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「真姫ー!」

不意に名前を呼ばれて、手の中のスマフォから顔を上げる。
改札口から流れ出る人並みから駆け寄ってくる絵里に合わせて、寄りかかっていた駅ビルの壁から背を浮かせた。
金髪って案外少ないから、ぱっと見つけやすい所が絵里のいいとこね。
…っていうか、大声で人の名前呼ばないで欲しいんだけど。
恥ずかしいわね、まったく…。
遅れたことに関してはラインで聞いてたし、別に本気で気にしてるワケなんてないけど、一応流れとして不機嫌顔を作って腕組みしてみることにする。

「おっそい…!人呼び出しておいて待たせるとか、どーかと思うんだけど?」
「ごめんってばー。途中で先生に捕まっちゃったのー」

そういう絵里の格好は制服だ。
休日だけど、午前中は学校に行ってたらしい。
生徒会長様は大変ね。
…ま、イベント近いとどうしてもね。
きっとうちのクラスの委員長なんかも登校してるんでしょうし。
両手を顔の前で合わせて謝る仕草をしてくれたから、仕方ない。許してやるか!
スマフォをバッグの中にしまいついでに、両手を腰に添えてこれ見よがしなポーズを取ってみる。

「仕方ないわね…。大変なのは知ってるし、許してあげるわよ」
「ありがと。…てか、ホントごめんねー。出てきてもらっちゃって」
「それはいいけど…。でも、大丈夫なの?疲れてるんでしょ? 買い出しだったら、言ってくれれば私だけでも別に良かったのに」

μ'sは基本的に、本当に試行錯誤の手作りだもの。
衣装やら小物やら、案外材料を揃えたりするのだって大変で一苦労。
デザインとか決まったら生地とか買いに行かなくちゃいけなくて重労働から当番制だけど、今回は私と絵里が買い出し当番。
でも、そこまで忙しいんだったら私だけだって全然行けたのに。
「いつ行こうか?」「時間なかなかないもんね」…なんて話しててぼんやり来週くらいかなと思っていたけど、昨日の夜急にラインもらって、買い出しは今日になったというわけだ。
お陰で私は自宅から午後出でいいけど、絵里なんかは学校直行でしょ?
手間手間過ぎでしょ。

「信用無いとか?」
「え~? …やーね。そんなワケないじゃない。一緒に行きたかったの。私だってμ'sの一員なんだから、担当くらいはしっかりやるわよ。生徒会なんて言い訳にならないじゃない?」
「働き過ぎなんじゃないの? そのうち過労死するわよ」
「学生の過労死とか相当ヤバイってそれ。…ま、冗談はさておき行きましょ。リストは持ってきたでしょ?」
「当然でしょ。リストってか、メールだけど」

バッグの上から、携帯をぽんと叩く。
ことりから送ってもらったメールはばっちり残ってるから、それ通りに買い物すればいいだけ。

「生地が無かったら無理に買ってこなくていいって言ってたわ。後で取り寄せるって」
「そ。了解。…それじゃ、行こ」
「そーね」

立ち話から先に絵里が歩き出し、それい合わせて私も歩を進めた。
折角歩き出したけど、すぐそこに大きめの横断歩道があるから、あっという間にまた足を止める。
…休日の外出ってちょっと苦手。
あんまり外に出ないからな。
家の中で勉強かピアノって日の方が多いくらいだし…って、最近はアイ活で結構外出も多くなったけど。
今年は日に焼けそう。
…そんなことを思っていると、不意に絵里と目が合った。
別に見られるようなこと無いと思うから、少し瞬く。

「…? 何?」
「真姫、結構私服可愛い系なのね」
「…そう?」

自分じゃよく分からないけど…。
絵里に言われて、何となく自分の格好を見下ろした。
白いワンピースだけど…何か変?
可愛い系とか言われてもよく分からないし。

「意外?」
「ちょっとね。…でも、よく似合ってるわよ。だから尚更意外」
「ちょっと…。それって何? 日常可愛くないってことじゃないでしょーね?」
「うーん…。それはどうかしら~。そういう意味もなきにしもあらずだったりして」
「失礼ね。私はいつでも何着ても、変わらずにスペシャルに可愛いのよ」

鎖骨にかかる髪を片手で払いながら言ってみるけど、この私のキュートな仕草を捉まえて、絵里はぷっと吹き出した。
かっちんと来る。
…っていうか、嘘でしょ今の笑うとこ?
投げやりな様子で、にやにやしながら絵里が片手を放るように軽く挙げた。

「はいはい。可愛い可愛い」
「ちょ…。今笑ったでしょ…!? 素で笑ったわよね!?」
「笑ってないってば」
「絶対笑った!」
「何ムキになってんのよ。可愛いって言っただけじゃない」
「そんな半笑いのじゃダメに決まってるでしょ!もっと心込めて言って…!」
「え~? 心込めて~?」
「そーよ!」

面倒臭そうに絵里が間延びした声で言う。
やれやれと肩を竦める様子が尚更むっとしちゃう。
本当はもっと追求したいとこだけど、丁度横断歩道が青信号になったみたいで、私たちを取り囲む人混みが動き出した。
横断を促す信号の脳天気な効果音。
歩かなきゃ…なんて、思う必要もないくらい流れに乗って自然にミュールを履いた足を前へ進ませようとした矢先――。

「っ…!?」

突然、結構強い力で左肩が引き寄せられた。
唐突すぎて反応できず、バランスを取る為にそのまま反射的に前に出そうとしてた分の一歩を横に出した。
ぶつかるという程でもないけど、横にいた絵里の方に倒れ込むスレスレで鼻先だけ制服のセーターへ触れた。
…で、

「…可愛いわよ」
「…!!」

超近距離で、聞いたことないくらい低声で絵里が囁いた。
ぞわわわ…!と、得体の知れない悪寒…じゃないけど、変な…何か変な感じの感覚が耳から背中を伝って腰に下がってくる。
思わず悲鳴でも上げちゃいそうになったけど、言葉さえ失ってただ吃驚するだけで動けなかった。
私が蹌踉けて傍の友達が支えただけだと見えるのか、横断歩道前で足を止めた私たちを周囲の人混みは気にせず進んでいく。
…。

「ちょっと…。真姫?」
「…!」

ほぼしがみついてるような格好の私の肘に手を添えて、絵里がいつもの声で心配そうに名前を呼ぶ。
…っていうか、声!
全然違うし!
今の何よ…!?
はっと我に返って、軽く絵里を突き飛ばすように一歩離れる。
ちょっと距離を取って絵里の顔を見ると、全然普通…っていうか、寧ろ心配そうに眉を寄せていた。

「大丈夫? …もしかして今日体調悪かった? ごめん、今ちょっと揺らしちゃった」
「ち、ちが…っ。だって今エリーが…!」
「私?」

自分を指差し、きょとんとした顔で絵里が首を傾げる。
少し遅れてシュシュで結んだポニーテールがふわりと揺れた。
…え、嘘。
そこ私が変なの?
絶対違うと思うんだけど…!
少し肩から腕に落ちてきたバッグを抱え直し、ムキになって絵里を睨んだ。

「ちょ…っと!止めてよ、今の…!」
「へ?」
「耳!…やだっ、もうぞわぞわしちゃったじゃない…!」

片手で今絵里の息が掛かった側の耳をぱっぱと払う。
髪が跳ねて皮膚に当たり、パサパサ耳元で乾いた音がした。
ついでに首を軽く振ってから両手を手櫛代わりに髪を整える私を、絵里はきょとんとしたまま眺めていた。
謝罪がないぞ、謝罪が…!

「…なぁに? もしかして、今の私の声で固まっちゃったの?」
「それ以外にないでしょ!?」
「…」
「…何よ、その馬鹿でも見るような目は」

サイドに両手をかけたまま、私を見詰める絵里を半眼で睨み返す。
…間を置いて、また、ぷっと絵里が吹き出した。
そのまま何だか知らないけど、笑顔になって口元に片手を添える。
…ちょっと。
二回も笑われてるんですけど。
何なのこれ…。

「ごっめーん」
「口だけで謝ったって許さないんだから…!」
「本当ごめんって。悪気無かったのよ。冗談のつもりでさ。アイスでもクレープでも奢るから許して。でもさ……っ、と」

話ながら渡ろうとしたらしい横断歩道は、いつの間にかまた赤になっていて、進もうとしていた絵里は足を止めて信号を一瞥してから、流れるようにそのまままた私を見た。
澄んだ青い目に射抜かれて、一瞬、何故かぎくっと肩が震えた気がした。

「真姫って可愛いわね、ホント」
「…はあ? このタイミングでソレ?」
「そ。このタイミングでソレ。…男には気を付けなさいよ?」
「わ…っ」

何が何やらよく分からないけど、一人で勝手に結論付けて、絵里がぽんとシュシュした手で私の頭を叩いた。
…な、何なの?
ホントよく分からないんだけど…。
ま、まあ…兎に角。
私的結論としては…。
ぴっと人差し指立てて、改めて絵里を睨む。

「もうさっきみたいなのは止めてよね」
「はいはい」
「あと、私は常日頃可愛くて当然なの…!分かった?」
「あ、そこ外さないのね…」

くすくす笑いながら、絵里が自分の結んだ髪先を手で弾く。
何がそんなに面白いのか知らないけど、まだ笑ってる絵里にもう一言二言何か言ってやろうかと思った矢先に信号が青になり、

「荷物あると何だし、先に何か食べましょ。私お昼も食べてないのよね。美味しいクレープ屋知ってるからさ、付き合って」
「ちょ、ちょっと待ってよ…!」

平日と比べるとやたらと多い人混みを絵里に付いていくのが精一杯で、用意していた一言二言は何処かへ飛んで行ってしまったみたい。



sweet voice




ざわつく休日の巨大交差点。
当然流れる横断を促す脳天気な効果音が、さっきの絵里の変な声を連れてきて、妙に耳に残ってくすぐったくて、また片手で何もない耳元を払った。



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ラブライブの真姫ちゃんがオシメンです。
可愛いし曲も元気なものが多いのでお勧めですよw
アニメが二期始めるらしいのですが相変わらず見られません、くっそう!
2013.10.16





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