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ベッドに横たわって窓の外を見る。
三日前に移ったこの部屋は元々客間だったから、ベッドに天蓋がついている。
大人が寝ても十分広いだろうベッドは、ボクには当然、有り余る。
寝心地は決して悪くないんだろう。
…けど、それはボクが寝返ったり両手両足を伸ばしたり、自分で自由にできる場合に感じられることであって、寝ているベッドが硬かろうが柔らかかろうが、今はそんなの、ほんと、腹が立つほど全然関係ない。

(…クソ!)

枕の上で、何とか俯せた顔を顰める。
ちょっとでも不愉快を表したかった。
…全身がびりびりして動けない。
博士に実験だとか何だとかで変な薬盛られて点滴されて、暫くは普通だったのに昨晩突然熱が出て、そのまま今まで動けない。
泣いて嫌がったり抵抗するような時期はもう過ぎた。
アイツに何言っても無駄だし、ボクの能力を自分だけ無効化する小道具もいくつか持ってやがる。
…あのクソマッド野郎。
いつか絶対、メチャクチャに殺してやる。
手足捻って、首ちょん切って…ううん。そんなありがちじゃつまんないな。
血管とか神経そのまま繋いで、それ切らないように皮と肉だけ切断して首上に持ち上げて、どこまで切れずに持ち上げられるかやってやる。
あとは、アイツがボクにしたみたいに、何本も注射して、動けなくして、横に立って思いっきり皮肉っぽく笑ってやりたい。
そんなことを思えば思うほど、ぐるぐると出口のない力が体内と周囲の空気に風を起こしていた。
いつもだったら突風で屋根くらい簡単に吹っ飛ばせるけど、今はそよ風くらいだ。
拘束を見せつけられているようで、苛々する。

(ああもう、ほんとヤダ。ムシャクシャする…!)

爪でも噛みたい心境だけど、それもできない。
いつもなら超能力で周りの物を思いっきり壊したりすれば多少はすっきりするけど、今はそれもできない。
ボクのこの力の研究したくてボクのこと引き取ったなら、力を増幅させるならまだしも、何でこんな抑えるみたいな実験してんの。
ほんと意味分かんない。
ボクがどれだけ強いと思ってんの。
力抑えるなんて、絶対無理なんだからな。
大体、もしボクの力が無くなったら、一番困るのは自分のくせに。
ボクはアイツにとって最高のオモチャなんだ。
最高と呼べるまでのものはないけど、ボクにだって特別なオモチャくらいいくつかある。
そういうオモチャがどれくらい気に入ってるものなのかだって、大体想像は着く。
最高のオモチャじゃ最高じゃ無くなったら、一番困るのは絶対に自分なんだ。
そこ本当分かってんのかな。
詰まらなくなるのは自分なんだぞ。
もしボクがその辺にいる普通の子だったら…。
…と、そこまで考えて、かっかしていた思考が一気に冷めた。
"もし、普通の子供だったら"――。

「…」

流れるようにただ思っていただけのそのフレーズが、ボクを抑え付ける。
もし、ボクが普通の子供だったら…。
枕の布目を見つめる。

(…。パパとママは…死ななかったんだろうな…)

胸中で呟く。
その仮定を、もう今ではすんなり…とはいかなくても、ある程度軽やかに受け入れられるくらい、それからの色々な経験がボクから'家族'に対する憧れを奪っていた。
もしこの力が無かったら、ボクは平凡な子供になっていたかもしれない。
大好きな二人を殺すことも無かったし、そもそも普通の子は大人を殺すのが難しいくらい非力らしいし、その後発狂もしなかっただろう。
死ぬほど暴れ回って家を全壊させてクソマッド野郎の興味を惹くこともなかっただろうし、優しい笑顔に騙されてあんなのを新しいパパにして、こんな、アイツのオモチャになるようなことも、なかったかもしれない。
…。
…とかね。

「はん…。バッカみたい…」

感傷に浸ってそんなことを思ったりしてみるけど、本当は分かっている。
ボクに超能力が無いセカイなんてものは、無いのだ。
有り得ない可能性だ。
全く以て下らない。
可能性が無限なんてことは有り得ない。
可能性には限度がある。
そんな弱虫みたいにいつまでもifのセカイにいるのは柄じゃない。
馬鹿みたい。
だって――。

≪…君にとってパラレルである僕も方も、超能力、持っちゃってるしね≫

<…>

不意に頭に、ボクと同じ声が響く。
通信できたのは久し振りだった。
いつも唐突だ。
呆れてまた顔を顰め、肉声ではない声を送る。

<盗み聞き? …最低。デリカシー無さ過ぎ>
≪デリカシーも何も、君が勝手に僕と似たようなこと考えてるのが悪いんだろ。同調しやすくしないでくれる。ただでさえ波長合いやすいんだから≫

迷惑そうなボクと同じ声に、苛々する。
"向こうのセカイ"の"僕"は生意気過ぎる。
絶対にボクの方が性格いいと思う。

≪ねえ。今、君何してるの? 何かで遊んでる?≫
<何してるだって? …ふん。博士に薬打たれて動けないよ>
≪ふーん…。何だ。やっぱり大体流れって同じなんだね。僕も似たようなものだよ≫

何でもないような言葉が、少し意外だった。
例え同一体だとしても、こうやって異例の力を持ってて嫌な博士に薬打たれて動けなくなっているのが、ボク一人じゃないと思えば、案外これは、大したことないかもしれないと思えた。
…それに、もう一人の僕が平気そうにしているのを、ボクが辛くて耐えられないなんて屈辱だ。
アイツが平気なら、ボクだって平気だ。
当たり前だろ。
"こっちのセカイ"のボクの方が強いんだからな。

<何だよ。哀しくって、パパやママのこと思い出したの? …ふん。ガキだな。大丈夫か?ハンカチ持ってるの? ボクの顔で泣くなよ。腹立つだろ>
≪泣いてないし、ハンカチはいつも持ってるよ。…大体、君だって同じ事考えてたんだろ。パパやママのことなんて、小さすぎてあんまり覚えて無いし。思い出したくても、出せないよ。死体ならよく覚えてるけど。あとは…"あったかかった"ことくらいしか≫
<…>
≪でも、今では何があったかかったのかもよく覚えてないんだよね。単純に体温って感じじゃなかったと思うんだけど、でも体温じゃないとしたら何に対して"あったかい"なんて熱を感じたんだろう…。スープとかかな。…ねえ。君、もしかして君のママたちのことちゃんと覚えてるの? 君の両親って、どんな人だった?≫
<…。知らないよ。ボクもぼんやりとしか覚えてないもん>

吐き捨てるように言うと、なんだ…と嘲笑うような声が返ってくる。
むっとした。
話題を変える。

<そっち、今何の実験されてるの?>
≪さあ…。一応、超能力を抑える実験みたい。変人の実験になんて興味無いもん。昨日から檻に入れられて、この中だと力が上手く使えないんだ。ドア蹴っ飛ばしたりして暴れてみたけど、無理みたい。息も苦しくて、動けないから横になってる≫

檻の中か…。
ボクより少し、腹が立つ部屋に押し込まれているらしい。

≪僕はあいつの玩具なんだ。…けど、あいつが玩具で遊んでるんだから、僕だって僕の玩具で遊ぶ。この実験が終わって檻から出たら、思いっきり暴れてやるんだから。見てろよ。たくさん殺してやる。要はバレなきゃいいんだ。最近、鬱陶しい奴多いんだよね≫
<…ねえ。じゃあさ、>

やっぱり苛々しているらしいもう一人の僕の声に、ボクは便乗することにした。

<ゲームしようよ。どっちが多く殺せるか。制限時間付けるんだ。実験終了から十五分>
≪ゲーム?ここを出たら? …まあ、いいけど≫

ボクも丁度、この実験が終わったら暴れてやろうと思っていたとこだった。
どうせだったら一人でぶらぶらするよりも、対戦相手がいて数を競えた方が絶対楽しい。
…けど、名案だろうと思ったボクと違い、もう一人の僕はあんまり乗り気じゃないらしい。

<何だよ。不満か? ボクに負けるのが嫌なんだろ>
≪それはないね。僕の方が勝つから。…でもさ、そんなことしなくても、どうせ僕らそのうち、実際に会ってゲームするよね。きっと≫
<…>
≪僕が何言ってるか、解る?≫

探るような相手の声に、間を置いて、ボクは応える。

<…解るよ>

解るよ。
当然だ。
分かる、判る、解る…。
最近は、予知も結構先まで見えるようになってきた。
ボクらはきっと、近いうちに会うだろう。
顔を合わせて、きっと殺し合いをするだろう。
そこまではもう確実だと自信を持って言える。
今までこうして時々言葉を交わすだけの相手が、どんな容貌でどんな服を着ているのかも、ぼんやりとだけど分かっていた。
セカイの違う、もう一人の僕が言う。

≪君は最後にしてあげるよ≫

それは優しさに聞こえるけど、違う。
だってボクも同じ事を考えているからよく分かる。

<仲間の死体見てからの方が、楽しいだろ?…って続くんだろ?>
≪そうだよ≫

相手が笑う。
釣られて、ボクも少し笑った。

≪死体でも本でも何でも、見ないより見た方がいいよ。楽しいしさ。…それに、死に際の姿の方が、一番覚えてられるもん。一番忘れないよね。今一緒にいる人達、一部だけ、ちょっと一緒にいて楽しいんだ。僕にいるってことは、たぶん君にもいるんだろ? そういう奴ら≫
<まーね。悪くない連中がいるよ。まあまあってとこ>
≪ゲーム、楽しみだね。全力で暴れられるの楽しみだし、君に会えるのも、楽しみだよ≫

もう一人の僕が素直にそんなことを言うから、一瞬、虚を突かれた。
…ちょっと戸惑ってから、同意しておく。

<…まあ、ね>
≪ま、僕の方が絶対格好いいし強いけどね≫
<いや絶対ボクの方が格好いいし強いから>
≪うわー。やだなー。ナルシーとか、引くんだけど≫
<キミが先に言ったんだろ!>
≪…≫
<…? おい>

遠くにある気が、苦しそうに揺らいだ。
ぴくっと横たわった細胞の一部が引きつった気がして、そんな些細な反応で向こうの彼が酷く咳き込んだのが分かった。

<何。どうしたの? …大丈夫なの?>
≪うん、平気…。ちょっと、苦しくなっただけ。…でも、これ以上苦しくなるの嫌だから、そろそろ寝とく≫
<…。実験、まだ続くのか?>
≪知らない。変態に聞いてよ。…そっちは大丈夫なの?≫

言われて、忘れ気味だった自分の体調を思い出す。
相変わらず体は動かない。
それどころか、徐々に気持ち悪くなってきていることに気付いてしまった。
脳みそが揺れている。
額に脂汗が浮かんできていた。
何度か経験したから分かる。この感じは、この後に気を失うパターンだ。
…話している間は気付かなかったのに。

<ボクももうそろそろ寝る。…眠いから>

何とか強がりを告げると、僕も、と返事が返ってきた。

<もし目が覚めて暇だったら、また話し相手になってやってもいいぞ>
≪悪いけど、僕暇じゃないから。君が暇な時声かければ。僕も暇だったら相手してあげる≫
<やだよ!>
≪なんだよ≫

拒否すると、相手もむっとしたようだった。
ボクだってそりゃ苛立つ。

≪じゃあもう僕と同じ事考えないでよ。迷惑なんだからな≫
<そっちこそ。盗み聞き止めろよ。悪趣味過ぎるぞ>
≪勝手に聞こえてくるんだから仕方ないだろ。話しかけないとそれこそ盗み聞きじゃないか。そっちの方がいいっていうわけ?≫
<うるさいな!もう、とにかく今日はパパとママのことはお互い考えないことにするんだからな。いいな!>
≪分かってるよ。だってもう君と話したくないもん!≫
<…!>

むっかあっと苛立ちが募った。
動かなかった指が、少しだけ体の横でシーツに皺を作る。
途端、バリンッ…!と、サイドテーブルに置いてあった水差しが割れた。

<じゃあもうボクだってキミと話すの止める!>
≪僕だって好きで話してるんじゃない!≫
<切るからな!>
≪切ればいいだろ!≫

何て奴だ!
人がちょっとだけ心配してやったのに…!
あーもーコイツ絶対ボクより性格悪い!
腹を立てながら、隊列が決まり切った遺伝子のように上手く噛み合っていた波長から、するりと自分の気を、手を引くように抜く。
完全に剥がす直前――、

≪…またね≫

そっと、小声のような別れの言葉があった。
…けど、本当に直前だったから、耳が聞いたその声が脳に届くたった数ミリ秒の短い時間の間に、同調は途切れ終わっていた。
…。
発汗した汗が、額を滑って睫にかかる。
鬱陶しくて、目を伏せた。
くらくらする。
無駄に気を交えて話をしてしまったから、体調悪くなったじゃないか。

「…」

…あっちが「またね」とか言うのであれば、ボクだって言ってやっても良かった。
軽い後悔が付きまとう。
ボクの方だけ、行儀が悪いと思われるのが嫌だからな。
…。

「…またね、とか」

そんな気はなかったけど、痺れる唇で言葉が紡げた。
…またねだってさ。
ボクはアイツと話すのは面倒くさくて好きじゃないけど…。
もしアイツがもう一度話したいっていうのであれば、付き合ってやる。
そうしたらその時は、今度はボクも"またね"と告げて同調を切ってやろう。
そう、思った…。

最高のゲーム




いよいよ本格的に体調が悪くなってきた。
びりびりと内臓や皮膚、空気が軋む。
さっき割った水差しの水だけが、何食わぬ顔でテーブルの端からポタポタと滴っている。
突然自分を取り巻く何かが怖くなって、うっかり眉を歪め、泣きそうになった…けど。
向こうのアイツより先に泣くのは嫌だから、ぐっと唇を噛んで堅く目を伏せ、耐える。

この実験が終わったら、たくさん遊ぼう。
遊んだ相手の数を、あとでアイツに報告してやろう。
絶対、ボクの方が数が多いはずだから、会った時に腕を組んで、「情けないな」って、言ってやるんだ――。



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ゲーセン機シューティング『ガンスリンガーストラトス』のレミー君たち。
美少年過ぎるんですよ、あの子たち!
あと声が可愛い。あとヤンデレ。あと育ちが可哀想で超絶ワガママというドストレートで好み。
難易度が高すぎて、他プレイヤーに全然突いていけないんですけどね。
二丁拳銃という新しいシューティングプレイ方法が浪漫過ぎて、通りかかっただけで片足引っかけた(笑)
ゲーセンで見かけたら、プレイしてみてください。
2014.3.13






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