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いつも不機嫌顔してて人を寄せ付けない彼が悪いから、周りに罪はないと思うよ。
でもね。



「あ…。ねえ、氷君。ひょっとして、体調悪い?」
「…は? …何」
「うん。あのねえ、今日は特別顔が悪いから」
「…」

廊下で擦れ違った時に顔色が悪そうに見えたから、擦れ違ってから振り返って聞いてみると、不愉快そうな半眼が返ってきた。
向かい側からこっちに歩いてきた団子集団。
大体彼らの中で歩く順番は決まってるみたいで、僕のお隣さんとその旦那さん(らしいよ。笑っちゃうけどね)が先頭を歩いてて、その後に相変わらず軽い口論しながら歩く幼馴染みが続くらしい。
その4人から5メートル程離れて、両手を後ろで組んで頭の上に鳥を乗っけて、詰まらなそうに金魚の糞みたいに彼が着いていくのはいつものこと。
…きっと一番後ろを歩いているから、顔色とかあまり気付かれないし相手にされないのかもね。
足を止めて数秒間。
折角気を配ってあげたのに何だか睨まれた気がしたけど、何でだろう?って首を傾げてみた途端、足を止めて僕の方を振り返ってた彼は特別な反応もないまま正面を向いてまた歩き出し、4人の方へ行ってしまった。
集団との距離がさっきよりもぐっと開いたまま、とぼとぼ歩く背中が小さくてそのくせ傲慢で、思わず小さく吹きだしてその背中を指差す。

「うわあ…。ねえねえ見た立陶宛。すっごい失礼な態度だよね~。無視されちゃったよ。どうしようか」
「い、いえあの…露西亜さん。失礼ですけどそれを言うなら“顔色が悪い”じゃ…」
「ん…? あれ。今僕間違った?」
「はい…」

一緒にいた立陶宛に言ってみるとそんな訂正が返ってきた。
ちゃんと言ったつもりだったけど、間違ってたみたい。
あらら。

「んー…。…まあ、いいか。あながち間違ってもないよね」
「そ、そうですか…? 氷島さんは端正な面立ちしていると思いますけど…」
「あはははは。立陶宛はああいう顔が好きなの? 趣味悪いねえ~!」
「え…!ち、違いますよ…!!そういうんじゃなくて客観的に見て観光地も多いしまだ若いし…!」
「うーん。でもね、いつもこーんな顔してるじゃない?」
「ちょ、ちょっと露西亜さん…!しーっ!」

グローブしたまま人差し指で自分の眉間を押し、ぎゅーっと顔を顰めてみせると、立陶宛は片手の人差し指を口元に添えて止めた方がいいですよって廊下を歩いてる人たちから僕のことを隠そうとした。
狼狽える様子が可愛いけど、でも真っ青な顔してるから止めてあげることにして片腕を降ろす。
やんわり会議の部屋へと促されて、僕はまた歩き出した。

会議は恙なく終了して帰り際。
リトアニアたちと帰る予定だったけど、うっかり忘れ物して会議室に戻ると。

「…あれ?」

広い広い会議室。
扉を開けて真正面!…なんて大それた位置に席が用意される訳ないから、実に微妙な窓際の端の方…とは言え本当に端っこではなくて、とってもとっても中途半端な位置に彼が一人だけ残ってた。
目を伏せたままじっとして、背後のブラインドかかった窓からボーダーの日差しが差す。
電気が落ちた部屋。
茶色い革製のイスと円上のテーブル。
書類は出したままでテーブル上にはいつも連れてる赤リボンのお友達。
遠くから見ると色素が薄くて、クリスマスに誰にも買ってもらえなくて最後の最後まで売れ残った欠陥品の人形みたいで、ちょっとだけ笑えちゃった。
でも、売れ残った人形はお昼寝してたんじゃなくて、気を失ってたみたい。
ちょっと悪戯しようと思ってマジック片手に傍に寄っていったら、彼の飼い鳥がばたばた短い翼を広げて邪魔をしたから、取り敢えず捕まえてマフラーでぐるぐる巻きにしておいた。
息ができなくなっちゃったかもしれないけど…でもまあ、鳥だし、いいよね。別に駄目になっちゃっても。
それはぽいっとテーブルの上に捨てて置いて、ヒゲでも書いてあげようとマジックの蓋を取って近づいたはいいものの、背を屈めて近距離まで顔を近づけると、額に汗が滲んでるのに気付いた。
遅れて、目を伏せて寝てるのかと思っていたのに胸と肩が必要以上に大きく上下し、ぐったりしていることにも気付く。
目に見えて“熱があるよ!”って様子に瞬いて、屈んでいた背を正すとマジックに蓋をした。
…誰もいないことを承知した上で、広い会議室を振り返り、今入ってきた扉の方を振り返る。
少し待ったけど、誰も来なかった。
諾威君も丁抹君も。
瑞典君も芬蘭君も。

「…」

…あのね、そのまま放置しておいても勿論よかったんだけど、ちょうど退屈してたし、面白いかなと思って。
持ち上げるのは簡単だったよ。
身長は僕より少し低いだけだけど、でもほら、彼はあんまり喧嘩とかしたことないでしょ?
我が儘言うだけ言って、タイミングがよかったりして、何だかんだで主張通してきちゃったから。
筋力ないから体重軽いし、楽だったよ。
…だけどわざわざ僕が抱っこしてあげる義理もないから、イスごと持って帰っちゃった。
車に乗せる時とベッドに移す時だけちょっと面倒だったけど、別に丁寧に扱わなくちゃいけない訳でもないしね。
大丈夫だったよ。

いつも不機嫌顔してて人を寄せ付けない彼が悪いから、だから周りに罪はないと思うよ。
でもね、たぶん気付いて欲しかったんだと思うな。
彼が一体誰に気付いて欲しかったのかは知ってるから、余計に無関係な僕が最初に気付いたってところが面白かったのかも。
偶然とか運命とかって、皮肉だよね。
ほら。僕たちじゃどうにもならないじゃない?
でもね、その皮肉さがいいと思うよ。
だって最近みんな日和見で詰まらないしね。
少なくとも僕の周りとかは昔と比べると随分穏やかになったけど、反面刺激と成長はなくなっちゃった気がする。
そういう意味で、彼はとても面白いと思うよ。
起きたらどういう反応するのかな~って思うと、思わずくすくす笑っちゃう。
だってさ、面白いと思わない?
軍も兵もない、ある種の平穏の象徴みたいな彼が怒るって、何かいいよね。
ちょっと哲学だと思うんだ。
それに怒ったところで、どうせ何も出来ないしね。
他の子みたいに、その辺面倒じゃないじゃない?
勿論、僕は面倒になってもそれはそれでいいんだけどね。
そしたら米国君とかと喧嘩できるもの。
…。
でも…うん。
たぶんね、それもないかな。
そんな引き金の役割できる程彼は米国君とも仲良くないし、誰とも仲良くないもんね。


Спокойной ночи



顔を真っ赤にして熱がある状態でぎゃあぎゃあ叫いて怒って、それで目眩を起こして倒れたり…って。
そんなのを期待して持ち帰ったっていうのに、残念なことにそれらは見られなかった。
夕方くらいには起きるだろうって思って食事の用意だってしておいてあげたのに、氷君は夜中まで一向に起きなくて、肩すかしをくらっちゃった。
調理の材料勿体なかったな…。
そもそも夕食作ってあげるなんてサービスし過ぎだったかも。
折角この季節にあっつあつのボルシチ作ってあげたのに。
具とかも敢えて大きめにしてあげたのに。
看病って、きっとこんな感じだよね。
…って言うか、そもそもあんまり病人扱ったことないからよく分からないんだけどね。
病人を綺麗にセットしてあるベッドに寝かせたくなくて最初はリビングのソファでもいいかなって思ったけど、でもリビングにウイルス散らされるのも困るでしょ?
だからやっぱり個室がいいのかなって。
…とはいえ自分のベッドに寝かせるのも絶対嫌だし、別に誰も使ったことないけど、客室の鍵をわざわざひとつ開けてあげてそこのちょっとだけカビくさいベッドを貸してあげて、寝てる間にちょっとだけ測ってみたけど、やっぱり高熱のあったみたい。
部屋の灯りを落として、でも換気はしなくちゃだから窓を少し開けて…。
差し込む月明かりの中で寝てると起きるまで本当に人形を買ってきたみたいだった。
熱があるのなら襟元の大きなリボンは流石に可哀想かなと思って、解いた上でシャツのボタンもいくつか外して開いてあげた。
地下にある書庫に降りて風邪の治し方的なタイトルを探してみたけど、やっぱりなかったから困っちゃった。
氷島君ちって、どんな治療法がいいんだろうね…?
きっと僕とは違うと思うんだ。
でも、分からなかったから取り敢えずは僕の家で風邪ひいた時とと同じように扱ってみることにして、いつ起きてもいいようにサイドテーブルにミルクティとハチミツとにんにくの瓶を置いて、ベッドの横にイスを持ってきてはそこに座って起きるのを待ってみることにする。
夕食の時間が終わって、そろそろ起きるだろうと思っても全然起きなくて…。
結局、彼の意識が浮いたのは夜中の2時頃だった。
…月明かりの中で紫色にも見える両目の薄いマゼンタが僕と同じアメジストみたいに見えて、ちょっと吃驚した。

「…」
「あ…。起きた?」

ふ…っと開いた目に、慌てて身を乗り出してわくわく期待する。
怒るかなって思って。

「何か食べる? ボルシチとかどう?温めてあげようか??」
「………」

小さく聞いてみると、またすぐに目を伏せて枕の上で小さく首を振った。
…ぼんやりしているけど、ちゃんと聞こえてるみたい。
聞こえてるなら、ちょっとは楽しめるかな。
今日の会議、君がいてもいなくても誰も気にしてないんだから、無理して来なくてもよかったと思うよ、とか。
体調管理もできないなんてびっくりしちゃった、とか。
みんなに迷惑になるから、もう会議も出なくていいんじゃない? とか。
目が覚めるまでの時間に何を言おうか考えてたから言いたいことがたくさんあって、よし言うぞって思って頬を緩めながら口を開きかけた直後。
微かに唇が動いた気がしてすんでの所で言葉を止めた。

「ん…?」
「…も………から…」

不意にこもった呼吸の合間合間に、彼が目を伏せたまま細くて小さな言葉を吐いた。
酷く小さい声でよく聞こえないから、前屈みになってたのを更にイスを引いて近寄り耳を立てると、布団の中から力のないくたりとした片手が出てきて、少しだけ追い払うみたいにして振る。

「へいきだから…。……行っていいよ」
「…? 行くってどこへ?」
「……ダンのとこ」
「丁抹君…?」

その時は本当に彼が言っている意味が分からなかった。
だって一瞬とはいえついさっき彼の目と目が合ったからちゃんと僕のことを認識していたと思って疑わなかったし、熱に魘されて惚けているなんて気づきもしなかった。
だから、何の捻りもなく、そういう状況下に置かれた人間がその場に全く関係ない人の所へ「行っていいよ」という唐突な許可に対して取る大凡の反応を返した。

「何で? 行かないよ??」
「…」

軽く首を傾げて否定してみる。
大体、どうして突然丁抹君の名前が出てきたのかすら分からなかったんだから当然だよね。
目を開けることが既に辛いのか、くたりと赤い顔で横たわったまま、氷君が目を伏せたまま枕の上でちょっと首を動かして顔を上げる程度の身動ぎをする。
蚊が鳴くような小さな声で何か言った気がしたけど、それまでの声量と違って全く聞こえなかった。
…まあ何て言ってるのかはともかく、折角作ったんだから一口でもいいから食べさせようとしてシチュー皿と大きめのお肉をスプーンで掬って口元に持って行こうとしたけど…。

「ん…?」

伸ばした片手の袖にく…っと。
今まで布団の上に力なく落ちていた氷君の指先が、浅く持ち上げられ引っかかっていた。
邪魔だなって思って顔を上げると、ぼんやりとしたアメジストとまた目が合った…けど。
今度は、ああ…寝惚けてるんだなってすぐに分かった。
だって僕にそんな目しないもんね。
何もかもくだらないよって、自分とは関係ないよ、見てるだけだよって。
切り捨てるような目しか見たことなかったから、叱られて心細い子供みたいな目は物珍しくて、思わず瞬いて見下ろしてしまった。

「……ごめん」
「…」
「すぐ治るから…。……ほんとごめん」

何とか聞こえた言葉が終わると同時に僕が軽く腕を払うと、袖に引っかかってた指はあっけなくぱたりと布団の上に落ちた。
すぐに寝息が聞こえてきて、後はもう目も開けないし意識も戻らなかった。
意識は戻らなかったけど、今の台詞で一体誰と勘違いしてるのかは簡単に分かったから、また眠っちゃったことを前提とした上で、座ってるイスを片手で引いてガタガタ前に移動する。
…少し考えてから、寝ている彼に背を屈めて、内緒話みたいに片手を口元に添えて僕も小声でこっそり囁く。

「…あのね。別にいいよ、気にしなくても」
「…」
「君がお荷物なのはいつものことだから、治るまでいてあげる。…“丁抹君なんかより、君の方が何倍も大切だよ。アイス。…ゆっくりおやすみ”」

…って、一言言ってから体を離してずっと持ってたボルシチをテーブルに置く。
聞こえてないから、言ったって無駄かもしれないけどね。
でもね、ほら。
どうせ本当には言ってもらえないんだから、可哀想じゃない?
同情ってやつだよ。
虚言でも言霊って宿るんだってさ。
だから僕がそう言った後、ちょっとだけ氷君の寝息が落ち着いたきがするけど…。
そんな簡単によくなる訳なんてないから、絶対気のせいに決まってるよね。



彼がいい夢見られるといいなあ。
まあ、熱があるんだからそうそういい夢なんて見ないと思うけどね。
どうでもいいけど早く起きてくれないと詰まらないから明日こそは起きて欲しいな。

「…Спокойной ночи」

おやすみ。いい夢をね…って、イスから立ち上がって布団をかけ直してあげた。

長い間使われてなかった客間の布団とベッドは少し黴くさかったけど、僕が去る頃には部屋にふんわり、彼が付けてるポピーの香水が広がっていて、慣れない香りに気持ち悪くなりそうだった。




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無自覚loveは如何でせう。
何だかんだ夜中まで起きてまで看病してるのに恋には気付きません。
ろっさまはたぶんとっても鈍いよ!
2012.1.11





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