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「日本…」
「う…」

夕食を終え片付けも一段落し、食後のお茶を飲み終わるか終わらないか。
そろそろお休みなさいと切り出そうとした所で、見事に希臘さんに先を越されてしまった。
それなりに距離があったはずなのに、いつの間にやら近づかれて横から両腕で抱き締められ、肩を上げて萎縮する。
ああ…。今日は逃げられると思ったのに…。
諦め半分で小さく息を吐きながら、上から与えられる口付けに合わせる。
希臘さんと恋仲になりて暫し。
優しい方だとは思う。
穏やかですし思慮深い方ですし…少なくとも、側にいて肩を張らずにいられ、それは大きな魅力です。
ですが、しかし、それにしたって…。
首筋を濡らされ、正直体温は心地良いのですが…何とか主張しないと。
意を決して腕の中で身を捩る。

「あ、あの…。希臘さん」
「ん?」
「昨晩も床を共にしましたし…。今日は控えませんか」
「…? なんで?」
「何でって…。いつもより長くご訪問くださるのは大変嬉しいのですが、あまりにもその…淫らかと」
「…。日本は、俺のこと嫌い?」
「い、いえ。ですからそういうことではなく…」

ほんの僅かに小首を傾げて尋ねられ、慌てて否定をするものの、いつもこのパターンになってしまう。
価値観の違いからでしょうが、相思相愛で同じ屋根の下で過ごすのならば当然の如くと受け取っているご様子。
ある程度日にちを置いてくださればまだいいのですが、連日となると少々躯に負担がかかります。
腰は痛いしお腹は下すし…。
うーん…何と申し上げれば良いのか…。

「俺は好き」
「はいはい…」

顎に手を添えて考えている間にじわじわと腕を締められ、音を立てて耳へ接吻が触れる。
風呂上がりのこともあって、首筋から甘い体臭が香り、微睡みに似た感情が胸に一気に広がった。
…。
…って、いやいや!
ここで折れてはいつも通り。
長らく関係を続けていくことを思えばこそ、この辺りでこちらの要望にも添っていただかなければ。
ぐっと内心拳を握るイメージで、顎を上げると希臘さんの注意を引く為、恥ずかしながら私の方から背筋を伸ばして唇を合わせた。
そんなに珍しいつもりはなかったものの、唇を重ねた瞬間、希臘さんが素っ頓狂な顔で瞬き、私の身体から一度顔を離して目を合わせた。

「あ、あのですね…。勿論、その…私も希臘さんのことは好いておりますが…」
「…」
「ですがこう見えて結構老体ですので、せめて日にちを置い…って、うわあああああッ!?」

見事なまでに話の途中に、突然希臘さんが膝を立てたかと思ったらそのまま押し倒され、無様な悲鳴を上げることになった。
しかも倒れる拍子に。

  __がんっ。

と腰を打ち、しかし痛みを訴える前に上からキスで口を塞がれて声も上げられず顔を顰めた。

「~…っ」
「…日本?」

その表情に気付いたのだろう。
勢いがすっと引いて、希臘さんが不思議そうな顔で私を見下ろした。

「こ、腰が…っ」

片手を後ろ腰に添え、もう片方の腕に額を添えて畳みに顔を伏せた。
どうやら悪い打ち方をしたらしい。


今宵も抱き合って眠りましょう



「…まだ痛い?」
「いえ、もう大丈夫です」

場所を変え、寝床の部屋端で着物の帯を締め直し一息ついた私を、畳に胡座をかいていた希臘さんが心配そうな顔で気にしていたので、振り返って曖昧に笑いかけておく。
打ち所は悪かったがやがて痛みは引いてきた。
無理に動かさなければ痛みが返ることもない。
湿布を貼って保護ベルトを巻いて、あまり動かないようにしておけば大丈夫でしょう。
しかしこの程度で腰を痛めるとは…。
年だ年だと言っている程老体のつもりはなかったんですが、恥ずかしい限り。
歩を進めて希臘さんの前へ座り、両手を前に添えて浅く頭を下げた。

「いつもはこの程度で腰痛なんてないんですが…。お恥ずかしい所をお見せ致しました」
「ん…。日本は悪くない。俺が悪かったから。…ごめん」

頭を下げた私の真似をしながら、希臘さんもぺこりと頭を垂れる。
確かに思わぬ恥を晒してしまい何ですが、しかし好機といえば好機。
これで今晩はお断りする理由ができたというもの。
下げた頭を上げ、おずおずと切り出す。

「ではその、先程のお話なんですが…。私もこんな状態ですし、今晩は無しの方向で」
「ん…。…分かった」
「…」

その返事に内心ほっとする反面、項垂れる希臘さんの様子に僅かながら心痛んだ。
…。

「……ぁ、えっと。…希臘さ」
「でも、その代わりに」

思わず自ら切り出しそうになった所で、俯いていた希臘さんがぱっと顔を上げた。
妙に真剣みを帯びた顔でずいと詰め寄られ、座したまま身を反らす。

「もう一回キスしたい」
「は…。キス…ですか? そのくらいでしたら…」

いつも断りなど入れずにすることが多いのに、何故宣言?
首を傾げながらも顎を上げて目を伏せる。
上から触れてくださるのを待っていると、希臘さんがぶんぶんと大きく首を振った。

「ん…違う。さっきみたいなの」
「さっき…って」
「日本からのキスが欲しい」
「え…!?」
「ん」

言うだけ言って、希臘さんの方がさっさと顎を上げ、目を伏せてしまう。
その反応に私の方が随分狼狽する羽目になってしまった。
そんなさあどうぞと言わんばかりの構えを取られましても…。
少し迷ってから取りあえず膝を進めて距離を縮めてみるものの、ただでさえ身長差があるというのに、顎を上げられては正座したままではとても届かない。
…こういうことには慣れていないというのに。
しかし、先程の残念そうなお顔を見てしまえば、少しでもお応えしなければとも思う。
小さく息を吐いてから、一度両腕を振って着物の袖を払い、膝立ちになるとそっと希臘さんの肩に両手を置いた。

「し、失礼します…」

断ってから顔を近づけ、直前で一瞬躊躇ってから目を伏せて、そっと唇を合わせた。
合わせてすぐに希臘さんが唇を開いて押し着けるように顔を詰めたので、思わず双眸を見開いて離しかけるところだった。
えーっと…。
つまりは、入れろと。
恐らくそう言うことを示唆していることは分かったが、しかしいつも絡め取ってくださる誘い手がないとどことなく不安になる。
改めて目を伏せ、顔の角度を変えて、肩に添えていた手のうち片手を希臘さんの頬に添えると意を決して舌を忍ばせた。
舌先が触れた所で漸くというか何というか…軽く根を吸い引かれ、安堵する。

「…あったかい」
「あ…」

顔を離し、接吻後すぐに目を合わせられない段階で、背に片腕が回る。
体格的に言えば己よりずっと恵まれているはずが、暖を求める猫の様に胸へ擦り寄られ、ついつい許してしまう。
…頬に添えたままだった片手の指先でそっと一撫ですると、不意に希臘さんが顔を上げた。
琥珀色の瞳が真っ直ぐ此方を射抜く。

「…触るのは?」
「はい?」
「触るの…」
「…」

返答を戸惑っている間に、ずいっと希臘さんが進み出る。
対して私はと言うと気圧されし、片手で後ろ手を付いて背を反らした。

「少し。ちょっと。…日本が痛かったら止める」
「い、いえ、あの…。けど湿布が臭いますから…」
「俺は気にしない」
「それでも私が嫌なので…。貼ったばかりですし、できれば」
「…。…ん」

先程と同じように落胆され、軽く俯く。
…かと思いきや、再び、すぐさま顔を上げた。

「じゃあ日本が触るのは?」
「…へ?」
「こう…」

希臘さんが私の片手首を取り、それをぽすりと自分の頭の上へ置く。
…。

「ん」
「…あ、ああ。なるほど」

仰っている意味がよく分からず呆けていると、頭上に乗せた私の掌に髪をすり寄せるようにして希臘さんが頭を左右に揺らした。
どうやら、撫でて欲しいらしい。
意を解し、右の掌でゆっくりと髪を撫でる。
一撫ですると心地よさそうに目を伏せ、両腕で緩く私の腰を抱くと此方の胸へ額を押し当てきた。
…本当に猫の様な方だ。
既に日は沈んでいるも、流れる時間は日中縁側でのそれと似て、ゆったりと進む。
全身から伝わる好意に気を許し、希臘さんの額に小さな音を立てて口付ける。
途端、脇の下に両手を入れられ、子供をそうするように極めて軽く持ち上げられた。

「ぇ…う、わっ!」

狼狽しかけたがそれも一瞬。
私を抱き上げ、そのまま希臘さんと向かい合う様にして脚の上に座らされてしまった。
向かい合って膝に抱かれるも、それはそれで良しとしましょう。
ですが、正座ならその左右に此方も脚をおろせる所を、胡座をかいて座している希臘さんと向かい合うには両脚を向こうに開いて投げ出さなければならず、必然的にバランスを取ろうと上半身は背後に傾く。
倒れる前に希臘さんが先程と同じく両手を私の背後に回し組み、それを支えとした。
少し背を反らすような形になるが、返ってその方が腰に良いのか痛みは無かった。
転倒の危険がなくなった所で、慌ててまくり上がった着物の裾を手で直そうとしたが、体勢的にどうやっても膝当たりまでは捲りあがり、合わせ目も緩んでしまう。

「ちょ、ちょっと…。希臘さん…っ」
「日本、ちょっと軽すぎ…かも」
「や、軽いじゃなく……う、わ」

近づくお顔に肩を上げて構えはしたものの、予想外に触れるだけの唇。
だと言うのに重ねる時間は長く、卑しくも物足りなさに再度私の方から唇を割ってゆっくりと舌を合わせる。
そしてやはり、進み入れると私からの口付けよりもずっと強く応えが返る。
…私からの行為を、悦んでくださっているのだ。
熱を持ちだした思考でぼんやりとそんな自惚れたことを思う。
躊躇いがちに片手の指先を首横に添え、筋をゆったりと撫でると、希臘さんの片眉がぴくりと揺れ動いた。

「…ん。気持ちいい…」
「そ、そうですか…」

…不思議な感覚。
撫でているのは此方のはずが、心地よさそうな表情を眺めているとまるで己の手で与える愛撫がそのまま自身に返るような気すらしてくる。
喉仏に指を滑らせ、下りて鎖骨に至り、そこへ私から口付けると擽ったそうに希臘さんが身を捩った。
その反応が愛しくて、胸の内が温かくなっていく。
…いつもお任せしてばかりですけれども、触れる側の方というのはこういう感覚なんですね。
新鮮さに心を奪われ、度重なる逢瀬を思い起こしては常々希臘さんが触れてくださるように触れてみようと決意するものの、思い起こされるのは羞恥ばかりで具体的な手付き手法までは記憶していない。
取り敢えず衣の下へ手を忍ばせてみようかと、希臘さんのシャツの裾へ片手の指先をすっと差し込んでみた。
…冷えた指先に反して触れた腹部はとても温かく、温度差を目の当たりにして突然恥ずかしくなり手を止めた。

「あ…。えっと…」
「…。めくる?」

戸惑う私への気遣いなのでしょうが、べろんと希臘さんが片手で自分のシャツを捲り上げ、腹部を晒した。
…何だか突然がくりと気力が萎え、首を振っておく。

「…いいです」
「ん…。…。…えっと。やっぱり、日本は俺に触るの苦手みたいだから、いい」
「あ、いえ…。そんなことは…」
「苦手なこと、無理することない。嫌なら、嫌でいい。…怪我してるし」

抱き上げた時と同じように私の両脇を持って持ち上げると、膝上から隣の畳にぽてりと降ろした。
追って額にちょんと口付けされ、希臘さんが身を引く。
隠すことせず主張してくださる好意の分、申し訳なさ一杯で顔を俯けた。
度重なる逢瀬に加え昨晩も身を交えているというのに、度胸の据わらない己が嫌になる。
そんな私を気遣ってくださったのか、いつもは一言二言慰めが入るところを敢えて入れずして、希臘さんがぽんぽんと片手で畳を叩いた。

「けど一緒に寝たい。…ここ。隣」
「え? あ、はい…。お布団をご用意させて頂きます」

予めお通ししてあるお部屋はあるも、そう仰ってくださっている希臘さんの意を汲んで私の布団の横にもう一つ敷くことにした。
…とは言え、重い物は持てそうにないので、布団は襖から希臘さんに運んで頂いて、私の方で敷布を広げると角を折って下に入れ、寝床をご用意させてもらった。
半裸で眠るのが日常のようですが、滞在する間に寝間着は気に入ってくださったようで、衣類を脱ぎ捨てると柄の薄い浴衣へ袖を通した。

「ん…。日本の家のパジャマ好き。サムライみたいで」
「だいぶ違いますよ」
「ヨイデ~ワア、ナイカ~?」
「…どこで覚えたんですか、それ」

小さく笑いながら灯りを消し、おやすみなさいを交わして各々布団の中へ潜って身を休めた。





床に入って数十分。
寝付きは良い方なのですが、絶えず胸中を言葉にならない後悔に似た感情が渦巻いて眠れない。
目を伏せたまま、口元まで布団を持ち上げると深く潜り込んだ。
…確かに苦手ですが、当然ながら、苦手と拒否とは全く違います。
此方の感情を勘違いされていないかどうか、そればかり不安で静かに眠ることも叶わない。
今更ながらに当初素直に受け入れなかったことを後悔した。
…。
そのまま数秒間悶々とし、ある種覚悟を決めて布団の中で俯せに返った。
敷布に両肘を着け、少し離れて敷いてある布団で眠っている希臘の方を向いく。

「…希臘さん?」

小声で呼びかけてみるも、返答はない。
柔らかい横髪が枕に流れ、目を伏せて深くゆっくりと呼吸をなさっていた。
…お眠りになっている所を起こすのも気が引け、どうしようかと少しの間悩んだ末に、そっと布団の中を移動して隣の希臘さんの布団へと滑り込んだ。
体温により布団自体がある程度温かくなっているが、精神的な暖を取ろうと丁度良く横向きに寝入っていた希臘さんの胸へ額を添えた。
寝崩れてよれていた浴衣から覗ける鎖骨へ、顎を上げて独りそっと口付け、濡らす。
ぴくりと眉が寄ったがまだお目覚めにはならないようだったので、先程叶わなかった腹部へ、浴衣の合わせ目から片手を滑り込ませ、掌で撫でてみることにする。
腹の筋に指を這わせ、緩やかに触れていると流石にお気づきになったようで、小さく呻きながら身動ぎなさり、やがて双眸が開いて、ぼんやりと微睡んだ瞳と目が合った。

「…」
「…ぁ。…す、済みません。起こしてしまって…」
「……」
「ぇ、な…ぷわっ」

ぱたりと垂れていた片腕が突如浮くと、私の肩を抱いて引き寄せた。
顔面を胸元に抱き寄せられ、甘い体臭が鼻孔を突く。
真っ赤になって固まっていると、抱き枕でも相手にしているかのように、頬を髪にすり寄せられ、更に身が硬直してしまう。
が、順に髪や耳や頬に柔らかく口付けされ、次第に緊張が解けてきた。
飢えや性欲の色が薄い、子供に向けるような慈愛を多分に含んだ行動に眠気すら感じながら、先程嬉しげだったことを思い出し、顎を上げるとまた私から唇を合わせた。
途端、希臘さんが眉を寄せ、ぱっと顔を離したので一瞬拒否されたのかと思ったが…。

「…。…ぁ?」
「あ…。す、済みません…。起こしてしまって」

私を引き寄せていた方の腕で布団に片肘を着き、僅かに半身を浮かせつつぱちりと瞬く双眸が驚いた様子で私を見たので、ああ…今まではお眠りだったんだな、と柔らかく苦笑し、伝わっていなかったであろう言葉をもう一度口にした。
後、改めて私から懐へと身を寄せる。
額を希臘さんの胸に添え、片手をそのまま腹部に添えた。
直視しなければ何とか…。
きゅっと目を瞑り、そろそろと手を下へ移動させてそのまま手探りで帯を解き、私の指先を下着の中へ忍ばせようとした所で、がしっとその手首を取られた。
意を決して忍ばせた出鼻を挫かれ、心音が跳ね上がって反射的に顔を上げる。

「ぁ…。えっと…」
「…だめ」
「え…」
「無理は駄目。…嫌なことは、しないで欲しい」

小声で、しかししっかりと強く言われ、たじろいでしまう。
反論したいが事が事だけに目を見て言えず、俯いて目を反らした。
顔が熱い。
…何故か、急に己を恥じた。

「…あ、あの。でも、何か」
「…?」
「何かしないと…。誤解が生じそうで…」
「誤解…?」
「…希臘さんの好意を、無下にしているようで」

俯くことで精一杯で、その様子を見ようともせず、掌を袖の中に入れた片手を口元に添えた。
極めて小声で、聞こえるか聞こえないかの境目で。

「そんなつもりは無いんです…。本当にそんなつもりは」
「…」
「説得力がないことは分かっているのですが…。どうぞそこだけはご理解いた……!?」

腕の中で弱々しく都合の良い言い分を吐いていたが、不意に言葉が詰まった。
布団の下で、横向きに寝そべっていた両足の間にずぼっと他者の片足が入ってきて、着物の裾の合わせ目を開いた。
上まで上ってくることなく、高さ的には膝当たりだが、それでも絡め脚に双眸見開きかっと顔が熱くなって慌てて顔を上げ…る前に。

「わ…!」

むぎゅっと両腕で力一杯抱き締められる。
何が何やら…。
一瞬分からなかったが、遅れて鼻孔が相手の匂いが満たされて現状に気付き、更に頬の赤みが増す。
…どうしていいか分からず暫く固まった。
相当な時間が流れ、もうひょっとしたらお休みになってしまったのかとさえ疑った頃合いに。

「…じゃあ、これで寝ればいいと思う」
「こ、これ…?」
「ん…。これもキスして、抱き合って寝てる。…これなら、誤解ない…かな」
「…」
「…腰、まだ痛い?」

顔を上げるのが辛かった。
きつい腕の中でやはり袖で口元を押さえ、観念してそろりと覗き見るように顔を上げると、希臘さんが横たわったまま器用に小首を傾げていた。
布団に柔らかい癖っ毛が広がり、それ以上に柔らかい琥珀色の双眸と目が合う。
視線が絡むなどという表現が使えない程に、まただ真っ直ぐ、一直線に私の方へと降りてきていた。
永久に見つめ合えられればと思うものの、長らく正面からの視線に耐えることが出来ず、また俯いてしまった。
こういった己の動作が本当に嫌になる。
逃げているわけでも拒否をしている訳でもないのに、どうしても受け止められずかわしたり長そうとしてしまう。
ともすれば再び落胆しそうになるところを、後ろ腰に回された腕が強まることで安堵を覚える。
同じく絡め取られていた足もきつく引き寄せられ、髪の間に鼻先を埋められる。
…ここまでされては、どう疑って良いやら。
この様な全肯定、抱擁は、一体幾千年振りか分からない。
不意に泣きたくなり、胸が震えてゆっくりと呼吸し、全身を預けた。

「いえ…。大丈夫…です」
「ん。…日本はもう歳だから、無理は、しなくていいと思う」
「いや、まあ…。すみませんね、いい歳で」
「移動とか、抱っこした方がいい?」
「良くないです。全然良くないです」

そんな会話をしている間に、泣きたい気持ちは何処かへと消え去った。
胸の内に残ったのはただ温かみだけで。
…間を置いて暫し。
何だかとても妙なことをしている気がして漸く小さく笑えると、希臘さんも穏やかに微笑んで再び猫の子のように頭上に頬を寄せてくださった。

そんなこんなでその晩も、結局は床を共にすることになりましたが…。
まあ、これなら…と思いながら目を伏せて口を閉ざすと、驚くほど簡単に眠ることができた。






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希日小説です。
最初は紳士に次ぐお相手だったのですが和蘭さんの登場で出番が激減。
でも彼とくっつけば祖国は幸せになれると思います。
たぶん紳士とか守銭奴よりは。
2011.11.15






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