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学校の図書館。
それなりに歴史ある学校だけど、その中でも特にこの五階建ての建物は古いらしい。
個性的でうるさい奴が多いから、学校ではここが一番静かで落ち着く。

帰りのバスの中やちょっとした待ち時間、寝る前とか、少しでも空いた時間に本を広げるから、殆ど毎日放課後は図書館で新しい本を借りて帰る。
みんなは無理だって言うけど、卒業までにここにある本全部読むつもり。
サマーホリデーとか、クリスマスとか、イベント時にはいつもの3倍くらいの冊数借りていけるし、無理じゃないと思うんだけど。
…て言うか、みんなが読まなすぎってだけだと思うんだけど。
今日は夕立があって、今も雨が降っている。
傘は持ってこなかったから、雨宿りとしても閉館までいることを決めた。

『帰りまでには雨止んでるといいな。…今日は何借りんだよ?』
「先週借りた本の続きが返ってるかもしれないから見てみる」
『あんな奥まったトコ行く奴なんてお前だけだって。ぜってぇ無くなっちまってんだよ!』

右肩でパフィンがばたばたと翼を広げて主張する。
…それが一番困るんだよな。
古い本を読もうとするとよくあることだけど、連なっている本で途中一冊抜けていると、すごく迷惑。
借りっぱなしならさっさと返せよって思うし、持っているならまだしも無くされると本当困るんだけど。
嫌だよね。自己管理なってない奴って。
共有物無くすとか、信じらんない。
階段を登って上階へ行く。
カウンターがある階は新書とかあってそれなりに賑わっているけど、三階四階と上がっていくごとに人気がなくなる。
この辺の本はあんまり借りられてないみたいだ。
この間みたいに本棚の林を進んで奥へ向かって、角を曲がったところで…。

「……」

足を止めた。
突然足を止めた僕を不思議に思い、翼の中に嘴入れて羽根の手入れをしていたパフィンが僕と同じく正面を向く。

『…露西亜じゃねーか』
「…」

あんまり会いたくない人物だ。
この辺りの本棚の間は決して広くはない。
人が一人通れるくらいだけど、その間に腰を下ろし、露西亜が本棚に寄りかかってぐうぐう眠っていた。
半眼で見下ろす。
常識無さ過ぎ。
図書館に寝に来るとか、意味分かんない。
しかもこんな床に寝るなんて。
デスクとソファくらい、館内どこにでもあるのに。最低。

『寝てるぜ、こいつ』
「テスト期間中あんまり寝てなかったんじゃない。高等部今日テスト終わりらしいから」
『起こしてやれよ。彼氏だろ?』
「彼氏じゃない…!虫避け!」

しれっと言う友達に、少し声を張って言い返した。
入学以降、告白とか誘いとかがちょいちょい続いてて、パーティの誘いは続くし、いつの間にか僕のアドレスは知らない子に回っていたりして、いい加減に嫌になってきた。
虫除けが欲しくて、ちょっと簡単には文句が言えなそうな人がいいと思って、最初は英国に頼んでみようとしたけど、考えたらあいつ恋人いるし。
米国も考えたけど、あの人一緒にいるにはちょっと疲れるタイプだ。
お兄ちゃんやその他に僕が噂流したところで、それぞれ大切な人はいるから嘘だって一発でバレる。
その後の成り行きで、いいよって言うから露西亜にしてみたけど、でも名前借りてるだけで何にも変化とかないから事実無根。
でも、虫除けとしてはかなり優秀で、助かっていることは確かだ。
確定してないのに、相手が露西亜ってだけで誘いは格段に減った。ほぼ皆無と言ってもいい。
…まあ、そんなこととは無関係としても、こんな所で寝られると困る。
奥の本棚へは、隣の列から行けばいいだけだけど、流石に常識外れだ。
仕方ないから起こしてやることにして、そろそろ傍へ寄っていった。

「…ねえ。ちょっと」
「…」

道をふさぐ露西亜に小さく声をかけてみるが、くうくうと寝息が聞こえてくるだけだ。
気持ちよさそうに眠っている。
信じらんない。馬鹿なんじゃない?

「ちょっと」
「……うぅ~ん…?」

爪先で脇腹当たりを突いて、ゆさゆさ揺すってみる。
暫くすると、顔を顰めて露西亜が呻いた。
微睡みの中から出てきた彼はゆっくり瞼を開け、のろのろと右手で目元を擦った。
ぼーっと真正面にある自分の膝辺りを眺めてから、漸く僕を見上げる。

「あれ…。氷島君、おはよう」
「おはようじゃない。邪魔」
「ん~…?」

まだ寝起きで正常稼働していない彼の体を跨いで、僕はそのまま目的の本がある突き当たりの本棚へ向かった。
本棚をチェックするが、やっぱり探している本の隙間はまだ空いていた。
短く息を吐いて振り返ると、丁度のそりと露西亜が身を起こしているところだった。

「床で寝ないでソファで寝れば。みっともないよ」
「うーん…。待ってる間に寝ちゃったみたい…。最初寄りかかってただけなのに。…テストで遅くまで起きてたからかなぁ」
「何。待ち合わせ?」
「え? 君を待ってたんだけど」
「…。僕?」

思わぬ言葉に瞬いた。
うっかり瞬いたけど、すぐに訝しげに半眼で相手を睨む。
何か裏がある気がする。

「…何で?」
「ええ~? テスト終わったらピロシキの美味しい所教えてあげるよって言ったよねえ?」
「…」

ピロシキ…?
そんな約束した記憶ないんだけど。
全然覚えてない。
目線を反らしてちょっと考えた僕の肩で、パフィンがこくこく頷いた。

『言ってた言ってた。お前が美味しいピロシキ食べたいって言って』
「言ってた…?」

改めて言うけど、本当に記憶にない。
もしかしたら他愛のない雑談の途中に入っていた約束っぽくない約束だったのかもしれない。
最近でもないけど、二週間前くらいに確かに店で買ったピロシキを食べたけど全然美味しくなかったとかっていう話題は出した気がするから、したとしたらその時だろう。
思い当たるのはそれくらいだ。

「…今日って決めてたっけ?」
「テスト終わったらって言ったよ?」
「…。それって、テスト終わった日って意味なの?」
「違うの??」

露西亜がきょとんとして首を傾げる。
…"テスト終わったら"って表現って、テスト最終日って訳じゃないと思うんだけど。
一般的にはどうなのだろう。
ちょっとどっちが正しいとは言い切れないけどたぶん僕が正しい。
とは言え、面倒臭い予定が後々延びるのも嫌だし、折角ならここで消化してしまった方がいいだろう。

「じゃあ、別に行ってあげてもいいけど…。でも僕閉館時間まで本見たいからそれまで帰らないよ」
「うん、いいよ。僕寝てるから」
「ソファで寝てよね。…て言うか、睡眠時間削らないと点取れないの? 何なの。馬鹿なの?」
「うーん…。順位は悪くないんだけどね。せっかくテストなんだから、頑張ろうかな~って思って、いつも遅くなっちゃうんだよね。負けたくない人も何人かいるし」

人差し指を顎に添えて、ん~…と露西亜が上を向きながら言う。
返答は、僕の予想外だったのでちょっと反応に困った。
…まあ、いいけどね。
どうでもいいし。
好きにすればいいよ。でも…。

「…あんま無理しない方がいいんじゃない」

それで結果、床で爆睡なんて格好悪い。
ぽつりと呟いてから、僕は露西亜を素通りした。
また階段の方へ向かって別の階へ移動しようとする僕の背に、彼が声をかける。

「ねえ、雨まだ降ってた?」
「降ってたよ」

自分で窓見ればいいじゃん。

「そっかあ…。じゃあやっぱり傘持ってきといて正解だったな」

のんびりとした独り言に背を向け、僕は階段を降りた。

 

 

今日借りる本を決めて、カウンターを通し終わった時だった。
正面玄関から丁抹が入ってきて、きょろきょろと周囲を見回していた。
たぶん僕を捜しているのだろう。
声をかけてやろうと思った直前で、向こうが僕に気付いた。
ぱっと笑いかけて軽く右手を上げ、つかつかと僕の方へ一直線に向かってくる。

「よう、アイス!」
「…どうしたの?」
「外雨降ってんだろ? ノルがよ、おめえも傘持って来てねえっつってっからよー。俺置きっぱにしてた傘もあっから、おめえ一本使えな。俺ノルと入って帰っからよ♪」
「…」

…僕とお兄ちゃんで使わせるって選択肢はないわけだ。
親切心はありがたいけど、この人のこういう所がちょっと嫌い。
面積から考えて、僕とお兄ちゃんが使うのが一番濡れる確率少ないと思うんだけど。

「…タクシーとかの方が良くない?」
「まあまあ。そこはほら、な? えがっぺ、たまには!」

ふにゃふにゃした顔で、僕の肩をばしばし叩く。
単純に相合い傘したいだけか…。
言ってしまえば、もう一本の置き傘が邪魔なのだろう。
本当、分かり易いんだから…。

「…」

ちょっと考える。
小さくため息を吐いた後、僕は肩を竦めた。

「残念だけど、僕"傘"持ってるから」
「ふぇ…? そーなん??」
「ノーレは持って出なかったみたいだけど」

嘘付いてみると、ええ~!?と丁抹はあからさまにがっかりした。

「マジけ~。折角ノルと相合い傘できっと思ったのによ~!」
「いいじゃん。一人一本差して帰れるんだから。濡れなくて。じゃあ一本しかないって嘘付いてみれば?」
「んおおおおっ!その手があったがもう二本あるっつっちったー!!」

だろうね。
であれば、お兄ちゃんは絶対に相合い傘などしないだろう。
大声を出す丁抹を、司書が睨んでいる。
僕は持っていた本を抱え直しながら、がっくりと項垂れた丁抹を一瞥して目を伏せた。

「僕閉館までいるから」
「おーぅ…。んじゃぁ先帰っからな~…」

とぼとぼと丁抹が玄関の自動ドアをくぐると、外で丁度お兄ちゃんが傘を差して歩いて来ていた。
持っていた傘を閉じるお兄ちゃんを丁抹が迎え、自分がここまで差してきた傘とお兄ちゃんの傘を指差して何事かわたわたと話をしているようだが、却下されたらしく一発殴られていた。

「…ざまーみろ」

ぽつりと小さく呟いて、僕は玄関に背を向けた。
大人げないの分かってるけど、たまにはいいと思う。


Deila með regnhlíf



人気のない階。
閉館を知らせる音楽が流れる中で、窓辺に設置されているデスクの一つを使ってやっぱりぐうぐう寝ていた露西亜の頭をべちりと叩き、起こした。

「帰るよ」
「ん~…」
「傘無いんだから入れてよね」

動作の遅い露西亜を置いて、僕は先に一人で図書館を出た。
ぞろぞろと利用者が帰っていく中暫く待っていると、最後の方に露西亜が出てくる。

「あ~あ。お腹空いたね~」
「ピロシキが美味しく感じていいんじゃないの。あれほんと美味しくないもん」
「お店が悪かったんだってば~。君にはフルーツ系のピロシキの方が良かったんじゃない?」
「何それ」
「リンゴとか~シナモンとか~…。そーゆーの」

呟く僕の横で、露西亜が傘を差した。
大きめのサイズだったから、何とか二人入れそう。

「君小さいから絶対濡れちゃうよね。ふふ。可哀想☆」
「平気。あんたの風下歩くから」

角度を付けて降ってくる雨の方へ露西亜を据えて、傘の下、風下を陣取る。
日は暮れはじめていて、雨振りの空気は灰色だった。
バス停までの坂を並んで歩く。

「なんだか、恋人っぽいね」
「たかが相合い傘で何言ってんの?」

不意に露西亜がにこにこ笑って馬鹿なこと言うから、僕は半眼でため息を吐いた。



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王子様はたぶん中等部のアイドル(笑)
ろさまは彼といると全く毒気がなさげに見えてしまいます。
らぶらぶーん。
2012.9.14





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