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「…………はぁ」

完全無意識だった。
ばたばたと足早にステージ裏の入り組んだ場所を移動している最中、ついついため息が出てしまった。
途端、数歩前を歩いていたみのりさんが、入り乱れるスタッフにぶつからないようにしながら俺の方を振り返る。

「きょーじ~?」
「ぁ、はい。…すみません」

反射的に謝ると、困ったようにくすりと笑って、みのりさんは再び前を向いた。
…ステージ前にため息。
確かに、アイドルとしてのプロ意識の欠如かもしれない。
油断しているわけじゃない。
今夜の為に、三人揃って念入りに調整してきた。その分時間もかけてきた。
だけど…。

「…」
「恭二、つかれてる?」

移動しながら、ピエールが俺の傍に寄ってきて心配そうに声をかけてくれた。
流石にピエールに心配されると焦るし、情けなくなってくる。
同じスケジュールをこなしているなら、体力のある俺よりもピエールの方が疲れが溜まっているに決まってる。
それを俺の方がため息ついて心配されるって…何だよって話だ。
軽く首を振って、ぎこちなく笑みを浮かべてみる。

「いや…。悪い、ピエール。大丈夫。少し緊張しているだけだ」

俺のため息が緊張だと説明すると、ピエールはぱっと笑顔になった。

「うん。ボクも、ちょっとどきどき。でも、それより、たのしい気持ち、いーっぱい!ファンのみんな、いっぱいいっぱいいた。だから、仲間、友達、たくさん。大丈夫、一緒に楽しい、なろうね!」
「ああ。そうだな」
「二人とも、急いで。早く、こっちだよ」

先頭を歩いていたみのりさんが、スタッフに誘導されて待ち場所へ入る。
ステージにある階段上に位置する入口から登場するため、所定の位置に入って出番を待つ。
ちょっとしたスペースだけど、近くに鏡があり、最終チェックもできるようになっていた。
ちらり…と自分の姿を一瞥し、移動の間に少し絡まってしまったらしい肩部分のエポレットを指先でばらけさせる。
ふとその白手袋で覆われている指先に目が行って、一拍おいてまた鏡に映る自分を、何処か他人事で見る。

「…」

当然だけど、毎回毎回同じ衣装ではない。
今日は今日で赤と緑メインの、しかしやっぱりどことなく王子風衣装…。
流石に慣れてきたが、正直なところ、未だに似合っているとは思えない。
ピエールやみのりさんくらいそれっぽく振る舞えるならともかく…。

「ピエール。おいでー」

ステージ上では、俺たちの前のソロシンガーが暗がりの中のスポットライトで歌っていた。
そんな中小声でピエールを呼ぶと、みのりさんはその場に屈んでピエールの衣装の金具を両手で持ち、マントの位置とリボンを整えていく。

「…うん!今日のピエールとカエールも、すごく可愛いね!衣装もバッチリ似合ってる。二人のキュートなところ、俺にもたっぷり見せてね」
「ありがとう!みのりも、すごくカッコイイ!ボク、がんばる!一緒に笑顔、いっぱしようね!」
「ね♪」

にこっと笑い合うと、みのりさんが屈めていた体を直し、次は俺の方へ寄ってきた。
当たり前みたいに両手を伸ばして、俺のスカーフを整えてくれる。
最初の頃はぎくりとしていたこの行為も、いつの間にか当たり前みたいになっていて、俺は俺で無意識に顎を上げてその指を受け入れていた。
もはや一種のルーティンと化しているこれ自体、考えたらすごい親密さだよな。
大丈夫なのかと、今更心の片隅で考える。

「恭二もね。…うん。今日もすごく格好いいよ。やっぱり恭二はピッとした服が似合うな~」
「ありがとうございます。…みのりさんも。何ていうかその……ハマって、ます」
「ん? ありがと。…だから、ため息はステージ終わった後。疲れているのは分かるけど、ね?」
「…すみません」
「ふふ」

バツが悪く目線を泳がせる俺を小さく笑い、みのりさんが俺のスカーフを上から下に一撫でする。

「今夜は恭二が一番格好いいってこと、ちゃーんと俺に見せてね」
「…」
「家で録画してあるから!可能ならカメラに向けてウインクしてねっ、ウインク!」
「え、いや…。難しいっす…」

ぐっと親指を立てつつ、ぱちん、と音が聞こえてきそうなくらいみのりさんが悪戯っぽい微笑みの中で俺にウインクする。
たったそれだけだけど、言葉にない含みを持たせたそれに緊張も疲れも和らいでいくんだから、俺とか簡単な奴だなと思う。
…本当、ウインク上手いよな。
鏡の前で練習した努力の賜ってだけあって、見ている方も楽しい気持ちになるくらい、綺麗で、どことなく可愛さもある。
…。
カメラにウインク…か。
できるか…?
失敗すると凄まじく顔が崩れるんだよな、ウインク…。

「ハイ、Beitさーん!スタンバイお願いしまーす!!」

考えている間に呼ばれてしまった。
スタッフの合図で、最後に三人でいつものように手を重ね、気合いを入れてからステージに立つ為の所定の位置に着く。

12月24日、夜。
世間一般でいうクリスマスイブ。
今日と明日を第一山場とし、年末年始にかけて、ここから怒濤のスケジュールが始まる。


二日遅れのクリスマス




「はあ…。終わった…」

ホテルのロビーにあるソファの一つに腰を下ろして、今度こそ遠慮無くため息を吐く。
ピエールを部屋まで送り、一回まで戻って来た所だ。
クリスマスイブから始まったカレンダーは、主に歌番組の仕事が多くて昨日今日と凄まじい速度で過ぎ去った。
だが、二日間何とか乗り切ったし、今夜の仕事が終わって事務所で簡単か乾杯をして、これでも今夜の……じゃないな。もう時間的には翌日だから……昨日?の仕事は終わりだ。
ポケットからスマホを取りだしてスケジュールを開く。
ここからまた忙しくなるが、クリスマス翌日の26日…今日だけは休みをもらえた。
ちらちらと耳に入って来る話だと、この業界じゃ12月中旬から翌1月半ばまでは殆ど休み無しって人もいるらしい。
スタッフたちの話じゃ、最近忙しくなってきた俺たちのレベルだと、逆に休みがあるのが信じられないって感じだった。
そんな中で、ちゃんとこうして一日でも休みをもらえるのはありがたい話なのだろう。
山村さんとプロデューサーは…あとあの熱血社長とかもだが…ウチのプロダクションは、何だか儲けは二の次で、俺らに無理させないようにが第一みたいに感じる。
バイト経験がある俺からしたら、それは逆に会社としてどうなんだろうと思わなくもない。
…まあ、そういう考えだからこそ、利益が着いてくるのかもしれないな。
無理して大穴空くよりは、きっとそっちの方がいいんだろう。

「恭二ー。おまたせ!」

車に荷物を取りに行っていたみのりさんが、正面玄関から戻ってくる。
片手に大きなデパートの紙袋を下げていて、それを見て俺も立ち上がった。

「ありがとうございます、みのりさん。プレゼントの買い出し。やらせちゃって…」
「ううん、俺がこういうの大好きだしね。…さ、フロントへ行こう?」
「はい。…何買ったんすか?」
「たこ焼き&たい焼き屋さんセット~。子供向けのちょっと簡単なオモチャのやつだけど、でもちゃんと作れるみたいだったよ」
「へえ…」

そんな会話をしながらホテルのフロントへ向かうと、そこにいるホテルマンに荷物を差し出した。
みのりさんがぱっと笑顔で言う。

「すみませーん。××室に、2時になったらケーキセットのルームサービスを持っていってください。あと、このプレゼントも一緒にお願いします♪」

 

 

 

プレゼントをホテルマンに任せ、俺とみのりさんはピエールの宿泊しているホテルを出た。
クリスマスイブとクリスマス当日は、アイドルなんていう仕事を始めてから、寧ろ行事ではなく100%仕事の日になった。
"サンタクロース"の存在を最近まで知らなくて憧れているピエールは、驚くことにどこかその存在を信じている節がある。
24日の夜なんて、どうしても真夜中の二時三時まで殆ど起きているようなスケジュールだから、いつだって「早く休まなきゃ」という雰囲気でゆっくりしている暇なんてない。
ようやく明日が休みの今夜、一日遅れでサプライズプレゼントを贈ろうと提案してくれたのはみのりさんだ。
流石に客が寝ている間にホテルの従業員が部屋に忍び込んでプレゼントを置くなんてことはできないだろうからピエールが起きている間になるが、それでも俺たちが帰った後に時間差でプレゼントが届けばサプライズになると思う。

「はあ~っ。寒いねー!」

珍しいことだが、今夜はタクシーがホテル前に一台も停まっていなかった。
タクシーを待っている間、みのりさんが両手を口の前に添えて、はーと息を吐く。
冷えた夜気に、みのりさんの吐いた息が白という色を得て、横に流れていく。
自分も同じはずなのに、何故かそれをきれいだなと思う。
何となく、ぼーっとしてしまう。

「ホントっすね…」
「ライブお疲れ様、恭二」
「あ、はい…。みのりさんも」
「今ならいっぱいため息ついていいんだよー?」
「さっき思いっきりついてました。…でかいやつ」
「あははっ。…ピエール、プレゼント喜んでくれるといいな~」
「喜ぶだろ。すぐ電話がかかってきそうっすよね」
「時間まではもう少しあるけどね」
「…」

そんな他愛もない会話が終わり、少しの間沈黙になる。
…。
さて…。
どうしようか。
ロータリー中央の、イルミネーションで彩られた植木なんかを適当に見ながら、上着の右ポケットの中を探る。
…。

「ねえ、恭二」
「…!」

急に呼ばれて、思わずビクッと反応してしまった。
俺の肩が震えたことに気付いたみのりさんが、小さく笑う。

「ごめんごめん。急に声かけちゃった?」
「あ、いや。すみません。ぼーっとしてて…。…何すか?」
「あのさ、今日って別々に帰る?」
「……え?」
「ん?」

にこにこと、何の後ろめたさもなく見上げられ、一瞬固まる。
それが何の誘いなのかは分かりきっているからだ。
ふわっと胸の中が解れ、さっそく疲れが吹っ飛んでいくが、一方で"やられた"という悔しさも出てくる。
…くそ。
また先に言われた。
忙しいし疲れの溜まっているこのタイミングで声をかけていいものかどうか、迷っていたにせよ、まず俺から言うべきだった。
言って、疲れてるから無理とか言われたらじゃあまた後で…でいいはずなのに、上手く誘いすらかけることもできない自分が相当情けない。
片手を緩く拳にして、それを口元に添えながらしどろもどろで返す。

「……いいんすか?」
「ってことは、OKだ!」

両手をぱっと左右で開いて、みのりさんがあっけらかんと笑顔を浮かべる。

「やー。もーさー、疲れてるなら無理はさせられないんだけど、ちょっと恭二成分を補充しないと、俺もここからのスケジュールに耐えられないかもしれないからさ」
「そ…っすよね……。その、…俺も、です」
「おっと。恭二も? あはは。それは嬉しいな~。同じ気持ちだったんだね。でも、最後まではできないよね。明日俺が声がらがらだったら困っちゃうもんな~。恭二、結構夜は強気だからな~」
「ぇ…、そ…。……そうすか?」
「うん!だがそこがイイ!!」
「…」

パン!とみのりさんが両手を合わせて満面の笑みになる。
たぶん褒めてるとは思うが、その返答には当然焦る。
…強気?
え、強引になってるか、俺…。
思わず右手を緩く拳にして、口元に添えた。
確かに途中から夢中になって時計見えなくなる時はあるが…。
鬱々と考え出した矢先、みのりさんにドンッと背中を叩かれ、ビックリする。

「ウソウソ、冗談!」
「え…」
「恭二いつも優しいから、声嗄れるなんて滅多にないけど、それでも避けた方がいいよねって話。万全でお仕事はしないとね。…けど、ちょっとだけベタベタくらいいいよね?」
「…」

…可愛い。
ふにゃふにゃ笑う笑顔とストレートな物言いに、ぐっと胸が熱くなる。
そこは俺も分かってる。
分かっているけど、本当は最後まで抱きたい。
けど言う通りそれじゃ仕事に差し障りがでるから今日は無理だが、終わったら是非甘えさせてくれ、何なら日にちを決めておきたい、最終日どうですか、俺と過ごしませんか……とか。
伝えたい言葉も感情も、たくさんあるんだ。
だがどうやって返していいものかと迷って、結局「それじゃ…お言葉に甘えて」とか、全く気の利かない返答しかできなくなる。
完全受け身って…どうなんだ。
口下手な性分は自覚している。
直そうと努力してきたし、努力しているつもりだ。けど、上手くいかない。
だから、自分の気持ちを上手く表現できる人に会うと、焦る。
曇り無く真っ直ぐに気持ちを伝えるピエールや、それに、みのりさんのような…。

 

 

お互い気持ちは同じだと思ってる。
みのりさんのことを信じていないわけじゃないし、この人は大人だから、俺のことをよく見ていて、たぶん、俺が思っている以上に俺のことを見透かしているんじゃないかと思う。
だから、例え俺が上手く言葉にできなかったり、愛情表現が少なかったり遅かったり、いつも夜の誘いも後手後手に回っているとしても、たぶん大丈夫…だとは思う。
だが…。

「そこは何とかしろよって話だよな…」

はあ…と、シーツに片頬杖を着いて再度ため息を吐いた。
殆ど朝方のベッドルーム。
小さな常夜灯の明かりの中、隣に眠るみのりさんを何となく見詰めていて自己嫌悪に陥る。
いつも髪を束ねているけれど、シャワーを浴びた後、夜は当然下ろしている。
シーツに流れている髪は綺麗だ。
洗ったばかりの髪や体は、いい香りがする。
こうやってふと夜に起きたりすると、いつもこっち側を向いて寝ていてくれて…それが俺的にかなりクる。
綺麗で男気があって穏やかで、ノリがよくて締めるところは締める。
さっぱりしている一方でかなり甘えたがりな方だと思うし、けど相手は選んでいて、しかもそれは俺の反応を見ていて、その方が俺が動きやすいと分かっているからな気がする。
…。
大人だよな…そりゃ。
きっと経験が違う。
特に、俺なんか恋愛経験自体も少ない。
家のこともあって、親しいはずの家族であれなのだから、まして他人を信頼したり愛し合うなんてずっと無理だと思っていた。
いや、無理ではない、できるだろうけれど…何て言うんだろうな、人生の宿題だからやっておかなくちゃいけない程度のものだと思っていた。
一部の人を除いて人間不信だった時間も長いし……だから、本当にこうして心から好きになったのは、俺にとってはこの人だけだ。
だけどそれを上手く伝えられない。

「…」

ベッドから腕を伸ばして、ベッド横にまとめておいてある服の山から、自分のアウターを掴み上げる。
隣を起こさないように気を遣いながら、ポケットから小さな袋を取りだした。
…何てことは無い。
駅前ビルの中にあるアクセサリーショップで売っていた、ちょっとしたブレスレットだ。
ピエールにサプライズでプレゼントを渡そうと決めた日から、俺からもみのりさんに何かあげたいと思って…けど、結局こうして渡せず仕舞いで夜が終わってしまう。
いつもそうだ。
伝えたい気持ちのまとめ方、伝えるタイミングの取り方、言葉の選び方、または言葉自体の量…。
どれもこれも、俺が一番ヘタだ。
自分が疎ましい。

「…」

ふいと視線だけで隣を探る。
すやすやと寝ているみのりさんは、一度寝るとなかなか途中では起きない。
それを知っているから、もう一度ため息を吐いてから、折角買ったプレゼントの袋を自分で開けた。
チャリ…と小さな金属音を奏で、銀色のブレスレットが出てくる。
掌にそれを落とすと、もう一度ため息を吐いてから、そっと布団の中で身を寄せて投げ出されているみのりさんの左手の手首に取り付けた。
薄暗い中でも、金属は微かな光を集めて輝いてみえる。
みのりさんに似合っていると思う。
だからその分、ますます自己嫌悪に陥る。

「……情けないな」

本当は、プレゼントを渡して、いつものお礼とお疲れ様でしたを伝えて、今夜は俺の傍にいてほしいと言いたかった。
それで絶対に喜んでくれるという確信があった。
みのりさんはそういうの絶対好きだから。
だが、現実は上手くいかない。
やろう、やりたい…と思っていてできないっていうのは、単純に俺が不出来なんだと思う。
前々から思ってはいたが……俺ってどちらかというと、ヘタレに属するんだろうな。
兄貴なら、きっともっとスマートに――。

「…」

頭が兄貴とみのりさんのやり取りをイメージしそうになって、ぶんっと強く一度だけ頭を振った。
…盗られてたまるか。
だがそれだけは絶対に許せない。想像するのも嫌だ。
勝手な想像をしてムカムカしてくる気持ちも、みのりさんの寝顔を見ているとすぐに和らいだ。
思えば、今まで酷く疲れていたり落ち込んでいる時、誰かに会いたくなるなんて思いもしなかった。
疲れていたり気落ちしている時は、とにかく一人になりたくて、使用人を下げさせて部屋に飛び込んで、頭を抱えるばかりで誰とも会いたくなかった。
…けれど、好きな人ができると、こんなに違う。
疲れている時、落ち込んでいる時、一番にこの人に会いたいと思う。会って抱き締めたい。
体を低くして、ブレスレットを取り付けた力ない手を取る。
そのまま、みのりさんへそっと顔を寄せた。

「……おやすみなさい」

小さな声で告げて、耳の少し上…こめかみにキスをする。
この人の寝顔が見たくて、一緒に寝る時はすっかり寝付きが遅くなった。
片腕を浮かせて長い髪を二回くらい梳いてから、俺も肘を着くのを止めて横になる。
…自分が嬉しいから、みのりさんも少なからずそういう思っている可能性がなきにしもあらずと考えて、俺もみのりさんの方へ体を向け、ゆっくり目を閉じた。

 

 

朝が来たのだろう。
ふ…と自分の意識が浮いたのが分かった。
寝起きのせいでひたすら無心状態のまま、口元まで被っている布団の上で、ぼぉっと目を開ける。
天井と照明が見えた。
俺の部屋のものじゃないが、見慣れているから違和感がない。
…と。

「…あ、起きた?」
「……」

隣から、耳に優しい声が入ってくる。
その声に誘われるように少し首と視線を動かすと、みのりさんがこっちを見ていた。
シーツに両肘を着いて、俺を斜め上から覗き込むようにしている。
自分一人で寝た時には感じない、ふわんと甘い他人の匂いが鼻腔を擽る。
…珍し。
先に起きたのか。
殆ど反射的にぼんやりそんなことを思った後から、じわじわと寝起きの意識が追いついてくる。

「おはよう、恭二」
「…ああ。…おはようございます。……早いっすね、今日」
「たまにはね。ところで…ねっ、これ!」

横たわったまま片腕を布団から出して、ごしごし目元を擦りながら何とか答えていると、ずいっといきなり目の前にみのりさんが片腕を突き出してきた。
昨晩手に付けたブレスレットが、ぶらりと俺の目の前に垂れる。

「俺のところにサンタさんが来たみたい!」
「…」

サンタさんと来たか…。
嬉しそうにブレスレットを引き寄せる笑顔は見ていてかなり嬉しいが、サンタ発言は俺の予想の斜め上で、流石にちょっと苦笑してしまった。

「正確には、サンタさんの使いかな?」
「…そっちだろうな、きっと」
「ふふ。起きたら知らないブレスレットしてるから、ビックリしちゃった。…これ、俺にくれるの?」
「ああ。クリスマスプレゼントに…。……すみません、遅くなって。本当は、昨日のうちに渡そうとし――」

昨晩感じた情けなさを思い出しながらぼそぼそと言い訳している俺に影が落ち、不意にキスが来る。
驚いたけど、応える以外の選択肢はないから、みのりさんに合わせて俺も目を閉じた。
朝起きてすぐの、少し粘度の高いキスを交わして唇を離す。
顔を話すと、みのりさんはいつも以上にふわふわした機嫌のいい顔をしていたから、疑問符が浮いた。
みのりさんにも俺の疑問符が見えたみたいで、笑われてしまう。

「恭二~。いい子だなー!」
「え…。…わ」

片腕を向けられたかと思うと、ぐしゃぐしゃと頭を…撫でるというよりは、鷲掴まれて髪を乱される。
嫌というわけじゃないが、ちょっと止めてもらおうとみのりさんの手首を掴もうと思ったら、それより先に指先は離れ、近距離にあった体も離れてしまった。
反射的にみのりさんを追って、のろのろと上半身を起こす。
俺から離れ、みのりさんはベッドに付いている小さな引き出しに手を伸ばし、そこを引いた。
中には俺が買ったブレスレットと同じ程度の大きさの、小さな箱が入っていた。

「俺もサンタさんやるつもりだったけど、ついつい寝ちゃった。恭二いつまでも起きてるからさぁ」
「…それ」
「うん。俺も恭二にプレゼント!…はいっ、二日遅れだけど、メリークリスマス!」
「ぁ…。ありがとうございます…」

プレゼント…俺にも用意していてくれたのか。
照れくさく受け取る一方で、"メリークリスマス"言い忘れた…と、ここでまた軽く後悔する。
包みを両手で持ってじっと見詰める俺に、みのりさんが身を寄せてくる。

「嬉しい?」
「ああ。…ちょっと驚いた」
「サプライズにはなったかなー? ね、開けてみて」
「あ、はい…」

綺麗に包装されている袋を開けようと、裏返してテープを剥がしにかかる。
俺の手元を覗いていたみのりさんが、面白そうにべしっと俺の肩を叩いた。

「丁寧だなーっ。俺、同じものもらったらビリビリに破いちゃうな」
「え…。そうか? でも、折角綺麗に包まれてるんだし…」

そんな会話をしながら包みを剥がし、箱を開ける。
中には、皮細工がくっついているシルバーのチェーンが入っていた。
俺の贈ったものと似ているけど…多分これはブレスレットとか、そういうのじゃなさそうだ。
ゆっくりと片手で、中に入っているそれを取る。
…格好いいな。
自分じゃたぶん買わないような、シュッとしたデザインの短めのシルバーチェーンだ。
格好いい。
けど、それ以上に、単純に嬉しい。

「…キーホルダーみたいな?」
「そう。バッグとかパンツの横に付けてね。気に入った?」
「ああ。ありがとうございます」
「ふふ」
「…」

釣られて、俺も少し微笑んだ。
もう一度俺に笑いかけてから、みのりさんがピッと人差し指を立てる。

「本当はね、俺も考えたんだよ、ブレスレット。いいのがあったからさ。けど、恭二はアクセサリーあんまり付けてないし、付けない方がいいよなと思ってさ」
「別に嫌いってわけじゃないっすけど…」
「ううんっ、付けない方がいい!恭二は"アクセなしで格好いいアイドル"だから!」
「…何すか、それ」
「そういうジャンルがあるんだよ!」
「はあ…」

ジャンル…?
よく分からないが、またみのりさんのアイドル論っぽいので、放置で。
長くならないうちに、話の路線を戻しておく。

「ちょっとお揃いみたいだな」
「だねぇ。価値観似てるのかもね、俺たち」
「…。その…本当に、嬉しいっす」
「ん? …ふふ、俺も。ありがとう、恭二」

チェーンをぎゅっと片手で握ると、みのりさんが嬉しそうに笑ってブレスレットに片手を添えた。
…妙だなと思う。
みのりさんが嬉しいと俺が嬉しくなるのは好きだからで当然としても、俺が嬉しく思えばこの人も嬉しく感じるということが、不思議でならない。
…いや、頭では分かってる。
ちゃんと双方向になっているから、そういう現象が起こるんだろう。
そんな夢みたいな理想が通じるんだから、もちろん悪い意味じゃないけれど、どうかしているなと思う。
アイドルとして、最近Beitの知名度も上がってきた。
多少忙しくなって疲れはするが、忙しいことは善いことだ。
疲れてたって多忙だって、仕事の間は、約束なんてしなくても…特別に誘わなくても、ピエールも含めて、ずっと一緒にいられる。
掲げていた腕を下げて、みのりさんがパチンと得意のウインクをした。

「スケジュールいっぱいで確かにちょっと大変だけど、俺は恭二とピエールが一緒にいてくれるから、毎日楽しいし安心して過ごせてるよ。だから、恭二もそうだといいな。ファンやプロデューサー、俺たちを求めてくれる人たちの為に、一緒にもうちょっと頑張ろう。どーしても疲れちゃったら、こっそり俺に甘えていいからさ。俺もそうするしね」
「…」
「お…?」

ぐいっと、みのりさんの腕を掴んで引き寄せる。
そのまま巻き込んでばたりと横に倒れると、俺の腕の中に収まったまま、みのりさんがまた嬉しそうに笑ってくれる。
…頑張ろ。
決して仕事が嫌なわけじゃない。寧ろ楽しい。
だが、どうしたって体力には限界がある。
もう少し詳しく言い訳じみて言ってしまえば、仕事が嫌にも色々あって…何が嫌って、自分が自覚なく疲れてきて、パフォーマンスがちょっとでも下がるのが嫌なんだ。
そんなことはしたくないが、ともすれば休みたくなってしまう自分が、どうしてもでてくる。
けど、こうして…疲れている時に、休めば?ではなく、まず"もう少し一緒に頑張ろう"と言ってくれる人が傍にいる。
この人が好きだ。
…寝起きの、冷たいような温かいような体温を腕に抱いて、鼻先をみのりさんの髪に埋めた。
みのりさんが擽ったそうに身を捩る。
嫌がっているわけじゃないし、邪魔なわけじゃない。
こういうの、好きなはずだ。

「あはは。早速甘えてみる?」
「…少し」
「はいはい、いいよ~。でもこれ、やりたくなっちゃうなー」

それは俺も右に同じだ。朝だし。
髪に埋めていた顔を離し、人差し指の背でみのりさんの頬を撫でる。
悪戯っぽく顔を上げてくれた彼の顎にその指の背を添えて、顔を寄せた。
…口下手な性分は自覚している。
だからその分、気持ちを込めてキスを交わした。
少しでも伝わればいいと思う。

 

 

ちょっと苦しくなってきた頃、長いキスを終える。
目が合うと、みのりさんが両手の指を合わせてふにゃふにゃと可愛い顔で笑った。

「――で さ、恭二。恭二さえよかったら、もう日にち決めちゃわない? 正月ライブの終了日とか、お泊まりどうかなー?」
「…」

そしてまた先を越される…。
は…っと思わず笑ってしまった。
ああ、もう…――いや、これでいいのか。
また小さく笑って目を伏せ、腕をきつくした。



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Beit小説としては二回目のクリスマス話。
恭みのは甘くにしかなりませんね。そこが幸せ。
主導権はみのりさんが恭二さんに“持たせてあげてる”が好きです(笑)
2018.1.8





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