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移動用ミニバンから、現場に降りる。
プロモの撮影にはもってこいの秋晴れ。
風もそんなになくて、いい感じだ。
けど…。

「……寒ぃ」

気温は低いような気がする。
都心から離れたせいか?
こんなに良い天気だってーのに…。
雲ひとつない真っ青な空を見上てから、アウターの襟を首に引き寄せ直した。




風邪をひいた日は





「…なあ。寒ぃよな、今日」

控え用に用意してもらったテントの下。
台本で動きとコンセプトの最終確認しながらぽつりと何気なく呟くと、いつも何だかんだある反応が、すぐに返ってこなかった。
ん?と思って後ろを振り返ると、イスに座っていた北斗と、お菓子を物色していた翔太がそろって俺を見ていた。
…ん?

「…? 何だ?」
「冬馬君、今寒いの?」

ペリペリ…と菓子の箱開けを再開しながら、翔太が言う。
何で二度言い直さなきゃなんねーんだ。

「だから、今言っただろ。寒くねえか?」
「あー。じゃあやっぱり気のせいじゃないんだ。途中からちょっと思ってたんだよねー」
「確かに。今日少し顔赤いよ、冬馬」
「あ?」
「それ熱あるんじゃない?」
「ね……うおっ」

言うが早く、席を立ったかと思ったら不意打ちで北斗が額に手を添えてきた。
そんなんで分かるもんなのかどうか分からねえが、割と短い間だけであっさりその手は離れ、かと思ったら右手の甲を、ぴたりと北斗が俺の右の首に添える。

「…やっぱり、少しありそうだな」
「プロデューサーさんに言ってくる?」
「俺が行くよ。翔太は、冬馬を見ていてくれ。何か温かいものを…」
「…って、オイ!」

そのまま速攻で離れたテントにいるプロデューサーの所へ行っちまいそうな勢いだったんで、ぱしっと反射的に北斗の手首を取った。
…体調不良で仕事が延期?
これだけの人数のスタッフでスケジュール組んでんのに、肝心の出演者が体調不良で撮影延期とか、有り得ねえだろ!

「大丈夫だって!大袈裟にすんじゃねーよ!ちょっと寒ぃよなって言っただけだろっ?」
「そうだな。…で、そんな冬馬の言動を見て、俺と翔太が"体調が悪いんじゃないか?"って思っただけだ。ただそれだけ。…大丈夫かどうかの判断は、俺たちの仕事じゃないだろ?」
「…っ」
「何事もなければそれでいいわけだし。意見が割れたのなら、客観的判断が欲しいところだからね」

するりと剥がした俺の手をぽんぽんと二度叩いてから、ウインクひとつ残して北斗が今度こそ歩いて行ってしまう。
…く…っそ!
思わず渋い顔をしていると、菓子食ってた翔太が、無言でべしべし自分の隣の席前のテーブルを叩く。
北斗が出ていった方を向いて舌打ちひとつしてから、どかりとそこに座った。

「食べる?」
「いんねーよ!つーかせめて食いかけじゃねえの寄こせ!」

食いかけを差し出され、翔太の腕ごと投げやりに押し返す。
北斗に言われたからか、珍しく翔太が腕を伸ばしてテーブルの端に置いてあるケトルを取って、紅茶を淹れてくれた。

「サンキュ」
「どういたしまして。お礼は今晩の夕食後のアイスでいいからね」
「自分で買えよ!」

いつもの調子で突っ込みつつ、もらった紙コップを受け取る。
"アイス"って単語を聞いた瞬間、何となくまた寒くなった気がしたが、受け取ったコップを包むと両手がじんわり温かくなって、それだけでほっとした。
いつもはそんな風に特別思わねえが、一口飲むと、紅茶の熱がそのまま体の内側を暖めてくれるみてえな感じだ。
はあ…と一息吐いて、カップを持ったままテーブルに両手を置く。

「…ったく、北斗の奴。いつもこの手のことには大袈裟なんだよ」
「でもねー、冬馬君。本当体調悪いんだと思うよ、その顔」
「悪くねーよ!寒ぃってだけだっ」
「車の中別に寒くなかったし、今も寒いって気温じゃないよ。…今朝からちょっと大人しかった気がするし、ほっぺた赤くて目が潤んでるよ? そんなんじゃ…」

横で頬杖着いてた翔太が、やけに上機嫌でにっと笑った。

「みんなが知ってる"格好いい天ヶ瀬冬馬"は無理かもね~」
「………あ?」

 

 

 

 

結局…。
プロデューサーの命令で、その日の俺の個撮りと三人撮りは翌日にされた…。
測ったら微熱だったし、スケジュールぐちゃぐちゃにしちまうくらいだったら、メイクで顔が赤いのくらい誤魔化してくれ!って頼んだが、翌日に予備日をもうけてあったこともあって、そんなに押してねーっていうのが分かり、すげえ申し訳ねえがお言葉に甘えさせてもらうことになった。
プロデューサーの付き添いで一人先に泊まるホテルの部屋に放り込まれ、水分を摂ることとひたすら寝ることを強いられちまった。
ホテルの人に言って加湿器を運び入れ、市販の風邪薬を飲まされて咳はねえけどマスクも渡される。
揃いも揃って大袈裟だと思ったが、昼を過ぎた辺りから気まぐれに測った体温が高くて、ぎくりとした。
こうなると、もう完全に俺が悪い。
…最悪だ。
情けねえ。
クソ。体調管理には自信があんのに…。

「ほーら。だから言ったじゃーん」
「大事になる前に休めてよかったじゃないか。予備日もあるし、大丈夫だよ。そんなに気にしなくてもさ」
「うるせーな!移るかもしんねーんだから出てけよ!!」

個撮りを終えた北斗と翔太が、ホテルに来て早々部屋にやってきて入り浸る。
結構いい部屋用意してもらえていてベッドが一人用にしては大きめのこともあり、俺が寝てるすぐ傍まで翔太はベッドに乗り上げてきてるし、北斗は足下の方に腰掛けて座ってやがる。
…こいつら。
移ってもしらねーからな!
額に冷却シート貼っちゃいるが、一時高かった熱はもう下がってきた。
まだ少し寒気とだるさが残ってはいるが…。

「明日までには絶対ェ体回復させて、何が何でも撮影に出てや――…ぶっ!」
「いーから寝なよ」

ぐっと右手を拳にして意気込んでるところ、翔太が横から布団を引っ張って鼻先まであげてくる。
座って何かやってた北斗が静かに立ち上がり、そのままベッド近くにある壁に、濡れたタオルを干したハンガーを引っかけた。

「加湿器はあるけれど、濡らしたタオルもここにかけておくよ。休む時は休まないとね。早めに気付けたし、休んだ分きっと明日目が覚めればよくなってるよ」
「そーそー。明日もそんな顔じゃ、お仕事になんないもんね~。そのまんまじゃ、明日も出禁だよ」
「…。…そんなにひでぇ顔してるのか?」

大人しく布団に収まりながら、こそこそと翔太に小声で聞いてみる。
現場でも似たようなこと言われた気がするし、よっぽど顔が赤いのかと思ったが、熱自体はもうそんなでもねーし、発疹とかクマが出ているわけでもねーし…。
翔太に聞いたつもりだがベッドの傍に立っていた北斗にも聞こえたらしく、軽い調子で反応が返ってくる。

「悪い意味じゃないさ。ただ、体調が悪かったりすると独特の雰囲気が出るから。…ねえ、翔太?」
「…何だそりゃ。独特の雰囲気?」
「そー。北斗君はそうでもないみたいだけど、僕、結構こういうの気になるんだよねー」

移るぞっつってんのに、ごろりと翔太がその場で布団の上に俯せに寝転がって頬杖を着く。
すぐ隣から覗き込むようにしながら、翔太がイタズラっぽい顔をする。

「僕と北斗君とプロデューサーさんにならいいけどさ、"そこそこ格好いい冬馬君"に戻れるまでは、他の人に会っちゃダメだからね」
「…はあ?」

翔太の言ってる意味が分からなくて眉を寄せる。
体調が悪くて他の人に会うの控えた方がいいのは分かるが、お前らにだって移る時は移っちまうんだから、会わない方がよくねーか…?
どういう意味なのかもやもや考えてはみたが、さっぱり分からねえ。
北斗が、小さく笑って軽く片手をあげた。

「紅茶淹れようか。フレーバーティのパックがあったから。それを飲んで、今夜はこのままゆっくり休むといいよ。最近は確かにスケジュールもシビアだったしね、疲れが出たんだろう」
「…僕、今夜は一緒に寝てあげようか?」
「何だその甘え顔!…だからっ!お前らにも移る可能性があるんだって!さっさと飲んで出てけ!!」
「あはははっ!こわーい、冬馬くーん!」

あからさまに撮影顔と甘えた声で聞いてくる翔太の顔を押しのけ声を張ると、面白そうに笑い出す。
喧しい見舞いに苛々したが、一人で寝込んでいる日中よりも北斗と翔太が来たことで確かに自分の中で活気が出た感じがした。
プロデューサーが様子を見に来てくれて、病院へ行くか行かないかという話にもなったが、もう一度熱を測って完全に平熱になっていたし顔色も随分よくなったって話で、病院沙汰にはならずに済んだ。
ほっと安心して、飲み終わった紅茶のカップを置いて、また横になる。
プロデューサー含め、三人は少し離れたテーブルセットで雑談をしているみてえだ。
気心知れている奴らがそこにいるっていう、それだけの小さなざわざわ感が心地良い。
すぅ…と息を吸うと、それだけで意識が薄らぐ。

「…」

そのまま、静かに目を伏せた。
最初に部屋に入ってきた時と比べて、体調はぐっとよくなった。
寒かった体も、今はそうでもない。
…明日はスタッフに謝罪して、遅れた個撮りを一発でこなしてから、三人の撮影も完璧に仕上げてみせるぜ!
心に誓ってから、また翌日の朝までたっぷり睡眠を取らせてもらった。



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風邪を引いてちょっと可愛くなっちゃう雰囲気。
“束縛家”は翔太君かなと思っています。
翔冬もいいですよね…絶対冬馬君が押されっぱなし。
2018.12.5





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