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「…あでっ」

爆睡していた布団の中で、不意に額に何か小さい物が当たり、俺の意識は夢の中から浅瀬へ戻ってきた。
…とはいえ、んなすぐ起きる訳もねえ。
目を伏せたまま右手を布団の中から出し、何かが当たった場所を軽く掻いて再び寝に入る。
ぐう…と再度夢の中に潜ろうとした俺の額を、続け様、こつんこつん…と、また小さい物が二つほど当たった。
…。
何だってんだ。
俺ぁ眠ぃーんだっつーの…。
物が当たった眉間に皺を寄せて数秒間顔を顰めた後、ようやっとぼんやり薄めを開ける。
重い瞼をぼんやり開けても、いつもの天井が入って来るだけだった。
暫くぼーっとしてから視線を自分の胸元に下げると、丁度鎖骨んとこに赤くて丸い小さな、きらきらした飾り玉が転がっていた。

「…あー?」

恐らく寝起きの酷い人相のまま、ふわふわした力の入らない指先でそれを抓んでみる。
何処かで見覚えが…と数秒間考えてみるがどうもすぐには思い出せない。
ここは二階のベッドルームだ。
こんな飾り玉みてーなの持ち込んだ覚えも無いし、何でこんな所にとぼけっとした頭で考え、手探りでその辺を適当に探ると、枕の横にもう一つ同じ物が落ちていた。
さっき三回デコに当たったんだから、もう一個どっかにあんべと、仰向けに寝転けてた身体を、半眼のまま左肘を着いて上半身を軽く起こしたところで、隣に寝ているノルが視界に入り、一瞬動きを止めた。
ベッドヘッドの時計を見ると午前三時。
日付が変わったのなら、今日はもうクリスマスだ。
さんざん寝惚け気味で苛々してたってのに、彼の寝姿を見た途端それまでぼんやりしてた意識がすぐにはっきりしてくる。
…こっちっ側向いて目を伏せてる姿がそりゃあもう綺麗で、それだけで胸がほわほわしてきた。
起こさねえよう気を付けながらも、出ている白い肩がなるべく隠れるように片腕伸ばして布団を上へ引っ張った。
距離を詰めて肩を抱き、頬へキスしてから身を引く。
その途中、肘ん所で何か踏ん付け、俺とノルの間のシーツ上へぽとりと、三つめの赤い玉が落ちていた。
先の二つを枕横に置き、それを指で抓んで改めて少しだけ覚めた目で鼻先へ持ってきてみる。
…こりゃ何だっぺ?
寝付いた時にゃこんなのベッドに無かったはずだ。
ノルのなんかな。
…いやでも、たった今額に落ちてきたってことは…。

「…?」

仰向けに横たわったまま、顎を上げるようにしてベッドヘッドを見上げる。
あんましごちゃごちゃ小物を置くのが好きじゃねえんで大した物はなく、さっき一瞥したデジタル時計と読みかけの小説があるだけだ。
どっから落ちてきたんだか知らねえが、落ちるとしたらベッドヘッドか、あとは暗闇で目視できない天井だ。
まさか天井から物が降ってくるわけはねえから、やっぱヘッドだとは思うが…。

「んー…。どっかで見たことあるよーな…」

小声で独りごちながら、指先で抓んだ小玉をくるくると回してみる。
暗闇の中じゃあんまよく見えねえが、鮮やかな赤に金色のラメが微妙に入っている。
…。

「あ…」

不意に思い当たり、ついつい閃いた時の癖で反射的に右手の指を鳴らそうと振り上げたが、その指が音を鳴らす前に隣で寝ているノルのことを察して左手ですぐさまがばっと右手を包み込んで押さえた。

「あーあーあーあー。はいはいはい…」

小声で呟きつつ、目元を擦りながら遅れて隣を一瞥する。
変わらずノルは夢の中っぽいんで、彼の安眠を妨げなかったことに安堵してから、両足をベッドから下ろし、足の先でその辺にぶん投がってる服を拾い上げ、取り敢えず下とシャツだけ身につけた。
転がっていた小玉三つを片手に持って、そっとベッドを抜け出すことにした。


Julen Kiss




クリスマスつったって、賑やかなのは子供や家族がいればの話だ。
勿論俺らだって俺らなりにはしゃぐが、とは言えもう何百年も続けばイベント事も飽きが来る。
なるべく賑やかに楽しく時間を過ごしてえんでいつもの面子をまとめようとしても、フィンはそれこそ一年に一回の大仕事だし、スウェーリエは自宅で留守番&フィンのサポート。
アイスは人間でいう思春期なのか、ここ数十年は前ほど俺らんとこくっついてこなくなったし、家族っつーもんが持てずそれ以上に身内でも集まりにくいんじゃ、人間程にははしゃげなくなる。
…ま、つっても俺的にはノルがいりゃ十分幸せなんだけっど、クリスマスっていややっぱ恋人愛よりも家族愛がメインだ。
無い物ねだりなのは分かっているが、毎年この時期は"俺らは所詮国なんだなー…"などと当たり前のことを自覚する。

「ふぁ~…」

階段を降り、欠伸をしながらリビングへのドアを開ける。
すぐ脇にあるスイッチを押して部屋に明かりを入れると、今月に入ってから部屋の端を飾っている大きなクリスマスツリーが目に入った。
靴は置いてきたんで、素足のままぺたぺたフローリングを進み、ツリーの前に来る。
左手を膝に添えて前屈みになると、高い位置にあったツリーの飾りを指で弾いた。
赤くて丸い、小さな飾り玉。
ビンゴだ。
…いつの間にかリビングを抜け出して、ベッドルームに運ばれ額に落とされた赤玉三つを、シャツの胸ポケットから取りだしてツリーの適当な場所に引っかける。
飾り玉を元に戻すと、ツリーの足元を見た。
子供がいねえんじゃ、これ見よがしなでかいプレゼントはねえが、お互いに送った小さなプレゼントとアイスの分の中っくらいプレゼントが転がっている。
…が、それ以外は何もない。
少なくとも、俺には何も見えない。

「…ノルを独り占めしちったから、怒っちったか?」

何もない数個のプレゼントに語りかけるように小さく笑いかけると、背筋を伸ばして腰を回しつつ、今度はキッチンへ向かう。
真夜中とはいえ、明かりを付けちまえば目も冴えてくる。
両手を洗って冷蔵庫からミルクとライスを取り出し、コンロの前に立つと小鍋を用意してそこにそれらを適当に流し込む。
あんまし長い作業でもない。
ちゃちゃっと手早くミルク粥を用意すると、それを家で一番小さなディスプレイ用の小皿やティカップに中身をスプーン一杯分の量で掬い、湯気の立つそれをリビングのツリー下に置く。
…皿洗いは明日でえがっぺ。
背伸びをしながら、肌寒いリビングを後に、ぬくぬくなベッドルームへ戻る為階段へ足をかけた。

ベッドに戻って爆睡を再開する。
今度は、安眠妨害を受けることは無く、朝までぐっすり眠ることができた。

 

 

 

翌朝。

「いよおっ、ノル!Godmorgen!!」
「…。やがまし…」

朝日が昇って暫くしてから起きてきたノルへ、キッチンで卵溶いてた手を止めて軽く挙げる。
シャツの襟開いたまま気怠く歩くと、彼はそのままリビングのソファへ腰を下ろしてぐったりと背へ身を委ねた。
そのまま横に転がって二度寝しちまいそうな勢いだ。
目覚ましがかかりゃ起きるが、朝のテンションはいつもにも益して低い。
…ま、そこが可愛えんだけどな!
にやけちまう顔をそのままに、オムレツ作りを再会しつつ、皿を二枚用意して冷蔵庫からまとめて作ってあるポテトサラダを大きなスプーンで掬い、端に盛る。
溶いた卵をフライパンへ流し込む前に、コーヒーメイカーに残ってたコーヒーをマグに淹れて、リビングのテーブルへ持っていく。
背を屈めてキスをして頬を合わせたあと、マグを渡す。

「おらよ」
「…ん」
「…お。そーだ、ノル。おめえ昨晩お粥作んの忘れたべ?」
「…」

キッチンに戻り際さり気なく付け加えると、ソファに座って窓辺を眺めていたノルは、マグを片手にしたまま肩越しにこっちを振り返った。
一瞥した所でソファの背に空いた片腕をかけ、湯気立つマグを口元に運びながら眉を寄せる。

「…やべえ。忘った…」
「んだっぺー? だもんで、俺が作っといたかんな…っと」

熱したフライパンに卵を流し込みながら言っとくと、ノルがツリーの下へ視線を移したのが分かった。
ここからじゃよく見えねえが、恐らく昨晩作っておいたミルク粥は空になっているはずだ。
スライスしたチーズをフライパンの真ん中に入れて、ぽんぽんっとリズミカルに手首のスナップを利かせ、形を整えたオムライスを更に盛りつけ、それを両手に持ってキッチンを出た。
リビングのソファまで来ると、さり気なくノルが横へスライドしてずれる。
テーブルの上へ皿を置き、フォークとキッチンで途中まで飲んでいたマグを忘れたことに気付いて一度取りに戻る。
取ってきたフォークを差し出してから、俺も隣へ座った。
朝食がてら、俺もちらりとクリスマスツリーへ視線を投げる。

「ミルク粥くれえなら作れっけどよ、俺のでえがったんかな。食ってたけ?」
「ん…。中身ねえわな」
「おー。そけ。そりゃえがったわ!食わねえかと思っちった」
「…よく気付いたんな」

褒めてつかわすというよりは呆れた様子で、ノルが足を組みながらオムライスにフォークを差した。
些細なことだが、やっぱ役に立てたのなら嬉しい。
小さく笑ってコーヒーを飲んだ。
クリスマスツリーの下にミルク粥。
毎年のノルの役目だ。
エルフやオークと彼が友達なんは今更の話だが、その中にニッセっつー小人一族がいる。
家の見張り番も兼ねてるこの小人への年に一度の感謝とご馳走に、お粥を用意してツリーの下に置いといてやると朝には腹一杯食ってるという訳だ。
今年も勿論作る気だったんだろうが、うっかりっつーやつか、忘れちまったらしい。
飯がねえからっつって、何百年も続いているノルとの保護者っぽい友情が一瞬で泡ってこたぁねえんだろうが、それでも折角のご馳走がねえのはちっと可哀想だかんな。
俺の作ったんで食うかどうかは疑問だったが、ちゃんと食ってくれたらしい。

「実言うとな、夜中起こされっちったんだわ」
「…おめえが?」
「そ。カツーンっつって、ここんとこにな、ツリーの飾り落としやがってよー」

マグ持ってねえ掌で、自分の額をぺちぺち軽く叩く。
ノルはますます呆れた顔をし、半眼でため息吐いた。

「何…。おめえ夜作ったんけ」
「まあな!」
「朝でも言や俺作んで…」
「それじゃちっと遅くって可哀想だっぺー? おめえぐっすり寝てたからよー。起こすん気ぃ引けたんじゃねえけ? …若しくは!昼っから夜中までおめえのこと独り占めしちったから、ちっと仕返しされたんだっぺ!」
「…阿呆け」

相手にできないとばかりに鼻で笑われ目線を反らされるが、顔を寄せて頬に一度キスすると、僅かに振り返ってくれたんで唇に音立ててもう一度してから離れた。
マグを持ってねえ方の手で、細い彼の横髪を梳く。
寝起きだってのに一切引っかからずに、するりと指が通って抜けた。
手の中には何も残らない。

「昔は、俺にも見えたんだけっど…。もー嫌われっちったかんなー…」
「…」

そんな気は無かったが、苦笑気味に呟く。
見えなくなったのはいつ頃からか…なんてのは、愚問だ。
昔は見えてたエルフもニッセも、俺が戦に夢中になった頃から一斉に見えなくなった。
力と金で、何でも手に入ると本気で思っていた俺が嫌になったんだろう。
隣に座る親友兼恋人も、今でこそ何だかんだで落ち着いたが、当時は荒かった俺の態度に怯えていた。
俺らの元友人らは暫くは狼狽して迷っていたが、ある日を境に一斉に俺を見限ってノルを慰めに彼の元へ集った。
船を出せば海は荒れ、反発を押さえつけようと陸を進めば向かい風が吹く。
何でもない場所に花の香りが充満したら手遅れだ。
兵士たちは男ばっかなんで、あっという間にエルフどもの餌食で死ぬまで踊らされることも多かった。
それでも力押しして城の天辺にノルを押し込めたその塔だけが、夜の間はまるで蝋燭の明かりのように、幻想的な光が踊っていたことは、当時は部下どもも国民も誰もが知っていたが、今となっちゃ俺しか生きちゃいない。
全て御伽噺の域だ。
昨晩だって、ちょっかいかけちゃ来るが、ニッセの姿は一切見ていない。
俺にまだ姿を見せないということは、許してねえんだろう。
そう思うと軽く沈んだ。

「…」
「…お?」

嫌な空気を漂わせちったことに気付いて謝ろうかと思った矢先、ノルが俺の手首を払ってから胸元を押し返した。
拒否された…!と思ったのも束の間、続け様、人差し指一本が俺とノルの間に立つ。

「…?」
「…一瞬な」
「う?」

疑問符を浮かべた直後、ふわ…っとノルの白い指先に淡い光が灯る。
遅れて、何もないその光の中心から、うっすらと白い昆虫羽を持つ少女が一人指先に立っているのが見えて息を呑んだ。
…久し振りにエルフを見た。
数百年ぶりだ。
近くにいんなってのは分かるし、光くらいまでなら今までも見られたが、こうしてはっきり容姿を見たのは本当に久し振りだ。
感動する。
こんなに可愛かったけか…?
むかっしはその辺の虫と大して変わらないくらいに思っていた。
驚きに息を詰まらせた俺を見て、エルフの少女が小さく笑うと、花の芳香を香らせ、彼女は指先を蹴ってふわりとノルの右肩へ飛んだ。

「…おめえ、粥作りすぎたべ」
「へ…?」

食い入るようにエルフを見詰めている俺へ、ノルが呆れた声でいいながら、テーブルの端に押しやっていたクッキー瓶を片腕伸ばして引き寄せた。
膝の上で瓶の口を開き、中から一枚取りだしてそれを右肩のエルフへ差し出す。
彼女は嬉しそうにそれを受け取った。

「ニッセらじゃ食いきれんかったから、朝方みんなで分けて食ったんだと。…んだからその礼にちっとばかしだとよ」
「…」

ノルの言葉に呼応して、エルフの少女が、クッキーを持ったままちらりと俺を一瞥して悪戯っぽく笑い、遅れてべーっと舌を出した。
そんな彼女の頭を指先で優しく撫でてから、囁くような小声でノルが呟く。

「気ぃ遣わせて悪ぃな。…お戻り」

ノルの言葉に、エルフは頷くと彼の頬にキスしてから爪先で肩を蹴り、俺にも手を振りながら窓へ向かって空気に解けて消えた。
後には、彼女の生まれた花の香りだけがふんわりと残っているだけだ。
…遅れてどきどきしてくる。
当時は見慣れていた彼女たちは、あんなにも可憐だっただろうか。
殆ど覚えていないからこそ興奮する。
動悸がすげえ。

「ほわぁあああ…。エルフ見れたっぺ…!」
「…お情けで見せてもらったんだべ」
「つったって久し振りに見れたからよ!…おおおおっ!めちゃんこ可愛ええええ!!」
「…!」
「あんがとな、ノル!」

興奮に任せて横にある身体を引き寄せて抱き締める。
びくりと引きつった身体はいつものように逃げることなく、一瞬の葛藤の末抵抗は無しにすることにしたらしい。
エルフも可愛えがノルも可愛えくてぐりぐりしたくなる。
腕の中に収まったまま、ノルが両肩を竦めた。

「…収まる切っ掛けらしい切っ掛けなんぞねえかんな。…俺は、今はもうあんま気にしてねえんだども」
「ん?」
「あんこごと。…」
「お…?」

そう言って、俺の顎んとこに下からキスするノルへすぐに応えようとしたが…。
その肩越しに、窓際の縁に立つ小さな小人を見つけて瞬いた。
赤い服を着た小さな髭の老人が、やれやれ…という肩を竦めるジェスチャーの後、ちょこちょこ歩いてはカーテンの影に隠れていく…。
…。

「そんうちまた見れんべ…」
「…ん? …ああ」

歩く影を目で追っていた俺は、慌てて腕の中のノルへ視線を戻した。
それでも目線を合わせない恥ずかしがり屋な幼馴染みへ、にっと笑いかけてみる。

「んだない…!」

朝飯そっちのけで、顔を包むように両手を添え、キスをして髪を梳く。
クリスマスの朝。
教会の鐘の音が遠くで響いた。

許される日が来るんだろうか。
俺がエルフやニッセを日常的に見られて、でもそれ以上に何よりも、またこの綺麗な顔に綺麗な笑顔が取り戻される日が、近いうちに来るといい。

彼の隣で過ごす愛情と懺悔の一年が、また始まる。




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クリスマス小説。
皆様、メリークリスマス。
諾威さんの家ではミルク粥をツリーの下に置くのだと聞いたので。
本家様では諾さんだけが不思議少年扱いですけど、丁さんとこも妖精伝説あるので昔は見れた設定。
…てか、何処にでもありますけどね、妖精とか付喪神とかな感じの話。
2013.12.24





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