一覧へ戻る


…Gefallen。
目を伏せたまま、うとうととそう思う。
素敵な空間だ。色々な音と旋律がある。
複数の音が程よい緊張感を持っていて、その透明感を湛えた張りのあるメロディがとても楽しい。
今回の仕事は、僕にとって気持ちのよいものになりそうだ。
伏せていた目をそっと開くと、目の前には撮影の会場であるホール。
大きなホールの左右に、それぞれ"昼の世界"と"夜の世界"をイメージした空間が作られていて、まるでファンタジーの中の一ページみたいだ。
えっと…今日は、何かのPVの撮影で…。
…。
…うん。
まあ、いいや。
細かいことはその都度教えてもらえるだろうし、違っていたら誰かが教えてくれるだろう…。
まだちょっと時間はかかりそうだし、僕はこれからの仕事のことを考えるより、今、この場のメロティを聞いている方が好きだ。
どっちで動いている人も、いい音がしている。
僕と同じ白とオレンジ色の衣装を着た悠介さんが、視界の中何かを見つけて駆けていき、その後を防寒服である肩掛けを持った享介さんが悠介さんの名前を呼びながら追いかけていく。
彼らは、本当にいいハーモニーだ。
一人一人でもそれぞれ魅力ある音だけれど、二人が揃っている時が、最も美しく溌剌と音を響かせる。
たまに享介さんの音が小さくなる時があるけれど、悠介さんが傍にいるうちはそれもない。
そんな感じで多くの音色を聞きながら、暫くぼーっとホールの端で着々と準備されていく様子を眺めていると、不意に背後で変調した音があり、くるりと振り向いた。

「…!」

すると、振り返った先にあるイスに座っていた麗さんと目が合って、びくっと一瞬驚いたように瞬いていた。
僕と似ているようで対照的な、白と青の服。
麗さんは、今日のお仕事では僕と同じ衣装ではなく、享介さんや玄武さんと同じ衣装だ。
とてもよく似合っていると思う。

「…? 麗さん、どうかした?」
「ぇ…。ぁ、す、すまない。見詰めてしまって…」
「ううん。それはいいけれど…。さっきまで一定のメロディだったのに、急に変調したから」
「変調? …ああ、考えていたことが変わったからだろうか。先程まで頂いた冊子で撮影の流れを確認していたのだが、都築さんの後ろ姿が目に入って、背が高いなと改めて思っていたところです」
「背? ああ、そうだね…。麗さんと比べると、僕の方が高いねえ」
「いえ、わたしではなく、都築さんと同年代の方々と比べての話なのですが…」

麗さんの隣に空いていたイスがあったから、数歩歩いてそこに座る。
横から麗さんの持っていた台本を覗き込むと、そういえば…という感じで仕事の内容を思い出す。
PVっていうのは、プロモーションビデオ?…だっけ。
衣装からも分かるけれど、僕の配役の国は昼の世界の方だ。
昼の世界の衣装は袖がないから、さっき享介さんが持っていたような肩掛けを貸してもらえている。

「今日のお仕事の舞台は綺麗だね」
「はい。わたしも同意見です。昼の世界の衣装、とてもよく似合っています。都築さんは、光と音と、ミューズに愛されているのを、わたしはよく知っているつもりです。今回のPVの世界観を聞いて、すぐに都築さんはそちらだなと思いました。袖無しは…、少し寒そうだが」
「そう…? 僕は、麗さんがこっちかなって思ったけどな」
「ふふ。わたしはこちら側だ」

着ている衣装を示して、小さく麗さんが笑う。
微笑みとしてはいつも通りきれいな可愛らしい笑みだ。
けれど、その微笑みから響く音が少し哀しげで、僕も少し哀しくなる。
微笑みの後で、麗さんが正面を向いた。
ホールの中央では、神速一魂の二人と子猫が立って腕を振るい、簡単な確認をしているみたいだ。
彼らを見詰めながら、麗さんが寂しげに口を開く。

「今回は指定でしたが、わたしは、選べるとしても、やはり昼よりも夜の世界を選ぶ気がする。…今では大勢の前に出ることにも少しずつ慣れたが、とはいえ一人個室で演奏している方が心が安らぐことも多いですから」
「へえ…。そうなんだね。……うーん。僕は、誰がいてもいなくても、あまり気にならないけどな……」
「それはきっと、都築さんが確かに自分を持っているからだ。よいことだと思います」
「…」

控えめな笑顔で言う麗さん。
一見するとただ嬉しそうに僕のことを話してくれているように聞こえるけれど、やっぱり響く音が寂しい。
こんな音を聞いてしまっては、僕の心も曇る。
麗さんには、美しい音が似合う。
美しい声、美しい容姿。それを形作る美しい心。
それらの全てがあって、麗さんの音がこの世界の片隅に、僕の目の前に創り出されている。
麗さんと出会ってその音色を見つけたからには、僕はこの美しい音の傍にあり、見守りたい。
もちろん、寂しい気持ちになる日があってもいい。
人間の感情は、常にありとあらゆることに刺激を受け、だからこそあらゆる音を奏でられる。
けれど、どうかその日、その時間は、少なくあってほしい。
麗さんだって、美しい自分をこんなに確かに持っている。
ただ哀しいことがあって、自分自身を少し外側から見ることができなくなってしまっただけだ。
どうにかして、僕のこの気持ちを彼に伝えられないだろうか…。
咄嗟に何かを言おうと考えてみるけれど、すぐに言葉が出て来ない。
…ああ。難しいな。
言葉は、いつだって限られていて、人によって使い方は様々で、上手く使える人もいれば使えない人もいる。
僕は後者で、どんなに気持ちを込めて発したとしても、相手の心に届くまでにとても距離が長く感じる。
それに不確かだし、扱いにくいと思うんだ。
…ピアノが欲しい。
今ここにピアノがあったなら、例え僕らの間に多くの複雑な価値観の違いや言語の違い、何枚もの心の扉があったとしても、僕はきっとすぐに麗さんに気持ちを届けられるのに。
…でも、今はピアノがないから、言葉を使わなきゃいけないね…。
他の人とお話するのは、少し億劫なところもあって、まあいいかで終わってしまうこともあるけど…。
麗さんだものね。
僕の気持ち、届いてほしいな。

「……んー。えーっとね…」
「…?」

片手の指を顎に添えて、視線を外し僕なりに一所懸命言葉を集めてみる。
こういう時って、どう言えばいいんだろう。
よく分からないけれど…。
とにかく、伝えてみないと。
顎元に添えていた手を下ろして、両手を膝の上に置く。
上手じゃないけれど、集めて選んでみた言葉を並べて、隣に座る麗さんへ手渡す。

「…でもね、麗さん。麗さんに出会ってからはずっとそうだけど、僕は、いいメロディが思いついたら、一番に麗さんに聞かせたいなって思うよ」
「…? ありがたいが……それは、どういう意味だ?」
「そうだなあ…。例えば今回、僕が太陽の光の守人で、麗さんが夜空の星々や月の守人なら…」

目を伏せて、イメージする。
あくまでフィクションの中だけれど、本当は今日の撮影も、僕は麗さんと同じ側の住人がよかった。
けれど一人ずつ分かれなさいというのであれば、僕はどちらでもいいし、麗さんは麗さんの好きな世界で生きていくのがいいと思う。
だから、麗さんが夜の世界が好きだというのなら、それもいいだろう。
星々に囲まれた、美しく清廉な世界。
素敵だと思う。
…けれど、一目出会ってしまったら、僕はきっと、どこにいても麗さんを想う。
だから、例えば僕が太陽の光の守人で、麗さんが夜空の星々や月の守人なら…。

「僕は、麗さんが褒めてくれる僕の光を、夜の世界にいる麗さんへ贈るよ。もし麗さんが自分で輝くことが難しいと思っているのなら、やっぱり、僕と一緒にいてほしいな。きっと美しく反射して、麗さん自身も輝いて、光を何倍にもしてくれる…。僕らにはもう、虹の橋は掛かっていると思うんだ」
「…!」
「ねえ、麗さん。忘れないでね。例え僕の光だとしても、その光を何倍にもして夜を照らしてくれているのは、麗さんだからね。……。…あれ? …てことは、今回の配役としては、やっぱり僕らはこれでいいのかな……」
「都築さん…」

最初は麗さんが昼の住人の方がいいと思っていたけれど…。
今改めて言葉にしたら、今回の配役が僕らにはぴったりなのかも。
言っていることが、めちゃくちゃになってしまっているかな…。
本当に、言葉って難しい…。
思わず首を傾げたけれど、不意に隣から響く音が変わって振り返ると、麗さんが両手を胸に添えて、真っ直ぐ僕を見上げていた。
きらきらした瞳と少しだけ赤く染まった頬を見る前に、音で彼の中の変化を知る。

「お気持ち、嬉しいです、都築さん…。ありがとうございます」
「どういたしまして。…うん。少しは、落ち着いてくれたみたいだね」
「ええ。すみません。不安な気持ちになって…。ですが、そういうわたしを都築さんはいつも引っ張ってくれる。わたしにとっても都築さんは大切で、必要な方だ」
「そう? よかった。僕の方がいつも引っ張ってもらってる気がするけど……。そう言ってもらえると嬉しいよ、麗さん」
「ああ…。わたしも」

僕と話す麗さんの音が、少しずつ、高く早く、可愛らしくなっていく。
はにかむ笑顔に哀しい音がない。
小さい星が瞬くようなWaltz。
口ずさみたくなるようなそんな可憐なリズムを聞けると、僕も嬉しい。

「…」
「ぇ…? …わ」

この音楽が今目の前にあることが嬉しくして、気付くと両腕を開いて、横から麗さんを緩くハグし、耳元で音を立てるキスをしていた。
ドイツの親愛の挨拶だけど、急だったから驚いたのか、麗さんが少しびくっとする。
その反応に気付いて、ゆっくり体を離した。

「ああ…。ごめん。驚かせたかな? 嬉しくて、つい…ね」
「あ、ああ。少し驚いた。…ふふ。だが、嬉しい。わたしも返させてもらおう」
「本当? それはもっと嬉しいな」
「ライブの後みたいですね」

麗さんも両腕を広げ、海外で演奏が終わった後のようにハグし、僕の左右の頬へ、それぞれ頬を添える挨拶をくれた。
その瞬間、僕の中で、自分の音が半音上がったのが分かった。

「…?」
「都築さん? どうかされましたか?」
「ああ、うん…。今――」

体を離し、胸に片手を添えて考える僕を見て、横から麗さんが尋ねる。
彼に説明をしようとして――…あ、でも今また戻った。
…?
何だったんだろう…。
…。
…うん。まあ、いいや。

「ううん。何でもないよ」
「そうか。ならよかった。…撮影、頑張りましょう!」

ぐっと片手で拳をつくり、麗さんが言う。
話しかける前のしょんぼりした様子はすっかりなくなっていて、それがとても嬉しい。


大切な虹の橋と溢れ光る星の音




離れた場所から、プロデューサーが僕らを呼んだ。
どうやら撮影が始まるようだ。
Wや神速一魂もその場へ向けて歩いて行く。
立ち上がり、麗さんが僕に片手を差し出した。

「プロデューサーが呼んでいる。さあ、行きましょう、都築さん!」
「…うん」

差し出された手を取って、僕も立ち上がる。
その瞬間、また僕の音が半音上がり、繋いだ手から旋律が溢れた。
けれど、僕が立ち上がると麗さんはすぐに手を離してしまったから、それが響いたのはとても短い時間だった。
そのことを残念に思いながら、今彼と繋いでいた手を、反対の手で大切に包みながら、プロデューサーの元へ歩を進めた。



一覧へ戻る


2019のイベント話。
麗君が衣装よく似合っていたのでハグしたくなりました。
圭麗で浦が書いていたいですが…何かそういう次元にいなそぉなんだよなぁ…。
2019.3.10





inserted by FC2 system