一覧へ戻る


「…あれ?」
「ん?」

擦れ違った直後。
視界に入った人物を一瞬遅れて脳が咀嚼し終わったところで、反射的に振り返った。
どうやら、向こうも同じだったみたい。
髪を下ろして眼鏡もしているから、パッと見じゃ分からなかったけど……。

「あー、やっぱりー。雨彦さんだー」
「こいつァは驚いた。奇遇だな」

奈良県、某神社前。
三つの有名な鳥居の前で擦れ違った、目つきの悪い――…改め、眼光の鋭い――…ん?これもよくないかなー。
…あ、"目元涼しい"? ……うん。これでいこう。
三つの有名な鳥居の前で擦れ違った、目元涼しい背の高い男の人は、偶然にも、休暇中のはずの雨彦さんだった。
反射的に笑みを浮かべる自分を自覚しながら、確かに嬉しい反面、ちょっとした残念さも胸に広がる。

悪い出会いじゃないけれど、知り合いに会ってしまった。
「自分を知る人が誰もいない」のが、一人旅の楽しさだから。


誰も知らない




「やー。相変わらず…」

茶屋で足を止め、軒先の一席で団子片手に並んで座りつつ、横を見る。

「カタギじゃないよねー」
「どーゆー意味だ?」

とか言って、愉快そうに雨彦さんが口角を僅かに上げて笑う。
雨彦さんは背が高いし、そんなに動いている風でもないのに体付きもかなりしっかりしている。
どちらかというと細身の僕からすると、筋肉隆々で羨ましい。
胸筋を触らせてもらったことあるけど、本当にがちがちで憧れる。
加えて、顔つきがやや冷淡というか、迫力があるというか……まあ、平たく言うと、目つきが良くはないよねー。
涼やかな目元というのは嘘じゃないけれど、間違っても「円らな瞳」「優しい目元」とは言えないだろう。
いつもはオールバックで後ろに流している前髪を、休日仕様で下ろしているだけで、どこの恐いお兄さんだろうって思われそうで心配だ。
しかも、ライダースーツだから尚更恐いお兄さん風に見える。
笑う顔も、笑顔らしからぬ感じ。
クリスさんの笑った顔とは正反対。良く言えばクールで控えめ、悪く言えば皮肉気で嘘っぽい。
FRAMEの英雄さんなんかもそうだけど、雨彦さんは「笑顔」の前に、どうしても「ニヒルな」という言葉が付いて来てしまう感じ。

「人相が悪くて悪かったな」
「ドラマや映画で貴重な人材だよねー。……いたっ」

ピンッと鼻先を指で弾かれ、団子を持っていない方の片手で押さえる。
弾かれた拍子に、団子に着いていたきな粉が少し落ちた。
これ以上美味しいきな粉が落ちてしまうのは勿体なくて、ぱくりと口に含む。
甘くておいしい。

「しかし、本当に偶然だな。お前さん、こちらに用でもあって来たのか?」
「ただの旅行だよー。お休みもらえたからねー。…あ、そう言えば、雨彦さんは元々こっちが実家だっけ。じゃあ、里帰りー?」
「里帰りというか…。まあ、挨拶と掃除用具の手入れにな」

掃除用具の手入れ…。
いつも持ってる使い込まれてるブラシのことかな?
あのベタベタ札が貼ってあるやつ。
そう思ったのが顔に出たのか、雨彦さんは懐へ片手を入れると、ネックレスを取り出した。
ネックレスっていうかー、数珠繋ぎの首飾りって言った方がイメージ付くかも。
こういうの詳しくないから何とも言えないけど、小物が神道っぽかったり仏教っぽかったり、雨彦さんの趣味は正直よく分からない。基本は陰陽道らしいけど…。

「こっちだ。…ま、ブラシの方も後でするがね」
「ふーん…」

まあ、身につける物なんて好き好きだよねー。
余り興味のないまま、団子を頬張る。
小振りな団子は、一皿五本セット。
けど、雨彦さんは一本食べただけで、すっくと立ち上がった。

「さて、と…。そんじゃ、俺はぼちぼち行くかね」
「えー? もうー?」
「一人旅なんだろ? 俺と長い間いたら、お前さんは疲れるだろうよ」
「え…」

さっぱりと言われて、思わず瞬いてしまった。
…遅れて、ドキドキと嫌な感じで心臓が慌て出す。

「やだなー。そんなこと…」
「おっと。変に取るなよ? 一人の時間が好きなのは、お前だけじゃないって話さ」
「…」

確かに、一人の時間が好きなのは合っている。
雨彦さんを見つけてしまった時に、ちょっと残念に思ってしまったのが正直なところ。
けど…。
変に勘違いして欲しくなくて、顎を上げて雨彦さんを見上げた。

「えっと…。嫌ってわけじゃないんだよ?」
「解ってる。じゃあな。旅を楽しめよ」

歩きながらひらりと片手を振って、雨彦さんはそのまま振り向きもせずすぐそこの駐車場に停めてあったバイクに跨がると、ヘルメットを被った。
ブオォン、という気持ちの良い音と共に、雨彦さんと彼の愛機は慣れた様子で街道を走って行ってしまう。
あっさりした出会いと別れ。
団子串を片手にそれを見送った僕は、ほ…と息を吐いた。
気が楽になったのは、事実だ。
けど、不安もある。
一緒にいるのが嫌ってわけじゃないんだ。本当に。
そうでなければ、一緒にユニットなんて組めない。
この仕事に就いてから、二十四時間一緒どころか、数日間一緒がザラにある。それでも、間違いなく平気なんだ。
雨彦さんとクリスさんは、僕にとっては数少ない「特別な人」で間違いない。
嫌ってわけじゃないんだ。
解ってる、なんて言ったけど、本当に解ってるのかなんて、誰にも分からない。

「……伝わったかなぁ」

もぐ…と新しい団子を頬張る。
きな粉が甘くて、やっぱり美味しい。
数回咀嚼して、片手を膝に下ろした。
空を仰ぐ。

「…」

…僕って、わがままなのかなー。
あんまり一緒にはいられないのに、一緒が嫌なわけじゃない……なんて、伝わらないに決まってるって、自分でも思う。
僕は本当に、雨彦さんともクリスさんとも、一緒にいて嫌じゃない(クリスさんだけは、たまに鬱陶しい時もあるけどねー)。
でも、どんなに近しい人でも、人と一緒に長い時間いることが、僕には辛い。
周りのみんなが平気で、一般的に"良いこと"であるはずの「仲良し小好し」が、僕は、たぶん苦手だ。
何でだろう?って、ずっと前から考えているけれど、まだ答えは出せていない。
だから一人旅が好きだ。
誰も僕を知らない。
僕も、誰も知らない。
そこに、きらきらと輝く自由を感じる。
クリスさんは空気を読まないけど、雨彦さんは僕のその考えを、よく分かってくれているように見える。
べたべたしないしさっぱりしていて、好ましい。
……ていうと、またちょっと語弊があるかもしれないなー。
クリスさんはクリスさんで、羨ましいなって思う僕の一つの理想型でもある。ああいう風に生きられたら、きっと楽しいし、そこにはある種のアイデンティティの、最強に近い強さを感じる。
見習いたいところだけれど、今のところの僕には難しいかなぁー。

「うーん…。ちょっと下がっちゃったなー」

空は晴れているのに、気分が曇り空だ。
気を取り直して、次は何処へ行こう?…と、スマホで観光サイトを調べ始めた。

 

 

 

「…あれ?」
「ん?」

別の観光地内で、また雨彦さんに会った。
あれー? 結構マイナーな場所だと思うんだけどなぁー。
よっ、って片手を挙げるから、僕もさっと片手を挙げる。

「今日のお前さんとは、どうにも縁が強いようだな」
「あはは。みたいだねー」
「それとも…」

そう言って、雨彦さんは僕の肩越しに何かを見た。
振り返ると、今参拝してきた、片田舎の赤い大きな鳥居が見えるけど、それだけだ。
鳥でも留まっていたのかと思ったけど、それもいないし…。
それとも、狸とか?
…なんて。狸なら、上を見上げはしないよね。

「何かいたー?」
「…いや」

軽く笑って、雨彦さんが僕を見た。

「ひょっとしてお前さん、今、誰かの手を借りたいことがあるんじゃないか?」
「えー? …? 別にないけど?」
「おっと…。違ったか」

首を傾げて答えると、雨彦さんも意外そうな顔で首を傾げた。
それから、顎に片手を添える。

「ふむ…。こうも縁が強いんだ。俺に手伝って欲しいことがあるんじゃないかと思ったんだけどな」
「今は特に迷子になったりはしてないしー、大丈夫だよー」
「そうみたいだな。…じゃあ、引き続き旅を楽しみ――…」

言って、今僕が歩いてきた方へ歩き出そうとした雨彦さんの目の前を、たっと白猫が横切る。
…だけならまだしも、途中で足を止めて、何もしていない雨彦さんの方を見て、猫がフーッと毛を逆立てて唸りを上げ、睨み付けてから茂みに消えていった。
足を止め、猫が去っていた方を、妙に神妙な面持ちで見詰める雨彦さん。

「…」
「…雨彦さん、猫に嫌われるタイプー?」
「ふむ…。どうやら、今日はそうらしいな。猫、というか――…」

ため息を吐く雨彦さん。
すぐまた帰るのかと思ったら、そのまま佇んでいる。
不思議に思って、回り込むように傍に近づいて、横からその顔を覗き込んだ。

「行かないのー?」
「ん? ああ、まあ…」
「ふーん…」
「そういえばお前さん、随分と妙な所に来たな。ここは由緒ある稲荷神社だが、田舎道だから観光客なんかは来ない場所だぞ?」
「そうなのー? 確かに、バスの本数が少なくて苦労したんだよね…。ここはねー、芭蕉が句を詠んだ風景なんだよー。石碑も近くにあったから、見たいなって思ってー」
「ほお…。流石、歴史的偉人は違うな。ここは古くからある地点の一つでね。やっぱり、要人は引っ張られてくるんだろうぜ。…ああ、それはそうと、社に挨拶してくるんじゃないのか? 行ってくりゃいい」
「今参拝してきたところだよー。雨彦さんが、前に狐の神様には油揚げって言ってたから、ちゃんとお供えしてきたよー。街中じゃないから、お供えする人も少ないのかなーって思ってねー。ちょっと豪勢な油揚げなんだー」

両手の指で二匹の狐を作ってコンコンってジェスチャーすると、首に片手を添えて何かを考えていた雨彦さんは、短く「あぁ…」と生返事をした。

「なるほどね」
「もう後は、ホテルに戻るだけー。…あ、でも、どこかでごはん食べないとかなー」

顎に人差し指を添えて、んー、と考える。
ホテルでも夕食は付けられるけど、どうせなら地の店で食べたいしねー。
一人旅は初めてじゃないし、大体旅先ではいつもそうしてるけど…。
…。

「…あのねー。雨彦さん、今日は忙しい?」
「いや? 今日の予定はもうないさ」
「えっとねー、晩ご飯一緒に食べない? 美味しいお店を教えてよー」
「俺かい?」

言うと、少し意外そうな顔で雨彦さんが瞬いた。
それから、にやりといつものニヒルな顔で笑う。

「どうした? 珍しいな」
「あはは。自分でもそう思うー。ちょっと、一緒にいたいなって思っただけー。…だめかなー?」

僕だって、自分で「珍しいこと言ってるな」って自覚はある。
急にそんなこと言われたって、困るかもしれない。
断られるの前提だけど、僕なりに勇気を振り絞って言ってみた。
考える素振りが少しでもあったら、「やっぱりいいやー」って言おうと思って準備はしてたけど、「いや」と、あっさり返事が返ってくる。

「珍しいが、そういう時もあるだろうさ。お前さんがそういうタイミングなら、俺としては断る理由はないね。誰かと飯を食うのは好きなタチでね。…だが、お前さんがいいのかい? 知り合いがいないのが、一人旅の醍醐味なんだろう?」
「うん、そうー。でもねー、考えたら、今日はオフでしょー? いつもオフの日一緒にいないし…。だから、今日の雨彦さんは僕の知らない雨彦さんでー、今日の僕は、きっと雨彦さんが知らない僕なんだよー。それならいいかな、って」
「…」

まさかこんな突発的な誘いをOKしてくれるなんて思わなくて、思わず頬が緩んじゃう。
雨彦さんが、また意外そうな顔でこっちを見ていることに気付いて、内心ちょっと慌てて、また違う笑みを作ることにする。

「あはは。ちょっとワガママかなー?」
「ん? …ああ。いや…。我が侭とは違うだろう。繊細なんだろうさ」
「…っ」

ぽんっと片手で頭を叩かれる。
…何か自然にやられたけど、今すごい年下扱いされた気がする。
そりゃ、実際かなり年下だけど…。
むっとして顔を上げたけど、雨彦さんはまた鳥居の方へ視線を投げていた。

「何にせよ、それを言えるってのはいいことだ。こちとら嬉しいね。…いいだろう。どうせ今離れても引き戻される気がするしな。どうもお前さんは気に入られたようだ」
「…? 誰にー?」
「今、お前さんと一緒にいないと怒る奴にだよ」
「だから、誰にー?」

雨彦さんは答えない。
答えずにはぐらかすってことは、例の雨彦さんの意味不明発言の類だろうから、僕も放っておくことにする。

「俺も挨拶に行ってくる。先にバイクの所へ行って、少し待っててくれるかい?」
「うん、分かったよー」

雨彦さんと擦れ違って、てくてく参道を戻る。
境内を出た所にある小さな駐車場に、ぴかぴかのバイクが一台だけ停まっていた。
自販機が一台あって、その横にあるベンチに腰掛ける。
スマホを弄っていると、不意に靴の先に重さを感じた。

「…うん?」

――にゃー。

見れば、さっき雨彦さんの前を横切った白猫が、僕の靴に前足を乗せてこっちを見上げていた。
あれ? 人なつっこいんだなぁ。
さっき雨彦さんにフーッてしてたのに。
…あ、きっと顔が恐かったんだなー。
前屈みになって片手を伸ばすと、一度だけ首の後ろを撫でる。
猫は気持ちよさそうに目を伏せてその場で丸くなった。

「ふふ。…あのねー、雨彦さんはちょっと顔は恐いけど、いい人なんだよー。驚かせちゃったのなら、許してあげてねー」

小声で語りかけてから、姿勢を戻してスマホ弄りを再開した。
足下の重みが心地良い。
風も気持ちがいいし、最高かも。
暫くぼーっとしていると、数分後、雨彦さんが戻って来た。

「…よう。お待ち遠さん」
「あ、おかえりー」

立ち上がろうとして、猫にどいてもらおうと思ったら、いつの間にか足下からいなくなっていた。

「どうした?」
「んーん、なんでもなーい」

バイクの座る所をぱかりと開け、もう一つのヘルメットを取り出すと雨彦さんはそれを僕へ投げる。

「わーい」

雨彦さんがライダージャケットに袖を通しているうちに、物珍しくて早々とバイクに跨がってみた。
…おー。思ったより足開かないと乗れないんだなー、バイクって。
長時間乗ってるのは、股関節が疲れそう。
…なんて思っていると、雨彦さんが前の席に跨がる。

「さて、何がいいかねえ」
「お任せしまーす」

メットを被ったくもった声で答えながら、振り落とされたら困るから雨彦さんのライダースーツを両手で握る。

「そんなんじゃ、カーブで滑り落ちるだろう」
「わ…」

後ろ手に僕の両手首を取ると、雨彦さんは僕の腕を自分の腹部に回した。
腕が前に持って行かれるから、必然的に体も目の前の背中に距離を詰めなければならなくなる。
…ええー?
二人乗りって、これがスタンダードなの…?
ちょっとこの距離感のつもりはなかった…。
ぎくりとしていた僕を振り返りもせず、雨彦さんがエンジンをかけ、スタンドを上げる。
走り出すとき、ぐんっと前から圧がかかった。
乗り慣れないせいか、走り出すとバイクって意外と恐いかも。
…いや、それよりも、この密着してなきゃいけないの、ちょっと苦手だなー。
赤信号で止まる度に、何となく腕を放して、また発進するときに雨彦さんに掴まるを繰り返す。
何だかもぞもぞする。
これも、僕だけが感じることで、他の人は平気なことなのかな…?

「…ねー、雨彦さんー」
「んー?」

また赤信号で止まった時に、少し大きな声で目の前の背中に聞いてみる。

「バイク乗る人って、二人乗りの時、こうやって他の人に掴まられるの、平気なのー?」
「ああ。車と比べりゃ、乗せる奴をかなり選ぶからな」

くもった声で答えて、振り返りもせず手袋をはめ直している。
その後で、くるりと肩越しに僕を見た。

「いちいち止まる度に腕を放さなくてもいいんだがね」
「あ、そうー?」

どうやら、雨彦さんは、僕にこうしてくっつかれるのは嫌ではないみたい。

「…」

少しの間、自分の両手を見下ろした。
ずっと風が当たるせいか、止まっている今は両手も体も、少し熱い気がする。

「…。えいっ」
「…!」

ぐいっと、今度は後ろから締め付けるみたいに抱きついてみる。
腕が雨彦さんの腹部に食い込む感覚がして、案の定、雨彦さんが笑いながら僕を振り返った。

「おいおい。締めすぎだ」
「あははっ、やっぱりー?」
「緩めてくれ。ほら、青になるぞ」

 

脳天気な音と共に、横断歩道の信号が点滅している。
まだ発進には少し時間があるけれど、ぎゅっと目の前のジャケットに腕を回してみた。
自然、コツンとヘルメットが雨彦さんのライダースーツの背中に当たる。
静かに目を伏せた。
自分でも意外だけれど、このヘルメットが、少し邪魔に思えた。

「…」

ゆっくり目を開ける。
…うん。
今日の僕は、僕も知らない僕なのかもしれない。

 

信号が青になった。
ぐっとGがかかって、再びバイクが走り出す。
さあ、雨彦さんオススメの夕食は何だろうなー?



一覧へ戻る


あんまり書かないですがLegenders。
彼らは彼らで完成形なので手が出せないというか…。
雨空だと、雨彦さんの大人さと想楽君の繊細さが魅力かと思います。
2020.9.12





inserted by FC2 system