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12月25日。
クリスマス。

年に一度、冬の最も注目すべきイベントだ。
昔は確かに俺にとってもそれなりのイベントだったような気がするが、家を出て一人暮らしを始めてからは専らその日はバイト優先。
イヴの24日から予約のクリスマスケーキやチキン、アルコールや菓子類など、コンビニはそれこそ猫の手も借りたい有様で、スタッフは殆どぶっ通しで勤務していた。
自分はクリスマスを楽しむ側ではなく、配る側。
提供する側だ。
そんな人間は五万と居る。
楽しいなんて浮かれていられない。
現実的な仕事として勤務時間なわけだから。
…けど、小さな子供連れの親子とかがケーキとかチキンを取りに来て、俺がかぶってたしょぼいサンタクロースの帽子に反応して、嬉しそうに帰っていく姿を見ると、何となく悪くないなと思った。
ようやく仕事が終わって一人暮らしのマンションに戻る深夜道を一人歩いていると、いつもそんな嬉しそうな客の姿を思い出した。


君の為のクリスマス




「ライブ、だい せー こー!!」

控え室に戻るなり、片腕を上げてくるりと踊るようにその場で一回転し、ピエールが声高々に言う。
着ていたトナカイをイメージした衣装は似合っているし、ライブに来ていたファンのみんなも喜んでくれていたようだが、少し寒そうで俺はその実どうかと思っていた。
ピエールは華奢だが芯が強い…というか、周りの人間が笑顔でいることが何より幸せというなかなかハードな考えの持ち主だから、喜ばれれば真冬でも半袖だろうが腹だしだろうがしかねない。
現にピエールが今着ているトナカイ衣装は、コートがあるからいいが、中はというと半袖だ。
さっさと脱いで長袖にさせないと気になって仕方ない。

「ほら、ピエール…。さっさと着替えろ。あったかい格好しないと風邪引くぞ」
「恭二、ライブおつかれさま!」
「ああ…。はいはい。おつかれ」
「恭二、みどりのスーツすごくにあってた!すごーく"カッコイイ"!とってもたのしーい!」
「は? …ああ、分かった分かった。サンキュー。…ほら、こっち来い」

ピエールの腕を引っ張って着替えるスペースに連れて行き、その中にある暖房の前に立たせる。
両手に着替えを持たせ、シャッ…!と素早くカーテンをしめた。
まだ興奮冷めやらぬといういつもの調子だが、それでも押し込まれてどうやら着替えを始めてくれたようだ。
ほっと肩の荷がおり、俺も衣装の上着を脱いでイスにかけ、タイを緩めると隣のイスに腰掛けた。
上着さえ脱いでしまえば、俺は黒シャツに黒ジレで楽なもんだ。
…はあ。
疲れた。
人前に出るのはいつだって少し緊張する。
だがまあ、集まりは悪くなかったし、ファンの子たちは喜んでくれていたようでほっとした。
やるからには全力で、…は当然だ。
来てくれたからには満足して帰って欲しいが、果たして俺の全力で満足してくれるのかどうか、いつも不安でライブは緊張する。
しかも今日はクリスマスだ。
イベントのライブは輪をかけて失敗できないと思うし、来てくれたみんなに笑顔になって欲しいとは思う。
…果たして今日はどうだったんだろうか。
ライブ中、ピエールはよく客席のファンのみんなの顔を見ているらしくそのことを話すが、俺はというといっぱいいっぱいでなかなかそこまで目が行かない。
余裕が無くてどうかと思うが、実際余裕が無いんだからそこを見栄張っても仕方がない。
せっかくのクリスマスだ。
満足して、笑顔で帰ってくれただろうか。
今日の俺がファンのみんなににできることは終わりだが、それだけが心配だ。

「…」

ぼー…っと頬杖をついてピエールの着替えが終わるのを待っていると、ドアがノックされた。
ノックの仕方でもう誰だか分かるし、あんたはノックいらないんじゃないかと思うが、一応応える。

「…はい」
「はーい、二人とも。おつかれーっ!」

最後の特別ステージを他のユニットとのシャッフルで終えてきたみのりさんが、ピエールとよく似た感じで片腕をあげて入ってきた。
いつもは落ち着いているイメージが強いが、ライブ終わりはこの人もかなりテンションが高い。

「恭二、おつかれさま。すごくよかったよ!」
「…お疲れっす」
「カメラに向けてのウインク、すっごく格好良かった~。アイドル!って感じでっ。後で反省会だね!」
「反省会という名の他ユニットの上映会っすよね…」
「やだなあ。ちゃんと俺たちの動きの反省もするってば」
「そっすか…」

近くに寄ってくると、持っていたいくつかの荷物をテーブルに置き、片手を出された。
小さく笑って俺も片手を出し、パンッ…!と軽く打ち付ける。
ピエールは?…とみのりさんが部屋を見回しかけたところで、カーテンの向こうからバッ…!とピエールが飛びだしてきた。

「みのり…!」
「あ、いた!いえーい、ピエール~!」
「みのり、おつかれさまー!」
「楽しかったね!」

まるで子供が久し振りに会えた母親に飛び込むように、ピエールが両腕を広げてみのりさんに飛び込み、みのりさんも両腕ひらいてそれを迎える。
ぎゅうと抱き合って、そのままみのりさんがくるりと一回転するのも、最近のライブあがりでは慣例になってきた。

「ステップもとても上手だったし、可愛かったよ。トナカイの衣装とっても似合ってたし」
「みのりも、カッコよかった!他の人たちと一緒に歌うの、みのり、一番キラキラしてた!」
「本当? ふふ。そうだといいな。…俺たちの曲も、練習の成果が出たよね?」

すとん…とピエールを降ろし、みのりさんが俺に尋ねる。
どこかぼんやりと二人の行動を見ていた俺は、慌てて我に返った。

「え、あ…。…まあ、悪くはなかったんじゃないかと」
「上出来上出来!」
「じょー…でき? なに??」
「very good!ってこと」
「very good!…じょーできっ!」
「…」

みのりさんがウインクしながらピエールに教え、ピエールが初めて知った日本語をこれ見よがしに連呼する。
そんな光景に苦笑して、イスの背もたれに背を預けた。

「…てゆーか、みのりさんも早く着替えたら。次、どうぞ」
「あれ? 恭二も着替えるでしょ?」
「俺は後でいいんで」
「そう? それじゃ、お言葉に甘えようかな。…ああ、そうだ」

最後に着ていた衣装の赤いコートを脱ぎながら、みのりさんがテーブルの上に置いた荷物を指差す。

「それ、ケーキもらったんだ。中身見てもらえる?」
「ケーキ!?」
「どうしたんすか?」
「プロデューサーからの差し入れ。三人で食べてね、ってさ。あとでまた来るって」

そう言って、みのりさんはカーテンの向こうに入る。
俺は瞳をきらきらさせて隣に座ったピエールの視線に圧され、みのりさんの荷物の中からそれっぽい紙箱を手前に引いた。
箱を開ければ――。

「わあ…!」
「…」

中には、ケーキが三個、入っていた。
ライブ後を考慮してか、小さめのものを選んでくれたらしい。
これなら今でも食える。
チョコレートケーキ、抹茶、イチゴソース…。
…俺はどれでもいいな。
何なら、ピエールが二つ食べてもいいし。
隣で感動しているらしいピエールに、箱を差し出す。

「ピエール、好きなの選べ」
「ボク、これ!」

一瞬の迷いもなく、ピエールはチョコレートケーキを指差した。
箱を開いてやろうと端を手で切り始めていると、続け様ピエールが抹茶を指差した。

「これは恭二で」
「…は?」
「これがみのり!」
「……」

最後はイチゴソースで飾られている表面が赤いケーキを、細くて白い指先でピエールが順に指を差す。
チョコがピエールで、抹茶が俺で、イチゴがみのりさん…?
俺は別に構わないが、何で固定なんだ?
疑問に思っている間に、ピエールは両手をケーキの入っている箱の左右に添え、真っ青な目で箱の中のケーキを大切そうに見下ろす。

「恭二とみのりといっしょの"くりすます"。今日、ボク、ファンのみんなと一緒。二人とずっといっしょ。とってもハッピー!」
「…」
「んー? 何が何が?」

着替えを終えたみのりさんが、長い髪をいつものようにざっくり上げながら更衣室から戻ってくる。
ピエールが意味の通じなさそうな事情説明を始める。

「プロデューサーからのケーキ。これがボクで、これがみのり。こっちは恭二!」
「ん? …ああ。なるほど。確かに、今日の衣装にカラーリングがぴったりだね」
「…!?」

意思疎通できんのかよ!?
ぎょっとしてみのりさんを見てから、改めてケーキを見下ろした。
…確かに。
今日のクリスマスイベントの衣装にそれぞれカラーリングが通じている。
ピエールはそのことを言いたかったらしい。
全然気付かなかった…。
呆然としていると、みのりさんがピエールの向こうに座る。
ケーキを覗いて嬉しそうにしているが、この人の場合は大体それが直接嬉しいわけじゃなく、喜んでいたり嬉しそうだったりするピエールを見ているのが好きなんだろう。
他の人が笑顔でいることが好き、という感性。
…この二人は、よく似ていると思う。

「うん。どれもおいしそうだ。ピエールのチョコレートケーキもおいしそう」
「ボクのケーキ、みのりにもあげる」
「本当? 嬉しいな。それじゃあ、俺のケーキもあげる。…っていうか、三人でシェアしようか」
「え…」
「シェア…!シェア好き。三人で"わけっこ"!…でしょ?」
「あー…っと…。俺はいい。俺の分は二人で分けて…」
「だーめ。三人」
「恭二もシェアしよ? ね、わけっこ。…あれ? わっけこ? けわっこ?」
「わけっこ、であってるよ。…んー。どうせなら、あったかい飲み物もほしいな。よーし。二人とも、今日は俺んちおいで!うちで食べよう!」

ピエールに両手で腕をぎゅっと握られて動けない間に、みのりさんがてきぱきとケーキの箱を元通りに蓋しなおす。

「そうと決まれば、恭二も早く着替えておいでよ。三人でクリスマスパーティだ」
「パーティ!? ボク、パーティやりたい!恭二、早く着替える♪」
「え、てか…。マジっすか…? 今から?」
「今から今から」
「恭二、はやく!」

ぐいぐいと腕を押され、立たざるを得ない。
立ったら今度はその腕を引かれて更衣室に押し込まれた。
仕方なしに着替えて出てくれば、もう荷物の整理はされていて帰る準備万端。
急遽、帰宅先はみのりさんのマンションになってしまった。
家に帰っても適当に食べられるもの食べればいいやと思っていたが、二人が一緒じゃ夕飯をどうしようか考える必要が出てきて、結局、前に俺が働いていたコンビニの店舗が帰り道にあるからそこでクリスマスっぽい冷凍食品をいくつか買って、シャンメリーも手に入れてることができた。
みのりさんがどかどか差し入れ買うから、どこへ持って行くのかと思ったら、やっぱり帰り道にある元店長だった花屋に寄った。
俺だけ店の外で待っていたが、ガラス窓になっている店の中で、ほぼほぼ屍になっている花屋のスタッフに雪だるまの形をしたコンビニデザートを渡したらかなり喜ばれていたようだ。
みのりさんとピエールは、スタッフの人からポインセチアとか何かそんな感じの、よく分からないがクリスマスっぽい花束をもらって出てきた。

 

 

 

夜道を三人揃って歩く。
表通りから外れ、みのりさんちのマンションへ向かう道は少し細くて静かだ。

「はしれ そりよ~」
「かぜのよーにー♪」
「…なあ。歩きながら歌うのやめないか?」

人気がないと分かってはいても、夜道を陽気に歌を歌いながら帰るなんて奇行は未だ嘗てしたことがなく、抵抗がある。
ぶっちゃけ恥ずい。
今の所通行人がいないからいいが、もし一人でも向こうから歩いてきたらと思うとぞっとする。
ポケットにいれている俺の両手のうち、片方に片手を引っかけているピエールの向こうで、ピエールの空いているもう片方の手を握って歩いているらしいみのりさんが、ひょこっと首を傾げる。

「あれ? もしかして恭二歌詞しらない? 次は"雪の中を"だよ」
「いや…。そーじゃなくて……」
「ゆきのなかをーっ」
「お、ピエール、ナイスフォロー!…軽く 早く~♪」
「…」
「わらいごえを ゆきにまけば~」
「明るい 光のっ?」
「…………花になるよ」
「「Hey!」」

ぼそ…と歌詞の続きを口にすれば、みのりさんとピエールがそのまま楽しそうに『ジングルベル』のサビを歌い出す。
…元気だな。
横でぴょこぴょこ跳ねながら歌っているピエールも、その向こうでピエールと繋いだ手を前後に振っているみのりさんも嬉しそうだ。
本当は、今日は早く帰りたかったんだが…まあいいか。
何だか妙な気分のまま、みのりさんの家にお邪魔することになった。

 

みのりさんの部屋は元職のせいもあってか花や植物が多い。
暖色が好きなことも相まってか、ぱっと見女性的…とまではいかないにしても、部屋の色や家具の色が明るく、照明も広くとっているせいか、家全体に温かい落ち着いた色合いだ。
一人暮らしなのに律儀だなと思うところは、玄関先のちょっとしたスペースとか部屋にある植物とかに、クリスマスの小物や飾りを施しているところだ。
ピエールがますます目を輝かせてみのりさんを褒め称え、更に喜んでもらおうとみのりさんはみのりさんで、戸棚の奥から飾りそこねたクリスマスグッズを出してくる。
俺もあがらせてもらい、脱いだ上着を三人分ハンガーに順番にかけていく。
リビングの隅にあるコートかけの近くにあった飾り棚に、同じプロダクションのユニット"Jupiter"の写真が立てかけてあって、ぴたりと一瞬腕を止めた。
…Jupiter、か。
クリスマス衣装を身に着けている生写真だから、まあ確かにクリスマス的と言えなくもないが…。
先輩ユニットだし、何と言っても実力がある。
俺も尊敬しているが、こういう所が地味に引っかかるのは、メンバーの中の最年長である北斗が同い年のせいかもしれない。
落ち着いていて愛想も良く、スタイルもいいし何でもこなすイメージがある。俺とは違って。
北斗を見ていると、兄貴を思い出す。

「…」

ぷいとそっぽを向いて、再び腕を動かした。
クリスマスのCDをリピート設定にし、BGMに。
二人が食器を出したり、もらった花を生けている間に、買ってきた冷凍食品をチンしてお皿に移す。
ただそれだけのささやかな晩餐だ。
みのりさんがピエールの友達のぬいぐるみ、カエールの席も用意して、テーブルの四隅を囲む。

「改めまして、クリスマスライブおつかれさまでーす!」
「…おつかれーっす」
「おつかれさまー♪」

シャンメリーを注いだグラスをそれっぽく打ち合わせ、乾杯する。
口に含んだ子供向けのシャンメリーは甘過ぎて、正直、口に合わない気がする。
呑み込むのに一瞬躊躇った。

 

 

 

 

 

 

本当に軽く食事だけするつもりだったのに…。
気付けば時計の針は翌日に食い込んでいた。
話ながら食事をして、簡単なテーブルゲームをし、紅茶とかコーヒーとか淹れてプロデューサーからもらったケーキを食べた。
振り返ってみれば本当にただそれだけだったのに、随分な時間を過ごしていたらしい。
一体何をそんなに話すことがあっただろうかとか、何がそんなに時間を使ったんだろうとか、思い返しても何も出てこない。
食器を洗っている間に、当然だがいつもは夢の中の時間帯であるピエールがすっかり眠くなってしまったらしく、みのりさんがシャワーを勧め、出てくれば目が覚めているかと思えば寧ろそのまま眠ってしまいそだったんで、仕方なく泊まることに話が動いた。
ピエールが外泊するのは、実のところ色々と問題があってあまり推奨されない。
一度みのりさんの部屋から表へ出て、黒服を着たボディガードの人に事情を説明する。
無理かなと思ったが、みのりさんの部屋ならということで特別に許可が下りた。
…が、そのせいで彼らは交代で戸口の見える場所に一晩いなければならないだろう。
本当に申し訳ない程度だが、軽い食事を用意して渡しておいた。
口に合うといいんだが。

「まったく…。電池が切れたみたいに静かになったな…」
「はしゃぎ疲れたんだよ。ライブも本当に頑張ったしさ。疲れたんだね」

ソファで大切そうにいつものぬいぐるみを抱いてくてんとしているピエールを抱き上げ、ベッドへ運ぶ。
寝室へお邪魔して、中央へピエールを寝かせ、布団をかけた。
腹の上に乗っていたカエルのぬいぐるみを、そっとピエールの横へ置いて一緒に寝かせてやる。
ふう…と前屈みになっていた背を正し、首を左右に軽く曲げて関節を鳴らす。

「はあ…。…あー。じゃあ、俺もそろそろ」
「え?」

帰ります、と続ける前に、近くに立っていたみのりさんが驚いた顔をした。

「恭二も泊まっていくでしょ?」
「…」

当然の顔で言われてしまえば、反論する気も湧かなかった。
いいのか?という疑問と同時に、何が理由かは分からないが、ふわりと心が軽くなる気がした。
寧ろ、ここで帰ってみのりさん一人にピエールを託してしまうのも申し訳ないし。
少し考えて…。
片手を首の横に添えて曖昧に頷く。

「え、ああ…。…じゃあ」
「コーヒーもう一杯淹れようか。恭二も疲れたでしょ?」

いつものように微笑んで、みのりさんが隣のリビングの方へ向かいながら電気を消す。
俺もその後をのそのそと追った。

 

 

順番に風呂を使って出てくれば、もうそれだけで一時を過ぎていた。
俺が最後だったし、一泊の恩で風呂を洗ってから出てくると「律儀だねえ」と笑われてしまい、気恥ずかしくなる。
…そうか?
普通だと思うが。
出しゃばり過ぎただろうか。
人付き合いは加減が難しい。
それとも、風呂掃除の仕方とかにみのりさんなりの特別なルールがあって、他人が掃除するのは嫌だったのだろうか。
…家にいたころは風呂掃除なんて一度もしたことがなかったから、一応一人暮らしするにあたりマニュアルのような雑誌や本は読みあさったが、自分の"日常生活"のやり方が正しいかどうかに疑問が残っている。

「…やらない方がよかったっすか?」
「え? ううん、嬉しい。助かるよ」

一泊させてもらうとして、当然自分はリビングのソファを借りるつもりだったが、そのことを伝えに寝室にを覗くと、既にみのりさんがピエールの隣に入って本を読んでいて、ベッドが大きめだからもう一人くらい入れるよとあろうことか手招きした。
野郎が三人そろって寝床一緒って凄くないか?
それとも、親しい間柄だとこういうのもありなのだろうか。
そう言えば"雑魚寝"とかは聞いたことがあるが…。
「いや、いいです」「遠慮しないで」のやりとりを二回三回繰り返し、結果的に、今俺はベッドに仰向けに寝転がっている。
不思議な感じがした。
居たたまれない。

「…」
「嫌だった? 急に誘っちゃって」
「いや…。ただ、ピエールはともかく、みのりさん狭いんじゃないかと思って…」
「じゃなくて、突然ウチおいでって誘っちゃったこと」

電気の消えた暗がりの中、みのりさんの声が少し距離を空けた右側から聞こえてくる。
ぼそりと尋ねるような柔らかい微かな声。
少し考えたが、嫌というわけじゃない。
見えない天井を見詰めながら、こちらも間に寝ているピエールを起こさないよう微かに応える。

「いや…。嫌ってわけじゃないんすけど…」

特に予定が入っていたわけじゃなかった。
嫌なわけじゃない。
ただ…。

「今まで、クリスマスとか普通に仕事してて、平日っぽかったし…。どう反応していいか分かんないっつーか…」

クリスマスだからという理由で、自分のためにケーキは買わない。
自分のためにジュースも買わない。
忙しくて忙しくて、そんなことも思いつけない日だった。
ただ、それを買っていく人達が楽しそうで、その笑顔を見るのが好きだった。
でも…。

「恭二も楽しんでいいんだよ?」
「…」
「クリスマス。…今日のライブもそうだけど、みんなを楽しく仕事をするのも素敵だけどさ、自分もしっかり楽しく過ごしていい日なんだよ。恭二だって、今日という日の主人公のひとりなんだからさ」

見えないみのりさんの声に、内心ぎくりとした。
言葉があまりに理想的で、咄嗟に反応できなかった。
数秒間、沈黙してしまう。
…ああ。
いいのか。
俺も、その輪の中に入っても…。
ピエールとみのりさんと今日を過ごせて、よかった。
ついていけないこととかもあるけど、外側から眺めているより、ずっと楽しい。
…何か返したかったが、間を空けすぎて今更何も反応できない。
沈黙していると、くす…と笑う呼吸音がした。
きっと俺が何を考えているかとか、ぼんやり分かっているんだろう。
みのりさんはそういう人だ。

「…おやすみ」
「ああ…はい。…おやすみなさい」
「いい夢見てね」

付け足しの言葉があまりにキザで、思わず少し頭部を動かしみのりさんの方を見た。
顔は全く見えないけれど、きっと微笑でもしてるんだろう。
想像が容易い。
思わず苦笑した。
…だってキザ過ぎだろ。
今時そんな切り返し聞いたことない。
だから俺も、悪ノリする。

「みのりさんも」
「ん?」
「いい夢、見てください」
「あはは。…そうだねえ。きっと見られるよ」

それきり、会話が無くなった。
沈黙になると、すぅすぅ…と浅い呼吸が隣から聞こえていたことに気付く。
…ピエール、よく寝てるな。
疲れたに決まっている。
いくら広めのベッドだからって、男二人に未成年一人じゃ狭くないか心配だったが、意外といけるもんだな。
俺は床寝でもいいかと思ったが、シーツと布団があるなら勿論その方がいい。
ただ、俺がいることによって二人に窮屈さを感じさせてしまうのなら…と思っただけだが、心配なさそうだ。
自然と手を浮かせて横を探るように進めると、すぐにピエールの肩に行き当たった。
…近。
人の持つじんわりとした…けれど意外に馬鹿にできないカロリー熱の温度が、指先に広がる。

「…」

今度こそ、自然と目を伏せた。
寝ようと息を吸うと…決してやましい話ではないのだが…みのりさんの寝床と横で寝ているピエールの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
自分には無い、人の眠りを誘発するような落ち着ける匂いだ。
枕が違うと寝られないとか、かぎ慣れない匂いがすると眠れないとか、よく聞く話だし、実際そうだと思うが…。

何だか、今日は柔らかく眠れそうな気がした。



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MマスのBeit三人組。
家族っぽい雰囲気でまったりしてる三人が好きです。
三人とも自分の為じゃなくて隣の人の為にしか頑張れないタイプなので
お互い出会えて良かったと思います。
2014.12.29





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