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世の中にはバランスがあると思うんだ。
良いこともあれば悪いこともある。
人生はプラマイゼロに近い。
けど、だからこそ、最悪な事が起こるとその後には必ず天秤の反対側に重しを足すように、最高な事が付いてくるんだ。
最悪な事象が最悪であればあるほど、その後に来る出来事はより幸福なんだ。
そういうものだと思わない?
僕はね、そう思うんだよ。
…というか、そうなんだよ。

僕は夢はあんまり見ない方なんだけどね、どっちかというと悪夢の方が好きなんだよね。
だってその方が、"悪い夢を見た"という"悪い事"が寝てる間に先行した訳だから、きっとその日一日、起きている間に"良い事"が起こるに違いないんだよ。
だから僕は悪い夢は大歓迎さ。
それに、現実では味わえないスリリングな感覚の夢だって、たまにはあるんだよ。
首を斬られたり、電車に轢かれたり…そうそう、シャンデリアが落ちてきて脳天かち割るとかもあったっけな。
あはは、シャンデリアが落ちて来て死ぬなんて、何とも豪華だよね。
現実では僕みたいな地味で何の取り柄もない人間にはとても味わえないよ。
人為的でもない限り、自然にそれが生じる確率としてはとても低いと思わない?
まあせいぜい心臓発作に脳卒中に、若しくは悪性腫瘍。
そうでなかったら交通事故…。
何とも退屈な死に方に決まってる。
そんな平凡な死よりは、脳天にヤシの実が落ちてきて死亡とかの方が素晴らしいよね。
それに、夢は第三者視点でも見られたりするから。
だって普通じゃ見られない角度からの視点だよ?
床に血まみれで転がっていて、死臭放って脳みそはみ出してる自分とか…実に面白いよね!

だから寝る前はみんな一度は願ってみるといいよ。
ああ…。勿論、僕は今晩も祈るよ。

"今日も最悪な夢が見られますように"…ってね。



Bad Bad Bad Dream




「――」

遠くで、誰かが呼ぶ声が聞こえた気がした。
…ああ。起きなくちゃ。
呼ばれているんだから…。
…でも、困ったな。
まだ僕は眠いんだ。
春だからかな…。
校舎から見る庭の桜が綺麗で麗らかだし、自分の席にいるとすぐに眠ってしまうのは仕方ないと思うんだ。
それにここ最近寝付きが悪いしね。
うとうとする僕の肩へ、急に手を置かれ揺らされた。

「おい。狛枝…!」
「……んー…」

嫌々ながら、ぼんやり目を開ける。
最初はピントが合わずぼやけていた視界がやがて機能し始めた。
学校。
教室。
机に、椅子…と。

「…日向クン?」
「あ…よう。おはよう」

寝惚け眼を擦りながら机に伏せていた半身を起こすと、横に立っていた日向クンが小さく息を吐いて安堵したように両肩を下ろし、僕の肩から手を引いた。

「ああ…。おはよう。ごめん。寝てた」
「夜更かしでもしてんのかァ、狛枝ー」
「つーか朝から爆睡過ぎだろ。ここ最近お前寝過ぎじゃね?」

少し距離を開けた席にいる九頭竜クンと左右田クンが笑いながら僕らへ声をかけたから、僕はそっちを向いて微笑んだ。

「あはは…。うーん。実は、最近寝付けないんだよね」
「…。大丈夫なのか?」
「…ん?」

そのまま自分の席である僕の隣へ腰を下ろしながら、小さな声で日向クンが僕へ告げた。
他の人達とは違う真剣味を帯びた声に、瞬間的に僕の病気のことを言っているのだと悟った。
…ふむ。なるほど。
どうやら、日向クンは僕の身体のことを知っているみたいだ。
病気なんて、大したことじゃないんだけどね。
例えそれが余命幾ばくもない重病であろうとも。
生物には必ず死が訪れる訳だし。
寧ろ死なない人間なんて気色悪いよ。
反吐が出るね。
大切なのはいつ死ぬかじゃない。
"どのようにして死ぬか"だ。
何も残せず残骸のように朽ちるくらいなら、少しでも後世の輝かしい希望になる人達の為に死にたいものだよ。
それが人生の意義そのものになるんだからね。
そう、過程なんて関係ないんだよ。
何を残せるか、これ一点なんだ。
一部の希望になれる人達以外の、ゴミみたいな人間には特にね。
…でも、意外だな。
彼が僕の病気を知っているということは、少なくともこの世界では、僕が彼に告げたということだ。
でなければ知りようがないからね。

「うん。大丈夫。ありがとう」
「ならいいけが…。無理するなよ」
「分かってるよ」

意外と心配性な隣席の友人に苦笑で返しながら、一限目の準備をする。
何でもない一日だった。
ありふれた学校生活。
みんなと授業を受けて、昼食を食べて、授業を受けて、放課後になって…。
何でもない平凡な一日。
けれど、"これは夢だな"という感覚がしっかりついて回っていた。
だからこそ、虚しくて、哀しくて、詰まらなくて、残念極まりなかった。

 

 

 

 

「…このままじゃ、"良い夢"で終わっちゃうなあ…」
「…? 何の話だ?」

HRが終わった教室を出て、廊下を歩きながらぽつりと呟いた僕の言葉に、日向クンが不思議そうに僕を見た。
寮への帰り道らしい。
そう。僕らはこの学園では寮生なんだ。
時々あるよね。
しっかりと夢の中の設定が、何故か頭が分かっているんだ。
難しい脱出ゲームを買ってはみたものの、日向クンには難しすぎて手も足も出ないらしい。
だから、僕なんかが力になれるかどうか分からないけど、取り敢えず一緒にやってみようかって話になって教室を出た。
寝食を共にする掛け替えのない"仲間"。
そんな仲間の一人である日向クンには、今の僕の言葉が聞こえなかったみたいだ。
軽く両手を開いて、再度告げる。

「うん。だからね、このままじゃ"良い夢"で終わっちゃうな…って」
「…悪い、狛枝。頼むから、その時々すっ飛ぶ発言をどうにかしてくれないか…」
「え、そう?」
「夢って…夢か? 正夢でも見たのか?」
「あはは。まあ、キミには与り知らぬところだからね」

リアルな学園生活みたいだけど、決してそんなことはない。
これは夢だ。
だって、僕らがこんな"平凡な学園生活"を送れる訳がないからね。
別に期待してはいないけど、僕の発言の真意を得ようと、日向クンが何かを考え始める。
…が、結局は片手を額に添えて諦めたようにため息を吐いた。

「今度は何の話なんだ?」
「今日はいい一日だったなって話だよ。…けど、それじゃ困るんだ」
「良い一日なら、良かったじゃないか」
「とんでもない。僕は今日という日を、現実は元より夢だって常に"最悪な状態"で終わらせたいんだよ。輝かしい明日の為にね」
「そんな話はどうでもいいから…。…病院。ちゃんと行ってるんだろうな」
「ん?」

今は二人だけだからか、唐突にそんな話題を振りかけてくる。
にこっと笑顔を向けてみた。

「勿論。行ってるよ」
「嘘だよな」
「うん。ごめんね」

即応の速さに日向クンが僕を睨む。
…どうして彼はこうもこの話題が好きなんだろうね。
僕の生死なんて、どうでもいいのに。
まして夢の中なんだから、ここは。
現実で彼と"平凡な学園生活の友達"になった記憶は無いけど、もし本当に普通の学園生活を送ったら、やっぱりこんなにお節介なのかもしれないな。
話題が退屈で、片手を腰に添えて軽くため息を吐く。

「もういいじゃない、そんなことは…。僕みたいな何の才能もない人間が死んだところで、大したことじゃないよ。日向クンは気にしすぎなんじゃないかな」
「気にもなるだろ…。当然だ」
「でも、どうせ行っても何も変わらないよ。末期だからね」

半眼で断言すると、言葉を返せず日向クンが黙り込んだ。
…うん。静かになったね。
さて。話題を戻そうか。

「今日はみんなと学園生活が送れて、普通に勉強して、普通に会話して、普通にこうして帰ってる。そしてこれから普通にキミと遊んで…。それできっと、普通に朝起きるんだろうね」
「…。もう好きに言ってろ…」
「僕のことを変わり者と言いつつ今日一日キミは僕と連んでくれたよね。こんな幸せはないよ、日向クン。これじゃいけない。ねえ、キミもそう思うだろう?」
「連むって…。今更何言ってんだよ。大体いつもこんな感じだろ?」
「しかもキミは僕の病気を知っているみたいだね。…ということはつまり、僕がキミに話したんだよ。これの意味するところは、そのことをキミに話すくらい僕がキミを信頼していて、僕とキミの仲が深い証拠なんだ。例え"今この瞬間"だけでもね」
「…」
「僕はキミに興味があって、"もしも普通の友達だったら"を考えなかった訳じゃない。…ああ、ごめん。怒らないで。僕みたいな奴がキミと友達なんて烏滸がましいって思うかもしれないけど、それが今叶ってしまってるんだよ。これは僕の、結構上位の"良い事"なんだ」
「…飲みもん何にする?」
「あ、ミネラルウォーターでいいよ」

寮に行く途中にある自販機で、日向クンが自分の分のジュースとミネラルウォーターのボタンを押し、片方を僕へ差し出した。
ミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、そのまま歩き出す彼へ付いていく。

「それでね、このまま行くと、もしかしたら一番詰まらない結果になるかもしれない」
「詰まらない結果…?」

自分の部屋の前に来ると、僕の方を振り返りながら日向クンが学生証カードをドア横のリーダーにかざす。
短い電子音がしてロックが外れ、日向クンに続いて僕も彼の部屋へお邪魔した。
玄関が狭いから、彼が靴を脱ぎ終わって廊下に上がったところで、僕も靴を脱ぎ、上がる。
短い廊下を進んで奥の部屋へ着いた所で、日向クンは鞄をベッドへ投げ捨ててゲームのスイッチを押した。
起動したゲームのデータを読み込んでいる間に、彼は床の絨毯上に座り込み、僕はその背後でベッドの端へ腰を下ろした。

「だって、"良い事"しかないんだよ? こんな夢、迷惑千万だよ…。だって見てよ。僕は今、キミとこんなにも"普通に遊んで"るんだよ?」
「何だよそれ…。俺とは遊びたくないってことか?」
「え…? いや、まさか。そんな訳ないじゃない。とっても楽しいよ。だからこそ迷惑なんだ。…こんな夢見たら、起きた後に何が起こるか分かったもんじゃないよ。どうにかして"最悪な夢"に変えないといけない。これが結構難しいんだよ。キミといる時間は基本的に楽しいからね」
「…」
「困ったな…。どうしたらいいだろう」
「分かった分かった…。もーお前の与太話はいい加減慣れたよ。俺の聞き流しスキルも育ってきたしな。 …ほら」
「…っと」

ベッドに腰を下ろしたまま、顎に片手を添えてどうやってこの状況を最悪にしようかと思案する僕の膝に、コードレスのゲーム機コントローラーが投げられ、慌ててキャッチした。
いつの間にかゲーム画面が起動していて、何処かで見覚えのあるようなないような薄暗い格子付きの部屋がテレビに映っていた。

「この部屋を出ればいいの?」
「そういうことだ。…難しくてな。ネットで調べりゃ一発なんだろうが、何か癪でさ」
「ふーん…」

試しに、コントローラーを動かして画面上の小物を物色してみる。
…うん。
物は揃っているしヒントもあるし、そこまで難しくなさそうだけど…。
ゲーマーの七海さんほどでは無いだろうけど、これくらいだったら日向クンでも余裕で解けそうだけどな。
プレイした当日は調子が悪かったのかもしれないね。
確かにネットで検索すればすぐに攻略法は見つかるだろうけど…。

「…でもさ、僕が挑戦してクリアしても、キミがネットを見てクリアするのと大しても変わらなくないかな?」
「何処かの誰かがメモった攻略見るより、友達の協力でクリアできた方が何かいいだろ」
「…」

コントローラー握って僕がステージをうろうろしている僕の横に、テレビの傍で立っていた日向くんが歩いてきて座り、足を組む。
彼の言っていることがよく分からなくて、僕は手を止めて真横を見た。
一瞥するような何気なさで、日向クンが僕を見返す。

「…何だよ?」
「キミは時々よく分からないことを言うね」
「お前にだけは言われたくないけどな…」
「困ったな…。こんなのますます良くないよ」
「いいから早くクリアしてくれ」
「うーん…」

取り敢えずゲームを進めはするものの、頭の中は現状の打破するにはどうすればいいかばかり考えていた。
この程度の難易度なら、わざわざ頭使わなくても解けるしね。
使い古されたトリックばかり。
本当に、日向クンこれが分からなかったのかな。
…別に難しくはないけど、面倒臭いな、このゲーム。
やたら手間が掛かるし。
暫くの間、部屋にはゲームのBGMと効果音だけが響いた。
長い過程は何度も見ていて飽きているのか、いつの間にか日向クンは自分のベッドに横たわって漫画本を読んでいた。
横にいても違和感のない距離と自然な空間。
不思議と重くない沈黙。
ちらりと彼を一瞥し、また暫くゲームをプレイしていたが、もやもやとしたものが胸の中と脳の中を混ぜる。
…。

「…。……うん」
「ん…?」

ゲーム上で部屋の鍵が外れたところで急に一人頷いた僕の声に、日向クンが漫画から視線を外して僕を見上げたのが分かったけど、そちらを向く前にテレビを見詰めながら、もう一度頷く。

「やっぱり、こんなのは良くないよ」
「だから何が?」
「…ねえ、日向クン」

コントローラーを放り出し、僕も後ろへゆっくり倒れるようにして横になった。
右肘を布団に着き、隣に転がっていた彼へ少しだけ身を乗り出して笑いかける。

「このままキミと楽しい学園生活をただ送るだけなんてナンセンスだよ。僕なんかがキミとただ一緒にいたって何一つキミの為にはならないし、それにこのままだと僕は僕で"良い夢"で終わってしまう。そうしたら、明日は最悪な一日になりそうで不安だな」
「…おい狛枝。お前いい加減に…」
「だからね、僕は何かキミの嫌がることをしようと思うんだ」
「…。…はあ?」

手にしていた漫画を閉じ、上げた日向クンの瞳が瞬く。
数秒後、じわじわと視線が強くなっていった。
不機嫌な時にする顔だ。
彼は特別特記するほど感情がそこまで豊かではないけど、雰囲気に出やすいから分かりやすい。
そういうところも妙に気に入っている。
横向きだった身体を伏せにし、彼のように両肘着いて、頬杖をつくってみる。

「ねえ、それが一番良いと思わない? だってさ、例えば僕がキミを怒らせたり哀しませたりできたら、キミに一つ障害を用意できるだろ? そうしたら、キミはきっとそれを乗り越えて今以上に強い輝きを持つ人間になれるだろうし、僕はキミに嫌われることでこの最高な夢を"最悪な夢"に転じることができる。…ね。合理的だと思わない?」
「…何言ってんだお前」
「僕はね、例え夢の中であろうとも、君たちの些細な力になりたいんだよ。…とすると、どうやって嫌われるかだけど…。何がいいかな」

両手の指を組んで手の甲に顎を乗せ、考えてみる。
日向クンは心から人を憎めないタイプだから、本気で怒らせたり哀しませようと思うと意外と強敵だ。
他の人は結構簡単に動いてくれるんだけど。

「シンプルに考えれば、死なない程度に傷付ける方法があるけど、何だか味気ない気もするし…。それに殴ったり刺したりって、あんまり好きじゃないんだよね。僕はどちらかというと、犯行をバレないようにトリックを考える方が好きなんだ。別に好血家でもないし、基本的に暴力には反対だからね。…いや、勿論、断固反対みたいな博愛主義者なつもりはないよ? 歴史は血で綴られているわけだしね。それを否定するのは過去への冒涜だよ。そう思うだろう? でもやっぱり殺人とか暴力そのものに魅力は感じないな。切り裂きジャックくらいになれば話は別だけど。…さて、迷っちゃうね。何がいい、日向クン。リクエストがあるなら受け付けるよ?」
「お、おい…狛枝。ちょっと落ち着け。お前今日絶対…」
「…あ。そーだ!」

不意に思い立ち、僕は組んでいた手を解いて指を鳴らした。
閃いたことを告げようとくるりと横の日向クンへ向くと、いつの間にか少し距離が空いていたので少し詰めて顔を寄せた。

「折角こうして二人して横になってるんだし、レイプでもいいよね」
「……。…――は?」
「意外性に富んでてユニークだと思わない? …あ。でもキミに元々そういう嗜好があったら全然障害にならないけどさ」
「あ、あるわけないだろ…!!」

両手を軽く開いて試しに聞いてみると、突然日向クンが声を張った。
こんな近距離なんだから、そんなに大声出さなくても聞こえるって。
…でも良かった。
日向クンは同性愛の嗜好は無いらしい。
それなら、彼に面白いカタチの絶望の一つを与えられそうだ。

「そう? なら、問題ないね」
「…! う、うわ…え? さ、触るな……!!」
「え? …あ、ちょっと待って!」
「…!?」

伸ばした片手を思い切り払われ、ベッドから降りようと身を起こしかける日向クンを見て、思わず左手でその首を正面から掴んでシーツに叩き落とした。
一瞬目を白黒させた彼がすぐにまた起きあがろうとするから、慌てて僕も横から彼の胸に乗り上げるようにして半身を乗せ、ひとまず押さえつける。
何だか顔色が悪い気がするけど、もしかして体調が優れないのかも。

「逃げないでよ…。どうしたの、急に?」
「ど、どうしたもこうしたも…。お、お前馬鹿じゃないのか!?」
「何で? …あ、ごめん。素直に殺す方が良かった? 小さいけどナイフならあるから、良かったら筋切ってみる?」
「違う…!!」
「ん…?」

日向クンの言わんとしていることがよく分からなくて、彼の胸に両腕置いたまま首を傾げてみる。
一呼吸置いてまた起きあがろうと足をばたつかせたから、片足で絡め取るようにその両足も押さえておいた。
ちょっと決められた方向に引っ張れば軽い関節技になる程度に。

「何か嫌?」
「い、嫌に決まってんだろ!気色悪い…!!」
「ええ~? …ふふ。キミにそう言われると、何だかわくわくしちゃうね」
「…!!」
「あ、大丈夫だよ。どんなにキミが嫌がっても、今のキミ自体に価値なんか一ミリもないんだから。キミは僕の"最悪な夢"に付き合ってくれればいいんだよ。如何に僕がゴミ以下な存在でもさ、実体のないキミよりは僅かながらにあると思うんだ。僕がキミたちに身を捧げるのと同様に、キミたちは僕の糧になって当然だからね」
「だ、だから…!意味が分からないんだって…!!」
「あはは、そうだよね。大丈夫、理解なんて求めてないから。キミのことはそれなりに気に入っているんだ。僕が日向クンを蹂躙する夢だなんて…。最っ悪だね!完璧だよ!!明日はいい日になりそうだ…!」
「聞けよ!人のは……ッ、ぐ!」

押さえつけられてるのに、四肢をばたつかせて抵抗しようとする彼の喉を、上から力を入れて片腕で押し上げる。
呼吸が詰まる音と同時に、引っ張り上げられるように日向クンの顎が上がった。
詰まった喉で、それでも咳き込む。

「が…ッ、げほ…っ!」
「大人しくして。…僕はこのまま圧死だって絞殺だって別にいいんだよ?」
「な、なに…が……!?」
「キミと僕が最悪な関係になってくれればそれでいいんだ。だってこんな…まるで気心知れた親友みたいなのはおかしいだろ? 頭が痛くなりそうだ。 …あ。それとも、レイプが終わった後で殺すなんてどうかな? それなら、今日一日のこの幸福に釣り合う気がす…って、あれ?」

話している途中で、突然ぱたりと日向クンが抵抗を止め、大人しくなった。
不思議に思って喉を押さえたまま顔を覗き込む。
真っ青な顔は目を伏せていて、全身に力が無くなっていた。
喉を押さえる腕を離し、代わりに人差し指と中指を首の側面へ添える。
殺しちゃったかなと思ったけど、ちゃんと脈は刻んでいた。

「…気絶しちゃったの? おーい。日向くん?」

力ない彼の頬を何度か叩いてみたけど、やはり反応はない。
少し強く押さえすぎたのか。
そんなことはないと思ったんだけど。
…さて、困ったな。
動かない彼から離れ、身体を起こしてベッドに腰を下ろす。
少し乱れた髪を掻き上げ、ため息を吐いた。

「キミが寝ちゃってたら詰まらないんだけどな…。…まあいいか。そのうち起きるかもしれないし」

途中で起きたらそれはそれで楽しいかもしれない。
できれば、初めから起きていてくれた方が僕は嬉しかったんだけどね。
少々の退屈感に取り憑かれながら、ジャケットを脱いでその辺に捨てる。
ぐったりと横たわる彼の寝心地が悪くないように、端から転がり落ちそうな位置にあった彼の身体の下へ腕を入れると、ベッド中央へ移動させた。
枕の上へ頭を置いて高さを付けた後で、そっと手を放し、気付いたら何気なく彼の頬を撫でていた。
…同性相手っていうのは初めてだけど、やり方自体は知っているから大丈夫だろう。
そんなことよりも、この夢を"最悪な夢"で終わらせる方法に集中しなければいけない。

「…さて。じゃ、始めようっと」

邪魔な横髪を耳にかけてから、興奮も何もない指先で彼の衣類を剥がす。
"最悪な関係"。
"最悪な夢"。
…それくらいじゃないと、釣り合いなんて取れないはずだ。
例え夢でも、今日一日過ごした何気ない平凡で楽しい彼との学園生活はとても楽しくて、それくらいの"良い事"であったんだから。
できれば、ぐちゃぐちゃに汚してじわじわと殺すまで、僕が目を覚まさないといいな。
性的興奮なんかではなく、観念的興奮に背中が震えた。

…ああ。
でも、本当に今日は奇妙な夢だな。
みんなと普通に学園生活だなんて。
こんなに楽しいことはない…けど、

それが面白いかどうかは、また別問題だ――。

 

 

 

 

 

 

そして何てことはない。
濁声煩いモノクマのアナウンスで目が覚めた。
所詮は全て夢だ。
学園?
教室?
…そんなものはこの島には無いし、存在価値も意味も無い。
現実をしっかり見ないとね。
ここは希望の集まる素敵な島なんだから。
欠伸をしながらベッドから降りる。
自分への嫌悪感から来るのか、単純な体調不良なのか、ともかく猛烈な吐き気が食堂を上り、ひとまずトイレで昨晩の夕食を戻した。
その後でいつもの通り顔を洗い、いつもの通り歯を磨き、いつもの通り上着を羽織ってコテージのドアを開けた。
いつもの通りレストランへ向かおうと外へ出たところで…。

「…あ」
「…」

丁度、少し離れたコテージから同じようなタイミングで出てきたらしい日向クンと目が合った。
片手を上げて笑いかける。

「おはよう、日向クン」
「…」
「聞いてよ。僕今日すごく最悪な夢を見たんだ。だからきっと今日はとても良い事があるよ」
「…先行くぞ」
「あれ?」

一緒に行こうと思ったけど、舌打ちして僕を睨んだ後、彼はすたすたと先にレストランの方へ歩いていってしまった。
この間のの裁判時の言動で、すっかり嫌われてしまったみたいだ。
…当然だよね。
僕みたいな何の才能もないゴミみたいな人間を、輝く才能を持つみんなが好いてくれるはずがない。
それでも僕はみんなの力になりたいんだ。

「ふう…」

一呼吸して天を仰ぐ。
それは呆れるくらい快晴で、遠くに波の音が聞こえた。
…危機的状況だけれど、その中でも今この瞬間はこんなにも穏やかだ。
こんな平和は詰まらない。
早く次の障害が彼らの元へやってこないだろうか。
そすれば、みんなはもっともっと輝けるだろうに。

「…」

快晴を眺める目を、僅かに細めた。
数秒後、何気なく目を伏せると、昨晩の夢が脳裏に蘇る。
耳に残る気色の悪い男の嬌声とか、それでも痛みと快感に流される様子とか、その後の耳を刺す絶叫とか猟奇的小説真っ青な死体の様子とか、思い出しただけで無意識に口元が緩んでしまった。
"最悪な夢"。
ああ…僕は何て最悪な夢を見たんだろう。
だからこそ、今日は"最高な日"になるだろう。
思わずスキップでもしてしまいそうだよ。
できないけどね。

「…。あはは」

きっと、今日は何か素敵な事がある。
また誰かが死んだりしてね。
見上げていた顔を元に戻し、僕は歩き出した。

 

みんなの待つレストランへ。
眩しい程に輝く星の如き希望たちと一緒の空間に、輝きの鈍い六等星のような僕が混ざれるあの場所へ。



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ダンガンロンパの狛枝君が大好きです。
あの性根から、本心で歪んでいる感じと死に様がたまりません。
彼の魅力は感染症みたいなもので、何故か分からないけどとても惹かれます。
日向君も真っ直ぐで格好いい!
狛枝の手綱を持てるのは君しかいない…!
2013.9.29





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