一覧へ戻る


仕事上がりの控え室。
着替えも終わり後は帰るだけで、部屋の片隅にあるハンガーからアウター取った矢先、背後から声がかかった。

「冬馬君!」
「冬馬ー」
「…あ?」

振り返ると、北斗と冬馬が何故か揃って俺の背後に立っている。
…何だ?
と思う間もなく、さっと二人が後ろ手に持っていたものを差し出した。
赤い板チョコと赤い一輪の花…?

「「いつもありがとう!」」
「え…」

思いっ切り疑問を浮かべながらも、差し出されてしまえば受け取っちまう。
翔太なんか殆ど押しつけるように渡すもんだから、どっちかっつーと落とさないように俺が持ち直す感じで受け取った。
遅れて、北斗も花を手渡してくる。
…何か、よく分かんねーけど…"いつもありがとう"とか言ったな、こいつら。
…。
なんだよ…サプライズってやつか?
誕生日でもねえのに。
ちょっと照れ臭くなり、腕の中のもんを見下ろす。

「あー…っと…。…これ、くれんのか?」
「そうだよ」
「冬馬君の為に用意したんだからー!」
「そ、そうか…。サンキュ。…けどよ、なんで突然――」
「え? 明後日とか母の日だから」

両手を後ろで組み合わせ、けろっと翔太が言う。
ぶちっと音がしてから、手渡されたそれらを近くのテーブルに投げ置いた。


寂しくない夜




「大体なっ!何で母の日だから俺に感謝しねーととか始まるんだよ!?」

帰り道、タクシーの中で喚く。
三人揃って後ろのシートに座るのが基本だ。
男三人後部座席ってのはちょっとどころか普通に狭いが、前に助手席乗ってたら赤信号とかで止まった時、隣の車の人やその辺歩いている女の人に見つかって大変になったことがあった。
前の事務所にいた時は、おっさんが専用ワゴンを常に用意してたから殆どファンと接触ってのはなかったんだが、事務所が変わると何かこう……色々違うな、やっぱ。
それが悪いわけじゃねーんだけど、交通渋滞の原因ってのは流石にダメだよな…。
そのせいで、今ではすっかり俺たちは揃って後ろに座る癖がついた。
…俺たちJupiterを好きでいてくれるのはマジスゲー嬉しいけど、とはいえ交通渋滞になって主要道路麻痺させるよりマシだからだ。
その点、後部座席は左右の窓がそれとなく黒くなってるんで、まだ見つかりにくいはず。
ど真ん中で顔を顰める俺の左で、贈る側だったはずの翔太は早々とチョコレートを開けると割り始めている。

「えー? だって冬馬君、おかーさんみたいなんだもん」
「ふざけんな!俺のどこがおかーさんだ!?」
「ごはん作ってくれるとこ?」
「テメェらが勝手に乗り込んで来るんだろうが!親父がいねーからってズカズカ遠慮無く来やがって。せめて来る時は連絡しろ!来たい時は先に言えっ!じゃなきゃメシの材料も量も――」
「ハイ。あげる」

喋ってる途中、ぐっと翔太が俺の口にチョコを放り込む。
一気に口の中に甘さが広がって、否応なしに気が振るんだ……つーか、喋れねえし、口にモノ入ってると!

「おいし?」
「まあまあ、冬馬」

むぐむぐ口の中でチョコを転がしながら翔太を睨んでいると、翔太とは逆側に座って足を組んでた北斗が持っていた例の一輪花で俺の首のところを擽るように押しつけてくる。
よく見りゃカーネーションだしな、それ。
最初に気付いとくんだった。
花なんかぱっと見じゃ分かんねーよ!
赤いか白いかとかだけで、種類なんて詳しくねえし。
腹立つ原因は折半で、翔太と同等の罪がコイツにもあるわけで、苛っとしながら翔太に向いていた顔で北斗の方を振り返る。

「あー? んだよ?」
「何も赤いカーネーションの言葉は"母の愛"だけじゃないぞ。"あなたに会いたい"とか"深い愛"、なんて意味も…」
「尚更いんねーんだよ!」
「おっと…」

いつまでも首んとこ擽ってくる花を振り払ってやろうと片腕を振ったが、北斗の奴はこの狭い中器用に避けて大切そうに花を片腕で守った。

「こらこら。花は手折るものじゃないだろう。託すもので、愛でるものだ」
「うるせえな。なら俺に寄こすな。他の女にでもやればいいだろ」
「そうだね。そうする」
「冬馬君、今日のごはん何ー?」
「あーもー知るか!お前らいるんじゃ冷蔵庫見てからじゃねーと決められねえよっ」
「あー、ドロボー」
「メシ前に菓子とか食ってんな!」

メシ前なのにばくばくチョコ食ってる翔太の手からそれを奪いながら、片手で顔を覆って嘆く。
俺たちをよく運んでくれるタクシーのおっさんが愉快そうに笑っている。
仕事上がり、急に「今日は夕食食べに行く」なんて言われたって困るんだよ。
俺一人だったらテキトーでいいが、こいつらが来るんじゃ献立から考えなきゃならなくなる。
冷蔵庫の中何があったか……ああクソ、思い出せねえっ。
眉間に皺を寄せて必死に冷蔵庫の中を思い出そうとしていると、横から北斗が花を揺らしながら意見してくる。

「カレーがいいな」
「北斗君、いつもそれだよねー」
「冬馬のカレーは本当に旨いからな。大好物だよ。翔太もそうだろ?」
「まーね」
「毎回でもいい」
「仕方ないから僕もそれでいいよ、冬馬君」
「お前らホントそればっかだな…。毎回カレーじゃねえか。楽でいいが、飽きねえの?」
「んー。俺の家じゃカレーは食卓に出ないからな…」
「おかーさんやねーさんたちのカレーよりずっとおいしいしね。もはや別物って感じ」
「…」

顎に片手を添えてしみじみ言う北斗に、窓際に頬杖つきながら当たり前の顔でさらりという翔太。
右と左に褒められりゃ、そりゃ俺だって悪い気はしない。
折れかけのチョコを片手に、むすっとしながらも再び冷蔵庫の中身を思い出す。
不思議なもんで、献立が決まると思い出せたりする。
…じゃがいも、にんじん、たまねぎ、牛肉……は、あったな。確か。
ケチャップ、小麦粉、にんにく、バター、クミン、カルダモン……。

「…ターメリックがねえかも」
「何それ?」
「香辛料だね。ウコンのことだよ。無くても大丈夫だろ、きっと」

北斗がそういうので、じゃあまあいいだろうという話にしておく。
今からスーパーとか寄って帰るのも面倒だし、流石にこの三人で出入りすると目立つだろう。
いつものカレーを作ってやれねえのが悔やまれるが…まあ、カレーは千差万別だしな。
ターメリックがねえならねえで、別の方向で旨いカレー作ればいいか。
舌打ちして腕を組み、どかっとシートに寄りかかった。

「…ったく。しゃーねーな。そんじゃカレーでいいな!」

俺がそう言うと、二人とも片手をそれぞれ伸ばして真ん中にいる俺の目の前でお互い手を打ち付けた。
邪魔くせえな、ったく。

 

 

 

「おっじゃまっしまーす!」
「お邪魔します」

翔太が飛び込んで行った後で、北斗が上がって翔太の分の靴も揃えていく。
最後にドアを閉めてカギをかけ、俺もただいまを言いながらあがった。
マンションの一室。
まーまーそこそこの高さにあるが、そこまでぶっ飛んで広くない。
広いと掃除が面倒なんだ。
単身赴任の親父がいりゃもうちょっと広くてもいいかなと思うが、大体俺一人だし、リビングとキッチンとバスルーム、それから私室がありゃそれで十分だ。
その親父が、この二人に「息子一人じゃ不安だからマメに遊びに来て」とか余計なこと言って残したのは俺も知っているが……男一人の何が不安なんだか。
少なくとも、親父よりは生活能力あるっつーの。
玄関入ってちょっとある廊下の先がリビングとキッチンだが、その手前で北斗は足を止めてバスルームを指差す。

「先に手洗わせてもらっていいかな」
「おー」

その辺、北斗はしっかりしてる。
…つーか、育ちがいいってのはこういうのなんだなってのは、ちょいちょいコイツ見てて思うことがあるが、その反面手当たり次第に女を口説きまくるその癖は直視できない程度に恥ずい。
まあ、人間善し悪しだ。
その点、翔太はラフだ。
俺はいつもキッチンの水道で洗っちまうからいいが、念のため顎を上げてリビングに消えた翔太を呼ぶ。

「おい、翔太。手洗えよー。あとうがい」
「あ、忘れてたー」

リビングに消えてた翔太がとたとた戻ってくる。
その片手に、またあの赤い板チョコを持っていた。
ん?…と思って自分の片手を見下ろしてみると、勿論さっき取り上げた食いかけの一枚を俺も持っている。
翔太はそれを洗面台の棚に一旦置いて、袖を捲った。

「冬馬君、ホントおかーさんみたーい」
「うっせーな。…つーか、何だお前。チョコ二枚持ってたのか?」
「ん? そうだよ。冬馬君が今持ってるのは俺たち用。それでこっちは――」

北斗の差し出したハンカチで手を拭いてから、翔太はそのチョコを両手で持ってにっと笑う。

「冬馬君のお母さん用!」
「――…は?」

笑顔でいう翔太の言葉が脳に追いついてこなくて、ぱち…と思わず瞬いてしまった。

 

 

 

リビングの一角。
本当に小さな仏壇があって、その前に北斗がカーネーションを、翔太が赤いチョコレートを置いた。

「こんばんは。お邪魔しています。いつ見てもお綺麗ですね」
「冬馬君、母の日忘れてそうだったよ。ひどいねえ~?」

そう言いながら座ると、二人そろって両手を合わせる。
こういう客があると何となく癖で…俺は、その二人から少し離れた後ろに正座をして、どっかぼんやり二人の背中と、その向こうにある母さんの遺影を見ていた。
…生前、会ったこともねえくせに。
二人が母さんに手を合わせるのは一回目や二回目じゃないが、それでも心の中で何か言ってんのか、丁寧に時間をかけてそうしている。
神社じゃねえぞと思うし、何を報告してやがるのか不安でならない。
会ったこともない俺の母親に手を合わせてから、漸くこっちを振り返る。
二人が振り返った瞬間、何故かぎくっとして肩が強張った。
どんな顔をすればいいか分からずスゲー焦る。

「ダメだろ冬馬。母の日くらい覚えてないと」
「そーだよ。おばさんかわいそー。冬馬君って世間の流れに乗れてないトコあるよね」
「まあ、気持ちは分かるよ。ムーブメント興す方だからかな、俺たちは」
「あー。なるほどねー。僕はてっきりただののんびり屋さんだと思ってたー」
「…」
「ありゃ? 反応がない。…どうしたの冬馬君。こちょこちょしたら動く?」

翔太が両手をわきわきさせながら躙り寄ってくる。
いつもなら"止めろ!"と突っ込みを入れるお決まりのパターンも、今はスルーするくらい頭の中が熱い。

「ぁ…。その……」

正座した膝を、両手でぎゅっと掴む。
まともに二人の顔を見られなくて、自分の膝の前あたりを凝視しながらぼそぼそ口を開く。

「お前らに言われるまで、全然気がつかなかった…。…悪ぃな。……サンキュ」

聞こえたか聞こえないかくらいの声量になっちまったが、北斗も翔太も笑ったんでたぶん聞こえたんだろう。
北斗が軽く片手をあげる。

「明後日はちゃんと自分で何かプレゼントしたら?」
「そうだよ。その方がおばさん喜ぶよね、きっと。僕はお母さんにエプロン買ったよ!」
「…」

話し始める二人の前で、俺は立ち上がった。
それからさっき脱いだばかりのアウターに袖を通す。
突然外出の準備を始める俺に、北斗と翔太が意外そうな声を飛ばしてくる。

「え、どこ行くの冬馬君? カレーは?」
「……買ってくる」
「カレーを?」
「え~!やだ~!作ってよ、冬馬君」
「じゃなくて、ターメリック。…いいか、お前ら!腹減ったからって先に何か食ってんじゃねえぞっ。特に翔太!」

人のアウター両手で掴んでくる翔太の鼻先に、ビシッと人差し指を突き付けて言う。
ぱっと手を離した翔太と北斗を家に置いて、財布持って急いで玄関を駆け出し近くのスーパーを目指した。
…カギ持ってくんの忘れた。
でもいいや。構うか。
あれ以上一緒にいたら、胸が熱くて泣きそうだ。耳も顔も熱い。
不意打ちだ。
嬉しすぎて、胸が火傷しそうになる。
涙とか、有り得ねーだろ。
ぎっと前を向いて夜道を全力疾走。
泣くくらいだったら、感謝のキモチ態度示すのが男ってもんだろ!
メチャクチャうまいカレーの一鍋や二鍋、作ってやるぜ…!
駅を少し離れた商店街に走り込み、いつも行くスーパーが見えてくる。
表に並んでいた商品を店員が片付けてるのを見て、顔見知りのそのおっさんに思わず声を張った。

「おっさん!タンマ…!!」

夜の商店街に思いの外俺の声は響き渡ったが、そのお陰でおっさんが気付いてくれた。
事情を説明したら快く入れてくれたんで、片手を上げて感謝し、人気のない夜のスーパーに滑り込んだ。

 

 

 

「…とーまくん、汗べったべた」
「全力疾走してきたの? 疲れたんじゃない?」
「は、ぁ~? 誰に、言ってん…だよ…。…ら、楽勝…だぜ、こんなん…っ」

帰ってきてドアを開け、近くの壁にもたれかかってぜーはーしてる俺の手から、翔太が荷物を打て取る。
中を覗いてその微々たる商品に「これっぽっちを買いに行ったの?」とか言ってるが…分かってねえな、翔太。この微々たるもんがあるかないかで違うんだっつーの。

「冬馬。先にシャワーあびてきたら?」
「…いい」

そんなことより、一刻も早くコイツらにメシ食わせてやりたい気分だ。
荒い息を整えながら、よろよろキッチンへ入ってアウターを脱ぎ、エプロンを着ける。
必要なものだけ買って速攻帰ってきたつもりだ。
あんまり時間はかかんなかったはずだが、見れば北斗がサラダを作っていた。
翔太はだらだらとリビングでテレビを見ていたんで、襟首掴んで手伝わせることにする。

「それはいいけど、冬馬君せめて汗拭けば? だらだら。腕のとこぺたぺたしてるよ。ほら」

袖捲った俺の腕を、翔太がぺたぺた触る。
邪魔なんで腕を振るっていると、北斗がグラスに入れたスポドリを差し出してくれた。
有難くもらい、一気に飲み干す。
一瞬でカラになり、だんっ…!とキッチンの台に置いた。

「別に急がなくてもいいのに」
「うっせえな。長引けば長引くだけお前らいるんだろ、どーせ」
「なんなら泊まってあげてもいーよ。一緒にお風呂入って水鉄砲で遊ぶ?」
「狭ぇっつーの。無理だろ」
「ああ…。あの夏のイベントで使った超強力な奴ね。当たると皮膚赤くなるやつ」
「あれ、最早凶器だよな」
「水鉄砲で背中に文字書いてあげるよ。"とーまくん"って。…あ、僕のサインの方がいい?」
「だから無理だって。…つーかホラ!翔太これ切れ!俺ルー作るから」

三人揃って大して広くもないキッチンであれこれ始めると、まるで自分の家じゃないみたいな賑やかさだ。
スパイスあれこれ入れていると、何となく二人も傍に来て鍋を覗き出す。

「…つーか、本来ならカレーは時間欲しいんだよ。急ごしらえだからな。深みはねーぞ」
「いいよいいよ」
「それでもけっこーおいしいもんね」
「…いい香りだ。カレーの匂いって食欲をそそるね」
「冬馬君、チョコレート入れていい?」
「お? …ああ。いいぜ。入れとけ」
「これくらい?」
「いや、入れすぎだろどー見ても!欠片にしろ、欠片に!」

ぎゃあぎゃあやりながら即席でカレーを作る。
一人前と違って、ちょい大きめの鍋で作るんでそこそこ時間がかかった。
今日は終わりが早かったが、いざ食べる時間となると結局いつもと同じような十時過ぎとかそんな感じだ。
いつもは余裕があるはずのダイニングテーブルが、三人分の料理と皿とかでそれなりに賑やかになる。

「場所足んねーな…。リビングの方で食うか」
「カレーだし、レモン一個貰ってレモン水作ってみたけど」
「お。サンキュー、北斗。おい翔太、運べ」
「はーいっ」

グラスを用意しながら翔太を促すと、キッチンで作ったものをしおらしくリビングへ運び出す。
…と見せかけて、戻っては来ずにさっさと一人だけ席に座るとぱくりとカレーを一口盗み食い出した。

「むーっ!おいしーっ♪」
「あ、テメェ翔太!何先食ってんだ。いただきますしてからだろ!」
「冬馬、翔太。二人とも、サラダは何かける?」
「ゴマドレ」
「塩とオリーブオイル!できればマジックソルトがいいっ!」

キッチンから食器をリビングのテーブルに運ぶ。
カレーとサラダとグラスが三人前。
それと、それぞれ少しずつよそった母さん用の小皿。
それをひょいと遺影前に置いてある、チョコと一輪挿しの前に更に並べる。

「…ほらよ。翔太らが来てるから、またカレーだとさ」

チン、と仏壇の前にある鳴らすやつ鳴らして手を合わせてから振り返ると、既にテーブルを囲んで座っていた北斗と翔太が妙に穏やかな感じでこっちを見ていた。
何となく気恥ずかしくなり、舌打ちしながら俺もそっちへ行って腰を下ろす。

「…んだよ。見てんじゃねーよ」
「まだかなーて待ってたんじゃん」
「下拵えが短時間だった分、今日は色々入れてたな。…うん。おいしそうだ」
「おいしそう、じゃなくて、おいしいんだよ」
「はい、冬馬君北斗君。スプーン」
「お、サンキュー…って!これお前がさっき盗み食いした時のじゃねーか!?」
「えー。だって僕きれいなスプーンで食べたいんだもん」
「テメェが勝手に汚したんだろ!洗ってこいっ!」
「まあまあ。ひとまず、いただきますしてからってことで」

北斗の言葉に、俺も翔太もひとまずスプーンの取り合いを止める。
仕方ねえから翔太の使いかけのスプーン皿に置いて、パンッ…!と両手を合わせた。

「いただきます!」
「いただきまーす!「いただきます」

食事の礼の後にすぐ翔太のスプーンをぶんどろうとしたが、それよりも先に新しい俺用スプーンでカレーを掬うと咥えやがった。

「あ、てめ…!」
「お~いし~~♪」
「自分の使えよ!」
「うん…。今日のもとてもいいよ、冬馬。おいしい。お嫁さんに欲しいくらい」
「…お前はそれを何十回言う気だ」

片手で頬を押さえるお決まりのジェスチャーな翔太と違って、北斗はしみじみ呟きながら食事を続ける。
何なら目を伏せて味わう。
いつもうまいモン食ってんだろうけど、家でカレーが出ないってのはホントの話らしく、やたら褒めてくる。
いっつも肩張ったようなメシじゃ、そりゃたまに食うカレーは全部うまいだろうと思う。
北斗のジョークを聞いて、翔太がさらっと口を開いてくる。

「んじゃさー、結婚しちゃえば? 二人で」
「はあ? ヤだね。例え俺が女だったとしても北斗だけはねえな。浮気三昧だろ、どうせ。根本的に合わねえ」
「心外だな。俺は相手がいるうちは二股はかけないよ。…けどまあ、冬馬だったら二番目でもいいよ、俺は」
「だから、そこがもう合わねーんだっつーの」
「そんじゃ、僕が旦那さんかな。浮気しないもん。そんで、北斗君が愛人ってやつ?」
「だから俺も浮気はしないんだって。マイエンジェルちゃんがいるうちは」
「でもさ、二番目だったら、北斗君だって他に一番目いてもいいんじゃないの?」
「ふむ…。確かに、そういう考え方もありといえばありだ。その方がお互い対等だね」
「有り得ねえだろ!お前ホントそれ止めろって。いつか刺されるぞ」
「じゃー北斗君じゃなくて僕と結婚だね、冬馬君。料理スキルもっと上げといて。あとお菓子作れるようになっといて」
「はっ…。テメェなんか鼻で笑って振ってやるね。…つーか、そーゆージョークはな、俺より背が高くなってから言えってんだ」
「なるもーん。終わってる北斗君や冬馬君よりも可能性あるもんねー」
「ねーよ、バカ」
「本当おいしい。最高だ」
「へいへい、そりゃどーも」

わいわいと続く食事はいつもの静かな夕食の比じゃない。
かなり楽しく馬鹿なことばっか話してたし、おかわりとか言いだしてたから、あっという間に時間が経っていた。
だらだら話ながら、ちら…と母さんの方を見る。
…生きている時にこいつらを見せたら、何て言っただろうな。
フツーに学校通ってるだけだったら、歳の離れたダチなんて、まだあんまいねーんだろーな。
そんなことを考えたが、お袋だったら何て言うかは別としても、絶対『いい友達持ったわね』的なこと言って、夕飯とか招くんだろうな。
…。

「……おい。お前ら」
「ん?」
「なーに?」
「リンゴ食うか?」

聞くと、二つ返事で「食べる」と返ってきた。
仕方ないから向いてやることにする。
キッチンへ向かって、冷蔵庫を開けた。
手際とか、いいのか悪いのか分かんねーけど、リンゴの皮をさくさく剥いて、ウサギのやつを作ってやる。
…何だ。アレだ。
普通ならメンドイからやんねーけど、お礼っつーか何つーか…。

「…あ、ウサギさんだ」

ショリショリ細工している途中、また盗み食いに来たのか、剥いてる途中で翔太がキッチンまでやってきた。
横からまな板の上に並ぶウサギを見てくるそれを、半眼で睨む。

「…食うなよ?」
「器用だね。かわいー」
「ばっ…おい、食うなって!」

リビングに戻る翔太に一匹かっさらわれていく。
あいつ…っ!
奇数になったウサギどもを皿に並べ、ちょっと可哀想だが楊枝三つ差してその後を追ってリビングに戻る。
携帯を弄っていた北斗が手元から顔を上げ、携帯を伏せてテーブルの端へ置く。

「リンゴのウサギだって? 珍しいな」
「まあな。…あー。なんだ、その…。……………キューな」
「声小さすぎて聞こえな~い」

ぼそぼそとお礼を言ってはみたが、聞こえなかったらしい。
一匹目はもう食い終わったのか、頬杖ついて間延びした声で翔太が言う。
それだけで苛っとしたが、更に北斗の奴が人差し指を立てて翔太に注意する。

「翔太…。待っててやれよ。冬馬なりに気合いいれているんだから。…いいよ、冬馬。ゆっくりで。人にはペースってものがあるからな」
「冬馬君が素直になるの待ってたら、明日になっちゃわない?」
「お、お前らなぁ~…。何なんだよ。人が折角お礼でも言ってやろーかってのに…っ」

知った風な態度で北斗が軽く片手をあげ、その言動でブチッと来て持っていた皿を荒々しく置いた。
皿の上に乗ってたウサギどもが微妙に跳ねてずれる。
お礼っつー感じじゃねえが……そのウサギどもをびしりと指差す。

「今日はサンキューっつったんだよっ!聞いてねえお前らが悪いんだろ!ホラ、終わったぞ!? 何が夜明けになるだ! …いいかっ、剥いてやったんだから、食えよ!お前らが食いたいっつったんだからな。残したら承知しねえぞ!?」
「ハイハイ、毎度お馴染みのツンデレ~」
「どういたしまして。残さないから大丈夫だよ」
「冬馬君ってほんと、面白……いたっ!」

俺を見てにやにや笑ってやがる翔太の頭を一発叩いておいた。
……まあ、何だ。
こーやって馬鹿やれる相手がいるってだけで、お袋を安心させてやれんのかな…とか思ったりなんかするしな。
母の日は明後日だが、スゲエいい日かもしれない。

「…へえ。リンゴの剥き方って、色々あるんだな」
「あ、これスゴイ。冬馬君、今度薔薇やって、薔薇!」
「すごいけど、無駄が多くないか、これ。ちょっといただけないな…」
「静かに食えねーのか、お前らは!」

携帯弄って検索しだしてる北斗の腕に寄りかかるようにして、横からディスプレイを指差してる翔太が声を張る。

振り向いて一喝してから、ウサギの一匹をそっとお袋の前に置いた。



一覧へ戻る


Jupiterの三人組。
冬馬君はお母さんを亡くされてるんですよね。
最初にそれを知った時ちょっとビックリしました。
2016.6.10





inserted by FC2 system