一覧へ戻る


師走は色々と忙しい。
クリスマスライブに年末年始の音楽特番。
それから、最近だとちょっとしたバラエティ番組にも読んでもらえるようになったり、あとはCM、それとイベント。
次々にお仕事が入ってとても嬉しいけど…。

「みのり。今、なんじ?」
「九時十二分、だね」

事務所のフロアにあるソファの一つ。
隣に座っているピエールが何度目かになる時間の問いかけをし、それに携帯のディスプレイを見ながら返す。
少し前から、ピエールは落ち着かないみたいだ。
そわそわと周囲を眺めてみたり、膝に乗せたカエールの両手を弄ってみたり。
ここに座る時に買ったあたたかい飲みものは、もうすっかりぬるくなっている。

「う~ん…。今日は忙しいのかもしれないね」
「忙しい? 電話、こない?」
「うまく時間が見つけられない日もあるよ。…そうだなあ。それじゃあ、あと五分待って来なかったら、残念だけど今日は諦めようか。今日はお仕事があるわけじゃないから、ピエールはなるべく早く帰らないといけないだろう?」
「…うん」

ソファの左右に立っているSPを、ちらりとピエールが心配そうに交互に見る。
公にしていないとはいえ、ピエールは立場があるから、事前スケジュールは他のアイドルたちよりも融通を利かせることは結構難しい。
仕事で遅くなるのはいいけど、それは事前にプロデューサーが大使館へ申請し、密かに許諾を取っているからだ。
一度決まったスケジュールから外れると、どうやらあちらさんからちくちく言われるらしい。
…とはいえ本気で嫌な顔をされるわけではないし、ピエール自身が承諾している以上はそこまでごねられることはないようだけど……まあ、こういう些細なことが積み重なっていくと気づけば溝になっているのがお仕事関係だったりもするからね。
待ちや残業は他の職種よりもずっとあって普通だけど、だからこそ気にかけておかないといけないんだろうな。
それに、ピエールが事前スケジュールから遅れた時、実際に責められるのはひょっとしたらプロデューサーよりもSPさんたちの方かもしれない。

「もし今電話が来なくても、きっと夜にピエールの携帯にも――…っと!」
「…! 電話? 恭二!?」

ぱっと顔を明るくするピエールにウインクしながら、スライドさせて携帯を耳に添える。

「もしもーし。恭二?」
『はあ…はあ――…。…あぁ…。すみません、電話…遅くなって…』

電波の向こうで、ぜえはあと荒い呼吸の中から確かに恭二の声がする。
全力疾走した直後のようなその声に、ちょっと同情してしまう。
思わず小さく笑ってしまった。

「ううん、いいよ。お疲れさま。今日もハードだったみたいだね」
『いや、まだ続いてて…。ひとまず俺は少し休憩もらえたから、すぐに電話を……したけどもう九時は過ぎてるよな…。ピエールはもう帰ったか?』
「まだいるよ。恭二の電話待っててくれたんだ。代わるね」
『そうか。…ああ、頼む』
「…はい、ピエール。恭二だよ」
「恭二!おつかれさまっ!」

ピエールに携帯を渡すと、すぐに笑顔になって耳に添える。
今日何の差し入れをもらったとか、恭二は元気かとか、昨日とあまり代わり映えのしないピエールと恭二の会話を、隣で柔らかい気持ちで聞いていた。
全国ツアーライブが始まって、仙台ライブはうちから恭二が選ばれた。
北から始まっているツアーは、今現在北海道が本番。
次に行われる仙台組は只今絶賛直前練習中というわけだ。
遠征に行ってから、恭二はこうして毎晩電話をくれる。
向こうに行って初日、早速かけようと思った矢先に向こうからかけてくれて、次の日は俺とピエールからかけて、それからは習慣付いた。
ただ、こっちから恭二を掴まえようとするとなかなか時間が合わないから、最近は恭二からかけてくれるの俺たちが待つという形になっている。
毎日の電話だ。
話す内容は本当に他愛もないことだし、何なら内容がない日だってあるんだけど、声を聞けるだけで嬉しい。
「おつかれさま」「おやすみ」があるのとないのじゃ全然違う。
この距離だとピエールと恭二の会話も聞こえるからそれに耳を澄ませて一緒になって聞いていると、不意にピエールが携帯を俺に差し出した。

「みのり、映像付きのやつにして。ボクとみのり、恭二に見える。ボクらも、恭二見える!」
「ん? …ああ、カメラ? はいはい」

携帯を受け取って手早く操作する。
機能は知ってるけど日常生活でわざわざカメラ機能まで使って電話しないんだけど、二日前にやったそれをピエールはすっかり気に入ったみたいだ。
カメラを呼び出して、携帯を横にしテーブルの上に置く。
ぱっと画面が切り替わり、ティシャツ姿の恭二が映る。
何か備品か荷物の上に置いているのか、視点がちょっとだけ高い。
少なくともテーブルとかの位置ではなさそうだ。
恭二の目線よりも少し下、という感じだ。
練習中の恭二は少し疲れている感じだけど、淡々としていていつも通りに見えた。
たった二日前にも映像見て思ったことと全く同じだけど…うん、今日も元気そうでよかったな。
映像を確認するように、ピエールが携帯へ手を振る。

「恭二ー!」
「おつかれさま、恭二」
『ああ…。そっちも』
「もう少し練習続くのか。大変だな…。最初の頃は九時前に終わってたけど、最近は時間内に電話するの難しいんじゃない?」
『そうだな。なるべく二人がいる間に連絡するようにしたいんだが…。ピエール、時間大丈夫なのか?』
「うーんと…。そろそろ、ちょっとだけダメ…かも」

困ったような笑顔で、ピエールが笑う。
SP二人がこくこくと頷いているのが見えた。
…さすがにこれ以上は延ばせない、かもね。
ピエールだって、SPの二人がしかられるような境遇は作りたくないはずだ。
画面の向こうで、恭二が「だよな」と苦笑した。
俺もピエールをそれとなく促す。

「じゃあ、恭二とも話せたし、今日はそろそろ帰った方がいいかもね」
「うん。ボク、帰るね。恭二と会えたから!」

ピエールがカエールを抱いて立ち上がる。
膝にかけていた上着へ袖を通すには邪魔だろうと思って、手をさしのべて一度カエールを預かり、ピエールが上着を着た後でまた彼に戻した。
こっちの様子が見えていた恭二が、タイミングよく手を軽く上げる。

『待っててくれてサンキュ、ピエール。気をつけて帰れよ』
「ありがとう!恭二も、もうちょっとお仕事、がんばる!」
『ああ。頑張る。…また明日な。おやすみ』
「じゃあね、ピエール。気をつけて。また明日ね」
「うん!みのり、恭二、バイバーイ!」

手を振りながら、少ない荷物を持ってピエールが正面玄関の方へ歩いて行き、その左右にSPも無言で着いていく。
去って行くピエールが自動ドアの向こうに消えてから、再度テーブルの上の小さな携帯へ視線を戻した。
ピエールと話している時よりも幾分落ち着いた感じで、恭二は持っていたらしいペットボトルの口を開けて飲んでいた。

「本当にすごく忙しそうだ」
『ああ、少しな。忙しいというか…結構ころころ現場で変わるから、思ったより頭使うな。…けど、Beit代表のつもりでここにいるんだ。みのりさんとピエールの分も、しっかり務めるつもりだから』
「折角の地方だけど、やっぱり観光はあんまりできないんだろうね。大阪の時は少し余裕あったけど」
『あの時よりはないかもな。…ああ、でもそうだ。今日ずんだシェイクっての飲んだんだ。大阪の時もそうだったけど、地元名物みたいなのが色々あって面白いんだな』
「へえ…。いいなー、宮城。牛タンにずんだ餅だね。あと笹かま?」
『笹かま…は、弁当で食べたな。シェイク、次一緒に行く時案内するから』
「うん。宜しく」
『ああ。…そっち、変わりないか?』
「今は特に。今後の仕事にも何か変化があったって話は聞かないし、大丈夫だろう。クリスマスの振り付け、俺とピエール先にやってるから恭二は戻って来てから頑張らないとな」
『動画はもらってるから、寝る前にいつも見てる。たぶん、大丈夫だろ。遅れは出ないようにするさ』
「あとは…そうだな。段々ピエールが寂しくなってるみたい。恭二恭二って、いつも気にしてるよ」
『そうか…』

いつも三人で行動していたからか、ピエールは恭二一人が遠くに行ってしまうことに少なからず不安を抱いているみたいだ。
練習や食事の時も、いつも恭二が座る所に敢えてカエールを置いてみたりしているのをよく見かける。
伝えてあげると、恭二は照れくさそうに小さく息を吐くように笑うと、またボトルを口に運んだ。
ちょっとした悪戯…と思って、両手を合わせ、いかにもそんな感じの声を出す。

「それに、俺だってかなり寂しいしねー」
『げほっ…!』

画面の向こうで、恭二が背中を向けて片手で口元を覆う。
気管に入ったのか、げほごほ咳き込んでいるのを見てちょっと謎の達成感。
ごめん、恭二。
でも案の定吹いてくれて、俺とっても満足だよ。
心の中で小さく謝っておく。
…ようやく咳が引いたらしい恭二が、口元を拭いながら何とも言えないような顔で俺を見る。
苦笑して、片手を伸ばして携帯をテーブルの奥へずらすと、ごろりと片腕を枕にしてテーブルへ項垂れた。

「一週間は長いなーぁ。寂しいよ~、恭二」
『…。つーか、みのりさん…』
「ん?」
『そこ、事務所だろ。…誰もいないんだろうな、周り』
「いないいない。今はね」

その辺は一応考えて発言しますよ、という笑顔で笑いかける。
けど、一週間は俺的にかなり長い。
こうして毎日電話はするけど、実際に会えないのはやっぱり寂しい。
毎日事務所に来ると、勿論とっくに分かっていることなんだけど……けどやっぱり、「あぁ、恭二今日もいないんだよなー」って思う。
寂しいのはピエールだけじゃない。俺だって恭二が恋しい。
温度の高い手や広い背中、匂いや雰囲気。
涼しげな、色の違う不思議な瞳を見ながら、目元の黒子を指先で突っつきたい。

『…』
「変な顔」

また微妙な顔をしている恭二に、思わず笑いかける。
さてどう来るかなと思ったけど、やっぱりそこは王子様を素で行く恭二だからな。
持っていたボトルの口をキュッと締めると、それを足下に置き、少し距離を取っていた携帯にぐっと近づいた。
やっぱり段ボールか何かの上に置いてあるらしく、恭二の携帯は恭二の目線と大体同じくらいの高さのようだ。
周囲から覆い隠すように自分の携帯の左右に肘を着き、結果画面は暗くなり恭二の鎖骨あたりが映る。
暗がりの中、ぼそ…と低い声が囁く。

『…俺もだから』
「んー?」
『みのりさんに会いたい…』

ぞわっと腰に恭二の小さな声が響く。
じぃん…と震えが来て、思わずふにゃふにゃと顔を緩ませながらぱしぱしテーブルを指先で叩いた。

「…ふふ」
『…何すか』
「もう一回」
『二度は言わない』
「ええ~?」
『…ていうか、言う時間でも場所でもないだろ。今のだってイレギュラーだ。ちゃんと分けるって決めただろ。そういうの』
「お仕事時間外だけど?」
『場所は事務所なんだろ?』

ふい…と画面の陰りが薄くなくなり、また携帯と恭二の距離が少し開く。
やっぱり困ってるような照れてるような無関心のような…そんな微妙な顔をしていた。
可愛いなあ…としみじみ思って、俺も体を起こしてテーブルに頬杖をつく。

「うーん…。じゃ、今夜は? 電話でやってみるとか」
『…。いや…。やめとく』
「そう? 楽しいと思うけど」
『ライブに集中できなくなる』
「仕事に差し障り出ちゃうと困るか」

くすくす笑いながら他人事のように言ってみる。
俺に釣られるように、恭二も小さく笑ってくれた。

『お土産、何か買って帰るから』
「楽しみにしてる。…でも、恭二がライブ成功させて帰ってくるのが一番嬉しいよ。頑張ってね」
『ああ。いい結果持って帰る』
「うん。おやすみ」
『おやすみ。寝る前にでもLINEするから。…じゃあ』

通話終了の挨拶をして、けど何となく恭二が切るのを数秒待つつもりだったけど…。
いつまでも向こうも切らないから、そのまま三秒くらい経過する。

『…』
「…」
『いや…。切ってくれって』
「あははっ」

首に片手を添えて気まずそうに目を伏せて恭二は言うけど、気まずい空気というより、ほっこりとした幸福感みたいなのが胸から溢れて何だかにまにましてしまう。
自分でそこまでじゃないつもりだったけど、どうやら割とガチで寂しいのかも、俺。
いい歳して、他の人には到底見せられないような、駄々をこねる子供のように、携帯を両手で持ってテーブルの下で両足も伸ばす。

「切りたくないなぁ……なんてね」
『だからってずっとこのままのわけにはいかないだろ。俺もそろそろ行くから』
「そっちから切ってくれていいんだからね。恭二、いつも俺から切るの待ってるよね」
『そりゃ、みのりさんの方が年上だからな』
「先に切ったら失礼だからって? …なーんだ、残念。切りたくないからじゃないんだな」
『…』
「残念だなあ。ほんと残念」
『それもある……って、言っておけばいいのか?』
「本当はそれを一番に返してほしかったな」
『そっすか…』

はあ…と恭二が疲れたように息をつく。
照れ隠しなのは分かっているから、呆れたような疲れたようなその態度に苛立つわけもない。

「ほんと、早く帰ってきてね、恭二」
『ああ…。ピエールのこと、頼む』
「任せて。…ねえ。何かこれ、いいね。遠恋みたいだ」
『…いいか?』

まるで遠距離恋愛みたいで、これはこれでちょっともやもやが楽しい気もしてくる。
何気なく言った言葉だったけど、思いの外恭二がさらりとふざけずに返してきた。

『遠いより、近い方がいいだろ。俺はあんまり…』
「…」
『まあ、みのりさんがそう思ってくれてるなら、まだよかった。…じゃあ、そろそろ本気で時間だから、切るから』
「ん…。頑張ってね」

頷きながら、人差し指をちょっとだけカメラにかける。
画面の端に映る自分の映像の下の方を、指が覆った。
何を言ったわけではないけど、恭二が同じように画面越しに俺の指に指先を合わせてくれた。
そのまま、こつんと爪先でカメラをはじく。

「おやすみ」
『おやすみ』

ファンのみんなに見せてあげたいような、甘くて柔らかくて控えめな、恭二らしい微笑みを残して通話が途切れる。
途切れてからも、暫く自分の携帯を両手で持って眺めていた。
…。
数秒経つと早速寂しくなって、片手で頬杖をつく。

「ふう…」

このまあ、さっきみたいにぐったりテーブルに伏せたい気持ちもあるけど、ぐっとこらえる。
あともうちょっとということは分かっているんだけど…。
ここ数日頭の片隅にあった、仙台に行ってしまおうかという気持ちが半ば本気で生じてくるくらいには会いたい。
…というか、自分が関係ない今回の全国ツアーに一般閲覧者として抽選応募したのに、倍率が高くてのきなみ落ちるのは哀しいものがある。
くっそー。
せっかく、ステージに立ってる恭二をステージ下から見られる絶好のチャンスだったのに。
ペンライト振る側で見たかった。
…とはいえ、これを言ったらたぶん恭二引くから、黙っておくけどね。

「…」

そろそろいい時間だ。帰らないと。
ソファから動く前に、カバンから手帳を取り出す。
今月のページを開くと、数日前から日付に「×」が着いていて、仙台組が帰ってくる日に花丸チェックをいれておいた。
…今日も一日、ようやく終わり…っと。
今日の日付に「×」をつけながら、花丸の日を待つ。
我ながら柄でもなく女々しいと思うんだけど、好きな人ができると割とべたべたひっつき症になってしまうのは昔からだから、もうそろそろ直しようはないかな。
今回は初めて同性だからそんなことはないと思ってたけど…。
ま、本質なんてそうそう変わらないってことか。

「さて、と…」

ぱたんと手帳を閉じて、カバンにしまい込む。
他の人たちに、本気で寂しいなんて思ってるとか、察してもらいたくないからね。
カバンを持ってソファを立つ。
いつもと同じように軽い足取りになるよう努めながら、事務所を出た。
俺だって一応、世間一般では格好よくて優しい"余裕ある大人の王子様"で通っている。
だから、本当はぐうたらで負けず嫌いで優しいというよりは頑固で甘え癖が強くてべたべた好きな人とずっとくっついてたくて、たかだか一週間程度離れているのが我慢できるすれすれで寂しさに四苦八苦しているような…。

そんな、イメージとは正反対の俺を知っているのは、今は世界にたった一人でいい。


おかえり




三日後。
お仕事終わりで九時はとっくに過ぎたけど、今日はピエールが直接お偉いさんに電話をかけて"おねがいキラキラ攻撃"を発動したので、特別に時間に余裕を持てたみたい。
しかもカメラ動画付きでのおねがい攻撃だから…まあ、まず回避は無理だな。うん。
ただし、事務所の駐車場端に、即帰宅用にもうばっちりいつものSP以外の人が待ってる高級車が停止しているわけだけど…。
ちらりとそっちを一瞥していると、俺と同じく事務所の玄関前に立っているピエールが、数分前と同じ質問をする。

「みのり。恭二、もうちょっとって?」
「うん。もうタクシー乗ったって言ってるから。…ピエール、寒くない? やっぱりまだ早いかもよ。中で待ってて、車が来たら迎えに出てもいいと思うけど」
「うーん…。でも、恭二来たら、いちばんにおかえり、言いたいっ」
「お。それじゃあ、ライバルだね」

カエールを片腕に抱いて、ぐっとピエールが両手を拳にして気合いを入れる。
ついつい人差し指たててウインクしてみると、ちょっと驚いた顔をして拳を崩した。

「あ…。みのり、いちばんがいい? じゃあ、えっと…」
「ウソウソ。二人で一緒に言おう。それなら、いいだろ?」
「…! うんっ、二人で言おうね!」

提案すると満面の笑顔が返ってきて、思わずふにゃりと表情が緩む。
何となくそわそわして落ち着かないのは俺も一緒だし、嬉しいのだってもちろん一緒。
二人で並んでちょっとだけ肌寒い中待っていると、後ろに位置している正面玄関が開いた。
何の気なしに振り返ると、FRAMEの二人組が外へ出てきたところだった。
英雄くんが俺たちのことを見つけて片手をあげる後ろから、信玄さんも歩いてくる。

「よお。お疲れさまです。仙台組待ちですね?」
「お疲れさん」
「お疲れさま、二人とも」
「FRAMEの二人!おつかれさまー!」
「よー、ピエール。カエールもおつかれさん。寒いのに偉いなあー。恭二待ってるのか?」

ピエールの前に屈んで視線を下にしてから、英雄くんがにっと笑ってカエールの頭を撫でた。
英雄くんは子供好きなのか、いつもピエールに会うとこうやって接してくれる…んだけど……。
…端から見るとちょっと誘拐魔、かな?
小さく笑っていると信玄さんが隣に来たので、顔を上げて尋ねる。

「そっちは龍くん待ちですね?」
「ああ。そろそろ着くという話だからな。遅くなるから、先に帰るぞと言ってはいたが…」
「ついでだ。そのままメシ行こうって話してたんですよ」
「メシっつーか、自分んちだけどな」
「誠司のメシ、うまいからな。俺もパンケーキ作ってやんねーと。旅先じゃ胃も疲れてるだろうし、簡単でも家メシの方が落ち着くだろ。さっさと気ぃ抜いてやんないとな」

立ち上がりながら、英雄くん。
…どこも考えることは一緒、か。
そりゃそうだよな。

「…あ!来た!」

そのまま暫く雑談していると、ロータリーにタクシーが一台入ってきた。
ピエールが指さす先で車が止まって、少し間があってドアが開く。
恭二が驚いたような顔で車から降り、続けて龍くんが顔を覗かせた。

「なんか…やたら人数がいるな…」
「え…? あーっ!信玄さんと英雄さんがいる!?」
「恭二…!」
「よう、龍。お疲れさん。…って、何か絆創膏多くなってねーか? そんな気はしてたが…。他の連中は?」
「あ、後からもう一台来ます!二人とも、待っててくれたんすねっ。感動!」
「荷物は後ろか? 出すぞ」

降りてきた二人に、わっとピエールが両手を開いて恭二に駆け寄っていき、FRAMEの二人は挨拶もそこそこにてきぱきとタクシーの後ろから運転手より早く荷物を下ろし始める。
どうやら龍くんのお土産が多いみたいだ。
FRAMEの二人が向かった代わりに、恭二はどうやら荷物が少ないようで、少し大きなバッグを肩にかけた状態で俺が立っている方へピエールと一緒に歩いてきた。
…気が抜けてる時に猫背気味になる癖。
それでも背は高い。
温度の高い手、広い背中、匂いや雰囲気。
涼しげな、色の違う不思議な瞳と、目元の黒子…。
…ああ。
胸のふわふわが半端ない。
やばい。嬉しい。
思わず抱きつきたくなる衝動をぐっとこらえる。
傍までくると、いつもの近さといつもの目線で、恭二が困ったような顔をする。

「二人とも、外で待ってたのか? 大袈裟だろ。風邪でもひいたら…」
「…」
「…みのりさん?」

じーっと恭二を見詰めて久し振りに再会した喜びと格好良さを堪能していると、くいっと袖を引かれた。
ピエールが本当に嬉しそうににこにこと俺を見上げている。

「みのり。いっせーのでね?」
「え? …あ、うん。そうだね。いっせーの…っ」


「「恭二、おかえりーっ!」」


俺とピエールが同時に言うと、思いの外その声は夜気に広く響いた。
瞬く恭二の後ろで、タクシーの傍にいたFRAMEの三人も、何事かと手を止めてこっちを見たくらいだ。
…一瞬きょとんとしてた恭二だけど、間を開けて、ふ…と微笑った。

「……ただいま」

柔らかい声が俺たちを包む。
…うん。
満足!
ピエールと目を合わせて笑ってから爪先を事務所へ向け、恭二を挟んで歩き出した。
ピエールは早く帰らなくちゃだけど…まあ、缶ジュース一杯飲むくらいの時間は許してくれるだろう。
たぶんね。
なんたって、ピエールスペシャルスキル"キラキラおねがい攻撃!"があるからね。

「恭二、ライブ、どうだった? 楽しかった? みんなハッピーって?」
「ああ。喜んでもらえたし、次に繋げたと思う。楽しかったよ」
「せん、たい…? 遠い? 寒い?」
「仙台、な。新幹線で行けばそんなに遠くはないけど、降りたらやっぱり寒かったな。少しだけど、ピエールへのお土産あるぞ。すぐ帰らなきゃいけないんだろうが、ひとつくらい見ていけよ」
「やったあ!」
「ねえ、恭二」
「ん? …!」

ピエールと話している途中振り返った恭二の目元の黒子を、人差し指でとんと触れる。
びくっと顔をそらしかけた恭二が、俺がやりたかったことを分かって気が抜けたように肩を下げて大人しくなる…というか、脱力する。
少し照れくさそうにじと目で見られて、浮いていた指先をそっと片手で封じるように退かされると、今俺が触れた泣き黒子を自分の手で軽く擦った。

「や…。…後でにしてくれ。頼むから」
「あはは。ごめんごめん」
「なになに?」
「…」

反対側にいたピエールからだと、俺が今したことは見えなかったみたいだ。
黙っている恭二の代わりに、にこっとピエールに笑いかける。

「顔に汚れが着いてたんだ。後で拭くからいいってさ。…けどまあ、もう取れたから大丈夫だと思うよ、恭二」
「あ、そう…。…サンキュ、みのりさん」
「どーいたしまして」

どこかぎくしゃくしながらぼそぼそ応える恭二に笑いかけながら言う。
赤い耳を口にしたくなる衝動を抑えながら、三人でロビーにある自販機へ向かった。
恭二はブラックコーヒー。ピエールはココア。

「あったかーい!手、じんじんする」
「寒かったからだろ。有難いけど、今度からは中で待っててくれよ。…みのりさんは?」
「んー。そーだな~…」

 

いつもは俺もブラックだけど…。
今日はきっとこの後キスできるだろうし、レモンティにでもしておこう…っと。



一覧へ戻る


2016年仙台組ライブの側面を予想しました。
数日間遠く離れたらBeitメンバーは皆寂しくなるかなと思って。
特にみのりさんが耐えられないといいなと思います。
2017.1.11





inserted by FC2 system