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「もーさあー!聞いてくれよ英国ー!!」

という出だしで始まる米国の話は大概下らないことだと俺は知っている。
ので、さっさか会議の机の上を片付けながら苛々と書類をまとめた。
あああもう、今日もわざわざ足を運んできてやったって言うのにてんでまとまりゃしねえ。
連中は強調性が無さ過ぎんだよ…ったく。
終わったら終わったでさっさと帰っちまうし。

「おい!聞いてるのか英国!」
「ああ!?うるっせえな、何だよ!」

すぐ横でバン!と米国が両手で机を叩いたので、嫌々顔を上げる。
人が折角応えてやったってのに、米国の野郎は口を尖らせて俺を睨んだ。

「ほら見ろ、全然聞いてないじゃないか!」
「お前の話なんぞ誰が聞くか」
「でも英国もそう思うだろ!?」

…話が全然分かんねえ。
完全に聞き流していたんで米国が今何の話をしているか全く理解出来ないが、取り敢えず相槌うっときゃいいだろうと適っ当~…にこくこく頷いとく。

「ああそーだなー。そーかもなー」
「だろ?そうだろ!? やっぱり日本はシャイ過ぎるよ!」

俺にしてみれば不意に出てきた日本という単語に、ぴくっと耳を立てる。
…ん?
今日本の話してたのか、こいつ。
ちょっと興味を引かれ、テーブルに片腕を着いて書類に落ちていた視線を上げた。
いつの間にか米国も隣の席に腰かけ、頬杖を着いて大袈裟に肩を竦める。

「話し合いでも滅多に挙手しないし、静かだしさ。集団が嫌いにしたって発言はしなくちゃ駄目だ。だって話し合いなんだよ?俺と同じ意見なら尚更だよ。日本がもっと積極的になってくれれば俺の主張の割合分は増えるのにさー」
「俺はそーされなくて嬉しいけどな」

いつだってあいつは米国の意見側だ。
俺としてはこいつと対立することが多いから寧ろ黙っていてくれた方がいいんだが、多数決取るとほぼ米国のいる方に手を挙げる。
裏じゃもう殆ど米国の手下扱いされていたりもするが、それが仕方ないくらい露骨に味方を続けるんだから…ま、仕方ないな。
苦笑いしながら相槌を打っていると、米国がイスに背を預けながら腕組みした。

「そりゃ、何でも言う事聞いてくれる日本は好きだよ。フォローは上手だし、俺に足りないもの補ってくれるし、頼めばすぐに何でも造ってくれるしね。ちょっと細かい所あるけど口答えしないし。…でも、俺だってたまには客観的な意見を聞きたい時とかあるんだ。日本が賢いのも知ってるし、意見を聞かせて欲しいって言ってもちょっと反論するとあっさり退いちゃうし…。もー!もっと喋ってくれていいんだよ!俺は白熱した討論がしたいんだ!!」
「したい“時”もあるってだけだろ、“時”も。稀に!」
「とにかくシャイすぎるよ!何であんなに静かなんだ!一緒にいてもつまらないよ!!」

また米国がテーブルを叩く。
起きっぱなしになっていた黒いペンが小さく跳ねると同時にイラッとくる。
けっ!
言ってろ、馬鹿が。
ちょっと話を聞いてやろうとしたら愚痴かよ。
中止していた片付けを再開し、鞄に書類を詰めていく。
舌打ちして腕を組んでいる間に米国がぱっと顔を明るくし、笑顔で人差し指を立てた。

「…あ、そうだ!こういうのはどうかな。今度から会議では絶対に一人最低トータル5時間は喋るようにするんだ。そうすれば日本のことだ、きっときっかり喋ってくれるよ!」
「あーハイハイ…。一人で言ってろ」
「What!?帰るのかい!?折角俺が素晴らしい名案を出したんだ。次の会議で議長に提案するように今のうちに俺たちで草案を話し合」
「わねーよばか!うっせえなさっきから!!」
「どうせ君は暇だろ!?」
「暇じゃねえよ!」
「ちぇー。何だい何だいみんなして。じゃーいいよ。ハンバーガーでも食べに行っちゃうもんねー。立派な意見言い過ぎて喉乾いたしコーラでも飲もっと!」
「勝手に行ってろ、メタボ野郎!」

イスから立ち上がった俺を追うように立ち上がり、両腕広げて引き留める米国を振り返らずに会議室の扉を大きな音を立てて閉めた。
会議が終わって暫く経つ。
廊下にはもう誰もいなかった。
みんな割り当てられた部屋にいたり帰ったりしてんだろーな。

「静かだな…。もう誰も残ってないのか」

絨毯が敷かれてある階段を一人かつかつ下っていく。
突然静かな場所になったんで落ち着かない。
さっきの会議室だって俺と米国しかいなかった訳だが、あいつ一匹いるだけでうるさいんだよな…。
…しかし何だよあいつの発言は。
日本は俺のモノってか?
まあ、日本も日本なんだよな。
最初は俺との方がそれなりに親しかったってのに、どこでそうなっちまったのか…。

「…はあ」

そりゃ米国と比べりゃちょっと家は遠いが、俺のこと頼ってくれりゃそれなりに力になってやるのに…。
そう思いながら角を曲がり、すぐのドアへ歩み寄る。
面倒臭いが、さっさと家にさっきの会議の報告しなきゃならないしな。
タイを緩めながらドアノブを握った。

疵痕


「あ…」
「あ?」

ドアを開いて一歩。
声に引っ張り上げられるようにして足下見ていた顔を上げる。
外から見えないようにカーテンを引いている窓を背に…。
…。

「ぎ…ぎゃあああああああっ!!!」
「…それは見られた私が上げるべきでは」

今入ってきたドアにびたっ!と背中を付けて悲鳴を上げた俺の目の前で、日本が控えめに突っ込みながらも広げ持っていたシャツを引き寄せて裸だった胸板を隠した。
横にぴっちり畳まれた和服と帯がイスに乗って置いてある。
つーか、着替え中…!?
What luck……じゃないッ!!
紳士だぞ俺は!

「わ、悪い…!」

反射的に指を鳴らしそうになった右手を押さえ慌てて背を向け、ドアと見つめ合う形になって両肩を上げ身を縮めた。
う、うわ…。
びびった…!
顔に熱が急速に集まって来たんで、少しでも振り払おうと首を振る。
その後で目頭を押さえるが、視界から消えても残像で白い肌が目に痛い。
どうしていいか分からず瞬間的パニックになりかけたが、背後から窺うような日本の声が飛ぶ。
 
「あの…。女人ではありませんので、何もそこまでせずとも結構ですから」
「へ?…あ、ああ。…そうか」

はっと我に返ると慌てている自分が変な人であることに気付く。
…そうだよな。
普通は同性相手にこんなに意識しないもんな。
大体、野郎の裸なんざ家の周りでわんさか見かけるし。
咳払いを一つして落ち着けてから、くるっと回れ右した。
改めて視線が合うと軽く会釈してから、着替え途中だった日本が折り畳まれていた和服を広げ持って片袖を通している所だった。
平気と言っといて結局多少は恥ずかしいようで、さり気なく背中を向けている辺り残念……なんてことは間違ってもないがっ!

「って言うか、何でお前俺の部屋で着替えてんだよ!」
「ここは私の部屋だと思うのですが…。英国さんのお部屋はもう一つ上では?」
「え…」

言われて改めて室内を見回す。
…そう言えば、俺の荷物がない。
やべ…全然気づかなかった。
ぼーっとしすぎてたかな。
ぐるりと周りを見回した後に奥中央に置いてある横幅のある机を背に立つ日本へ視線を戻す。
両袖を通して襟を合わせながら、こっちを向く。
合わせながらだったので、片足だけやけに見えた。
…ん?

「そう言えば、階は違えど同じ場所でしたね…」

そのまま帯を締め、襟を正してから脱いだシャツを畳んでぽんっと片手を置いた。
そして改めて俺の方を向き、一礼する。

「すいません。私も鍵をかけ忘れていたようです。失礼な所をお見せしました。…それで、特にお話しがある訳ではなくてお部屋を間違えただけですか?」
「…」
「英国さん?」
「え?…あ、ああ…っと、だな」

名前を呼ばれて日本の足下から顔を上げると、不思議そうに首を傾げると視線が合った。
…っと、何聞かれたんだっけ。
聞いてなかったな。
俺がぼーっとしていた事を察してか、日本が改めて尋ねた。

「何かお話しでも?」
「ああ…。いや別に俺が部屋間違えただけだし用はな……あ、いや!この後暇だったら、こ…紅茶でも恵んでやろっかなー…なんて思って、だな…」
「そうでしたか…」

ちょっと苦しいが、折角回ってきたこのタイミングは運命だ。
否定しかけたがそのまま何とかお茶の誘いの持ちかけに成功した。
よくやった俺!
ぶっちゃけ部屋を間違えただけだが、一応の誘いに日本が浅く頭を下げる。

「それはわざわざご丁寧に。ありがとうございます。…ですが、残念ながらこの後米国さんと会食のお約束がありまして」
「米国?」

日本に言われてさっきの米国の言動を思い出す。
…あいつ俺と草案話し合おうとか言ってなかったか?
俺が付き合ってやってたらそのまま時間潰してた気がするんだが…。
つーか、ハンバーガー食い行くとか言ってなかったか?

「あー…あのよ、さっきちょっと話したが、米国の奴忘れてるっぽかったぞ。ハンバーガー食い行くって張り切ってたし」
「そうですか…。分かりました。教えてくださって有難うございます。ですが取り敢えずお約束の場所には向かってみます」

怒りもせず驚きもせず、思いの外淡白に頷いてから机の上に置いてあった着物と同じ柄の布包みを腕に抱えてロッカーを閉める。
…。
少しの間無心でその姿を眺めていたが、突然内側に怒りが脹れあがって少し強めに口を開いた。

「あのな…!あんな奴ほっといて俺と来いよ。絶対忘れてるって!」
「お約束ですので」
「だーかーら!!忘れてるんだって!いちいちあの馬鹿に付き合ってんじゃねえよ!そんなんだからあいつ調子乗るんだぞ!」
「…そうですね。分かってはいるつもりなんですが…」

応えながら、さり気なく日本が荷物を持っていない手で自分の右腿へ手を添えた。
さり気なかったが違和感はあったので、それに気付いて怒鳴るのを止め、距離のある場所に立っている日本の腿へ視線を向けた。
…さっきちらっと見えたが。
腿に銃傷っぽい傷があった。
もうかなり小さくなっていたみたいだが、肌が白い分傷痕のピンクはかなり目立つ。

「それ、古傷か?」
「ああ…見えてしまいましたか。すいません。嫌な物をお見せしてしまって。結構上にあるので平気かと思ったんですが」
「…痛むのか?」
「いえ。もう塞がってだいぶ経ちますから。…とは言え、時々疼くのが正直な所です。本当にもう小さな傷なんですけどね」
「…」

小さく微笑みながら、その場所からすっと離れる指先を無言で見送った。
さっき愚痴をこぼしていた米国を思い出す。
何であんなに静かなんだ。
一緒にいてつまらないよ…だったか。
…俺は第三者だが、両者のあまりの思い違いに一瞬内側が冷えた。

「…お前、もしかしてまだ米国が恐いのか?」
「…」
「時期を見計らってるだけだろ?形だけでもあいつにくっついてると色々動きやすいからそうしてるってだけだよな?」

米国と盛大に喧嘩した後確かに重症だったが、その後の回復力にみんなかなり驚いた。
あっという間に背筋を伸ばして散歩してるのを見て、あいつはオカシイと指さして口々に言った後、どうしてそんなに怪我が治るの早いのか教えて貰おうという話にまでなって実際色々と教わった事も多い。
ぱっと見弱そうだけど強かで、芯がある。
強い奴だと思う。
だからいつまでもぐずぐず昔の喧嘩負けを引きずるようなタイプじゃないはずだ。
今大人しくしてるのはただ機を窺ってるだけで…。
明らかにタイミングを見計らって、日本が壁に掛かっていた時計を眺めた。

「…申し訳ありませんが、時間ですので」

いつものようにどこか眠たげな顔で軽く頭を下げる。
いつも以上の丁寧さに距離を感じてそれ以上言えなくなった。
数秒間固まってしまった俺の隙を突くように、日本がそのまま隣を素通りする。

「お、おい…!」

ドアが閉まる直前、何とか声をかけた。
数センチの隙間を残しただけで、既に日本の姿はドアの向こうにあって見えないが、顔を上げて声を張った。
…引き留めたはいいものの、かける言葉が瞬時に見つからない。

「あ…っと…」
「…。…また、いつか」

隙間の向こうに覗ける指。
姿が見えない細い声が、小さく笑った。

「私の親愛を…。奪ってくださいね」
「…」
「失礼」

そのままぱたん、と音を立ててドアが閉まり、室内に俺だけが残された。
廊下に響く質量の軽い足音が、徐々に遠くなっていく。



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広島は身体で言うと右腿あたりかなという想像。
…って、妄想に当てるのもどうかという悲壮な歴史ですけれどね。
戦争は嫌いです。
2011.10.12





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