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宵も深まり宴は酣。
鳴り止まぬ音楽は未だに慣れず耳障り。
舞い踊る人々の姿に品は無く、外風に染まる姿は嘆かわしい。
絡繰りの如く動く人々を余所目に、露台に出ると両手を添えて夜景を眺めた。
…夜だというのに、随分明るくなりました。
以前は日が暮れると共に暗に沈んだもの。
懐古に耽、小さく息を吐いた直後。

「なーにしょげた顔してんだよ!」

背後から聞こえた声に沈みがちになっていた頭を起こした。
声の主は存じているので特別焦って振り返ることはせず、そうしているうちに仏蘭西さんが私の隣に並ぶと軽く肩を叩かれる。
これを気さくにと呼ぶべきか気安くと呼ぶべきかは主観によるでしょうが、取り敢えず、今は「気安く」と置くことに致しましょう。

「これは仏蘭西さん。こんばんは。良い夜ですね」
「ああ、そうだな。…けど、主催のお前がこんな場所で一人ってのは頂けないな。舞踏会は楽しまなきゃ損だぜ?」
「少々人に酔いまして。…それにお恥ずかしい話ですが、私自身は踊れませんから」
「あー…。下手っクソだもんな~お前。第一場所も狭いし、この程度の広さじゃ茶会くらいしかできねぇよなあ…。ああそうだ!何ならアレだぞ。おにーさんが手取り足取り教えてやってもいいぜ~?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、今の私は語学を習得するのに精一杯ですので、踊りの方はその後ということで…」
「英国の奴に英語習ってるってやつか? 止めとけ止めとけ。そもそもあいつ教えるってガラじゃねぇだろ~。それよりも俺ん家の言葉にしとけよ。絶対そっちの方がいいって。親切丁寧セクハラ付きでお兄さんが優し~く…」
「私にも選ぶ権利がありますので」
「うん? 何か言…」
「ああ仏蘭西さん。ご覧下さい」

領内に入ってきた一台の車を視界に捉え、恰好として扇の先でそちらを示す。
滑るように入ってきた車が停まり、車内から降り立った女人を見て仏蘭西さんが手摺りに身を乗り出し、片手を額に添えて目を細める。

「おおっ!美人じゃねーか!」
「石井家のご令嬢です。聡明さと美しさはご周知かと」
「あーっと。悪いな日本、ちょいっと急用を思い出しちまったぜ~……っつー訳で。ダンスと勉強はまた今度な!」
「ええどうぞ、お気遣いなく」

急にお顔に輝きを纏って片目を瞑って合図する仏蘭西さんへ軽く会釈し、脱兎の如く去っていく後ろ姿を一瞥して見送っておく。
お元気な方だ。
遠い目で見送った後、再び手摺りに両肘を預けて身を寄せた。
夜風は肌に浸み、時は進み行く。
…。
…お忙しいのかもしれませんね。
特別ご連絡もない以上お越しになると思っていましたが、此方の自惚れが過ぎるのやも。
そもそもお約束という形でお越し頂いている訳ではない。
ご連絡無しにいらっしゃらなかったとしても、それは彼方の権利であり何ら責められる謂われも無し。
今夜はご都合が悪かろうと判断し、手摺りに寄せていた身を離して片手を降ろした。
予め多大な書物は頂いている。
一人でも支障がない上に、単純な語学習得ならば寧ろ一人で行う方が短時間で多くを学べる。
そう思って室内へ戻ろうとそちらを向き、残った片手の指先も手摺りから離そうとした所で、少々間の抜けた音を吐きながら一台の車が館までまだ距離のある門前で停まったのが見えた。

「…」

見覚えのある車に一度足を止め振り返り、改めて目視で確認してから外しかけていた片手の指先で手摺りを押すようにしてその場を離れた。
相変わらず小喧しい踊り場を傍目に気付かれぬ程度の急ぎ足で抜け出、階段へ至った所で下から登ってきた上司と蜂合う。
それまでの歩調を僅かに緩め、冷静を装って階段に足をかけた。

「本田、今…」
「万事心得ております。ご安心下さい」
「…。済まんな」

階段途中の踊り場で足を止めた上司に擦れ違い様そんな一言を投げられ。
いいえ…と努めて低く静かに返した。

「国民の為なれば」

偽りではないにしろ多分に奇麗事を含んだ言葉を返して階段を下り、扉に手を掛け外に出る。
…車はまだ遠い。
少し隠れてみようかと、一本の柱の影に身を潜め車が横付けされるのを待つことにしてみた。
肌寒い夜風も冷える身体も、今は全てが好都合。

奇麗事


溢れる言の葉ひた隠し、今宵も深く良き夢を。



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両想いのつもりで書いてます。
らぶらぶはむずかしくて、いつもシリアスになってしまう。
2011.10.20







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