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いくら相手を好いてるからっつって、他ん奴がすることに逐一腹立てたり気にしたりすっ程狭ぇ器持っとるつもりはないんやが…。

「…おう。何しとんじゃ」
「あ…?」

何気ない散歩の途中。
歩いていた道の横にある柵の手前から半眼で余所の庭を見下ろすと、しゃがんで土いじりをしてた英国が軍手を填めた片手で鼻のをこすりながら顔を上げた。
ぴ…っと鼻下に一本茶色い横線が入る。
敢えて教えてやらずにその手元を見ると、見慣れぬ青い花がいくつもあった。
小さく小粒の星形しとる花弁が一カ所に集まり大きくまとまって1つの花に見える。
なかなか美しい。
青くてここまで大振りな花は珍しい。

「何じゃほん花。…新種の薔薇け?」
「あ? これか。…あー。まあな」
「…ほけ」

全く興味がなかった。
ちょっとした声かけの話題以上でも以下でもなかったんで、その程度の軽い会話で打ち切り、お互い挨拶もなくまた歩き出した。
確かに美しいが、好みかと聞かれればそうでもないし、普通の薔薇の方がよっぽど品がある。
…だがまあ、英国は庭いじりやら品種改良やら、好きやしな。
ようやると思いながら自宅へ帰った。

後日。
時間が空いたんで日本の家へ遊びに行く予定を立て、いつものように手土産片手に訪問した時だ。
…あんまりこれ見よがしな大きいもんをあれこれとやるんは情けねえんで、やるんだったらやるでなるべく小さくうんとええもんをと思い、オルゴールでもくれてやっかと簡単に包んで持ってってやった玄関先で。

「な、日本。綺麗だろ?」
「これは…。素晴らしいですが、あの…。本当に紫陽花ですか…?」
「ああ、勿論!…ぁ。た、大変だったんだからな…! ま、まあ別にお前に作ってやったって訳じゃないんだが、お前ん家の雑草だったって聞いたから見せつけてやろうと思ってだな…!!」
「…」

余所じゃ滅多に笑わねえくせに、偉そうに胸を張りつつ無邪気に笑う英国と、大振りの青い例の花を両手一杯に抱えている嬉しそうな日本の姿が目に入り、思わず足を止めた。
…どうにも連中の並びは腹が煮えて好かん。
まだ距離があるんで俺の方には気付かなかったみたいだし、そのまま静かに回れ右をして帰ることにした。

"紫陽花"…という花が、あるらしい。
最初は、地味で小振りな拳大程の大きさだったというそれは、日本が持ってた花を中国に一株やって、そんでそれを聞いた英国が目の色変えて中国から奪い取って、そんで得意の品種改良を長い間庭の一角で繰り返し、すっかり綺麗になったその花を片手に奴は鼻歌交じりに届けに行ったという訳だ。
世の中は不思議な奴らがたくさんいる。
理解できない感性を持つ奴もたくさんいる。
たった一本の花で、山ほどの金銀をやるよりも極上の砂糖をやるよりも、ずっと柔らかく心から笑う奴もいる。
海賊上がりの成金野郎の思惑通り、たった一本のその花で最高の笑顔が返ってきた。
それらを知らぬ振りして過ごしてはいたが、訪問して木造の門をくぐり玄関に向かうまでに逐一視界に入ってくる庭の青い花がそりゃあ気に食わず、舌打ちしながら玄関のドアを開けるのが癖になっていた。
日本の悪い癖を1つあげるならば、あの誰にでも振りまく愛想と笑顔だと思ってる。
…だから日本が引き篭もるのだと宣言した直後。
家主が部屋から出ない気ならいいだろうと、開花を迎える前に彼の庭にある紫陽花という紫陽花全てを引っこ抜いて、代わりに俺が持ってきた手土産を植えさせた。
月下香。
枯れんのは早く見れるんは限られとるが、暗ぁなってから咲いてよう香る背丈の低い花や。
主張の強いあんなぐっちゃぐちゃしとる青花なんぞよりゃ似合うわ。
薄暗い部屋ん中。
障子越しの月明かりで青く光ってすら見える隣の爺さんを頬杖着いて暫く見下ろしてたが、欠伸が出たんでええ加減寝ることにして端にぶん投げてあった寝間着を引き寄せ、とは言え着るんも面倒で肩に引っかける程度にしといてもそもそ布団に潜った。
人形のように簡易な体付きで寝とる耳元に無音のままキスを寄せる。

「…」

綿布団に投げ捨ててある玩具の様な小さな手に何気なく指先を伸ばすと、まるでガキみてえに小っちぇくて、上から片手を重ねるとすっぽりくるまれた。





月下香



約三ヶ月後。
門から玄関に入るまでに歩く過程でそろそろ開花しそうだったんで庭に連れて行こうとすると、夜中だっつーのにばったばった跳ねて暴れまくるんで、狂った芋虫布団から突き出てる片足首をむんずと掴み、そのままずるずる廊下を引き摺っていく。
聞き分けの悪ぃ猫みてえに両手で廊下の床に爪立てるもんだから途中何度か突っかかり、結局肩に担いで持ってくことにした。

「い、いや!いやです…!!溶ける!溶けますうううう!!!」
「…おめ月光もあかんのけ」

ランプが不必要な程のええ月夜。
ぽこぽこ背中叩かれながら暴れまくる芋虫にええ加減腹立ってきたが、表の庭に近くなって強い芳香が香ってきた頃には、芋虫はぴょっこり顔を上げて香りの正体を探る為、数年ぶりに訪れるらしい自分家の庭を凝視していた。
やがて白い花を見つけたらしいんで下ろしてやると、さっきまで溶けるとか言っとったくせに自分から砂利へと歩を進めてった。
布団を肩にかけてよたよた歩いていく後ろ姿は、やっぱりどう見てもねんねくせえ。

「…」
「月下香や。おめえにくれたるわ。夜咲いとる花のがえやろ」

投げ捨てるように言いながら縁側に腰掛け、懐から煙草を取りだして咥えた。
火を得るために胸ポケットに片手をかけたタイミングで。

「……紫陽花」

ぽつり、と日本が呟いた。
こっちに背ぇ向けとって、しかもあんな小声だっつーのに何故俺ん所まで届いたのか不思議でならないが、どちらにせよ無視する。
火を付け、胃を汚して煙を一つ吐いたところで肩越しに日本が振り返り、思わず舌打ちが出そうになった。
引っ込み思案な日本のこっちゃ。
呟きこそすれ、面と向かって聞かれるんはちっと予想外で、不愉快になる。
それはつまり、こっちの推測を上回る値で未だあのクソ眉に未練があるっちゅー訳や。
…うざくらし。
下がり眉に気付かぬ振りをして、軽く顎を上げて彼を見返す。

「あ、あの…。和蘭さん」
「あ?」
「この辺り一面に青い花があったかと思うのですが…」
「ああ、あれけ。捨てたわ」
「捨…」

言い放ってやると、数秒間日本が固まった。
暫くしてから、煙草を咥えたままもごもごと尋ねてみる。

「何や…。マズかったんけ。えらんのやろ? おめえが放っぽっとったんで殆ど枯れとったで」
「…」
「枯れ木なんぞ植えとってもしゃーないわ。ほれとも、ほん花ぁ気にいらんのけ」
「え。…あ、いえ。そんなことは」

いつまでも固まってるんで少し強めに突っ込んでやると、漸く日本が陰っていた瞳を上げた。
実際の夜空よりも黒の強い夜色の瞳に夜色の髪が僅かに揺れる。
その背景として藍や黒に映える純白の、背の低い花が並ぶ。
それらの中心にチビな爺さんの立つ光景は、なかなかに絶景だった。
…縁側に腰掛けたまま両手を後ろに着き、再び細く煙を吐く。

「たまりゃ表出んと腐るやろ。日中出んでもええで夜庭くらい出な。気ぃ病んでも知らんで」
「はあ…。ま、まあ、夜くらいでしたら何とか…」
「…ん」
「? 何……わ!」

自分のチキンぶりを自覚しているのか、縮こまってまた俯き始める日本に片手を伸ばし、ちょいちょいと指先で招く。
疑問符浮かべて寄ってきた彼の肩手首を掴み、真横に軽く放って座るよう促した。
尻餅を着く要領で縁側に落ちる日本を横目で一瞥してから、再び正面の庭を眺める。
夜、星空。
白壁、瓦、鹿威しに玉砂利、奥に池。
浮世離れした、奇天烈であるもある種の凛々しさで統一されたこの庭を、ぐるりと植えた月下香が囲む。
…庭を凝視していた俺の隣で、日本が控えめにこちらを覗き込んだのが分かった。
忌々しい懐古は一時中断したらしい。
ええこっちゃ。

「ありがとうございます。とても綺麗ですね」
「阿呆か。当然や」
「ふふ。当然ですか?」
「どんだけ人が時間割いて選んだ思とんじゃ」
「…え」
「…」

自意識過剰で自惚れたガキだとでも思ったんか、軽く言ってくれる爺さんに柄にもなく瞬間的にムキになってついポロリとボロが出た。
…おぜぇの。
思わず舌打ちしそうな失態に日本とは反対の方へ目を反らす。
そのまま数秒経っても沈黙が続いた。
たかが数秒だがされど数秒。
数秒も続けば場の空気なんてのはあっちゅー間に悪くなるもんや。
うじうじせんとガラリと話題を変えようと、今日持ってきた土産もんの茶菓子の話を用意して改めて横を向いたが…。
視界に、小みっこい身体を尚のこと縮こませて俯く日本が入った瞬間、言葉がどっかへすっ飛んでいった。
顔は黒髪で隠れとるが、湯気でも出そうな勢いで耳が赤い。
…俺が振り向いたのが分かったのか、手を引っ込めた袖をぱたぱたと無言のうちに無意味に振り、その袖はやがて口元に添えることで落ち着いたらしい。

「ぁ…えっと、その…」
「…」
「……有難う御座います。…本当に」

蚊の鳴くような細い声で発せられる呟きが微かに聞こえた。
それを聞いて、何故か数秒間ぽっかりと時間が抜け、放心した。
時間と感情が体内で動き出した頃に、咥えていた煙草を指で挟んで口元から離し、煙を細く長く、体内に煙りを残さん気ぃで息が続く限り吐き続けた。
…今更煙り吐いた所で噎せさせんのは分かり切ってるが、少しでもと思った。

「…礼儀知らずな爺さんやな。人と話す時ぁ顔くれえ上げねま」
「え…?」

言いながら、左手伸ばしてぐわしっと片手で下から顎を取る。
雑に持ち上げ俺の高さに合わせる振りして、それ以上にこっちの背を屈めて近距離まで顔を寄せ、茹で蛸のようなその顔にキスする前に一度止め、僅かとは言えど強制的に見つめ合わせた。
寸止めされて身体を強張らせる日本が自分から全力で目を閉じるのを待って、小さく鼻で笑ってから血色の悪い唇にキスをした。

繰り返していけば、いつかは絶対俺が勝つ。
100万の大軍に30万の兵が勝てずとも、それが5隊も続けばやがて敵旗は折れるだろう。






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和蘭さんは祖国さんにフォーリンラブです。
遊びまくってたけど、ガチ恋は初めてな勢いで。
時代的にも紳士とは犬猿の仲ですからね。
和蘭さん格好良くて反則です。煙草とかポイント高い。

2011.8.1






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