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毎年あることだが、真夏に南の方でのイベントだとか、真冬に北の方でライブだとかは、体調が崩れやすい。
当然、あれこれできる限りの予防はしているつもりだが、新幹線や飛行機で2、3時間も移動すれば、駅から出ただけで気温も湿度も違うもんだ。

「寒いぃ~。とーまくーん、さむ~~い~」
「んだよ、寄りかかんなって。歩きづらいだろ」
「だって寒いんだもん。ちょっとでもくっついてた方があったかいじゃん」
「日中は日差しもあって暖かかったけど…。さすがにこの時間になると、随分冷えてくるね」
「あつあつのラーメンとか食べたい」
「そんなガッツリ行く気か? もっと軽めでいいんじゃねーの? カフェオレとかココアとか飲めるところで軽めに食えば…」
「冬馬、カフェオレかココアが飲みたいんだ?」
「あ? ああ、そうだな。何となく…。別にコーヒーでもスープでも何でもいいけどよ。…なんだよ。何か変か?」
「いや。可愛いなと思ってね」
「…はあ?」
「そこですぐ甘いもの出てくるのが冬馬くんだよね。女の子みたーい」
「何でだよ!別にいいだろっ!好きなモンなんて人それぞれじゃねーか、何でンなことで笑われなきゃなんねーんだよ!寒くて疲れてるから、熱くて甘いモンが飲みたいだけだ!」

息が白い夜の街並み。
明後日に控えたイベントライブ会場での下見と打ち合わせが終わって、「10時になったから未成年は業務時間終了」って流れで俺や翔太は勿論、メンバー代表して話を聞こうと残ろうとしていた北斗まで、「たまにはゆっくりしてください」と追い出される形でプロデューサーより先にあがらせてもらった。
まだイベント当日までは時間があるし、お言葉に甘えて三人で現場から離れ始めた数分後。
晩飯は食べたが、軽く何か食べて宿泊先のホテルまで帰ろうと話題にしていた最中、不意に隣で翔太が声を上げた。

「あーっ!」
「うおっ…!」

割とでかい声に驚いて、翔太の真横を歩いていた俺はズザっと反対側に身を引いた。
北斗の肩に肩がぶつかるが、まあその程度で北斗がよろけるはずもなく、奴も俺と同じように翔太の方を見る。
手袋をした自分の両手を見詰めて足を止めている翔太に合わせて俺らも足を止めてはやるが……別に、何もおかしなところはねーと思うが…。

「ビビった…。何だよ翔太、突然。うるせえな」
「どうかした?」
「さっきの所にマフラー忘れてきちゃった!」

声をかけると、翔太が疲れた顔でそう言う。
…マフラー?
言われてみれば、この寒さの中翔太の首回りには何もねえ。
コイツがマフラーしてたかしてないかは正直覚えてねえが、首が見えている今の状態を「寒そうだな」と思うってことは、たぶんいつもはしてたんだろうな。
翔太がどういうマフラーしてたかなんてピンと思い出せない俺と違い、北斗があぁ、と相づちを打つ。

「本当だ。気に入っていつもしていたやつだろう?」
「そー!」
「お前よく人の覚えてんな。どういうのだった?」
「紫のストライプが入ったやつだよ。黒地で。明るい服色が多い翔太にはポイントとしてよく似合う配色の」
「ふーん…」

紫のストライプ…?
全っ然、覚えてねえ。
…つーか、たかがマフラー忘れたくらいで、急に大声出しやがって。びっくりするじゃねーか。
目を伏せて、片手を投げやりに振るってやる。

「ばーか。自分の荷物整理しねえで散らかしてるからだからだろ。プロデューサーが気付くか、最悪明日取りに部屋行けばいいだけじゃねーか」
「ううう~。さむーい!僕凍えちゃうよぉ~」

さっきまでそんなこと言ってなかったくせに、翔太が自分の体を抱いて腕を擦り出す。
いかにも「寒い」アピールだが、どうしてやることもできねーっての。
もっと手前で気付けば取りに戻ってもよかったかもしれねえが、ここまで出てくるとそれも億劫だ。
だったら、さっさとその辺の店に入るか、いっそホテルに急いで戻っちまった方がいい。
少なくとも、ここでぼーっと突っ立って震えてるメリットなんか何一つねえ。
翔太が寒いんじゃ、尚更早く移動するに限る。
一度止めた足を、また前に出した。

「ったく…。じゃあとっととタクシー捉まえてホテルに戻るか店に――…って!」

…と歩き出した俺の首から、す…とマフラーが解けて後ろに抜けた。
完全に抜けきる前に咄嗟にしっぽを捉まえようとしたが、ばっ…!と挙げた片手は首の前で空を切る。

「おい!」
「ん?」

すぐ後ろを振り返ると、しれっとした顔をして俺の赤いマフラーを翔太が自分の首に巻いているところだった。
何だその当然だろ感!

「お前何普通に人のマフラーぶん取ってんだよ!?」
「優しい冬馬君なら貸してくれるかな~って」
「ふざけんな!せめて先に許可とれ!」
「かーしーてー」
「うるせえ!まず返せっ!」
「えーっ、何それ。ちゃんと貸してって言ったのにさ」
「順番逆だろ!」

取り返そうと伸ばした俺の手を避けて、翔太がひょいとステップ踏むように軽く北斗の後ろに逃げる。
そのまま北斗のコートに両手をかけて、壁にするみてえにして横から俺を覗き込んだ。

「だって寒いんだもん。当日も僕が一番露出高いし、僕が風邪ひいたら冬馬君困るでしょ?」
「俺が風邪ひいてもお前だって困るだろーが!」
「大丈夫。たぶん冬馬君、僕より頑丈だから」
「どーゆー根拠だよ!」
「何とかは風邪ひかないって言うしさぁ」
「だから!どーゆー根拠だよっ!」
「おっと…」

腕を伸ばして翔太を捉まえようと踏み込んだが、その前にひょいと逃げやがった。
立ち位置が変わるみたいに、俺が北斗の背後に回った代わりに、翔太がさっきまで俺がいた場所に立つ。
ぐっと爪先で自分の動きにブレーキかけて、ついでに振り向きざま北斗の片腕を掴んで素早く体を反転させる。
反転しながらまた片腕を前に出したが、これまた翔太は軽い身のこなしで俺の手から逃げた。

「あっ、くそっ…!」
「ふふ~んだ。あ~、あったか~い」
「てめ、翔太!」
「まあまあ、冬馬」

顔を顰めて舌打ちしていると、すぐ間近で北斗が小さく笑いならがやんわり腕を上げた。
北斗の腕に手をかけたまんまだったんで、邪魔にならねえように手を離す。
…が、止められたことで一瞬むっと苛立ちの矛先が北斗へ向く。

「貸してあげたら?」
「お前もそーやって甘やかすから、翔太がすぐ調子に乗るんだろ!第一、俺だって――」
「だな。寒いだろうね。…ほら」
「…!」

おもむろに首回りにかけていた薄茶色のストールを取ったかと思ったら、北斗がそのまま俺の首にそれをかけてきた。
布を取られてすーすーしていた首元に、ふわ…と温かさが戻る。
一瞬呆けた俺の首回りでストールを整えると、北斗がぱちんとウインクした。

「これで問題ないだろ?」
「も…。……んだい…は、ねー…けど……」
「おお、さすが北斗君。紳士的ぃ」
「お褒め頂いてありがとう。…けど翔太。冬馬の言う通り、忘れ物に気を付けた方がいいのは本当だよ。今日はマフラーだったけど、スマホかもしれないし、財布や秘密のメモかもしれない。最初に見つけてくれる人が、常に善い人だとは限らないしね」
「まあ、そーだけどさ…」
「お互い、気を付けような」
「ま、ここは納得するとこか…。はぁーい」

微妙な態度のまま、それでも汐らしく奴なりに納得した態度で素直に翔太が頷いて、北斗の片腕にくっつく。
その後で、ひょいっと体を傾けて伺うように俺を見た。
かなり"反省"の演技入ってる顔で、だが……翔太に少し気弱な表情で上目に見られると、ぐ…と口が噤む。
言いたい文句が、全てどっかに飛んでいく。

「冬馬君…、ごめんね」
「べ、別にそこまでじゃ…」
「冬馬も、これでいいだろ?」

片手を軽く挙げて妥協案を示す北斗と、その北斗を微妙に盾にしてこっちを伺っている翔太に、怒る気力も削げていく。
…ったく。
ぷいっと顔を背けて、腕を組んだ。

「ちっ…。仕方ねーな…。北斗に免じて許してやるよ」
「じゃあ、僕今日これ借りてもいい…?」
「好きにしろ。…つーかその顔と声止めろ!」
「いえーいっ!やったねー♪ いいってさ、北斗君」
「よかったな」
「北斗君のお陰だね。相変わらずそーゆーとこ格好いいなぁ。ごめんね~冬馬くーん。ありがと!冬馬君のそういう優しいところ大好き!」
「ゼッテー心にも思ってねえだろ!?」
「思ってる思ってる。でもさ、北斗君のそれもあったかいんでしょ?」
「…まあ」
「じゃあいいじゃん」
「いや、よくねえだろ。北斗どーすんだよ」

指先でかけてもらったストールを少し抓んで、口を覆った。
マフラーより薄っぺらい感じがしていたが、幅広いせいか、首というより肩まで隠れる感じで思いの外あったかい。
直前まで北斗が身につけていたせいか、既にほんのり布が熱を持っている感じだ。
北斗の香水が鼻を擽って、くしゃみが出そうになる。
そりゃ借りられれりゃあったかいが、当然北斗が寒くなるわけだ。

「俺がこれ借りちまったら、お前が寒いだろ?」
「襟を立てれば、そんなに寒くないよ。手袋もしてるしね」

さらっと何でもないように言いながら、コートの襟を両手で立てる。
…いや、それ何か違うだろ。
だからいいだろうって話……じゃねえ気がする。
襟を立てりゃいいだろってんなら、俺だって上着のフード被りゃ少なくとも今よりあったかくなるわけだしな。
確かにあったけえが、元々北斗のだし返してやろうとストールを取りかけたが、ちょっともたついてる間に北斗が後ろからまた形を整える。
仕草としてはただ形を整えただけだが、「使ってろ」って暗に言われた気がして、微妙な顔で振り返ると、お得意の微笑みが返ってくるだけだった。

「おい…。いいって。返すって」
「ストールも似合うな、冬馬。いつもより少しだけ大人っぽいよ。たまにはいいんじゃない?」
「いいとか悪いとかじゃねーんだって。今はお前が寒いか寒くねーかって問題で…」
「僕らがくっついててあげたら? カイロ代わりにね。くっついてると僕だってあったかいしさ。…ほらほら、冬馬君。そっち側は冬馬君担当だからね」
「あ? …あ、あぁ」

北斗の左腕にくっついてる翔太が片腕を伸ばして俺に指示するんで、何となくそれに従っちまった。
…まあ、そうだな。
そりゃ近づいている方があったかいだろう。
風よけにくらいはなるしな。
流石に翔太みてえに腕を組むつもりはねえが、いつも横並びで歩く時より距離を縮めてみる。
なるべく近く、肩が触れるか触れないかの距離を気にして歩いていると、数歩進んだところで北斗が吹き出すように苦笑した。

「…あ?」
「はははっ。ありがとう。贅沢なカイロだな。きっと俺が一番温かいな」
「えへへ~。役得だねぇ、北斗君」
「本当に」
「…? 今笑うところあったか?」
「ん? ごめん、変な意味じゃないんだ。ただ、両手に花だなって思ってさ」
「花ぁ? …またお前はそーゆーくだらねーこと言う」
「そーだよ。おねーさんじゃないんだからさ~」
「ああ、そうだな。男性だし、じゃあ蝶か。冬馬も翔太も、俺にとっては大切な蝶のひとつさ。間違ってないと思うけど?」
「僕が女の子だったら、絶対可愛いと思わない? …てゆーか、正直女装したってその辺の子よりは可愛くなるかも」
「翔太が女の子だったら、俺は絶対に声をかけるね。間違いなく。冬馬にもそうだけど」
「俺が女だったら、お前なんか絶っ対に相手にしねえな」

大して興味がねえ話題に、はあ…と呆れ半分にため息をつく。
そういや、何かの雑誌のインタビューで、「翔太が女の子だったら小悪魔美少女だったのに、残念だ」とか北斗の奴がコメントしたことがあったな。
…まあ、要は「信頼してるぜ」ってことなんだろーが、北斗はいつも使う言葉や単語に飾り気が多すぎて、いまいち信じ切れない気がしちまう。
嘘っぽく聞こえるっつーか…。
当然、これだけ一緒にいる俺や翔太はそれが嘘じゃねーってのが分かるわけだが。
いつもより密着して歩いていると、翔太が北斗ごしに俺を見上げる。

「冬馬君が女の子だったら、僕彼女にしてあげてもいーよ。料理上手だし、掃除も洗濯もバッチリだし、面白いし」
「最後の何だよ!」
「だな。結構モテるんじゃない?」
「女ってだけで家事頼ってんじゃねーよ。そんなん一緒に住んでたら折半だろ。テメェでできてから人に頼りやがれ!」
「確かに。…ふむ。今のは少し差別的だったな。撤回するよ」
「えー? 僕、女の子でも男の子でも、好きな人が僕のために作ってくれたご飯食べるの好きだから、撤回しなーい。料理上手な人じゃないとやだー!」
「お前は…」


「御手洗さ――ん!」

半眼で翔太を見ていると、不意に聞き覚えのある声が俺たちの背後から飛んできた。
足を止め、三人揃って振り返る。
夜道の向こうから、プロデューサーがぱたぱたと小走りで走ってきていた。
まだ距離があるが、俺たちが足を止めたのを見て片腕を振り上げる。

「忘れ物ですよー!」

その手に、忘れてきた翔太のマフラーが折りたたまれて握られているのを見て、俺たちは顔を見合わせた。




トレード





「アイツ…、わざわざ届けに来たんだな」
「プロデューサーさんってホンット律儀だよね~。忘れ物届けるだけ届けて、また戻るなんてさ。もう一緒に帰っちゃえばよくない?」
「まだやることがあるんだろう。仕事熱心で素敵だね」

さっきと変わらず、三人で道を歩く。
打ち合わせを抜けてきたらしいプロデューサーは、忘れたマフラーを翔太へ届けるだけ届けて、またすぐ戻って行った。
掴んでいる北斗のコートの片腕をやたら大きく振りながら、翔太が笑う。

「マフラーよかったね、北斗君」
「ああ、温かいよ。貸してくれてありがとう」
「似合ってんじゃねーか?」

持って来てもらった翔太のマフラーは、そんなこんなで今北斗の首にある。
北斗はいつもマフラーはあんまりしねえから見慣れねえはずだが、似合ってる気がする。
翔太のマフラーが戻ったなら、貸し借りなしでそれぞれ自分の身につけりゃいいじゃねーかって話になるんだが、それぞれ面倒臭さが勝ってそのまま今来たマフラーは北斗に貸してやることになった。
たったそれだけのことだが、何つーか……何か、いい感じだ。
嬉しくなる。
上手く言葉にできねえが、北斗も翔太も、機嫌良く見えた。

「北斗君が寒くて可哀想だったもんね~。冬馬君が奪っちゃったから」
「俺じゃねーだろ、始まりは!そもそもだな、別に俺はマフラー貸してやらねえって言ってるわけじゃねえんだよ。"貸して"の一言が先にありゃ、俺だって……」
「はいはい。今度からはそーしまーす。…ねーっ、僕次は北斗君のストール借りたーい!」
「じゃあ俺は冬馬のマフラーかな」
「つーか忘れねえようにすんだよ!」

寒空の下、吐いた言葉が白い色を得て流れていく。
空を見上げると、都内の空とは違って星がよく見えた。
星には詳しくねえから、自然知っている星座の星に目が行く。
いつもつい見つけちまうオリオン座の三つ並んだ星はすぐに見つかり、いつも以上に輝いて見えた。
上見て歩いていると、不意にぐいっと片腕が引かれる。

「あ?」
「もうみんなマフラーゲットしたから、定位置がいいな」
「…? 定位置?」
「いつもと違うと落ち着かないっていうのはあるよね」

翔太の言っている意味が分からないまま眉を寄せている間に、北斗真ん中の横並びが、俺真ん中になる。
…ああ。
定位置って、並びか。
…ん? けど、ステージならともかく、いつもそんなに俺真ん中だったか?
ダンスや練習の時ならともかく、フリータイムでの位置なんて気にしたことねえし、そんなの元々なくねえか?
翔太に片腕引かれたまま、北斗を振り返る。

「それは仕事でだろ?」
「仕事以外も大体こうじゃん」
「そうだな。歩く時も、冬馬が真ん中が多いよ」
「そーかぁ? 気にしてねえだろ、そんなの。…なあっ、それより空見てみろよ!今日星がすげー綺麗に見えるぜ!」
「え? …あーっ、本当だ!いつもよりずっとよく見える!」
「空気が澄んでるんだろうな。冬の魅力のひと――…ん?」

手袋した手で、空を指さす。
その指の先、三つ並んだ星の方から、まるでこぼれ落ちたみたいに雪がちらつき始めた。
…暫く見上げて、何を合図したわけじゃねえが、また三人で顔を見合わせて笑う。

「寒いわけだね」
「あ~、ますますあったかいの食べたーい」
「軽食にしろって。カフェ行くぞ、カフェ。やってるとこあっただろ、帰り道に」
「あったか~くて甘~いカフェオレ飲みたいんだもんね~、冬馬君はさー」
「悪いかよ!いいだろ、別に!」
「ホテルのラウンジでもいいかと思ったけど…。それじゃあ、カフェに寄って帰ろうか」

北斗の言葉に翔太と一緒に頷いて、改めて一歩踏み出す。

また気温が下がったんだろうが、そんなの全然気にならなくなっていて、結局帰り道途中にあった夜カフェまでくだらねえ言い合いをして歩いていった。



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寒い冬の日のちょっとした話。
Mマスは私服も可愛いですよね。
冬馬君が相変わらずの姫ポジ。
2018.12.19





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