一覧へ戻る


空は快晴、展望は上々。
風は追い風、風伯天の加護厚き。
数多の足音で、空を眺めていた視線を下ろす。
陸地の向こうから美しい行軍。
乱れぬ足並みはまるでひとつの巨人が歩いているように大地を揺らした。
やがて両翼で大きく旗が振られ、それを合図に行進が停止する。
まだ距離のあるその集団からひとり抜け出ると、同じように背後に軍を控える私の元へと歩み寄ってきた。
見知ったその顔に浅く会釈をするが、相手は脱帽する気はないらしい。

「こんにちは、独逸さん。良いお天気ですね」
「そうだな。お前の弱軍の少なさが見渡せていい。こちらの志気が上がって助かる」
「申し訳ありません、どたばたしてしまって。…ですが、すぐに援軍が参りますのでご安心下さい」
「…英国はどこだ」
「さあ。存じません」
「そうか…。ならそこを退け。自分で探す」
「私の背後にあるのは一般客船です。手出し無用で願います」
「その一般客船にあいつの所の要人がいることくらい、お前も知ってるだろう」
「初耳です。すいません、流言には疎いもので」
「…」
「…」
「…退け」
「申し訳ありませんが…」

背負っていた銃を手に取り、独逸さんの銃口が私へ向く。
私も抱えていた紫色の鞘筒から刀を抜いた。
刃を抜いてはいないものの、刀を取りだしたことで露骨に独逸さんの表情が歪む。

「…そんな刃物一本で何ができる」
「どうぞお試しください」
「いい加減にしろ!」

銃を持った腕を真横に振るい、珍しく独逸さんが声を荒げた。

「お前が俺の家の捕虜をどう扱ってくれているかは知っている!俺も同じようにお前を迎えると約束してやる!目を覚ませ!! あんな紅茶馬鹿に尽くした所で一体お前に何…」
「それ以上我が盟友を侮辱するは止めて頂こう」

腹に力を込めて発する低声は常日頃とは別声となって、音を伴う。
独逸さんが双眸を見開き、ぐっと唇を噛んだのが分かった。
改めて、銃口がこちらへ向く。
それに応え、私も両脚を開くと腰を低く落とし、刀を鞘に収めたまま腰元に添えた。
右の爪先で相手を向き、身を縮こめつつも相手を見据える。

「最後だ。…降伏しろ、日本」
「一度承った使命、自ら手折るくらいなら潔く散るが良し。小国島国と侮る無かれ。…我が忠誠、お見せ致します」
「…っ、馬鹿者が!」

耳を着く発砲音に怯むことなく、ぐっと双眸を細め銃口から流れ出る弾丸を睨んだ。
精神を研ぎ澄まし、広く気を張る。
無音にして長い一瞬。
脳内がちりっと小さく攣ったのを合図に、刹那後の銃弾の軌道へ引っ張られるようにして腕を上げた。

「せいやっ!!」

体内にあった酸素を短く吐きながら振り抜く。
耳で捉えられないが、空気が斬れた音を確かに感じた。
上下に割れた銃弾が足元に落ちるのを確認する前に、その向こうで独逸さんがこちらに走り出すのが見え、振り抜いた刀を返して腕を引き、頭上に位置すると左手を交わらせて抜き身に添える。
遅れて、ガンッ…!と銃床が上から振り下ろされた。
衝撃が思いの外大きく、巧く霧散出来ず腕に重くのし掛かる。

「…っ」
「っの…馬鹿!」

近距離にある独逸さんの表情が酷く歪んでおり、思わず苦笑を返した。

「…済みません」
「…!?」

言い終わるか終わらないかのうちに片足を上げ、独逸さんの腹部に足裏を添える。
単純な力業では並べない。
失礼ながらそこを足場に、蹴り飛ばすと同時に己を後退させる反動とした。
勿論傷にすらならなかったが、バランスを崩して傾いた独逸さんを捉えつつ跳び退くと、立ち上がると同時に手にしていた刀の切っ先を相手へ振り向けた。
ビュッと再び空を斬る。
合図を受け、銃を抱えているだけだった我が軍の最前列が後方へ退き、入れ替わりに既に構えを済ませてある二列目が前に出る。

「っ撃ーーーー!!!」

振り上げた私の声に、背後の我が軍から一斉に銃弾が飛んだ。


花火の如く


火薬の臭い。
煙。
…花火を思い出した。
夏までは今少し。
それまでには…と願うものの、有り得ないことは分かっている。
しかし祈る自由はあるはずだ。
できることなら、夏に皆さんをお招きして夜空を見上げたい。
紺色の空に撃ち上がる花火を眺め、そして少々自慢をしたい。

あれは私と同じ名前なんですよ、と。



一覧へ戻る


ちょっとシリアス。
心の底から日本史に偏っている人間なので、世界史は無知過ぎます。
鎌倉・室町・江戸が好きな自分では近代の知識が少ない~。
戦争は嫌いです。

余談: 駆逐船・榊
第一次世界大戦時、英国のトランシルバニア号が独逸の潜水艦から魚雷攻撃を受ける。
以前、この潜水艦に攻撃された船を助けようとした船が、襲われた船共々撃沈されて被害が甚大になってからというもの、英国は
「あの潜水艦に襲われた船があっても助けに行ってはいけない…。その船だけを残して急いでその場を離れるように」
と涙をのんで決めていた。
しかし日本艦船、榊と松は魚雷が次々と水柱をあげる中危険を顧みず破損したトランシルバニア号を救出。
翌月、榊は別の英国民間客船を護衛。
客船に並んでいた所、再び独逸の潜水艦が魚雷を客船に発射。
その魚雷に榊が気付いた際、既に大型客船が回避する有余は無く、榊は速度を上げると自ら客船と魚雷の間に滑り込み、自らが盾となって魚雷を受け大破した。
死者59名。






inserted by FC2 system