一覧へ戻る


「あ…。雨ですね」
「…」

隣を歩く日本の声に顔を上げると、鼻の頭に的確に雨粒が落ちた。
自分とこよりも広く感じる日本の家の空。
朝から曇っとったんは分かりきってて、いつか降り出すんじゃないかと思ってはいたが、ぶらついて日本の家に戻るまでは降らんだろうと高を括っていた。
自分で立てとった予想や予報が外れるんは、個人的に酷く勘に障る。
思わず、煙管を咥えたまま舌打ちした。
ようやっとちょくちょく散歩に出るまでになったんや。
日本が出るっちゅー間くらい天気の日ぃ選んだつもりで、裏切られると腹が立つ。

「朝から曇っていましたから…。傘を持たずに出たのは失敗でした。すみません、和蘭さん。これをどうぞ」

自らを省みず、まず第一にと差し出された一枚の布を受け取り、広げる。
頭でもかぶっとれっちゅーことなんじゃろが、ちっこすぎて俺には足りんわ。
広げたまま、ぺいっと日本の頭上に放り投げた。

「わ…」
「…こらどっか雨宿りやの」

段々と雨脚が強くなる。
天から降り注ぐ雨に、道中行き交っていた連中が足を速める。
背丈の低い連中がわあわあ言いながら散る様は、何というか、可愛げがある光景だった。
近くの茶屋が目に入り、顎でそこを示す。

「ほこでええやろ」
「ええ、そうですね。…ああ、そう言えば」

頷いてから茶屋で思い立ったのか、日本が不意に顔を上げて僅かに口端を緩めた。

「この間いただいたカステイラ。とても美味しくいただきました」

柔らかく微笑する日本を見下ろし、一瞬遅れて、目線を外す。
何となくため息を吐いた。
…こんな時にどう反応してええんかが、未だよう分からん。
いや、分からんも何も、ただ「そうけ」と一言返せばいいだけのはずだ。
自分の中でそんな自問自答をしとるんで、表現するのに時差が出る。
間を置いて、ほーけ…と、取り敢えず頷いておいた。
ほんなら、次も持ってきたるわ、というのは思うだけで、言葉にするのは控えることにした。
軟派もんに見られとうない。
茶屋に入って雨足が止むまで、暫く休むことにした。

 

通り雨だったらしい。
勢いよく降り出した雨は、30分もすれば止んだ。
茶屋の暖簾を潜って表に出る頃には、あちこちに水滴が残るものの青空が広がっていた。
うちん所と違って四季が明確な日本の家ではこういうことは時期的なもんらしいが、それにしたって気ままな空には迷惑する。
空は誠実な方がええ。

「早くに止んで良かったですね」
「ほやのお…」
「…あ、あの、和蘭さん。今晩、ご都合宜しければ是非お泊……ぶぎゃっ!?」
「…」

道を歩いている途中、猫が潰れたような声が不意に響き、隣を見ると日本がいなくなっていた。
足を止めて肩越しに背後を振り返る。
三歩分ほど背後で、彼は道に四つん這いになっていた。
通り雨の雨上がりだ。
レンガで舗装されとらん土道は泥と化しており、両手両膝着いた日本はしっかりその部分が茶色に染まっていた。
半眼で身体ごと振り返る。
何となく、しみじみとその格好を眺めていた。
トラブルがあったからっつって今さっき彼が言いかけた言葉を忘れるほど、重要度の低い誘いでもなかった。
恐らくそれなりに意を決した発言だったのだろう。
言おうとしていた内容が内容だけに上げる顔がないのか、四つん這いのまま、だらだらと冷や汗をかいて日本はそのまま沈黙し続けた。
耳が赤く、ぷしゅぅと微かな湯気が上がっている。

「…何しとんじゃ。どぁほ」
「………すみません」
「…」

面倒臭さを見せつけるように彼に近寄り、手を貸してやろうと差し出すと、日本はぱっと顔を上げてそれを断り、何とか自分で立ち上がろうとする。
泥触んのは勘弁なんで、細っこい腕掴んで上体を上へ起こしてやった。
両掌と膝と、膝から下のキモノに足下。
殆どに泥水が着いている。
ぶらりと汚れた両手首を下げ、申し訳なさそうに日本が目を伏せた。

「あの…。懐に手拭いがあるので取ってくださいますか」
「懐…?どこや?」
「うわっ…!?」

そんなに強く引いたつもりはないが、指先襟に引っかけて片手でぐいと手前に引っ張ると、広がった襟の後に軽い日本の体が追って着いてきた。
一瞬俺の方に倒れてくるかと思って思わずもう片方の手を浮かせて構えたが、両足で踏ん張ったらしい。
目を白黒させてさっき以上に赤くなった顔を上げる。

「違…っ、懐って違います!羽織の内側です!そこじゃないです!!」
「…」

気が向いた時ぁ上半身素っ裸で庭で棒きれ振っとるくせに、何赤くなっとんじゃ。
第一、見腐っとるわ。
面倒臭さが勝って、日本の襟から手を離すと自分の襟から白い襟布を解いた。
慌てて引っ込めようとする日本の手首を掴んで、雑に拭ってやる。
俺の布が汚れるんを気にして何度も謝られ、鬱陶しいことこの上なかった。
…しかし、手は綺麗になっても膝下の泥まみれなキモノはどーにもならんわなあ。
すっかり汚れた襟布でぱっぱと泥を払ってみるが、気持ちだけで汚れが取れる気配はない。

「のくてえやっちゃなあ…。何でなぁもねえとこで転けとんじゃ」
「すみません…。草履がぬかるみにはまって……あ」
「あ?」
「鼻緒が…」
「…ハナオ?」

足元を見た日本が、何かに気付いて片手を足首に添えようと背を屈める。
屈み込んだ彼が邪魔で俺からはよう見えんで、俺もちっと前屈みになって横から覗き込んだ。
ぬかるんだ足場に、植物編み込んで造ってある日本の靴が引っかかったらしい。
足を支える紐のようなものがプツリと切れていた。
んな植物やら布やら、やわいもんで造るっとっから壊れるんや。
第一、靴らしく爪先を覆ってもいない。
俺から見れば、彼の靴は一枚の小さな小さな絨毯のように思えた。
千切れた靴の一部を取り外し、屈んでいた背を直して、日本が掌の布を困り顔で見下ろす。

「これは…困りました。どうしましょう」
「どーしたもこーしたも、ほんな靴履いとっから悪ぃんやろ」
「え? わ、え…! ちょ、ちょっと、和蘭さん…!」

両方の袖のボタンを外した後で日本を抱き上げてやろうと肩に手を添えて屈みかけると、日本が強めに俺の顔面を押し返して拒否した。
親切心やのに拒否されたんに苛立って、顔を顰めて睨む。

「…何や。人が運んでやろうっちゅーに。おめえ歩かれへんのじゃろ」
「折角ですが、お心だけ頂戴します。日本男児たるもの、余所様に抱き上げられるなんて恥辱には耐えられません。駕籠を呼びます」
「…」

日本がそう言うので、放置することにした。
彼が恥辱だとか恥だとか言いだしたら放っておくのが一番だ。
迂闊に絡むと全力で反論し、くどくどと正座して半日の説教が待っている。
あの正座っちゅーんはほんにしんどい。
それでも強行しようとするとハラキリの準備を始める。
近くの通行人に日本が声をかけ、暫く待ってから駕籠が来た。
狭い駕籠に閉じこめられるのは苦痛なんで、俺は横っちょの奴に馬を借りることにして帰路に着いた。

「これでよし…っと」

家に着いたと同時に使用人にボロ布を持って寄こさせ、それで新たに壊れた靴を、おめえンな適当でええんけ…と疑いたくなるほど適当に修正する。
修正したところでぬかるみに嵌りやすいのは変わらんだろうに、ようやる。
満足そうにゾーリから手を離す日本を、横の畳にごろ寝しながらぼんやり眺めていた。
…靴のお。
胸中で呟くだけ呟いて、目を伏せる。
障子一枚挟んだ日差しは柔らかく、眠気を誘う。
微睡みの中で反芻しながら日本放っぽって昼寝を選んだ。





Overschot boek



仕事が忙しいんは承知の上のはずだ。
俺が尋ねん限り、何ら接点はない。
家の奥の方で引き篭もり、一歩も外に出ようとしない。
日本の部下んとこに俺が立ち寄ったことを知っていても、会いに来ようともしない。
最初は何様じゃと腹立ちもしたが、この引き籠もり爺さんは、どうやら俺の仕事の邪魔をしまいと必死こいとるらしい。
感情表現ドヘタな上司を何とかフォローしようとしたのか、彼の部下である大阪が困り顔で言ってきたんで、取り敢えず好意的にとって納得しておくことにした。
とにかく卑屈で傲慢で面倒臭いことも多いが、ほんな気ぃ使わんとけとこちらから言ってやるんはサービスしすぎや。
柄やないし、自分の都合で動けるんやったらそれで構へんやろ。
どっかの女どもや妹や、ぎゃーぎゃーぴーぴー喧しい近所の連中ほど小うるさくないだけ楽な相手やと割り切る一方、たまにはちっと上手く強請ることも覚えさそうと、時折、気紛れに数ヶ月放置しておくことがある。
手紙の一枚でも届いたらまあ合格や。
仕事の要件で見事に覆われた遠回しな"会いたい"を伝える文面を畳んで、花束片手に何気ない顔して極東へ向かう。
季節柄、丁度チューリップがええ感じなんで、少し大袈裟に包んだ。
いつも携えるその手土産の他、今回はちっと、も一個持って出た。
貿易の取引終えたら顔出してやるかと思いながらペンを走らせて家に帰り、自室のドアを開けると、

「こんにちは、和蘭さん…。あの、お邪魔しています」
「…」

日本の部下と貿易の話を終えて自室に戻ると、室内で日本が待っていて、少し呆けた。
畳の上に設置した洋風のテーブルとイス。
和風の中に無理矢理押し込んだ俺ん家の家具に腰掛けていた日本が、立ち上がって浅く頭を下げた。
テーブルの上には、ゲージから出して遊んでやってたのか、留守を任せてある飼っとるウサギがちょこんと座って丸まっている。
人嫌いはせんとあんま懐きもせんウサギだが、日本のこた気に入っとるようで、彼と遊んでいたのだろう。
自室…というか、まあ、一戸建てだ。
日本の家に来る時は大体彼の家に泊まることが多いんで忘れがちだが、俺が長期滞在する為に、日本が港に近い南の土地を使えと家ごと用意してくれたやつがある。
あんま使うことはないが、彼と距離を取ってやろうと思う時はちょいちょい使う。
俺が来ていることは知っていても、てっきり俺の仕事が終わって部屋から出てこんやろと思っていたが、自力でここまで来れたんか。
…ほおん。
こら点数付けちゃあ満点やな。珍し。
放っぽっといた甲斐があったっちゅーもんや。
胸中の感心を顔に出すことなく、袖のボタンを取りながらその横を通り過ぎて奥の箪笥へ向かった。
堅っ苦しい形式張った仕事着を脱ぎ捨て、シャツの上から軽いベストに腕を通し、裾を引っ張る。

「あの、すみません。お仕事がお忙しいかとは思ったのですが、本日夕刻には終わると伺ったもので…」
「よお一人で来れたのお。部下連れんで表歩けたんけ」
「いえ、その…。途中まで一緒でした…」
「…」

半眼でため息吐く。
そんなことだろうなとは思った。
箪笥の上に置きっぱなしだった煙管棚から煙管を咥えて火を着ける。
過ごしやすさと効率を考えた家具で揃えたこの建物において、畳とこの煙管、それから壁にかかっとる絵画くらいが日本の家のものだ。
指で煙管を挟み、深く息を吸って煙を吐いてからもう一度咥え、漸く彼の方へ歩み寄る。

「晩にでも行こう思っとったとこや。手紙に書いとったじゃろ」
「は、はい…ですが」
「…」
「…」
「……」
「……えーっと…」
「まごつくなや、ボケ。…何でズバっと言えんで。はよ会いたかったっちゅーだけやろ」
「いえ、まあ…。…はあ」
「…歳喰い過ぎよって言葉もよお出んけ。可愛げのうてやんなるわ」
「…!」

しょーもない顔して俯く日本に呆れ、左手で顎取って真上向かせてキスを放る。
日が沈んでるか沈んでないかで反応は正反対で、西から差し込む窓の夕陽の中じゃまだ拒否の割合が高い。
日本は両目を見開くと慌てて俺の肩を力を込めて押し返した。
…込められたところでびくともしないが、押された振りして一歩後退してそのまま距離を取り、傍のドアの方へ向かう。

「ちょっ…、和蘭さん!」
「書類置いてくんで、ちっと待っとき。…ああ。ほこにあるやろ、花束。おめえにくれるわ」
「え…?」
「後で球根も適当に送ったる。今年ぁ新種の出来がええで」

歩きながら手に持った煙管の先で、テーブルに置いてある花束を示す。
日本が振り返ってる間にリビングを出て書斎へ移動した。
リビングと同じように、畳の上にでんと位置している家具のデスクに今日の書類を置き、代わりに、そこに置いてあった小さな箱を掬い上げる。
小脇に抱えて、再びリビングへ戻った。
元いた部屋では、既に日本の機嫌は落ち着いているらしかった。
置いてあった小さな花束を腕に抱えて、また曖昧な顔で入ってきた俺へ目をやる。
いかにも何か声をかけて欲しいと、そういう顔だ。
何かネタがないと自分から会話すら切り出せないらしい。

「…」
「…なんや。おめえ靴脱いどったんけ」

今からやるものがやるものだけにふと日本の足下へ目をやると、白い足袋があった。
底も側面も灰色に薄汚れている。
彼の家ならともかく、ここは俺ん家ルールで土足で彷徨いてるんで、畳は絨毯のような感覚だ。
靴を脱げば、そりゃあ汚れもする。

「汚れるやろ。ここじゃ脱がんでええんやっちゃ」
「ですが、草履を履いたまま畳に上がるというのはちょっと…」

何やら抵抗感があるらしい。
俺からすれば、部屋にいんのに靴脱ぐ方が心もとないんやけどな。

「…まあ、丁度ええげ」
「? 何が……うわっ!」

小さく息を吐いてから、日本の傍まで来るとその身体をどんと押した。
押しただけだ。突き飛ばしたつもりはない。
だが、予想に反してちっと大袈裟に、日本は背後のイスに大きな音を立てて尻餅ついた。
その音に俺の方が内心驚き、上から僅かに背を屈めて彼の左肩に手を置いてイスに沈んでた背を起こすのを手伝ってやる。
ほんに軽いやっちゃな…。
ずり落ちたような格好で尻餅着いていたのを、きちんとイスに座らせてやった。
間抜け面で日本が俺を見上げる。
俺の影の中で、赤い顔が湯気立てていた。
露骨な警戒として、ひらひらした袖の中に入れた片手で口元と赤くなった顔を隠して、イスの中でこぢんまりと身を縮ませる。

「な、何ですか…?」
「何赤くなっとんじゃ。なーもせんわ」
「あいたっ」

やるやらないは別として拒否の態度がちっとムカついて、ぺちりと彼の頭を一度叩いてから、その足下に屈んだ。
抱えていた箱を置き、中からそれを取り出す。
叩かれた場所を押さえていた日本が、それに気付いて片手を下ろし、覗き込むように自分の足下に並べられた手土産を見下ろした。
見た瞬間、感嘆の息が溢れる。

「これは…。洋靴、ですか…?」
「洋靴っちゅーか、クロンペンっちゅーて…んまあ、俺ん家の木靴やな。柄は色々あるんじゃが…ほれでええやろ?」

黒地に風車と花。
日本のサイズで子供向けではない柄を探すにはなかなか骨を折った。
結局面倒になって、贔屓にしとる仕立て屋呼んで造らせる羽目になった。

「もしかして、くださるんですか?」
「ほんサイズで俺が入るとでも思とんけ。見て分かるやろが。やらんと、どーせまたすっ転んで泥んこになるんじゃろ。おめえどんくせえからの」

後ろポケットからハンカチを取りだして、足袋に着いてた汚れを払ってから、改めて足下に並べた。
屈んでいた身体を起こし、手を取ってやる。
とろとろ重ねられた片手をそのまま手首掴んで、引っ張り上げるようにしてイスから浮かせた。
どこぞのお姫さんのように、細い爪先が木靴に入る。

「湿地に強ぇで、雨ん時でも履いとき。…結構値ぇ張るんやで」
「…」
「ほな行くで。ちんたらしとんな。日ぃ暮れるわ」

実際、もう夕方だ。
かぽ…と片足を上げて、自身の足下を見下ろしていた日本をそのまま放置しとくと動かなそうだったんで、彼に背を向けて、イスの背の一つにかかっていた私服のコートとマフラーだけ片腕にかけた。
何故か苦笑しているような気がするテーブルの飼いウサギの後ろ首を指で摘み上げ、ぺいっといつものように定位置である左肩に乗っけてから、玄関へ繋がるドアへ向かう。
後ろからばたばたと日本が慌てて着いて来た。
やはり畳の上で靴を履くのは嫌なのか、一瞥すると、折角履いた木靴を脱いで腕に抱えて着いてくる。
玄関である土間に着いたところで、漸くその靴を地面に置いて足を通した。
通したが、始めじゃ慣れないのか、玄関出て三歩目でいきなり転びかけ、不意にシャツの背中を掴まれる。
くっと背中を引かれ、呆れ半分で振り返った。

「っとにのくてぇやっちゃな…」
「すみません…。早いところ履き慣れ……って、ちょっ、ぁ…わっわわ!?」

ため息吐き、彼の腕から邪魔っぽい花束を取り上げ、代わりにぽーんとウサギを投げて寄こす。
全身全霊で放られたウサギをキャッチしてから、日本が青い顔で叫んだ。

「何てことするんですか和蘭さん!酷いじゃないですか、こんなにぷりちーなウサギさんを投げるなんて!もし落ちたりしたら…!」
「…ん」
「ぶわぷっ」

そんな彼に、咥えた煙管に花束抱えた方の手指を添えながら、もう片一方の腕をずいと突き付けて黙らせる。
一歩後退し、低い鼻の頭を片手で押さえながら、日本が顔を上げる。
…あんまエスコートすんのは好きやないんやけどな。
さっきみたいに急にシャツ掴まれて、破れでもしたらそっちの方が面倒じゃ。

「何ですかぁ、もお…」
「掴まっとき。折角転ばんなっちゅーて靴やったとこ転けられちゃあ顔立たんげ」
「へ…?」
「はよせえ」
「…あ、はい」

丁寧にウサギを片腕で抱きかかえたまま、そっと細い手が伸ばされて腕を取る。
足下を気にしながら、よたよたと歩く日本はいつも以上に存在が不安定で淡い。
ずーっと年上なんは解っているつもりだが、随分ちまっこいお姫さんでも相手してる気になって、何となく妹の小さい頃を思い出した。
今ではすっかりお転婆且つ生意気になり、俺の腕に寄りかかるどころか話そうともせん。
反抗期だろうからそのうち落ち着くとは思うものの、いけ好かないのは仕方がない。
その分、久し振りに腕にかかる他人の手はやけに温かく感じた。
大した距離でもない道の端を、いつも以上に時間をかけて歩く。
カタカタ…と小さく足で鳴る音が気に入ったのか、俯いていた日本が不意に顔を上げて俺を見上げた。

「何とも可愛らしい…。ありがとうございます。大切にします」
「ほーけ」
「お花もいただいてばかりで…。何かお礼をしないといけませんね」
「んなもん、まんまおめえで構」
「お、往来で何言い出すんですかあなたって人は…!!」
「…」

真横でいきなり俺の声を消す声量で怒鳴られ、きーん…とひどく耳鳴りがした。
そら誰かが聞いとったら困るやろが、当人同士の間なんやから冗談で言ってもえやろ。
湯気立つ赤面で寄り添い歩く爺さんを一瞥してから、まだ耳鳴りが残る耳の穴に小指突っ込んで、やれやれと肩を落とした。
その辺も突っ込むと後々面倒臭いんで流すに限る。
以前、弄りすぎてスッパリ寝なくなり、いい加減俺がキレて襖ブチ破って以降、日本が嫌ならそっち系の話はしないと誓ってやったが、そのアウトラインが広すぎて嫌んなる。
片手に持っとった花束を肩にかけ、目を伏せた。

「ほんならえーわ。言わんでおくわ。…もらえりゃほれでええんやからのお」
「…」
「やあやあやあ、お二人さん~!すんまへーん、おまっとーさんですー!!」

遠くからかかる声に伏せた目を開く。
仕事が終わったのか、大阪が道の正面から片手を大きく振って小走りに駆けてきていた。
顎を上げてすぐに彼を見返した俺と違い、日本の方は赤い顔で俯いたまま、こっちのシャツを握る手を僅かに強めて、上げる顔を探しているようだった。
鼻で笑って、わざと部下を無視してええのかどうか尋ねると、しどろもどろで何とか顔を上げる。
駆け寄ってきて日本の顔見るなり、熱でもあるんとちゃいますかと尋ねる大阪に、何でもないですと返して背中に隠れようとする細い声に満足する。
物価で好意が買えるんやったら、安いもんやとしみじみ思う。
これも一種の取引で、一方的に見えて、赤字のつもりは全くない。

人混みから俺を盾にしてそのまま隠れようとしがみついとる日本と、彼の新しい靴に気付いて我が事のように 喜び、あれこれ尋ねる大阪を引き摺るように歩き出す。
顎を上げて夕空に細く煙を吐くと、すぐに西の朱に吸い込まれて熔けて消えた。






一覧へ戻る


木靴をプレゼント。
あの靴可愛いですよね、一足欲しいくらい。
でも、草履だってなかなかどうして丈夫なんですぜ、和蘭さん。
大阪さん可愛いですよねー。

2011.8.14






inserted by FC2 system