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「…珍しいとこにいるんだな」

この辺りで一番高いビルの屋上の角。
姿を見かけないと思ったら、こんな外れた場所で両足をぶらりと投げ出してぼーっとしている姿を見つけ、宙を泳いでいた爪先を地に下ろす。
トン…と軽くブーツの踵が鳴った。
屋上の角に座っている小さな背中は、振り向くことすらしない。

「下でゲームしないの?」
「…何か、今日は気分じゃないんだよ」

軽く覗き見るようにして、座っているもう一人の"ボク"が遥か下のそれなりに大きな交差点を見下ろす。
そっちでは、まだ銃撃戦が繰り広げられていた。
…僕たちの世界と比べると全然、三分の一くらいの高さのビルだけど、それでもこれが過去の世界の高層ビルらしい。
結構上ってきたから、浮力がそれなりに操れる奴じゃないと、なかなかここまでは来られないかもね。
だから、ちょっとゆっくりできる。
二歩程彼の背中に歩み寄り…とはいってもまだ微妙な距離があって…姿を見つけてすぐに感じた違和感を聞いてみる。

「今日は、マントどうしたんだよ?」
「…」
「その軍服みたいなダサイのとセットみたいな、変なマントがあったじゃない。お陰でいつにも増して目立たないんだもん。見つけるのに苦労したんだからな」
「…。忘れた」
「…」

冷めた言い方だった。
ノってこない。いつもだったら、大体は"何だよ!"って始まるのに。
…別に揃えているわけじゃないけど、それでも微妙な好みがやっぱり同一体として重なるのか、僕たちはそれぞれマントをしていることが多かった。
あったかいし、偉そうだし、格好いいと思うんだ。
僕の場合は学校指定の制服の一種だし、いつも日常的に着ていたから脱いだところでもしかしたらあまり大差ないのかもしれないけど…。
目の前のこいつは、マントが無いとただその辺にいるだけの、何の変哲もない子供みたいだ。
たぶん僕と同じ身長とかなんだろうけど…。
小さいな…と、思う。

「何かあったの?」
「…別に」

どう見てもいじけているらしい。
…いや、いじけているとしたら爆発するだろうから、どちらかと言えば落ち込んでいるのかもしれない。
悄気ているみたい。
何に対して落ち込んでいるのか知らないけど、ヘタに刺激すると激怒になるから基本はスルーがいいだろう。
だって僕がそうだから。
…空いていた微妙な距離を、無造作を意識しながら、わざと足音を立てて近づく。
ふわ…と一度爪先を蹴って軽く浮いて、すとんと彼とこれまた微妙な距離を開けた場所に、似たようにして座った。
両足がぶらりと、屋上の手摺りの外へ、戦場を踏みつけるみたいにして垂れる。

「…」
「…」

暫く沈黙だった。
その気になればテレパシーもできるけど…。
こんな近距離で対象を相手として意識してしまえば、嫌が応でもテレパシーと呼べない程度の直感とか共感とか、そういう予感めいたものが伝わってくる。
寂しくなったんだ。
誰もいないから。
…いや。ξがいるから実際は"誰も"って訳じゃない。
言葉にすると悪寒が走るし絶対断固違うと否定するけど、本当は分かってる。
…博士がいないのが、何となく寂しいんだ。
顔を上げて、空を見る。
…おかしな話だ。全くね。
あんな最低な人間、死んじゃえと何度も何度も思っているのに、いざ手の届く範囲に見えなくなると、ほっとしたけど、同時に、ぽっかり何かが空いてしまった。
…けど、そんなの、死んでも肯定しない。
口にするのはタブーだ。
言ったが最後、激怒して襲いかかってくるはずだから、話を反らそうと話題を探す。
とはいえ、話題も特に無い。
黙っていると、彼が僕に話しかけた。

「…て言うか、ボクのこと殺さないの?」
「だって、無抵抗の君のこと攻撃したって、楽しくないもん」

愚問過ぎだ。
もし殺すなら殺すで、派手にやらないとつまんない。
会話はそれきり。
また静かになってしまった。
…。

「…君、寒そうだね」

仕方なく、他愛も無さ過ぎるそんな台詞しか出てこなかった。
角に座る彼は、ああ…と短く答える。

「マント無いだけで、結構違うものらしいな」
「…」
「…おい」

無言で、自分の制服のマントを取り外してみると、横から怪訝そうな声が飛んできた。

「何してるんだよ、キミまで」
「いや。寒いなら、貸してやろうかと思って」

何気なく言うと、もう一人のボクがこっちがビックリするくらいビックリした顔をした。
その後で、苛々した顔になる。

「…何。ボクのこと馬鹿にしてんの?」
「馬鹿にしてないけど、寒いって言うから」
「は…っ。ボクにそんなことする必要無いだろ。馬鹿じゃないの、キミ。ボクに優しくしたって見返りはなんてないんだからな」
「悪いけど、別に君に何か期待しているわけじゃないよ。自分より能力低い相手に、見返りなんて求めないもん。…ただ、時々、君に優しくしたくなる時があるんだ、僕。自分でもよく分からないけどさ」
「…」
「だって、誰も僕のこと愛してくれないから…。こうやって時々君に会うと、会った時、たまーにだけど、僕だけはボクのこと大切にしなきゃって、思う時あるよ」

すぐ広げて渡すつもりなのに、膝の上で取り外したマントを畳んでみる。
足をぶらぶらさせながらコンパクトになった布を、ぽいっと宙に投げて浮かせた。
人差し指を立てて、それをコントローラーにくるくると泳がせた後、横へ飛ばして彼の膝に置く。

「はい」
「…」
「て言うか、着せてあげよる」

折角畳んだマントがばさりと宙で開いて、そこに座ってるもう一人のボクの背中にかけてあげようとした…のに。
かっと毛を逆立て野良猫みたいに、もう一人のボクは片手でそれを振り払った。

「いらないよ!」
「…」
「馬鹿じゃないのか、キミ!」

突然怒り出す。
何が勘に障ったのかなんとなく分かるから敢えて聞かないけど、その反応が面白くて、一瞬間を置いた後思わずくすりと笑ってしまった。
僕の笑みを見て、彼がぴくりと眉を寄せる。

「…」
「…」

暫く沈黙して、彼の厳しい眼差しを見返してたけど…。
赤い瞳見るのに飽きた頃、勢いよく、僕はばっと右手を突き出してコートのコントロールをする。

「…着ろよ!」
「嫌だよ!」

屋上の外枠から投げ出していた足でビルの側面を蹴って、宙へ逃げ出す。
そんな彼を追って、僕も外したコートを操作しながら追いかけた。

「貸してやるんだから有難く受け取れ!」
「ふざけるな!いらないよ、そんなダサイの!」
「待てよ!」

みんながドンパチしている地上付近の遥か上空で、僕たちは僕たちで鬼ごっこを開始する。
本気で逃げるから、足止めする必要があった。

「待てって言ってるだろ!」
「…!」

左右に浮遊させていたライフル銃の引き金を引く。
狙ってはみたけど、それに気付いて急カーブされた。
ちょっと反応が遅れてしまって、真横に移動する彼の後を、僕の銃弾が追う。
ダダダダダッという音と共に、一文字に向かいのビルのガラスが割れて、きらきら光る雪みたいに落下していく。
一ケース分の弾が終わったところで、銃を変えて短銃にして、足を狙う。

「止めろ、よ…!」

舌打ちの後、今度はシールドを張られて防御された。
…ち。
舌打ちしたいのはこっちだ。
離脱しようと飛んでいく背中を追う。

「付いてくるな!」
「じゃあ着ろよ!」
「何でボクがそん、ぶ…っ!?」

グァン!!…と結構大きな音が鳴り響いて、なんと、後ろを気にして飛んでいた前を行く彼が、ビルの上に着いている看板に顔面からぶつかった。
思わず吹き出して、そのまま涙が出るくらい大爆笑する。
何、今の…!
すっごく面白い!
一瞬目眩でも起こしたのか、くらり…と蹌踉けて、寿命が切れた蛾虫のように彼が下にふわりと落ちる。
すぐ下は、その看板の掛かっている屋上だった。
大した距離でもない。

「あっはははは!!何今の!冗談だろ!?ダッサぁ!」
「…っ、ぅう~…!」

ぼてっ…と、多少軽やかに彼が屋上に仰向けに落ちて、両手で喰らったらしい顔を押さえて呻く。
距離を開けて僕もその場に降りた。
…だ、駄目だ。お腹痛い。
笑う。

「あはははは!馬っ鹿だなあ、君!」
「…っ、く…」
「それで本気で僕の同一体なの? 僕、生まれてこのかたそんなダッサいミスしたことないよ」
「…。…ぅ、る…」

彼が、のろのろと身を起こす。
へたり込んだまま片手で押さえている額は、見事に赤かった。
目には涙が滲んでいる。
ピリ…っと空気が乾燥した気がして――。

「うるっさぁああああい…ッ!!」
「うわ…!」

どかん、と、空気が塊に感じるくらい、一気に振動して体を通過していった。
反射的にシールドを張ったからなんとか持ちこたえたけど、さっき彼が見事にぶつかった看板も吹っ飛ばされていく。
彼の座っている周辺の屋上板が、風で飛ばされるようにして何枚か何処かへ飛んでいった。
うち一つが僕の方へ飛んできたので、ひょいと避ける。

「ちょっと前見て無かっただけだろ!!キミが追ってきたから逃げただけじゃないか!キミが悪いんだ!!」
「おっと…」
「キミが全部全部全部全部悪いんだぁあ!!」

亀裂が走り、板が裂けた。
彼は嵐の中心地で恥ずかしさからか顔を真っ赤にして(ぶち当たったせいかもしれないけどね)わんわん泣き喚いていた。
…見苦しいなあ。
気持ちは分かるけどさ。
僕だって看板にぶつかったところ誰かに見られたら、死にたくなるもん。
いつもは絶対そんなことにならないから、余計にそう思うんだと思う。
でも幸いじゃん。
だって今、この場には"僕"しかいないわけだし。

「もうヤダ!もうヤダぁあああー!!」
「こんなことくらいで泣くなよ、弱虫だな。…君が馬鹿みたいに看板にぶつかって落ちたことは、内緒にしといてや…」
「うわぁああああん!!」
「…」

何か更に泣いてしまった。
びーびー泣き喚いてバシバシ床を叩く姿が、我ながら子供過ぎるな…。
時々僕もああやって爆発することあるけど、他人から見るとこうやってみるのか。
ちょっとだけ、気を付けようかな。
"人の振り見て我が振り直せ"を実感しながら、シールドを正面に発動させつつ近づく。

「内緒にしといてやるって。約束してやるから」
「キミさっきボクのこと笑っただろ!」
「何だよ。笑わなかった方がいいのか? 無表情で見てた方がいいの? それこそ情けないよ。…ほら、自分の足見ろよ。膝のとこ、怪我してるだろ」

僕が指摘してやると、涙をこぼしてしゃっくりを上げながら、もう一人のボクが自分の足を見下ろす。
右の膝に擦り傷があることを確認すると、無造作に解放していた力が少し緩くなった。
暴風が、そよ風になる。

「絆創膏持ってる?」

ごくごく普通に尋ねると、彼が首を振る。
…駄目じゃん。
僕はポケットから絆創膏を取りだした。
僕自身は強いから怪我なんてしないけど、鏡華が怪我したらあげようと思ってた。
特別に恵んでやる。

「はい」
「…」

差し出すと、泣き顔のまま、喉をひくつかせながらも素直に受け取った。
…泣くと目の色が映えるな。
あんまり自分の泣き顔見たことないから分からないけど、きっと自分も泣いてる時はこんな色してるんだろうな。

「消毒してから貼るんだからな。水とか、消毒液とかで。あとちゃんと拭かないとすぐ剥がれちゃうんだからな」
「…」
「あーあ。何か今日はやる気なくなっちゃった。…今日って、君も元々あんまり遊ぶ感じじゃなかったもんね」

んー…と、両手を上げて伸びをする。
競う空気じゃない。
下がどうなってるかとか気にして無いし、もう今日はのんびりしたい。
僕がそれ以上からかうつもりが無いと分かると、彼も落ち着いたようだ。
さすがにハンカチは持ってたのか、もう一人のボクはポケットから取りだしてそれで目元を押しつけて涙を拭いていた。
…すっかり忘れているようなので、にっと笑う。

「…でも、ゲームはいつだって僕が勝つんだ!」
「え? …う、わ!?」

バッ…!と座り込んでいる彼の背後で、ずっと距離を置いて浮遊させていたマントが敵を襲うコウモリのように広がる。
そのまま、包むように彼の背中に張り付いたのを確認して、僕は両手を顔の前に出し、いつも自分でマントを掛ける時のように指先を少し動かした。
距離があっても、僕には全然関係ない。
制服のマントは、いつものようにきゅっと結ばれた。
背を弓反りにして自分の背中に両手を回し、じたばた彼が藻掻く。

「何するんだ…!」
「あははは!僕の勝ちー!」
「ヤダよ、こんなカクカクした変なマント!」
「君のよりはマシだよ。大体…」

…と、そこまで言って、彼の左右の銃口が僕を狙っているに気付いて、さっと後退する。
さっきまで僕がいた場所にレーザーが飛んだ。
…もういいや。
どうせ僕が勝ったし。
せっかく開いた距離だし、そのままふよふよ後退して離れる。
距離を置いて見ると、彼のカーキ色と白いシャツに、僕の青いマントは色的に死ぬほど似合わない。
また、思わずくすりと笑ってしまった。
勿論、彼の反感を買う。

「いらないって言ってるだろ!」
「うるさいな。人の好意は受けろよ。次に会う時返してくれればいいから。どうせ、また会うし。…大体、」

さっき言いかけた続きを付ける。

「本当に風邪ひいちゃうんだからな。そんな薄着で飛んだりしてると」
「…」

言うと、何故か彼はきょとんとした。
…そんなに意外な台詞じゃないと思うけど。
沈黙の一 二秒の間に何を考えてたのか分からないけど、ぱっとそれまでの調子とは違う感じで、僕に怒鳴る。

「そんなの…キミだって風邪ひくだろ!」
「僕はひかないよ。馬鹿じゃないから」
「そんな迷信を信じてる時点でバカだろ!」
「違うよ。これはジョークってやつなの」

鼻で笑って、そのまま宙を泳いで後退し、近くにあった屋上の手摺りに一旦両足を付ける。
ちらりと下を見ると、お互いのチームが離れていた。
どうやら戦闘は一段落したらしい。
…じゃ、僕も帰ろうっと。
そのまま飛び降りようとして、思い出して振り返る。

「…ねえ」

彼はまだへたり込んでいた。
少し乾いた赤い目が僕を見る。

「博士がいなくたっていいじゃん。あんな嫌なやつ、いなくていいんだよ。寂しがる必要なんてないだろ。…代わりに、ここには僕がいるんだしさ。同一体の僕だって、家族みたいなものだと思うけど」
「…」
「じゃね。また時間あったら遊んでやるよ」

今度こそ本当に足場を軽くジャンプする。
宙に躍り出ると、暫く自然落下に身を任せた。
マントが無いと、空気抵抗を取らないせいかいつもよりずっと早く落下する。
身軽だから、これはこれで楽しいかもしれない。

僕の大切




「鏡華、ただいま」
「あ、レミー」

チームの待ち合わせ地点に立っていた彼女の背後に降りたって、近づく。
少し離れた場所では、徹とか鏡磨が何か話合っているようだった。

「レミーってばどこ行ってたの?姿見えないから、心配してたんだよ……って、あれれ?マントはどうしたの?」
「分かんない。無くしちゃった」

困った顔で言ってみる。
何だか不思議と、誇らしかった。



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帝都レミ君。
フロンティアレミ君より多少だけどクール設定。
仲良くして欲しいです。
2014.3.30






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