒した。
横に一歩分、丁抹が蹌踉けたが、当然倒れはしない。
あっさり踵に力入れて踏みとどまったその顔を何となく素っ気ない様子で見るだけ見る。

「いちち…。なぁ~。何だっぺ、いきなし」
「…別に」
「…?」
「帰んべ」

相手に告げると言うよりは独り言のように呟き、校門へ向かって歩き出す。
ばたばたと数歩分の駆け足の後、許可無く俺の隣に丁抹が並んだ。
手に持っていた小説をひょいと浮かせて。

「なあ、これめちゃくちゃ面白ぇんだわ!次貸してやっけ? ミステリーとか好きだっぺ?」
「…」
「犯人がすんげー意外でよー!ぜってーおめぇも騙され……ん? …っとと」

話しかけてくる阿呆の身体に、横から何となくどん…っと軽いタックルをかましてみる。
よろ…と一歩分、丁抹が横に寄れて、不思議そうに俺を見返した。
そんな彼へ、今一度、どん…っと軽く肩をぶつける。
もう一度。
もう一度。
…そんなことをやっているから、校門が近くなる頃には、真ん中を歩いていたはずの道の端の方に寄っていた。

「…」
「…」

校門を出たところで、惚けていた丁抹が、不意に小さく笑った気がした。
珍しく阿呆が声をひそめて俺に聞く。

「…なーに。どしたぃ?」
「…。別に」
「…」

角を曲がる。
表通りから一歩入ったところで、ぐい…っ!と勢いよく手を引っ張るように握られた。
ぎゅうう…っと骨が軋むくらい一度握られ、苛っとする。

「痛ぇ」
「へへっ♪」

文句を垂れればすぐに緩んだ。
いつもならぶっ叩くが、今日はそういう気分でもない。
…触れた指先がふわふわと温かい。
少し指先が意味深に甲の皮膚を撫でるだけで、ざわりと快感が引っ張り出される。
…。
こーやってちょっと触られて、どっかのクソ野郎とは大違いってんだから、心底嫌になる。
少し首を伸ばして周囲を見てから、ダンが顔を寄せ、俺の耳に口付けた。
わざわざ音を立てる。
うざい。
…けど、同時に気が緩む。
手を繋ぐだけで気持ちいいなんて知れたら絶対ェからかわれる。
クールぶって、もう少ししたら抓ってやれと、心に決めて歩くことにした。
外で手を繋ぐぐのはリスキーだ。
けど、今日は誰に見られてもいい気がしていた。

告白御免の根性はまあ認めるが、それとは別に"隙間がある"と思われているのが不愉快だった。
…もっともっと、公認で噂になっちまえと、絶対口には出さねえことを考えながら、そろそろ抓るかと思って絡めていた指先を軽く解き、そのままデンの手の甲を捻ってやった。




一覧へ戻る


学ヘタでの丁諾書いてなかったなぁと思って。
仲良いのか悪いのか分からないけど公認カップル。
2013.12.04





inserted by FC2 system