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「はあ~…。涼君、相変わらずめっちゃ可愛いっ!」

そんな色めき立った声をふと聞いてしまって、ぱっとそっちの方へ顔を向けた。
ワシの視線の先には三人のスタッフが立っとって、ヘアメイク担当の若めの女の人が両手を頬に添えてうっとりと更に向こう側にある老朽した洋館へと視線を送っている。
PVの舞台となっとる洋館は、廃墟は廃墟でも妙にいい廃れ方をしとって、どっちかといえば廃墟というより、時を経た神殿っちゅー感じじゃ。
今回のドラマ主題歌の雰囲気にぴったりじゃし、この撮影所と主題歌にぴったりな繊細な白い服を着た涼と先生が、太陽の光が差し込む庭の端に座って何か話しとる。
今は休憩時間。
ワシもさっきまでそこにおったが、飲みものをもらいにこっち側に来たところじゃった。

「今回の衣装ホント似合ってるよね~。性別公開しちゃったから結構普通に男子服になっちゃったけど、今回くらいのだったら、メンズでパンツでも十分可愛いわ~!細身で体毛生えない男の子だとさ、ロリ顔じゃないシュッとした感じの女性的美人になるんだよね。あの小顔と大きな目、丸くない形の綺麗な顎とか、控えめな言動に鎖骨と白い首とか細い足とか、体つきはやっぱり男子の方が余分な肉なくてスレンダーだなぁ…。あと趣味のあれこれの女子力が完璧!…あ~っ、可愛い。あの顔メイクしてる瞬間が、すっごく幸せなんだよね~!」
「ちょっと。可愛い禁止だからね。冗談気味に笑ってくれるけど、涼ちゃんソコ結構気にしてるんだから。知ってるでしょ?」

彼女の隣に立っていたもう一人の女の人が、こつんと肘で小突く。
うむうむ…と腕を組んで目を伏せて、無自覚にワシも頷いた。
そうじゃそうじゃ、言ってやれ言ってやれ。
涼は「可愛い」って言われるたび、気にしとるんじゃぞ。
ついついワシも言ってしまうんじゃが…気を付けんとな。
もう一人傍で立ってた男も、仲間の二人の話を聞いてぼんやりと会話に入っていく。

「けど、確かに今回は女性的ってわけでもないけど、かといって男男してるのが求められているわけじゃないし、"少年的透明感と美麗さ"が目指す所だろうだから、涼君はやっぱ引き立つよな。儚い色香があるくらいでいいんじゃないか? あれも彼の魅力だろうから」
「色香って言えば、九十九君がやばいセクシーだよね、今回…」
「うんうん。涼君と並んでると恋人同士みたい。仲いいしね~。付き合ってても驚かない!」
「いやいや…。それはないでしょー」
「けど、涼ちゃん確か学校ですげーモテるって話だろ?」
「そりゃモテるでしょ。寧ろモテないとかあるの?」
「いや、男子校だからな?」
「えっ…!」「マジ!?」

男の話を聞いて、女の人二人がびくっと大袈裟に身を引いた。
…ほぉ。
そーなんか、涼。
そう言えば、あんまり学校の話せんからな。
…しかし、何でそこ驚くんじゃろ。
男子校でモテる……ええことと違うんじゃろか。
人気者っちゅーことじゃろ?
ペットボトル三本片腕に抱えたまま、顎に片手を添えて考え込んどると、女の人の片方が妙に感心したように息を吐いた。

「はー…。やっぱそういうのあるんだねぇー…。けど、あれくらい整ってていい子だったら、アリってのは分かるわ。そこらの女子より普通に可愛いし、恋人にしたくなる気持ちも分かる…」
「…!?」

しみじみ呟かれた言葉に、背後のワシがぎょっとする。
…は?
それはアレか、人気者っちゅー意味でモテとるじゃなく、普通に"モテる"の意味で使われとったんか!?
今の話は、そーゆーことなんか!
そりゃ、涼はできた男じゃし女子のフリできるくらい顔立ちもええから人気者じゃろうけど、その集まってくる中に邪な考えを持った輩がいるとなると途端に危険度急上昇じゃ。

「あれ~? 確かアンタも男子校じゃなかった?」
「俺はそっちじゃねーから」
「そもそも、男の園でモテるにはフェイスクオリティも足りてないでしょ」
「はー? どの顔が言ってんスかー? 女の園でモテてから言ってくださいー」
「うわ、アンタ女にそれとか最低!」
「お疲れ様じゃー!」

立ち話を続ける三人の横を、ボトルを抱えたまま急ぎ足で戻ることにした。


花の隣




撮影場所の端に用意してもらってる簡易イスに座ってた涼と先生の所へ戻って、ボトルを手渡す。
三人で円状に座りながらさっき聞いてきた話をそれとなくすると、涼が飲んでいた水を喉に詰まらせた……が、何とか吹き出すことは耐えたようじゃった。
衣装が汚すわけにもいかんしの。
口に入っていた液体を呑み込んだ後で、ごほごほ咳き込んでから手の甲でグロスが落ちない程度に口にハンカチを添えながら声を張る。

「もーっ!大吾くんが、妙な話聞いてきたあー!」
「すまん!耳に入ってきたし、つい気になってしまってのー。涼がモテるのは分かるんじゃが、そういう意味でモテとるとは思わんかったんじゃ」
「知らなくてよかったよ!」
「…だが、冷静に考えれば女性の姿をして違和感がなかったのだから、男子校では目立った存在だったと考えて普通だろう」
「うっ…」
「うーむ…。ワシも、真に受けて涼は女子だと思ぅとったクチじゃからのー…」
「女性として見られていることがあったということは、女性として認識されていたということだ。…だとしたら、同性から告白を受けていたとしても、そこまで不思議な話じゃない」
「ぎゃおおおんっ!」
「りょ、涼…!男は中身じゃ!!」

先生が正直過ぎて、両手で顔を覆って叫き出す涼にフォローを入れる。
そうじゃ、男は中身じゃ!
外見なんて関係ない!中身が男らしければそれでいいんじゃ!
涼の中身はガッツがあるし努力家じゃし周りに目ぇ行き届いとるし、正直じゃし真面目じゃし、美形じゃし優しいし癒やし系じゃし料理も掃除もお菓子作りもうまいし…。
…。
…いや!後半の良い点は何も女子のもんだけってことじゃないはずじゃ。
それらは美点じゃから、男が持っとってもええはず!
ぶんぶんと一人首を振ったワシを一瞥してから、先生が改めて涼へ向く。

「…だが、今は落ち着いているんだろう?」
「ぐっ…!」

先生の、たぶんフォローのつもりでかけた一言に、涼がビシリと固まる。
その反応に、ワシと先生がぱちりと瞬いた。
…まさか。

「もしかして涼、今も男に告白されたりしとるんか!?」
「大吾くん…っ!しーっ、しーっ!」
「…!」

思わず大声で言ってしまったワシに身を乗り出して、涼が口の前に人差し指を立てる。
必死な様子に慌ててすぐさま片手で口を押さえた。
反射的に周囲を見回すが、幸いスタッフさんたちは控えのテントの方にいる奴が殆どで、この辺りにいるのはどうやらワシらだけのようじゃ。
ほっと肩を落として、改めて涼を向く。

「悪い…。考えなしじゃった」
「ううん…。まあ、本当のことだし…」

ワシよりももっと肩を落として、涼が合わせた両手の先を座っている足の間に挟んだ。
落胆した様子で背中を丸める。

「女装していた頃と比べるとちょっとは男らしくなれたかなって思ってるんだけど…。何だろう、何だか、僕の思いとは裏腹に、返ってそういう機会に見舞われる回数が増えたような気がしなくも…」
「はぁ~…そーじゃったか…。けど、不思議じゃなぁ。それって、涼が男じゃって分かってからの方が、言われる回数が増えたっちゅーことじゃろ? 普通は、女の格好しとった時の方が多いもんで、男じゃー分かったら減るもんと違うんか?」
「色々な要素はあると思うが…。涼の場合は、おそらく親しみやすいんだろう。女性に求める可愛らしさと男性に対する声のかけやすさ、両方を兼ね備えているんだ。…人格の善し悪しに、さした男女差はない。入り口が入りやすい分、涼はそういったことを言い出しやすい相手なんだと思う…」

先生が片手を顎に添えて、冷静に分析する。
確かに、言われると尤もじゃ。
女性アイドルとして活動していた頃の姿を知っとるから、可愛い姿は知っとるし、その一方で男だと分かれば、声はかけやすい。
例えば、涼が本当に女だった場合、声をかけられないとまではいかんが、こんな風にざっくばらんに話し合ったり、一緒にゲームやらんかと誘ったりはできんかったかもしれん。
改めて涼を見ても、やっぱりかわいいと思う。
ワシなんかは涼の性格も知っとるから、見た目がいいのは涼の長所の一つってだけじゃと思うが、性格を知らなくても外見だけで目を惹くからのぅ。
両腕を組み、思わず呻った。

「そうじゃなぁ…。確かに涼はかわいいからのー」
「可愛いって言わないでってばー!」

…とかって一所懸命主張する所もかわいい。
が、気分悪くさせてしまってはよくないんで、片手でスマンとすぐに謝っておく。
悪いと分かっていても、ついつい言ってしまうくらいに、涼はかわいい。
うーむ…。
ワシも割と男臭い中で育ったからのー。
ああいう男の集団の中に涼を泳がせておくのは、実際心許ないのぉ…。
寮生活なんで夜は一緒じゃが、流石に学校の様子は分からん。
大丈夫なんじゃろか…。
もしも、ワシの学校に涼みたいなクラスメイトがいたらと考えると……うん。一先ず友達になりに動くのー。
気のいい奴じゃと分かって一緒にいる時間が全く苦でないとなると、涼なら恋人にしたいと思う気持ちも分からなくはない。
しかも、たぶん涼はこっぴどく相手を振れないじゃろうことが目に見えとる。
振られるにしても種類があるじゃろう。
ボロクソに言わんじゃろうと予想がつくだけで、突っ込んでいきやすい…か。
じわじわと本気で心配になってきていると、ワシと同じじゃったか、先生が尋ねた。

「…涼。それは、どの程度困っているんだ」
「え…。ど、どの程度…?」
「そうじゃそうじゃ。そこじゃな。声をかけられすぎて困っているくらいじゃったら、ちょっと迷惑じゃなーって話ですむが、例えばじゃ、人気の無い教室に呼び出されて身の危険を感じるとか…」
「う…」
「…いつの間にか、飲みかけのボトルや着替えがなくなっているとか…」
「え? …あ、そういえばなくなる。…え? 何で分かるんですか、一希さん」
「…」「…」

ワシの例え話には露骨にぎくりとし、先生の例え話には意外そうな顔で瞬く。
その様子を見て、ワシと先生が顔を合わせて眉を寄せた。
涼…。
何で男子校なんぞ選んでしもーたんじゃろ。
よく今まで無事じゃな…。
…いや、果たして本当に無事なんか?
ひょっとして、ワシらに言わんだけで、今までも嫌なことがたくさんあったんじゃろうか…。

「…。対策を練ろう」

悪い予想にもやもやしているワシと疑問符を浮かべている涼に、先生が告げる。

「告白自体は、悪いことではない…。同性間の愛情を否定するわけでもない…。だが、涼がそれに対してストレスを感じているというのならば、おれたちはそれが軽減するよう、共に考えるべきだと思う…」
「そうじゃそうじゃ!」

先生の言う通りじゃ!
思わず片手で拳を作って、ビュッと前に打ち出した。
流石、先生。
もやもやしとる気持ちの出口を、一気に行動に繋げてくれた。見事なもんじゃ。
ワシらの反応に、涼が嬉しそうに両手を組む。

「一希さん、大吾くん…。うう、ありがとう…!」
「何言うちょる。礼は早すぎるじゃろ」
「ああ…。軽減できるかどうかは分からない。結果が出ないことには…」
「うん…。だから、今の"ありがとう"は二人が僕のことをこうやって真剣に考えてくれていることに対しての、お礼だよ」
「…!」

照れくさそうに控えめに笑いながら言う涼に、ワシも先生もぐっと胸が詰まる。
先生がどうかは知らんが、思わず両腕広げて抱きつきたくなる衝動が、ぶわっと体を走った。
…くーっ!
相変わらず、ホンマにかわいいのぉ、涼。
こんなにかわいくて素直な男がこの世におるんかっちゅーくらいイイ奴じゃー。
益々やる気にもなるってもんじゃ。

「水臭いのぉ。仲間として、当然じゃ!涼が困っとるんじゃったら、それはワシらの問題じゃけぇ」
「…ああ」
「本当にありがとう、二人とも」

涼を好きだという連中の気持ちも分かるんじゃが、涼を困らせる輩は一発退場してもらわんと。
今の言葉が嬉しくてついついふわふわ緩んどったワシの隣で、先生が話の道を作るように小さく咳払いをした。

「…話を聞く限り、一先ず目立っている問題は告白を受けるということだろうか」
「そーじゃのぉ…。じゃが先生、人気の無い教室に連れ込まれる方が直近の問題と違うかの?」
「うう…。何か…改めて言葉にすると物凄く情けない…」

両手で顔を覆って、涼が俯いてしまう。
ワシじゃったら、連れ込まれても何とか上手くやって逃げ出せる隙もあるじゃろうが、涼は武術の心得とは縁がないようじゃし、無理じゃろうなぁ…。
ワシの言葉に、先生が頷く。

「ああ…。…だが、その問題も、入口は好意を持たれてそこから何かしらの実行に移そうという思惑が生じるからだ。涼に対して、アクションを起こしにくくすれば自ずと大吾の言う問題も減らせると思う…」
「なるほどのー」
「話しかけにくく…。うーん、ちょっと冷たくしてみる…とか?」
「確かにそれも方法の一つじゃが、涼はそれできんじゃろ」
「ああ…。するものでもない」
「そ、そう…だね…。えーっと、じゃあ…」
「手っ取り早く、彼女を用意したらどうじゃ? 涼、女友達多いじゃろ」

言い寄ってくる輩が面倒臭いというのであれば、一番簡単なのはニセ恋人を用意することじゃ。
常套手段じゃが、その分効果もあるじゃろ。
女の格好しとってアイドルやっとった頃の涼の友達は、ちょくちょく見かけることもあって、ワシや先生もある程度は顔見知りじゃ。
…といっても、涼のそっち方面の女友達はワシらからすると豪華すぎて、あんまり近寄れないっちゅー話もあるんじゃが…。
特別親しそうな女子の顔が浮かんで、ぴっと人差し指を立ててみる。

「あの元気な横ちょんまげの娘はどうじゃろう。ほれ、堂々とヘソ出ししとる赤い――」
「いやいやいやっ、夢子ちゃんと僕が噂になったら流石にマズいよ…!ちょっと本気で取られちゃうような気がするし!」
「…? 好きな子っちゅーわけじゃないんか? ワシはてっきり…」
「好きだけど、友達として!」
「ほぉ…」

涼が必死に主張する。
焦ってはおるが、顔が赤くなったりとか狼狽えとるとか、そういう感じじゃない。
…ほーん。
違うんか。
涼はあの子のことが好きなんじゃと思うとったが、どうやら違うらしい。
…いいこと聞いた。
気分が浮いせいか、無意識に両足をぶらりと前後に動かし始めたのに自分で気づいて、ぴたりとそれを止めた。
いかんいかん。
こんなことで浮かれとる場合じゃない。
涼にとっては彼女役のアテがないっちゅー深刻な問題なんじゃから。
思わぬ情報の収穫を噛みしめている間に、先生が突拍子もないことを提案してくる。

「…迎えに行くのはどうだろう」
「迎え…ですか?」
「涼の学校にか?」
「ああ」

ワシらの聞き返しに、先生がこくりと頷く。

「涼を迎えに来るような、親身になっている者がいるということをアピールすることは有効だと思う…。その際、なるべくおれたちと涼が親しげな様子がいいだろう。男子校という環境でアクションを起こすような者ならば、自ずと予防にもなる」
「…? えーっと…」
「つまり、学校内では涼が男と分かって突っ込んでくるような奴ばっかじゃから、彼女役を用意するより、ワシらで彼氏っぽくしたらどうじゃろうっちゅー話じゃな?」

涼はいまいち分からなかったようじゃが、ワシは先生の言っとることが分かったんで、ぽんっと古典的に右の拳の下で左の掌を打つ。
涼がびくっと身をすくめた。

「か、彼氏…!? そんなの一希さんと大吾くんに悪いよ!変なレッテルはられちゃうかも…!」
「悪い? 何でじゃ。迎えに行くだけじゃろ。現実に彼氏っちゅーわけでもないんじゃし、一緒に移動できれば、ワシも先生も、涼だって楽しいけぇ。みんなはなまるじゃー」
「牽制程度だ…。落ち着いたら止めればいいし、都合が付かない時もあるだろう。ただの合流だと思えば、そんなに妙なことでもない…」

全くじゃ。
流石先生、いいこと思いつくのー。
…ちゅーか、どうせ涼の学校とか、ワシからすると帰り道じゃしな。
今まで学校が終わったらそれぞれで事務所に行っていたが、考えたら立ち寄って涼をワシん所の車に乗せて合流してから事務所向かえばよかったのー。
本当はワシじゃって徒歩や電車で登下校したいもんじゃが…。
そこで、ちらりと撮影のベーステントから離れた場所へ視線を投げる。
黒服着たウチのモンが二人、今日も頼んでもおらんのにつきっきりじゃ…。
流石に事務所の関係者やスタッフさんたちは慣れてくれたみたいじゃが、やっぱ浮いとるけぇ。
今日も、寮から事務所へ出る時は涼とも先生とも時間が違ったから、事務所の入口まで見送られてしもーたわ。
本当じゃったら、寮から事務所とか、車に乗るのも馬鹿馬鹿しい距離なんじゃが…。
…しかし、こればっかりは、うちのモンから厳重に言われてしもうてるけぇ、乗らんっちゅーわけにはいかん。
突っぱねてしもうたら、ワシに付けられたモンが一喝されてしまうけぇ。辛いのぉ。
じゃが、学校から事務所とか、一人で後部座席に乗っとる移動時間も、途中で涼が乗ってくれれば一気に楽しい時間になりそうじゃ。
迷惑なんてさらさらない。
寧ろ、こっちから一緒に事務所に行こうとお願いしたいくらいじゃ。
ぐっと拳を握り、顔を上げた。

「名案じゃな!早速明日から実行じゃー!」
「おれから動こう…。言い出した責任もある。…学校に行っている大吾よりは、時間の融通も利く」
「そんなら、次の日はワシじゃな!時間があったら、寄り道とかもしてみたいのー。のぉ、涼!」
「二人とも…。うん、ありがとう!それじゃ、明日校門の所で待ってるね、一希さんっ」
「ああ…。おそらく、おれの方が早く着けているだろう。涼はゆっくりくればいい…」
「待ち合わせて一緒に下校、かぁ…。なんか、一気に楽しみになってきちゃったな」

小首を傾げて、はにかんだ表情で涼が笑う。
その笑顔を見て、ワシも先生もつられて笑い合った。

 

 

 

 

――ということで、早速次の平日に、先生は涼の学校まで迎えに行った。
ワシが事務所に着いた頃には、二人は既にエントランスにおったんで、学ランのままぱたぱたと腕を振りながらそっちに近づいて、早速尋ねてみる。

「お疲れじゃー、二人とも。どうじゃった?」
「それがね、凄いんだよ大吾くん!」

円卓のイス一つを引いて座るワシに、眼鏡をかけた涼が興奮気味に両手をグーにして伝えてくれる。

「校門とか事務所傍まで、結構着いて来たがる人は着いてきちゃったりするんだけどね、今日は校門で待っててくれた一希さんの姿を見た途端、僕に着いてこなかったんだよ!遠巻きに"F-LAGSの一希さんだーっ"て感じにはなるんだけど、一希さんの傍まで行っちゃえば誰も近寄ってこなくて、二人でのんびり帰ってこられたよ。ねっ、一希さん!」
「ああ…。牽制にはなれた感じだな」
「大成功じゃなー!」

どうやら、先生の読みは当たったらしい。
嬉しそうな涼ににっと笑いかけてから、横に座る先生に身を寄せてそっと小声で尋ねとく。

「…で、先生。実のところどんな空気じゃったんじゃ?」
「校内では、涼が通ると一先ずみんな顔を向ける程度には注目されているようだった…。危険を承知して気を使ってくれている友人も何人かいるようだったが、まさに紅一点といった雰囲気だな…」
「あ~…。男の園であの顔じゃもんなぁ…」

何とも言えない気持ちのまま、反対側に座って嬉しそうに詳細を話している涼を見る。
思わず遠い目にもなる。
年下のワシから見とっても、十分かわいく見えてしまうからのー。
死んでもやらんが、ワシじゃってその気になれば涼を人気の無い場所まで引っ張っていって何とかできてしまいそうじゃし、もっと体格のいい高校生ともなれば尚更じゃろうなぁ…。
どこぞの馬の骨が、万一涼に何かしよったら…。
…。
…そうじゃな。しよったら、このワシが確実に許さんけぇ。
どこぞの馬の骨の未来の為にも、被害は抑えんと。
つらつら状況を説明しとった涼が、ぱんっと両手を合わせる。

「――て感じでね、とにかく凄かったんだ!」
「そ、そーかそーかぁ!それはよかったのぉ~!」
「ああ…。この間の話でいえば、おれは涼と違って"話しかけにくい"タイプだからだろうな…。校外の人間ということもあり、おれと涼が話していれば会話に入っていくのは難しいのだろう…」
「話しかけにくいってことはありませんけど、きっと一希さんが大人っぽいから、緊張しちゃうんですよ」
「先生と一緒に来られてよかったのー、涼」
「うん。明日は大吾くんが来てくれるんだよね? 流石にこれからずっとなんてことは難しいと思うけど…二人が言うように、効果がある気がするんだ」
「おう、任せろ!悪いが、ワシは車で行くからのー?」
「うん。待ってるね。ありがとう」

作戦はどうやら上手くいく様子じゃな。
涼一人なら声をかけやすいが、いつもワシや先生が迎えに来るというなら、確かに色々やりにくくなるじゃろう。

 

 

――と思ったし、現に昨日は先生が成功しとるはずなんじゃが…。

「あ…!F-LAGSの兜大吾!」
「え? マジ?どこ?」
「おー。マジだ。うわ、かわ~」
「へー、大吾って思ったよりちっちゃいんすねー」
「何。涼ちゃん待ってんの?」
「お迎えかー。偉いっすね。…そうだ。秋月たぶんすぐ来るから、呼んできてやろうか?」
「あっテメェ狡ぃ!それネタに話しかける気だろっ。俺も行く!」
「つーか昨日とか、九十九が来てなかった?」
「俺見たそれ」
「ガチで美形。アイツ超顔イイ。涼ちゃんの隣が似合いすぎてショックだった…」
「お前如きが何でそこ張るし」
「…」

校門の一歩外で周囲をぐるりと囲まれ、ひっそりと息を吐いた。
先生の話じゃと、校門傍で待っとったって話じゃったからワシもそうしてるはずなんじゃが…。
出てくる生徒のほとんどが足を止めて話しかけてくるのは…何でじゃ?
しかも、当然じゃがみんなワシより背が高いけぇ、接近されると必然的に見下ろされる形になるのがちょっとのぉ…。
パシャパシャ断りなく写真も撮られるし、一先ず「写真は勘弁してくれ」と断ってから、ちらりと傍に駐めてある車に目をやる。
…アイツらには、車内で待つよう言とって正解じゃな。
ワシは別に構わんのじゃが、たぶんアイツらには我慢できんじゃろうなぁ…。
…しかし、誰も話しかけてこなかったっちゅー先生の話と随分違うんじゃが、これはどーゆーことじゃろう。
ワシのことを知っとってくれるのは嬉しいが、こうも話しかけられるようじゃ牽制役にはまるでならな――…。

「…あ」

腕組みをして悶々と考えとると、人垣の向こうに校舎から歩いてくる涼を見かけた。
すぐに声をかけようとして一歩前に出ると、人垣から見える視界が少し変わり、涼の隣にいる二人組の生徒がいることに気づいた。
友達かと思ったが、眼鏡をかけた涼がなにやら困った顔をして、その連中に言っている。
…?
何じゃ?
何か涼が嫌がっとるように見えるが…。

「りょ――…っ!?」

そのまま前に出ようと人垣に入り込んだ瞬間、不意にがしっと上から頭を押さえつけられた。
思わず瞬間的に叩き落としそうになったが、押さえつけられたかと思うたのは勘違いで、実際はどうやら頭を撫でられたらしい。
後ろから、わしゃわしゃと小さい子にするように撫でつけられ、流石にその腕を拒む。

「ちょ…。何じゃあ、急にっ。止めてくれんか!」
「今時学ラン珍しいな。どこ通ってんの? ウチ来ればいいのに」
「髪、結構クセっ毛だね。ふわふわ。かわいー」
「か…」

かわいい…?
ひく…とこめかみが引きつる。
…女子に言われることは多々あったが、男に言われるとえらい腹立つもんらしい。
頭撫でられるくらいじゃったらまだ許せるが、今は涼のところに行きたい気持ちもあって、カチンと来てしもうた。
たぶん、それが一瞬でも顔に出たのがまずかったんじゃろう。
不意に、怒声が響き渡る。

「――オウッ!オノレら何しとんじゃァッ、ボケェッ!!」

響き渡った低い怒声に、一気に場が凍ったのが分かった。
ワシを囲んどった連中が固まり、一斉に道路側を向く。
車ん中で待っとれ言っとったウチの若いモンが、車が揺れるほど勢いよくドアを閉めて降りてくるところだった。
取り敢えず、ワシの頭を撫で回しとった手は引っ込んだが…まずい。
ずっかずっかと大股でこっちにやって来る黒服二人は血気にのぼせとって、ガンを飛ばしながらいきり立ってやってくる。
連中が近寄って来る分、ざぁ…っと人垣に道ができていく。
…ちょお待て。
何でワシん時はこれができんで、コイツらにできとるんじゃ…。

「黙って見てりゃ、テメェら六代目に何してくれんじゃッ!!アぁ!?」
「ホンマにのぉ…。身の程弁えんとどこで怪我するか分からんけぇのぉ」
「誰じゃぁ!今アタマに手ェ置いた奴ぁ!!前出てツラ見せんかいッ!!」
「…」

二人がワシの傍まで来るころには、ワシを囲んどった人垣はそのまま横に離れて行った。
…なんか、アレじゃなぁ。
サメが鰯の群れに入っていくみたいな…。
冷静さを取り戻して、ふう…と息を吐いてから、腕を組む。
まだああだこうだと周りに言っている二人を止める為、すぅ…と息を吸った。

「――おう!お前ェら!!」

ぐっと腹に力を入れて、声を出す。
直前までの声と違って深く強くビリビリと響いたそれに、ウチのモン含め、その場にいた全員が一斉に動きを止めてこっちを向いた。
その他大勢まで気にしちょる余裕はなく、前に出てた一紋の若いのを抑えた声で一喝する。

「余計なことせんでええ。下がっちょれ」
「いえしかし、言うても六代目」
「こんガキども、礼儀が…!」
「じゃかぁしい。ワシが下がっちょれ言うとるんじゃ。ツラ立てんかい」

顎を上げてきっぱり言うと、二人がぐっと詰まる。
サングラス越しにアイコンタクトをしたかと思うと、片方がどんっと肘でもう片方を突いた。

「…へい。失礼しやした…」
「出過ぎたマネを」
「車戻っとけ。すぐ行くけぇ」

言うと、二人は制服着とる連中を睨んでから、ワシに頭を下げてからワシの後ろに下がった。
再び、ふぅ…と息を吐いてから、つかつかと静止している連中の間に歩みを進める。
今度は、ワシにもモーセができた。
…そのまま、涼の隣へ行く。
涼たちの方にも声は聞こえていたようで、涼たちも、涼の後ろの方にいる連中も、みんな静止画のように止まっとった。
携帯片手にぽかんとしている涼の顔を見ると、罪悪感がちくちくするが……お陰で、さっきと違って涼を連れ出すんは楽そうじゃ。
傍まで行くと、傍にいる体格のええ男に笑いかける。

「すまんのー。今日は仕事の予定がいっぱいあるけぇ、涼はすぐ事務所に行かんといけんのじゃ。…どっか遊びに行く予定じゃったかいのぉ? 悪いが、また次の機会に涼を誘ってやってくれ」

言いながら、涼の手からぱっとカバンを取って掴むと、もう片方の腕で呆けている涼の背中をやんわり押して車の方へそれとなく歩かせる。
歩の先では、ウチのモンが車の後部座席のドアを早々と開けとったんで、涼を先に乗せ、ワシはドアに片手をかけて振り返った。

「…それじゃ、また」

にっと笑いかけて、ワシも車に乗り込む。
バタン、とすぐにドアは閉められた。

 

 

小さなエンジン音で、車は進んでいく。
運転を任せている方はそうでもないようじゃが、助手席に乗っとる方からは舌打ちが聞こえた。
コイツらの心情を考えれば、学生になんぞナメられたくないというのがあるんじゃろうが…。
…。
暫く進み、校門も見えなくなって他人の気配がなくなると、一気に後悔が押し寄せてくる。

「ぅ、ああぁ~…。やってしもぅたぁ…」

左にあるドアに寄りかかり、ぐったりと手の甲を額に添えた。
あんなことをするつもりなんぞ微塵もなかったっちゅーのに…。
涼が嫌がってるところを見たら、ついカッとして前に出てしもうた。
ワシが目立って動いてうっかり何ぞやられたら、ワシに付いとる連中がどう出るかくらい想像がつくっちゅーのに…。
ぐったりしとるワシを気にして、涼が横からおずおずと声をかけてくれようとする。

「や…えーっと…」
「いや、ええ…。慰めはいらんけぇ。…迷惑かけたなぁ、涼。ホンマにすまん!」

ドアから顔を浮かせて、隣に座っとる涼を振り返り、パチン!と両手を合わせる。
彼氏がいるぞどころか、ワシの家のことがバレてそれが涼に繋がってしもうたら詫びのしようがない。
家のことなんぞ関係ないと思うてはおるが、現実的に今すぐそれが叶うわけがないことも分かっちょる。
校門の所に来るまでのわくわくした気持ちが嘘のようじゃ。
こんなどんよりした帰り道になるなんて…。
ワシが謝ったのを見て、前の二人も涼に詫びることにしたらしい。
運転しとる方は無理じゃだが、助手席の方が体を涼へ向けて、頭を下げた。

「六代目のせいじゃありやせん。我々が出過ぎたマネを…。涼さん、申し訳ありません!何卒、六代目のことは責めないでやってくだせえ」
「詫びでしたら、ワシらが代わって…」
「いえいえいえ!ちょっと待ってください…!」

前の方を見ながらも、涼がワシの合わせていた手の首を取って、ぱっと開かせた。

「どうして大吾くんたちが謝るの? お礼を言うのは僕の方なのに」
「…お礼?」
「そうだよ。助けてくれたんじゃない。どう考えても、お礼を言うのは僕の方でしょ」

涼が何を言っとるのかワシはピンと来なかったが、涼は掴んでいたワシの手をぎゅっと握った。

「迎えに来てくれてありがとう、大吾くん。大吾くんのおかげで、何とかさっきのシーンも避けられたし、助かったよ」
「…。…あれで助かったんか?」
「助かったってば」

そのつもりじゃったけど…。
おそるおそる涼を見上げるが、涼はぶんぶんと握った腕を上下させて肯定した。

「IDは教える人選ぶように言われてるから結構狭くしてるんだけど、分かってくれない人もいて…。だから困ってたんだ。僕は何にも気にしないでよ。格好良かったよ、大吾くん」
「……ホンマに?」
「ホンマに」
「…。けど…先生の話のように、モーセにはなれんかったしのぉ。ワシじゃうまくできんかったからコイツらが動いたわけじゃし、止めるにしてもようできんで、つい家におる時のクセが出てしもぅたし…」
「あーいや…。大吾くんにモーセは難しいと思うけどなぁ…」
「…!?」

ぎょっとして顔を上げる。
涼が言うには随分キツい物言いに、グッサー!っと胸に飛んできた矢が刺さる。

「わ、ワシには無理かのぉ!?」
「え…?あ、ごめんごめん!変な意味じゃなくて…!大吾くんは話しかけやすい雰囲気を持ってるから、人から話しかけにくい空気っていうのは、難しいと思うよって話!」

目に見えてワシがショックを受けたんが分かったのか、涼が慌ててフォローに入る。
お、おおぉ…。
そういう意味か…。
一瞬、ワシには端っから牽制役期待しとらんわーみたいな風に聞こえたわ…。
驚いた…。
まだバクバク心臓鳴っとるワシに、涼が人差し指を立てる。

「ほら、話しかけにくい空気…ていうか、落ち着いている一希さんがとても頼りになるっていう個性みたいに、大吾くんはいつも笑顔で、誰とでも気さくにお話できるでしょう? だからさ、きっと大吾くんに"話しかけにくい空気"は難しいと思うんだ。でも、それってとっても素敵なことだと思うよ」
「…うー。そうかのぉ」
「そうだよ」
「…。涼は優しいのぉ。けど、それじゃぁ涼の牽制役が務まらんけぇ…」
「そんなことないってば。たぶんもう今後はバッチリだと思うな。…こうして皆さんで迎えに来てくれれば、」

言いながら、腕を降ろして涼が運転席と助手席へ視線を投げる。
がたいのいい体つきに、ダークスーツと黒眼鏡の、明らかにちょいとばかし浮いとるウチのモンは、普通の奴なら一瞥くれるのも躊躇うもんじゃが、涼はもう慣れてくれた。
車内を見回して、最後にワシににこっと微笑みかける。

「こーやって、ちゃーんと出られたしね。…ありがとう、大吾くん。今日は一緒に事務所に入れるね」
「涼…」

ふわんとした笑顔に、ぐっと引き込まれる。
かわいい上にホンマに優しい…!
常に周りに気を遣って動けるんじゃから、やっぱり余程芯が強くて懐が深いんじゃな。
咄嗟にとはいえ、ウチの家業の気風が前面に出てしもうて、本来なら迷惑じゃ思うところじゃろうに…。
ワシだけじゃなく、前に座っとる二人も感動気味らしい。
ここまで気持ち預けられたとあっちゃ、こっちもこっちで応えんといけんわ。
元々、ワシと先生が一念発起したのだって、涼の決意に揺れ動かされたもんじゃし、その涼の傍にこうしておられる現状は夢のようじゃ。
こうして優しさを向けてくれる涼の為に、ワシはワシにできることをしっかりせんとな!
グッと右腕を前に出し、左手でパンッと前に出した右の腕を叩いた。

「…よっしゃ!そんなら、ワシはワシの方法で涼を連れ出してやるけぇ。これからもワシと先生で、何があっても涼のことは守っちゃるけぇのー!」

改めて決意を口に出して誓うと、前のシートからも「ヘイ!」と合いの手が入った。
「守るって…。お姫様じゃないんだから」と涼は笑ったが…。
女っぽいという意味とは別に、ワシと先生にとってはあながち間違いでもない。
"お姫様"という言葉には、"大切にしたい人"っちゅー意味がたっぷり入っておるからのー。

 

 

…しかし、男に「かわいい」と言われると、あんなに腹立つもんなんじゃなぁ。
めちゃんこ不愉快じゃー。
涼はかわいい思っちょるが、これからも思っても、口にしてはあんまり言わんとこう…。

「…あ、見てみぃ、涼。先生が玄関におるぞ」
「え? …あ、本当だ」

事務所前で降りると、先生が入口傍に寄りかかって本を読んでいた。
「おかえり」と静かに言ってくれる先生に、涼を無事に連れてこられたことを誇らしげに感じながら片腕を思いっきり上へと上げた。



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F-LAGSはJupiterと同じで三人仲良くして欲しいです。
文字を書くなら大吾君の片思いが楽しい。
F-LAGSは歌も爽やかで大好きですよ。
2017.6.14





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