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「ねえ。友情と恋愛情の境目って何だと思う?」
「…は?」

広い窓に寄りかかっていくつかの書類に目を通していた狛枝が、唐突にそんなことを問いかけ、メールを打っていた俺の指はそんな気は無くても止まった。
パソコンのディスプレイから視線を上げ、窓際の奴を見る。
島の中枢である遺跡内部の書斎は、今じゃ結構なオフィスレベルには設備が上がっている。
元々設備はかなり用意されていたみたいだが、左右田がその用意されている設備を生かし続けているので、今となっては、この島内だったら俺たちが実際に学園生活していた頃の日常プラスアルファ程度にはハイテクな環境だ。
よっぽど生の両手で機械を弄りたかったんだろう。
今では部品を掻き集めて、弾も爆弾も屁でもないエンジン付きの重装備高速マシンを造るんだとかで張り切っている。
俺たちも末席とはいえ、苗木さんたちの助力で未来機構の手伝い紛いのことを始めていた。
まだまだ実行部隊にあたる任務なんて全然だが、今の俺たちにできること…まだ眠っているメンバーの体調管理と、この島にある武器兵器、薬物などの管理…。
それから、たまに苗木さんから任務や作戦の意見を求められるから、その時とかは思ったことを伝えるなど、ちょろっと手伝ったりしている…が、基本は雑務だ。
今もその書類のまとめだ。
俺はメールのやりとり。
狛枝は回覧する書類の見直しだったが、その最中の突飛な発言だった。
何か元になるような話題はそれまで一切無かったのに。
…まあ、コイツが突拍子もないのはいつものことだが。
窓際に立っていた狛枝は、俺よりも遅れて書類から顔を上げた。
いつものように緊張感無い微笑の後ろに、海が見える。
コイツの笑みをみると、へにゃ…と肩から力が抜ける。
雑談にしては趣味の悪いネタだな…。
ついつい半眼にもなる。

「…何だよ。突然」
「うん。ちょっとね。聞いてみたくなって」
「何で?」
「うーん…。それはたぶん、キミが好きだから…かな?」
「…」

顎に手を添え、小首を傾げつつも真顔でのたまう狛枝に、俺の身体は脱力しきってイスの背に身体を沈めた。
気分が乗らないときは一切口を開かないくせに、乗ってる時は誰よりも饒舌だ。
そしてどうやら、今日の機嫌はいいらしい。
こいつが機嫌がいいことは素直に嬉しいが、大凡においてそれはイコール俺にとっての些細な不幸に当たると言えなくもないと思わなくもない。

「あはは。ほら、厚かましいかもしれないけどさ、僕とキミは客観的に見ても親しいと思うんだ。島でのことがあったからかな? 目が覚めて、色々あったけど…それでもキミは僕の初めての"友達"になってくれたんだからね。…勿論、これに不満があるわけじゃないんだ。日向クンが僕の友達…なんて考えるだけで、もう天にも昇れそうな気分になれるんだよ。幸せすぎてこのまま死んじゃいそうで怖々してるんだ。今でもね!」
「お前な…。あんまりそういうの口に出すなよ…」

何分、本気で狛枝は良くも悪くも直情的だ。
ストレートすぎる。
内心"大切な友達"なんて思っていても、実際にそれを口に出すような度胸のある奴がどれくらいいるだろうか。
特に男じゃ珍しいだろう。
モノクマに主導権握られて島で起こった一連の出来事…。
まだ眠っている連中も俺の大切な仲間だが、狛枝だけは…何か違う。
他の連中とはまた違う、妙な絆が俺たちの間には出来ていた。
狛枝はこれを好意的に"特別な友情"と呼ぶが、俺は未だコイツとの間柄を何と表現していいのか、正直分からなかった。
"特別な友情"でもいいのかもしれないが、その場合は果たして好意的かどうかは謎だ。
どっちかって言うと、"見てないと何しでかすか分からない"ところがあるから離れられないというか…。
その辺は狛枝自身も分かっているようで、心底思い出したくない奴の言い回しを使えば、「日向クンが僕の手綱を握って好きに調教して欲しいな」という危険なものになるが(コイツの表現はいつも危ない…)、たぶん要は単純に傍にいて欲しいという話なんだと思う。
真意を分かりにくく変な言葉で覆いまくるから、何がなにやら分からないんだが…。
けど、やっぱり悪い奴じゃない。
友達になれて良かった的なことを言われると、やっぱり気恥ずかしいし、嬉しい。
こんな奴でも。

「キミの為なら僕はなんだってするよ。僕らの友情を大切にしたいんだ。…けど、本当に僕らの間にはこの先って無いのかな?」
「この先って何だよ?」
「これ以上って無いのかなと思ってさ。友情のその先。君はどう思う?」
「あー…」

そこでさっきの質問なわけか…。
その前置き無いと何が何やら分からないって。
こうやって突っ込まないとその前置きを喋らないからいつも唐突なんだよな。
…"友情と恋愛情の境目"ねえ。
俺に恋愛感情持たれても困りまくるんだが。
…。

「…変な答えかもしれないけどさ」
「ん?」
「キスができるかできないか…とかじゃないか? 友情と恋愛の違いって、何て言うかほら、その…。具体的に相手を求めるか否かっていうか…」

う…。
言ってて恥ずかしくなってきた…。
説明の為に軽く浮かせた左手を無意味にふわふわさせながら、最後まで言い切れずにもごもご口籠もっていると、狛枝は変わらず顎に指の背を添えながら、ああ…と呟いた。

「そうか。肉体を求めるか否かか。そこから恋って訳だね。でもそれって情欲と何が違うのかな? 情欲は肉体を求めるとして、じゃあ恋は精神に加え肉体も手中にしたいということかな」
「お、お前そんなハッキリ…」
「うーん…。となると、恋愛の方ががめついのか…。まあ、確かに絆というものが目に見えないものである以上、具体的に何かを支配してしまった方が手軽で分かりやすいけどさ。確かなものがあるって、やっぱり安心するしね。精神的結びつきだけでなく肉体的関係もあった方がより強固なのか。…というか、片方よりは双方分かち合った方がより良いかな。そういう意味では…」

そこで狛枝が真っ直ぐすぎる目で俺を見た。
ぎく…っと思わず肩が震える。

「ねえ、日向ク…」
「嫌だ…!!」

相手の笑顔を先手必勝で拒否する。
嫌だ!
絶対嫌だ!断る!!
I don't No!!

「何もそんなに青い顔しなくても…。ショックだなぁ」
「冗談に聞こえないんだよお前のは!」
「冗談じゃないよ。あはは。そりゃ…僕ら人間は有性生物だからね。カエルや大腸菌と一緒だから仕方ないよ。でもほら、別に生物的な生殖行為を成し遂げようってワケじゃないんだからさ。現実的に僕らでも十分可能だと思うんだ」
「いや何がだ!!」

そこまで叫んでがくりと頭を垂れる。
続け様大声だしたせいで息切れが…。
肩で息してる俺の様子に、狛枝は軽く笑った。

「僕はキミともっと親しくなりたいんだけどな。互いが互いを喰らい尽くして骨の髄まで犯して雁字搦めにするような、そんな深い絆で結ばれたいと思うんだ。向上心って大切だよね」
「そんな恐ろしい向上心はいらん…!」
「そうかな? 僕は大切だと思うけど…。安心してよ。僕同性相手初めてじゃないから、やり方もぼんやりと知ってるし」
「……は?」

突然飛びだしたカミングアウトに、俺の中にあったそれまでの突っ込み精神が何処かへ飛んでいった。
し、知ってるって…どういう事だ?
…。
え…?
いやちょっと待て。
どういう事だ…?
硬直する俺とは対照的に、狛枝はあくまで平素と変わらず穏やかに続ける。

「中学生の頃ね、変質者に攫われたことがあってさ。…ほら、僕遺産もあったからさ。その時だったかな、確か」
「…」
「僕の中でも結構なレベルで最悪な出来事だったんだけどね。…でも、今考えればこうして日向クンとの出会いの糧だったんだね、きっと。キミの為に僕のゴミみたいな経験が役に立てるなんて、こんな幸せはないよ。僕ってなんてツイてるんだろう」
「…。また嘘…だろ?」

またいつもの嘘だ。
そう思ってぼんやりと問いかけてみたが、窓際の狛枝は何も返さず微笑するだけだった。
付き合う時間が増えてきて分かったことだが、コイツは「それは嘘だ」と指摘されれば正直に「嘘だ」と認める。
それがないって事は…。
ないって事はつまり…。

「…」

絶句。
一度何か慰めようとして口を開いたが、何も言葉になんかならない。
ぱくぱくと何度か開閉して結局沈黙した。
…そんなことってあるのか?
そんなことって…。
…。
…駄目だ。
何か声をかけたいが、どうしていいか分からない。

「…ね。日向クン」
「…!」

狼狽える俺を前に、何か微笑ましいものでも見るような顔で狛枝が歩み寄ってくる。
その一歩一歩が、どこか白々しい気がした。
イスから立ち上がるのも変だし、しかし身を引きたい気分でもある。
結果、イスに座ったまま爪先で床を僅かに蹴ったが、大した距離でもなかった。
僅かに後退したイスに座る俺を捕らえるでもなく、狛枝がさっきまで俺がいた場所で足を止めると、その場に屈んで片膝を着いた。
縋るように見上げる目に、じわじわと心臓が跳ね出す。

「一回だけ。ね? やってみない?」

場違いに誘う声と笑顔に、無言でぶんぶんと首を振る。
声が出なかった。
こいつ、何でそんなさらっと非常識口ばしってんだ。
俺が首を振った途端、狛枝の双眸が哀しげに揺れた気がした。
拒否する俺の行動に、困り顔をつくり、自分の胸に唯一ある右手を添える。

「そんなこと言わないでさ。ちょっとだけだから。僕らの間に代え難い絆があることを示そうよ」
「…な、何で…だよ?」

何でそんなレベルに話がぶっ飛ぶんだ。
このままでいいだろ。
俺たちは…あんなよく分からない理不尽な環境でお互いを疑って…でも、その相手の人間性を良くも悪くも誰よりも信じて…。
だからこそ、相手の良い所も悪い所も、その辺の奴より深く理解し合ってると自負している。
それをひっくるめての現状なんだ。
何が不満だ。
これでいいだろ…!
そう思った途端、反論する勇気が出てきて、肘掛けを両手でそれぞれ握りしめ、イスから身を乗り出した。

「い、今のままで…十分だろ」
「今のまま?」
「お前今言っただろ。友情って。…俺だって、お前のこと友達だと思ってる。たぶん他の連中よりも、解りたくない所も含めてお互いってのを一番解ってるんだと思う。お前と一番繋がってるんだ。…これでいいだろ? 十分だろ?」
「…」

俺の言葉を受け、一瞬、狛枝が不思議そうに瞬いた。
直後。
ふ…と、その表情が歪に歪む。

「全っ然」
「…!」

一刀両断。
まさしく、そんな声だった。
小首を傾げ、鼻で笑うように、吐き捨てるように完全否定する。
その一刀両断に固まる俺の前で、流れるように奴は目を伏せて自分の髪先を指で弄った。

「…というか、日向クンにそんな風に思われてるなんて。ショックだな…。キミは…僕の想いはこの程度だと思ってるんだね。僕のキミに対する気持ちはこんなものじゃないんだよ?」
「狛枝…」
「そもそも僕らって、そんなに互いを理解してるのかな。僕なんかまだまだだよ。キミのことなんて何も知らない。もっともっと知りたいと思ってるし、キミに近づきたいんだ。可能なら、キミの全部を見てみたいくらいだよ。生まれてから死ぬまで、頭から爪先まで、細胞一つ一つ染め上げるみたいに。キミの血だってどんな色をしているのか見てみたいし、内臓だってどんな形しているのか気になるところだよ。きっと綺麗なんだろうなぁ。あははは。…あぁ…でも駄目だよね、そんなこと。とてもキミに要求できることじゃないから勿論我慢するけど、でも少しでもキミの慈悲が欲しいよ。ちょっとくらい身体の一部を見せてくれてもいいんじゃないかな。表面だけでもいいからさ」
「お、お前な…!」

流石におかしな流れになってきたぞ。
語気を強めて反発に打って出た。
相手のことをもっと知りたいから相手が欲しいとか、間違ってないかもしれないけど間違ってんだろ。
こいつの言ってることは何かちょっと違う。
許容範囲越えてるだろ…!

「そんなこと言いだしたら切り無いだろ!それじゃあ、逆に俺がお前を全部分解して見たいとか言い出したらどうする気なんだよ? そこまで行かなくても、か、身体の一部とか…要求したらどうするんだよ!」
「え? 構わないけど?」
「…!!」
「割いてみる? 君のためなら僕は一向に構わないよ。寧ろ光栄だな。…嫌だな、日向クン。それが恋情だよ。相手を奪わなくてどうするの? …あ、もしかして恋愛したことない? 童貞って言ってたもんね」
「ううううるさい!!」

掘り返され、一瞬にして顔が熱くなった。
くっそ、こいつ…完全に俺を見下してんな。
叫き返して一息吐いた俺を、狛枝が余裕ある笑みで相変わらずにこにこと俺を見ている。
微笑んでいるように見えて、観察されてるような気がするのは、たぶん気のせいじゃないんだろう。
…でも、どうしてなのか。
俺はこいつを見捨てられないようにできてるらしい。
自分で自分を、時々本気で損だなと思う。
けど、仕方ない。
だって、本当にこいつを見捨てられないんだから。
第一、見捨てて心の底から恨むにしろ嫌いになるにしろ、そんなのできるならとっくに"島"でそうなっててもおかしくない。
でも、そういう…こいつの性格を全部ひっくるめて、やっぱり現状見捨てられないんだから、だから結局どうしようもないと半ば諦めてる。
今日のこれだって、軽い言葉遊びみたいなもんだ。
机の上に乗せていた両手を浮かせ、イスをくるりと回して狛枝の方に向いた。

「…?」
「そんな面倒臭いことつらつら並べなくても、いいだろ。別に。…ほら、こっち来いよ」
「何が?」
「いいから来いって」
「お…っと」

ぐいと狛枝の片腕を引く。
近くに寄ってきた狛枝の頭を掴んで、今度はぐいと下に押した。
必然的に膝を折って、奴が床に膝立ちになる。
その上半身を、ぎゅっとハグしてやった。
…腕を回すと分かるが、こいつは思った以上に、細い。

「…。何?日向クン。ヤっちゃう?」
「やるかよ。…お前、体温足りてないんじゃないかと思ってさ。単純に。…なんかあるだろ。そーゆー、やけに不安になったりもやもやしたりみたいな時」
「こんなことではぐらかそうなんて、甘いんじゃない?」

鼻で笑ってそんなことを言うが、そのくせ擽ったそうに腕の中で狛枝が身動ぐ。
ふわふわした癖っ毛が、大きな犬のように思えた。
間を置いて、くすくす笑いながら、狛枝も俺に抱きついてくる。
…今誰か来たら、マジで勘違いされるな。
まあいいけど…。
もうその辺は慣れつつある。
こいつが少しでも落ち着いてくれれば、それでいい。
暖めてやるつもりで体温の低い狛枝を抱いたまま暫くしていると、狛枝が膝の上から不意に俺を見上げた。

「…ねえ。日向クン」
「ん? …!」

トン…と、俺の背中に狛枝が人差し指を添えたのが分かった。
指先が、少し強く服越しに俺の皮膚を押す。
その瞬間、ぞっ…と背筋が凍って血が凍った。
目の前で狛枝が微笑し――。

「"バンッ…!"」
「…!?」

――と、大きな声で発砲擬音を口にした。
びく…っと神経が引きつったが、外見にはそれを出さずに、何とか耐える。
首の後ろを、確かに嫌な汗が流れた。

「…なーんちゃって。ふふ」
「…。ばぁーか」

心臓がばくばくと煩く鳴る。
脳の中の警戒音がうるさいが、引きつらないよう気を付けながら、俺は苦笑してみせた。
狛枝の頭を撫でてやると、今し方の殺気が夢のように霧散する。

「今みたいな心中とかどうかな。丁度角度的に君を貫通して、僕の頭にも弾が入ると思うんだけど」
「…やめておくれ」
「…。日向クン、相変わらず温かいね…」
「…」

足が震えそうになるが、それも耐える。
不安定な日常は麻薬のようで、俺は結構こいつに呑まれているのかもしれない。



will be eaten by you someday




甘える犬のように俺に縋り付いてくる身体を受け入れた。



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あの危ういバランスが絶妙でいいですよね、あの二人。
どきどき。
狛枝君は絶対童貞じゃないですよね発言が。
2013.10.22





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