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「お。そこそこ似合うじゃねーか」
「…」

着替えてリビングに戻った僕を見て、英国が偉そうに腕を組んで言う。
…別に、あんたの感想とか要らないんだけど。
ソファに座っている彼を無視してその背後をすたすた通過し、壁にかかっている鏡がある場所へ立つ。
黒いストライプ入ってるデザインシャツに赤いタイ。
何となく、この二色を気に入っているダンを連想させてた。
彼が好んで着ている衣類とカラーリングは似ているはずなのに、英国が着ている間はそんなこと思い立ちもしなかった。
やっぱり、服ってモノがどうこうというより、着る人で大きく左右される。

「サイズはどうだ? お前あいつら程でかくねーし、ぴったりだろ」
「…ちょっとキツイかもね。あんた肩幅ないから」
「おま…嘘吐け!フィットだろフィット!!」

ソファに膝を乗り上げ、背もたれに両腕を掛けてこっちの様子を窺っていた英国が、両手で肩のサイズを示しながら叫く。
…英国が、数十年ぶりに被服庫の大掃除をしたらしい。
もう絶対着ない年代物は博物館や美術館行きだが、比較的最近のもので興味が無くなったものも多かったらしく、捨てる前に駄目元で勝手に僕の家に持ってきた。
人が嫌だっていって言ってるのに、こうして強引に着せられたわけだ。
…黒シャツとか。
絶対自分じゃ買わない。
似合うに合わないはともかくとして、視覚的に新鮮だ。

「…」
「お前、着る服少ないって話じゃないか。もらっとけもらっとけ。俺のおさがりならいくらでも投げてやるぞ」
「…あんたってそーゆーとこ残念だよね」

ソファに座り直して足を組む英国に、半眼で呟く。
なんだよ!とか言っているけど、本当にそういうとこ損してると思う。

「しかし、お前がダークシャツ着てもホストにゃなれねーな」
「あんたもね」
「はぁ? バーカ。この俺がホストになんてなってみろ。倫敦の女性全てが一夜で俺に落ちちまって大変だろ」
「…。英国って、最近普魯西に似てきたよね」
「っぶ…!」

一応出してやった紅茶に口を付けていた英国が吹き出しかけるが、何とか堪えたらしい。
人んちで紅茶吐き出すとかホント止めて欲しい。
彼が持ってきた大量の衣類は一着だって受け取るつもりはなかったけど、今着ているこのシャツは少し気になった。
絶対に自分が買わない色は、こういう機会でないと持たないんだろうと思う。
タイを緩めているせいか、くたりと撓っている襟を正そうと両手を添えると、カツン…と固い物に当たった。

「…?」

右の襟下から、固い物を見えるように引っ張ってみる。
…ピンバッヂだ。
しかも、ユニオンジャック。
…。

「あ、それ付けっぱだったか。悪いな」

僕がバッヂの存在に気付くと、英国はピンと来たらしい。
勿論このままこいつの国旗を付ける気は更々無いので、外しにかかる。

「…何でこんな所に国旗なんか付けてるの。趣味悪過ぎ」
「何だよ。いいだろ別に、格好いいだろ。俺の国旗が世界で一番格好いいよな」
「はいはい…」
「あー。でも、アレだよな。お前と俺の国旗って色とか結構似てるよな」
「一緒にするの止めてくれる。迷惑だから」
「相変わらず口悪いな…」

会話しながらだから、爪が滑ってなかなか取れない。
…ていうか、旧式なんですけど留め具の所が。
何これ、面倒。
爪痛い。
首を下に下げてシャツを前に引っ張りながら奮闘していると、英国が笑いながら――。

「もういいじゃん。お前そのまま俺のものになっちまえよ」
「――!」
「そんで、俺の義弟に――」

ずる…!と指が滑った。
慣れない金具に奮闘していたせいで、勢い勝って親指が針に刺さる。
チクリと金属が皮膚を刺す独特の痛みに、反射的にすぐ指を引っ込めて悲鳴を上げた。
やっと外れたバッヂが指先を離れて足下に落ちる。

「ッたぁ…」
「…! おい。どうした?」
「…っ何でもない!」

ソファから立ち上がって僕の方を向いていた英国をぎっと一度睨んでから、バッヂを取る為にその場に屈む。
腕だけ伸ばして拾えばいい話のはずなんだけど、何故か屈んでしまった。
何でもないって言ってるんだから放って置いてくれればいいのに、英国がこちらに来る。

「いや何で突然怒鳴るんだよ…。どうしたって聞いてんだろ」
「…」
「…ああ。指刺したのか? 鈍くさい奴だな…ったく」

バッヂを拾ったまま屈んでいる僕の指先にぷつりと珠になっている赤を見ると、横に片膝を着いて胸ポケットからハンカチを取りだして、僕の指を包もうとする。
ぐわ…っと何かが顔に昇る。

「…!」
「おわ…!?」

英国の一連の行動に驚いて、気付いたら片手で彼を突き飛ばしていた。
不意打ちのせいもあったけど、無様に英国が尻餅を着く。
絨毯だから痛くないとかそういう問題じゃないことは分かっている。
英国はプライドが高い。
作業の為に膝を着いたり床に座ったり、片膝を着いたりすることはあっても、転んだり尻餅を着くことが大嫌いなことくらい、当然僕は知っている。
案の定、ぴくっと彼は眉を寄せた。

「いって…。…おい!」
「…」

ごめんと一言言えば済む。
今のは僕が悪い。
けど…。
…。

「お前な、いい加減にしろよ!? 心配してやってるってのに突き飛ばすって何だよ!」

血の出た親指を左手で包み、俯いたまま沈黙する。
…落ち着け。
何だこれ。何か変。
急に体が熱い気がする。
…。
…落ち着け。
一、二の三で顔をあげるんだ。
動揺なんて、英国には見せたくない。
心の中でカウントをする。

「おい!氷島…!」
「…。うるさいな」

上手く溜息を吐いて、立ち上がる。
いつものように、呆れ半分で、うるさいなと思いながら同じく立ち上がろうとしている英国を見据える。

「これくらいの傷で大袈裟なんだよ。すぐ治るんだから、ハンカチ汚す必要無いでしょ」
「はあ? ハンカチなんてどうでも…」
「ああもう、うるさいな」

俯いていたせいで少し乱れた横髪を血で汚れてない左手で梳きながら、近くの棚へ向かう。
英国のとは少し違うけど、僕も自分の国旗バッヂを持っていた。
いつだったか、誰かにもらった。
それを取りだして、黙々と外れたユニオンジャックと同じ位置に着ける。
そして、くるりと振り返った。

「これ、いらない。持って帰って」

英国に向かって、彼の国旗のバッヂを投げる。
投げた先で、英国の眉が吊り上がっていた。
弧を描いて投げられたバッヂは、軽く振った彼の右手に見事に治まった。
きれいなだけの碧眼が僕を射る。

「…あーそーかよ!」

バッヂを受け取った右手で広げたハンカチを胸ポケットに押し込みながら、英国は目を伏せて舌打ちした。
長い瞬きをしてから、僕を睨む。

「邪魔したな。荷物は持ち帰るよ。…それも、気に入らないんなら捨てろ」
「…」
「じゃあな」

大股で、一度も振り返らずに古い遊び友達は帰っていった。
ドアが閉まる音が遠くで聞こえた。



Rangsnúna manneskja




よたよたと部屋まで戻って、ベッドの傍に数秒佇む。
それから、糸が切れた人形のように柔らかいベッドに顔からダイブした。
…。
泣きたい…。
暫く布団に顔を埋めていると、ぱたたと羽音がして、ずし…と頭の後ろに重みを感じる。

『おう、アイス。こんな明るいうちから昼寝か? どうしたどうした~?』
「…。別に」
『…ん?』

後頭部に乗るパフィンが、ちょこちょこ身動ぐように何度か動く。
それから、ぴょんぴょんと頭を降りて背中に移動した。

『何だ。英国臭ぇぞ』
「…」
『アイス。俺様の留守中にゲジ眉が来たのか? あいつ臭ぇよな?』

パフィンの言葉に、下げていた両手をのろのろと持ち上げ、俯せに倒れている目元に持ってきて、顔の下で合わせる。
両目を覆うように腕を持ってくると、確かに英国の匂いがした。
うっすらと双眸を開けると、目の前には黒いシャツの袖がある。

「…。うん…」

せっかく開いた目をもう一度伏せる。
どうしてこうなんだろうと思いながらも…。

「臭いよね…」

口から出るのはこんな言葉なんだから、本当、嫌になる…。






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紳士と氷島君。
拍手小説でした~。
素直になれないけど本当は紳士がまだ結構好きな氷君。
2014.6.2






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