一覧へ戻る


最初に大好きになった人はお兄ちゃんだった。

2番目に好きだった人は今は弟に軟禁されてて会ってないから、もう顔は忘れた。
3番目に好きな人はお兄ちゃんが好きで、お兄ちゃんも好きだから止めてみた。
4番目に好きになった相手は5番目に好きになった人を女房に決めたんだってさ。
6番目に好きになってやってもいいかなと思った奴は2番目に好きな人の弟だけど、今は東の果てに住んでる変な奴が好きとか言ってる。
7人目以降は諦めた。
ちらほら他の奴も目にはいるけど、別に好きじゃない。普通。
それに、もういいと思ってる。
だって好きな相手は、みんな他の誰かを好きだから。
だから何か、もういい。
ひとりは嫌いじゃない。慣れた。
…。


Eg vildi oska ad heimurinn se ad fara ad breyta fra a morgun



「んー。じゃあねえ、僕を好きになってもいいよ~?」
「…? 何……ッねえ!!何読んでるの!止めてよ!!」

唐突過ぎる発言が意味不明。
何のこと…って聞こうとしてハーブティを淹れてた途中振り返ると、露西亜が勝手にリビングの窓際に置いてあった革の表紙の日記帳をぺらぺら捲って流し読みしていた。
慌てるどころじゃない。
弾けるように声を張って紅茶の時間を計るのを放棄し、キッチンからそっちへ飛び込んで日記を奪い返す。

「わ…」
「最悪!あんたおかしいんじゃないの…っていうか何で開いてるの!これ鍵付きなん…」
「ああ。もしかしてこれ?」

露西亜が僕に向けて右手を広げる。
肉厚の掌にチェーンのぐちゃぐちゃになった小さな錠が転がってるのを見て、全力で顔を顰める。
…。

「うふ。ごめーんね♪」

ぎろりと睨み上げると、左手の人差し指を頬に添えて全然可愛くない笑顔で笑う。

「でもいいよね。だってこんな所に置いてあるし、錠だってちょっと持ったらぼろって崩れたんだよ。…ダメだよお、氷君。鍵ももっと大きいのにしないと。誰だって開けちゃうよ」
「…」
「脆いの分かって良かったね」

口をへの字に曲げて日記を胸に抱き、速攻で顔を背けた。
肩の上に乗ってた友達が、ギー!と珍しく体勢を低くして小さな翼を広げて威嚇してくれる。
…普通そんな所に置くわけないじゃん。
いつもは部屋の引き出し。
紅茶飲みながら書こうと思って、それで書いてる途中に突然来たから慌ててそこに置いただけ。
見るからに日記なんだからまず持つな。
開けられても読もうと思うな。
馬鹿なんじゃない?
おかしすぎる。
マナーとか、説くだけ無駄だからやらないけど。
…衝動的に泣きたくなる。
丁抹とかだったらクッションとか時計とか投げつけて怒るけど、こいつ相手だと何やったって無駄な気がするし大人げないからぐっと堪えた。

「…あ~いっす君?」

後ろで手を組んで、馬鹿がひょいっと反らしたこっちの顔を覗き込む見たいにする。
もう殆ど背を向けるつもりで、更に顔を背けた。

「怒ってる? ねえ怒った??」
「うるさい。いいから帰ってよ。突然来ないで。あと家に入ったらマフラー取って」
「ああ、そうだね…。じゃあ、マフラー取ってもうちょっといようかな」
「マフラー取って帰れば」
「んーでもね、外寒いんだよ。ほら、雪降ってる」
「知ってる。コートも脱げば。震えて帰って。それで凍傷になって細胞が崩れ落ちて指とか取れたら見せに来て」
「あ、それ僕もみたいなあ。氷君散歩にでも行っておいでよ」
「やだ」

話してて全然面白くない。
密かに頬を膨らませ、背を向けたままキッチンに戻る。
日記はしっかり持っておくことにした。
頭の中で他に見られたら困るものをざっと探してみるけど、今のところリビングとキッチンに思い当たるものはない。
リビングの端っこにあるゴミ箱に、露西亜がぐちゃぐちゃになった日記の錠を捨ててた。
キッチンに戻るとすっかり淹れっぱなしのハーブティは色濃くなってた。
渋みが出すぎでもう遅い。
あれもこれも全部露西亜のせい。
ちゃんと聞いててよねと思いながら大きな大きなため息を吐いて、ティーポットの中身を捨てようと傾けかけたところで。

「あれえ。捨てちゃうの?何で?」
「…」

勝手にキッチンに入ってきた露西亜が間延びした声で言った。
…まるで僕がとても悪いことをしているみたいな言い方に、またむっとして睨む。

「何。文句あるの。帰れば?」
「だってまだ飲めるのに」
「飲めない。あんたが最悪なことしたせいで時間過ぎたから。帰って」
「飲めるよー。ジャムはない?」
「…! だから勝手に開けないでよ…!」

ずかずか入ってきて冷蔵庫を開ける露西亜に慌てて、ポットを片手にしたまま流しから離れる。
冷蔵庫からジャム瓶を3つ取りだして、てんてんっと流しの横に並べた。
あと勝手にカップも出してくる。
何でか知らないけど、僕が用意してあったカップの隣に新しく出してきたそれを並べる。
少し前、僕が風邪ひいた時に僕の病気を拗らせに来たから、その時カップの場所は図々しくも把握してたらしい。
…間髪入れず、今出されてきたカップを食器棚に戻してみた。
更に間髪入れず、露西亜がまた取り出して同じ場所に並べる。

「…」
「…♪」

隣でにこにこする男を睨むのにも飽きて、半眼で目の前に並ぶ二つのカップを見下ろす。
…日頃滅多なことじゃ怒らないけど。
その時はかっときて、片手に持っていた熱いポットをぐいっと露西亜に押し付けた。
ついでに、近くにあった布巾を一度掴んで、ばっし!と彼の胸にたたきつける。

「飲みたければ勝手に飲めば…!?」

一言叫んでから相手の反応を見ず、キッチンを飛び出してリビングを突っ切って、玄関から飛び出した。






数分後。
とぼとぼ近くの公園に歩いて来て、木陰であんまり雪が積もっていない場所を選んで腰を下ろした。
…威勢良く飛び出したけど、考えたら、何で僕が飛び出さなきゃなんないのか全然分かんない。
僕の家なのに。
しかも寒いし。
雪降ってるし。コート忘れたし。

「…」

凍え死んじゃうからあまり長い時間いられないけど、膝を抱えてみる。
頭の上に乗ってた友達が肩に降りてきて慰めるように少し鳴いた。
その後で、小さな嘴で耳の裏をカリカリ浅く突く。
…別に落ち込んでないけどさ。
むかついてるだけで。
膝の上に乗せた両腕に頭を預け、俯く。
……どうしよう。
お兄ちゃんの所に行こうかな。
でも、丁抹がいるかもしれないし。
いたら、邪魔になるし。
最近は本当に、遊びに行く時は事前に連絡するようにしてる。
うっかり二人がまったりしてるとこ見ちゃうと悪いし、それに正直僕も見たくない。
昔は絶対反対だったけど、今はお似合いだと思ってるし。
…。
て言うか。
兄弟で会うにもこんなに気を使ってるのに。
普通連絡なしで来ない。
あんまり親しくない場合は余計に来ない。
休日のゆっくりな時間も僕の苛々も、諸悪の根源は全部…。

「…ロッサが来るから」
「僕がなあに?」
「…!?」

予想外の呼応があって、びく…!と身を震わせて片手を芝生に着いて背後を振り返った。
…雪、積もってるのに。
普通音とか気配とかするのに、何の違和感もなく露西亜がそこに立っていた。
空寒いものを感じつつ、それ以上に単純に吃驚して真っ直ぐ彼を見上げた。
風がないから、白い息が横へ運ばれることなく目の前で霧散する。

「紅茶淹ったよ?」
「…」
「あ…。もしかして凍傷やってみるつもりだった?」

小首をかしげる田舎者に呆れ、首を竦めて身を退く。
…馬鹿じゃない。
心の中で力一杯思ってから、そんな訳ないし…って言って、立ち上がった。

「…もっと離れて歩いて。一緒に歩いてると思われたくないし」
「どうして? いいよー気にしなくても。僕は差別とか表だってはしないから」
「は?意味分かんない。こっちが見下してるんだし」
「あははは。氷君は冗談うまいよねえ~」
「…あんたこのまま帰れば」

本気で家に入れないつもりで先に入ってドアを閉めようとしたけど、露西亜が朗らかに笑いながらドアノブ退いて閉めさせなくて、ドアがみしみしいい出した辺りで諦めた。
家のリビングにはティーセットが2つ用意されていて…。

「…何これ」
「ん?紅茶だよ?さっきのやつ。ほら、君が捨てようとしたやつだよ。…やだなあ、氷君。ついさっきのことなのに忘れちゃった?記憶力悪いんだねえ」
「…。薄そう」
「だってお湯で割ったからね」

さらっと、露西亜が言う。
…お湯?
お湯で“割る”って何。
何で割るの。紅茶を。
元々お湯で淹れるものなのに?

「あのねえ、君のはこっちだよ。こっちは僕のでお酒が入ってるからね」
「…ウォッカ入れたの?」
「うん」
「馬鹿じゃない」
「そう? 僕の家では普通だよー。苦みが出きった紅茶はお湯で割ったりお酒で割ったりして、ジャムをなめながら楽しむんだよ。……あ~。Это очень вкусный!温まるね~。外寒かったもんねえ」
「…」

家主の僕より先にソファに座って、露西亜が一口飲んではほっこりする。
…彼と一番離れた場所に僕も腰掛けて、身を乗り出すと片手を伸ばした。
テーブルの上、カップを引き寄せる。
カップの受け皿にジャムが三種類添えてあった。
ちらっと露西亜を見ると、紅茶を飲んだ後にスプーンでジャムを掬ってぱくりと口に入れている。
……変な飲み方。
しかもお酒で割ってるし。
…少し迷ってから、僕もカップを手にしてみた。
外の寒さにやられてて、熱いカップを持つ両手がじんじんする。
そのまま少しだけ飲んでみた…けど、やっぱり薄すぎて顔を顰める。
苦い。
苦くて薄い。最悪。
全然話にならない。
慌ててジャムで口直ししようとカップのブルーベリージャムをスプーンで掬って口に運んだ。
途端、ぱちっと瞬く。

「…」
「ね。美味しいでしょ?」

スプーンをくわえたままでいると、離れた場所に座ってる露西亜がにへらと笑った。
目があったけど、無視してもう一口飲んで、そしてまたジャムを舐める。

「…あのねえ、氷君」
「何」
「好きなら、動かなきゃダメだよ」

紅茶を飲む合間にまったり吐かれたその言葉に、僕は鳥肌が立った。
顔は上げなかったけど、心音が一方的に高鳴る。
…好きだから捕まえるとか、持ってくるとか。
誰かのものになるの嫌だから軟禁するとか。
どっかの誰かが昔やって、僕はそれが大嫌いだった。
信じられなくて、本気で反吐が出た…けど。
…最近は。
その馬鹿の当時の気持ちが…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ…理解る瞬間も、ちらちらある。
…。

「…それで。あんたは動いてるの?」
「うん。動いてるよー。見て分からない?」
「…?」
「~♪」

よく分からないことを言う。
ここに来る途中に誰か脅してきたの?って聞いたら、内緒♪って応えた。
…一気に興を削がれ、相手にしてらんないのでそれ以上聞かずに紅茶を飲んだ。
本当、露西亜はよく分からない。



「氷君はお兄さんが好きなの?」
「…は?」

紅茶も飲み終わって追い出す時、露西亜が振り返って尋ねてきて、片眉を寄せた。
…日記読んだじゃん。
今更何。
人の恥掘り返して愉むなんて悪趣味。

「別に…。何。お兄ちゃん好きじゃ悪い」
「じゃあねえ、お兄さんがどこかへ行くなら、着いてくる?」
「…。いかない」
「でも心配で見に来る?」
「早く帰れば」

ぐいぐい背中を押し出して、玄関から追い出す。
露西亜が庭に降りて、雪の降る中、くるりと振り返った。
彼の仕草に遅れてマフラーが弧を描く。

「あのね、氷君」

片手を低く上げて、振りながら。

「お兄さん捕まえたらあげるから。僕と仲良くといた方が得だよ」
「はあ?」
「それじゃあ、До свидания!」

雪の中、鼻歌を歌いながら彼は帰っていった。
一度強く風が吹いて、ホワイトアウトして…。
そんな距離でもないのに後ろ姿がすぐ視界から消えて、何だか怖かった。
でも、本当に怖いのは。

「……」

悪い理想が一瞬脳裏に浮かんで、その場に暫く佇んでいた僕の内側なんだと思う。




本当は、僕だって欲しい。
だって最初は僕だけを見ててくれたのに、横から馬鹿が一目惚れなんかして割り込んでくるから、もうそこからは全部ぐちゃぐちゃ。
暗い暗い夢の話。
不道徳だし、実際あり得ないし…だから夢の話。
許されるなら、本当に周りの目とか全然気にしなくていい世界で、神様とかに好きなものひとつだけ何でもあげるって言われたら。
すごく綺麗で優しくて、温かくて穏やかで誇り高くて…そんな僕だけの、お兄ちゃんじゃない“諾威”が欲しい。
丁抹みたいに、奪ってみたい。
僕のだよって言って、手を出したら殺すよって言って。

「…」

開け放ったままだった玄関。
寒さも忘れて佇んでた僕を諫めるように庭から室内へと風が吹き込み、ため息を吐いてドアを閉めた。

…どいつもこいつも、いいよね。
好きな人は他人なんだからさ。

本当、いいよね。



一覧へ戻る


初恋はお兄ちゃんですよね、絶対。
丁諾←氷←露が基本ですね。
2011.12.28





inserted by FC2 system