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持ち主の精神を喰らい我が物に動かそうとする氷刀を見て、私は軽い衝撃を得た。
武器や防具の形を成していても、それらの本質は魔導書だ。
本来、魔導書は人に使われてこそ起動する。
しかし、物によっては個性が強く使用する対価を求め、麗しく哀れでお可愛らしいキサラギ少佐の病的な振る舞いは寧ろ当然といえば当然。
あの方の愛憎は嘸甘いのでしょうし、"秩序"という強力な個性を持つ彼を伏せ従える…という、ただそれを想像するだけで全身を快感が奔るのは、私たちからすれば狂っていると表現する程異常な反応でもない。
逆に、強力であって且つ従順である魔導書の方がレアと言える。
力も無い輩にベタベタ触られて命令通り従うなんて、ナンセンスですものね。至極当然ですよ。

そうそう。
ですから何度目かの世界でユキアネサと対峙した時、ふと私は思ったものです。
多くの力在る魔導書がそうであるように、目の前のあの氷刀のように、例えば私も…。

所有者を――奪えやしないかと。


唯愛




"蒼"の精錬を続ける大窯の前でラグナ君の待ち惚け。
私はどちらかと言えば同じ跳ね返りでも麗しい少佐の方が好みではありますが、白く可愛らしい大きな仔犬さんがお気に入りのテルミさんは嬉々として佇んでいた。
巨大な窯を設置したことにより、膨大な大気中の魔素を吸い取られ、周辺は一気に荒廃する。
少し前まで何てことはない、雑草などがちょいちょいと生えていた土地は、草の一本もなくひび割れた大地と化していた。
"蒼"の完成と仔犬さん虐め。
どちらも愉しみになさっていた分、内側に控える私も、恩恵を受けて今は心身共にとても良いコンディションだ。

《彼、遅いですねぇ》
「全くだ。俺様を待たせるなんてなってねェなァ…。こりゃスパルタコースで躾ねェとな。ヒャハハハハッ」
《…ねぇ。テルミさん》

こっそりと、いつものようにふんわりと、声を掛けてみる。
上機嫌のテルミさんは疑うこともせず、両手をポケットに入れたままにんまり笑う。

「んー? なぁにィ、ハザマちゃ~ん」
《暇ですし、時間潰しに遊びませんか?》
「お。青姦希望? ダイターン」
《いえいえ。そんな面倒なことは謹んでお断りさせていただきますが…。いつラグナ君が来るかも分かりませんし、もっと手軽に…こんなのどうです?》

今の私に身体はないが、ぴっと人差し指を立てる気分で提案する。
とても軽く、何気なく。

《今から私、外に出ようとしますので》
「ああ…。力比べ的な?」

私の一言だけでルールを察したテルミさんが投げやりに頷いた後で、くつくつと嘲笑った。

「つーかァ、ハザマちゃん勝てるワケねェじゃんソレ。何、俺様に負けてェの?構って欲しい?Mスイッチ入っちゃったァ~??」
《そんなものを常設した覚えはありませんが、それなりに退屈なんですよ。…テルミさんはこの後ラグナ君と遊ばれるでしょうからいいかもしれませんが、私はその間放置なんですからね。そこの所をどうぞお忘れ無く》
「ハッ…。マジかよ!チョー狭ェなオイ。んだソレ、ガチで? ヒャハハハッ、ウッゼ!チョーウゼ!!つかいっそウケんだけど!」
《うーん。貴方にだけは言われたくないですねぇ、それ》

ハイテンションのまま身体をくの字に折って一人嗤うテルミさんの反応に少々むっとする。
ゲームへ興味を惹きたくて告げたが、多少本心が混ざっていた。
私も露払い程度に軽く戦闘はするが、正直私自身の戦闘力など大したものではない。
全てにおいてそうだが、物とは使用する側の手腕によって時に雲泥の差が付く。
素材は同じ肉体でも、一応の自身である私がこれを使用したところで、テルミさん程高性能に肉体の戦闘力を引き出すことは難しい。
面倒臭がりな彼の代わりに私が戦っていても、しまったという瞬間瞬間で手を出してくださるので、連勝とはいいつつ無難にミスを避け続ける状態であるというだけだ。
私の戦闘中はそりゃいいですよ。
殆どギャラリーではあってもテルミさんは参加しているのですから、退屈なさらないでしょう。
では彼が戦っている間はというと、私は常に無力であり、内側で傍観しているだけだ。
残念ながら私程度では、彼のサポートなどできるものではない。
嗤いながら他人と愉快そうに戦っているのを眺めているだけというのは、少々不愉快であり…ええまあ、嫉妬と名を付けても別段間違いはないような気はしていますが…何となく苛立つもので。
…とは言え、狭いはないでしょう、狭いは。
私など、とても寛大な方だと自負しているというのに。
今日までこんなに従順且つ忠実な私を捉まえて、結果の感想が狭いなどとは心外だ。
相変わらず酷い人だが、一頻り笑って息を吐いた後、テルミさんが双眸を細め、粘着質に低く呟いた。

「焦んな。…終わったら弄ってやるよ。ワケ分かんねェくらいグッチャグチャにな」
《…》

下らない囁きに背筋が震える。
本当に的確で、この人は嫌になる。
鈍りそうな決心を立て直すため、さっさと実行に移行することにした。

《終了後の話は誰もしていませんよ。要は現在が退屈であるということです》
「ハイハイハイハイ。詰まんねェならやってみろよ。どーぜ無理無駄だけどなー。腕一本でも持ってけたら褒めてやっからヨ」
《余裕ですねぇ。…では、早速》

精神を集中して、融けて染み込むような闇の中、己の輪郭を確保する。
自分が液体にでもなっているかのような今の状態から、ぼやけた自分を思い出す。
足下から這い出すようなイメージ。
生来与えられた"ルール"を打破する攻撃的な思い切りがなければ難しく、それはこの人相手には常々私に欠けているもので、急遽得るのはなかなか難しい。
パリ、と私のある内側の空間が捻れたような気がしたが、影の檻を脱することはできない。

《…っ、ぐ…》
「ハイ、無理ー!ヒャハハハハッ!!」
《っはあ…。…うーん。難しいですねぇ。…何かコツとか無いんですか?》
「コツぅ? …んあー。そーだなァ。…ヤる時、問答無用にこじ開けてブッ込むみてェな?」
《もう少しマシな表現できないんですか?》

…などと呆れながらも、妙に納得できて安易な表現だった。
それが近いのかもしれない。
加虐の意思をもって相手を犯せと、そういう意味なのだろう。
それまである程度大切にしていた相手へ加虐を加えろという困難な要求をこなさなければならないというわけだ。
ふうとひと息吐いてから、再度相手の精神へコンタクトできないかと中核へ腕を伸ばす。
流石に堅牢だが、先程よりも自分という"存在"が、中核と思しき見えないそこへ近づいた気がした。
しかし近づく度に拒絶も増えてきて、重みとなって束縛を要求される。
つい従ってしまいそうなところをそこで止まらず、尚猛進する。
身体の内部に血液の如く、"自分"が相手の中に広がる感覚を得たい。

「お。さっきよりマジんなってんの。ハハッ。カァワイ~ハザマちゃん。チョー弱っ」
《マジ…っです、よ》
「おお?」

右の指先がぴくりと動き、テルミさんが賞賛の口笛を吹いた。
ぴりぴりと痺れが奔っているような感覚があるが、確かに第二関節より先辺りの指先が私のものになる。
微かに開いたり閉じたりを続けることで、徐々に感覚が確かになっていく。
歓喜が背中を奔った。
たった指先半分だが、確かに私はこの人を犯しているのだ。
…そう考えると、何だかとても、夢のような気がした。
私の些細な抵抗力に、テルミさんが嬉しそうに嗤う。

「やっる~!ヒャハハハッ! スゲーじゃん、ハザマちゃん!どしたん?」
《ありがとうございます》

浸食を維持したままで穏やかに返してみる。
…腕を、足を、口を、思考を…このまま奪えはしないだろうか。
そう思いながら続けていくと、右腕がびりびりと腫れ上がる感覚がした。
例えば、ゴム製のボールにエアポンプを差して、じわじわと空気を送り込んでいるような。

「…っと。んだよ。マジで腕一本持ってく気か?」
《いえいえ、とんでもない。腕なんてそんな…あははは》
「…!」

バチン…!!と近くの空気中で猛烈な破裂音がして、不意に右腕が勢いよく上がる。
テルミさんがびくりと右腕以外の身体を強張らせたのが分かった。
見開く双眸に快感を覚える。
この人の驚愕する顔と感覚はあまり見たことはないが…なかなか素敵なご様子で。
もう少し虐めてみたくなって、細く笑みながら内側から耳元で囁いた。

《全身頂きますよぉ。…余すことなく》
「テメッ……っ!?」
《はい、左腕~》
「…!!」

バリンッ!!と、今度は何か、硬質的な音がしたが、破裂音がしたのは最初の右腕だけだった。
次に左腕を奪う時は右腕ほど時間がかからず、且つずるりと、まるで皮を一枚剥ぐような、右腕とは随分違う感覚だった。
一貫性のない音と感覚だが、揃って"終焉"と"誕生"をそれぞれ響かせているのであれば、逆に相応しい。
両腕だけが自由になり、戯れにぱんっと前で手を打ってみる。
時折彼がそうしているように、両腕だけが私の物。
中途半端に人格を残して奪う体位は、独占欲を充たし、とても満足する。
なるほど。
確かに"ヤる時、問答無用にこじ開けてブッ込む"ような感覚だった。

《見てください。貴方の両手、いただきましたよ。…いえ、元は私の、ですが》
「ッけんじゃねェぞ ハザマァアアアアアッ!!」
《…!?》

ざっと両足を開き、テルミさんが腰を落として僅かに背を屈め、喉で叫んだ。
びりびりと空気が震え、彼の抵抗に今はない足下が覚束なくなり、まるで貧血の直前のように、大きく脳が揺らいだ。
術式が背後で急速に展開していく。
人並み外れた能力で式が完成する前に、コードを唱えられるその前に、この人の口を奪わなければならない。
私は全身の血液が凍り付く中、無理にでも唇に全神経を注ぎ込んだ。
コードを唱えようと息を吸った唇を、そこで止める。

《…ッ、ぐ!》
「ふう…。危ない危ない」

唇を得る。
唇を得たことで、身が震える程の快感を覚えた。
逆立っていた髪が、少しずつ柔らかさを戻して横髪がいくつかはらりと頬に落ちる。

「あっはははは! 厭ですねぇ、テルミさん。落ち着いてくださいよ。ちょっとしたお茶目じゃないですか」
《テメェ…ッ、ハザマァアアァアアッ!!》
「ああ…。いいですねぇー、その悲鳴みたいなの。内側に響かれるとまた格別で」

間延びした声で敢えて緊張感無く返答しながら、開いているボタンを閉めて襟を正した。
櫛でも持ち合わせていれば良かったが、生憎所有してはいない。
いつの間にかすっかり滑らかに戻った髪を軽く片手で書き上げ、少し離れた場所に落ちたままになっていた帽子を取りに足を進めた。
内側に押し込めたテルミさんが極めて不機嫌で激怒しているせいか、さっきまで良かったはずのコンディションは最悪になっていた。
抵抗に遭っているのか、頭痛はがんがん、全身の筋肉が引きつるような感覚。
更に軽く吐き気がする一方で、尚口元の笑みが引かないのは、私の中で肉体の不快よりも精神の愉快が上回っているからに他ならない。

《ふざっけんな!! テメェこのボロクソエネミーが!道具の分際で俺様を閉じこめようってのかッ!?どーなっか分かってんだろーな!!今すぐ戻しやがれッ!!》
「おや。戻れないんですか? あはははっ。戻れないと"認識"しましたね?」
《……!!》
「駄目ですよう、テルミさん。油断大敵、です」

日頃とあまり大差はないが、完全に私の意思が通る腕のうち、片手を腰に添え小さくため息を吐いてみせる。
びくんと、確かに自分のものでない感情が中で跳ねた。
一瞬だけ穏やかな水面のような静寂があり、その後いきなり火種が爆ぜるような感情の起爆が生じたが…。
まあ、可愛いものです。
今となっては。

「お~恐い恐い。…う~ん。恐いのでこのままにしておきましょうかねえ」
《な…!オイ…ッ!!》
「だぁーってぇ、テルミさん私のことお叱りになるのでしょう? 貴方のお仕置きは悪趣味過ぎてもう着いていけませんよ。仰りたいことがあるのならそこからどうぞ。性交の必要もないですし、良いじゃないですか。楽で」
《…!! 俺様を封じる気か…ッ!? テメェ…っいつからだ!?》
「はいぃ? …ちょっとちょっと。冗談は止めてくださいよ」

疑心暗鬼からか良からぬ疑いを掛けられ、私は眉を寄せて慌てて肩を竦めた。
対象が内側にもかかわらず、つい癖で両手を前に出し、宥める仕草をしてしまう。
例えば私が、あのイイ歳こいてゴスロリ続けている痛ァいお嬢さんたちの味方だなんて思われては心外だ。
あんな方々と一緒にされては困る。
目的が違う。

「私が貴方を封じるワケないじゃないですか。イヤですねぇ。そこまで信用がないとなると哀しくなってしまいますよ」
《ハア…??》
「おや。お分かりになりません? 別に珍しいことはないと思いますが…。独占とか束縛とかで表現されるのはザラでしょう?」

退廃した大地の上に転がっている帽子を拾い上げ、頭の上にいつものように被せる。
片手で目深に被った後、僅かに双眸を開いて己の掌を見下ろした。
実に曖昧な表現だが、感覚でしか得られない進撃感。
私の中にこの人が在る。
二度と外へは逃げられない。
"私だけの此の人"。
…そう思うと、何だか胸が熱くなり、吐き気も何処へやらだ。
嘔吐感がこの人から与えられる感覚かと思えば、無論それすらも愛おしい。

「唯の愛情ですよ。何処にでもある…ね」

吐き捨てるなんてとんでもない。
長年言い出せなかった愛の告白を唇に紡いだ後で、己の首を絞めるように、若しくは子供染みて宝箱に鍵を掛けるように、きつくタイを締めた。

 

今度あの氷刀に会ったら僭越ながら自慢するつもりだ。
「ほらご覧なさい。私の方がお先に得ましたよ」
「貴方も後一押し、頑張ってみたら如何です」
「とてもいいですよ。ええとても」
……とね。


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ハザマさんの反逆とか萌えます。
雑に扱ってるからぁーもー。
でもあれがテルミさんの甘え方みたいな感じでハザマさんも柔順だから余計萌える。
2012.11.19





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