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「じゃーん!」

…という声で、テーブルに頬付いて着いて読んでいた雑誌から顔を上げれば、星形のステッキ片手にしているみのりさんが視界に入った。
どことなく見覚えのあるステッキだ。
また唐突な…。
特にどうという反応をしない俺の代わりに、隣に座っていたピエールがぱあっと表情を明るくする。
カエールを抱くとイスから離れ、みのりさんの傍へ寄っていった。

「わあ…!みのり、それ、魔法使いの!」
「うん。ハロウィンの時のだね。ちょっと捜し物があって衣装部屋行ってたんだけど、見つけたから懐かしくなって持って来ちゃった!」
「ボクのカボチャのバケツは? あった??」
「あ、んー…どうだっただろう。見たら持ってこようと思うはずだったから、隠れちゃってるのかもしれないな。ピエールが行かないと、見つからないかもしれないね。これを返しに行く時、一緒に行こう」
「ボク、行く!」
「…まだ残ってるんだな。そーゆーの」

去年のハロウィンイベントだ。
俺たちも仮装してイベントに参加したが、着た衣装が残っているのは知っているが、そういう小物まで残っているということはあまり思い至らなかった。
ピエールはすぐにカボチャのバケツを持っていたことを思い出したらしいが、俺は……小物というと何を持っていたかな…。
ピエールとみのりさんの衣装がかなりハマってたことは覚えているのに、自分が何を着ていたかという話になるといまいちよく思い出せない。
確か…ミイラ男だったかゾンビだったか…何かそんなのだったな。
ぽつりと呟くように発した俺の声に、みのりさんが杖の先を口元に添えて微笑む。

「そうだよ。管理してくれているみんなに感謝だね」
「みのり、魔法使い、すごく似合ってた!今も魔法、使える?」
「使えるよ」

は…?
人差し指立ててさらっと頷くみのりさんの返答にぎょっとし、俺の方が瞬く。
何を言い出すんだこの人は。
そりゃ、かなり魔法使いっぽかったし実際イベントの時はタイミング合わせてライトを操作したりしたからそうも見えるだろうが、まさか本気で魔法が使えるわけがない。
どうするつもりだとはらはらしていたのも杞憂で、みのりさんはそれっぽくステッキを振るう。

「けせらせら~のぽこあぽこ~!ピエール、俺を大好きにな~れ~!」
「…」

がくっ…と思わず着いていた頬杖を崩して少しコケる。
そんなんか…。
いや、まあ…いいけど…。
背後で俺が呆れている俺には気づかず、ステッキの先でこつんと頭に触れられたピエールには、どうやらみのりさんの魔法がかかったらしい。

「わあっ…!すごい!ボク、みのり、好き!」
「ホント? 魔法かかった?」
「かかったー!」

嬉しそうに言いながらみのりさんに抱きついていくピエール。
みのりさんもまたそれをいつもみたいに柔らかく受け止める。
それを見て小さく息を吐き、頬杖を止めてテーブルの端にある紙コップを手にして中に入ってるお茶を少し飲んだ。
たまに見るこんな光景は悪くない。
まったく、ピエールは呆れるくらい純粋だな。
最初は狙ってるもんかと思わなかったわけじゃないが、流石にここまで一緒にいるとそれが本気なのか振りなのかの見分けはつく。
家にいた時は、外見や言動を取り繕って近寄ってこようとする奴はそれこそたくさんいた。
妙な嗅覚みたいなものがいつのまにかついて、それで他人を嗅ぎ分けていたが、実際に純真無垢というか…裏表がない人間なんてものは殆どいない。
妙な縁で二人と知り合った当時も、何となく距離を測っていたところがあったが、ニセモノ臭さが全くないと分かれば途端に話は別だ。
かなり偽善的だが…何とか周りのごちゃごちゃした思惑とか悪意とか、そういうものから極力守ってやりたくなる。
ピエールを蛍の代わりにしているわけじゃない。
わけじゃない、が…やっぱり、重ねる部分はどうしても出てくる。
俺ですらそう思うんだから…。

「…」

ちら…と、部屋の端で黒子に徹しているスーツの男二人組を横目で盗み見る。
…SPってのは、それこそ大変なんだろう。
守る相手がピエールじゃ、立場的にもそりゃ重要だろうけど、やっぱその辺のおっさんをガードするよりは「守ってやんなきゃ」と思うよな。自然とさ。
心の中で黒服二人に「ご苦労さんっす」と尊敬の意を送っている間に、みのりさんから離れたピエールが今度は両手でカエールを持って差し出す。

「みのり、カエールにも魔法、かけて」
「いいよ。カエール~、俺を大好きにな~れ~!」

こつん、とステッキがカエールの王冠を叩く。
嬉しそうにピエールがカエールをみのりさんにくっつかせる。

「カエールも、みのり、大好きーって」
「本当? ふふ、俺も。どうやら魔法はばっちりみたいだね?」
「うん!次、恭二っ」
「……は?」

ものすげえ蚊帳の外のつもりでいたが、急にピエールが俺の方を向いたので驚いた。
え…。
さっと片手を低く上げる。

「いや…、俺はいいよ」
「…? どうして? みのりの魔法、かけてもらう。ボクも恭二も、みのり、もっと大好きになる」
「けせらせら~のぽこあぽこ~」
「いや、いいですって」

また怪しい呪文でステッキそれっぽく振り始めるみのりさんにこつんとやられる前に、もう一度拒否っとく。
掲げていたステッキと呪文を中断し、少し残念そうな顔をされれば一瞬気持ちは揺らぐが、ふんばる。
ノリ悪くて申し訳ないという気持ちもある…が、止めてほしい。正直。

「恭二は魔法いらない?」
「…少なくとも今は遠慮します」
「んー。残念」

何とか断る。
魔法なんかかけられたら、リアクションを取らなきゃいけなくなるじゃないか。
ピエールは無邪気に…っつーか、普通にそういう素直なリアクションが取れるかもしれないが、俺は無理だ。
魔法をかけられたとして、何をどう反応すればいい?
ピエールみたいに抱きつけるわけがないし、なら「好きだ」と言えってのか?
考えれば考えるだけ無理だ。
ご期待に添えず申し訳ないが、ここは流させてもらう。

「恭二は魔法いらないって」
「そっかー…」
「もしピエールが魔法を使えるようになっても、こわがってる人に無理にやっちゃダメだからね?」
「いや…。別に俺こわがってるわけじゃ…」
「ん…。ちょっと残念…。けど、分かった」

てててとテーブルの向こうまで戻って来て、ピエールが両手をそこについて俺の方へ身を乗り出す。

「恭二。こわいのなくなったら、言って。ね? みのり、魔法、上手」
「…ああ。そうする」

頷くと、一応納得してくれたらしい。
…さて、もうその星のステッキのくだりはいいだろうと、いつもはあんまり気にしないが、改めて先週受けたインタビューと撮られた写真の確認を続ける。
この間やったライブが好評だったみたいで、女性誌にBeitが特集してもらえた。
インタビューってのはどうも苦手だ…。
歌ったりステージの上に立っていれば、練習の成果もあってみのりさんやピエールみたいに「王子」でいられるが、普通の部屋みたいなところで話すとなると…どうにもな…。
この時も散々みのりさんにフォローしてもらって、ピエールとみのりさんメインで撮ってくれればいい記事が書けるだろうと思っていたのに、できあがって渡された特集数ページは、集合でなく個人の写真面積だけいえば、大差はないが何故か俺が一番多かった。
文章は三人同じくらいなのに……何でこうなったんだ?
まあ、俺は記者とか編集者じゃないから、何かしらの思惑があってこうなってるんだろうが…。
インタビュー受けたらそれで終わりかと思ったら、普通こういうものは自分で読み直して勉強するものらしい。
どういう風に書かれているかによって、「どういう風に見られているか、どういう振る舞いを期待されているのか」を知ることは重要なのだそうだ。
みのりさんと山本さんの受け売りだが…もっともだと思うのだから、やるべきだよな。
これからはこういうものも、積極的に読んでいこう。
ぺら…とまたページをめくる。
…。
しかし、何というか…。
かなりよく書いてくれているが……大丈夫なのか、これ。
『クールな王子様の流し目に、胸キュン女子が続出!』、って……絶対数えてないだろ。
胸キュンて…。
どうして続出してるって分かるんだ?
第一、流し目してるつもりもないんだけどな…。
それに、あまり瞳に注目されるのも好きじゃない。
かなりよく見ないと分からないんだろうが、左右の色が微妙に違うのは俺の家の――鷹城の特徴だ。
今のところプロデューサーたちが実家のことは隠してくれているが、見る奴が見れば分かるだろうしな…。
瞳のことはあんまり触れないでもらいたいから協力してくれと、後で伝えておかないとな。
本当にこんな感じで見られてるんだろうか。
ピエールの『笑顔キュートなカエルの王子様』とか、みのりさんの『ほんわか優しい大人の包容力、年上の王子様はいかが?』とかなら納得するが…。

「…。つーか…」

はあ…と息を吐く。
キャッチが甘いしベタだな。
女性誌ってのはこんなもんなのか?
コンビニで表紙ばっか見慣れてたが、中身はあまり読んだことがなかった。
こいういうのは、そんなに代わり映えしないもんなんだな。
段々興味がなくなってきて、自分の所は飛ばして二人の記事を読みはじめてしまう。
本末転倒なのは分かってるが、俺自身に大した興味なんてない。
…ピエール、こうして写真に撮るとやっぱり相当な美少年だよな。
みのりさんも、流石に自分がアイドル好きなだけあって写真写りのコツみたいなの分かってたみたいだし、元がやっぱり美形だと思う。実年齢より若々しいしな。
二人とも、よく撮れてる。
いつも一緒にいる間柄だし、今もこうして同室でわいわいやっているが、レンズを挟むとまるで手の届かない別人みたいな気にもなる。
もう一枚ページをめくるため指をかけると同時に、ガチャッ…!と勢いよくドアが開いた。

「ウィーッス!ただいまーっす!プロデューサーちゃーん!!おやつプリーズっ!」
「今戻りま――あれ?」
「あ、High×Jokerだ!」

突如、ものすごいテンションでHigh×Jokerの伊瀬谷と、その横から秋山が入ってきた。
ピエールが嬉しそうに反応するが、「High×Joker」と言うには随分足りてないな…。
ここにプロデューサーはいないぞ。
咄嗟のことに対応が遅れる俺より早く、みのりさんが二人に微笑みかける。

「お疲れ様、隼人君、四季君」
「おっ、Beitの三人勢揃いじゃないっすか。今日は内なんっすねー。おつかれーっす!」
「…よお」

伊瀬谷は相変わらず騒がしいな…。
額に片手を添えて、敬礼の緩いバージョンみたいな動作をする伊瀬谷へ、ピエールが近寄っていく。

「隼人、四季、おつかれ、さまーっ」
「やっほ、ピエール」
「イエーイ、ピエールっちー!マジおつーっす!!」
「まじ…おつ? なに??」
「ごっほんっ!」
「…!」

小首を傾げるピエールの両手を持ってぶんぶん上下に振るっている伊瀬谷の言動に、みのりさんがわざとらしく咳をする。
伊瀬谷本人は気づけなくても、隣にいた秋山が察したらしく、どん…!と肘で伊瀬谷を小突いた。
…みのりさん、ピエールに悪い言葉とか態度とか、あんまり知って欲しくないみたいだからな…。
たぶん今のは「マジおつ」がアウトなんだろう。
秋山も前、みのりさんに「モテ」の連呼で軽く注意を受けたみたいだから、そのこともあって察しがいいんだろうな。
小突かれた伊瀬谷は疑問符浮かべているが、まあ話は流れたようだ。
ほっとして俺も頬杖をつく。

「お疲れ様です。…あ、すみません。もしかしてプロデューサーって、ここじゃなかったですか?」
「プロデューサーなら少し前までいたが、先に出て行ったぞ」
「ああ、そうなんですね。…じゃあ、ケンに戻ったこと言っときゃいいか」
「そっすねー。後から三人も来るし。…おっ!みのりっち、それ何すか!?」
「ん?」

伊瀬谷が、みのりさんの持っている星形のステッキに気づく。
きらりんと露骨に瞳が光ったのが見て取れた。
華やかなもんとか面白いもんとかが好きな伊瀬谷は流石に目敏い。
…何か嫌な予感がした。

「わーわーわー!めっちゃリアルー。それ魔法使いのアレっすね?」
「あ、本当だ。魔法の杖だ。それ、ハロウィンの時持ってましたよね?」
「よく覚えているね。うん、そうなんだ。倉庫で見かけたから、懐かしくなって持って来ちゃった」
「みのりさんの魔法使い衣装、ハマってましたもんねー」
「びびでばびでぶー!っすね!」

伊瀬谷がポケットかなんかに入ってたボールペンを手に、自分もそれっぽく腕を振るう。
見ていたピエールがカエールを抱いたまま伊瀬谷に向いた。

「四季。みのりの呪文、違う。みのりの呪文、けせらせらのぽこあぽこ!」
「けせら…?っすか?」
「うん! みのりの魔法、すごい。みんな、みのりのこと好きになるっ」
「へえー。そうなんだ? …いいなあ~」

秋山がいかにも羨ましそうにみのりさんの持っているステッキを見た。
そんなステッキがあればあっという間に自分はモテモテだろうという考えが見え見えだ。
安直な奴だ。
…いつもいつもモテたいとか言っているが、こいつはそんなにモテないのだろうか?
いい奴だし可愛げもあると思う。
寧ろ、周りの好意に秋山が気づいていないだけなんじゃないかと思うのだが、言ってやるほどのことじゃないんだろうな。
お節介というやつだろう。
傍観を決め込んでいると、伊瀬谷が再び真似だす。

「けせあけせあのぽんぽこぽん~!っすか?」
「だいぶ違うなあ」

勘もいいとこな伊瀬谷の真似に、みのりさんはさすがに苦笑を始める。
ついっとまたステッキを振った。

「けせらせら~のぽこあぽこ~!四季くーん、俺を大好きにな~れ~!」
「わっ…」

きらりん、と擬音をつけたくなるようなモーションが終わると、また最後にこつんと伊瀬谷の頭をステッキの先で叩く。
これが伊瀬谷には予期しなかったことだったらしく、肩を上げて一瞬ぱっと目を瞑ると構えた。
…が、終わってしまえばその場所に片手を添え、何故か感動したような顔を秋山と揃ってあげる。

「隼人っち!やばっ、マジやばっすよ!コツンされた!見た見た!?」
「見た!すげえっ」
「ウオーッ!胸キュンハンパねー!!」
「さっすがみのりさん。かぁっこいいなあ~。スマートにやるなぁ…」
「くぅー!オレもいつか子猫ちゃんたちに片っ端からやりてー!これぞアイドル!って感じっすよね!」
「あはは、ありがとう。四季くんは上手にできそうだね」
「…」

頬杖着きながら傍観を決めていると、空かさず、わくわく顔でピエールが二人を覗き込むようにして尋ねる。

「みのりの魔法、かかった?」
「ん? 魔法?」
「バリ効きっす!なーるほど。そーゆーヤツなんっすね!」

よく分かっていないらしい秋山の横で、伊瀬谷が頷いたかと思うと不意にばっと両腕を広げた。

「おおっ、麗しのみのりっち!アイラビュー!!」
「おっと…!」
「オレのこの愛は、みのりっちのものっすーっ!」
「あははっ」

芝居がかって言うと、何の遠慮もなく伊瀬谷がみのりさんに飛び込んでいく。
危うく後ろによろけそうな勢いを何とか踏みとどまり、みのりさんがそれを受け止めた。

「はあ~…。ハグいいっすねーハグ。みのりっち癒やし」
「そう? それはよかった」

…。

「あ~。なるほど。そういう魔法か。…いいなあ。マジでそんなステッキあったらなぁ」
「隼人は? まだ??」
「…え?」
「みのり、隼人、まだって」
「はいはーい」
「え、ええっ…!」

片腕で示され、秋山がぎくりとする。
悪意ゼロの無邪気なピエールに逆らうのは難しいのは分かる。
ピエールがいてこその魔法だな…。
みのりさんがもう一度ステッキを振るい、秋山にも魔法をかける。
こつんとされ、どこかぎこちなく秋山も両腕を広げる。

「え、えーっと…。みのりさん、大好きですっ!」
「うんうん。ありがとー」
「…」

ぎゅむ、とみのりさんが秋山とハグする。
…幼稚園かここは。
つーか、いくら振りでもよくもまあ抱きつくとかやるな。
みのりさんも悪ノリが過ぎるだろ。
大体――。
…と、そこまで考えて一度目を伏せ、小さく息を吐く。
いや…。二人はピエールに付き合ってくれてるわけだしな。
有り難いと思わないとダメだ。
自分が付き合ってやれなかった分犠牲になってくれていると思えば、寧ろ助かったという話のはずだ。
矛先がHigh×Jokerの二人に向いてくれて助かった。
改めて感謝の念を抱いていると、ふと秋山が瞬く。

「…あ。みのりさん、すごくいい匂いする」
「え?」

…。

「あー、それオレも思ったっす。全然男臭くねーの」
「制汗剤何使ってるんですか? …何だろこれ。あんまり強くないけど」
「そーそー。キツくないっすよねー。柔らかいっつーか。けどフローラル系っしょ?」
「分かった。きっと高いやつなんだ」
「いや? …おかしいな。今は制汗剤は使ってないけど。…うーん。洋服じゃないかな? クローゼットにドライフラワー入れてるから」
「ドライフラワー!…え、匂いついてる洗剤じゃなくて!?」
「出た!できる大人のヤツだ!!隼人っち、メモっす、メモメモ!」
「そっかー、みのりさん花好きなんだっけ。でも、こんな残るもんなんですか? ドライフラワーってあんまり匂い出る感なくないですか?」
「あ、それは造り方だねー。俺、結構得意なんだよ。コツがあるんだ」
「みのりの家、お花いっぱい。ボク、花、好き!」

カエールを抱えていない方の腕をいっぱいに伸ばし、ピエールが主張する。
…それはいいが、秋山はいつまでみのりさんの腕掴んでるつもりだ?
無言のまま集団を遠巻きに眺めながら、胸中で突っ込む。
別にだからどうしたって話でもないが、ハグした時に握った腕そのままにする必要ないんじゃないか?
――…いや。
いやいや…。
どうでもいいはずだろ、そんなこと。
別に気にすることじゃない。
集団から視線をはずし、改めて雑誌を見下ろす。
まだわいわいやってる集団に心の壁を作りかけたところで、コンコン、とノックがあり、再びガチャリとドアが開いた。
High×Jokerの二人、冬美と榊が新たに加わる。

「失礼します」
「……します」
「おっ、旬っち夏来っち、合流っすねー!」
「…。こんにちは、Beitのみなさん。すみません。お騒がせしています」

入ってくるなり俺たちがいることを確認した冬美が、伊瀬谷の言葉を無視してまず俺らに軽く頭を下げる。
…よく分かってるんだな、仲間のこと。
返事の代わりに、いや…と軽く片手を上げておく。
そんな冬美に、ようやくみのりさんから離れた秋山が声をかけた。

「なあ、プロデューサーここにいねーんだって」
「そうなんですか? なら…」
「ね、ね。旬。夏来も」
「…? 何ですか、ピエール君」
「……何?」

腕を組んで片手を顎に添え秋山と話している冬美の袖を、横からきらっきらした顔のピエールが掴み、その後ろにいる榊の顔も覗き込む。
ああ…。
どうあってもやりたいのか…。
相当みのりさんの魔法が気に入っているらしいが、あまり拡散するのはどうなんだ。
冬美はいい。
冬美はまだいいが、榊は……どうにも微妙な気がするのは何故だろうか。
…いや、逆か。
冬美ならまだ許せると思うのは何なんだろうな。…身長?
つーか、みのりさんも笑ってないで止めりゃいいのに。
また抱きつかれるぞ、絶対。
…あれこれ考えている間にピエールが二人に魔法の説明を始める。
それが終わらないうちに、もう一度ドアが開いた。

「うぃ~っす」
「…」

ふぁあ…と欠伸をしながらのそりと入ってきたのが、High×Jokerの最後の一人、若里だ。
…ああ。
頭痛くなってきた…。
片手で目頭を押さえて俯く。

「春名っち、早かったっすねー!」
「まーな。…つーか、プロデューサーもう出たんだってさ。さっきそこでケンに会って、ケンにはオレら戻ったこと伝えといたから。今日は予定は一応終わりだからさー、どっか空きスタジオあるか確認して…」

カエール抱えたまま右手と左手に冬美と榊を掴まえていたピエールが、満面の笑みで若里へも向く。

「春名も!」
「…んー?」

どこか眠たげな春名がピエールに気づき、ゆっくり前屈む。
カエールの手を指先で取って軽く握手をすると、にっと笑いかけた。

「よう、ピエールにカエール。時間合うの久し振りだなー。どうした?」
「あのね、今、みのりの――」
「…そろそろ」

雑誌を閉じて、徐にイスから立ち上がる。
ギ…というその音で、一斉に視線がこっちに集まった。
みのりさんもピエールもこっちを向いたので、一端会話は中止されたらしい。
丸めた雑誌で、とんとんと自分の腕時計を叩く。

「練習スタジオ、空くだろ。移動しないか?」
「あ…。恭二、時間?」
「時間だ」
「そうだね。俺たちが使える時間は限られているからね。残念だけど、そろそろ行こうか?」
「うんっ。…High×Joker、またね!」

まばらな五つの返事を受けながら、ピエールとみのりさんと部屋を出る。
前を歩く二人の背を追いながら、ひっそりと息を吐いた。

 

 

 

 

予約入れてあるスタジオまでの道すがら、例の倉庫があるのでみのりさんはステッキをそこに戻した。
ピエールがカボチャのバケツを探していたようだが見つからず、時間もあるしまた来るという話になって一端三人でそのまま練習スタジオに入る。
柔軟が終わり、さて始めるか……というところでピエールが前の部屋にタオルを忘れてきたというので、カエールを連れて戻りに行った。
いつも存在感ゼロのSPも、当然ピエールに着いていく。
結果、スタジオにはみのりさんと俺が残る羽目になってしまった。
…今、あんまり二人になりたくなかった。
微妙な空気をどうしようかと思って肩を回していると、案の定、真正面ど真ん中でみのりさんが口を開く。

「ねえ。さっき恭二、ちょっとぴりぴりしてたよね」
「…そうか?」
「随分無口だったし」
「雑誌読んでたんすよ。…チェックしろって言われたからな」

適当に応えておく。
何が面白いのか、みのりさんは妙に機嫌がいいように見える。
…いや。たぶん、俺が面白くなかったのが分かってるんだろう。
だが、俺自身も何故さっきの一連の流れが苛っとしたのかよく分からない。
先に魔法ごっこを断ったのは俺だし、あの場で秋山や伊瀬谷のような行動を取る気はない。
かといって、ピエールを残念がらせるつもりもないから、流すのが正解だったはずだ。
High×Jokerの面々とみのりさんが抱きついたって、それは別に他意があるわけじゃないのは確実だ。
そこを何故苛つかなきゃならないのか…。不思議だ。
黙っていると、みのりさんが組んだ両手を上に伸ばして伸びをしながら続けてくる。

「嫉妬してくれたっぽくて、嬉しかったなーっ……っと。…あはは。まあ、必要ないけどね」
「…嫉妬?」
「あれ?違うの? 俺がHigh×Jokerのみんなに魔法をかけるの、避けたように見えたからさ」
「…」

思わず、肩を回す腕を止めて半眼でみのりさんを見る。
そこまで分かっててやってたのか、あれ…。
だが、思いっきりもの言いたげな視線であろう俺へ、悪戯っぽい笑顔が返ってくるだけだ。
…確かに、後から来た榊や若里が秋山たちみたいな行動に出られると思ったら、少し焦った部分もある。
特に最後、若里が入ってきた時は冬美や榊程のんびり見てられなかった感はある。
これがいわゆる「嫉妬」ってやつなのか…?
嫉妬というと、俺にとっては今までは兄貴とか身内に対するイメージが強いが……他人相手に嫉妬することってのも、やっぱあるんだな…。
…だが。

「…それ、嬉しいんすか?」
「ん?」
「俺のが嫉妬だったとしたら、それって、普通嬉しいもんなのか?」
「うーん。時と場合によるだろうけれど…。さっきのはそうだね。ちょっとね」

右手の親指と人差し指で「ちょっと」をつくりながら、みのりさんが笑う。
さっき感じた妙な感情が、仮に嫉妬だとしよう。
だが、それが嬉しいっていうのはどういう感性なんだ…?
わざと俺のことを焦らせたかったってこと……だよな?
…俺は、今まで生きてきて誰かに「嫉妬させよう」と思ったことがないし、それが「嬉しい」に繋がったことがない。
これは…どういう違いなんだ?

「…」
「難しい顔してるねえ」
「はあ…。何か、みのりさんが言ってることがよく分からないっす…」
「恭二は、今までにあまり他の人に嫉妬をしたことがないんじゃない?」
「…?」
「いつも見られる側だったから。…かな?」

…そんなことはないと思うが。
兄貴にはある……が、たぶんそれは普通の嫉妬とは違うんだろう。
よく分からなくなってきて、考えるのを放棄する。
ともかく、さっき妙にみのりさんが流れ任せだったのは、みのりさんの悪戯心だったわけだ。
からかわれてたんだな、俺。
…つーか、みのりさんにとっては高校生なんて子供みたいなものなのかもしれないが、とはいえ目の前で他の奴に好きな相手が抱きつかれるのを見て喜ぶ男はいないだろう。
それくらい分かっているはずなのに、この人は優しそうに見えて時々そういうことするよな…。
たぶん、今俺はそれを止めて欲しいと思っているんだろうが……それをどう伝えればいいのか…。
うまい反論が見つけられず、腕を組む。

「…あーゆーの、どうかと思うんだが」
「ん?」
「その…。一応、いる…だろ。……俺が」
「おお。言ったねー」
「……言わせてるんだろ」

いつも一緒にいる仲間が「好きな人」で「恋人」になってしまうと、切り替えが難しい。
プライベートの延長で、うだうだといつまでも得体の知れないふわふわした気持ちでみのりさんを見てしまうことがある……が、それがBeitとしてよくないことも分かっている。
あんまり公私混同したくないから、事務所にいる間はこういう話をするのも止めた方がいいと思うし、さっきみたいに嫉妬っぽいのを前面に生じさせるべきじゃないとは思う。
それはお互い分かっているはずなのに、今のはすげえ言わされた感がある。
疲れ気味で呟いた俺の言葉に、みのりさんが相変わらずくすくす笑う。

「あの時、ピエールと一緒にぎゅってしたかったんだけどなー」
「ピエールは許せても、俺があそこでやるのはおかしいだろ」
「ふふ。まあ、恭二はそうだろうね。…でも、できるとしたらあのタイミングだったよ。自分が素直になれないからって人にあたっちゃダメだよ。先に魔法いらないって拒否したのは恭二じゃない。結構ショックだったんだから」
「…」
「今、魔法かけ直してあげようか?」

途中で置いてきたステッキの代わりに人差し指を出して、まるでトンボを捕まえるみたいにくるくると目の前で回す。
…。
流石にやられ放題過ぎるな…。
少しやり返せないだろうか。
はあ…とため息を吐いて、組んでいた両腕を解す。
脱力気味で、楽しそうなみのりさんを見返した。

「…。みのりさん」
「ん?」
「それ、魔法まがいの。…今後禁止」
「そう? ダメかな?」
「その代わり、止めてくれたら、今みのりさんが言って欲しそうな台詞言ってやりますよ」
「へえ…? いいね。言ってみて」

俺の切り返しが意外だったのか、少し驚いた表情の後、途端に嬉々とした笑顔になる。
ぐいん、と期待値が急上昇したのが手に取るように分かる。
露骨にわくわくされるとこっちも微妙にいたたまれないんだが…。
これも練習か…と思いつつ、すっとみのりさんの片手を下から柔らかくを意識して取る。
堂々と。背筋を伸ばして、胸を張って。
軽く腕を引くようにして、同時に片腕で肩を包んで懐に入れて耳元を狙って、声は低く小さく――。

「…"もう随分前からかかってる"」

ぼそ…と芝居がかって一言。
…恥ずい。
恥ずいが、何というか…今猛烈にふらふらしてるこの人の関心事を、一端取っ払わないととも思うので、そこそこ本気で。
呟いて、とん…と軽く肩を押して懐からみのりさんを逃が――…そうとしたが、逆にぐっと距離を詰められた。
左肩に片手がかかり、鼻先をみのりさんの細い髪がかすめていく。
遅れて、秋山たちのいう花の香り。

「――」
「ぇ…」

…は?――と思う間もなく、どうやら唇が重なったらしい。
柔らかい唇の感触と花の香りが体内に入ってきて、反射的に抵抗なく受け取る。
…が、一瞬遅れて脳が現状に気づいた。

「――っ!」

ぎょっとして、慌ててみのりさんの肩を掴むと引きはがす。
多少雑になってしまったが、気を遣ってる余裕がなかった。
時間単位で借りているとはいっても、この部屋にだっていつ誰が来るとも限らない。
まして今ピエールが戻って来たらと考えるだけでぞっとする。
ばっ…!と口の前に片手を持ってきて塞ぐ。

「な――…っにして…!」
「ごめんっ!!」

一歩後退した俺の前で、ぱんっ…!とみのりさんが両手を顔の前で叩いて合わせた。
今度はいきなり謝罪され、展開に追いつけなくて疑問符が頭を占める。
狼狽する俺と似たような感じで、みのりさんも驚いた顔をして相当焦っている。

「ごめんごめんごめんっ!今俺、ちょっと本気でトンじゃった…!」
「はあっ…? …え、いや――」
「うわぁ…。あぁぁ、ホントごめんね恭二…っ!驚いたね!そんなつもりなかったのに、何か完全無意識で体が勝手に動いちゃって…!」
「…。あ…、いや…」

ごめん、悪かったと必死で謝るみのりさんの予期せぬ言葉に、ただでさえ熱かった顔が一気に加熱する。
見れば、みのりさんの顔も目に見えて赤いような気がする。
…。
…マジで言ってんのか、この人。
言葉にならず、数秒間お互いしどろもどろになる。

「……あー…。えっと…」

とにかく、だ…。
すう…と深く呼吸をして、軽く互いを制する意味で片手を上げる。

「――…落ち着こう。お互い」
「はは…。…そだね」

みのりさんも苦笑する。
何してんだって話なんで。
あと、一応仕事中だし…。

「ごめん…。俺がちょっとからかいすぎたね…。隼人くんたちにむっとしてる恭二が可愛かったから、ついからかっちゃった。悪かったよ。まさか今みたいな形でやり返されるとは思わなかったから…」
「…」
「あぁもう…。不意打ちすぎて…。今の恭二のすっごいグッと来ちゃった。あはは…」

みのりさんがちょっとぎこちなくも、いつも通りふわふわ笑いながら自分を片手で仰ぐ。
…いや。
こっちもこっちでぐっと来てるんだが…。
冷静になろうと思ってみても、今の不意打ちに重なる不意打ちはかなり来る。
みのりさんの匂いが鼻先に残ってる気がして、俺もぱたぱたと自分を仰いだ。
今じっとしてると思わずキスしたくなるという気持ちは分からなくはないから、自分を制する意味で片手を口元に添えてごほんとひとつ咳をした。

「……ひとまず、離れときます」
「え~? …寂しいなぁ」

じりじりとみのりさんと現実的な距離を取る。
いつもと比べれば広く、たっぷり五メートル程間を空けると、両手を後ろで組んだみのりさんが困ったような冗談めいたような顔でぽつりと呟いた。
同じ部屋で何言ってんすか…。
…いや、寂しくさせるつもりはないが、今は距離が必要だと思う。
今は。

「…。あー…」

どう反応すべきか暫く迷い…。

「……後で、で」

みのりさんへ低く片手を挙げ、関係ない方を向いて何とか返す。
くすくすと笑う声が耳に届く。

「うん。後で、ね」
「…」
「二人ともー!お待たせー!!ダンスの練、しゅ……?」

バーン!とノックもなしにやってくるピエールとそのSPに、今はもう大丈夫だとしても、やっぱり心臓が跳ね上がる。
これが少し前だったらと思うと血の気が引く。
純粋なピエールにそんなシーンはとても見せられない。
悪影響過ぎるだろう。
もう絶対仕事中は混ぜ返さないと心に決めて、いつも通りを思い出しながら声をかける。

「ああ…。早かったな」
「タオルはあった?」
「……二人とも、どうかした?」

普通に対応できていると思ったが、入ってすぐに俺たちに違和感を持ったらしいピエールが首を傾げる。
俺とみのりさんを見比べ、不安そうな顔で眉を寄せた。

「ケンカ…? ケンカ、ダメ。ケンカ、よくない…っ」
「ケンカ?」
「喧嘩なんかしてない」
「じゃあこれ、何で? 恭二とみのり、すごーく離れてる」
「…」
「さっき、隣にいた」

俺とみのりさんの間に必要以上に空いている距離を指さして、ピエールが言う。
目聡い…。
少し離れているくらいいいだろう。気にしないでほしい。
…どう応えようか迷っている間に、みのりさんが肩を落として観念したように息を吐いた。
それから、いつもの調子で人差し指を立て、ピエールに笑顔を向ける。

「これはね、たーちーいーちっ」
「…」
「た、ちい…? なに??」
「ライブやステージの、立つ場所のことだよ。始めと終わりと、途中途中…ここに立ってね、って言われることがあるでしょう? …俺がここで、恭二がそこだね。最初に練習するのは、今度のライブの振り付けで、『スマイル・エンゲージ』ね」

自分の足下と俺を指さし、ごく自然に説明を始めた。
みのりさんの言葉をこくこく頷きながら聞いているうちに、ピエールの顔から不安そうな色が抜けていく。

「なら、ピエールは、自分がどこに立つべきだと思う?」
「…!」

最終的にクイズ形式に持って行き、ピエールはぱっと表情を明るくさせた。
カエールとタオルを部屋の隅に置くと、たーっと俺とみのりさんの真ん中に立って両手をぐっと握る。

「ボク、ここ!ここ、ボクのたちいち!」
「おお。せいかーい!」
「…ああ。そうだな」

ぱちぱちと拍手するみのりさんに合わせて、俺も片手を腰に添えてそれらしく頷く。
実際、いつもこの立ち位置だしな。
…しかしみのりさん、相変わらずアドリブがうまいな。
すっかり真っ当な理由をつけてしまった。
こえーなと思いながらちらりと距離のあるそっちへ視線を送ると、目が合う。

「…♪」
「…」

微笑してウインクされ、反応に困る。
目を伏せて、軽く後ろ首を掻いて視線を反らした。


使用禁止




たった一本の小道具のステッキから思わぬ展開になってしまった…。
…考えたら、童話に出てくる連中の魔法って狡くないか?
魔法をかける方は気楽でいいよな。
かけられた方は堪ったもんじゃない。
それこそ振り回されてくたくたになる。
…まあ、別にそれが嫌だというわけじゃないがな。正直疲れる。
実際、もうかけられてる状態なら、嫌だとか何だとか思うわけがないし…。
ただ、かけられた方の身にもなれよな……と、思ったところで前奏が流れ始め、反射的に背筋が伸びる。
練習に集中しようと、"王子様"を意識して目を開けた。

俺たちのユニットはそういうのが求められているのは分かる。
堂々としていて甘く優しく凜々しく。
それを求めてくれるファンがいるから、言動を追求すればそれだけ楽しんでもらえるんだろう。
だが――。

「…」

有り難いことにさして激しくはないダンスの途中、自然と視線がピエールを挟んだ向こうに一瞬飛ぶ。

 

――同じ"王子"を掴まえておくのは、思っていたよりも随分骨が折れる。
ステップを確認しながら、胸中でひっそりとため息を吐いた。



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お互いべた惚れな恭二さんとみのりさん。
一回り年下のできる彼氏が自分を好きになってくれるっていいなあ、みのりさん。
恭二さんはできる男だからポイントポイント無自覚掌握で外さない。
2016.10.15





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