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――それ、むっちゃくちゃ可愛いんな!

小さい頃。
花の輪っかを頭上に乗せて遊びに行くと、第一声が満面の笑みでのそれだったことを覚えている。
遠くから既に片腕ぶんぶん振るっていたが、近くに行けば小さな片手でわしゃわしゃと俺の髪を撫でた。
そんなに身長変わんねえのに、ガキの頃からいっつも年上面吹かせて。

――すんげー似合ってっぞ。お姫さんみてえで!
――…。
――なあノル。そりゃ王子さんの分はねえんけ?

おめが王子なんざ拒否に決まってんべ呆けカス、と一発入れる程、その当時は嫌っていなかった。
生憎自分で作ったものではなく、奴と待ち合わせていた場所へ向かう途中に会ったスウェーリエにもらっただけで。
でも作り方を教わったから、今からおめえにも作ってやっかんな…と。
そう続ける途中で、俺の頭上にある花輪が奪うように千切られた。
待ち合わせの丘の上で、風に乗って、散り散りになった花弁と細い茎が横に流れる。
吃驚して固まる俺の正面で、やっぱり笑顔の阿呆がいた。

「俺のが、絶対ぇうまくつくれんぞ。ええか、見てろよ!」

 

十数分後。
確かに、スウェーリエよりも甲乙付けがたい綺麗で配色センスのいい花輪を丁寧に頭に載せられたが、嬉しさよりも怖さがあった。
それでも離れられないのは俺に力がなかったからで。
あれはおめえの上司に相応しくねえと、度々上司が殺されて。
けど、どんなに喧嘩してても病弱で寝込みがちな俺を一番見舞いに来ていたのも奴で。
嫌いな所は多いが、好きじゃなくもない所も多少は同棲していて、結果傍にいた。

愛とは感情ではなく習慣なのだと、何処かの誰かが言っていた。
なるほど、こんなものなのなのだろうかと思いながら、足下の小石を蹴って歩いていた。


i overflaten av søvn




夜も更けてから漸く家に帰ると、定位置で丁抹がうたた寝をしていた。
人ん家で定位置を作るなという話だが、リビングの窓際にある読書の為だけの一人用ソファがある。
この部屋の中じゃ一番上等なソファで、俺自身読書用にしている。
足置きまでついているが、そこに伸ばした両足を乗せ、寝息も立てずに目を伏せて眠り込んでいた。
…たぶん本人はソファ自体はどこでもいいのだろうが、背後にある本棚が時間潰しに打って付けなのだろう。
カーテンも閉めずに。
広い窓の向こうからライトブルーの逆光が差し込んでいて、ぱっと見だけは幻想的だ。
因みに、合鍵は渡してない。
また勝手に造りやがったな、このぼんくら…。

「…おう。デン」

上着を脱いでハンガーにかけながら一声呼んでみるものの、反応がなかった。
上着を掛け終わり、奴の方を見て数秒待ってみたがやはり反応がない。
…人ん家でぐっすりけ。
一発はっ倒してやっか。
片手を腰に添えて浅くため息を吐いてから、窓際のソファへと歩み寄って横に立ち、いつものように頭をすぱんと叩こうとして、ふと軽く上げた右手を止めた。
…ここの所忙しかった。
こいつの寝顔を見るのは久しいかもしれない。

「…」

閉じてねえと分かんねぇけど、案外睫が長かったりする。
長い睫に影が落ちていた。
氷島曰く"黙っていれば顔だけはいい"らしいが……どーだか。
確か、和蘭のことも同じように評価していた気がする。
外見良くて性格難ありじゃ話になんねえ気がすっけど…。
別に、特別美醜など気にしたことはないが、やはり黙っていれば瑞典と似ているのは否めない(本人たちは断固否定するだろうが)。
幸いなのは、互いの趣味が違うことだろう。
髪型や服のセンスなどが微妙にずれてるんで、見間違うと言うことはまずないが、それでもずっと昔に同じ軍服などを着ているとやはり似ているなと実感したことがあった。
近くで見て、目の色とかを省いた特別違うところと言えば、ちっとの垂れ目と……あとは、こうして寝ている時に眉間に皺が寄っているか寄っていないかだろう。
ストレスなさげなぐっすりの寝顔が笑えてくる。
無防備過ぎる。
今ナイフで刺したらあっという間に殺せるだろう。
ナイフじゃ流石に洒落になんねぇが、ボールペンやペーパーナイフ辺りならやってみても面白いかもしれない。
ぶすっ!と刺したら大声上げて飛び起きるんだろう。
予想するとちっとだけ口端が緩んだ。

「…」

気紛れだ。
音を立てぬよう細心の注意を払いながら、太い肘置きに静に腰掛けた。
軽く体を捻って身を寄せる。
体自体には触れないよう気を付けながら顔を詰め、目を伏せる。
あと少しで唇が触れ、目を伏せようとしたところで…。

「……悪ぃ。…起きちった」
「…!」

目を瞑ったまま微動だにせず、ぽつりとその唇だけが動いて掠れた寝起き声を発し、ぴくっと詰めていた顔を直前で止めた。

「…」
「…」

バツが悪い。
…普通起きっけ?
せめて寝たふりしとけ。
舌打ちしてすぐに傾いていた背を直し、逃げるように肘置きから立ち上がる。
今の一連の流れはなかったことにして、ソファから離れるとキッチンへ向かうことにした。

「…不法侵入すんなっつってっべ。ええ加減訴えっかんな」
「…」
「何か飲むけ?」

こっぱずかしい現実を追いやるには、無理にでも他愛ない日常を引っ張ってくるに限るので、いつものように悪態吐いた。
時間が時間なので、外で軽食を食べてきた。
腹は膨れているので食欲はないが珈琲でも淹れようかとキッチンへ片足を踏み込んだが、そこまで俺が移動する間も一切返事がなく、その場で足を止めて窓際を振り返る。

「…おい?」
「…」
「何狸寝入りしてん。キスなんざしねえかんな」
「……」

あくまで眠ったふりを続ける気らしい。
距離があるが、手近にあった雑誌を取って振りかぶり、阿呆の顔面狙って投げつけた。

「あいで…ッ!?」

バッサッ!と音を立てて雑誌が狙い通り丁抹の顔面にヒットする。
流石に反応せざるを得なくなり、閉じていた目を開けて雑誌の当たった頬を片手で撫で始める。
諦めて起きるかと思いきや、広がって膝上に落ちたその雑誌を閉じてソファの横へぼとりと落とすと、再びさっきと同じポーズでソファに背を預け、瞼を閉じて寝たふりを続ける。

「…。おい」
「ぐー」

何がぐーだ、阿呆か。

「カフェオレにすっかんな」

飲みもんのリクエストを聞いてやっかと思ったが、止めた。
俺が今飲みたいものを作ることにして、改めて足を進めてキッチンへ入る。
二人分の湯気立つカフェオレをマグに流し込み、シナモンを阿呆のマグにだけ大量にぶっ込んで、棚に置いてある瓶の中からビスケットを二枚摘み上げてから、再びリビングへ戻った。
阿呆はまだ寝たふりを続ける気らしい。
無視して、窓際のソファから離れた、別のソファセットのテーブルにそれらを置き、俺もそこへ座る。

「…冷めんぞ」
「…」
「…。んな寝たふりすんだったら起きなきゃえがったべ」
「んん~…。んでもほれ、起きちまった以上キスされりゃ倍返ししたくなっからよ、結局狸寝入りバレちまうっぺ? そんなら、最初っから白状しといた方がええかな~ってな、思ってよ」
「…」
「だーいじだって!俺バッチシ寝てっから!」

瞼を閉じたまま、朗らかに声だけを張る。
何が大丈夫で誰が寝てんだ。

「やんねえっつってんべ。…勝手に寝てろ」

相手にしないことを決め、片手でマグを取って一口飲む。
足を組んでソファの背に背を預け、いつもの夜と同じようにフォンのメールチェックといくつかのサイトチェックをし、テーブル端に置いてある、さっき投げつけた雑誌とは別の雑誌を膝の上で開きながら時間を過ごすことにした。
数分に一回、ちらりと窓際の阿呆を一瞥する。
そのうち諦めるだろうと思ったが、案外しぶとく粘る気らしい。
軽くため息を吐いて、雑誌へ視線を戻し、さして興味もないページを捲った。

 

十五分が経過した。
阿呆は相変わらず寝たふりを決め込んでいる。
若しくは、本当に二度寝をしたのかもしれない。
…まあ、それはないだろうが。
それにしても強情だ。
喋ったり何だりしねぇんなら、蹴り飛ばして家から追い出したくなる。
時間も遅いし、シャワーを浴びて寝ることに決めて席を立つ。
リビングを抜け出て廊下へ入り、一端自室に戻る。
着替えとタオルを片腕に抱えながらバスルームへ向かい、それらをカゴに入れて…。
…。

「……ッ」

そこで顔を顰めて舌打ちし、バンッ…!と雑にバスルームのドアを開けて廊下に出た。
大股で苛々しながらリビングへ戻り、窓際で未だ寝たふりしている阿呆の元へ歩み寄ると、右腕伸ばしてぐんと勢いよくソファの背に沈んでいる襟首のタイを掴み上げる。

「うお…っ」

素早く背を屈め、短く上がった悲鳴を塞ぐようにしてキスを放る。
俺が唇を合わせてすぐ、変わり身早く俺の首後ろを鷲掴み、顔を詰めて舌を差し込まれそうになったが、侵入される前にその腕を叩き落としながら正面の胸を勢いよく突き飛ばした。

「どわ…っと、と!…あいでッ!?」

不意打ち喰らって、尻餅着く要領で再びソファに沈み込む丁抹の頭を、おまけに一発、力一杯ぶっ叩いた。
片手で叩かれた場所を押さえる彼に、極力冷たく言い放つ。

「…二度としねえかんな」
「ははは!まぁンないじけんなって。次からはよ、俺もう起きねえようにすっから!」

一発キスして諦めが着いたのか、叩き落とされたソファに改めて体を預けて左右の肘置きに一度両腕を乗せてから、右手を顎に添えてへらへらと阿呆が笑う。
周囲に見えない花を散らすように、そりゃあもうふにゃふにゃと。

「…にしても、寝顔にチューしてんのは俺だけだっぺーって思ってたけどよ……ぅあは~っ!ダメだぁ。にやける~!」
「…」
「ぶわ…!?」

反射的に足下に転がっていたさっきの雑誌を拾い上げ、両手で持つとへらへら緩みきった顔で笑っている丁抹のド頭側面狙って振りかぶり、全力ではっ倒した。
バッチィン…!!と派手な音がしたが、薄い雑誌ではなかったんで大して痛くはないだろう。
電話帳くらい分厚いのだったらよかった。
顔面骨折くらいしてくんねぇと腹の虫が治まらねえ。
顰めっ面で足下に雑誌を叩き付け、背を向ける。

「あ、ノル待てって…! 悪ぃ悪ぃ。機嫌直せな。…な? ノールぅ~!」
「…」

飛んでくる子供をあやすような猫なで声を完全無視し、入ってきた時と同じように大股でバスルームへ戻った。
どうせ顔は赤いだろうから、鏡を見ないよう気を付けながらさくさく服を脱いでバスルームへ入り、やはり雑にドアを閉める。
いつもより少し冷たい温度のシャワーを浴びて出る頃には、阿呆は悠々とソファセットの方に移動して冷めたカフェオレを飲んでた。
その光景に落ち着いた神経が逆撫でされ、やはりも一発くらい入れなきゃ気が済まず、今度は電話帳持ってくると顔面狙ってぶん投げた。

顔面骨折は無理だったが、左の頬に擦り傷つくってやったんで、まあ良しとする。




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こっそりキスするのは丁さんだけじゃないはずです。
途中で起きたら途端に止めちゃったりすると突然止めたり。
それもまたきゅんときちゃいますね。
2012.10.19

 






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