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「うわぁ、神谷さん。これが今度のハロウィンの衣装ですか?」

動画を見ていた俺と咲の横から、元気よく巻緒が声をあげる。
元カフェだった自宅の一階でのミーティングが終わり、恒例のアフタヌーンティが一区切りついた後。
各々自由に散るようなそんなタイミングで、俺と咲が今度参加することになったハロウィンライブの振り付けの確認をしていたところだった。
動画は今再生し始めたばかりで、衣装に袖を通して確認したり手を振ったり、歌う前のリラックスしたシーンが流れている。

「ああ。そうだよ。この間の稽古日に、初めて袖を通したんだ。とても華やかな服だったんだけれど、着て踊ると思ったより動きが制限されてね。上手く裾を広げるのも難しかったから、こうして確認しているってわけなのさ」
「はぁ…。そうかぁ。確かに、ちょっと重そうな衣装ですものね」
「そうだな。重さは結構あったよ。巻緒も知っているだろうけど、咲は衣装を綺麗に広げて踊るのが上手だろう? だから、俺もコツを教わろうっていうわけだ」
「うんっ。ま~かせて!」

携帯のディスプレイの中でようやく一番手が動きを着け始める。
咲と翼さんだ。
翼さんは背が高いから、咲と手を取り合うと本当に童話の王子様とお姫様という感じだ。
巻緒が、にこりと咲に微笑みかける。

「咲ちゃん、可愛い服だね。魔女というよりは魔法の国のお姫様に見えるよ」
「えへへっ。ありがと!とっても可愛い衣装で、あたしもすごく嬉しいの!…でもね、ロール。かみやもDRAMATIC STARSのみんなも、すっっっごく、格好いいんだよ!でしょ?」
「うんうん。みなさん格好いいですね。とても似合っていますよ、神谷さん」
「ありがとう、二人とも」
「見て見てー!ここのリボンとか可愛くない? かみやにはあたしがひとつ多く着けたんだよっ!」
「あ、それで俺だけ少しリボンが多かったのか。気づかなかったな」
「ふふふ~。…あっ、かみや、ここのとこよく見ててね!レースとかマントの端を持って、中に風を入れるようにして回ると広がるでしょ? で、広がりきったところで手を離すと、広がって垂れるんだよ」
「なるほど…」

横に用意した仕事用の手帳に、コツや気づいた点を英字で書き込んでいく。
ちゃんとしたメモなら日本語で書くけど、走り書きは英字の筆記体が一番楽でいいからね。
咲がディスプレイを指さす先で、マントを綺麗に広げる翼さんがいる。
咲と翼が向かい合って一礼して終わると、次は咲と輝さんだ。
連続になるから、咲は俺たちの中で一番動くし、見た目よりもずっと大変だ。
巻緒もそれは察したようで、気遣うように咲を見た。

「そっか…。咲ちゃんはエスコートされる役だから、一番動かなきゃいけないんだね。大変だ」
「心配してくれてありがとう、ロール。でも、大丈夫!あたし頑張るから。絶対ぜぇ~ったい、成功させてみせるから!」
「うん、応援してる。咲ちゃんならできるよ!」

ぐっと両手を握る咲に合わせて、巻緒もぐっと片手を拳にして応援する。
そんなやりとりを微笑ましく見守っていると、咲と輝さんの振り付けも終わった。
携帯に片手を添えて、少しだけよく見えるように自分の方へ向ける。

「…さて、どうかな?」
「かみや、確かにちょっとだけ動きにくそうだったよね」
「…あれ?」

画面に出てきた人物。
俺と、DRAMATIC STARSの薫さんが合わせて振りを始めたので、何も知らない巻緒は不思議そうに首を傾げると咲を見た。

「咲ちゃん、DRAMATIC STARSの全員と踊るわけじゃないんだね?」
「え? あ、えーっと…」
「薫さんとは俺がペアで踊ることになったんだ。咲に四人相手をさせるのは、さすがに大変だろうって話になってね。練習時間の短縮も課題にのぼったからな」

いかにも踊りにくそうに画面の中でステップを踏む自分の気づいた点を書き走りながら言うと、巻緒は何度も頷いて「そうですよね」と納得してくれた。
俺たちがそうして動画を見ていると、奥からガチャガチャと少し食器が重なる音がした。
はっとして巻緒が顔を上げる。

「わ…。荘一郎さんたち、もう片付けしているのかも。僕も手伝ってきます」
「あ、ロール!あたしも…」
「ううん、四人も入ると狭いよ。咲ちゃんと神谷さんは続けてて。それも仕事だよ」

すぐに着いていこうと立ち上がりかけた咲に軽く片手をあげて、巻緒はキッチンへ入っていった。
カフェを経営していた頃は毎日たくさんの食器を洗う必要はあったけど、今は俺たち五人だけだ。
業務用の食洗機がまだそのままあるし、あまり人はいらないだろう。
お言葉に甘えて、あちらは任せることにしよう。
移動しかけた咲のイスを片手を伸ばしてエスコートする。

「お言葉に甘えよう、咲。せっかく時間をプレゼントしてくれるというのだからね。咲のアドバイスがないと、俺も困るよ」
「あ、うん。そうだね」

ちょっとキッチンを気にしつつも、すとんと咲が元通りイスへ腰掛ける。
画面の中ではそろそろ終盤だ。
俺と違って、薫さんは優雅に見える。
俺はどちらかといえば、あまり緩い服は着る機会がないからな。
薫さんも私服でもシャツ派だと言っていたけど――…そういえば、白衣を着ていたというから、何となく裾の広がりという感覚を持っているのかもしれないな。

「薫さんは品があるから、こういう服が似合うね。格好いいなぁ」
「…。あ、あの…かみや。…ごめんね?」
「ん?」

横から、こっそりという調子で咲が声をかけてくる。
知らない振りをして微笑みかけると、咲は両手を膝の上に重ねてしゅんと肩を落とした。

「あたしが、薫さんと踊るの苦手って相談しちゃったから…。まさかかみやが替わってくれるなんて思いもしなかったの」
「ははは。まだ気にしてるのかい?」

申し訳なさそうに告げる咲に、くすくす笑いながら指先で動画を戻していく。
DRAMATIC STARSのみなさんは、どの方もまるで星のような輝きを持っている。
メンバーの中の桜庭薫さんもそうだ。
今まで直接接したことは少ないけれど、薫さんはどちらかといえば完璧さを求める生真面目な性格をされているようだし、年齢も咲とは少し離れている。
同じユニットのメンバーと正面から口論する姿は事務所内でも目立っているし、最初の顔合わせから練習の前半までの間、少しミスをした時の対応が、輝さんや翼さんと違い、薫さんは少しクールだったようだ。
きっと好意なんだと思うけれど、咲にこうした方がいい、ああした方がいいと次々アドバイスをし、言われたことをしっかりやらないとと緊張が増してしまった咲にはちょっとだけ苦手意識がついてしまったらしい。
勿論、咲自身自分が練習不足だったと影で猛特訓しているのは知っている。
それでも一度持ってしまった苦手意識を払拭するのは、大人だって大変だ。
うちの中だったり同年代の中だと何の遠慮もないのだろうけれど、やっぱり年上のあまり接したことが無い人と一緒にいるのは、多少緊張して普通だろう。
丁度、全組み合わせに咲を出すのは負担が大きいという話をプロデューサーさんがしていたし、それならば薫さんとは俺が踊りますよ、と挙手してみたというわけだ。
お陰で、最近薫さんと話す機会も接する機会も多い。

「俺も前々から、薫さんには興味があったんだ。とても真面目な人だから、勉強になるよ。学ぶことは色々ある。うちのユニットで仕事をする分には、俺はどうしてもみんなに甘えてしまうことがあるからな。…だからな、咲。そのことはもう気にしなくていいんだ。薫さんとの仕事は楽しいよ」

確かに会話が多い人ではないし、物言いは常にストレート。
薫さん自身でのミスはとても少ない。
けれど、それはそれだけ影で努力している現れでもあるから、俺も頑張らなきゃと思えるし、やっぱりダメな時に「それじゃいけない」と正面から言ってくれる人というのは貴重だ。
物言いがキツくなってしまうのは、他人にも正直で誠実だからだ。
少々クールに見えるのは仕方がないかもしれないが、決して冷たい人ではない。
俺にはない魅力をたくさん持っている。
そう伝えると、咲はほっとした表情で俺を見た。

「ん、よかった…。ありがとう、かみや。…でも、次に同じきかいがあったら、あたし今度は絶対同じこと言わない。今回は甘えすぎだと自分で思ってるの。それに、本当はあたし、一番かみやと踊りたかったんだからっ」
「どういたしまして。うん、きっと次の機会があるし、その時は俺も咲と踊りたいな。その分、最初の登場の所は二人で華やかにきめようか」
「うん!」

やっと明るくなった咲の表情に安心して、再び動画へ視線を戻す。
咲が、俺と薫さんのダンスを見て両手を頬に添えるとたくさん褒めてくれた。

「かみやがリードする側になったんだね。薫さんの方かと思ってたけど…」
「ああ。俺の方が少しだけ背が高いからね。咲の方のパートも気になるんだけど、こういうのはリードする側の方が長身の方が栄えるからだと思うよ」
「うんうんっ。かみやカッコイイ!かみやと薫さんって、すっっっごくお似合いだよね~っ!」
「そうだろう? ははは。薫さんはシュッとしている綺麗な人だからな。振りだけじゃなくて、ちゃんとエスコートしてあげないとと思って、ついつい手が出てしまうんだ。とても指が細くてね。綺麗で頑張り屋の手をしている。咲、見たことあるかい?」
「え~!そうなの!? ちゃんと見てなかったー!」
「咲みたいに握りやすいんだよ。細くて色白で。男性にしては体も細身だし軽くてね、ウエストも腕を回しやす――…」
「…んんっ!ごほんごほんっ!!」
「…ん?」
「やだ、ロール。風邪? 大丈夫?」

背後から咳が聞こえて、俺と咲で振り返ると巻緒が立っていた。
どうやら咳をしたのは巻緒みたいだ。
心配そうに尋ねる咲と巻緒の向こうから、東雲とアスランも歩いてくる。

「盛り上がっているようですね」
「カミヤよ!パピ族秘伝の術は伝授できたか!?」
「はは、なんとかね。色々勉強になったよ。片付けの方、ありがとう。お陰で咲にアドバイスをもらったよ。…ああ、そろそろいい時間か。ミーティングの日はみんなと一緒にお茶ができるから、嬉しくてあっという間に時間が過ぎるな」

フロアの端にあるアンティーク調の古時計を見れば、お昼から始まったミーティングが終わるにはいい時間だった。
動画を落として、携帯を閉じる。
外はすっかり寒くなってきた。
アウターを羽織るみんなに混ざって俺も帰宅するメンバーを玄関まで見送ると…。

「…神谷さん」
「ん?」

後ろから、小さな声で巻緒に呼ばれた。
振り返ると、巻緒だけがまだ俺の後ろにいたみたいだ。
傍に来た相手が相手が小声だから、何となく俺も声を小さくして返してみる。

「何だい、巻緒。内緒話かな?」
「あの、差し出がましいとは思いますが…。僕らにはあまり薫さんの話はしない方がいいんじゃないかと」

そう囁いてから、視線をちらりと外へ投げた。
俺もその視線を追って首をそちらへ向けると、先には上着を着て門の方へ向かう東雲がいる。
…ああ。
巻緒の言っていることが解って、思わず顔を寄せて笑いかけた。

「特別隠すようなことはないけれど…そうだな。そうしようか」

まるで悪戯心のような気持ちで巻緒にそう言うと、巻緒はほっとしたような顔で何度か頷いた。
咲が東雲の隣で片腕を上げる。

「ロールー!何してるの。帰ろ~!」
「あ、うん!」
「それじゃあ、神谷。失礼します」
「かみや、ばいばーい!また明日練習会でね!」
「ああ」
「さらばだ、カミヤよ!」
「さようなら、神谷さん」
「みんな、気をつけて。また明日なー!」

元気なアスランの背中を押して、巻緒が最後に門を出る。
みんながいなくなってから門を閉める為に鍵をかけた。
ふと愉快になって、思わず小さく一人吹き出してしまう。

「ジェラシー、か…。俺たちには、あまり縁はないと思うけれど……巻緒の発想は面白いな」

巻緒が言いたかったのは、あまり他の人を褒めてしまっては、東雲が嫉妬してしまうだろうということだろう。
直接告げてはいないから咲やアスランは現に気づいていないが、巻緒は観察眼が鋭いし、察しがいいからな。俺たちの関係にもいち早く気づいたというわけだ。
…とはいえ、俺たちの場合、たぶん巻緒が思っていたり咲がよく言うような、いわゆる"恋人"らしい雰囲気は薄いんじゃないだろうか。
だからきっと、咲もアスランも気づかないんだろう。
昔から何気なく一緒にいて、夢を同じくして、距離が開いて、けれどその間も何となくお互いの中に存在があって、また近づいたから一緒にいる。
それは素敵なことだと思っているけれど、よく聞く恋愛のあれやこれというような過程はあまり踏んでいないような気がするな。
ただ大切で、傍にいてお互いを支え合う。
どちらかが弱っていれば一方が支えるし、どちらかのミスは一方がフォローする。
そんな自然な流れが、当初から俺たちにはあるから。ずっとそんな感じだ。
東雲がいないと困る。彼は俺の大切な人だ。
今は一緒に仕事ができて、空いた時間には一緒にケーキや紅茶を愉しめる。
とても幸せだ。
けれど…。

「ジェラシーとなると…。何だか遠い単語に聞こえるなぁ」

家のドアを開けながらぼやいてみる。
東雲が誰かに嫉妬をするという想像ができない。
たぶん、俺が誰と話していても、あまり気にならないんじゃないかな。
俺も東雲が誰かと親しく話していても、あまり気にならないと思う。
改めてそう考えると、もしかして俺たちは結構クールな関係なのかもしれない。
…まあ、それはそれでいいさ。
それが俺たちだというのなら、何も他と比べる必要はないんだから。
それに、東雲が嫉妬深かったら…正直ちょっと恐い気もするな。
今以上にいつも怒られそうだ。
それはそれで楽しそうではあるけれど。

「ふう…。さて、練習でもしようかな」

広々としたフロア。
テーブルの上に携帯を立て、さっきまとめたコツと咲に教わったことを反芻しながら、振りを頭から通してみることにした。
完璧でないと薫さんから的確にアドバイスをもらうのは、勿論俺だって同じだ。
今回のパートナーである俺がミスをすると、薫さんは分かりやすく調子を崩す。
ワンマンでなく、俺と息を合わせようとしてくれているからこそだ。
一生懸命なのは素敵なことだけれど、それだけではなく、薫さん自身にも今回のライブを楽しんで欲しい。
自分たちが自由で楽しくないと見ている方も楽しくない、というCafe Paradeのイデアを他ユニットの方々に伝え、「楽しみましょうよ」と発言するには根拠と信頼がいる。
だから俺は、口にはしないが、常に彼よりも上か、少なくとも同格の動きができなければならないわけだ。
その上で初めて「楽しみましょう」という発言ができる。
薫さんに楽しんで欲しい。
まだちらりと、しかも偶然に見ただけだけれど、彼の笑顔はとても素敵だった。
何とか彼から笑顔を引き出してみせる。
ファンのみんなもその方が嬉しいだろうし、薫さんを笑顔にすることは何十倍もの人を笑顔にすることに繋がる。
その為ならば、努力は惜しまない。

 

 

 

 

 

 

数日後…。
今日の練習が終わり、夜に集まったハロウィンライブのメンバーが各々貸しスタジオから出る頃には、勿論外は真っ暗だった。
一歩外に出た途端、ぴゅぅ~!と冷たい北の夜風が俺と咲を吹き飛ばそうとする。

「きゃ~っ。さっむーい!」
「本当だ。今日は随分冷えるな。昨日出た時はあたたかかったのに」
「やーん、もー!髪ぐちゃぐちゃになっちゃう~!」
「あははっ。長いと大変だな、咲」
「…神谷君」
「ん?」

スタジオを出かけた俺を後ろから呼ぶ声があって、足を止めて振り返った。
今出てきた出入り口の内側に、冊子を片手にした薫さんが立っていて、隣でほんの少しだけ咲が緊張するのが分かった。
ぱっと髪を押さえていた両手を下げる咲の前にそれとなく出て、彼の方へつま先を向けることにする。

「お疲れ様です、薫さん」
「お、おつかれさまです…っ」
「今夜は寒いですね。俺もマフラー持って来ておいてよかった」
「そのようだな。…ところで、君はこのあと予定があるか?」
「予定ですか? いいえ、特には」
「そうか。君さえよければ、もう少し付き合ってくれないか。確認したいところがあるんだ。夕食くらいは奢らせてもらうが」
「ああ、残って練習されるんですね。いいですね。ぜひ俺もご一緒させていただきたいのですが…」

努力家だな。
好感を持つその姿勢と一緒にやりたいのは山々だが、咲がいる。
駅までそんなに距離はないとはいえ、こんな夜道に可愛い容姿の咲を一人で歩かせるのはかなり危険な気がするからな。
濁した先の言葉を察したのか、咲が両手を前にしてぶんぶん振った。

「あ、大丈夫だよかみや!あたしなら一人でも、すぐそこだし!」
「ダメだよ、咲。こんな時間だ。一人歩きは極力しない方がいい」
「でも…」

咲が不安そうに胸の前で手を組む。
確かに、だから待っていろというのも酷な話だ。
薫さんには悪いが、今日は避けていただくか、もしくは俺が一度咲を駅まで送ってから戻ってくるのがいいだろうな。時間はかかるけど。
…なんて考えていると――。

「あ、駅だったらオレも行きますよ~」

奥からのんびりとした声がかかった。
薫さんが歩いてきたスタジオの出入り口の方から、翼さんが上着へ袖を通しながらやってくる。
どうやら俺たちの話が聞こえていたようで、とても自然に入ってきてくれた。
にこりと優しげな笑顔で、翼さんが咲へ語りかける。

「こんな時間ですもんね。オレでよかったら、駅まで一緒に行きましょう。そうすれば、薫さんと神谷くんは練習できますよね」
「いいんですか?」
「もちろんですよ。オレ、今日は用事があって帰らなきゃいけないんです。本当はオレも残って練習しなくちゃなんですけど…」
「そうだな。柏木はダンス自体は既にできあがっているが、歌いながらだと波打つパートが何カ所かある。君は動きも大ぶりで注目されやすい。後日、参加するといい」
「う…。はいぃ。すみません、薫さん…。明日は残ります…」

腕を組んだ薫さんに言われ、翼さんは長身の肩を少し落とした。
同じユニット内のメンバーにもこの対応なのだから、本当に素なんだろう。
やっぱり誰に対してもストイックなんだなぁと改めて感心するけれど…。
まあ、とにかく今日は翼さんと一緒に咲は駅へ行けそうだ。

「助かります。…咲、お言葉に甘えてそうしてもらおう。素敵な王子様が来てくれたね」
「うん!ありがとう、翼さん!」
「いいえ~。オレの方こそ、光栄ですよ。じゃあ、行こうか。…それじゃ、お先に失礼します」
「失礼しまーす!かみや、ばいばーい!」
「ああ。気をつけてな」

歩き出す二人に手を振って見送ってから、改めて薫さんへ向く。

「着替えちゃいましたけど、上着を脱ぐくらいでいいでしょうか」
「いや、アウターを着てやってみようと思う。元々そんなに長時間やるつもりはないし、衣装はこれくらいの重さがあっただろう。裾の扱いも勉強になるのではないかと思ってな」
「ああ…。確かに、そうですね。では、俺もこのままで――…」

「――あれ!? そういちろう、どーしたの!?」

薫さんと再びスタジオの中へ戻ろうとした時、背後からそんな咲の声が聞こえてきた。
距離はあると思うんだけど、咲の声は高いから夜気の中でとても響く。
思わず振り返るが、暗いせいで咲や翼さんの姿は見えない。
けれど…。

「…すみません、薫さん。ちょっと待ってもらえますか」
「ああ」

軽く片手を上げて、スタジオの出入り口を離れると声がした方へ足早に向かった。
人気の無い夜の通りへ出ると、立ち止まっている三人のシルエットを見つける。
一番背が高いのは勿論翼さんだ。
逆に、一番低いのが咲。
それから…。

「…東雲!」

思いも寄らない人物がそこに一緒になって立っていた。
何故か東雲がこの場にいる。
歩いてきた俺を、その場にいた三人が皆振り返った。

「あ、かみやー」
「どうも。お疲れさまです」
「咲の声が聞こえてね。東雲がどうとかって…。どうしたんだい、東雲。こんな時間に」
「いえ、買い物がてら様子を見てみようかと思いまして。差し入れも持って来ましたが…どうやら遅すぎたようですね」

しれっとしている東雲がこの場にいるのが意外で思わず聞てみたけど、何てことの無い返事が返ってくるだけだった。
…差し入れ?
確かに、東雲は片手に袋を持っているし、嬉しいけれど……今の時刻は本当ならとっくに練習終了の時間だ。
違和感を覚えていると、差し入れと聞いた咲と翼さんは残念そうな顔をする。

「えー!そういちろうの差し入れ食べたかったー!」
「お菓子がとてもお上手なんですよね? あぁ…残念です…」
「そうですねえ…。ここで分けられるものではありませんし…。また後日お持ちします」
「う~。ざんねーん。…でもま、次を期待してる!そういちろうもあたしたちと帰る? かみやは、薫さんと二人で残ってもう少し特訓するんだってさ。二人に差し入れしてあげたら?」

――と咲が言った瞬間、ぴんと来た。
あ…と、自覚する前に何となく"まずい"という直感めいた気持ちが先に生じてきて、それによって状況が理解できるようになる。
東雲は、一見極々普通に頷く。

「ああ、そうなんですか。…いえ、それなら私も帰りますかね。邪魔になってはいけませんし」
「折角ここまで来たんだから、少しくらい覗いていくといいよ」

駅組に混ざろうとする東雲へそれとなく告げてみる。
東雲は一瞬色々考えたように見えたけれど、咲が「そーだよ。そうしたら?」と言ってくれたお陰で、ひとまず東雲は咲や翼さんと駅へ戻ることは止めてくれた。
改めて駅へ向かう二人へ手を振り、見送る。
…二人が背を向けて声も届かない距離になった頃、東雲が徐に腕を組んでぽつりと呟いた。

「……邪魔やないんですか?」

さっきと似たような台詞だし声だけど、分かりやすくぐさぐさ刺してくるから面白くなってしまった。
どことなくつんとしている東雲に笑顔を返す。

「邪魔なわけないだろ。来てくれて嬉しいよ。…けど、少し待っててくれ。咲にはああ言ったけど、俺も今日は帰るから。薫さんに言ってくるよ」
「…」

軽く片手を上げて踵を返し、東雲をそこで待たせてスタジへ戻る。
出入り口では待っていた薫さんの他にいつの間にか輝さんも出てきていた。
誰とは言わなかったが迎えが来たことを伝えると、元々急な話であったこともあり、薫さんは「それならば今日はいい」と取りやめてくれた。
今夜は一人で少しだけ残ってやっていくつもりらしい。
つきあえずに申し訳ないけれど、「代わりに俺がやってやるよ!」と、俺とパートが一緒の輝さんが断り続ける薫さんの後について建物の中へ戻って行ったので、きっと大丈夫だろう。
薫さんのことは輝さんへお任せして、俺は足早に通りへと戻った。

 

 

 

 

「…東雲、悪いな。お待たせ!」

道端で待っていてくれた東雲に駆け寄ると、東雲は待ちくたびれたという様子で小さく息を吐いた。
並んで、駅までゆっくり歩き出す。
咲や翼さんと同じ電車にならないようにね。

「わざわざ迎えに来てくれたんだろう?」
「買いもんがあったっちゅーてるやないですか。ついでです」
「ああ…。そうか、そうだったね。けどこうして一緒に帰れるんだから、時間が合ってよかったな」
「桜庭さんとの練習は宜しいんですか?」
「ん?」

さらりと、且つしつこく尋ねてくる感じが珍しくて、何だか有頂天になってしまう。
東雲がちくちく攻撃しているのは勿論分かっているけれど、言われれば言われる程妙に嬉しいこのふわふわした感じは何なんだろうな。
にこにこしているのがバレたようで、俺の顔をちらりと見た東雲が、少しだけ不愉快さを見せつけるように眉を寄せた。

「気色悪…。何なんです、その笑顔は」
「ははは、ごめんごめん。…いや、東雲もそういうところがあるんだなと思ってさ」
「……怒りますよ」
「おっと…」

そろそろ行き過ぎかな?
東雲の背後に暗雲が立ちこめた気がして、慌てて口を噤むとフォローを入れることにする。

「気を悪くしないでくれ。変にからかっているわけじゃないんだ。俺の方でも、もしかしたら、東雲は薫さんのことを気にしているんじゃないかと思ってね。…ほら、今一緒に仕事をさせてもらっているだろう? 対で踊るし、俺は最近その話ばかりになってしまっていたから」
「そーですね。最近、よう聞いとります。…ええですね、素敵な方とペアにならはって。さぞかし勉強になるんでしょう」
「ああ。一緒にいる時間が長いと、薫さんがどうしても気になってくるんだ。最初は少しだけ取っつきにくい方だったけど、今はよくしてもらってる。咲はまだちょっと時間が必要そうだけれど、俺は随分話しやすくなった。でもそれは、彼が東雲に似ているからだよ」
「…」
「東雲に似てるよ」

無言でこちらを向いた東雲へ俺も顔を向け、もう一度にこりと言う。

「似てるんだよ。本当だ。だから、ついつい気になってしまうんだ」
「…そんなん出任せや」
「どうしてだい?」
「あない華やかな方と私が似通ぅとるわけあらへんやないですか」
「そりゃ、感じ方はそれぞれだと思うけど、俺はそう思っているよ」

確かにぱっと見は随分違う気がするけど、目に見えにくい静かな情熱とか努力家とか、自分と他の人との距離をしっかりと測っていて、一つ認めて気を許してくれれば鍵を与えられ、厳重な門を一つ、確かに開けてくれる。
そんなところが、東雲にそっくりだ。
疑いの眼差しに微笑むと、東雲はさっきよりももっと分かりやすく不機嫌になった。
けれど、それがやっぱり嬉しく感じる。
それに、長い付き合いだ。
東雲を全部解っているなんて自惚れたことは考えていないけれど、それでも普通の人が見ている表面より一歩奥は察することができるつもりだ。

「薫さんは人を惹き付ける力のある人だ。だけど、俺を最も惹き付けるのは別の人だよ、東雲。誰だかは分かってくれると思うな。…心配かけたのなら悪かったね。気にかかる前にちゃんと言っておけばよかった」
「…。歯の浮くような台詞止めてもらえますか。悪寒がします」
「あはは。ごめんごめん。誰もいないから、気が緩むね」
「…」

てくてく歩いていれば、東雲の機嫌はどうやら直ったらしい。
一瞬見えかけた背後の暗雲も眉間の皺も、今はなくなった。
この過程を余裕を持って愉しめてしまっているのは、俺と彼の間に特別な絆がある証拠のような気持ちにもなって嬉しかった。
不機嫌な顔をされても、軽く流されてしまっても、その対応すら新鮮で可愛いなと感じるのは、やっぱり俺が東雲を好きだからだ。
夜道を歩きながらというのは、部屋で二人でいる時よりも何となく話しやすい。
ただ、残念なのは外だと流石に手などは握れないな。
代わりに、暗い夜空を見上げながら横にある歩道の手すりをトン…と片手で叩いた。

「今回の一件は、何だか俺はとても嬉しく感じたな。まだまだ俺たちも若い気がするね」
「世間一般的には私らも若いんとちゃいますか」
「そうかな?」
「……落ち着きすぎてるんですかね、私たちは」
「うーん…。どうなんだろうな。まあ、構わないさ。俺たちには俺たちのペースがあるんだから。…けど、ジェラシーは正直予想外で嬉しかったなあ。まさかわざわざ寒い中、様子を見にくるくらい気にしていてくれたなんてね」
「もう二度と来ませんけどね」
「ん? また気にしてくれてもいいんだよ?」
「これだけ阿呆みたいに真正面から言われて、何をどう嫉妬しろというんですか」

呆れたように息を吐く東雲がいつも通りになってきたので、嬉しい反面少し残念にも思う。
サディスティックなつもりはないけど、滅多に動じない東雲を揺るがせられたと思うと、ちょっとだけ誇らしい気もする。
ゆっくり歩いたおかげで、いつも駅まで歩く時間よりもずっと長くかかった。
既に咲と翼さんは電車に乗っていないだろう。
腕時計を見てから、東雲を振り返る。

「もう遅いけれど、三十分くらいデートをして帰ろうか。最近は忙しくてそういのなかったから。イルミネーションが地味に始まっているからね。途中下車して見に行こう」
「こんな時間からですか? 寝不足になりますよ、神谷。私も帰るのがえろう遅くなります」
「泊まっていくといいよ」
「今日は冷えていますし」
「ああ…寒いかい? マフラーがあるよ。使ってくれ」
「…」

首にしていたマフラーを外して、東雲にかけてやる。
ぽんと中央を一度軽く叩いた。

「風邪ひかないでくれよ?」
「さあ…。どうでしょう。ひいたら確実に貴方のせいですね」
「もしそうだとしたら、看病してあげるよ」
「神谷の看病…ですか」

ウインクをひとつ投げると、東雲は何を想像したのか、妙にぐったりしてしまった。
間を置いて、深々とため息を吐く。

「…。まったく…。困った人ですね、貴方は」
「そうとも。だから東雲がいないとな」

改札を通って、そこまで人の多くない夜の駅をホームへ出て行く。


スパイス・シュガー




吹きさらしのホームに出ると、確かに再び冷たい北風が吹き付けてきたけれど……そんなことはさしたる問題で、とても楽しい気分で次の電車を待てた。



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2016ハロウィンライブの妄想。
嫉妬は神東だとスパイスにならない。
…というか神谷さんとか砂糖過多に決まってる。
そして糖分多めにもう慣れているけどちゃんと相愛な東雲さん。
神谷さん、スマートすぎて意外と動かしづらいです。彼の周りで問題が起きにくい。
2016.11.25





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