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甘い毒



 ぶおーっと大きい音が鳴り響き、熱い風が髪を撫でる。ブラシが丁寧に髪を梳き、湿り気を飛ばしていく。
 やることがなくて暇な冬馬は目を瞑り、引っ張られる髪の感触を追う。下からすくって根元から先端までを丹念に風に当てていく。何度も繰り返される動きは迷いがない。するり、するりと整えられていく。
 騒音の間にかすかに聞こえる声に耳を澄ます。鼻歌を歌うなんて随分と機嫌がいいらしい。今度発表予定の新曲のメロディだ。実際よりもゆっくりとしたリズムがなんとも心地よい。
 うとうとし始めた頃、ドライヤーのスイッチが切れて音が止み、大きな手が冬馬の襟足を撫でた。
「終わったよ、冬馬」
 呼びかける声は甘く笑いを含んでいて。
「……ん」
 欠伸しながら振り向けば、上機嫌を隠すことなくドライヤーを片付けている男が一人。コードをくるくると本体に巻き付けて片付けると、戻って来て冬馬の隣に座った。
「もう寝るかい? 随分と眠そうだ」
「んー……」
 どちらともとれるあいまいな声を上げて北斗の肩に背中をもたせかける。悔しいが冬馬よりも大きくしっかりした体は、冬馬が寄りかかったくらいではびくともしない。
 不意に北斗が体をずらした。寄りかかっていた冬馬の体が滑って後ろに倒れ、つまり北斗の膝の上に落ちた。重たくなってきた瞼をうっすらと開くと、こちらを見下ろす北斗の笑顔が見えた。さっき自分で整えた冬馬の髪を愛おしそうに撫でている。
 冬馬と二人きりの時、とかく北斗は冬馬を甘やかす。料理を作り、後片付けもし、風呂に入ればこうして髪を乾かす。自分の家だというのに冬馬が動く隙を与えない。
 どろどろに冬馬を甘やかす男の真意が分からないわけではない。世話を焼き、甘やかし、自分の存在を冬馬に刻み込む。ゆっくりゆっくりと侵食して、いずれ北斗無しでは生きていけないように。向けられる好意に隠された、どす黒い感情。けれど困ったことに甘やかされることに心地よさを感じてしまっているのだから始末が悪い。
 逃げることはないのだと、伝えてやるべきなのか。言ったところで彼が止めるとは思わないし、いくらそうされたからと言って冬馬が一人で生きていけなくなるわけでもない。あいにくと冬馬はそんなに弱くなれない。それは彼も当然理解しているだろう。
「冬馬、寝るならベッドで」
 再び瞼を閉じた冬馬にくすくすと笑う声が降る。答えずに、冬馬は両腕を北斗に伸ばした。男の肩に手を回した意図はすぐに伝わる。
「はいはい、お姫様」
 嬉しそうな声と共に体が浮く。そのまま歩き出す彼の行く先は当然寝室だ。ゆらゆら揺れる震動が冬馬を眠りへと誘う。抗う気もなく落ちる寸前、
「お休み、冬馬」
 額に柔らかいものが触れた。




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結城嬢から、Mマスの北冬小説をいただきました!
北斗さんが冬馬君にドライヤー…。
普通にやってそう…。甘い空気や…。
「自分がいなければダメなくらいになってほしい」っていう溺愛、いいですよね!
ちゃんと冬馬君が甘えているところが激甘でいいなあってほわほわします。
結城さん、本当にありがとうございました!

2018.11.5






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