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自分の、ユニット内でのポジションは"支え役"であると自負している。
直情的な冬馬にそれは無理だし、リーダーである彼に必要なのはまた別のものだ。
翔太はしっかりしているしサポートも上手いが、あの可愛い猫を長時間被っていられないし、その被り続ける時間を延ばすには、彼自身、傍に誰かが必要になってくる。
エンジェルちゃんたちに見せるアイドルとしての顔は全く別だとしても、自分が年長者なわけだし、ユニット内の立ち位置としてはきっとそうあるべきだろうと思っている。
…けれど、たまにベースが都内ではなく地方に構える場合など、遠方のソロの仕事をすると、支えられているのは自分の方だと痛感させられる。

「…」

割り当てられたホテルの窓際で、開けた窓の向こうに広がる夜景を眺めながら、ふう…と息を吐いた。
上手くは言えないけれど、酷く空っぽだ。
何度目かになるが、掌の中の携帯を見下ろす。
今の状態を解消するのは、現実的には簡単だ。
今回のスタッフの中にも、親しい人は何人かいる。
まして今回は一人一部屋与えられているから、声をかければきっとすぐに来てくれるだろう。
例え一時だとしても、オレはもう、この虚しさを解消する手立てを知ってしまっているし、その手軽さも知っている。空っぽは解消できるだろう。
それらの気持ちひとつひとつが偽りというわけではないけれど、その代わり、完全な代替にもならない。
ひょっとしたら、益々虚しくなるだけなのかもしれない。
以前はそれで十分だったけれど、今はもう、代わりを宛がえば埋まるというものではない。
…寄りかかっていた手摺りから手を離し、窓を閉めて一人掛けのイスへ腰掛けた。
のんびりと足を組むと、静けさが耳に痛い。
――などと感じる自分が、少し可笑しい。

「ホント、嫌になるな。まったく…」

一人肩を竦めてから、改めて携帯を見下ろす。
電話帳を呼び出すのではなく、登録してある短縮を押した。

当初は、こんなに懐くつもりはなかった。




Triangle





『ハーイ。もしもーし、冬馬君だよー』

繋がって最初の声に虚を突かれる。
冬馬の携帯にかけたはずが、翔太が出てきた。
思わず小さく吹き出しながら話を合わせることにする。

「やあ、冬馬。お疲れ。随分声が高いようだけど、もしかして風邪?」
『そーなんだよ~。ちょっと昨日から風邪気味でさー。げほごほっ!』
「はは、お大事にな。…ところで、"翔太"は?」
『ショータ君は今、僕のジュース買いに行って…』
『あっ…!オイ、テメェ翔太!!人の携帯何勝手に――』

携帯の向こうが、突然バサバサガタガタといくつかの音で埋まる。
やれやれと暫く待つついでにスピーカーにして目の前の小さなテーブルに置いた。
同じくテーブルに置いてあったミネラルウォーターをグラスに移している間に、ようやく通話の向こうが安定してきたらしい。
多少ぜーはー言いながらも、本来の持ち主の声の方が大きくなってくる。

『…よお、北斗』
「お疲れ、冬馬」

全国ツアー、神戸ライブ。
メンバーに選出された今回、ホテルは一人一部屋でゆったり使えている。
正直有難い。
同じ事務所で気の良い人たちということは分かっているけれど、それでも誰かがいると常に"オレ"でいなくちゃいけないからな。
その点、受話器の向こうの二人にその気遣いは不要だ。
二人の声を聞けて、ほっと胸の中が柔らかく落ち着く感じがした。

『リハどうだった? いい感じか?』
「ああ。素敵なライブになりそうだよ。メンバーも、あまり日常話したことのない方もいるし、面白いかな」
『咲さんのことでも口説いてたんじゃない?』

横から翔太の声が入って来る。
思わず苦笑して、顎に片手を添えた。

「そうだな…。彼はとても可愛らしいしキュートだからな。思わずエスコートしたくなる…というか、せざるを得ない」
『あれはもう女子だよな…。あれが男だって俺はまだ信じらんねー。…秋月さんの時も信じらんなかったけどな』
『冬馬君、さりげなく逃げてるもんね。あの二人が近くに来ると』
『はあ!? 逃げてねーよ!』
『隠さない隠さない』
「そっちは変わりないか?」

一日二日で大した変化はないと思うけれど、挨拶程度に聞いてみる。
特にないだろうなと思ったけど、ああ…と冬馬が思い出したような声を出した。

『来月のフェスティバルの入り時間が変わったらしいぜ』
「そうなのか?」
『おう。後でプロデューサーから連絡ある思うけど、さっき山村さんが…ちょっと待てよ。どうせなら今聞いてくるわ。事務室に書いてあると思うし。…おい、翔太――』

そこで携帯が翔太にパスされる。
そのまま冬馬は部屋を出て行ったらしい。

『今、冬馬君がスケジュール見てくるってさ』
「悪いな」
『僕らも早く知りたかったし、ちょうどいいでしょ。…ていうか北斗君、ホントは今ものすごーくさみしーんでしょ~?』

冬馬が席を離れたからか、隠しもせずにまにました声で翔太が言う。
表情まで想像が付く。
実年齢よりぐっと大人びている翔太相手では、言い当てられて焦りもなければ隠す必要も感じない。
映像はつけてないけれど、電波の向こうにいる翔太ににっこり笑いかけた。

「ああ。翔太たちと離れて寂しいさ」
『あらら、素直~』
「ははは。相手が翔太だからね。素直でいてもいいだろう?」
『えー? もー。何だよ、その返し。突っつきがいがないなぁ。やっぱり棒でツンツンして一番面白いのは冬馬君だね』
「だろうな」

どうやら切り返しが上手くいったようで、翔太からペースを奪えた。
それまでの声質をからりと変えて、改めて翔太が続ける。

『北斗君、意外とメンタル弱いもんねー。しかも他の人がいると、絶対頑張って余裕つくっちゃうし。あんまり無理しないでよ?』
「そうするつもりだ。そこをさらっと横でキャッチしてくれる翔太がいてくるのといないのじゃ、やっぱり全然違うよ」
『おー。甘えんぼモードだ~』
「人は選んでるさ」

弱音を吐ける相手なんて、現実問題翔太くらいなものかもしれないしな。
冬馬だと弱音を吐く暇がないというか…冬馬の場合はどんどん引っ張っていくからな。

『ほんのちょっとの間じゃん。戻って来たらお疲れさま会してあげるからさ、たまにはソロをエンジョイしてみれば?』
「嫌いじゃないさ。元々モデルは単体だったし。…ただ、やっぱり三人でいる時間が長いせいか、何となく落ち着かないところはあるかな」
『北斗君ってほーんと僕たちのこと大好きだよね~』
「ああ。心から愛してるよ」

映像では見えないけれど、片手を胸に添えて目を伏せ、気持ちを込めて言うと、翔太がくすくす向こうで笑い出す。

『軽ぅーい』
「それは心外だな。本音なのに」
『あはは、分かってる。大丈夫、伝わってるよ。少なくとも僕はね。冬馬君だって……あ、戻って来た。代わるね』
『…おう、北斗』
「ああ。悪いね」

いくつかの物音がして、再び通話の相手が冬馬に変わった。
来月の屋外フェスタの入り時間が変更になったようで、通話しながら携帯を操作し、スケジュールに修正を加えていく。

「ありがとう。戻ったらまた目視で確認する」
『まあ、まだ先だしな。こっから動く可能性もあるからプロデューサーも伝えてねーんだと思うし』
『ねーねー、冬馬君。北斗君、今ちょっと一人で寂しいんだってさ』
『は? 寂しい?』

横から翔太の声が響き、それがオレにも聞こえた。
思わず苦笑して眉を寄せる。
翔太と違って、冬馬に伝えるつもりはそんなになかったんだけどな…。
まあ、構わないけれど。
弱音を一度受け止めてくれる翔太と比べると、冬馬の切り返しはバッサリしたものだ。

『何言ってやがる。そりゃ、他のユニットメンバーとのソロライブは珍しいが、単体での仕事なんて珍しくも何ともねえだろ。寂しがる暇あるんなら鏡の前でフリの練習でもしてろよ。ソロだろうが何だろうが、お前がJupiterの北斗であることには変わりなんてねーだろ』
「ああ…。まあ…」
『お前が今やってることが俺ら三人にダイレクトに響いてくんだから、中途半端なパフォーマンスしてんじゃねーぞ。お前のこと追いかけてそっちに見に行く奴だっているらしいじゃねーか。すげー遠いだろ、神戸とか』
「ん? 神戸はアクセスいい方だと思うけど」
『らしいじゃねーかって…。冬馬君こそ自覚あるとことないとこが極端だよね』

翔太のツッコミは尤もだ。
オレたちがライブを予定すると、そのライブ会場周辺のホテルが一気に予約満室になるという話はよく聞く。
冬馬は、自分に対するエンジェルちゃんたちの関心を彼なりに分かっているつもりだけれど、現実は、その予想を凄まじく上回って注目されているし、もっと言ってしまえば経済が大きく動く。
つまり、冬馬が思っている以上の人気が、有難いことにJupiterとメンバー一人一人にあるのだ。
けれど冬馬自身はそういったことに疎いから、その辺の自覚にズレがあるのが至る所で見受けられる。
…まあ、それはエンジェルちゃんたちや他アイドルとの接触を極力シャットアウトしてきた961プロの頃の影響もあるんだろうとは思うんだけど。
なんせ、ファンレターすら見せてもらえなかったからな。数の報告だけで。
リハ以外は出演時間ぎりぎりに現地到着して、終わればすぐに移動という形での箔つけもあったし、他のアイドルとの接触も少なかったから、自覚が薄いのは仕方ない部分もあるんだけど…。
その、"分かってるつもりで、現実は自覚以上"というのがな…。
翔太は分かっていて自分でちゃんと操作ができているんだけれど、冬馬のそういう言動を見ると、やっぱり今も危うい感じはする。
人を惹き付ける力は群を抜いてあるのに、人の黒い思惑には気づきにくい。
本当に真っ直ぐ育ってきたなという、今時珍しい特徴だと思う。
これといって箱入り息子でも籠の鳥でもないのに、擦れや汚れが少ない。
初夏に吹く青い風や、曇り空を飛んでいく白い鳥、それから、夜空に輝く一等星という感じだ。
…て、まあ"星"という例えは、今やDRAMATIC STARSのサイドネームだけれど。
ドラスタの星も素敵な魅力だと思うけれど…オレたちはオレたちで、"惑星"の自負がある。
その分、オレと翔太がいないと、またあっという間にただの"商品"になってしまうんだろうし、逆にアイドルとして必要な"商用性"をあまり見せ過ぎても、冬馬のことだ、嫌気が差したり我慢できないこともあるだろうから、こう見えて割と気は遣っている。
可能な限り傍についていてやりたいし、それがJupiterの中でのオレという人物の存在意義でもあると思う。
今の事務所はとてもいい雰囲気だけれど、仕事に関わる全ての人間が善人とは限らないからな。
そういう意味でも、早く二人の元に戻りたくなる。
…まあ、杞憂だろうけど。
翔太もいるしね。
色々と理由は色々あるけれど、やっぱり単純に、早く二人に会いたい気持ちばかりが膨らんでいる。

「当然、全力でやるつもりだよ。そこは心配しなくていい。ただちょっと、二人がいないと静かでね」
『うるせーのは翔太だけだろ』
『えー。冬馬君の方がうるさいよね?』
「そういうやりとりが恋しいかな」
『は…。馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。どうせすぐ戻ってくるだから、小さなことだろ。ただのソロライブで何弱気になってんだよ』

オレの「恋しい」を、どうせ冗談だろう、というニュアンスで冬馬が鼻で笑う。
けれど、その後で――。

『寂しいなら寂しいで、次俺らに会う時その分嬉しく感じるだろうからいいことじゃねーか。成功させて、ドヤ顔で帰って来いよ。それでまた、一緒に一つ上の仕事してやろうぜ。待ってるからな、北斗』
「…」

咄嗟に返せず、思わず一呼吸取ってしまう。
本当に、驚くくらいさらりとそういうことを言う。
オレの方で気の利いた返しはすぐに出てこないくせに、顔が僅かににやける…というか綻び、足を組み替えて片手でふにゃふにゃしだす口を覆った。
…この年だとなかなか照れるという機会が少ないけど、まさしくそれだ。
冬馬の隣で翔太も似たようなことを思ったらしく、呆れたような声が聞こえてきた。

『はっず…。冬馬君ってさ、よくそういうこと素で言えるよねー』
『は? 何が?』
『聞いてる僕も恥ずかしくなっちゃうよ』
『今のは北斗に言ったんだぞ。何でお前が恥ずかしがるんだよ。意味分かんねーから』
「はは。…ありがとう、冬馬」

緩く口元を覆ったまま、携帯に向かって告げる。
…顔見られなくてよかった。
近年で一番照れてる状態かもしれない。
ごほん、と一度咳をして気を取り直し、口元を覆っていた片手を降ろした。

「やってみせるよ。そっちも、オレが留守中穴なんて空けないでくれよ?」
『バーカ。誰に言ってんだよ』
『北斗君が帰ってくる間くらい、僕と冬馬君でヨユーだもんね。そっちこそ、妙なスキャンダルとかで炎上されないでよね』
「エンジェルちゃんたちが哀しむようなことは絶対にしないよ。…それじゃ、おやすみ」

ついつい癖で、指先を口元に添えて携帯へ向け投げキスをする。
勿論それが見えるわけがないし、知られるつもりもなかったのだけれど、そんな些細な音でも拾ったらしく、二人がそれに反応を返してくる。

『…あ、今投げキスしたでしょ』
『お前、マジですっぱ抜かれんなよな…』
「あれ? 聞こえた? オレの感謝と敬愛の気持ちだよ。…じゃあな」

名残惜しいけど、通話を切る。
そんなに話したつもりはなかったけれど、通話時間がなかなかのものだった。
ふう…と何度目かの息を吐く。
…通話前と違って、耳に二人の声が残っている。
ただの電話だけれど、二人の雰囲気が伝わって、それだけで心が落ち着けた。

 

 

 

 

そして、幕は下りた。
ライブは無事に大成功。
オレも全力を出したつもりだけれど、他のメンツも皆素晴らしい演出だった。
最終日の夜は興奮しすぎて眠れないくらいだったけれど、そんな状態の時に手を打ち合う相手に二人がいないことにまた違和感を覚えたし、ライブ最終日の夜に二人と語れないことにも寂しさを覚えた。
――ということで、一刻も早く帰りたくて、一本先の新幹線に乗らせてもらった。
「一つ早く乗るから、少し早く戻るよ」とメッセージを送った時は、そんなに早く帰っても二人は仕事が入っているだろうと思っていたけれど、「事務所で待ってる」という返事が来て、ますます足を早めることになった。

「…あ!北斗君だ。お帰り~!」
「よう、北斗」

事務所に着くと、翔太と冬馬が立ち上がって、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。

「一本早く戻って来られたんだってな。よかったじゃねーか」

軽い調子…というわけではないけれど、特別感もなく冬馬が言う。
割と内心感情的になっているオレなんかと違い、冬馬にとっては、オレと会わない数日なんてものはいつものよくあるソロの仕事ってだけなんだろう。
距離が遠いとか、泊があるとか、そういう細かいことには拘らない性分なのは分かっている。
だから、彼にとってはいつものソロ仕事から戻った仲間を迎える、ただそれだけだ。
それは気楽な調子からも見て取れる。
…けど、オレは違う。
歩いてくる冬馬と翔太を見ると、ふっと肩の荷が下りた。
近くの空いているイスにぽんと荷物を置くと、誘われるようにオレもそちらへ向かう。
いつもの調子で、冬馬が拳を出してきた。

「お帰り。お疲れさん。ライブはどうだった? 関西の方ってノリが――」
「――」

コツン、と打ち合わせるはずのそれを無視して、右手の掌で緩く包み込む。
冬馬の腕をそっと降ろさせ、そのまま緩く両腕を開いてハグした。

「…。……あ!?」
「ぷっ…!」

片腕を微妙に突き出したままの冬馬が、一呼吸遅れて驚き、それを翔太が笑う。
そんな何でも無い一連の流れも恋しい。
全てオレが知るものばかりだ。

「て…ぅおい北斗っ!離れろ!!何なんだよお前っ、いきなり抱きついてんじゃ……うおっ!?」

それは完全無意識だったけれど、気づいたら、Chu、と額にキスしていた。
別に何もこれといって含んでいたつもりはない。
本当に挨拶の一つとしてしたのだけれど、途端にビクゥ…!と猫が毛を逆立てるような勢いで、冬馬が固まる。
ハグしていた柔らかい体が一気に硬直し、感触が変わってそこでオレもはたっと我に返った。

「あ…。悪い、冬馬。つい」
「…」
「わーお。熱烈な挨拶ぅ」

ハグするのを止め、固まっている冬馬の額に片手を添えて今キスした場所を軽く拭う。
それから、翔太の方を向いて両腕を広げた。

「翔太も。はい」
「え~…。もー、しょーがないなぁー。よっぽど疲れたんだね、北斗君。いいよ、ぎゅーさせてあげる」
「ありがとう」
「ホントは高くつくんだからね!」

困ったような顔でてくてく翔太がやってきて、ぎゅっとオレの腕の中に入ってくれる。
冬馬と同じようにハグして、額に同じようにキスをした。
知っている二人の感触と匂いに、心からほっとする。
ようやく、帰ってこられた感じだ。
たった数日離れただけでこんな状態になるなんて……本当、困るな。
翔太から腕を放す頃、冬馬がフリーズから復活した。
びっと人差し指をオレに突きつける。

「お、お、お前…なっ…!ライブん時もそうだけど、いきなり抱きつくんじゃねーよ!!」
「ん? ドキドキさせちゃった?」
「はぁ!? するわけねーだろ!」
「こんなのただの挨拶でしょ。冬馬君、反応大きすぎ~。そんなんじゃキスも未経験だってバレちゃうよ?」
「だからっ、何で決めつけんだよ!? 知るわけねーだろ、お前がよ!」
「未経験でしょ?」「未経験だろ?」
「違うかもしれねーだろ!!」
「てゆーかその反応だけで十分だし」
「ははは。…さて、じゃあオレは賢に戻りの報告をしてくるよ。二人へもお土産があるから、よかったら開けてみてくれ」

持って来た荷物の中から事務所用の土産一つを引き出しながら言うと、冬馬が片手を腰に添えて呆れたように口を開いた。

「そんなの、オレんちでいいだろ。ここで開けたらゴミ出るしよ」
「…? 冬馬の家?」
「あ? 今日は報告だけで終わりなんだから、来るだろ?」
「北斗君用にカレー作ってあげるんだもんねー? 三人でおつかれさま会だよ。ライブの話も聞きたいし」

横で、頭の後ろで腕を組みながら翔太も笑う。
オレの方で予定を組んでいたわけでもないのに、あまりに当然のように言うから、一瞬きょとんとしてしまった。
けれどそれは、間違いなくオレが望んでいたことでもあった。
口に出していないそれを、間違いなく自然に汲んでくれることが嬉しい。
ふっと笑って、手短に済ませてくるよ、と片手に持った土産を少し浮かせると足早に事務室へ向かった。

 

 

 

三人で事務所を出て、冬馬の家へ向かう。
途中、ケーキ屋に寄ってケーキを買った。
夜遅くまでいるロングコース確定の時の+αだ。

「あのね、一昨日もカレーだったんだよ。冬馬君が僕用に作ってくれたんだ。ちょい辛バージョン」
「へえ、よかったじゃないか。翔太のちょい辛じゃ、オレだと辛く感じるかもしれないけどな」
「別に激辛マニアってわけじゃないけど、たまに少し辛いのが食べたくてさ。言うほど辛くないよ。…けど、そーいえば冬馬君もお鍋分けてたよね~」
「フツーに辛いっつーの、お前のガチの好みは。今日は北斗に合わせんだからな。ワガママ言うなよ?」

買ってきたケーキの箱を片手に、目の前のドアに冬馬がキーを差し込み、回す。
ガチャリと慣れ親しんだドアが開いた。

「お邪魔しまーす!」
「おー」

翔太が跳ねるように中に入る。
持ち家の実家と比べれば、正直いくらか狭いマンションの玄関。
綺麗にしているけれど、それでもいくつか乱雑になっている生活感のある棚と廊下。
今自分が足を止めた場所から見える景色に、妙にほっとした。
クラシック音楽は好きだが…今では、常にそれらが流れているような広い実家に帰るよりも、ひょっとしたらここにいる時間の方が気が休まっているのかもしれない。

「…」
「どうした、北斗。入れよ」

立ち呆けていたオレを不思議に思ったか、ドアを支えていた冬馬が顎で中を示す。
ちらりと冬馬を見る。
意識したわけではないけれど、自然と微笑していたらしい。
冬馬が…こんな時だけ本当に狙ったように…整った顔に不釣り合いな子供っぽさで、瞬いて小首を傾げる。

「…? 何だよ」
「別に。お邪魔します」
「おー」
「いつもだけど、今日は特別カレーが楽しみだよ」
「お前ホントそればっかりだな…。家で作ってくれって頼んでみろよ。カレー屋なんてたくさんあるし、若しくは自分で作れって。相当簡単だぜ?」
「オレが好きなのは"冬馬のカレー"だから」

慣れたものだ。
靴を脱ぎながら言うと、冬馬が面倒臭そうに…けれどどこか照れくさそうな調子で舌打ちした。
背後で冬馬がドアを閉めるのを見届けてから、翔太がいる奥へ向かう。
幸いなことに、世間には俺たちJupiterの居場所があって、多くのエンジェルちゃんやエンジェルくんが俺たちに注目してくれているし、彼らに支えられて今がある。
けれど、たまには、今閉まったあのドアの内側が、この場所が、オレの世界の全てだったらいいのにと思うことがある。
…ある日を境に音楽が遠のいた。
ある日突然ピアノを奪われた時のように、ドアの向こうの世界は常に先が見えず、これから先もまた何があるかなんて誰にも分からない。
そんな所で生きていくのが、全く怖くないといったら嘘になる。
だからこそ、常に冬馬や翔太といたい。
会う人に心配をかけたくないから、自分を作ってしまうことも多かったし、時には他者のことを重荷に感じてしまうこともあった。
そうして、それを表に出さないように気を配っていた。
一人でいる方がずっと気が楽だった時期もあったけれど、もう一人は辛く感じる。

「…手伝おうか?」
「あ?」

エプロンをしながらキッチンに入っていく冬馬に声を掛ける。
いつ見ても、何の裏も思惑もないその姿はいいなと思う。
何となく背後に寄ってそっと手を伸ばし、今結ぼうとしていたエプロンの紐を丁寧に結んでやると、自然にそれを受け入れて大人しく委ねてくれるところが、冬馬の魅力的なところだ。
結び終わって、合図代わりにトンと軽く背中に片手を添えると、ひょいとこちらを振り返る。

「おう。サンキュ」
「ライブ中、冬馬のエプロン姿が見られなかったのも辛かったかな」
「はぁ? ライブ中はどこでやろうと俺んちに来てメシ食う余裕なんか、いつもねーだろ。お疲れメシしてんのはいつも終わってからだろうが」
「…。まあ、そうなんだけどね」

後ろ腰に片手を添えたままわざと顔を近づけて耳元で囁いてみても、ノーマルリアクション。
冬馬だなぁ、としみじみ感じる。
オレの行動を見ていたらしい翔太が、リビングの方から半眼で声をかけてきた。

「本日も通常運行でーす」
「みたいだな。安心した」
「…ていうか北斗君、そろそろMに目覚めるんじゃない?」
「嫌いじゃないよ。相手がそれを求めるのならね?」
「…? 何言ってんだお前ら」

距離を開けて会話をするオレたちを訝しげな目で見ながら、冬馬が両手を洗う。
キュ…と蛇口をひねって水を留めると、何の未練もなく添えていたオレの手から離れて冷蔵庫へ向かってしまった。

「まーともかく、手伝いはいんねーよ。お前のお疲れメシなんだから、向こうで座ってろ」
「そーだよ。冬馬君にやらせといて、北斗君はこっちおいでよ。スマホにライブ映像録っておいたよ」
「それは見たいな」
「翔太はたまにはこっち来て手伝いやがれ!」
「ええ~? やだー…って、あ、ちょっと。引っ張んないでよ冬馬君…!」
「おっと…」

冬馬にフードを引っ張られている翔太が、ぽんとオレの手に携帯をパスする。
ディスプレイには既に動画再生の準備がされていて、指先で触れれば丁度オープニングが流れ出す。
いいライブだったと思う。
けれど、"伊集院北斗"が本領発揮するには、いくつか条件が足りなかったと言えるんだろう。
それは"天ヶ瀬冬馬"と"御手洗翔太"という条件だ。
たまにああして離れると、特別強く感じる。
…せっかく流れ始めた動画だけれど、後で二人と一緒に見よう。
オレがそうしたい。
肩を竦めて指先で一時停止させ、携帯をテーブルに置くと振り返って顔を上げる。

「…冬馬、翔太。やっぱりオレも手伝うよ」

リビングからキッチンという距離すら何となく惜しくなって、オレも二人がいる場所へと入っていった。

 

物体を安定的に支える最小支点数形は、三角形――"トライアングル"だといわれている。
オレの最愛の形は、今のこの環境でこそ保たれているのかもしれない。



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北斗様のメンバーラブ。
彼は優しすぎて人前だと余裕を見せてくれるから、
冬馬君と翔太君を常にセットにしてあげたいです。
でも北冬も好きなんだ…!
2017.6.26





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